かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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一足早いメリークリスマス!


私と神谷旭くんのクリスマスの話

 

 

 

「んっふふふふ~」

 

 

 

「うわ、楓ちゃんめっちゃご機嫌」

 

「うふふふふ~。早苗さん分かります? 分かっちゃいます~?」

 

「しかもうっざ!」

 

 何故か青筋を浮かべている早苗さん。もう、カリカリ怒っちゃダメですよ?

 

「早苗ちゃん抑えて……彼女、もう二時間以上あのままなの……放っておいてあげて……」

 

「それはそれで逆に恐いわ……」

 

 瑞樹さんと早苗さんがこちらを見ながらコソコソ何かを言っているが、私にはそれを気にする余裕なんてなかった。

 

 何しろ、今もこうして目を瞑るだけで、先日の旭君との家デートでの出来事を思い返すことが出来るのだから……。

 

 

 

 

 

 

『あ、あの、楓さん! ちょっと、その……』

 

『ん? なぁに、旭君?』

 

『……て、手を……』

 

『手?』

 

『……そ、そう! 手! 手相! 実は俺、手相見れるんですよ!』

 

『え、手相?』

 

『そうなんです! だからちょっとだけ、楓さんの手を見せてもらえないかなって!』

 

『へぇ、それじゃあ、ちょっとお願いしようかしら』

 

『あっ』

 

『ん?』

 

『いや、その、み、右手じゃなくて、その、左手を……』

 

『え?』

 

『……いえ、ナンデモナイデス……』

 

 

 

 

 

 

『え? お昼寝?』

 

『イヤイヤイヤ、えっと、そうじゃなくて! いやそうなんですけど! そうだけどそうじゃなくて! そういうつもりじゃなくて!』

 

『……うふふっ、どうしたの、そんなに慌てて。いいですよ、一緒にお昼寝しましょう?』

 

『……えっ!? い、いいんですか……!?』

 

『でも横になるとすぐに起きれなくなっちゃいますから、ソファーに並んで座りながら、ね?』

 

『……そ、それなら、その……も、もう一つ、お願いしたいことが、ありまして……』

 

『うふふっ、なぁに? 旭君からのお願いごとなんて珍しいから、お姉さんなんでも聞いちゃいますよ~?』

 

『ナンデモ!? ……ってそうじゃなくて! ……その……を……』

 

『え?』

 

『……て、手を、握りながら……一緒に……』

 

『っ~! ふ、うふ、うふふふふっ。もう旭君ってば、今日は特別甘えんぼですね~』

 

『……もう、ソレデイイデス……』

 

 

 

 

 

 

『……しまった、手を握ったままじゃ測れねぇじゃん……俺のバカ……』

 

『………………』

 

『楓さんは、まだ起きてないな……よし、今のうちに……』

 

『………………』

 

『ごめんなさい、楓さん……俺から握りたいって言ったのに……指、離させてください……』

 

『………………』

 

『え、えっと、確か、こうやって、指に紐を巻き付けて、その長さでサイズを測るんだったな……』

 

『………………』

 

『あ、あれ? 薬指、だよな? 中指じゃないし人差し指でもないよな……? いや、そもそも薬指って、四番目の指だよな……? あってるよな……? 大丈夫だよな……!?』

 

『………………』

 

『……って、俺のバカ……! 変なところに見惚れてる場合じゃないだろ……! 起きる前に、早く……!』

 

『……んんっ』

 

『ふひゅっ……!?』

 

 

 

 

 

 

「……うふふふふ~♪」

 

 

 

「うわ、ついに音符まで付き始めた」

 

「一体何を考えているのかは全く分からないけど、とりあえず脳内がお花畑になってるってことだけは分かるわ」

 

 旭君は、私に内緒でこっそりと色々やっていたが、それに気付かないほど私も鈍感なつもりはない。

 

 

 

 十中八九、旭君はクリスマスプレゼントとして『指輪』を用意してくれていた。

 

 

 

(うふふっ。旭君、可愛かったなぁ……)

 

 おうちデートを楽しみつつ、旭君はあの手この手で私の指のサイズを確認しようとしていた。

 

 まずは『手相を見れる』なんてことを言いながら、私の手を取ろうとした。どうやらこのために本当に勉強してきたらしく、たどたどしくもしっかりと私の手相を見てくれた。

 

