ご注文は演劇ですか?   作:納豆チーズV

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※演劇④、演劇⑤と連続投稿気味なので、前の話を読了済みか確認してから読み始めていただけると幸いです。
 なお、本話でこの短編は終了となります。


演劇⑥

 始まりは、パーティに出たことが姉たちにばれて、シンデレラがいつも以上にきつい仕事を課されているところから。

 私が軽くナレーションを読み上げると、すぐにチノちゃんの演技へと場面が移る。

 

「お仕事がきついのもそうですが……なんだか今日は、いつもより体がだるいような……昨日の疲れが出てるんでしょうか」

 

 うぅー、演技でもチノちゃんが辛そうにしてるところを見ると私も辛い……いったい誰がこんなことを。

 えっと、シンデレラが王子さまと一緒に踊っているところを見た姉たちが嫉妬に狂ったからこんなに仕事を任されているわけで……はっ! つまりこれは私のせいっ!?

 

「うぬぐぁー! 私のばかー! チノちゃんになんてことさせてるのー!」

「落ちついてココア! あれはあんたのせいじゃないから! 演技だからーっ!」

 

 がんがんと床に頭を打ちつける私を、役割の都合上近くにいたシャロちゃんが、小声で叫ぶなんて器用なことをしながら引き離してくれる。

 あ、危ない危ない。そうだった、演技なんだよね。うぅ、でも……やっぱりチノちゃんが辛そうにしてるのはやだなぁ。手伝ってあげたい……。

 

「……はぁ」

 

 ふと、チノちゃんがしかたがなさそうにため息を吐いて、ちらりと私の方を向いたような気がした。まるで「私は大丈夫です。ココアさんはココアさんのやるべきことをやってください」とでも伝えるみたいに。

 こんな場面は脚本になかった。だから、チノちゃんが私のことを心配してやってくれたことに違いない。だったらお姉ちゃんたる私はその期待に応えないと!

 私が勢いよく首を縦に振ったことを確認すると、チノちゃんはどこか安心したように演技に戻った。

 

「あれ……なんだか、めまいが……」

 

 と、そこでチノちゃんがふらふらとその場に倒れて――。

 

「止めないで! チノちゃんを助けないと!」

「つい数秒前にチノちゃんに視線で励まされてたのはなんだったのよー! 出番までもう少しなんだから我慢しなさいっ!」

 

 思わず走り出そうとしていた私の腕を、わかっていたと言わんばかりにシャロちゃんが掴んでいた。演技だっていうのはわかってる、わかってるけど……チノちゃんが苦しそうにしてるところなんて黙って見てられないよー!

 

「ち、千夜! 次あんたの出番でしょ! 早く行って! い、今のココアはそんなに長く止めてられない……!」

「なら、魔女として私の魔法でシャロちゃんを助けてあげましょう。その代わりいずれ私に奉仕を……」

「役になり切るのはいいけど、自分の役割くらい自覚しなさい! 早く行ってってばー!」

 

 ふふ、と軽く笑うと、千夜ちゃんは私たちの隣を抜けてチノちゃんのもとへちょっとだけ急ぎ気味に足を進めていった。

 倒れ伏したチノちゃんの隣まで来ると、ものすごく悪そうな笑みをその顔に浮かべた。

 

「うふふふふ、シンデレラ。昨日ぶりね。覚えているかしら? あなたは言ったわよね。魔法の対価として、私に必ずお礼をしてくれると」

「あ、なたは……魔女、さん……?」

「ええ。これが私が貸し出した魔法の対価……あなたの魂を私は欲しましょう」

 

(今更ですけど、シンデレラってこんな話だったっけ)

 

 チノちゃんは一瞬だけ微妙そうな表情を浮かべたが、すぐにそれを振り払うように首を横に振ると、苦しそうにしながらも魔女を睨みつける演技に戻った。

 

