Fate/SAKURA   作:アマデス

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「弓道警察に要請するっ!!弓道はおろか武道のイロハも知らぬss作者がなんちゃって理論をどや顔で公開しているとの情報を得た!直ちに出動っ!犯人を確保した後晒し上げて処刑しろっ!!」
「桜ちゃんに罪はねえっ!悪いのは全部にわか坊主の俺だっ!殺るなら俺を殺れっ!!」


2話 遠坂/桜

「じゃあな桜、部活頑張れよ」

「はい、先輩も生徒会のお手伝い、頑張ってくださいね」

 

 校門の前で先輩と別れた私は駆け足で弓道場へと向かう。

 1年生という、学校での部活動において最下層ヒエラルキーに属する私は2年3年の先輩方が来る前に弓道場の準備を行わなければならないからだ。

 普段なら絶対遅刻しないよう、それでいて先輩と登校中のお喋りをする余裕が作れるよう、時間配分には気を遣っているのだが、今朝は先輩とのアレコレがあったせいで僅かに予定が狂ってしまった。

 でも先輩と一緒に登校するという、私の中での優先行為上位に位置する神聖な儀式を蔑ろにするなんて事は断じて出来ない。

 なので、今こうしてロスした分を取り戻す為に走っているという訳でして。

 

 手に入れたいものがあるなら別の何かで補わなければならない。

 等価交換は魔術師の基本なのです!

 

 単純な年功序列による上下関係を疎ましく思う生徒も結構居ますが、私は大切なものだと思っている。

 集団で活動するに当たって、個人の役目・役割、要するに立ち位置というものを明確に決めておかなければ常に的確な動きが出来ない。

 全国でも強豪と言われている学校は普段からそういった規律を厳守し、無駄無く地道な練習を重ねているから好成績を残す事が出来ているのです。

 生涯を通じて研鑽した魔術を魔術刻印という形で子孫に継承し、何代にも渡って地道な努力を重ねていく。

 少々暴論かもしれないが、2年3年の先輩方から知識や技術、心構えを受け継いでいく部活動の在り方は魔術師の在り方に近いものがあると私は思っている。

 

 そんな事を考えている間に弓道場へと到着した私は靴を脱いで上がろうとするが、射場の方からパシッ、タンッ、という弓を射った時と的に矢が(あた)った時の凛々しい音が聞こえてきた事で足を止めた。

 既に同級生の誰かが準備を終えた?

 いや、いつもならこの時間はまだ準備中の筈…ああ、そっか。

 その考えに至るのにかかった時間は本当に一瞬で、私は呆れ気味に苦笑すると更衣室で弓道着に着替え、射場に上がった。

 

「お?おはよう桜。今日も早かったね~、感心感心」

「おはようございます、美綴先輩」

 

 美綴綾子(みつづりあやこ)先輩。それが今私の目の前に居る、下級生より先に来て勝手に練習を始めてしまっている困った主将の名前だ。

 

「って感心感心じゃないですよ!弓道場の準備は私達下級生の役割なのに何で練習始めちゃってるんですか!」

「あーちょっと早めに目が覚めちゃってね。それに最近調子悪かったから少しでも長く練習したくってさ」

「だからって主将が決まり事を疎かにしちゃ部員に示しがつかないですよ。その内準備をサボる下級生が出てきちゃいます!」

「大丈夫だって。私がたま~に早く来て練習してるの、あんたと衛宮しか知らないんだからさ。あんた達が黙っててくれれば部の規律は緩まないし、私はのびのびと練習出来る。まさに一石二鳥ってね」

 

 ピースサインをしながら、したり顔でそう宣う美綴先輩。

 …その言い分はバレなきゃ犯罪じゃないという理論にほぼ等しいと思うのですがそれは。

 誠に遺憾だが、『穂群原の女傑』の異名を持つこの先輩のスタンスを改めさせるだけの話術(ちから)を私は持ち合わせていないのです。

 

「…そうだとしても効率悪いですよ?顧問の藤村先生どころか部員が誰も居ない中、一人で射ってても改善点が解らないじゃないですか」

 

 そう、弓道は…いや、弓道に限らずスポーツというものは自分一人だけでは中々改善点を見付けにくい。

 腕の角度がどうだとか、脚がサボっていないかとか、視界に入らない箇所を意識的に直すのは難しい。

 というかまず無理だと個人的には思っている。

 だからこそ誰かが弓を射っている時、その他の部員達は後ろに正座してその射を見ている訳で。

 そうやってお互いにアドバイスを繰り返す事で腕前を上達させていくのだ。

 それなのに一人っきりで練習していては自分の力量が上がったのかどうかも判らない。

 

