突然ですが、旭君はモテます。
惚気に聞こえるかもしれませんが、少しだけ私の話を聞いてください。
たまに『恋人にしたい俳優ランキング』が四位だったことで揶揄われることもありますが、『男友達として付き合いたい俳優ランキング』では一位です。つまりそれだけ旭君に心を許しやすく、そこから恋心に発展する可能性が高いということです。恋人としては少々複雑ですが、それでも不人気よりはずっといいです。
……信じていませんね?
ならば私との交際を公表する前のバレンタインで、みんなからチョコを貰う旭君の様子を
私の旦那様がどれだけ人気者なのか、思い知るといいですよ。
「旭さーん! おっはようございまーす!」
「おはようございます!」
バレンタインの朝。事務所の敷居を跨いだばかりの旭君に真っ先に声をかけたのは、凛ちゃんと同じ『ニュージェネレーションズ』の本田未央ちゃんと島村卯月ちゃんですね。奈緒ちゃんのユニットメンバーである凛ちゃんや加蓮ちゃんと同じぐらいとはいきませんが、それでもアイドル部門の中では比較的親しい部類の二人です。
「ん、おはよう。朝から元気だな……特に本田は」
「いやぁ、だって今日は女の子が頑張らなきゃいけない日ですからね! はいコレ! ハッピーバレンタイン!」
「は、ハッピーバレンタイン!」
そう言いながら早々に自分の鞄から可愛らしくラッピングされた小袋を取り出して旭君に差し出す二人。実はコレが今回のバレンタインの旭君の初チョコになります。
……えぇ、この年はまだ同棲していなかった上に私は朝から現場の仕事で事務所に顔を出せなかったんです。まだ旭君にチョコを渡せていないんです。ですが、一日の最後に思い出になるようなチョコを渡せたので大丈夫です。別に未央ちゃんと卯月ちゃんが羨ましいとか考えていません。えぇ、考えていません。
「おぉ、ありがとう。可愛らしいラッピングだな」
「えー? 褒めるのはラッピングだけですかー?」
「それ以外の何を褒めるんだよ」
「そこはホラ、颯爽と包みを開いて中のチョコを一口齧って『美味しいよ』って!」
「食べない食べない」
普段と変わらぬ様子で旭君とお喋りする未央ちゃんに対し、卯月ちゃんは大人の男性に面と向かってチョコをあげたことが少々恥ずかしいらしくモジモジしてますね。可愛いです。その調子で是非シンデレラプロジェクトのプロデューサーさんにもあげてください。応援してますよ、卯月ちゃん。
ちなみに二人が旭君にチョコを渡した理由は『事務所内でお世話になってる男性だから』という理由です。事務所の男性一人一人に上げていてはキリがないので、普段からお世話になっている俳優さんやスタッフさんにだけチョコをあげるているそうです。
これは彼女たちだけでなく、アイドル部門に所属しているみんなは殆ど同じような理由でチョコを配っています。暗黙の了解、っていうやつですかね。
……尤も、それを
次はその内の一人の番です。未央ちゃんと卯月ちゃんと別れて事務所のエントランスに入って来た旭君を、実は一時間前からずっと待っていた彼女が大きく手を振りその拍子に胸も大きく揺らしながら旭君の名前を呼んでいます。
「旭さ~ん! おはようございま~す!」
「おはよう十時。朝っぱらなんだからもうちょい声のボリューム落そうな」
「あっ、ご、ごめんなさ~い」
旭君に注意されて『テヘペロ』と舌ベロをちょっと出しているのは、十時愛梨ちゃんです。この頃からずっと旭君に
「はい旭さん。ハッピーバレンタインでぇす」
「ありがとう、十時。……これは今年もケーキか?」
愛梨ちゃんが旭君に手渡したのは、シンプルにラッピングされた少し大きめの箱。片手に乗せると少しはみ出す程度の大きさの箱です。
「はい! ガトーショコラでぇす! 今年はちゃんと保冷材も入れてあるので、ちゃんと夜まで大丈夫ですよぉ!」