「騙し、たん……ですか?」

「あら、人聞きの悪い。私は一つも嘘なんて言っていなくてよ? 私の魔法が未熟なことは確かだし……だからこそ、あなたの魂が欲しいのよ。更なる魔導の探求のために」

「あなたは……う、ぐぅ」

「そろそろ意識を保ってるのも辛くなってくる頃じゃない? 大丈夫よ。あなたが意識を失ってから、ゆっくりとその魂を貪ってあげる。うふふ」

「……ぅ」

 

 ばたんっ、とチノちゃんが完全に意識を失った風な演技をする。そんなチノちゃんに魔女こと千夜ちゃんが手を伸ばして――。

 

「シャロちゃん! もう出番だよ! 出番だから離してぇ! チノちゃんを助けないとぉー!」

「離すのはいいけど一旦落ちつきなさい! いい? 私たちはチノちゃんに仕事を押しつける、わるーい姉たちの役なんだからねっ?」

「そんなことわかってるよー!」

「絶対わかってない……でももう出番だし、あんまりチノちゃんたちを待たせるわけにも行かないし……ああもうっ、どうにでもなれ!」

 

 やっとシャロちゃんが私の腕を離してくれた。

 急いでチノちゃんのもとへ駆け寄ると、チノちゃんと千夜ちゃんの間に入るようにして、魔女の前に立ちふさがる。

 

「あら、あなたたち何者?」

「私はチノちゃん……じゃなかった、シンデレラの姉が一人、街の国際バリスタ弁護士ココア! そしてこっちは第二の姉、お嬢様風真実は貧乏節約コンパクト少女シャロちゃんだよ!」

「なにその肩書き!?」

「ふふっ、名乗られたからには名乗り返さないといけないわね。私は華やかな月夜に舞う戦国の使者、その名も千騎士(ナイトオブサウザンド)よ!」

「騎士なの!? 魔女じゃなくて!?」

 

(だ、だめよ。落ちつきなさい私っ。ココアと千夜が向き合ったら無限のボケ合い(アンリミテッドスチューピッドワークス)が展開されることなんてわかり切ってたことじゃない。私まで飲み込まれたら劇が成り立たなくなっちゃう……ここは私が間に入ってどうにかして誘導するのよ!)

 

「ま、魔女! あなたはいったい私たちの妹になにをしたと言うのっ? 正直に白状なさい!」

「なにをしたもなにも……私がその子になにか悪いことでもしたように見えたのかしら。むしろそれはあなたたちの方ではなくて?」

「それはどういう――」

「シャロちゃん、チノちゃん息してないよ!」

「してるからちゃんと測りなさい! あとチノちゃんじゃなくてシンデレラ!」

「あなたたちは日々そのシンデレラに多くの負担がかかるお仕事を課していた。シンデレラはきっとその過労で倒れただけじゃないかしら? だってそれ以外に原因なんて考えられないもの。悪いものを食べたわけでも深い傷を負ったわけでもない……過労以外だったら、それこそ魔法なんて非現実的なものしか想像できないでしょう?」

「それって、私たちに罪をなすりつける気……!?」

「うわぁーん! 私たちのせいでチノちゃんがぁー!」

「ココアは素直に信じないの! っていうか少しは真面目に演技なさい!」

「罪をなすりつけるだなんて、人聞きの悪い。あなたたちがシンデレラに多くの仕事を任せていたことは事実でしょうに。うふふ」

 

(あの二人を一人で相手にするのは大変すぎる……少し早いけど、もう私が出て行った方がいいか)

 

 最後の一人、リゼちゃんがかつかつと足音を鳴らして私たちの方に近づいてくる。私とシャロちゃん、千夜ちゃんの視線が自然とそちらへ向いた。

 

「先日私と踊ってくれた泡沫のような女性を探していれば……これはなんの騒ぎだ。あまり穏やかには見えないな」

「り、リゼせんぱ……じゃなくて、王子さま!? どうしてこんなところに……」

「あ、名前までオウジの人!」

「メタ発言はよせ!」

 

 驚いた演技をしたのはシャロちゃんと私だ。そしてこんな時でもツッコミを忘れないリゼちゃん、完璧な名演技だね!