「んーー…まあでも二度寝して部活に遅れたらそれこそ本末転倒だし。寝坊するよりは万倍マシでしょ。って事で許せ!」

 

 身も蓋も無い論理だ。

 ああ言えばこう言う…と云うよりは話のスケールを大きくして大局を強引に切り替えるこの論法は姉さんに凄く似ている。

 というか絶対姉さんの真似をしていますこの人。

 

「はぁ…もう分かりましたよ。今日は見逃しますけど今後は控えてくださいね。万が一誰かに見られたら部全体に影響が出るんですから」

「分かってるって。これでも主将なのよ私」

 

 だったら最初から控えてください、という文句が口から出かけたがそれだと話がループしてしまう。

 決着の着いた話を蒸し返すのは時間の浪費だ。

 無論、勝者は美綴先輩で敗者は私である、虚しい。

 でも虚しいだけで不思議と怒り等は湧いてこない。

 それはやはり部活動の時の容赦の無さ、厳しい指導、それとは真逆な学校生活での快活さのギャップによる、ハイブリッドな人柄によるものなのだろう。

 端的に言い表すなら姉御肌というやつです。

 

 要するに美綴先輩は(すべか)らく真っ当な部長なのだ。

 これでは怒るに怒れないというものです。

 ほんと、美人はズルい。

 

「じゃあ、よろしくお願いします」

「おーぅ、バッチリ見ててやんよー」

 

 

 それから暫くは美綴先輩と二人っきりで朝練をこなしていたのですが、1年生の集合時間が差し迫ると加速度的に人数が増えていきました。

 最初の2、3人は私と美綴先輩が二人っきりで練習している事に驚いていましたが、一番最初に来たのを私にすり替える事によって部の規律を破った事を悟らせないという大胆な嘘を用いていました。

 悪女です、悪女。

 

 そんなこんなで道場内が賑やかになり、朝練らしくなって来たところで、

 

「なんだよ桜、もう来てたの?あんなに早く家を出てくから、てっきり朝練サボって衛宮とイチャついてると思ったのにさぁ」

 

 私とは切っても切れない関係にある人、というか私の義兄(あに)が2年生の集合時間通りにやって来た。

 

「何言ってんのさ慎二(しんじ)、サボってばっかの(お前)と違って()がズル休みした事なんか一度も無いだろ」

 

 間桐慎二(まとうしんじ)兄さん。

 5歳の時、間桐家へ引き取られた私に出来た、私の家族(お兄さん)

 その兄が部活に顔を出して早々軽口を叩いたかと思うと現在進行形で美綴先輩と言い争っていた。

 

「はっ!朝っぱらからご挨拶だな美綴。今はただの朝練中だからまぁいいけどさ、他校との試合でそういう言葉遣いするのは止めてくれよ?トップの品位が疑われちゃ、()()下についてる僕の評価まで下がっちゃうんだからね」

「そりゃ仕方無いね。まともな奴にはまともに、失礼な奴には鉄拳で応えるのが私の流儀だからさ。ちゃんとした挨拶も出来ない奴に返す礼なんて持ち合わせちゃないのよ。大体品位が疑われてんのはあんただけだっつーの。先月の交流試合で他校の女子生徒に手ぇ出してタイガーに絞られてたでしょ」

「えっ!?ちょ、私それ初耳ですよ兄さん!?」

 

 まさかそんな事があったなんて。

 いや、兄さんの性格からしてナンパ自体は珍しい事ではないのだが、何故妹の私にその情報が、たった今この瞬間まで一切伝わって来なかったのでしょうか。

 驚きの声を上げる私を見て、兄さんは口元を引き攣らせたギクッといった感じの表情を、美綴先輩は片手で顔を隠してアチャーといった感じに天を仰ぎ見た。

 いや、よく見ると他の部員達も露骨に視線を逸らしたり(わざ)とらしい口笛を吹いたりしている。

 

 ははーん、なるほど。

 これは私以外の部員全員で結託して情報封鎖を行っていましたね。

 主将(美綴先輩)副主将(兄さん)か、どちらの主導の下かは分かりませんがこれは流石に妹として、一部員として怒っておかなければならない。

 

