かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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クリスマスのお話!(クリスマス当日とは言っていない)


俺と高垣楓さんのクリスマスの話

 

 

 

 最初に言っておこう。俺は死ぬかもしれん。

 

 

 

「………………」

 

「旭君」

 

「………………」

 

「旭君?」

 

「っ!? は、はいっ!? なんですか!?」

 

「あっ、ダメよ、いきなり動いちゃ」

 

「す、すみません……」

 

「旭君、どこか痒いところはない?」

 

「な、ないです……き、気持ちいいです……」

 

「うふふっ、良かった」

 

「………………」

 

 

 

 左耳にはコリコリと内側を優しく擦られる感覚。右頬には楓さんの柔らかい太ももの感触。そして後頭部には楓さんが少しだけ前屈みになって耳を覗き込むことでフニフニと当たっている胸の感触。

 

 楓さんが膝枕で耳掃除をしてくれるとか、幸せすぎて死ぬかもしれない。寧ろ恋人に殺されている真っ最中かもしれない。

 

 

 

 そんなわけで今日は楓さんと二人きり。彼女のマンションでのんびりおうちデート。

 

 楓さんが『やりたいことがある』という提案を二つ返事で了承して、ソファーに導かれたかと思ったら()()である。

 

「うふふっ。こうやって恋人に膝枕してあげながら耳掃除をするの、憧れてたの」

 

「……お、俺も、恋人に膝枕で耳掃除をされるの、憧れてました」

 

 『恋人に』というか殆ど『楓さんに』ではあるが。

 

「今日は一日こうやって二人きりでのんびり出来るから、お互いにやりたいことをい~っぱいやりましょうね」

 

(や、やりたいこと……!?)

 

 思わずゴクリと生唾を飲む。なんかもう色々な妄想と想像が頭の中を駆け巡り、さらに右頬の太ももと後頭部の胸に全ての意識が引っ張られるような感覚に陥ってしまった。

 

 室内とはいえ時期が時期なので楓さんの格好はロングスカートに毛糸のセーターと厚手のものになっている。それでも太ももはスカート越しでも柔らかく、胸もセーター越しだというのにもっと柔らかかった。いや、この柔らかさはもしかしてセーターの生地の感触を胸と勘違いしているだけなのかもしれないが、一度胸だと意識してしまった以上それ以外のものとは考えられない……というか考えたくなくなってしまうのが男の(さが)である。

 

「ふ~っ」

 

「っ!?」

 

 頑張って思考を逸らそうと必死になっていたが、耳に息を吹きかけられたことで無事に思考が吹っ飛んだ。

 

「はい、片方の耳終わり。次は反対ですよ~」

 

「わ、分かりました……」

 

 幸福に疲労するという訳の分からない状況になりつつヘロヘロと体を起こして、ソファーに座る楓さんの反対側に回ろうとする。

 

「? わざわざ回り込まなくてもいいじゃないですか」

 

「え? それだと顔が……っ!?」

 

 まさかと考える暇もなく、俺の頭は楓さんの手により再び彼女の太ももの上に舞い戻った。

 

「このままこっちを向いてくれれば大丈夫ですよ」

 

「っ!? そ、それだと、その……!?」

 

「ふふっ、恥ずかしがらないの」

 

 ニコニコと笑いながら、楓さんは俺の鼻先を人差し指で突いた。

 

「……わ、分かりました……!」

 

 すぅはぁと深呼吸をして覚悟を決める。そして気持ち呼吸を薄くしつつ、俺は楓さんのお腹側へと顔を向けて身体を横にした。

 

「はい、それじゃあ反対側の耳を掃除していきますね~」

 

 頭上から楓さんの楽しそうな声が聞こえてきた。そして再び耳の中をコリコリと擦られる感覚。

 

「………………」

 

 無心になろうと思って出来るようなことじゃなかった。何せ視界の全てが楓さんで塞がっているのだ。毛糸のセーターに包まれたお腹に、少しだけ目線を天井側にズラせばそこには楓さんの胸の膨らみ。そして視線を逆に向けてしまえば、そこには……!

 

(……っ~!)