 

「これはこれは王子さま。どうということはありません。ただ、そこの娘があまりの疲れに倒れてしまったのです」

「なに? って、この子は……シンデレラ? まさかこんなところで会えるとは……だが、疲れで倒れたとはどういうことだ」

「そこの姉たちは日々このシンデレラにいじわるを働いていたのです。昨日もそれはそれは多くを。それを一所懸命早々に片づけてパーティに顔を出すなんてことをしたせいで、過労で倒れてしまったのです」

「い、言いがかりよ! 私は見てたのよ! あなたがシンデレラに魂を要求するところを! おおかた昨日シンデレラに手を貸した代わりにシンデレラの命を奪うつもりなんでしょ!? だってあなたは魔女なんだから!」

 

 リゼちゃんこと王子さまは、魔女千夜ちゃんと姉の一人シャロちゃんの言いぶんを聞くと、ふむ、と顎に手を添えて唸った。

 

「……どちらが真実かは、起きたシンデレラに聞けばいい話だ。城に運ぼう。そこにならいい医者がいる」

「そうね。でも、本当にそれまでシンデレラは生きているのかしら」

「なに? 魔女、だったか。今のはどういうことだ。」

「どうもなにも、もしも魔法のせいなんだったりしたら、医者になんて見せても無駄でしょうし。それに、もうそんなに時間もないんじゃないかしら。ほら、どんどん呼吸が薄くなってる気がしなくもないかもしれないじゃない?」

 

 シャロちゃんが口を開きかけては、必死に我慢するように閉じていた。どっちよ、とでも言いかけたのだろう。

 

「ならば私はどうすれば……」

「うふふ、愛のあるキスなんてしてみたら目が覚めるなんじゃないかしら。ほら、王子さまのキスでお姫さまが目覚めるなんて定番でしょう? そんな奇跡、ありはしないと思うけれど」

「愛のある、キス?」

「たった一日、いえ、数十分やそこらの付き合いでしかないシンデレラを、本当に心の底から愛せているなんて思えないけれど、ね」

 

 脚本によると、意を決した王子さまがシンデレラにキスをして、本当に奇跡が起きてシンデレラが目覚める。その後呆然とする魔女を捕まえ、姉たちも手痛い目に合い、シンデレラは王子さまと結婚して幸せに……みたいな感じに書かれていた。もちろんキスは単なるふりである。

 でも、なんだろう。皆が一斉に演技に熱中してるせいで、私の頭にも熱が入っているせいかもしれない。なんだか本当にその物語に入っているような感覚で――気づいたら私は、素の思いのままに動いてしまっていた。

 

「……いや、あれこそがきっと一目惚れと言うに違いない。キスが目覚めの奇跡だというのなら、いいだろう。魔法があるのなら奇跡もきっとある。私はシンデレラに――」

「どこぞの馬の骨に大事な妹の唇を上げるなんて、お姉ちゃんは許しませんよ!」

「え? ココア? そんなセリフあったか……って、違う違う! んん、ん! いや、これは治療のためだ。いくらシンデレラの姉と言えど、命に関わることなんだ。私を止めないでくれ」

「そんな言いわけ通じないよ! 治療のためだなんて言って、身動きできないチノちゃんにはすはすぺろぺろってするつもりなんでしょっ? そういう人種がいるって学校で小耳に挟んだもん! そんな人に大事な妹は渡せません!」

「はすはすぺろぺろ!? 意味はわからんがなんかバカそうな響きだな!?」

「意味は確か、えっと……抱きついて匂いを嗅いだり舌でなめてみたり、だっけ?」

「それいつものココアじゃないか!」

「さすがの私もなめたりはしないよ!? と、とにかくチノちゃんはあなたみたいな人には渡せませんーっ!」

 

 もはや私だけじゃなくリゼちゃんさえも素が出てしまっていることにも気づかずに、言い合いはヒートアップしていく。

 