「兄さん!また性懲りも無くそんな事したんですか!?今までは穂群原学園(ここ)の女の子をナンパしてるだけでしたから大目に見てましたけど、他校の娘に手を出すなんて言語道断です!既に美綴先輩が言ってますけど、部や学校の皆さんに迷惑がかかるんですよ!」

「う…うるさいなっ!妹のくせに僕の交遊関係にまで口出してくんなよっ!お前、何様のつもりなわけ!?」

「あーハイハイ、ストップストップ。桜、気持ちは分かるけどさ、その事についてはもう私とタイガーでキッチリ注意してあるから。またここで大喧嘩されちゃ、それこそ本当に不味い事になる」

 

 私の説教に兄さんが怒鳴り返し、一触即発の空気になった所で美綴先輩が仲裁を図ってきた。

 美綴先輩の言葉の含むところを察した私は、バツが悪くなって口を噤むしかなかった。

 

 

 

 ─────以前、私は部活動中に兄さんと大喧嘩をした事がある。

 あれは夏の大会が終わった頃、とある1年生が別の部から弓道部に転部してきたのです。

 転部してきたばかりで、まだまともに弓を持った事も無いその子に、あろうことか兄さんは無理矢理弓を引かせて部員の前で笑い者にしたのだ。

 何も出来ずに必死に涙を堪えるその子を見た私は一瞬で頭に血が昇ってしまったのです。

 理不尽に傷つけられる同級生を守りたいという想いや、周りの空気に流されて仲間を嘲笑する部員達への怒り等も勿論ありました。

 ですがその時私の心を一番に占めていた感情は、傲慢で人を見下す事が日常茶飯事だけど、決して必要以上に他人を傷付ける事をしないと信じていた、兄さんへの失望でした。

 

 私は弓を捨てて兄さんに飛び掛かり、そこから先はもう、殴る蹴るの大喧嘩。

 兄妹とか、男女の性差とか、年齢差とか、上級生下級生とか、部活動中とか、恥とか外聞とか、そんなものは一切関係無し。

 相手の顔面に拳骨を叩き込み、肘鉄で脇腹を砕き、膝蹴りで鳩尾を突き、頭突きで鼻っ柱をへし折り、爪で首の皮を肉ごと削り取り。

 兎に角お互いに有らん限りの暴力で相手を屈服させんと傷付け合った。

 騒ぎを聞き付けてやって来た先輩と美綴先輩、藤村先生と葛木先生が止めに入ってくださらなかったら、きっとどちらかが気絶するまで終わらなかっただろう。

 そう確信を持って言える程、我ながら凄絶な喧嘩でした。

 それからというもの、部内では私と兄さんの喧嘩の火種になりそうな事案は出来るだけ優先的に、且つ速やかに消去するという暗黙の了解が成立してしまったようで…。

 流石にもう、あんな喧嘩をするつもりは無いのですが、前科がある手前どうしてもこういった時強く出られないのです。

 

 余談ですが、私と兄さんを引き剥がす為に先輩達が駆け寄ろうとした瞬間、葛木先生が目にも留まらぬ(はや)さで私達の間に入り、意識を刈り取ったそうです。

 先輩はおろか、武道を嗜んでいる美綴先輩と藤村先生ですら何をしたか全く分からなかったらしく。

 私が覚えているのは、葛木先生を視界に収めた瞬間、背筋に走った寒気と内臓に響いた衝撃だけです。

 それ故、私と兄さんの喧嘩自体より、葛木先生の謎の超人っぷりに生徒達の注目が集まったのは個人的にも弓道部としても幸いだった。

 今でも現役スパイ説や元暗殺者説等、葛木先生は生徒達の雑談の種として本人の預かり知らぬところで活躍されている。

 

 とまあ、そんな昔の出来事を数秒程で振り返っていると、黙り込んだ私に気を善くしたのだろう、兄さんはいつも通りの厭味な笑顔を浮かべて再び喋り始めた。

 

「ふ、ふん。そうだよ、穂群原の天使とか身に余る栄誉で呼ばれてはしゃぎたくなる気持ちも分かるけどさ、調子に乗ると直ぐにボロが出るんだ、お前ってほんと鈍臭いからね。これに懲りたら二度と僕に意見するんじゃない!妹は妹らしく黙って兄に従ってればいいんだよっ!」

 

 ?

