Fate/SAKURA   作:アマデス

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今回は中二病全開で書こうと思っていたのに、いつの間にか鬼畜全開になっていました。

どうやら私の脳はきのこではなく虚淵さん寄りらしいです(白目)。

そんでもって蟲注意です!たぶんR-15。


4話 間桐/桜 後半

 これは既に終わった話だ。

 

 一人の少女、更にはそれに関わる周囲の人間達の運命───(あまね)く全てを、幸か不幸か決定付けてしまった、過去の記録。

 

 ()()とは違う()()()()()を知る者達にとっては、間違いなく好転した分岐点(運命)だろう。

 

 だがそれは一方が客観的に見た結果に過ぎない。

 

 ()()()()の者達にとってはそんなもの知る由もない可能性なのだ。

 

 

 ───本当に全てが好転したのか

 

 ─────少女の心は救われているのか

 

 ───────ここに綴るは、少女の命の物語

 

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 

 ─────蠢く

 

 (くら)い、(くら)い、(くら)い。

 間桐の屋敷の地下に存在する蟲蔵は、剰りにも(くら)い。

 

 ─────蠢く

 

 壁に取り付けられた僅かな燭台の灯りでは、広大な体積を持つ蟲蔵の全てを照らす事は叶わない。

 

 ─────蠢く

 

 (ひかり)を嫌う間桐の翁にとっては心地好い空間。

 醜悪の権化たるそれによって産み堕とされた絶望、諦念、悲痛が空気と混ざり、物理法則の外から生にすがり付く者達を引き摺り堕とそうとしてくる。

 

 ─────蠢く

 

 

 ────────耐える

 

 今ここには、そんな醜悪に必死で耐える少女が居る。

 全てを受け止めんと、屹然と前を向く子供が居る。

 抗うではない、戦うでもない。

 ただただ耐える、受け止める。

 一方的な苦痛と凌辱に立ち向かう魔術師の姿がそこにはあった。

 

 

「っ………ぁ、ふ……う゛ぅ」

 

 少女───間桐桜は蟲に犯されていた。

 広大な蔵を埋め尽くす何百万、何千万という全ての蟲がその瑞瑞しくも小さな身体を貪ろうと這いずり回っている。

 視界に収めるだけでも生理的嫌悪感を抱かずにはいられない()()に桜は全身を被われていた。

 未だ十に満たない齢の子供の、未熟な体と心には酷に過ぎる拷問。

 眼、口、耳、鼻、全身の肌、ありとあらゆる感覚器官を大量の蟲が弄び、ただただ本能に従って少女の儚い()を奪い尽くそうとしてくる。

 内と外の両方から弄り尽くされる快感を伴った身体的苦痛。

 混ざり合う粘液の音と感触が頭蓋に響く精神的苦痛。

 雄が牝を無理矢理に屈服させるが如く、肉を食い破って糧とし、溢れる汗や涙を啜っては悦とし、それによって得た活力を桜の体質変換の為に、自分達に馴染ませる(の奴隷にする)為に使い果たしてゆく。

 

 耐え難い凌辱、そう、()()である。

 なまじ快感が伴うだけ余計に質が悪い。

 単純に苦痛のみなら早々に楽になれる(死ねる)かもしれないのに。

 望まぬ快感でも快感は快感。

 絶えず与え続けられるそれは少しずつ、確実に人の主体性を奪い、自我を崩壊させ、諦観をもって堕落させてゆく。

 もし絶望というものに形があるのなら、これは間違いなくその完成形の一つだった。

 

 だが桜は、そんな絶望に約2年間晒され続けているにも関わらず正気を保っていた。

 

 無論平気な訳ではない。

 怖い、痛い、暗い、五月蝿い、臭い、不味い、気持ち悪い。

 おおよそ人が不快と感じるモノを苛烈なまでに与えられ続け、そこに淡い快感が付き纏う。

 並外れた魔術の才を有していると云っても、桜はまだ子供。

 こんな仕打ちに耐えられる筈もなかった。

 

 訳が分からない。

 今すぐ逃げ出したい。

 いっそ何も感じなくなってしまえたらどれ程楽だろう。

 心の底から桜は苦しんでいる。

 本心から桜はそう考えている。

 