「それに! 愛のあるキスでシンデレラが目覚めるって言うなら、私が代わりにチノちゃんにキスをするよ! チノちゃんのためなら私……唇を捧げる覚悟だってあるからーっ!」

「いや待て早まるな! お前にはあってもたぶんチノにはない! ドン引きされるだけだ!」

「そんなことないよ! チノちゃんはウサギみたいにちっちゃい頃からお姉ちゃん子だったもん! 『ココアお姉ちゃん』、って甘えてきてくれたもんー!」

「演技のしすぎで記憶が書き換わってる!? ココアがこの街に来たのそんな昔じゃないし、そもそもシンデレラの姉もそんないいやつの役じゃなかっただろ!?」

 

(ち、千夜? これ……どうしたらいいのかしら。もう劇の練習どころじゃないし、止めた方が……)

(面白いから放っておきましょう?)

(あんたに相談した私がバカだった!)

 

 どこまでが演技でどこからが素の自分なのか。ここまでくると、私はもちろんリゼちゃんも境目が曖昧になっていた。

 わーきゃーぎゃーぎゃー、とリゼちゃんとボケとツッコミの連鎖が一〇連鎖を超えた辺りで、はぁ、と一際大きいため息が私たちの耳に届いた。

 ふと視線を向けると、チノちゃんが上半身を起こしている。

 

「こんなに騒がしいと、おとなしく眠っていれたものじゃありません」

「ち、チノちゃん……? 愛の力で起きた!」

「違います」

 

 チノちゃんは立ち上がると、私たちに近寄ってくる。

 

「王子さま、私を助けようとしてくれたみたいで感謝します。この通りです。ぺこり」

「え? あ、あぁ……れ、礼には及ばない。私はなにもしてないからな」

 

(げ、劇の練習は続けるのか。もうかなりめちゃくちゃな気がするんだが……というか今更だが、この劇、最後のこのシーンだけ白雪姫混ざってないか?)

 

「それで脚本によるとあなたは私に求婚をしたいみたいですが、すみませんが私には他にやりたいことが見つかったので無理です。すみません」

「あれ、今すごく自然にメタ発言入ったけどチノ演技中だよな!?」

 

 ものすごく軽い感じで王子さまの誘い――誘われてすらいなかったけど――を断ると、チノちゃんはくるりと私に正面から向き直った。

 

「チノちゃん、やりたいことってなにかな? お姉ちゃんとして私が全力でサポートしてあげるよ! なんでも言って!」

「そうですか。それは助かります。ちょうどココアさんに頼みたいことがそれだったので。では、これを。この桶を持って井戸に水を汲みに行って来てください」

「うぇ?」

「あと私のぶんのニンジンとアスパラはココアさんが食べてください。ついでにトマトジュースも上げます。おまけにピーマンも添えてあげましょう」

「ち、チノちゃん?」

「それから市場まで走ってきて買い物をしてきてください。タイムセールまで時間がないのでできるだけ早く。急がないと一五〇〇円以内に収まらないので早く行ってください」

「急に節約的に!」

 

 チノちゃんが私に言いつけるのは、全部姉としてシンデレラに押しつけていたお仕事だ。

 どこか突き放すような口調に、できるだけ笑顔を浮かべるようにして、おそるおそるチノちゃんの顔を窺ってみる。

 

「ち、チノちゃん……も、もしかして怒ってる? 私のせいで劇の練習が途中から変な風になっちゃったから……?」

「怒ってません。私はお姉ちゃん子らしいので、自分の姉に対して怒るなんてことはしません」

「そ、そうだよね! チノちゃんはお姉ちゃん子だもんね!」

「はい。お姉ちゃんはとても便利で、いつも私の仕事をすべて肩代わりしてくれました。実に使えます」

「道具扱い!? うぅー、やっぱり怒ってるぅ……ご、ごめんねチノちゃぁんっ、悪気はなかったのー」

 