 穂群原の天使という聞き慣れない単語が気になって、傍若無人な兄の物言いにはあまり心が揺れなかったが、これは少々不味いかもしれない。

 何せ今の兄さんの発言で今度は美綴先輩がキレかけている。

 主将と副主将の喧嘩なんてそれこそ洒落にならない。

 今度こそ本当に収拾がつかなくなってしまう。

 ここは一旦冷静になるべきだ、私が大人になって事態の沈静化を図るべきだ。

 そう自分に言い聞かせて、当たり障りの無い言葉で兄さんのご機嫌を取ろうとした。

 

 その時、

 

 

「あら?実の兄でも無いのにそういう扱い方はなんじゃないかしら間桐君?」

 

 火に油どころか、ニトログリセリンが注ぎ込まれた。

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 朝は苦手だ、とにかく苦手だ。

 と云うより最早憎んでいるという表現の方が的確かもしれない。

 何故朝はやって来るのだろうとか何故太陽は空に昇るのだろうとか、哲学だか天文学だかに喧嘩を売るような思考を毎朝繰り返している。

 とはいえ考えるだけで口に出してはいないのだから、大目に見て欲しい。

 私、遠坂凛(とおさかりん)が生まれ付き超低血圧で朝に弱い人種だというのは変えようのない事実だし、そういった人種が太陽を憎むのも自然の摂理なのだ。

 だが何時までも内心で悪態を吐いている訳にはいかない。

 『余裕をもって、優雅たれ』。

 魔術刻印と共に代々受け継がれてきた遠坂家の家訓に従い、長年優等生を演じてきたのだ。

 今更、この慣れ親しんだ誘惑(睡魔)に屈して寝坊するなんて無様を晒してはいられない。

 私は鉛の様に重く、それでいて錆び付いたロボットの如く固くなった体を気合いだけで動かして学校へ行く準備を整えた。

 

 で、案外早く学校に着いてしまった。

 家を出たのはいつも通りの時間だった筈なのに、何故か妙に生徒が少ない。

 校内の時計を確認してみても、明らかに家を出た時間と歩いた時間が釣り合わない。

 ということは家の時計がズレていたのだろうか?

 一体何時どの様な要因でズレてしまったのかは分からないが、帰ったら念入りに調べる必要がある。

 

 何せ今日は、遠坂凛の運命を決定付ける重要な儀式を行うつもりなのだから。

 うっかり時計を直すのを忘れてました、なんて大ポカをやらかして儀式失敗など本気で笑えない。

 

 …この家訓とは真逆な遠坂の性質(うっかり)(しっか)り受け継いでいる辺り、私は紛れもなく遠坂の魔術師なのだなぁ、と苦笑する。

 

 さて、どうしたものか。

 何時もより早く着いたという事は時間が余っているという事と同義であり。

 教室でHRが始まるのをボーッと待っているというのは時間を無駄遣いしている様でなんか嫌だし、何処か暇を潰すのに最適な場所は無いかと思案する。

 そこで真っ先に思い浮かぶのが実妹(いもうと)の所属する弓道部という辺り、相当な姉バカだと我ながら苦笑する。

 っていうかさっきも自分の事で苦笑してなかったか私?

 そこまで苦い人格形成はしていないつもりなのだけれど。

 なんて一文の得にもならない事を考えながら私は自然と弓道場の方角に足を運んでいた。

 

 その後ほんの数分程で弓道場の入り口に辿り着いた私の耳に誰かの怒鳴り声が飛び込んできた。

 何事かと聞き耳を立ててみたが、文字通り何の事はない、慎二の馬鹿がバカをやって()と美綴さんに怒られていた様だ。

 だが何時もより少々会話がヒートアップし過ぎている様な気もする。

 大丈夫だとは思うが桜と慎二は以前、部活動中に大喧嘩をしたという前例がある。

 再び何かの弾み(慎二のせい)喧嘩が起こる(桜が大怪我する)という可能性も捨て切れない。

 

 ────顔と身体中が痣だらけになった桜を見て、割りと本気の殺意を慎二に抱いたのは記憶に新しい。

 

 さてどうする。

 もう暫く様子を見るか?

 それとも優等生として、冬木市のセカンドオーナーたる遠坂として早めに介入すべきか?

