かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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遅ればせながら、みなさんあけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!


旭と楓が旅をする一日・その2

 

 

 

「イタタタ……おい奈緒、本気で蹴るのは無しだろ」

 

「うっさい! 自業自得だろ!」

 

 車を降りた途端、腰の入った奈緒のミドルキックが俺の左太腿に突き刺さった。『アイドルに蹴られるとか何そのご褒美』みたいな電波が頭を過ったが、アイドルである以前に妹だし、そもそも普通に痛いので勘弁してもらいたい。

 

 大人げなくまた後で仕返しをしてやることを心に決めつつ痛む太腿を擦っていると、ススッと近寄って来た楓がそこに自身の右手を当てた。

 

「いたいのいたいの~……とんでけ~!」

 

「わぁすごい! もう、いたくない!」

 

 完全に茶番だが、これで本当に痛くなくなった気がする辺り相当アレな夫婦である。

 

「……またやってるし……」

 

「本当に隙あらばイチャつくね、旭さんと楓さん」

 

「でも視聴者的にはこーいうのが見たいんだろうねー」

 

 俺が自分で言うのもなんだけど、多分今回はずっとこんな感じだろうから早い内に慣れてくれ、三人娘よ。

 

「ちなみに恥ずかしいとか、そういうのは思わないんですか?」

 

「んー、特にそういうのはないかな。俳優やってると割と恥ずかしい役どころを演技()ることもあるし。案外慣れるもんだよ」

 

「それは旭さんが恥知らずってだけじゃないの?」

 

「今日の凛ちゃんは遠慮がないなぁ」

 

 寧ろそれだけ気心を知れた仲なのだと前向きに捉えよう。

 

「それに、嫁さんとイチャつくことは恥ずかしいことじゃないだろ?」

 

「……うわ、凛、この人本気で言ってるよ」

 

「ずっと旭さんのこと、常識人だと思ってたのに……」

 

 やめてくれよ、そんな俺が常識外れみたいな言い方。

 

 いやまぁ、俺だってそれなりにアレなことを言っている自覚はあるけど。

 

「旭さんもそうだけど、私としては楓さんの変わりようにも驚きだなぁ」

 

「確かに。ちょっと子供っぽいところもあるけど、やっぱり大人の女性っていうイメージだったから」

 

「そこは俺も楓も()()だから、公表するまで自制してただけだよ。それに……」

 

 チラリと視線を楓に向けると、それに釣られて凛ちゃんと加蓮ちゃんもそちらに視線を向ける。

 

 

 

「うぅ……本当にあたしはこんな状況で、一日撮影を乗り切らなくちゃいけないのか……!?」

 

「頑張りましょう、奈緒ちゃん」

 

「うっ……!? か、楓さん……そ、その、出来ればもう少し兄貴とのイチャつきを、自重してもらえると……」

 

「あら……それじゃあ、奈緒ちゃんとイチャつこうかしら」

 

「なんでそうなるの!?」

 

「えいっ」

 

「わぷっ!? ちょ、いきなり抱き付くのは……!?」

 

「……私、奈緒ちゃんみたいな義妹が出来て、本当に嬉しいわ」

 

「……あたしも、その……楓さんみたいなお義姉ちゃんが出来て……嬉しいです……」

 

「ふふっ、ありがとう、奈緒ちゃん」

 

 

 

「身内に甘いんだよ、楓は」

 

「「なるほど」」

 

「それはそれとして、ウチの妹は相変わらずチョロ可愛いなぁ!」

 

「「確かに!」」

 

 

 

 ちなみに車から降りてすぐスタッフがカメラを回し始めているので楓と奈緒の様子はバッチリカメラに収めているのだが、もう蹴られたくないので黙っておこう。

 

 

 

 

 

 

「さて、最初の目的地に到着したしたわけだけど、ここは何処でしょう?」

 

 改めてカメラを回し始めてから撮影再開(先ほどのことは実際の放映時まで奈緒には内緒)

 

 後退るカメラに向かって五人並んだ歩きの絵を撮りながら、進行の凛ちゃんがそんな質問を投げかけてきた。

 

「んー、牧場みたいな雰囲気ではあるんだけど」

 

「グループで来て楽しめるってことだから、ふれあい牧場かしら?」

 

 加蓮ちゃんと楓が首を傾げる。ちなみに俺は知っているので黙っている。

 

「でも、次の干支は戌だろ? 丑年とかならまだ牧場でも分かるけど……」

 

「あっ、奈緒いい線いってる」

 