 だがそれでも桜は諦め(壊れ)なかった。

 

 だって父が認めてくれたから。

 だって母に誉めて欲しいから。

 だって兄に頼られたいから。

 だって祖父に報いたいから。

 だって姉に追い付きたいから。

 自分は誇り高い魔術の家系、遠坂の次女として産まれ、これから間桐家の未来を担う一員となっていくのだから。

 自分を愛してくれる人達に応えたい。

 この地獄を乗り越えれば、きっと自分はそれが出来る様になる。

 

 家族への、愛。

 剰りにも純粋で子供らしく、それ故に愚鈍で一途な信念が、桜をギリギリの所で支えていたのだった。

 

 未だ道理を解す事の出来ない子供である桜は、只管盲目的に祖父の事を信じ、()()(のぞ)むしかなかった。

 

 

         ∵∵∵

 

 

(───呵呵)

 

 現間桐家当主、間桐臓硯は目の前の少女の有り様を見て嗤った。

 隠し切れない嫌悪と苦痛を顔に滲ませ、だが決してそれらに背を向けず只管耐える幼女の姿は嗜虐心を大いに唆る。

 当初は数日程で全てを諦め、抵抗する事も悲鳴を挙げる事も無くなると予想していたが、まさかここまで正気を保ち続けるとは想像も出来なかった。

 

 だがそれはそれで全く構わない。

 人形の如く生気を失った女より、こちらの一挙手一投足に悉く反応を示してくれる女の方が余程嬲り甲斐があるというもの。

 あの禅城の娘の血を継いでいるという事もあってその容姿は非常に優れている。

 既に腐り切った魂で何とか生を繋ぎ止めている仮の肉体であるにも関わらず、滾って仕方がない。

 思わず蟲達の操作にも熱が入ってしまうというものだ。

 

(このまま調教を続けていけば、どれ程の(もの)になるかのう)

 

 あと10年程の(のち)、熟れ切ったその肢体を()()として活用する前に自らが味見してみるのも良いだろう。

 

(呵呵!全く…当初は次代の為の胎盤としか見ていなかったというのに…これがまた、中々どうしてここまで愉快な玩具となるとはのぅ)

 

 まだ7歳の子供に対して、その様な醜悪な欲望を臓硯は胸に宿していた。

 

 

 ───間桐臓硯は不老不死を目指し、五百年もの間その妄執に囚われ生き続ける怪物である。

 かつてはこの世全ての悪の廃絶という理想を追い求めた魔術師だが、己の肉体を蟲に換えて延命を続け、数百年もの時間を過ごす間にその魂は腐り果ててしまった。

 今はかつての理想すら忘却し、自らの不老不死を成す為に肉親(子孫)すら利用する外道へと成り下がっている。

 

 不老不死。

 人類が幾度となく探求してきたこの望みを叶える事は無論容易では無い。

 だがそれを可能にするだけの奇跡がこの冬木の地には眠っている。

 

 聖杯戦争。

 後に『始まりの御三家』と呼ばれる3つの魔術の家系、『マキリ』『遠坂』『アインツベルン』によって約200年前にシステムを開発・設置された大儀式。

 その儀式が成った時に現れる万能の願望器、聖杯。

 それさえ手にすれば、この五百年の妄執に終止符を打つ事が出来る。

 そのために臓硯が欲するのは、聖杯戦争を勝ち抜く事が出来る優秀な()だ。

 

 だが桜本人をその駒とするつもりは臓硯には毛頭無かった。

 そもそも聖杯戦争は約六十年の周期で開催される。

 ほんの半年前に第四次聖杯戦争が起きたばかりなのだ、今から六十年経つ頃には孫が産まれていても何等(なんら)おかしくない程に桜は齢を重ねている。

 それではあの苛烈な闘争を勝ち抜く事等とても出来はしない。

 故に臓硯が桜に求めているのは、胎盤として秀でた才を持つ子か孫を産んで貰う事だった。

 

 元々臓硯の代でマキリの血は魔術師としての限界に達していた。

 それに加えて、家名を『間桐』に変え根を下ろした日本の地がマキリの血に合っていなかったらしく、6代後に産まれた慎二(子孫)の魔術回路保有数はzeroと、見る影も無く衰退してしまったのである。

