まず初めに宣言しておこう。
今回のお話は、所謂『夢オチ』というものである。
現実のものではない夢の話。目が覚めてしまえば何も残らない。きっとすぐに忘れてしまう、泡沫の夢。
けれどそれは、この特別な日に神様がくれた素敵なプレゼント。
文字通り、
ドンッッッ!!!
「「っ!?」」
突如聞こえてきたそんな爆発に似た大きな音に、俺と楓は揃って肩を跳ね上げた。
「な、なんだ今の音……!?」
「何処かで事故でもあったのかしら……?」
思わずソファーから立ち上がり、窓に近寄る。何処かで爆発でも起こったのかとリビングの窓から外を覗くが、そこには普段と変わらぬ平穏な街並みが広がっているだけであった。
「……大丈夫、か?」
もしかしたら何かニュース速報が流れるかもしれないので、とりあえずテレビを付けようとソファーに戻ってリモコンに手を伸ばす。
「お父さん、お母さん、大丈夫!?」
「い、今の音なに……!?」
二人の
「「……え」」
あまりにも突然すぎる侵入者の存在に呆気に取られる俺と楓。
「大丈夫みたいだね……私はビックリしすぎて思わずベッドから転げ落ちちゃったよ」
あはは……と苦笑いを浮かべる女性。恐らく楓と同い年ぐらいの彼女は……驚くほど
「……えっと、二人ともどうしたの? そんな目を見開いて……」
心配そうに俺たちに声をかけてくる少女。こちらは高校生ぐらいで、彼女もまた
「……え、えっと……」
さて、そんな二人の侵入者の存在に言葉が出てこなかったが、なんとか声を絞り出して問いかける。
「ど、どちら様?」
「「……えっ」」
何故か俺たちと同じぐらい侵入者二人も驚いていた。
「あの……じょ、冗談だと分かっていても、それは流石に心に来るんだけど……」
「真顔はやめて……せめて半笑いで……」
そして何故か精神的にダメージを負っていた。いや、本当に彼女たちは誰なんだ……?
「……椛ちゃん?」
「え……?」
それまで黙っていた楓が、女性の顔をマジマジと見ながら何故か
まさか、楓はこの楓に似ている女性が俺たちの娘だとでも言いたいのだろうか。
しかしそれはあり得ない。
何故なら、
「……って、あれ!? 赤ちゃん!? なんでどういうこと!?」
「っていうかお姉ちゃん、そういえばなんかリビングの内装がちょっと違うよ!?」
「ホントだ!?」
「それによくよく見るとお父さんとお母さんも若いし!」
「えっ!? ……え、変わらなくない?」
「全然違うよ!? ほら、目の輝きと髪の艶!」
「流石に分かんないって!? だとしたら昔と容姿が変わらない二人って一体何!?」
何やらワーワーと騒ぎだす二人。色々と訳が分からないのは俺も同じだが、とりえあず椛が起きるから静かにしてほしかった。
「えっと、話をまとめると……」
一先ず女性二人に座ってもらい、全員でお茶を飲んで落ち着いてから会話をした結果。
「君が、俺たちの娘の椛の成長した姿で、現在二十四歳」
「うん」
「君が、いずれ産まれてくる次女の月で、現在十七歳」
「う、うん」
ということらしい。
「……いや、なんだよこのSF映画みたいな展開は……!?」
「瑞樹さんが出演した映画に、そういうのあったわね~」
「あっ、『時をかける恋人』だよね!? 私大好き!」
「あら、去年の映画だから……椛ちゃんにとっては二十五年前の映画になるのよね?」
「うん。私、昔の346プロのアイドルが大好きだから! 映画もちゃんと網羅してるよ!」
俺が頭を抱えている横で、楓が二十四歳の椛と楽しそうに会話をしていた。なんでも彼女は現在楓と同じぐらいのトップアイドルとして活動していると同時に、彼女たちにとっての昔のアイドル……要するに今のアイドルのオタクとしても有名らしい。
「昔からアイドルのみんなに囲まれてる環境で暮らしてたから、私がこうなるのは当然の結果だよね?」
二十四歳の椛は何故か誇らしげに胸を張っていた。なんというか、見た目が楓にそっくりなのにそういう仕草の一つ一つがちょっとずつ楓と違っている。年齢も殆ど一緒ということで、どちらかというと『並行世界の楓』と言われた方がしっくりくる気がする。
というか、楓もそうだが、何故この二人はこの異常事態をあっさりと受け入れているんだ……? 大らかとかそんな言葉じゃ済まされないんだが……?
