IF外伝のコンセプトは『お前らはよ付き合えや』
既読 16:05 | 妹よ どうか兄を助けて欲しい |
既読 16:05 | 俺は一体どうすればいい |
どうした | 16:07 |
なにがあた | 16:07 |
既読 16:10 | 昔結婚を約束した女の子が 超絶美少女になって俺の目の前に現れた |
寝言は寝て言え | 16:12 |
兄のピンチを寝言と切り捨てるとは、なんて妹だ。……いやまぁ、我ながら随分と寝ぼけたこと言ってるなという自覚はある。
(……さてと)
奈緒へのヘルプという現実逃避を終え、スマホをポケットにしまう。
「えっと、ゴメン。お待たせ」
わざわざ待っていてくれた高垣さんは笑顔のまま静かに首を横に振った。そんな些細な仕草一つとっても絵になるところが、なんというかただひたすらに美人である。
(……しかし)
何故そんな美人さんな高垣さんが、わざわざ俺なんかと一緒に帰ろうなんて言い出したか。とにかくそれが疑問だった。
俺は彼女が昔の幼稚園で仲良くしていた女の子だということを覚えている。正確には
一番現実的な理由を考えるとするならば、俺が彼女の隣の席だから。今日は殆ど喋ることが出来なかったので、わざわざ『これからしばらくよろしくお願いします』ということを言いに来てくれたからではないか。
(……そんな奴が本当にいたとしたら、律儀を通り越して若干怖いけど)
「………………」
さて、一緒に帰ろうと言い出したのは高垣さんだが、こうして一緒に並んで歩いていても何故か彼女は一言も喋らなかった。だからといって無言のままでいるのは俺が耐えられないので、こちらから話を振ることにしよう。
「えっと、転校初日はどうだった?」
「っ」
急に話しかけるとは思っていなかったのか、高垣さんの方がビクリと震えた。
「え、えっと、そうですね……話しかけてくれた人たちはみんないい人たちでしたけど……少しだけ、疲れちゃいました」
「だろーね」
相手が親しい友人や仲のいいクラスメイトだったとしても、あれだけひっきりなしに話しかけられ続ければ疲れるに決まっている。それが今日初めて会った人間ばかりなのだから猶更だ。
「今時、転校生ですからね。みんな珍しかったんだと思います」
「それもあるだろうけど――」
――君が美人だから。
……舞台の上でならきっと言えたであろうそんなセリフを、この場面で発する勇気は持ち合わせていなかった。
「――高垣さんと、仲良くなりたかったからだと思う」
「優しそうなクラスで良かったです」
クスクスと笑う高垣さんは「でも」と言葉を続けた。
「神谷君は……来てくれませんでしたね」
「っ……」
不意打ちのようなそんな言葉に思わず変な声が出そうになるが、寸でのところで飲み込むことに成功した。
何故。何故高垣さんはそんなことを言ったのか。何故俺にそんなことを言ったのか。視線が泳ぎ、高垣さんを見ることが出来ない。一体彼女はどんな表情でそれを言ったのかが分からない。
もしかして、
「……俺は、ホラ。隣の席だから。話す機会はいくらでもあるし」
「それもそうですね。明日から、お隣さんとしてよろしくお願いします」
「これはこれはご丁寧に」
二人して仰々しく頭を下げ、顔を見合わせてクスクスと笑う。
(……
ここ一番での演技に成功してホッとすると共に内心でガッツポーズをする。意識しなければ、きっと俺は緊張に引き攣った笑みを浮かべていたことだろう。
我ながら随分と演劇部としてのスキルを無駄遣いしているが、俺にだって男子として女の子の前で醜態を晒したくないというプライドぐらいあるのだ。
それが
――もしかしてお前もあの美人転校生に一目惚れした口か?
(あぁそうだよ悪かったな佐藤!)