 しかし私も一緒に手のひらを見る状況で指のサイズなんて確認することが出来るはずもなく、結局本当にただ手相を見るだけになってしまった。そのとき「恋愛線はどうなってますかー?」と聞いてみたところ、分かりやすく真っ赤になった旭君にキュンとしてしまった。

 

 次に旭君は『手を繋ぎながらお昼寝がしたい』なんてとても可愛いらしいことを提案してきた。普段ならばここまで直接的な要求をすることが無かったので、勿論即決で了承した。

 

 それでどうやって私の指のサイズを測るのかなぁと、目を瞑り寝たふりをしてドキドキしながら期待していたのだが、どうやらしっかりと手を握り合ってしまったことが想定外だったらしい。少々目を瞑りながらも悪戦苦闘している様がありありと分かってしまったが、いつの間にか私も旭君も本当に眠ってしまったらしい。

 

 そして目が覚めると、旭君はようやく『指に紐を巻き付けてサイズを測る』というポピュラーな方法を実践していた。しかしどの指のサイズを測るつもりだったのか忘れてしまったらしく、慌てている旭君の姿をこっそりと薄目で見て楽しんでいた。

 

 そのとき、旭君の視線が私の胸元に固定されてしまった瞬間があって、やっぱり旭君も男の子なんだなぁと内心で笑ってしまった。

 

(それにしても、指輪かぁ……)

 

 指のサイズを測る、なんて本格的な下調べをしているのだから、きっとしっかりとしたものなのだろう。そうなると値段も張るだろうが……旭君の性格的に、ずっと前からお金を貯めるということをしてそうだった。

 

(……うふふっ。私はどんなプレゼントをあげようかしら)

 

 お返しのプレゼントを考えながら、私の心はずっとクリスマスイブ当日のことでいっぱいになっていた。

 

 ……こんなにもクリスマスプレゼントに心を躍らせるのは、きっと小学生の頃以来のことだった。

 

 

 

 

 

 

 そして迎えたクリスマスイブ。

 

 クリスマスライブ終了後、私は旭君と共にとある橋の上へとやって来た。そこからは夜景がとても綺麗に見えるのに、少しだけ穴場になっているような場所だった。人が全くいないということではないが、それでもクリスマスイブの夜だということを加味すれば十分だろう。

 

「……や、やっぱり完全に人がいないってことはなかったですね……」

 

「それでも大丈夫ですよ。まさかこんなところに、先ほどまでライブをしていたアイドルが男性と二人きりでいるになんて、誰も思ってませんから」

 

「そ、そうですよね……」

 

 お互いに変装した状態で、手を繋ぎながら橋の上を歩く。

 

「それにしても、旭君は全く人がいない場所に私を連れて来たかったんですか?」

 

「そそそ、そういうわけじゃなくてですね……!?」

 

 真っ赤になって慌てる旭君が可愛くて、マフラーの下の口元がだらしなく緩んでしまう。

 

 いつにも増して緊張した様子の旭君は、先ほどからしきりにコートのポケットの中を確認していた。きっとそこに、私への指輪(プレゼント)が入っているのだろう。そう考えると、今の旭君ほどではないものの、私も少しだけドキドキしてきた。

 

「………………」

 

 なんとなくこの辺りがいいんじゃないかと思う場所で、私の方から足を止めてあげる。きっといっぱいいっぱいの旭君のために、私の方から少しだけ助け舟。

 

「っ! あ、あの、楓さんっ!」

 

「はい? なぁに、旭君?」

 

 いつも通りのフリをする。気付いてないフリをする。

 

 やや上ずった声の旭君は、ポケットの中からそれを取り出した。

 

「こ、これ! 俺からのクリスマスプレゼントです!」

 

「……もしかして、これって」

 

「は、はい……! そ、その……指輪、です!」

 

 知っていた。しかしそれでもやっぱり、こうして目の前に差し出された指輪のケースに、私は驚いてしまった。

 

 旭君が、私のために、指輪を……。

 

「……ありがとう、旭君。私、すごく嬉しい」

 

 指輪の箱を受け取りながら述べたお礼の言葉に、旭君はパァっと顔を輝かせた。

 

 その表情がまた愛おしくて、この指輪を本当に『左手の薬指』に嵌めたら一体どんな表情になってくれるのだろうかと、期待に胸を膨らませて――。

 

 

 

 

 

 