 

 

「妹は妹らしく黙って兄に従ってればいいんだよっ!」

 

 よし決めた、介入する(ぶっ飛ばす)

 

 

 

 

          ∵∵∵

 

 

 

 

 突如響いた、この場に居ない筈の第三者の声に部員全員が呆気に取られる。

 今にも爆発しそうな熱を孕んでいた空気を、一瞬にして凍らせたのは、何を隠そう私の実姉(姉さん)でした。

 

「と、遠坂…」

「姉さん!?」

「ウフフ、おはよう桜。おはようございます美綴さん、間桐君」

 

 鮮やかな黒の長髪を二つのリボンで纏め、制服の上に紅いコートを纏ったその姿は、紛れもなく遠坂凛(とおさかりん)姉さん。

 私と血を分けた実の姉であり、『穂群原のミス優等生』の呼び名を冠する、私の憧れの人。

 そんな人が、間違いなく十人中十人が見惚れるであろう素敵な───だが同時に謎のプレッシャーに苛まれるであろう───笑顔を浮かべながらこちらを見ていた。

 より正確には兄さんの首元辺りを喰い入るように睨んでいた。

 

「…は、はんっ。何だよ遠坂?今は部活中だぜ、部外者に首突っ込んでほしくないんだけど?優等生のくせして案外空気読めないよねお前」

「ウフフ、相変わらず口が減らない様で何よりですわ間桐君。でもお生憎様、私と桜は()()()()なんです。いくら貴方と桜が()()()()()だと云っても、流石に血の繋がっていない女の子を無理矢理束縛する様な発言は()()()として看過出来ないんですよ、()()()()()()()?」

 

 やたら実と義理という単語を強調する姉さんからは有無を言わさぬ迫力を感じる。

 だが兄さんはその迫力を真っ正面から受け止めているにも関わらず、全く怯んだ様子もなく挑発的な言葉を返していた。

 案外ウチの兄さんは大物なのかもしれない。

 いや、若しくは実力差が有り過ぎて相手の力量を正確に把握出来ていないだけかもしれないが(※BLEACH藍染様理論)。

 

「はぁ?何言っちゃってんのお前。桜が家に養子に来たのは十年以上前なんだぜ。僕はお前の倍近い時間を桜と過ごしてきたんだ。産みの親より育ての親って言うだろ?桜の事は僕の方が何倍も理解してるし、桜の所有権だって当然僕が握ってるんだ。遠坂の方こそ血縁関係くらいしか繋がりが無いくせに、それをひけらかして束縛する様な真似は兄として看過出来ないね」

「あら、意外ですね。間桐君がそんなに冗談が得意だったなんて知りませんでした。一緒に居られる時間が短くてもその分密度のある思い出を私は桜と作っているんです。そもそも貴方は兄であって親じゃないですし、所有権とか桜の事を自分の付属品くらいにしか思っていないのが見え見えなんですよ。私の妹を物扱いするのは心底不快なんで止めてもらえます?」

「はっ、流石は冬木のセカンドオーナーだ。人の揚げ足を取るのがよっぽど得意らしいね。でもその発言思いっきりブーメランって気付かない?仮にも穂群原三大アイドルの一角である桜と表面上だけでも親しくしておきたいってのは分かるけどさ、とっくの昔に他人になった相手にステータス扱いされるのは桜も迷惑だと思うんだよね。どうせ桜と遠坂が実の姉妹だって噂を意図的に流したのもお前なんだろ?」

「なるほど、よ~~~く解りました。どれだけ懇切丁寧にご教授して差し上げてもそのおめでたい頭は自分に都合の良い風にしか物事を解釈しないんですね。桜は可愛くて賢くて芯が強くて、その上貴方の様などうしようもない人間にも分け隔てなく平等に接する事が出来る、優しくて可愛い(※大事な事なので2回言いました)自慢の妹なんです。私にとって桜はそれ以上でもそれ以下でもありませんよ。桜、こんな男の世話をするのが嫌になったら何時でも遠坂(うち)に帰ってきていいのよ?っていうか今すぐ帰ってきなさい、是非そうしなさい」

 

 イヤソウ言ワレマシテモ…。

 というか完全に話が脱線している気がします。

 最初は兄さんの素行の悪さに対する説教だった筈なのに、何処からともなく姉さんが割り込んで来たと思ったら、いつの間にか話の流れが私の所有権争いみたいになっちゃってます。

 一体何をしに来たんですか姉さん。

 

 しかしこのままでは不味いという点は先程から変わらず、というか寧ろ状況悪化しちゃってます。

 迅速にこの場を治め、朝練を再開させなければ。

 春の大会が近付いている今、無駄に出来る時間など無いのだから。

 でも暴走状態の姉さんと兄さんを二人同時に止めるなんて高度な真似、私には出来ない。

 これが一対一で尚且つ矛先が私に向いているのなら、早々に白旗を挙げる事で和平条約を結ぶ事が可能なのですが、今はそのどちらにも条件が当て嵌まらない。

 どうするどうする、と頭を抱える私を見かねたのか美綴先輩が肩を叩いてきた。

 