 チノちゃんに泣きついてみても、そっぽを向いたまま許してくれそうにない。

 ここまで来ると、もう劇だとか演技だとか、そういうことは全部頭の中から抜け落ちていた。ただ、チノちゃんを怒らせてしまったことへの申しわけなさだけが溢れ出てくる。

 

「ココアさんは『シンデレラ』の姉役には恐ろしいほど向いてないです」

「な、なぁチノ、怒ってるって言っても、さすがにそれ以上は――」

「でも私も……『シンデレラ』は、一番向いてない役なのかもしれませんね」

「って、チノ?」

「チノ、ちゃん?」

 

 リゼちゃんがチノちゃんを止めようとしたが、チノちゃんが続きを言い始めると、名前を呟くだけで静止しようとすることをやめてしまった。私も同じだ。

 なんだかどこか嬉しそうな声音に思えて、呆然とチノちゃんの名前だけを口にしてしまった。

 

「ココアさんが妹にいじわるする姉の役なんて向いてるわけがありません。それから、姉にいじわるをされる『シンデレラ』の演技も、いつもミルクココア以上に甘い姉もどきがいる私には、うまくできそうもありませんね」

「姉じゃなくて姉もどきなの!?」

「……ココアさん。さっきはその、そっけない態度を取ってしまって、すみませんでした。えっと、その……」

 

 チノちゃんはどこか言いづらそうに、それでいてどこか恥ずかしそうにその頬が朱色に染まっていく。

 

「ココアさんたちはみんな楽しそうだったから早く起きて混ざりたかったのに、いつまで経っても私を起こそうとしてくれないココアさんが不満だったとか……そういうわけじゃないですので」

「え?」

 

 私が劇をめちゃくちゃにしちゃったから怒ってるんじゃなかったの?

 まじまじとチノちゃんを見つめていると、チノちゃんは私から表情を隠すように顔を伏せた。

 

「け、決して! ど、童話の中のキザで素敵な王子さまよりは、おっちょこちょいな姉もどきのココアさんの方がまだいいかもなんて思ったりとかはしてませんので! ……絶対、勘違いしないでくださいね」

「チノちゃん……! うん! チノちゃんの思いはじゅうぶん伝わったよ! チノちゃんが自分のことをどう思ってても、チノちゃんは紛れもない私にとっての『シンデレラ』だからね!」

「それはいったいどういう、わっ!?」

 

 がばぁっ、とチノちゃんをいつもラビットハウスでするみたいに抱きしめる。もふもふ、もふもふ。うぅーん、やっぱりチノちゃんのもふもふ具合は格別だなぁ。兎にも勝るとも劣らない、いやむしろそれ以上だよ!

 

「……はぁ。ココアさんは、どこでもいつでもココアさんですね。もしもココアさんが『シンデレラ』の姉だったなら、物語はどうなってたんでしょう」

「私がチノちゃんの姉だったら? それならもう叶ってるよ?」

「耳鼻科行った方がいいですよ」

 

 なんだかじとーっとした目線を向けられている気がするが、今の私はそんなことでは止められないのだ。いわば際限なくチノちゃんをもふもふするもふもふ永久機関……人類の叡智の結晶だよ!

 

「愚鈍の結晶では?」

「心を読まれた!?」

「口に出てました。あと、こんなことで人類を巻き込まないでください。ココアさん以外のすべての動物に失礼です」

「人間じゃなくて動物なの!? うぅー、チノちゃんがつめたーい。ここはもふもふして温もりを取り戻すしかないね! もふもふー!」

 

(いつもならこの辺で離してくれそうなものですが……)

 

「ふっふっふ、もふもふ永久機関はだてじゃないってことだよ! なにがあっても離さないからね、チノちゃん!」

「……ナチュラルに心を読まないでください」

「口に出てたよ?」

 

 すっかりいつも通りに戻った私たちの様子をしばらく認めると、リゼちゃんはほっとしたように息をつく。それから私とチノちゃんからそっと離れて、千夜ちゃんとシャロちゃんの方に近づいていった。

 