 だからこそ、魔術師としてこの上無く優秀な才を有する桜をこの時期に養子に迎える事が出来たのは、正しく渡りに船だった。

 

 愚かにもこの調教を魔術の修行と本気で信じ、尚且つ忌避感こそ持てど正気を保ったまま積極的な姿勢を見せる(胎盤)

 そのお陰で当初の予定よりも遥かに早く体質の調整を終える事が出来た。

 これならば今後もより多くの時間を体質変換に費やす事が可能となる。

 己の期待を遥かに上回る成果を叩き出した桜が、より優れた胎盤として完成する事はほぼ確実である。

 おまけに将来は自らを大いに愉しませてくれるであろう(玩具)に育つ事もほぼ必定。

 未来を諦めず、希望を抱き続ける事で何とか己を保っているこの娘に、お前を養子に迎え入れたのは胎盤として使い潰す為だ、お前を魔術師として教育するつもり等さらさら無かったと告げたら…どんな顔をするだろう。

 真実を知り絶望に顔を歪ませたこの娘を貪り尽くしたらどれ程の快楽を得られるだろうか。

 

(呵呵呵呵呵呵呵呵っ!!!!(まこと)素晴らしい拾い物をしたものだ!時臣!そして桜よ!お主達への感謝の念は未来永劫注ぎ続けようぞ!!)

 

 臓硯はいずれ訪れるであろうマキリの栄光(不老不死の未来)を夢想し、心を踊らせた。

 だが何時までも気を緩めていてはならない。

 今日行うのはその栄光(未来)をより確実とする為の儀式なのだから。

 

「うむ…桜よ。二年と半年、よくぞ耐え抜いた。最後の仕上げじゃ、数日前に伝えておいた通り、調整の大部分はこれにて終わりとする。これより魔術刻印の移植に移るぞ」

「…っ!…は、い…!」

 

 臓硯は中身こそ外道だが、外面は善人で通っている。

 桜に猜疑心を懐かせない為、いずれ真実を伝えその顔を絶望で染め上げる為、普段はこうして仮面を被り労いの言葉を投げ掛けている。

 それに対して桜は確固たる意志をもって返事をした。

 

 だが魔術刻印を移植するというのは偽りである。

 これより行うのは、()()()()()()()()()()()()()()()を寄生させる儀式だ。

 

 先述の通り、臓硯は桜を魔術師として教育する気は一切無く、胎盤として使い潰すのが目的だ。

 その為一子相伝の魔術刻印を桜に移植する意味等無い。

 と云うか魔術刻印を有する刻印蟲は、()()()()()宿()()()()()()()()()()()()なのである。

 これを移植するという事は臓硯自らの死を意味する、そんな事を行う筈が無いのだ。

 

 そして、胎盤としての役割を担わせる桜に何故聖杯の欠片等を埋め込むのか。

 理由は至極単純、()()()()()の実験である。

 

 前回の第四次聖杯戦争の折りに現れた聖杯は、あろうことか勝者である衛宮切嗣の指示により、そのサーヴァントによって破壊された。

 その破壊された聖杯の欠片を臓硯は入手する事に成功したのだ。

 ()べられた英霊達(サーヴァント)の魂を一時的に保存し、大聖杯を起動させる為の鍵となる小聖杯。

 それの製作を担っているのはアインツベルンである。

 それは即ち聖杯に細工を施す事が出来るという事。

 聖杯戦争を勝ち抜いても肝心の聖杯(賞品)が他人の手中に在っては意味が無い。

 それにアインツベルンは第三次聖杯戦争の折り()()を行ったという前科がある。

 あの一族の聖杯に懸ける執念は年月だけで云えば己の倍、何かしら仕掛けてくる可能性は十分にあるのだ。

 

 故に臓硯は聖杯の獲得を確実なものとする為、小聖杯の欠片を使って()()()()()()の製作に着手する事を決めた。

 そして、その実験体に桜を選んだのだ。

 とは云ってもこれは本当にただの保険、体質調整のオマケ、失敗が前提の実験である。

 どうせ桜は優秀な才を産み出す為だけの胎盤、最悪子を産む機能さえ残っていれば臓硯にとって問題は無いのだ。

 故に効率を考慮に入れた結果、今回の実験に踏み出した訳である。

 