 

 目を閉じればいいのに閉じれない。早く終わって欲しい。でも一秒でも長く続いてほしい。けれどこのままだと色々ヤバい。だからといってこの幸福を味わっていたい。

 

「でも旭君はちゃんと耳掃除してるみたいですね。しっかり綺麗ですよ」

 

 天使と悪魔だとか理性と本能だとか、表現の仕方はこの際どうでもいい。相反する二つの感情がグルグルとせめぎ合って思考を埋め尽くし、しかしほんのりと顔に伝わってくる楓さんの熱が俺の意識を現実から離れることを許さない。

 

「……旭君?」

 

 右耳から耳かきの感触が離れていく。全く気にしていなかったが、もしかして結構時間が経っていたのだろうか? もう終わってしまったのだろうか?

 

「えいっ」

 

「っ!?」

 

 突然、目の前に広がっていた楓さんのセーターが迫って来たかと思うと、セーターの生地の向こうの柔らかい感触で俺の顔が覆われた。どうやら、俺の頭は楓さんの腕とお腹と太ももと胸によってガッチリと抱きかかえられている状態になってしまったらしい。

 

「ちょっ、楓さん!?」

 

 モゴモゴとセーター越しにくぐもる俺の声。

 

「恋人のお話を聞いてくれない悪い子には、こうやってお腹牢獄の刑です」

 

 悪い子と称しつつも聞こえてくる楓さんの声はとても楽しそうなものだった。

 

「ゴメンなさいしてくれるまで放してあげませんよ~」

 

 そんなことを言われたら逆に謝りたくなくなってしまう。しかし返事を出来なかった状況の原因はともかく、楓さんの話を聞かなかったことに関しては俺が悪いので素直に謝ることしたのだが……。

 

「ご、ごめんな、ふぁ、い……!?」

 

「ん~? 聞こえてきませんね~?」

 

 謝ろうとした途端、楓さんの腕の力が強くなった。先ほどよりもギュッと顔に楓さんのお腹が押し付けられて、声を出そうとしても空気が漏れるような音しか出ない。しかも耳辺りに楓さんの胸がこれでもかと押し付けられているので、なんというかもうそれどころじゃなかった。

 

 こんな幸せな苦しみが永遠に続くのかと思いきや、それは机の上に置いてある俺のスマホから発せられるメッセージの受信を告げる音によって終わりを迎えることになった。

 

「っ、ぷはぁ……!」

 

「うふふっ、ごめんなさい、ちょっとやりすぎちゃったかしら?」

 

「い、いえ……俺の方こそ、ごめんなさい……」

 

 楓さんの幸せ固め(仮)から解放されたので体を起こそうとしたが、楓さんが「はいどうぞ」と俺のスマホを手渡してくれたので膝枕は継続中である。

 

 楓さんの太ももに後頭部を預けたままスマホのカバーを開いて受信したメッセージを確認する。

 

 

 

 ――確認、忘れないように。

 

 

 

「っ……!」

 

 その端的な一文に、楓さんの太ももや胸やお腹を堪能して緩み切っていた意識がハッキリと戻って来た。

 

「? なにかお仕事のメッセージでしたか?」

 

 しかしそんな俺の表情を見た楓さんが、優しく俺の頭を撫でながら小首を傾げたのでハッキリとした意識がまた緩みそうになった。

 

 いかん、確かに二人きりのおうちデートをこれ以上ないぐらい満喫しようとしていたが、今日の俺には『明確な目的』があるのだ。

 

 そう、それは――。

 

 

 

(なんとしても、楓さんの指のサイズを測る……!)

 

 

 

 ――来月のクリスマスに渡す予定の()()を用意するためのミッションだった。

 

 

 

 

 

 

 話はさらに一ヶ月前に遡る。

 

「……えっ。っていうことは何、アンタ、マジで楓さんと付き合ってるの?」

 

「……うん」

 

「これは……ビックリですわ……」

 

 その日、俺は346プロの事務所内で仲の良い()()()()()である的場梨沙と櫻井桃華の二人に『楓さんが恋人だということ』を打ち明けた。

 

「はぁ~……前々から楓さんがちょっかいかけてたのは知ってるけど、冗談じゃなかったってことなのね……」

 

「お互いに色々と問題があるっていうことは分かってる。だからその、出来ればこのことは秘密にしてもらえると……」

 

「旭さんと楓さんが節度を守ったお付き合いをされているというのであれば、わたくしは構いませんが……」

 

「別にペラペラ言いふらしたりしないわよ。寧ろ年上との恋を成就させた前例として頑張ってもらいたいぐらいだわ」

 