「あの二人……ちょっとひやひやしたけど、もうすっかり元通りだな」

「そうね。ココアちゃんがチノちゃんに勝てないのはそうだけど、チノちゃんも、なんだかんだココアちゃんが大好きだものね」

「千夜、それチノちゃん本人の前で言うのはやめなさいよ? 一蹴されるから」

 

(私からしてみれば、千夜とシャロも似たような感じに見えるけどな。シャロは否定しそうだけど)

 

「それにしても、さっきチノちゃんが言ってたこと、ちょっとだけ面白そうね」

「チノが? チノ、なにか言ってたか?」

「先輩、もしかしてあれのことじゃないでしょうか。ほら、ココアがシンデレラの姉だったらー、って」

「あぁ……それならちょっと想像してみるか? そうだなぁ、姉にいじわるされるどころか真逆のシンデレラが、パーティで王子に一目惚れされてー」

「ココアちゃんはシンデレラを王子さまに取られまいと隣国に亡命するのね。そして王子はシンデレラを求めて戦をしかけて、第三次世界大戦が……!」

「ココアのせいで戦争勃発!? っていうか第三次世界大戦っていつの時代よ!」

 

 なんだかリゼちゃんたちが面白そうな話をしてる。思わずチノちゃんを離して近寄りたくなってしまうが、だめだ! 私はもうもふもふ永久機関と化したのだ! チノちゃんから離れるわけにはいかない!

 そろそろチノちゃんが私を退けようとする手の力が本気と書いてマジの域に達しかけてきてる気がするけど、離れるわけにはいかない!

 

「第三次世界大戦はともかく、確かになかなか面白そうだ」

「そうですねぇ。今回のこれでココアにチノちゃんをいじめる演技なんて無理無謀ってことがわかりましたし、いっそのこと脚本自体そっちに変えられたりしたらうまくいったり、なんて。元々なんか最後の方が変だったし……」

「あ、それいいわねシャロちゃん」

 

 名案、と言わんばかりに千夜ちゃんがぽんと手を叩いているのが視界の端に映った。

 

「シャロちゃんの言う通り、ココアちゃんに焦点を据えた脚本に書き直してもらうのはどうかしら。それならココアちゃんも、チノちゃんだって今以上に楽しんで劇に取り組めると思うの」

「練習は今日が初めてだしな。変えるなら今しかないだろうけど……」

「それ、あの人の予定は大丈夫なの? 一応職業現役作家なんでしょ?」

「よくうちのお店(甘兎庵)にいらっしゃるから、その時にお願いしてみるわ。もちろん、少しでも迷惑になりそうなら取り下げる。でも、青山さんなら快く引き受けてくださると思うの。前々からココアちゃんが主役の本が書きたいっておっしゃってたから」

「そういうことなら私は概ね賛成だ」

「リゼ先輩っ?」

「このままじゃココアがあれだしな。それになにより、面白そうだ。シャロはどうだ?」

「私は……そうですね、リゼ先輩と同じ気持ちです。というか、今のココアを抑え続けられる自信がない……」

「ふふ、決まりね。それじゃああとはチノちゃんとココアちゃんにも聞いてみ……あらー」

「……はぁ。さっきまで仲直りしてたのに、またか」

 

 ちょっと調子に乗りすぎちゃったのかもしれない。つーんっ、とそっぽを向いて私に口を聞いてくれなくなったチノちゃんに、これまた涙目ですがりつく。

 しょぼくれた私を見て、一瞬だけチノちゃんの瞳が迷いに揺れたような気がしたが、すぐにぷいっと顔がそらされてしまう。うぅ、二回目だから簡単には許してもらえそうにないよぉ……。

 

「まったく、あの二人は……行くか、千夜。シャロ」

「千夜じゃないわ。ナイトオブサウザンドよ」

「……その設定、まだ続いてたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労さまー!」

 

 手紙を届けてくれた郵便屋さんを見送ると、私ことモカはお店の中へ急ぎ足で戻った。

 なにせこの手紙は大好きな妹、ココアからの贈り物。早く見たいと思うのは当然だ。

 