 

「桜よ、既に解っているとは思うが、魔術刻印の移植はこれまで以上の痛みを伴う。だが、決して拒絶してはならん。元より魔術の行使とは痛み…死と隣合わせのものじゃ。それ等を受け入れ、体に覚えさせる事こそが魔術師と成る事と同義」

「受け入れる…?」

「そうじゃ。我等間桐の術は吸収と束縛。(ただ)在るものを受け入れ、取り込み、理解し、そして奪う事で自らの糧とするもの。忌避するな、恐れるな、己が愛を以て縛るのじゃ」

「……わかりっ、ました」

 

 臓硯は万が一にも桜が抵抗して儀式が失敗せぬ様、口八丁で桜の心を絡めとる。

 とは云っても、桜は才能にこそ恵まれているが未だ初歩の魔術すら使えない───(もと)い教えられていない子供。

 更には身動き出来ぬ様、手錠で拘束されている状態なのだ。

 元より抵抗など出来る筈もなかった。

 

「では、始めるぞ」

「はい、お爺様」

 

 桜の返事と共に再び蟲達が嬉々として群がり始めた。

 それらに交ざって聖杯を埋め込まれた刻印蟲も這い出す。

 桜も先程と変わらない。

 抵抗する事無く只々蟲達に身を任せるのみだ。

 

(……?いや…)

 

 しかし臓硯は桜の変化に気付く。

 先程までの桜は蟲達の凌辱に文字通り必死で耐えていた。

 逃げ出しそうになる心を、抵抗しそうになる体を全身全霊をもって押さえつけ、調教を受け止めていたのだ。

 だが今は違う。

 まるで眠っているかの様に静かで、嗚咽を漏らす事もなければ顔を苦痛で歪ませる事もない、澄み切った姿勢を保っていた。

 

 桜は今、自分を犯す蟲達を受け入れている。

 桜は今、自分を苦しめる蟲達を愛している。

 

 

「ほう…」

 

 この桜の変化には、流石の臓硯も感嘆の呟きを漏らさずにはいられなかった。

 

(まさか一度道理を説いただけでこれ程までに成るか…いやはや惜しいものよな)

 

 まだ7歳の桜には先程の臓硯の話など半分も理解出来ていなかっただろう。

 だが現実として桜は臓硯の教えを忠実に実践している。

 つまり桜は先程の臓硯の言葉を()()()()感覚で捉え、()()()解釈し学び取ったのだ。

 

 この娘の才は単に魔術回路を多く保有しているというだけでは断じて無い。

 真実、()()()()()()()類稀なる才能を有しているのだと臓硯は今更理解した。

 それ故に、惜しいと思った。

 これ程の者をただ単に胎盤として使い棄てる事に、ほんの少しだが臓硯は後悔する。

 

 

 

 

 

 そして、その後悔は遅過ぎた。

 

 

(む…?)

 

 臓硯は違和感を感じ取った。

 いや、違和感等という曖昧なものではない。

 何処からか自分に対して、明確な干渉が行われている。

 

(なんだ…!?なんだこれは!?何が起こっているっ!!?)

 

 自らを構成するモノが、()()()()()()()()()

 数秒後、桜に群がる蟲の数が目に見えて少なくなっていた。

 臓硯は驚愕と焦燥、警戒を含んだ瞳で桜を注視する。

 

 見ると桜の足元から黒い何かが湧き出ており、蠢くそれが周囲の蟲達を次々と呑み込んでいた。

 

「これはっ…」

 

 息を飲む臓硯。

 桜の周囲で蠢くその黒い影の様な何か───否、それは正しく桜の影だった。

 五百年というキャリアを積んだ臓硯の観察眼は伊達ではなく、桜から湧き出るその影の正体を正確に把握していた。

 桜本人が生まれ持った属性である『虚数』によって実体化した影に、2年間の調教によって体に馴染まされた間桐の『吸収』と『束縛』の魔術が掛け合わされたものだ。

 あの影は謂わばブラックホール。

 周囲の魔力、果ては生物の魂すらも容赦なく捕らえ、呑み込み、自らの糧としてしまう、正しく間桐の、()()()の魔術だ。

 