 ――その期待は、一陣の強風によって吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

「きゃっ……!?」

 

 思わずたたらを踏んでしまうほどの強い風。私の身体が腰の高さほどしかない欄干にまで押し流され、ガクリと足を捻り。

 

 そして。

 

 私は。

 

 そのまま。

 

 落ち。

 

 

 

 

 

 

「楓さんっ!!!」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「……良かった……本当に、良かったぁ……」

 

「……え、あ、あれ?」

 

 イマイチ事情が良く理解出来ない。橋の上で欄干に縋りつくようにへたり込んでいる私と、そんな私のコートにしがみ付いて泣きそうな顔な顔をしている旭君。ついでに「何かあったのか?」とこちらを遠巻きに窺っている通行人たち。

 

(……そうだ、私、橋から落ちそうになって……)

 

 突然の強風に体を持っていかれ、危うく橋から落ちそうになったところを旭君が引っ張って助けてくれたんだ。

 

「あ、ありがとうございます、旭君」

 

 私と助けてくれた小さなヒーロー君にお礼を言いつつ、立ち上がろうと足に力を入れて――。

 

「……え」

 

 

 

 ――私の両手には()()()()()()

 

 

 

 それに気付いた瞬間、まるで心臓が何者かに握り締められたかのような苦しみと共に目の前が真っ暗になってしまったような感覚を覚えた。

 

 まさか、そんな……!

 

「っ!」

 

 立ち上がり、欄干から身を乗り出して橋の下を覗き込む。そこには夜の闇を映し出しているかのような、真っ黒な川。

 

 勿論、何も見えるはずが無かった。

 

「っ!? 楓さん! 危ないですから!」

 

 再び私の身体を引っ張る旭君。

 

「ご、ごめんなさい、旭君……! 私、わたし……!」

 

 声が震える。視界が滲む。私には泣く資格すらないというのに、自然と涙が溢れてくる。

 

「……だ、大丈夫ですから、楓さん」

 

 それなのに、旭君は私に心配させまいと笑顔(うそ)を作った。

 

 

 

「本当は大したものじゃないんです。寧ろ、変なものをプレゼントしようとしちゃってすみません」

 

 嘘。指のサイズを測って用意するような指輪が、大したものじゃないわけない。

 

 

 

「所詮俺のお小遣いで買えるものですから、安物ですよ」

 

 嘘。きっと今日のために彼はお金を貯めてくれていたことぐらい、私にだって分かる。

 

 

 

「俺は気にしてませんから。楓さんさえ良かったら、また今度クリスマスプレゼントを買い直させてください」

 

 嘘。私のことを心配してくれたのは本当でも、恋人へのプレゼントを紛失してしまってショックを受けない人なんていない。

 

 

 

「……俺は楓さんが無事だったことが、何より嬉しいんです」

 

「旭君……」

 

 本当は旭君だって泣きたいはずなんだ。大人だって指輪なんて高価なプレゼントを紛失したら辛いのだから、子どもの旭君はもっと辛いはずなんだ。必死に選んだプレゼントが無くなってしまって、辛くない人がいないわけないんだ。

 

 それでも、旭君は私のために笑顔(うそ)を作ってくれた。

 

(……違う)

 

 笑顔(うそ)じゃない。笑顔(ほんとう)だ。旭君は、私の無事を喜んでくれた。安堵してくれた。

 

 そんな旭君を。

 

「……旭君」

 

「はい?」

 

 

 

 旭君を。

 

「旭君」

 

「は、はい」

 

 

 

 旭君を。

 

「あさひ、くん……!」

 

「か、楓さ……んむっ!?」

 

 

 

 街中だというのに。通行人の目があるというのに。

 

 私は、旭君にキスをした。

 

 

 

 

 ()()()()()なんて、もう出来ない。

 

 私は、高垣楓は。

 

 

 

 神谷旭という男性を、愛しています。

 

 

 




椛「うわあああぁぁぁ!?」

月「……これは……結構辛い……」

椛「嬉しい気持ちと悲しい気持ちが心の中で鬩ぎあってるぅぅぅ!?」

月「神様はもうちょっと……その……すんなりと……こうさぁ……」

椛「……と、とりあえず前向きに考えよう! これはお父さんとお母さんがもう一段階前に進んだってことでいいよね!?」

月「そうだね、これでまた何かしらの進展があるといいね」

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