先ほどのやり取りを思い出し、脳内の佐藤の頭を引っ叩く。女子に対する扱いではないが、アイツとのド突きあいは中学から続くコミュニケーションの一種である。
あぁ、認めよう。
昔結婚を約束するほど仲が良かった女の子かもしれないとか、そういうのは関係ない。
……俺は高垣楓のことが好きになってしまった。
「あっ、神谷君は電車じゃないんですね」
「そもそも歩いて通える距離の高校を選んだからな」
高垣さんは電車通学らしく、最寄りの駅で別れることになった。
手を振りながら「また明日」と改札を潜る高垣さんの背中を見送る。
「……あのさ、高垣さん」
そんな背中を、俺は呼び止めてしまった。
「? なんですか?」
足を止めて振り返った高垣さんはキョトンとした表情を浮かべていた。
「っ……」
一瞬、それを尋ねようとして躊躇ってしまう。
「……あのさ、高垣さん」
もしも、彼女が本当に俺の記憶の中の『高垣楓』だったとしたら。
――それはきっと、運命なのではないだろうか。
「……いや、やっぱりいいや」
そんなもの、
そもそもだ。もし違っていたら、もし変な誤解を与えてしまったら。こうして折角下校出来るぐらいの仲になれたのに、それを崩すことをしたくなかった。
そんな女々しい下心を言い訳に、俺は一歩足を踏み出すことを止めた。。
そうだ、焦る必要なんてない。そう、自分に言い聞かせた。
疑問符を浮かべて首を傾げる高垣さんになんでもないと手を振る。
「また明日、高垣さん」
「……はい、また明日、神谷君」
改札の向こうで手を振り返してくれた高垣さんは、まるで花の咲くような笑顔で――。
「で? 結局さっきのメッセージはなんだったんだよ」
「………………」
「……兄貴?」
「……はっ!? 俺は一体!?」
「あ、戻って来た」
いつの間にか俺はウチのリビングのソファーに座っていた。どうやら最後の高垣さんの笑顔にやられてしまっていたようだ。
「なんという、魔性の笑み……!」
「なんだそりゃ。今度の劇のセリフか?」
冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出している奈緒に鼻で笑われてしまった。ペットボトルを振りながら無言で飲むかどうか尋ねられたので「頼むー」とだけ返す。
「……なー、奈緒」
「なんだー」
「異性に対して『昔結婚の約束をしたことがあるんだよ』って話をするのは、女子的にはアウト?」
「……女子的にどーこーは知らないけど、やっぱり好感度の問題じゃねぇか?」
「好感度」
なんとも奈緒らしいサブカルな単語を思わずオウム返ししてしまう。
奈緒からアイスコーヒーが注がれたグラスを受け取ると、彼女は俺の向かいのソファーに腰を下ろした。
「異性として意識している相手に言われりゃ多少なりともドキッとするかもしんねーけど、興味ない相手に言われても引くだけだろ」
「引くか」
「引く」
まぁ確かに『高校生にもなって幼稚園のときの約束を覚えているのか』ってなるし『まさか今でも本気にしているのか』ってなる。そう考えると、先ほど高垣さんにそれを尋ねなかったのは我ながらファインプレーだったかもしれない。
「……え、何、まさか兄貴、本当に幼稚園のときに結婚約束した女の子に再会したのか!?」
お前はさっき俺が送ったメッセージの何を見ていたというのか。
「名前がよく似た女子生徒がウチのクラスに転校してきたってだけだよ」
「……まさかとち狂って告白とかしてねぇよな……?」
とち狂ったとか言うな。
「席が隣になって少し仲良くなっただけだ。いくらなんでもそれだけで告白したりしたりしねーって」
「おいおい……子どもの頃に結婚を約束した女の子がいて、その女の子によく似た女子生徒が転校してきて席が隣……!? なんなんだ……今朝から兄貴の主人公度がどんどん高まっていってるぞ……!?」
今朝と同じようにブツブツと呟く奈緒。もしそうだとしたら、お前は主人公の妹という中々美味しいポジションだぞ。
「……まぁ、所詮物語は物語。そんな美味しい運命なんて転がってないって」
都合のいい運命なんてありはしない。あったとしても、それを掴むのは俺じゃない。
「どーせ俺は
「っ……! ご、ごめん……」
「ただの八つ当たりの嫌味だ。寧ろこっちが悪かったな」
飲み干したアイスコーヒーのグラスを手に立ち上がり、シュンとしてしまった奈緒の背後に回ると髪をわざと乱暴にグシャグシャにした。
「ちょっ、ヤメロ!」
「はっはっは、ボサボサだな……って、凄いな自然に髪型が直るのか」
「あたしの髪はデフォルトでボサボサだって言いてぇのかあああぁぁぁ!?」
顔を真っ赤にして「表出ろ!」と殴り掛かってくる奈緒を交わしつつ、グラスを洗うためにキッチンへと足を向けた。
既読 16:55 | やばいです 大変です |
既読 16:56 | 助けてください |
なになに | 17:05 |
何があったの? | 17:06 |
既読 17:07 | いたんです |
既読 17:07 | 旭君が |
旭君? | 17:12 |
……もしかして、例の? | 17:14 |
既読 17:16 | そうです その旭君です |
……楓ちゃんの妄想とかじゃなかったんだ | 17:17 |
既読 17:20 | え、妄想だと思ってたんですか? |
だってさ | 17:21 |
『実は私、幼稚園の頃に結婚を約束した幼馴染がいるんです』 | 17:22 |
なんて言われても、普通は信じられないよ | 17:22 |
既読 17:25 | ……やっぱり、変ですかね |
普通ではないと思う | 17:28 |
でも私は、楓ちゃんはそれでいいとも思ってる | 17:29 |
頑張って | 17:29 |
ずっと好きだったんでしょ | 17:29 |
既読 17:35 | ありがとうございます、めーちゃん |
既読 17:37 | それでですね 旭君、すっごいカッコよくなってたんですよ |
ゴメン、それ今から長くなる? | 17:38 |
月「シリアスかな? って思ったけど、なんか違う気がする」
椛「もどかしいなぁ……早く告白すればいいのに」
月「でも現実のお父さんも、恋人になるまで二年ぐらい経ってるから」
椛「へぇ、よく覚えてるね」
月「………………まぁ、うん」