 桃華はともかく梨沙は個人的な思惑を含んでいそうだったが、とりあえず二人とも秘密にしてくれることを約束してくれた。

 

「それで? 本題はなによ」

 

「わざわざわたくしたちにそれを打ち明けたのには、何か理由がありますのよね?」

 

「話が早くて助かるよ……」

 

 俺より一つ年上とはいえ桃華と梨沙の年齢もまだ十二。だというのにまるで子どもらしからぬ大人顔負けのその反応に、彼女たちへ打ち明けたのは多分間違いじゃなかったと小さく確信する。

 

「ほら、もうすぐクリスマスだろ? その、プレゼントを用意しようと思ってて……」

 

「つまりプレゼントを何にするのか相談に乗って欲しいということですの?」

 

「いや、プレゼントを何にするのかは決めてるんだ」

 

「……イマイチ話が見えないけど、結局どういうことよ」

 

 

 

「……その、指輪を、渡そうと思って……」

 

 

 

「「重い」」

 

 バッサリと切り捨てられた。梨沙は予想してたけど、まさか桃華までもここまで見事な切れ味を見せてくるのは予想外だった。

 

「いやいや、流石に一年目で指輪は重いでしょ」

 

「その……もうちょっと年相応のプレゼントで良いのでは?」

 

 実に的確な指摘だと思う。実際自分でも「重いかなぁ」とか思った。でも俺なりに理由だってあるのだ。

 

「情けない話、俺は楓さんに対して何も出来てないんだよ」

 

 例えばデートのときの支払いだって基本的に楓さんが出してて、一応割り勘っていうことで後で受け取ってくれるけど、あからさまに提示された金額が低すぎるのだ。

 

 これでも俳優としてそれなりのキャリアを誇っており、ぶっちゃけそこらの駆け出し若手俳優よりは稼いでいる自信はある。小学生故にお小遣い制で稼いだお金全てを自由に使えるわけではないものの、実はそのお小遣いをこっそりと現金でコツコツ貯蓄しているので支払い能力が全くないわけじゃないのだ。

 

「俺が年下の小学生で未成年ってことには代わりないし、お金をかければいいってもんじゃないってことも分かってる。それでも、こんなことぐらいでもいいから楓さんと()()()()()()()んだ」

 

「……つまり『大人のプレゼント』ってことで、指輪ってわけね。やっぱり重いじゃない」

 

「旭さんの想いは理解しましたが、重いことには変わりませんわね」

 

 イチイチ重いって言わないでくれ……。

 

「それでも、わたくしたち子どもが大人に対して本気の愛を伝えようとするならば、それぐらいの重さが丁度いいのかもしれませんわね」

 

「協力してあげるわ。感謝しなさい?」

 

「……ありがとう、二人とも」

 

 

 

 

 

 

 そんな感じで俺は二人の協力者を得ることが出来た。

 

 梨沙にお願いしたことは『俺が選んだ指輪のデザインの合否判定を出す』こと。この辺りの感性は男子の俺よりも女子の梨沙の方が優れていると判断した。

 

 そして桃華にお願いしたことは『プレゼントの指輪を手配する』こと。何度も言うが俺は小学生。十万を越えるような指輪を買おうとすると色々と面倒なことになるので、その辺りを桃華の方で何とかしてもらおうというわけだ。

 

 そして今日! このおうちデート中に楓さんの指のサイズを測るつもりなのだ! 狙いは楓さんの右手の薬指!

 

 

 

 絶対にこのミッションを完遂してみせる!

 

 

 

「むむっ。旭君、おうちデート中に考えことなんて……またギューってしちゃいますよ?」

 

 

 

 ……しっかりとおうちデートを楽しみながら!

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ桃華」

 

「なんですの?」

 

「楓さんって元モデルでさ、小道具として指輪とか結構付けてるじゃない?」

 

「そうですわね」

 

「……事務所で調べれば、わざわざ測らなくても指のサイズぐらい分かったんじゃない?」

 

「えぇ、すぐに分かりましたわ」

 

「……桃華ってさ、結構良い性格してるわよね」

 

「うふふ、褒め言葉として受け取っておきますわ」

 

 

 




椛「お母さんの膝枕いいな~」

月「注目すべき点はそこなの……?」

椛「それにしてもお父さん、小学生なのに色々考えてるんだね」

月「小学生にとっては凄い高い指輪……もしかして」

椛「プロポーズとかしちゃうのかな!?」

月「どうだろうなぁ……」

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