「莫迦なっ!!何故お主がこれ程までの魔術を!?」

 

 悲鳴に近い臓硯の怒号に桜は応えない。

 未だに桜本人は眠った様に、儀式を受け入れる態勢を崩していない。

 

 そう。

 桜はただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 自分に群がる蟲達を忌避せず、恐れず、親愛をもって受け入れているだけ。

 受け入れる事で取り込み、取り込む事で理解し、理解する事で支配下に置く。

 調教によって間桐の属性を文字通り身に付け、卓越した魔術の才と自らの周囲への愛に溢れた精神性を有する桜。

 そこに臓硯の的確な教えが加われば、こうなる事はある意味必然だった。

 

 早い話が臓硯は桜の才能を甘く見ていた。

 そして桜の事を育て過ぎたという二つのミスを犯したのだ。

 

(不味い───あの影と儂の蟲の相性は最悪。しかし蟲の使役に全魔力を注いでいる今の儂では桜に対して他の手段を取れん)

 

 現状は思っていたより最悪だ。

 最早自分に残された手段は逃走のみ、それ以外は詰みだと臓硯は結論付ける。

 

 だがその結論を出す事すらも遅過ぎた。

 (自身)に群がっていた蟲をすっかり食べ尽くした影は次の標的を臓硯に定めた。

 万に近い数の蟲を喰らって魔力を補充し、質量を増大させた影が津波の様に臓硯を覆い尽くす。

 

「っ!おのれっ!!」

 

 臓硯は咄嗟に強力な麻痺毒を持った蟲達を桜へ差し向けるが、待ってましたとばかりに影はその蟲達を捕縛しあっという間に呑み込んでしまう。

 (臓硯)()の力関係は今、完全に逆転してしまっていた。

 悉く対応が遅れた臓硯は最早逃げる事すら叶わない。

 

 影は、遂に臓硯を捉えた。

 

 

「ぐ、ぅううおおおおおあああああああああああっ!!!!!!よせぇ!止めろ桜ァッ!!」

 

 臓硯の絶叫に桜は応えない。

 

「ヴウウウウウアアアアアァァァァ!!!何故、じゃあっ!ナゼワシが…!!く…そ…っ、嫌じゃあぁ……嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!…………死、にた……ぅ……ぃ、いの…命、ぁ、しの………命ィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!!」

 

 正しく、断末魔。

 自らの全てが凄まじい勢いで食い尽くされていく恐怖と絶望の感覚に身を切る様な絶叫を挙げて臓硯はのたうち回る。

 やがて臓硯の本体足る刻印蟲は、聖杯の欠片を埋め込まれた刻印蟲諸共呑み込まれ、魔力(栄養)として融解されてしまった。

 

 

 

 こうして、貪欲に不老不死を追い求めたマキリの妖怪は、余りにも唐突に呆気なく、道端を歩く人間に踏まれてしまった虫螻(むしけら)の如く、その生涯の終焉を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 蔵の中の蟲を影が一匹残らず食い尽くした後、周りが急に静かになった事を不思議に思った桜が目を覚ます迄、あと数分。

 

 

 

 

 

         ∵∵∵

 

 

 

 

 

 あの時の事はハッキリと覚えていない。

 何故突然お爺様が、蟲達が跡形もなく消えてしまったのか。

 子供だった私には、その余りにも突発的過ぎる事態に不安を抱くばかりで、解決の為の行動に移れなかった。

 おまけにあの時は魔術刻印を移植された事による激痛と手錠による拘束で精々呼吸をするのがやっとであり、一周回って冷静になれていなかったら最悪身動きが取れないまま餓死していた可能性もあったのです。

 何時(いつ)の間にか覚えていた魔術で何とか手錠を壊し、地下から出た私は先ず鶴野さん(お養父様)を頼った。

 

