「「……ふっふっふ……」」
「……なんかあそこで似たもの兄妹が気持ち悪い笑みを浮かべてるんだけど」
「いつものことじゃないかな……」
「ん? なんだ加蓮、気になるのか?」
「俺たちがこんなに上機嫌なことが、そんなに気になるのかい?」
((うわ、うっざい……))
その日、俺と奈緒は上機嫌だった。というか毎年この日はだいたい上機嫌である。
何せ、今日はバレンタイン。愛する妻からだけでなく、愛する娘からもチョコレートを貰うことが出来る日なのだから!
「椛からチョコを貰うのは、これで五回目になるわけだけど……貰うたびに『あぁ、父親になってよかった……』って心の底から実感する」
「椛ちゃんも、もうちょっと別の場所でそれを実感してもらいたかったと思うよ」
「優しい椛は毎年あたしにも用意してくれるんだぜ! いいだろ!」
「それも毎年聞いてるから……」
はぁ……とため息を吐く凛ちゃんと加蓮ちゃん。
「というか毎年言ってると思うんだけど……旭さんはともかく、奈緒はチョコを貰う側で喜んでどうするのさ」
ジト目で凛ちゃんに「恋人はどーした」と言われ、奈緒は「うっ……!?」と怯んだ。
「三十を手前にしてよーやく恋人が出来て変わったかと思ったら……結局お前は『叔馬鹿』のままなのな」
「っ、いいだろ別に! アイツだってそれでいいって言ってくれてるんだし!」
「チョコだってもう贈ったんだぞ!」と奈緒はそっぽを向いてしまった。まぁ、こんな時期に限って恋人が一ヶ月ほどの出張に行く羽目になって寂しいのを紛らわしているっていうのもあるのかもしれないな。
……その恋人君から相談を受けたが、出張から帰ってきた彼からプロポーズされたら、果たしてこいつはどういう反応を示すのやら。ようやく妹に訪れた春の兆しに、家族として本当に喜ばしかった。
「……結局、残ったのは加蓮ちゃんだけになっちゃったな」
「何がですか?」
後輩の女の子から貰っていたチョコレートを摘まんでいる加蓮ちゃんが首を傾げる。
「そのままの意味だよ」
「……あっ、私からのチョコをもらってないっていう意味ですか? やだなー拗ねないで下さいよー」
ケラケラと笑いながら「もう、仕方ないなー」と自分の鞄を漁りだした加蓮ちゃん。
「はい、今年もどうぞ。本命ですよー」
「そういう冗談はいいから」
チョコはありがたく受け取りながら、奈緒と同じぐらい妹のように思っている加蓮ちゃんが未だに独り身であることに、思わずため息を吐いてしまった。
いや、年齢で言えば俺と楓が結婚した当時の瑞樹さんや早苗さんと同じぐらいなのだが……奈緒と凛ちゃんがこうして結婚まで秒読みとなった一方で、こうしておじさん相手に本命チョコだと冗談を言っている加蓮ちゃんの現状を少々不安に思ってしまった。
「……そうですよねぇ、どうせ『本命です!』って言ってもらえるなら、もっと若い子の方がいいですよねぇ」
「そういうことを言ってるんじゃないんだが」
「……若い子……」
既に自分が『若い子』という表現を使う立場になってしまったということを改めて自覚らしたらしく、自分で言って自分でダメージを受けている加蓮ちゃんだった。ホント、昔の瑞樹さんたちを見ているようだ……。
そろそろ結成十四年目が目前に迫っているトライアドプリムスのユニットメンバーに視線を向けてみると、二人とも「なるようにしかならない」とばかりに肩を竦めてしまった。
「……分かりました、旭さん。私、決めました」
「えっ」
机に突っ伏していた加蓮ちゃんが顔を上げる。決意に満ちた表情でキッとこちらを向くと、ズイッと身を乗り出してきた。
「今日は私も旭さんの家にお邪魔します!」
「「「……はぁ?」」」
全く予想しておらず、加えて全く意味の分からないその言葉に三人揃って呆気に取られてしまった。
「奈緒もこの後行くんでしょ? 私も付いていって、ついでに楓さんとお酒飲ませてもらいまーす。楓さんに、旭さんが若い女の子からチョコ貰ってデレデレしてたって言っちゃお~」
などと言いながら、ルンルンと片づけを始めた加蓮ちゃん。
「……兄貴?」
「旭さん?」
「いやいや」
君たちがトライアドプリムスで十三年頑張って来た以上に、こっちは楓一筋十八年だ。そんなやましいことなんて一つも身に覚えが……。
「相談に乗ってあげてから随分と懐かれてるみたいじゃないですか……
「………………」
「……兄貴?」
「旭さん?」
「いやいやいや」
やましいことは本当に何もないんだよ!
