温泉を満喫した二人は、明日も早い事もあり早々に睡眠の準備を済ませた。
「なんだか眠れませんね」
「こんなに何も考えずにはしゃいだのは久しぶりだからな……」
敷布団という文化はどうやらこの和風旅館には反映されなかったらしく、残念な事に雰囲気をぶち壊しているベッドが備え付けてある。
スバル自身は特に敷布団派ということも無く、こだわりもないので違和感さえ無視すれば大した問題では無い。
二つ並べてあるベッドの右側にスバルが寝転がる。
普段のメイド服とは違いふわりとした寝間着を身につけたレムは、隣のベッドに腰をかけた。
「この旅行は、凄くたくさんの人に迷惑をかけましたね」
レムが寝転がるスバルにつぶやく。
肘をつくようにしてスバルはレムの方に身体を向けて答えた。
「一部興味本位で来てる奴もいた気がするけどな」
「でも、レムやスバルくんのために来てくれた事には変わりありません」
「そう、だよな。普段から迷惑ばっかかけてるのにこんな時まで気にかけてくれてるんだから感謝しねぇと」
レムは、壁の向こうを眺めるように視線を壁に向けて呟く。
「姉様にはいつもいつもレムの事を見てもらっていて、感謝の言葉じゃ全然足りないです」
「俺としてはレムの方がしっかりしてるしむしろレムがラムを見てると思うけどな」
「レムはまだまだですから。いつだって姉様は凄いです」
レムの卑屈な、謙遜する性格は結婚しても尚変わらない。
自分を卑下する事で相手を立てる、レムのそんな自虐的な優しさは昔から今まで変わることは無い。
スバルはその優しさが好きで、変えるべき優しさであるとも思っている。
そんな生き方は損をする生き方だから。
レムという一人の女性に、もっと幸せになってもらいたいから。
「レムも……いや、レムは凄いんだぜ?」
「レムが、ですか?」
「だってラムより家事全般はもちろん、料理だって掃除だってできる」
「なんだか屋敷の頃を思い出します」
「それにーーラムにはいない、夫が、俺がいる」
「スバルくん……」
スバルは自分に似合わないキザな台詞にそこはかとない気持ち悪さを感じながらも、恐る恐るレムの様子を覗き見た。
レムは、この旅行で見せたたくさんの笑顔の中で、1番嬉しそうで、一番儚げな笑顔を浮かべていた。
抑えようとしているのに頬が緩んでしまう、そんな表情を浮かべて笑う。
「そう、ですね……レムには誰にでも誇る事が出来る人が居ます。だからレムは凄いんです」
「言いたい事と伝えたい事が一致してない気もしないが、レムが少しでも自信を持ててるならまぁいいか」
スバルはこんな男でも捕まえて離さないレムが、支えてくれるレムがどれだけすごいのかを伝えたかったのだが、根強く根付くレムの謙遜し過ぎる性格に阻まれてしまう。
だが、目の前で幸せそうに笑うレムを眺めながら思う。
急ぐ事は無いと。
何故ならこうしてレムは、スバルの隣に居てくれる。
ゆっくりでいい、焦ることは無いのだから、いつかレムが自信を持って自身を誇れる様になる事を目指していこう。
そうなった時にその自信の一つで居られるために。
英雄であろうとしたスバルは、その理由を無くして尚、レムにとっての英雄でありたいと思うのだ。
寝転がりながら、そんな事を考えているスバルに、何気なくレムが声をかける。
「スバルくん、そっちに行ってもいいですか?」
「ああ」
そんなことを考えていたからだろうか、スバルは何の考えもなくレムの質問に肯定する。
質問の内容が頭に入ってきた時には、既にレムが行動を起こしていた。
「れ、レム!?」
「スバルくんが驚かないでください!恥ずかしくなってきます……」
レムは寝転がるスバルの隣に寄り添う様にして横になった。
驚きで固まるスバルにレムは身体をより寄り添わせる。
「レム、まだそういうのは、俺達の立場は複雑だし!」
「スバルくん、勘違いし過ぎです!レムはただ隣で寝たかっただけです!スバルくん変態です」
「わ、悪い……ちょっとボーッとしてた」
スバルは、手にするまでに長かったこの幸せを、一度は失った幸せを取り戻す事が出来たのだと、この瞬間にようやく実感した。
何故かスバルの瞳からは涙が、溢れてきた。
「スバルくん?」
「悪い、ちょっと情けない所見せちまうかもしれない」
スバル本人も突然浮いてきた実感に困惑しているが、隣で急に涙を零したスバルを見たレムは、スバルよりも反応に困っている。
少し悩んだレムは、少しでもスバルの心の支えになれたらと、スバルの背中に手のひらを当て、マナの巡りに干渉する。
「レム……」
「スバルくんは頑張ってきたんですから、今くらい幸せを噛み締めてもいいんですよ。レムは、レムがその幸せであれたらそれ程嬉しいことはないです」
言葉にしていない筈なのに、スバルの気持ちがレムに伝わる。
それがマナを通じてなのか、レムのスバルへの愛情の深さ故なのかは分からない。
スバルは、その答えを頭の中で探しながら、程よく循環するマナの心地良さや、背中に感じるレムの温もりからか、眠りについていった。