※緊張感いずゼロ
というわけで、同級生のバカ野郎(現在絶賛友人から降格中)の策略にハマった俺は十時&速水の演劇部美少女コンビと一緒に水族館へ行くことになってしまった。
「なってしまったとはご挨拶ね。そろそろ自分が今置かれている幸せな状況を噛みしめなさいよ」
「うるせぇ。少し離れろ」
「お断りするわ」
そう言ってさらに身を寄せてくる速水。しかし耳が真っ赤になっており、さらに目を離すとちょっとずつ離れていく。口と態度では余裕そうな素振りをしているくせに、どうやら俺以上に恥ずかしがっているらしい。
「……耳年増」
「なにか言ったかしら?」
「大人の魅力に溢れてるって褒めたんだよ」
尤も、自分の心が決まっているとはいえこうして美少女に体を寄せられているという状況を喜ばないほど俺も人間が出来ていなかった。普通に身を寄せられればドキドキするし、間近でふふっと微笑まれれば顔だって熱くなる。
「もー、二人して楽しそうにしてズルいですー!」
「と、十時!?」
だからこうして体を密着されて動揺するなという方が無理なのである。
「離れなさい!」
「えー奏ちゃんはよくて私はダメなんですかぁ?」
「速水だってダメだけどお前は特にダメ!」
触れる触れる! 色々と触れそうになってる!
「あら、ダメな理由をしっかり教えてもらっていい? 場合によっては私も怒らないといけないから」
今日は色々とメンドクセェなこの二人!
何故楓ともそれほど出来ていないラブコメのようなやりとりを、この二人としなければいけないのか。しかもまだ水族館に入ってすぐなので、それなりに大勢の人がいる中でのやり取りなので、それはもう注目を浴びまくっていた。俺だってこんなところで美少女二人を侍らせている男がいたら見るに決まっている。
「ホラもう中に入ったんだから大人しろ。俺はお前たちの引率に来たわけじゃないんだからな」
「そうね。私たちはデートしに来たんだものね」
「デートでもない」
「で、デート……!」
「デートじゃない」
しれっと捏造しようとする速水と、恥ずかしそうに顔を赤らめる十時を同時に諫める。
いやホント、既に今の時点で色々と疲れたんだけど……。
「こんな状態で、俺は純粋に水族館を楽しめるのか……?」
「いやーやっぱり水族館って楽しいな!」
なんというか童心に帰った気分になる。マグロやイワシなど食として身近な魚は泳ぐ姿を見ているだけで楽しいし、深海魚はロマンを感じるし、ペンギンやラッコは可愛いし、まさかここまで楽しめるとは自分でも予想外だった。
「私たちも、まさか自分たちを忘れるぐらい熱中されるなんて思ってなかったわ」
「神谷先輩、お魚好きだったんですねぇ」
「特別魚が好きってわけじゃないんだけどな。普段見慣れないものを間近で見れるって楽しくないか?」
「普段は見れない、後輩の可愛い私服姿がここにあるわよ?」
「もっと見てくれてもいいのに~……」
(……見てないわけじゃないんだけどな)
別に意識して無視しようとしていたわけじゃない。寧ろ意識から外しているタイミングで視界に二人の姿が入ってくるたびにドキリとしてしまって心臓に悪かった。
「そんなこと今はいいんだよ」
「そんなことって言ったわね?」
「せ~ん~ぱ~い~?」
二人が恨みがましい声を出すが、今の俺はこの先の順路には一体どんな魚が待っているのかが気になって仕方がなかった。
「次は……イルカのショーか!」
これぞ水族館の醍醐味である。
「でも次の公演まで三十分か」
結構時間があるなぁと少し躊躇するが、速水は「あらいいじゃない」と肯定の意を示してくれた。
「ここに限らずイルカのショーは何処でも人気だから、寧ろ時間ギリギリだと席が一杯になっちゃう可能性があるわ。早いうちに席を確保しておくのもありじゃない?」
「ここのショースペースは後ろに売店が並んでますから、そこで少し早いお昼を食べながら待つのはどうですかぁ?」
なるほど、確かにそっちの方が色々と都合良さそうだ。
「それじゃあ二人もそれでいいんだな?」
「えぇ」
「は~い」
よし、それじゃあ一足早くショースペースで席の確保だ。
(……まさかここまで予定通りに進むなんて……)
(本当に教えてもらったとおりだねぇ……)
(今回の件に恩は感じてるけど、今後あの先輩と出来るだけ関わり合いたくないわ)
(わ、私もちょっとだけ怖いかな~……)
「はい先輩、あーん」
「あっ、奏ちゃんズルい! 先輩! 私も、あ~ん!」
「やらねぇって」
俺の左右の席に陣取った速水と十時が、それぞれたこ焼きとフライドポテトを口元に差し出してくるが、俺は今焼きそばを食べることで忙しいんだ。
「しかし、ちょっと前の方過ぎないか?」
一番前とは言わないものの、それでも十分に前列の席と言っても差し支えのない位置に俺たちは座っていた。俺としてはもう少し後ろの方から全体を見渡したかったのだけど。
「前の方が迫力があるわよ、きっと」
「……まぁ、それもそうか」
何かが頭に引っかかるような気がしたが、とりあえず今は目の前の焼きそばを食べ終えてしまおう。早くしないとショーが始まってしまう。
「そうね、急ぎましょう。だから、あーん」
「あ、あ~ん!」
「めげないね君たち」
だからやらないって。
(油断してるわね、神谷先輩)
(この席はショーの最中に水をかけてくるエキサイトシートなんです! つまりこのままいけば……!)