さて、そんな風に二人の楓が楽しそうに話をしている一方で、まだ産まれていない神谷家の次女であるらしい月は何をしているのかというと。
「……お、お姉ちゃんが赤ちゃん……! 赤ちゃんのお姉ちゃん……!」
この大騒ぎの中でも全く目を覚ます気配のない生後十ヶ月の椛の姿を、何故か血走った目で見つめていた。頬は紅潮しており、やや息も荒い。我が娘じゃなければすぐにでも椛から遠ざけたい姿がそこにはあった。先ほどの大人しい雰囲気は何処へ行ったのやら……。
「えっと……ゆ、月?」
「っ、ご、ごめんなさい……あまりにも可愛かったから、つい……」
声をかけると我に返ったらしい月は慌てて椛から飛びのいた。
ただ勢いよく飛びのいたため、すぐ近くに立っていた俺にぶつかってしまう。体格差からぶつかって来た彼女の方がよろけてしまうが、咄嗟に彼女の肩を抱いて転倒を阻止する。
「っと、大丈夫か?」
「えっ……あ、ありがとう……」
「……いや、お前も俺の娘なんだから、当たり前だろ」
にわかに信じがたい話ではあるのだが、それでも彼女が俺の娘であるというのであれば当然だろう。誰だって娘が傷付く姿なんてみたくない。
「まぁ、どうせ夢だろうしな。目が覚めたら忘れてるって」
我ながら身も蓋もないようなことを言っているが、それ以外に現状を説明する方法がないのだから俺はそう考えることにする。
「……そ、そうだよね、夢、だよね……!」
「ん?」
顔を俯けたままボソリと何かを呟いた月。一体何を呟いたのかと聞き返す前に、何故か月が真正面から抱き着いてきた。
「ゆ、月……?」
「……え、えっと、その……最近は、こういう風に甘えることが出来なかったから……夢でぐらい、素直になりたくて……」
「……はぁ。ったく、未来の俺は何をやってるんだか」
こんなに可愛い娘なんだから、何も言われなくても可愛がってやれっての。
「っ……え、えへへ……」
ポンポンと頭を撫でてやると、月はそんな幸せそうな声を出した。これぐらいでこんなに喜んでもらえるのであれば、いくらでも抱きしめよう。
「あー! 月ちゃんズルい! 私も若いお父さんに抱っこされたい!」
そんな俺たちの様子に気付いたらしい二十四歳の椛がこちらにやってくると、強引に俺の腕の中に潜り込んできた。月もそのまま腕の中なのでかなり窮屈なことになっているが、月も「あぁ、パパとお姉ちゃんの欲張りセット……!」とさらに幸せそうな様子だった。
……なんだろうか、月は親戚の子どもとか知り合いの子役ぐらいの感覚だったのだが、二十四歳の椛はほぼ楓と同じ年齢と見た目なので、なんというか、色々と、あの、うん。
「あら、旭君に娘を二人とも取られちゃったわ。『どーしてこうなったー』……略してドーターね……娘だけに……ふふふっ」
朗らかに笑っている楓が怖い。ギャグのキレが悪いのは、機嫌が悪いからなのかいつも通りだからなのか……。
「か、楓も来るか?」
「あら、いいの? 私はお邪魔じゃないかしら?」
「お邪魔とはなんのことでしょうか」
ヤキモチ妬いてくれているのは嬉しいが、いくらなんでも夢の中で成長した自分の娘二人に対してそれはちょっと大人げないのでは……!?
