――俺と楓の休日がオヤジによって台無しになった。
冒頭一文目から全く意味が分からないだろうが、ほんの少しだけ俺の言葉遊びに付き合ってもらいたい。
さて、オヤジとは言ったものの別に俺の父親や楓のお義父さんではない。親戚のオジサンでもなければ、知り合いでもない。ましてやそこら辺にいた中年オヤジでもない。注釈の必要はないだろうが、楓の駄洒落という名のオヤジギャグで台無しになったわけでもない。
『地震雷火事オヤジ』という言葉がある。
これは昔から恐れられている四つの災害を表す言葉だが、地震・雷・火事と来て最後の一つがオヤジということに疑問を覚えた人は少なくないだろう。
これは勿論そのままの意味で『親父』を表すのではなく、『
……と、以前カフェテラスでたまたま一緒になった
さて、それを踏まえて冒頭の一文である。
つまり俺と楓の休日が台風によって台無しにされたという意味であり――。
「……ぷくー」
――楓の機嫌が悪い理由だった。
窓の外では昨日の晩から接近しつつある大型台風の影響で明け方から豪雨が続いていた。
今日は久しぶりに俺と楓のオフ日が重なる日だったので、デートでもしようかという話になっていたのだがご覧の有り様。流石にこの雨の中、外出する気には到底なれず、敢えなく雨天中止と相成ってしまったのだ。
リビングのソファーの上で体育座りをしながらわざとらしく頬を膨らませている楓。自分の口で「ぷくー」とか言っちゃうぐらいなので本格的に機嫌を損ねたわけではないだろうが、とりあえず露骨に『私は今、不機嫌です』アピールをしているのは分かった。
年齢的に考えれば「年を考えろ」ぐらいは言われても仕方がない行為であるものの、それが似合ってしまう辺り流石である。
「……むすー」
楓の口から発せられる擬音が変化した。多分構ってもらえないことで不機嫌さが一段階上昇したのだろう。膨らんでいた頬が萎み、今度は口を尖らせて拗ねたような目で俺を睨んでくる。美人なのでそれなりに迫力があるものの、如何せん恐くない。
「……ぷいっ」
ついにそっぽを向いてしまった。自分の膝に頬を当て、体はこちらを向いたまま顔を俺から背けている。ただチラチラと横目でこちらを見ているので、やっぱり構って欲しいのだろう。
さて、そろそろ潮時だろうか。俺が全く構わないので段々と涙目になっていく様子が大変可愛らしいし、ホットパンツから覗く真っ白な
丁度洗い物も終わったのでタオルで手を拭いてエプロンを外し、対面式のキッチンから楓の元へと向かう。
ようやく構ってもらえるのだとちょっと嬉しそうにする楓だったが、不機嫌であるというスタンスを崩すつもりはないらしくそっぽを向いたままだった。
「機嫌直せって楓。こればっかりはどうしようもないから」
楓の横に腰掛けて軽く引き寄せるように
「だって……」
「いやまぁ楽しみにしていたのは知っているけどさ……いい大人が雨で遊園地に行けなくなったからって拗ねるなよ」
尤も、楓のお目当ては遊園地そのものではなくその隣のアウトレットで行われる筈だった『世界の名酒博覧会』なる催しの方だろうが。
「楽しみにしていたのに……お酒ぇ……」
美人だから許されるが、完全に思考と言動がオヤジである。というか下手するとアル中である。
「さて、今日はこれからどうするかな」
なでなでが大層気に入ったらしく、いつの間にかニコニコとご機嫌になっていた楓にチョロ可愛いという感想を抱きながら、今日の予定に頭を悩ませる。
本来であれば今日は昨日の晩から泊まりに来ていた楓と朝から遊園地で遊び、夕方から名酒博覧会でアルコールを楽しんで夜に帰宅するという流れだった。
しかし前述したように朝目が覚めた時点で外は豪雨。台風が来ていることは分かっていたものの一縷の望みをかけて楓は早起きをしたらしいのだが、現実は非情という以前に当たり前の結果だった。
ぶっちゃけこうなることを予想していた俺は初めから早起きするつもりは無く、ゆさゆさと俺の体を揺すりながら「旭君大変です、酷い天気です」と子供のように起こそうとしてくる楓を再びベッドに引きずり込んで強制的に二人で二度寝を敢行。