(ふ、ふふふ、その余裕も今だけよ先輩。きっとショーが始まると貴方はまた私たちよりもイルカに夢中になるんでしょうね)
(でも私たちが水を被れば、優しい先輩はきっとこっちに意識を向ける!)
(その瞬間、貴方の目に映るのは、み、水に濡れた私たちの艶姿!)
(い、いくら神谷先輩とはいえ、そんな私たちを意識しないとは言わせません!)
(他の人たちの目にも止まる可能性もある諸刃の刃……ホント、あの先輩はハイリスクハイリターンな策を提案するんだから……!)
(それでも、私たちは負けません!)
((いざ……勝負!))
「いやーやっぱりイルカって凄いな!」
「「………………」」
頭が良くて可愛いとは、なんと素晴らしい生き物なのだろうか。
「それにお前たちも。よくあんなに
少々物足りない気分にもなったが、女子二人を水で濡れさせるわけにはいかないので今回は俺が我慢しよう。
「……えぇ……まぁね……」
「……この水族館をおススメしてくれた先輩が教えてくれたんですよぉ……」
「なるほどな」
随分と水族館に詳しい奴がいたものだ。演劇部か?
(……あの先輩……!)
(……絶対に許しません……!)
さて、そろそろ水族館の出口も近くなってきたな。
「楽しい時間ってのは、本当にあっという間に過ぎるな」
「……えぇ、そうね」
「……楽しかった時間は、過ぎてから『本当に楽しかった』って思っちゃうんですよねぇ」
「……どうした、二人とも?」
流石に『水族館が楽しかったから帰りたくない』と言い出すような雰囲気ではないだろうが、それでも少しだけ寂しそうに笑っているように見えた。
「………………」
……よし。
「それじゃあ二人とも、この後はどこか行きたいところあるか?」
「「……え」」
「まだ昼過ぎだ、もう解散っていうのも味気ないだろ。……それとも、二人は何か予定が入ってたか?」
「は、入ってないわ!」
「大丈夫です!」
十時はともかく、速水がこんなに食いついて来るとは思わなかった。どうやら二人もまだ遊び足りないらしい。
「それじゃあ、どこ行きたい?」
既読 20:21 | 旭君、結構そういう女の子に対する運が無いみたいですし |
ちょっとまって | 20:22 |
え、そういう信頼の仕方なの? | 20:22 |
既読 20:24 | 半分冗談ですよ |
半分本気なんだ…… | 20:26 |
既読 20:29 | 信頼してるっていうのも本当です |
既読 20:32 | まだ恋人でもなんでもない女が何を知った顔をしているのかって感じですけど |
既読 20:34 | 私は旭君を信じてます |
既読 20:36 | 寧ろ騙されてもいいって思ってます |
既読 20:37 | それぐらい |
既読 20:40 | 好きなんです |
告白の言葉を伝える相手が間違ってるって | 20:43 |
なんでそれを直接伝えないの! | 20:45 |
それが言えればイチコロでしょ!? | 20:46 |
既読 20:47 | だって |
何? | 20:53 |
既読 20:55 | 笑わない? |
笑わない | 20:56 |
既読 20:56 | 怒らない? |
怒らない | 20:56 |
既読 20:58 | 私だって告白されてみたいんです |
おバカ!!! | 21:00 |
椛「なんかお父さん、この前のお母さんとのデートよりも楽しそうじゃない!?」
月「多分だけど、お母さんとのデートは『楽』よりも『嬉』が勝っちゃってるからじゃないかなぁ……いや、それでも私も擁護する気にはなれないけど」
椛「大丈夫かなぁ……二人とも変な余裕出しすぎて、変なこと起こりそう……」
月「私も不安だけど……多分大丈夫じゃないかな」
椛「どうして?」
月「だって残り一話だって」
椛「何を言ってるの???」