「それにしても、今回は封筒も一緒に届いたけど……いったいなにが入ってるのかしら」

 

 すぐに中身を確認したいところではあるけど、ココアの贈り物を粗雑に扱うわけにはいかない。はやる気持ちを抑え込んで、丁寧に封を剥がしていった。

 

「これは……えっと、こういうのってなんて言うんだっけ……確か、You es be(ゆーえすびー)めもりー?」

 

 これと一緒に『絶対読んでね!』って赤ペンで書かれたお手紙も一緒に入っていたから、すぐにそれにも目を通す。

 

「なになにー? 『私がチノちゃんたちと一緒にやった演劇だよ! お姉ちゃんたちにも見てほしくて動画にしちゃった!』かぁ。ふふっ、どんなお話なのか楽しみだなぁ」

 

 ココアのことだからはしゃぎすぎて演じることを忘れてしまわないか心配だ。けど、さすがにそこまで暴走しかけたらチノちゃんが抑止してくれるかな。

 

「それからそれから、『お姉ちゃんは機械が苦手なんだから、これはお母さんかお兄ちゃんたちと一緒に見るようにしてね! 絶対だよ!』って……ココア、私が昔のように機械音痴だと思ってるのね? ふふん、これくらい一人で扱えるわよ。見てなさいよココアー」

 

 見れないよー、なんて幻聴が聞こえた気がした。今は私以外おうちに誰もいない。

 なんだかんだで早くココアが送ってくれたこれを見てみたかった。ふんふんと鼻歌を歌いながら、このなんとかめもりを持っていく。

 

「えっと……確かここをこうして……あれ? こうだったかしら……うーん。まぁ、いっか! とりあえずたぶんこれで見れるはずね」

 

 と、ここでからんからんという音とともに「ただいまー」と声が届く。お母さんが帰ってきたみたいだ。

 

「おかえりー。お母さーん、見てみてー! ココアからのお手紙! 今日はチノちゃんたちと一緒にやったっていう演劇の動画が添えられてたの!」

「そうなの? それは楽しみだわ。それはそれとして……モカはテレビの裏に手を入れてなにをやってるの?」

「このなんとかめもりっていうのをさしてたの」

「……それ、主にはパソコンにさして使うものよ? テレビにはさせないと思うのだけど……」

「え?」

 

 一瞬、私とお母さんの間に沈黙が訪れる。気まずい空気が流れ出しそうになったところをなんとか「んん、ん!」と咳払いをすることで遮った。

 つ、使い方がちょっとだけ間違ってたみたいね。とりあえずテレビからめもりを抜かないと……あれ?

 

「あら……これじゃあもう使い物にならないわね。先端が欠けちゃってる」

 

 お母さんが私の手元を覗き込んで残念そうに呟くが、私の今の気持ちはそれ以上、いかそれ以下……。

 絶望のどん底に突き落とされたかのような衝撃に、膝をついて項垂れる。

 

「う……ううぅ、ココアぁ! ごめんねココアぁ! せっかくココアが送ってくれたものを壊しちゃったぁ……」

「あなたはあいかわらずあの子に弱いわね。よしよし、大丈夫よー」

 

 ――ちなみにその後、『お姉ちゃんのことだから最後まで読まずに、もしかしたら意地を張ってUSBメモリを壊しちゃったりするかもしれないから、念の為にお母さんの方にムービーメールも送っとくね』と手紙の最後に添えられていることを知って、ほっと安心したのは余談である。

 ココアに私の行動が完全に読まれていたということに、ぐむむと少しだけ悔しかったりしたのもの、ココアとチノちゃんが主役の演劇が破天荒で面白おかしくて、数日間何度もお母さんにムービーメールを再生し直してもらったことも、余談である。

 




8/27に五巻が発売なので買いましょう。キャタクターソングソロシリーズも早期購入特典がありますし全員分予約しましょう。まんがタイムきららMAX購読しましょう。

改めて、最後まで読んでいただきありがとうございましたm(_ _ m)

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