「って、そうだ! 若いお母さんにも会えたんだから、やりたいことがあったんだった!」
そう言いながら俺の腕の中から抜け出した二十四歳の椛。姉がいなくなった分、妹も月が再び存分に俺の腕の中を堪能していたが、お前は最初の印象とは違ってマイペースだな。
「あのね、お母さん。お願いがあるの」
「なぁに?」
「私と一緒に『こいかぜ』を歌って」
「……え?」
「『こいかぜ』を……?」
「うん」
迷いなく頷く二十四歳の椛に『どうしてそんなお願いを』と疑問に思う。
「……二十四年後のお母さんは、もうアイドルを引退しちゃったんだ。お母さん自身も『私じゃもう以前と同じように歌えない』って言ってるの。だから、私は
「……椛ちゃん」
「昔は私には分不相応だからって断っちゃったけど……今の私なら『高垣楓』と肩を並べて『こいかぜ』を歌えるっていう自信がある」
椛は「だから」と両手をぎゅっと膝の上で握りしめた。
「例えこれが夢だったとしても……お願い、お母さん」
「……娘のお願いを断るほど、お母さんは意地悪じゃないわよ」
ニッコリと微笑みながら楓はそれを了承する。
「っ! じゃあ!」
「どうする? 今からスタジオでも借りる?」
「……ううん。なんとなく、この夢はもうすぐ終わっちゃうと思うの」
「……えぇ、そうね。お母さんもそんな気がするわ」
それは俺も感じていたことだった
この素晴らしい夢は長く続かない。理由や根拠は何もないのだが、もうそろそろ
「それじゃあここで」
「うん。赤ちゃんの私が起きないように、出来るだけ小さく」
「はわわ……た、『高垣楓』と『神谷椛』の奇跡のデュエット……!」
「……どうやら、随分と豪華なライブを見せてもらえそうだな」
これは例え夢だとしても、そんな夢の中で眠ってしまっていたとしても、聞き逃すのは勿体ない。そう考えて寝ている赤ちゃんの椛を抱き上げる。月も俺の隣にピッタリと寄り添うように姿勢を正しており、二人の歌を聴く準備は既に整っているようだ。
「……その前に、椛、月、一ついいか?」
「ん? お父さん、何?」
きっとこのライブと同時に夢は終わってしまう予感がする。ならばその前に、一つだけ聞いておきたいことがあった。
「未来の俺とお母さんは、幸せか?」
「……それ、わざわざ私たちに聞く必要ある?」
「お父さんはそんなに鈍くないでしょ?」
二人揃って「一体何を聞いているんだ」とクスクス笑われてしまった。
「ちゃんと未来の娘の口から聞いておきたいんだよ」
「そうね、お母さんも聞きたいわ」
「……そんなの、当たり前でしょ」
「うんうん、当たり前」
「「お父さんもお母さんも、私たち姉妹も、みんなみんな幸せだよ」」
「………………」
パッと目を開く。
時計を見ると、まだ朝の五時。隣の楓も、ベビーベッドの椛も、スヤスヤと寝息を立てていた。
「………………」
なんとなく、本当になんとなく楓とイチャつきたくなったので、眠っている楓の体を抱きしめる。
「……ん、旭君……?」
「悪い、起こしたか?」
「ううん……私もたまたま、目が覚めただけ」
スリスリと俺の首元に額を擦り付けてくる仕草がとてつもなく可愛くて、俺もお返しとばかりに彼女の耳元を軽く舐める。
「やん、もう……」
「……さっきな、凄い幸せな夢を見てたような気がするんだ」
夢の内容は覚えていない。とりあえず楓がいた気もするし、誰か他にも登場人物がいたような気もする。けれどそこで何があったのか、どんな会話をしたのかは全く思い出せない。
けれど、今こうして楓を抱きしめているときと同じぐらいに幸せな夢だったということだけは覚えていた。
「……ふふっ、偶然ね。私も、凄い幸せな夢を見てたわ」
すると楓からもこんな答えが返ってきた。
なんとなく、楓が見た夢は、俺が見た夢と同じような気がした。それはどちらかというと『そっちの方がロマンチックだから』なんて馬鹿らしい考えだが、きっと楓も同じことを考えてくれていると思う。
「幸せな夢から覚めちゃって少しガッカリしてたのに、こうやって旭君にギュッとされた途端にそんなガッカリも何処かに行っちゃった」
「……幸せなら、俺がいくらでもあげるから」
「……うん、代わりに、旭君の幸せは私があげる」
そのまま顔を近づけ、啄むように楓にキスをする。
「……っと、そうだ、楓」
「なぁに?」
「誕生日おめでとう」
「……ありがとう、旭君」
まさかこの小説で楓さんの誕生日を五回も祝うことになるとは思いもしませんでした。
一年で書き上げるつもりだった小説が、番外編を一年も書くほど遠くまでくるとは……何があるか分かりませんね()
とはいえ、四年書き続けても(ネタは切れ始めても)楓さんへの想いは尽きることはありません。また一年、番外編を続けていきたいと思いますので、変わらずお付き合いいただけるとありがたいです。
改めて、高垣楓さん、お誕生日おめでとうございます!
これからも更なる活躍を期待しています! 目指せシンデレラガール史上初の二冠!