「おう、桜。このままじゃ練習が再開出来ない。身内の不始末は身内が何とかするのが筋ってもんだろ?早いとこあれ治めて(潰して)こい」

「そ、そんなの出来るならとっくにやってますよ~」

 

 情けない声を出す私に美綴先輩は親指を立てながらいい笑顔を浮かべ、話を続けてきた。

 

「大丈夫だよ安心しな。間違いなくこの状況を一発で何とか出来る方法をたった今思い付いた」

「えっ!?そんなのがあるんですか?早く教えてください!」

「よし、耳を貸しな。いいか?ゴニョゴニョ…」

 

 

 美綴先輩の思い付いた方法とやらを聞いて、最初に思ったのは『聞かなきゃよかった』という後悔です。

 

「…そんなことできません」

「いやいやイケるって!何恥ずかしがってんのさ。いくらあの二人でも感情を持つ人間なんだからこれで止まらないなんて事はないよ」

 

 …ほんとですか?

 イマイチ納得出来ません、というかその言い草はあまりにもあんまりなんじゃないでしょうか。

 

「で、でも…」

「いーから!自分とこの主将を信じろ!ほらレッツゴー!」

「ひゃわっ!?」

 

 踏ん切りの付かない私を見て焦れったくなった美綴先輩が私の背中を叩いて二人の前まで押し出した。

 言い争いを続けていた二人も前に出てきた私に注目して会話を止める。

 

 …あの、ちょ、これ…マジなんですか?

 マジでやらなきゃいけない感じになってるんですか?

 ……………分かりました、分かりましたよ。

 上等じゃないですかやってやりますよ、後で吠え面書いてさしあげますわ(?)

 私は大きく息を吸い込むと両手の拳を握り締め、やけくそ気味に叫んだ。

 

 

 

「お、お姉ちゃん、お兄ちゃん!!!私、二人とも大好きだから喧嘩しないでっ!!!!」

 

 

 

 時が止まった。

 私は勿論、姉さんも兄さんも他の部員全員も、石化したかの様に硬直し、弓道場の時が止まった。

 唯一この場で動いているのは、私にこの作戦を提案した張本人であり、現在お腹を抱えて爆笑している美綴先輩だけである。

 

 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…やっぱりやらなきゃ良かった、この歳になってお姉ちゃんお兄ちゃんとかないわほんとないわもー嘘だコレ嘘でしょコレもうやだ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ誰かスコップ貸してください穴掘ってそこに埋まって死にますからああでもスコップだと時間がかかっちゃいますねやっぱりシャベルじゃないと効率悪いですし兎に角可及的速やかに誰にも見られない場所で死にたいほっぺ熱い体熱いなんか呼吸できないんもぉぉぉぉぉ…あうあうぃああああぐうううううう

 

 

「…う、うん、分かったわ。ごめんね桜。お姉ちゃんちょっと熱くなりすぎてたみたい。間桐君もごめんなさいね」

「ふ、ふんっ!悪かったよ、僕も言い過ぎた。でも勘違いするなよ遠坂。桜が、妹がどうしてもって言うから、お兄ちゃんとしてこの場は退いてやるだけなんだからな」

 

 ……あれ?

 どういう事でしょう、あれほど苛烈な応酬を繰り広げていた二人があっさり矛を収めてしまいました。

 その代わり今度は二人して私の頭をナデクリし始めましたよ、若干頬を赤らめながら。

 それを見ながらホッコリしたと言わんばかりに生温かい視線を向けてくる部員達。

 そして笑い過ぎて呼吸困難に陥りかけている美綴先輩。

 

 ちょっと!

 何なんですかこれは!

 何で皆さんそんな親猫と再会できた子猫を見守る様な目で見てくるんですか!

 っていうか美綴先輩がそろそろヤバイです!

 こんな状況に陥れてくれた文句とか色々ありますけど、今は取り敢えず誰か助けてあげてください!!

 

 

 結局練習を再開出来たのはそれから7分後でした。




あ、ありのまま今起こった事を話すぜ!?俺は今回の話で桜が英霊を召喚する場面まで書くつもりだったのに、気が付いたら弓道部の描写で9000文字以上使っていた…な、何を(ry

ってことで今回はここまでです。前回も今回も桜ちゃんの事情説明で地の文が膨れ上がり過ぎちまったぜ。

相変わらず無計画な小説ですが今後ともどうかよろしくお願いします。

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