つい先程起きてきて
何の気なしにテレビを見ると、情報番組に出演する我が346プロのバラドルユニットが台風の状況を教えてくれた。
『それでは外がどないな様子になっとるか、幸子はんが伝えてくれますえ』
『現場の幸子ちゃーん!』
《こ、ここコチラテレビ局前に来ていますカワイイボクこと
『いやぁ、やっぱり
『幸子はん、外の様子はどないどすかぁ?』
《様子も何も見ての通りですよ!? トンデモナイ雨と風で、気を抜くと本当に飛んで行っちゃいそうなんですからね!?》
『あー、幸子ちゃん小さいもんねぇ』
《そうです! ボクは小さくてカワイ――うぎゃあああぁぁぁ!?》
『幸子はーん。また後で中継繋ぐから、その時もよろしゅうなぁ?』
『幸子ちゃんがちょっと気になるところだけど、カメラをスタジオに戻して次のコーナー行くよー!』
おい待て輿水どうなった。今一瞬輿水の体が浮いてたぞ。
流石にスタッフが何とかしたとは思うが、明日も輿水の元気な姿をお目にすることが出来ることを信じていよう。
まぁいいや。そんなことより、やはり外出は出来る限り控えた方がよさそうである。というか出たくない。いくら車で移動するからとはいえ、こんな天気の中、わざわざ外出するような奴はいないだろう。
すると必然的に部屋の中で出来ることに限られるのだが……。
「楓、今日何かしたいことあるか?」
「ん~……それじゃあ家デートをしてみましょう」
「……いや家デートも何も……」
正直に言うと、そんなもの今更じゃなかろうか。
今日のように楓は何度も俺の部屋に泊まりに来ているし、逆に楓の部屋に泊まったことも数知れない。お互いの部屋にもそれぞれの生活用品が置いてあるため、例え急に泊まることになったとしても不自由することは無い。
そんな半同棲のような状況になっている俺たちが、今更家デートと言って何をするというのだろうか。
「見て旭君、あそこに先月保養所に行った時にトライアドプリムスの三人と一緒に撮った写真が飾ってあるわ」
「家デートってそういう意味じゃないと思うぞ」
家の中を見て回っても絶対に楽しくない。というか三十分足らずで終了する。
そもそも家デートってのは家の中でのんびりすることをデートと称しているのであって、結局家の中で何をするのかという根本的な部分に対する回答ではない。
「うーんと……それじゃあ、映画でも見ましょうか」
「映画か」
なるほど家デートの定番である。
しかし残念ながら俺の部屋にあるDVDには若干偏りがあり、基本的に自分が出演している映画か楓が出演しているライブのDVDなのだ。これらは既に何度も見たことがあるので、新鮮味が全く無い。
「こんなこともあろうかと!」
「どうした急に」
ソファーの側に置いてあった自分のカバンの中を漁る楓。取り出したのは、何とレンタルショップの袋だった。
「実は事務所のみんなに、オススメの映画を聞いて色々借りてたの」
「おぉ、随分と用意周到だな」
遊園地を楽しみにしつつ、こうなることを予期していたというのか。
「本当は昨日の晩や今日帰って来てから見ようと思ってたんだけど……昨日の晩は……ほら、ね?」
その白い肌をほんのり赤く染め、テレテレと袋で顔の下半分を隠す楓。
いや、あれは楓が「ご飯にする? お風呂にする? それとも……」って若妻常套句を口にするから……と反論したかったけど結局俺の責任に代わりはなかったのでこの話題を掘り下げるのはこの辺で止めておこう。
「それで、どんな映画を借りてきたんだ?」
「えっと……」
ゴソゴソと袋の中からDVDを取り出す楓の手元を覗き込む。
「まずはみくちゃんオススメの『ニャンニャン大冒険』」
「あの子もブレないなぁ」
だがたまには童心に帰るのも悪くないだろう。
「輝子ちゃんオススメの『恐怖!キノコ男』」
「そっちはそっちでブレないなぁ!」
というかサラッと糞映画薦めて来やがった。
「ヘレンさんオススメの『世界のすゝめ』」
「ヘーイ!」
思わず世界レベルな返事をしてしまった。何だその映画。
