かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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新年あけまして楓さんと一緒!


高垣楓と夜の海で……

 

 

 

「………………」

 

 

 

「どうだ?」

 

「ダメだ、ピクリとも動かん」

 

「……生きてはいるよな?」

 

「微かに動いてるから、かろうじて呼吸はしてるらしい」

 

「しかし午後の練習・夕飯・入浴・夜のミーティング、終始見事なまでの無表情だったな」

 

「役者として羨ましいほどのポーカーフェイスだったな」

 

「置かれている状況は塵ほども羨ましくないけどな」

 

「ホントか?」

 

「……ちょっとだけ羨ましい」

 

「きっとコイツは今も心の中で葛藤を繰り返しているんだろうな」

 

「そっとしといてやるか……」

 

 

 

「………………」

 

 枕からノソリと顔を持ち上げ、暗闇の部屋の中に視線を向ける。窓から差し込む月明かりに照らされて浮かび上がる壁掛け時計は午後十時を過ぎていた。消灯時間はとっくに過ぎており、練習で散々しごかれた部員仲間たちも泥のように眠りこけていた。

 

 あの後、どうなったのか正直よく覚えていない。漠然と午後の練習や夕食などを済ませたような気はするのだが、はっきりとしない。

 

 しかし、今はそんなことはどうでもよかった。

 

(……高垣さん)

 

 怒らせてしまった。もしかしたら嫌われてしまったかもしれない。ただそんなことがずっとグルグルと頭の中を巡り続けている。

 

 謝る? 許してくれるのか? いや、許してくれないなら謝らないというのは間違っている。俺がしなければいけないのは謝罪だ。俺の不注意で不快な思いをさせてしまったことを謝罪して……そして……。

 

(そして……どうなるんだろう……)

 

 そもそも俺に謝れるのだろうか。初めて見るようなショックを受けた顔をした高垣さんを前にして、俺は一体どんな言葉を口にすることが出来るのだろうか。

 

 そもそも、果たして高垣さんは俺に会って――。

 

 

 

「モノローグが長い」

 

「ぐげっ……!?」

 

 

 

 ――突然、後頭部に強い衝撃が走った。それはもう目から火花が飛び散ったのではないかと思うほどで、ぶっちゃけ痛い。滅茶苦茶痛い。今まで考えていたこと全てが吹っ飛ぶぐらいには激痛だった。

 

「塩見、テメェなにを……!?」

 

「なんかくだらないことグルグル考えてるような雰囲気だったから、こうして気分転換させてやった俺への賞賛の言葉だったら受け取ってやるよ」

 

「この野郎……!」

 

 部活仲間である塩見(しおみ)周介(しゅうすけ)に悪態を吐きつつ、ヘラヘラと笑うそのニヤケ顔を睨みつける。確かにネガティブすぎる思考は強制的に切り替わったが、その手段が踵落としだったため礼を言う気には一切なれなかった。

 

「とりあえずようやく意識は現実に帰って来たみたいだな。無表情のまま淡々と行動してる様は普通に面白かったぞ。というか神谷、そういう愉快なことは俺の目の前でやってくれよ」

 

「……煩い、放っておいてくれ」

 

「おっと精神的引きこもりになる前に俺の話を聞いておこうぜ?」

 

 そのまま無視して俺は再び布団の中に――。

 

 

 

「高垣さん、今砂浜に一人でいるらしいぞ」

 

「……は?」

 

 

 

 ――潜り込もうとして、掛布団を蹴り飛ばしながら体を起こした。

 

「おっ、聞く気になったか?」

 

「……冗談や嘘じゃないんだよな」

 

「あぁ。合唱部の女子からのタレ込みだ」

 

「……なんでお前に合唱部の女子から高垣さんの動向がタレ込まれるんだよ」

 

 一気に胡散臭くなった。ただでさえ消灯時間がとっくに過ぎたこんな時間に高垣さんが出歩いているということ自体が信じ難いというのに。

 

「別に信じなくてもいいんだぞ? ことが起きて時間がそれほど経ってない上に周りの他の人がいないっていう、謝るには絶好のシチュエーションを見逃すんならそれでもいいさ」

 

「………………」

 

 悔しいことに塩見の言う通りだ。謝罪をするならば早急に、そして他に人がいないのは大変望ましい状況だ。

 

「まぁ夜の海に自分の胸を触った相手と二人きりなんてシチュエーション、果たして高垣さんが逃げずにいてくれるかどうかは別の話だけどな」

 

「お前は俺の背中を押したいのか蹴り倒したいのかハッキリしろ……!」

 

 これだから他の部員に『外道』なんて呼ばれるんだよ!