「え?」

 

 何気ない奈緒の呟きがかなり的を射ていた。

 

「……あっ! もしかして犬牧場!?」

 

「正解。というわけで、まず最初の目的地はこちら、○○犬牧場です」

 

 実は先ほどからチラチラと見えていた入り口の看板を指し示す凛ちゃん。見えていたにも関わらず黙っている辺り、実にテレビ的である。凛ちゃんたちもだいぶこういうのにも慣れてきたみたいだ。

 

「なるほど、今年の干支ピッタリの場所ってことですね」

 

 納得した様子で楓はポンッと手を叩いた。

 

「というわけで早速入場したいところなんだけど……旭さん」

 

「ん?」

 

「お願いします」

 

「何が……って、オイ」

 

 果たして凛ちゃんのお願いとは何なのかと首を傾げるよりも早く、カメラの外からササッと近付いてきたスタッフに財布を手渡された。

 

「私たちはまだ入場券を買っていません」

 

「これ渡された時点で何となく察した」

 

 何せコレ、マネージャーに預けておいた俺の私物の財布だからな。要するに全員分の入場券を俺の金で買ってこいということだろう。

 

「ありがとう、旭さん」

 

「ご馳走様でーす!」

 

「ついでに飲み物何か買ってきてくれー」

 

「了承してないのにこの有様だよ」

 

 奈緒に至っては完全に個人的なパシリにしようとしていた。

 

「旭君、私も出すわ」

 

「あーいいよ、これぐらい」

 

 寧ろこれぐらいでアイドル四人と旅行を出来るのであれば安いものだ。

 

 というわけで券売所へ、ごく自然に付いてきた楓と共に向かう。

 

「わっ、わっ、神谷旭と高垣楓!? 本物!?」

 

 すると受付の年若い女の子が俺たちを見てやや興奮気味に慌てていた。流石に完全にアポなしってことはないだろうから、俺たちがこうして直接入場券を買いに来ることを想定していなかったのだろう。

 

「あーすみません、大人五人お願いします」

 

「は、はいっ! えっと、三千五百円です!」

 

「俳優割引とかありませんか?」

 

「アイドル割引も、あればお願いしまーす」

 

「え、えっと……」

 

 突然の俺の無茶ぶりと楓の便乗に困惑した苦笑いを浮かべる女の子。そりゃまぁ、いくらなんでもいきなりノッてこれる人はそうそう……。

 

「それなら、握手していただければ代金の方は私が……」

 

「アカンでしょ」

 

 ノッてきちゃったよこの子。

 

 流石に彼女にお金を払わせるわけにはいかないので、当初の予定通り俺の財布から料金を払い、折角ノッてくれたのでそのお礼ということで俺と楓の二人で握手をする。

 

「あああありがとうございます! 私、お二人が結婚のニュースを見てからファンになったんです!」

 

「そこで?」

 

 何ともまぁ珍しいタイミングである。

 

「は、はい。その、テレビに映ってるお二人がとても幸せそうで、そんな風に私もなれたらなぁって……」

 

「あら、お相手がいるの?」

 

「えっと、付き合って五年になる彼が……」

 

 そういうことならばと、先ほどからそんなやり取りをちゃんと撮っているカメラに視線を向ける。

 

「ほら、これ見てるこの子の彼氏。そういう言葉はちゃんと男の方から言うもんだぞ」

 

「是非私たちみたいな幸せな夫婦になってね」

 

 

 

 ――その夫婦、案外地雷だからそうなっちゃダメだぞー!

 

 

 

 どうやら俺たちのやりとりが聞こえていたらしく、離れたところにいる奈緒からそんな失礼な発言が飛んできた。

 

「っと忘れるところだった」

 

 女の子から五人分の入場券を受け取る。これでようやく入場できる。

 

「それでは、楽しんできてください」

 

「ごめんね、長いこと付き合わせちゃって」

 

「彼とお幸せに~」

 

 果たしてどこまで使われるのか分からないが、そんな受付の女の子とのやり取りを終え、無事に入場券を(自腹で)購入した俺と楓はトライアド三人娘の所へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

「うわ、この子たち可愛い!」

 

「わっ、ちょ、舐めるなって!」

 

「この子、ハナコに似てる……」

 

 早速子犬たちと触れ合える『ふれあいコーナー』にやって来た俺たち。現役女子高生アイドルが子犬と戯れている姿がとても絵になっているため、スタッフたち一同は全力で奈緒たちの絵を撮りに行っている。