「奈緒ちゃんオススメの『劇場版幽体離脱フルボッコちゃん~冥界ギリギリ!ぶっちぎりの凄い奴~』」
「妹よ……」
いくら楓と仲良くなったからって色々と振り切れすぎてやしないか。
正直事務所のメンバーの個性が強すぎてなかなかアレな映画ばかりである。
「菜々ちゃんオススメの『タイタニック』」
「……おぉ、普通に名作が来た」
逆に拍子抜けしてしまったが、恋人以上の関係の二人で見るにはなかなか良いチョイスである。
だから武士の情けとして映画の年代には触れないでおこう。名作だし、きっとテレビの洋画劇場とかで見たんだろう。
「菜々ちゃんが『映画館に見に行った時のことを思い出します』って」
「リバイバル放映とかリマスター版ということにしといてあげて」
もう隠す気無いだろあのウサミン星人。
「まぁウサミンの自爆芸はこの際置いておいて、それじゃあこれにするか」
「えぇ」
というわけでキッチンから飲み物や軽食を持ってくると、カーテンを閉め部屋の電気を消して雰囲気作り。元々外の天気が悪く薄暗かったので部屋はあっという間に暗くなり、僅かなテレビの明かりに照らされるだけとなった。
再び楓の横に腰を下ろすと、今度は引き寄せるまでもなく楓の方からピッタリと身を寄せてきた。天候的にややジメッとしているが、楓の二の腕と肌で触れ合っても全く不快には感じなかった。
「よし、それじゃあ再生ー」
「わー」
パチパチと楓の拍手と共に、小さな上映会は始まった。
終わった。
「んー……!」
長時間座りっぱなしの上に楓とくっついたままだったので動きが制限され、肩や首がこった。軽く座ったまま背伸びをしたり首を回すと軽くパキパキと音を立てた。
「………………」
「楓?」
何故かエンドロールも終わった真っ暗な画面を見つめたままの楓に声をかけるが、楓は何でもないと首を振った。
「久しぶりに最初から最後までちゃんと見た気がするなぁって思ってたの」
「確かに」
テレビで放送したりするけど途中から見たり逆に途中で見るの止めちゃったり、そもそも地上波用にカットしてたりするから。
「それにしても、やっぱり王道って感じだよなぁ」
『身分の差を越えた悲劇なラブロマンス』というのはロミオとジュリエットに通ずるものを感じる。
「旭君、さっきのヤツやりましょう」
まだ映画は残ってるがとりあえず休憩かなと考えていると、立ち上がった楓に腕を引かれた。
「さっきのヤツ?」
「船首で腕を広げるアレです」
「あぁ、アレか」
鉄板ネタではあるだろうが、やるとしたら船の上とまでは言わないもののせめて水辺じゃなかろうか。
「外は大雨だから大丈夫」
何が大丈夫なのかは分からないが、楓はスクッとソファーから立ち上がるとこちらに背を向けて腕を広げた。
「ったく、しょうがないな」
などと言いながら案外俺も乗り気だったので、楓の背後に立ってその腰に腕を添えた。
(……相変わらず細ぇなぁ……)
当然とまでは言わないものの楓のスリーサイズは把握しているが、こうして改めて触れてみるとそのウエストサイズに驚愕する。若干上も下もボリューム不足感が否めないが、こっちの方が俺好みだ。
「……ふふっ」
思わずギュッと強く抱き締めたくなる衝動に駆られていると、急に楓は小さく笑った。
「くすぐったかったか?」
「ううん、そうじゃないの。ただ、こうしてるとあの時のことを思い出して……」
楓はチラリとコチラを振り返ってから、そのまま静かに過去を振り返るように瞑目した。
「……あの時ってなぁに?」
「俺が聞きてーよ」
過去回想が始まりそうだったがそんなものは無かった。
生憎だがこのタイタニックポーズをしたのは今回初めてで、それにまつわるエピソードなんて持ち合わせていない。
「うふふふ、冗談よ」
コロコロと笑う楓は、まるでアルコールが入った時のようにテンションが高く……。
「……楓」
「なぁに? 旭君」
「飲んでるな?」
「……うふふふ」
机の上を見返してみる。観ている時は部屋が暗くて気付かなかったが、途中で離席した楓が追加の飲み物として持ってきた缶がソフトドリンクではなくチューハイのそれだった。通りで吐息が酒気帯びしてると思ったよ!