 一人だけで外に出た事等無かったので2時間程迷子になってしまいましたが、運良く辿り着けた交番のお巡りさんに案内して貰いお養父様の入院している病院に到着しました。

 ですが、約半年ぶりに会ったお養父様は私の顔を見るなり喚き出し発狂してしまった。

 直ぐに医師と看護師の方がやって来て抑えてくれたのですが、結局その後もお養父様とまともに会話をする事は出来なかった。

 

 当然私は途方にくれてしまいました。

 表向きの、建前だけの当主であるお養父様とは違い、資産の運用等で間桐家の全てを支えてきたと云っても過言ではないお爺様。

 魔術の師としてだけではなく、私が平和な日常生活を送る上で、最大にして唯一頼れる()を失ってしまったのです。

 兄さんは今海外に留学中だし、そもそも当時は私と一歳しか違わない子供、こういう言い方をするのもあれなんですが、ぶっちゃけ頼りになりませんでした。

 

 

 家族が一人も居なくなってしまった。

 

 突然に、何の前触れもなく。

 暗い暗い家の中で一人ぼっち。

 目頭が熱くなり、呼吸も乱れて嗚咽が溢れる。

 吐き気すら伴うそれのせいで胸が苦しくなる。

 

 怖かった。

 凄く凄く怖かった。

 一人になってしまう事が、家族を、自分を愛してくれる人を失う事が。

 これ以上に怖い事を私は知らない、蟲さん達に痛い事をされる方が何倍もマシだった。

 

 堪らなくなった私は再び家を飛び出した。

 目指したのは勿論、遠坂家。

 

 走った。

 ただ、只管走った。

 目から涙を。

 口から嗚咽を。

 鼻から鼻水を。

 心から魔術師としての誇りを。

 自分の内側にあるありとあらゆるものを路傍にぶちまけながら私は走った。

 姉さんに、お母様に会いたい、その一心で。

 不可侵の条約なんて最早完全に忘却の彼方だった私は、無意識の内に筋力強化の魔術すら使って遠坂の屋敷を目指したのです。

 

 そうして私は屋敷に辿り着いた。

 私が無意識に発動させていたのは、魔術回路に無理矢理魔力を流し込んだだけの、とても魔術とは呼べないお粗末なもの。

 そのせいで身体中が悲鳴を挙げていたけど構わなかった。

 だって家に着いたから。

 もう直ぐ姉さんとお母様に会えるから。

 安堵の感情で自然と笑みが浮かぶのを感じながら私は家の門を開けようとした。

 

 そして、見たんです。

 

 車椅子に座ったお母様と、その近くで本を朗読している姉さんの姿を。

 距離が離れていたので聞き取れませんでしたが、お母様は姉さんの方ではなく、虚空を見詰めながら口をゆっくり動かして何かを呟いている様でした。

 ですが姉さんはそんな事些細な問題だと言わんばかりに朗読を続けていました。

 

 姉さんは、泣いてなんかいなかったんです。

 お父様は聖杯戦争で亡くなり、お母様もそれに巻き込まれて脳に後遺症が残ってしまったと聞いていました。

 私と同じ様に、親を、家族を亡くしてしまったというのに、凛として歩み続ける姿がそこにはあったんです。

 

 急に恥ずかしくなった私は、姉さん達に気付かれる前にそこから離れました。

 私はさっきまで何をやっていたんだろう。

 自分が情けなくてまた涙が溢れてきました。

 私は遠坂凛(姉さん)の妹なのに。

 私は間桐の魔術師なのに。

 こんなんじゃいけない。

 家族(愛してくれる人)が居なくなったくらいなんだ。

 自分は既に有り余る程の愛を貰ってきたじゃないか。

 寧ろこれまで貰ってきた愛に応えられるように頑張らないと嘘じゃないか。

 私は涙を拭うと間桐の屋敷に戻る為に歩き始めました。

 

 もう二度と自分の歩む道に背を向けない(魔術師としての誇りを失わない)ように。

 

 

 

 

 

 その後、海外から帰ってくる兄さんからお爺様の不在を誤魔化す為の準備にてんやわんやしたり、間桐家の資産を運用する為の勉強に四苦八苦したり、色々調べた結果お爺様を殺してしまったのは自分だという結論に至ったりしました。

 

 

 

 