 

「ふふ、人懐っこいですね」

 

 とりあえず自由にしてていいということなので、俺と楓も子犬と遊ぶことに。俺が抱っこしている柴犬の子供の鼻先に楓が指を差し出すと、子犬はスンスンと匂いを嗅いでからペロリと舐めた。

 

「ウチでも飼ってみない?」

 

「犬かぁ」

 

 一応ペットオッケーのマンションなので、飼うこと自体は可能である。

 

「生き物を飼うっていうこと自体やったこと無いから、勝手が分からんというか想像が付かないんだよ。実家でも何も飼ってなかったし」

 

「でも奈緒ちゃんは犬っぽいわよね?」

 

「それには同意するが、話が繋がってないぞ」

 

 向こうの奈緒が「何か呼んだー?」と聞いてきたので「この間加蓮ちゃんから送られてきたお前のイヌミミ画像の話してたー」と返すと「カメラの前で何バラしてくれてんだバカ兄貴ー!?」という叫び声が。恐らく加蓮ちゃん辺りが空気を読んで、自身のスマホからその画像をカメラの前に出してくれることだろう。

 

「それに、小さい頃から一緒に育てると、情操教育にもなるって言うじゃない」

 

「……情操教育?」

 

「だから、その……」

 

 顔の前で指先を合わせ、恥ずかしそうに頬を赤くしながら目を泳がせる楓。

 

 

 

「……私と旭君の……赤ちゃんの」

 

 

 

「あ、赤ちゃん!?」

 

「「「赤ちゃん!?」」」

 

 思わず大声を出してしまい、それを耳にした三人娘、さらにはスタッフ一同までもが一斉にこちらを向いた。

 

「え、何っ!? 赤ちゃん!?」

 

「嘘っ!? いつの間に!?」

 

「ああああたしも聞いてないぞっ!? どーいうことだ兄貴!?」

 

「あー違う違う、前に加蓮ちゃんのスマホに送ったお前の赤ちゃんのときの写真のことを話してただけだから」

 

「な、なんだ……って、そっちはそっちで何してくれてんだよっ!?」

 

 再びカメラや他の人の意識が加蓮ちゃんのスマホに向いたところで、こっそりと溜息を吐く。いや、別に誤魔化す必要は何処にもなかったのだが、思わず誤魔化してしまった。あとで奈緒に怒られる案件が増えてしまったが、もうこの際そっちはいい。

 

「旭君は、その……ま、まだ早いと思う?」

 

 人差し指をツンツンと合わせながら唇を尖らせる楓。まるで年齢を感じさせないその幼い仕草がとても可愛い。

 

「……まぁ、ありきたりな言葉ではあるけど……赤ちゃんってのは、天からの授かりものだからな。早いとか遅いとか、そういうことじゃないと思う」

 

 勿論()()()()をしなければ出来ないのは当然だが、夫婦としてこの先の人生を共に生きていく中で、きっと自然と()()()が来る。だから結婚前に出来てしまった夫婦はただ()()()が早かっただけで、なかなか出来ずに悩む夫婦もまだ()()()が来ていないだけ……というのが、俺の考えである。

 

「まぁ精々二十六の若造の考えだから、アテになんかならないだろうけどな」

 

「……ううん、私もそう思うわ」

 

 アナタはどう? と再び俺が抱える子犬の頭を撫でる楓。きっと自分で話を振っておいて恥ずかしくなったのだろう。

 

 俺は自分が抱える子犬の頭を楓が撫でているこの状況で……子犬がもし自分たちの子供だったら、と妄想する。

 

「……可愛いだろうな、俺と楓の子供は」

 

「……そうね、楽しみよ」

 

 

 

 

 

 

「――はい、とりあえずここまで観てきたわけなんだけど……」

 

「色々ある言いたいことは、とりあえず奈緒に言ってもらおうかな」

 

「……あたしたちは何を見せつけられてるんだよおおおぉぉぉ!」

 

 ダンッと奈緒が拳を炬燵に叩き付けると、乗っていた人数分の湯呑が揺れた。

 

 既に年が明けて数日。ロケが終わった俺たちは炬燵に入ってそのときのVTRを観ていたわけなのだが、別にプライベートでくつろぎながらただ観ていたわけではない。

 

 実はこの旅番組、ロケ自体は収録なのだが放送自体はなんと生放送。こうしてそのときのVTRをスタジオの観客と一緒に観ながらコメントをしていくスタイルの番組なのだ。

 