「ただいまー」
「「おじゃましまーす!」」
つい先日恋人から婚約者に昇格し既に同棲を始めているため、夕飯を作らなくちゃいけないからと若奥様な凛ちゃんと別れ、俺は奈緒と加蓮ちゃんを連れて帰宅した。
「おかえりなさい、旭君」
パタパタと楓が玄関まで出迎えに来てくれた。靴を脱ぐと、まずは楓とハグ。これがずっと続いている俺と楓のお帰りの挨拶だ。昔は奈緒たちは「またイチャついてるよ……」と呆れた様子だったが、流石に何年も続けている内に彼女たちにとってもこれがごく自然のものとなり、今では全く反応しなくなっていた。
「そしていらっしゃい、奈緒ちゃん、加蓮ちゃん」
「すみません楓さん、加蓮がどうしても来るって言って聞かなくて……」
「楓さん、これお土産です」
「あらあらまあまあ」
あらかじめ連絡は入れておいたものの突然来ることになった加蓮ちゃんに奈緒が恐縮そうな態度を取るが、張本人である加蓮ちゃんから来る前に酒屋で買ってきたウイスキーのボトルを受け取って楓は目を輝かせていた。ちなみに俺もブランデーをボトルで買ってきたが、これは毎年楓と一緒にチョコと共に楽しむ用のいつもの奴である。
さて、それでは本日のメインイベントの一つである『椛からのチョコレート贈呈』へと参ろうじゃないか。椛とは朝も顔を合わせているが、帰宅してから貰うのが恒例だった。
「もう、旭君ったら……」
ウキウキと廊下を進む俺に、楓が「私からのプレゼントも忘れちゃイヤよ?」とツンツンと背中を突いてきた。
「勿論、そっちだって大切だ」
楓と椛、そして月。みんな大切な家族で、俺の愛する人たち。彼女たちから貰うチョコに優劣なんて付けれるはずがなかった。
「あとでちゃんといただくさ」
「うふふ」
「……あーダメだ、ハグは慣れたけどこっちは慣れない」
「奈緒はいいじゃん……こちとら独り身よ……」
奈緒と加蓮ちゃんがお互いの背中を交互に掻いていた。季節外れの虫でもいたのかな?
そんな二人を横目で見つつ、リビングに入る。そこでは去年までと同じように椛が待っていてくれて――。
「おかえり~パパッ! はいコレ、バレンタインのプ・レ・ゼ・ン・ト! だ~い好きなパパに、椛が甘ーいチョコレート、あげちゃうね?」
――否……天使が、いた。
「……というわけで、今回は往年の的場梨沙ちゃんをリスペクトしてみたんだけど、どうだった?」
「………………」
「あ、あれ? お父さん、流石にノーリアクションは辛いんだけど……あ、奈緒ちゃんいらっしゃい。奈緒ちゃんの分のチョコレートも用意して……」
「………………」
「鼻血!? 二人ともどうしたの!?」
「あははっ。今の椛ちゃんが可愛すぎて、二人にはちょっと刺激が強すぎたみたいだね」
「あっ、加蓮ちゃんいらっしゃい!」
「お邪魔してまーす!」
「……ぱぱ、うごかない」
「ホントねー月ちゃん。ほら旭君、いつまでも固まってないで……」
「………………」
「……あ、あら?」
「お母さん、どうしたの?」
「……い、息してない……」
「「……はあっ!!??」」
「娘が可愛すぎて死ぬかと思った……」
「一瞬本当に死んでたような……」
気が付いたら楓と椛と加蓮ちゃんが慌ててたから何事かと思ったが、どうやら息が止まっていたらしい。しかし死因が娘の可愛さならば、それはそれで本望のような気もするが……。
「何言ってんだよ兄貴、やり残したことがあって死にきれないに決まってるだろ」
キリッとそう言い切った奈緒だが、鼻にはティッシュが詰められていた。果たしてアイドルとしてこの絵面はいかがなものか……。
だが確かに、今は椛から貰ったチョコを食べるまでは未練があって死にきれない。
「それはそれでお父さん、些細なことを未練にしすぎな気も……」
「たとえ些細なことでも、お前たちと出来事は全部大切だってことなんだよ」
そう言って椛の頭を撫でると、椛は「えへへ」と照れたように笑った。
「それにしても、今年はチョコフォンデュときたか」
テーブルの上にはカセットコンロにかけられた鍋が鎮座しており、溶けたチョコレートから発せられる甘い匂いがリビングに漂っていた。その側のお皿には様々なフルーツやお菓子が盛られていた。
「椛ちゃん発案なのよ?」
「うん。奈緒ちゃんも来るなら、みんなで食べれた方がいいかなって思ったの。加蓮ちゃんも来てくれたし、丁度良かった」
「ごめんねー椛ちゃん。ありがとう」
「どういたしまして」