 

 やっぱり私泣いていいんじゃないですかね。

 

 

 

 

 

         ∵∵∵

 

 

 

 

 

 ─────時間は戻り、桜の工房。

 

「これでよし…と」

 

 儀式の準備が滞りなく終わった事に私は一先ず安心する。

 蟲達が分泌する体液を用いて描いた魔法陣───聖杯戦争の切り札であると共に参加条件でもある存在、サーヴァントの召喚陣───を前に一息吐いた私は、ふと工房の中を見渡してみる。

 

 これまでの約9年間を振り返って、思わず苦笑が浮かんでしまう。

 色々、本当に色々な苦労があったのですが、特に大変だったのがやはり資産の管理に関する事でした。

 お爺様の部屋や助手を務めていたお養父様の部屋から魔術に関する事以外の(っぽい)書物を片っ端からかき集めて勉強しようとしたのですが、何せ当時の私はまだ小学二年生。

 漢字なんて殆ど読めませんでしたし、そもそも言葉の意味すらちんぷんかんぷんでした。

 専門家の方を雇うという手もあったのですが、お爺様の不在を極力外に漏らしたくなかったので結局それも出来ず。

 早くも一歩目で挫折しかけましたが、魔術師として頑張ると決めた以上、投げ出す訳にはいきません。

 

 無茶苦茶勉強しました。

 無茶苦茶勉強しました(大事な事なので二回言いました)。

 その副産物として学校の成績が滅茶苦茶伸びました。

 時々我に返って「私魔術師なのに何で資産運用の勉強なんてしてるんだろう」とか思う度、涙が流れました。

 そこはまぁ、家の財産を守って後世に託すのも立派な魔術師の務めだと開き直る事で精神安定を図っていましたが。

 結局、勉強に時間を取られ過ぎたせいで資産はお爺様が存命していた際の半分程になってしまったのですが、当時の状況を鑑みれば十分な結果だと思います。

 

 そうやって今日まで頑張ってきて───そう、遂に今日という日を迎える事が出来たのです。

 かつて、この工房は自分に苦痛を与えるだけの場所だったというのに、何故だかどうしても私は此処が嫌いになれなかった。

 それはきっと、此処が自分の────()()()()()()()()()の始まりの場所だから。

 

 あの記憶は確かに、苦痛に満ちた過去のもの。

 だが間違いなく自分の糧となったものだ。

 そもそも魔術と(痛み)は切っても切り離せないもの。

 間桐の修行はそれが他より()()激しかっただけなのです。

 苦痛は既に乗り越えた。

 教えは胸に刻み込んだ。

 罪は一生背負っていくと決めた。

 

 そう、自分は罪を犯したのだ。

 独学で魔術の勉強を始めて数年、あの時の状況からしてお爺様を殺す事が出来たのは私だけだという結論に至った。

 気付いた時には胃の中のものをぶち撒けていました。

 お爺様を、あの()()()()()()()()()()()()()()()()()を、殺してしまったのだ。

 なんて、悪逆。

 なんて、大罪。

 取り返しなんて、どうやってもつく筈がない。

 私は、泣くしかありませんでした。

 魔術師になってから、私は泣いてばかり。

 でも、幾ら涙を溢しても、誇りだけは取り零さない。

 あの日、もう覚悟を決めたから。

 罪を犯してしまったのなら、それに見合うだけのものを得る。

 この聖杯戦争は、その為の()()()()()()()

 

「さあ、始めましょう。聖杯戦争を」

 

 私は勝つ。

 決意を新たに、私は呪文の詠唱を始めた。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。 祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 集中する。

 かつてない程に神経を研ぎ澄ませる。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 魔力を回す。

 全身に感じる熱は、神秘の代償。

 

「─────Anfang(セット)。────告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 空気が変わる。

 膨大な魔力が逆巻き、圧倒的な神秘が工房を満たしていく。

 いけるっ────!