「真っ昼間から飲むお酒は格別なの」
「完全にオヤジの言い分じゃねぇか」
オヤジネタをこんなところまで引っ張って来るんじゃない。
「えーい!」
「うわっと」
急に楓が俺に向かって後ろ向きのまま体重をかけてきた。体を受け止めながら下がろうとした足がソファーに躓き、そのまま二人でソファーに倒れ込むように腰を下ろす。
その結果、楓は俺の膝の上に腰を下ろすこととなった。
「コラ危ないだろ」
「
「意味が分からない上に反省の色無し。こーしてやる」
「やーんっ」
楓を膝に乗せたまま後ろから抱き締めるように腕を回し、服の隙間から手を入れてサワサワとお腹を撫で回した。楓は身を捩りながらも楽しそうにしているのでそのままスベスベな肌を堪能する。
数分ほど恋仲らしいイチャつきをしていると、楓は体を捻らせて俺に正面から抱き付いてきた。
「……私は」
「ん?」
「……私は、多分旭君の手を離してあげれない」
「手を……?」
何の話かと思ったが、すぐに気が付いた。
多分、タイタニックのラストシーンのことを言っているのだろう。
「例えこの命も尽きることになろうとも、私は貴方の手を離さない」
「……全く、何急にシリアスになってるんだよ」
相変わらずお酒が入るとテンションの振れ幅が広がるなぁと苦笑しつつ、俺も楓の体を抱き締め返しながらその背中を軽くポンポンと叩く。
「こんなに可愛い嫁さん残して逝くつもりはないよ。だから、俺も楓の手を離してやんないからな」
きっと繋いだこの手を離すのは、ベッドか畳の上で天寿を全うする時だけ。
お酒も入っていて雰囲気もへったくれもないが。
結婚式よりも早くこんな形で『永遠の愛』を誓うのが、きっと俺たちらしいのだろう。
「さて、晩飯前にもう一本映画見るか?」
「それじゃあ今度はこの『恐怖!キノコ男』を……」
「悪いこと言わないからそれだけは止めとこうぜ、な?」
九月十四日
今日は待ちに待った旭君と一緒に遊園地に行く日……だったのだが、残念ながら台風の影響による大雨になってしまった。
流石にこの大雨の中を出かける気にもなれず、今日は旭君の部屋でのんびり家デートをして過ごした。
しかしこれと言って特別なことをするわけでもなく、事務所のみんなから聞いてあったオススメの映画を見ることになった。
その中でも菜々ちゃんからオススメされたタイタニックのラストシーンで、何故か主人公とヒロインを旭君と私に置き換えてしまった。同じような状況になっても、私は旭君の手を離せない。例え旭君から手を握ってくれなくても私はその手を離せそうになかった。
お酒が入っていたこともあり若干感傷的になってしまっていたが、そんな私を旭君は優しく抱きしめてくれた。
旭君も手を離さないと言ってくれただけで嬉しくなってしまった私は、相変わらず『チョロい』という奴なんだと思う。
一日台風で天気は晴れなかったが、一日中隣に旭君がいてくれた今日はいつも以上に素晴らしい休日だった。
今回はストーリー性が全く無い完全な日常回でした。
こういうのんびりとしたイチャイチャが書きたかったので、ようやく目的の一部が達成できた感じです。
正直アイ転の時のように後書きでネタ解説したいレベルで詰め込みましたが、こちらは一切ない方向でいきます。分からなかった人は是非調べてみてね。
それではまた十月にお会いしましょう。