今度は加蓮ちゃんに頭を撫でられて「えへへ」と笑う椛。ホント、九歳にしてここまでの気配りが出来るとは……我が子ながら、本当に偉い子である。
「よーし! それじゃあバレンタインチョコパーティー! 始めよー!」
「「「「オーッ!」」」」
「おー」
「月ちゃんは、
「すぅ……」
「くかー……」
「はぁ……加蓮ちゃんは、こんなところまで早苗さんに似なくても……」
「それ、早苗さんに聞かれたら怒られるわよ?」
夜も更け、良い子の椛と月はとっくにベッドに入って夢の中。残った大人組でお酒を楽しんでいたのだが、酔った奈緒と加蓮ちゃんがソファーで寝てしまった。奈緒が座って寝ているのに対し、加蓮ちゃんはそんな奈緒の太ももを枕にして手足を放り出すように寝ていた。
彼女たちに毛布をかけながら、思わずため息が出てしまう。
「……早く加蓮ちゃんにも、いい人が見つかるといいんだけど」
「ふふっ、椛ちゃんの心配をするより先に、加蓮ちゃんの方が心配なのね」
「奈緒の相手が見つかって肩の荷が下りたと思ったんだけどな……」
俺が背負う必要のないものだとは分かっているものの……昔から彼女を見てきた身としては、やっぱり気になってしまうのだ。
そんな俺の心配をよそに、楓は「大丈夫よ」とクスクス笑った。
「加蓮ちゃん、男の人を見る目はあるんだから」
「そうなのか?」
加蓮ちゃんの好みのタイプとか聞いたことなかったから、興味が沸いた。
「どんな人がタイプだって?」
「………………」
しかし尋ねても、楓は優しい目で俺を見るだけで何も……。
「……まさか」
「俺とか言わないよな……?」という意味を込めて自分を指さすと、楓は微笑んだまま「えぇ」と頷いた。
「忘れちゃった? ずーっと前の納涼祭で」
「……えーっと」
正直おぼろげだったが、何とか思い出した。確かにあのとき、それっぽいことを言っていたようないなかったような……。
「………………」
嬉しいと言えば嬉しいのだが、それ以上に何故か罪悪感を覚えてしまった。
「……まぁ、もうしばらくは静観ということで……」
「ふふっ」
この会話を続けづらくなってしまったので、無理やり切り上げる。
「それじゃあ、俺たちも寝るか」
明日も仕事だし……と寝室へと向かおうとすると、楓が腕を絡めてきた。
「あら……旭君、何か忘れてないかしら?」
「え?」
「もう……ちゃんと『私からのプレゼントも忘れちゃイヤよ?』って言ったのに……」
「あっ」
いや、その後の椛のインパクトが強すぎて全部トんだというか……。
「そ、それで楓は何を……」
「ちらっ」
ウインクをしながら、楓は自分の胸元を少し広げた。
「……なるほどね。きっとチョコなんかよりもずっと甘いんだろうな」
「いかがかしら?」
「……いただくよ」
二月十四日
今日はバレンタインデー。毎年椛ちゃんと一緒に旭君にあげるためのチョコレートを作るのだが、椛ちゃんが「今年はチョコフォンデュをやってみたい!」と言い出した。確かにそれならば今日ウチに遊びに来る奈緒ちゃんも一緒に楽しめるということで、ネットを頼りに色々と準備をしてみた。
そして旭君が奈緒ちゃんと加蓮ちゃんを連れて帰って来たところで、椛ちゃん渾身の『アイドルアピール』が炸裂。見事に旭君と奈緒ちゃんの二人をノックアウトしてしまった。……もっとも、旭君の呼吸が止まるのは流石に予想外だったが。
みんなでチョコフォンデュを楽しんだ後は、大人組でお酒も楽しんだ。そのときも少し旭君が口にしていたが、どうやらトライアドプリムスの中で加蓮ちゃんだけ恋人がいないことを旭君は気にしているらしい。少し余計なお世話じゃないかとも思ったのだが、その気持ちは分からないでもなかった。彼女も私にとって、妹のような存在だから。
でも加蓮ちゃんは旭君を好きになったことがあるぐらいなのだから、男の人を見る目はあるはずだ。申し訳ないことに旭君以上の男の人は少ないだろうが……それでも、いつか彼女の元にも素敵な人が現れますように。
「……ぐおおおぉぉぉ……け、結構恥ずかしいことを思い出してしまった……」
「さっきから、お姉ちゃん、へん……」
ありきたりなサブタイトルから、なかなかインパクトのあるお話に仕上がったと思う(小並感)
ちらっとデレマスの新アイドルの名前が出てきましたが、シャニマス勢と同じようにこの世界では新人アイドル組も次世代アイドルとして扱っていきます。まぁ、名前を使うだけでしょうけど。
そしてついに……ついに奈緒にもお相手が……! どんな相手なのか、詳しく語られる日が来るかもしれません(予定)
それではまた来月。