「わざわざありがとうな。……ただ全く冷たくないんだけど、コレ本当に保冷材入ってるのか?」
「入れましたよぉ! 今年の愛梨は一味違うんです!」
旭君の問いかけに「ふんすっ!」と胸を張る愛梨ちゃん。旭君は基本的には765プロの三浦あずささんや四条貴音さんがお気に入りなおっぱい星人ですからね、こそっと見てるのは分かってますよ。
「一応確認を……十時?」
「なんですかぁ?」
「これ
「え、えぇ!?」
「何をどうすれば保冷剤と乾燥剤を間違えれるんだよ……」
「い、一度机の上に置いたから、そこで入れ間違っちゃったのかなぁ……?」
見事に天然ドジを決めた愛梨ちゃんはシュンと落ち込んでしまいました。本人的にはとてもショックなのでしょうが、そうやって落ち込む様もちょっと可愛いです。
「……美味しく食べてもらいたいっていう十時の気持ちは十分伝わったよ。お昼に食べるから、そう落ち込むな」
愛梨ちゃんを慰める旭君。相手が愛梨ちゃんなのでそう言って微笑むだけですが、私だったらそれに加えて頬を撫でてくれたことでしょう。ふふん、流石にこれには優越感を覚えざるを得ません。
「え、えへへ、旭さんは優しいですね」
「これぐらいで優しい認定してくれるなら、いくらでもしてやるさ」
……あんまり優しくしすぎるのは、私が嫉妬しちゃうからダメですよ。
「今回も、うーんと頑張って作りましたから、味わって食べてくださいね、旭さん!」
「うん、お昼を楽しみにしておくよ」
普通ここまで健気なことを言われておいて、自分への好意を全く感じないというのもおかしな話ですけどね。きっと旭君は、そんな周りの女の子からの好意に気付けないぐらい私に夢中だったんでしょうね。
……それはそれで、少しだけ申し訳ない気持ちになります。ですが、例え誰が相手であろうとも絶対に譲ってあげるつもりはないです。
「よーよーお兄さーん、いいもん食ってんじゃんかよー」
「……加蓮ちゃん、その喋り方何?」
「え? ラップっぽくなかったですか?」
「全然」
お昼。事務所の食堂で昼食を食べ終えた旭君が愛梨ちゃんのガトーショコラを食べていると、加蓮ちゃんと奈緒ちゃんと凛ちゃんの三人がやって来ました。
「おー、美味しそうなガトーショコラ」
「もしかして、愛梨さんからのバレンタイン?」
「分かるのか?」
「愛梨さん、アイドル部門のみんなにも同じ奴配ってたから」
奈緒ちゃんの言葉に旭君は(やっぱり沢山作った方が楽なんだろなー)なんて気軽に考えているんでしょうけど、実はアイドル部門へのガトーショコラはホールで持ちこんで切って渡しているのに対し、旭君のものだけは
「はい、そんなアイドルの手作りケーキを味わっている幸せ者な旭さんに、追加のチョコレートです」
「これは私から」
「……イチオー、あたしからも」
「おう、ありがとうな」
トライアドプリムスの三人からもチョコを受け取る旭君。妹とその友人からのチョコですから、旭君も先ほどよりも気軽な感じです。
「現役女子高生アイドルからバレンタインにチョコレートが貰えるなんて、旭さんはホントーに幸せ者なんだから、ちゃんとその幸せを噛みしめながら食べなきゃダメだよ」
そう言いつつ最後に「あっ、でも本命だって勘違いしてもダメだよ」と付け足す加蓮ちゃん。……この頃はまだ、自分の恋心に無自覚だった頃なんでしょうね。
「はいはい、ありがとうな」
「……なんか余裕そうな態度がムカつくんですけどー」
「悪いけど、今更義理チョコ貰ってドギマギするほど不得手じゃないぞ」
その代わり、私からのチョコレートには毎年ドキドキしてくれてますからね。
「義理チョコは沢山貰えても結局本命のチョコは一つも貰えないタイプの癖にー」
「オイコラ」
私からの本命のチョコはちゃんと貰ってるのにこういう反応をするのは、やっぱり私とのことがバレないように気を遣ってくれてるんですね。……あれ、普通にカチンと来てます?