 

「安心しろ。お前から見返りを貰うための恩の押し売りだ」

 

 ……確かに、見返りも求めない無償の情報提供だったならば信用ならなかったが、逆にそういう打算的な考えがあった方が信用できる。

 

「……何が目的だ」

 

「………………」

 

 なんで視線を逸らした。

 

「……三船さんをデートに誘うから、協力して欲しい」

 

「……え~……」

 

「おいなんだその嫌そうな声は」

 

 三船さんの友人として、この外道はちょっとなぁ……。いや、コイツが本気で三船さんのことを好きなことは知っているが……。

 

 まぁ、どのみち俺が協力したところで三船さんに言い寄る男子への最終防波堤である佐藤がいる以上そう簡単にはいかないだろう。

 

「……分かった、その条件飲もう」

 

「契約成立だな」

 

 スマン三船さん……今は自分の目的のためだけに悪魔の契約を結ばせて欲しい。

 

 

 

「……ちゃんと神谷の奴を送り出してやったぞ。約束守れよ、佐藤」

 

『分かってるってーの。……はぁ、やだなー楓ちゃんはともかく、美優ちゃんの背中押したくねぇなー』

 

「おいコラ佐藤。……ん? 待て、それどういう意味……あっ、通話切りやがったな!?」

 

 

 

 

 

 

 青々と輝いていた昼の海とは違い、夜の海はとても深い黒色に染まっていた。しかし満月に近い月明かりに照らされて、浜辺は意外と明るかった。

 

「………………」

 

 そんな暗く、それでいて明るいという不思議な夜の空間に、一人佇む少女がいた。就寝用のジャージという物語的には少々色気は無い格好ではあるものの、それでも儚げなその美貌はそれぐらいで揺らぐようなものではなかった。

 

「……っ」

 

 どうやって声をかけようかという悩んでいたが、その必要はなかった。俺が声をかける前に、俺の砂を踏む音に気付いた少女……高垣さんがこちらに振り返ってしまった。

 

「……こんばんは、高垣さん」

 

「……こんばんは、神谷君」

 

 一瞬、そのまま逃げられるんじゃないかと不安になったが、高垣さんは逃げずに挨拶を返してくれた。半日前までならば既に日常になっていたそんなやり取りだが、今はそれを出来るだけでとても嬉しかった。

 

「……こんな時間にどうしたの?」

 

「……ちょっと、友達と電話をしていました。そういう神谷君はどうしたんですか?」

 

「………………」

 

 一瞬、なんて答えるべきか言葉に詰まってしまった。正直に『高垣さんが外に出ていると知ったから』と言うのも、それはそれで少しストーカー染みていて怖い気がする。だからといって『俺も少し夜風に当たろうと思って』と言うのも、物語じゃあるまいしそんな偶然あるはずない。

 

「……高垣さんに謝りたかったんだ」

 

「えっ……」

 

 悩んだ末、結局俺はさらに嫌われる可能性も覚悟の上で正直に話すことにした。

 

「友だちから高垣さんが出歩いてるっていう話を聞いて。昼間のことを謝りたかったから、こうやって来たんだ」

 

 真っ直ぐ、高垣さんに向かって頭を下げる。

 

「……昼間、高垣さんに不快な思いをさせてしまったことを謝らせてほしい。本当にごめんなさい」

 

「………………」

 

 グッと目を瞑り、頭を伏せたまま高垣さんの反応を待つ。

 

 許諾か、拒絶か、はたまた失望か。無言で立ち去られるぐらいならば、いっそのことビンタの一つでもされた方がマシ……いや、それは結局自己満足だ。罰されることでそれを許しにしようとしているだけだ。

 

「……気にしていない、といえば嘘になります」

 

「っ……」

 

 その言葉に膝から崩れ落ちそうになり、グッと力を入れ直す。

 

(やっぱり……俺は……)

 

 

 

「でも……気になっているのは、私に触れたのが神谷君だったからです」

 

 

 

「……え」

 

 思わず顔を上げてしまった。

 

「神谷君に触れられてしまったから、私は必要以上に動揺してしまったんです」

 

 それは一体どういう意味なのかを尋ねようとして……。

 

 

 

 ――月明かりに照らされる高垣さんの微笑みに、言葉が出なくなってしまった。

 

 

 

「……これで、分かってもらえませんか?」

 

「……高垣さん」

 

 彼女の想い、彼女が言おうとしていること、彼女が欲している言葉。

 

「……俺は」

 

 そして俺の想い、俺が言おうとしていること、俺が言わなければいけない言葉。

 

「……俺は、高垣さんと……!」

 

 意を決して、俺はそれを口にした。

 

 

 

 ――もっと仲良くなりたいんだっ!