 というわけで現在俺と楓、そして三人娘は民家の和室のようなセットに設けられた炬燵に入りながら、先ほどまで年末に収録したVTRを観ていたというわけだ。

 

「まさかここも撮られてたのか……」

 

「全部のカメラが奈緒ちゃんたちの方に行ったと思ってたわ」

 

「そんなわけないでしょ……」

 

 肩が触れるぐらい近くに並んでいる俺と楓に凛ちゃんが呆れたように溜息を吐くと、観客から小さく笑いが起きた。

 

 ちなみに観客席側から見て炬燵の左側に俺と楓、正面に凛ちゃん、右側に奈緒と加蓮ちゃんが入っている。当然背中を向けるわけにはいかないので、観客席側には誰も入っていない。

 

 さらにちなみにだが、お正月特番ということで俺は紋付き袴、楓と三人娘はそれぞれのイメージカラーの振袖を着用している。既婚者の楓も振袖と思われるかもしれないが、一応絶対にタブーというわけではないらしい。

 

「色々カットされてるからみんなは分かんないだろうけど、この二人ずっとあんな感じなんだからな!?」

 

「車内でカメラ回ってるっていうのに、いきなり楓さんが隣の旭さんの頬を指で突きだしたかと思ったら『ふふ、なんでもなーい』だよ? ……いやホント、後ろに乗ってる私たちが気まずかったよ」

 

「絶対適当にチャンネル回してたまたま観てた人がいたら、この番組のタイトル『神谷夫妻新婚旅行withトライアドプリムス』なんじゃないかって誤解してると思う」

 

 酷い言われようだ。

 

「でもほら、ちゃんと奈緒の可愛いところも映ってたから誤解はされないと思うぞ」

 

「それも含めてだよっ! ホント何してくれてんのさぁ!? 兄貴もスタッフもっ!」

 

 車を降りたときの楓とのやり取りや加蓮ちゃんのスマホに入っていた写真の(くだり)をノーカットでやった辺り、スタッフも奈緒の取り扱い方が大変よく分かっているようだ。

 

「さて、奈緒の不満が爆発しているところをあえて無視して先に進めていくんだけど……」

 

「おい!?」

 

 バッサリと切り捨てて番組を進行しようとする凛ちゃんだったが、やや不可解そうな表情でチラリとこちらを見た。

 

「一応こういう番組でも進行用に台本が用意されてるんだけど……なんか、最後の方が適当というか、何かを隠してる感じがしたんだよね」

 

「あ、それ私も思った!」

 

「あたしたち三人の台本は共通してそんな感じなんだよな」

 

 三人娘の視線が俺と楓に向けられるが、俺たちは素知らぬ顔でお茶をすする。

 

「ほら凛ちゃん、進めて進めて」

 

「……怪しいなぁ……」

 

 訝し気な三人の視線を受けつつ、俺たちは再びVTRへと意識を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ×月×日

 

 今日は以前ロケへ行った旅番組の収録日。

 

 既に年が明けてから何度も袖を通している振袖を再び着て、旭君や奈緒ちゃん・凛ちゃん・加蓮ちゃんと一緒に炬燵に入りながら番組の収録となった。まさかセットに炬燵が用意されているとは思わなかった。

 

 そこでロケのときのVTRを観たのだが、ほんの一ヶ月前のことなのに懐かしくて楽しかった。奈緒ちゃんとイチャイチャ出来たところをちゃんと観ることが出来て個人的にはとても嬉しかった。

 

 そう言えば、どうやら犬牧場の受付の女の子は無事に結婚することになったらしい。SNSで見かけたので、思わず祝福のコメントを残してきてしまった。おかげで予想以上に反響が出てしまって少しだけ申し訳ないが、それでも彼女たちも幸せになってくれると私も嬉しい。

 

 それにしても、奈緒ちゃんはどうして収録中あんなに苦虫を噛み潰したような顔をしていたのかしら……?

 

 

 

 《続く》

 

 

 




 前回からの続きです。生放送の収録イメージは、年末恒例のガキ使のあんな感じ。

 なんというか、奈緒が出てくると彼女を弄繰り回したくなる癖のようなものが出来てしまった……いやぁ奈緒は可愛いなぁ(思考停止)

 まぁそれと同じぐらい楓さんも可愛いんですけどね! ついに四種類目のフィギュアとなるプライズも手に入れてウキウキですよ!

 そして今月発売予定の『こいかぜ -彩-』を心待ちにしつつ、今回はここまで。

 次回、旅番組編のラストになります。

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