「まぁ旭さんも私たちも芸能人だから、本当はそういうところちゃんとしないといけないんだろうけどね」
「え? なになに、凛ってばそういう相手いるの?」
「いないって……」
加蓮ちゃんの揶揄いの対象が凛ちゃんにズレたタイミングを見計らって、奈緒ちゃんがこっそりと旭君に近付きます。
「……で? 実際のところどーなんだよ」
「なにが?」
「そ、その……こ、恋人とか……」
自分で言ってて恥ずかしくなりながらもお兄さんの恋愛事情が気になっちゃう奈緒ちゃん可愛いですね!
「……そのときになったらちゃんと言うから」
「……分かった」
さも「恋人が出来たら教える」みたいな言い方してますけど、これ『現在恋人がいるのかどうか』という質問に対する回答にはなってないですよね。妹に対しても徹底して隠す方向だったんですよね、この頃は。
「まっ、期待しないで待っててやるよ! 精々アッと驚くような相手連れて来いよ!」
「期待してるのかしてないのかどっちだよ」
ふふふっ、こんなこと言ってた奈緒ちゃんが、初めて私が旭君の実家を訪れたときにすっごい驚くことになると思うと、ちょっと面白いですね。
夕方。コラム記事の作成や撮影や打ち合わせといった仕事ばかりで珍しく一日事務所にいた旭君は、一通のメッセージに中庭へ呼び出されます。
「……全く、貴方は一日中どこをフラフラしてたのかしら」
「……いや、普通に一日中仕事してたよ」
そこで待っていたのは奏ちゃんです。……そう、きっと昔から旭君に淡い想いを抱いていた、もう一人。
「はい、わざわざ貴方を探してまで渡してあげるんだから、ありがたく受け取ってよ」
「正確には呼び出されたわけなんだけど、ありがたく頂戴するよ。ありがとな、速水」
「………………」
無言のまま素直にチョコを渡す奏ちゃん。旭君は彼女のリアクションがなく、このまま立ち去っていいものなのか分からず戸惑っています。
「……ねぇ、チョコをあげる代わりに一つだけお願いしてみたいことがあるの」
「ん? ……余程変なことじゃなけりゃ、別にチョコの代わりなんて言わなくても聞いてやるぞ」
「……あの――」
「――随分と変なお願いだな。何かあったのか?
「………………」
名前を呼ばれた奏ちゃんは、首を振りました。
「いえ……何もなかったし、これからもないわ、きっと」
「? なんのこっちゃ」
……きっと奏ちゃんはこのときに気付いたんでしょうね。相手は誰だか分からないものの……旭君には既に恋人がいる、と。
何もないと首を振る奏ちゃんは、いつもと変わらない表情で……それでいて、少しだけ泣きそうな目をしていた。
それに旭君が気付かなかったのは……きっと、夕日のせい。
いかがでしたか? 旭君、モテるでしょ?
……そんな旭君と私は恋人になって、そして結婚した。
だけど……いや、きっとだからこそ、私は他の子たちに対して『申し訳ない』なんて思ってはいけない。
私は、高垣楓は『神谷旭の妻』であり、生涯愛し愛され続ける運命の相手だと、胸を張り続ける。私以上に彼のことを愛している人はいないのだと。
それじゃあ、いよいよそんな私が旭君にチョコをあげた場面を。
……あれ? 旭君?
……一緒にお風呂?
……ふ、ふふふっ、もう、旭君ったら……えっち。
それじゃあ、今日はここまでにしておきましょう。
私と旭君のラブラブな私生活を……全部は、見せてあーげない。ふふっ。
月「なんか突然始まったんだけど」
椛「わぁ、なんか大人のお父さんとお母さん久しぶり。今までずっと若かったから」
月「まぁこの状況でもまだ結婚してないから十分若いけどね」
椛「それにしても……」
月「うん……」
椛「お母さんの惚気をこれだけ沢山聞けるのって、新鮮だね!」
月「これだけでご飯三杯はいけるよね!」
椛「え?」
月「ナンデモナイ」