 

 

 

「……は?」

 

「え」

 

 なんか高垣さんの口が今まで聞いたことないような低い声が聞こえたんだけど!?

 

「……続けて、どうぞ」

 

「え、えっと、今までも高垣さんとは仲良くやってきたと思う。遊びにも行ったし、一緒に話も勉強もした」

 

 それは春に転校してきた彼女を見たときからずっと願っていたこと。そうなりたいと願ったと同時に、俺は()()()()を望まなかった。望めなかった。

 

 それでも……今の俺の想いは、それだけでは止まれなかった。

 

「もっと仲良くなりたい。もっと遊びに行きたいし、もっともっと話もしたい」

 

 高垣さんの好きなことをもっと知りたいし、俺の好きなことももっと知って欲しい。

 

 そうして、今よりもさらに仲良くなって……。

 

 

 

「そのとき改めて、君に大切な言葉を伝えたいんだ」

 

 

 

「………………」

 

 波の音だけが、静かに俺と高垣さんの間に流れる。

 

「……分かりました。今はそれで、ぜーんぶ許してあげます」

 

 そう言って、高垣さんはクスリと笑った。

 

「……私はその言葉を、いつまでも待ってるから」

 

「……うん、ありがとう――」

 

 いつものように『高垣さん』と呼ぼうとした言葉を飲み込んだ俺は……。

 

 

 

「――楓」

 

 

 

 ……残っている全ての勇気を振り絞って、その名前を呼んだ。

 

 突然下の名前を呼ばれた彼女は驚愕の表情を浮かべて……しかし次の瞬間――。

 

 

 

「……はい、旭君」

 

 

 

 ――今まで見たことがないような満面の笑みを浮かべてくれた。

 

「……それじゃあ、戻ろうか。そろそろ戻らないと先生たちにバレたときが怖い」

 

「そうですね。怒られて、帆を張った船みたいな文章を書かされちゃいますからね」

 

「ん?」

 

 

 

「海だけに、帆船(はんせい)文」

 

 

 

「………………」

 

「……帆船(はんせい)文、です」

 

 聞き間違えかと思ったが、楓はわざわざ二度同じことを口にした。それはもう『今自分面白いこと言った!』と自信満々な表情を浮かべている楓に……。

 

「……っく、ぷっ、くくっ……!」

 

 なんかもう色々と可笑しくなって、思わず笑ってしまった。

 

「っ! 笑いましたね! 笑ってくれましたね!」

 

「くっ、いや、もう、なんというか、色々と下らなさ過ぎて……逆に、面白い……くくっ」

 

「下らない!? え、どういう意味ですか!? ちょっと、旭君!?」

 

 俺と楓はギャイギャイと騒ぎながら海を後にする。

 

 

 

 月明かりが照らすこの静かな夜に、俺と楓の笑い声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

めーちゃん

 

ちゃんと話せたんだ22:53

 

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22:55

お騒がせしました

 

それで、どうだった?22:57

 

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22:59

はい

 

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23:01

とてもカッコ悪かったです

 

……ん?23:02

 

既読

23:02

こっちも結構勇気出したのに

 

既読

23:03

大事なところで決めきれなくて

 

既読

23:03

ちょっとガッカリしちゃったけど

 

既読

23:03

それでも

 

既読

23:03

昨日よりも

 

既読

23:04

小さかったときよりも

 

既読

23:04

もっともーっと

 

既読

23:06

大好きになりました

 

……そっか23:08

 

これからも頑張ってね、楓ちゃん23:09

 

既読

23:11

はい!

高垣楓、頑張ります!

 

 

 

 




月「……はぁ、収まるところには収まったみたいだから一安心だけど……」

椛「お父さんのヘタレー! そこは告白するところでしょー!?」

月「まぁ実際のお父さんもプロポーズまでは結構かかったみたいだからねぇ……」

椛「でもまぁ……これでようやく進展したね」

月「そうだね。……ちょっとワクワクしてきた」

椛「うんうん! ……それで、気になることがあるんだけど」

月「私も……」

椛&月「……塩見周介さんって、誰?」



※塩見周介君が主人公の『俺が美優にプロポーズするまで』(著:(TADA)氏)絶賛連載中!
※出演許諾済み
※旭君も出張済み

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