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────!」

 

 

 

 来た。

 成った。

 出来た。

 手応えがあった。

 完璧に儀式を終えたという手応えが。

 収束したエーテルの煙の中、魔法陣の中心に人影が立っていた。

 間違いない、サーヴァントだ。

 

 聖遺物は使用していない。

 というか用意出来なかった。

 聖杯戦争は約六十年周期で行われるという話だったのに、まさかの前回から10年足らずで開催である。

 自身の魔術鍛練と資産の運用で手一杯だった私には急過ぎる話で、そこまでする余裕は無かったのです。

 聖遺物を使用しない召喚の場合、召喚者と性質の近い英霊が呼び出されるらしい。

 下手をすると戦闘力が皆無の英霊が召喚される可能性もありましたが、無い物強請りをしても仕方がありません。

 サーヴァントに必要なのは戦闘力よりマスターとの相性だと開き直って召喚に踏み出しました。

 この9年間で鍛えられた私の開き直りスキルを以てすればこれくらいは容易いのです()。

 

 かくして、賭けの結果は───

 

 

「サーヴァント、ライダー。召喚に応じ参上しました。貴女が、私のマスターですか?」

 

 

 ───私の、勝ちでした。

 

 

 

 

 

         ∵∵∵

 

 

 

 

 

 朝になりました。

 お天気自体は爽やかな晴れですが、私の気分は若干陰鬱でした。

 昨夜遅くまで起きていたのと、サーヴァントの召喚で保有する魔力の大部分を消費した為、疲労がピークなのです。

 正直なところ、今日はもう学校を休みたい位の勢いなのですが、先輩と過ごす時間と自身の疲労を天秤にかけたら、やっぱり前者に軍配が挙がってしまう。

 我ながらほんとしょーもない。

 私は欠伸を噛み殺しながら先輩の家の門を潜った。

 

「おはよう桜。今日も早いな」

「はい、おはようございます先ぱ───」

 

 昨夜も蔵で作業していたのだろう、庭でストレッチをしていた先輩が挨拶をしてくれる。

 私も挨拶を返そうとして───思わず絶句した。

 

(なん、で─────どうして)

 

「…?どうかしたか桜」

「…先輩、その手の痣なんですか」

「痣?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 先輩の左手の甲には─────聖痕が浮かんでいた。




士郎「いったい何時から俺が────魔術師ではないと錯覚していた?」
桜「なん…だと?」

自分で書いといてあれなんですが、今回色々無理ありすぎじゃね?

ということで桜ちゃん大うっかり回です。遠坂の血は罪深いぜ…。

うっかりその1・勢い余って臓硯さんをパクパク
うっかりその2・あれだけ酷いことされたのに未だ現在進行形で臓硯さんを好い人だったと勘違い
うっかりその3・触媒の準備が出来なかった
うっかりその4・原作の倍の期間、衛宮邸に通いつめていたにも関わらず士郎が魔術師だと気付けなかった

うっかりで済まされるレベルじゃねぇぞオイ!!!

本文で長々と書いたので必要無い気がしますが、ちょろっと解説をしますと、桜ちゃんの体質調整が2年程で終わったのは、桜ちゃん自身が調教を極力受け入れようと頑張ったからです。原作でも破格と評される才能を持つ桜ちゃんが積極的になればこんなもんなんじゃないですかね?

んでもって臓硯さん退場の全容ですが…大丈夫ですかね?これ。自分で書いといて何ですが五百年しぶとく生き続けた妖怪爺がこんなあっさり不意を突かれてやられるものなんでしょうか?幾ら勉強頑張ったからといって小学生が土地の資産運用出来るようになるんでしょうか?

色々突っ込みどころはあると思いますが、どうかご容赦頂きたい…!orz

あと桜ちゃんは黒化した訳ではありません。使った魔術こそそれっぽいですが大聖杯と繋がった訳ではないので、もし相手が臓硯さんではなくサーヴァントだったら普通にやられてます。桜ちゃんがHF√でサーヴァント相手に無双出来たのは大聖杯と接続していたからシステム下のサーヴァントに対して圧倒的干渉力を発揮出来た為だった筈なので…だよね?

あれ?でも桜ちゃん小聖杯の欠片が埋め込まれた蟲も食べちゃったんだよな………あっ(察し)。


うっかりその5・ラスボスフラグを折れたと思ったら折れてなかった←NEW!

主人公とはなんだったのか(白目)。

それではまた次回。

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