ご注文は演劇ですか?   作:納豆チーズV

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千夜「前回、この話は四話構成と言ったわよね? あれはまやかしよ。この話は六話構成なの」
シャロ「五はどこにいったの?」

※思っていたより文字数が多くなったため以下略。


演劇④

「チノちゃん可愛いー!」

 

 衣装を着替えて戻ってきたチノちゃんを見て、私の目はきらきらと輝いた。

 ちなみにシャロちゃんとあんこは戻ってきている。今はあんこは千夜ちゃんの腕の中に収まってるけど、その視線はじーっとシャロちゃんを見つめたまま。シャロちゃんはそれを気にしないふりをしながらも、じりじりとリゼちゃんの後ろに隠れたりしている。

 

「そうね。ココアちゃんの言う通り、とっても似合ってるわ」

「……そう言っていただけるのは嬉しいんですが……」

 

 チノちゃんはひどく微妙な表情で自分の格好を見下ろす。

 

「……なんでドレス代わりがサンタのコスプレ」

 

 帽子を取ったサンタさんのコスプレ。それが今のチノちゃんの格好だ。

 どこか物言いたげなチノちゃんの目線に、てへへ、と私は頭をかいた。

 

「だってドレスっぽい衣装ってそれしかなかったから」

 

 これ以外となると、残るのはバニーとか怪盗ラパンの衣装。バニーよりはサンタさんの方がまだドレスっぽいし、怪盗ラパンはなんというか、シンデレラみたいな可憐な感じのお姫さまというイメージとは少し違う気がする。

 

「でも、チノちゃんのお父さんに聞けば、お母さんが着てたドレスとか、もしかしたらあったかもしれないね。今日家に帰ったら聞いてみよっか?」

「それには及びません。そもそもサイズが合わないでしょうし……サンタ服が意外だったのは本心ですが、これはこれで悪くないですから」

 

 くるり、とチノちゃんがその場で回転する。サンタ服がドレスっぽいことや、チノちゃんの長い髪が動きを追うように宙を舞うものだから、思わず「おぉ」と声を出してしまった。

 

「うんうん、やっぱりチノちゃんは可愛いなー。髪が長いとなんていうかこう、いろんな動きが優雅に見えるよね」

「あー、それは私もわかる気がするわ」

 

 私に同意したのは、私と同じくそこまで髪を長く伸ばしていないシャロちゃんだ。

 

「リゼ先輩が他の人と同じ動きをしてても、リゼ先輩の方がなんだか綺麗に見えるし。千夜もまぁ、黙っておとなしくしてれば大和撫子の和風美人に見えるし」

「本当? シャロちゃんにそう言ってもらえると嬉しいわ。今度ちょっとだけあんこと性格を交換でもしてみようかしら」

「はぁ。そんなことできるわけないでしょ」

「あ、でも、そうなったら私、シャロちゃんを見かけたらすぐ飛びかかるようにならないといけないわね。あんこが私になるんだから」

「うぇっ!? うぅ……で、でも、ウサギに襲いかかられるよりはマシ……かも?」

「それからもし私がウサギになったら、シャロちゃんに近づいたらシャロちゃんが怯えるのが楽しくて、毎日でも近づいていきそうね」

「状況悪化してない!?」

 

 頭でもぶつけ合ったら精神を交換できるかも? と、千夜ちゃんは腕に抱いているあんこと額をひっつけ合う。そこに「やめてぇー!」とシャロちゃんが突っ込んでいっては、千夜ちゃんの腕から飛び出したあんこに逆に飛びかかられていた。頭に。

 

「ねぇチノちゃん。もし私がチノちゃんみたいに髪が長かったら、もっとお姉ちゃんっぽく見えたかな」

「ココアさんの髪が長かったら、ですか? 別に今となんにも変わらないと思いますよ。ココアさんですし」

「謎の信頼感! でも、今となんにも変わらないってことは、チノちゃんのお姉ちゃんっぽく見えるってことだよねっ?」

「謎の自負心ですね。なんで姉っぽく見えてること前提なんですか。ココアさんの髪が長くたって、きっと今みたいにどっちが姉なのかわからないとか言われるに決まってます」

「まぁ、ココアだしな」

「リゼちゃんまでぇー」

「というか、姉っぽく見えるかどうかっていうなら、髪よりもむしろ身長の方が重要なんじゃないか?」

「それなら私の方がチノちゃんより身長高いよ! これは私の方がお姉ちゃんっぽいって証明だね!」

「あぁ、やっぱり今のなし。年上っぽいとかならともかく、姉っぽいとかだとちょっと違うな。そういうのはたぶん髪も身長も関係ない。内面の問題だ」

「私の精神まだ中学校から卒業してないの!? うぅー。で、でも、それならチノちゃんと同じ中学校に通っても平気だよね? なんたって心は中学生だもん!」

「高校生なので無理です。体は」

「心は幼いのにー!」

 

 チノちゃんの本当のお姉ちゃんになる道のゴールはまだまだ遠いってことだね……でも絶対に諦めたりしないよ! いつか絶対、正気のチノちゃんにもう一度「ココアお姉ちゃん」って言ってもらえるまで!

 そのためにはまずこの演劇を思い切り楽しんで、同じくらいチノちゃんにも楽しんでもらうことが重要に違いない。

 私はそう結論づけると、気持ちを切り替えて、ぱんぱんと手を叩いて皆の注目を集めた。

 

「みんなー! そろそろ練習再開しよー!」

 

 この休憩前には、魔女がシンデレラに魔法をかけたところまで練習した。今からはその続き、シンデレラの服が魔法によって様変わりしてからの場面だ。

 千夜ちゃんがあんこを腕の中に抱き上げたのを見て、チノちゃんが頷く。

 

「千夜さん。準備はできています」

「わかったわ。それじゃ……ん、んん! ……ならば私が魔法を授けてあげましょう。はい、うさぎうさぎぴょん!」

 

 服が変わる魔法がかけられた直後のシーン。チノちゃんは千夜ちゃんの言葉としぐさを受け、自分の服が突然変わったようなことを想定した、目を見開いて自分の体を見下ろす演技を取る。

 ちなみに、今はもうすでに着替えてしまっているが、当日はシャロちゃんが考えてくれた通り、その場ですぐに続けられるようにすることになっている。

 

「こ、これは……? とても素敵なドレスです。いったいどこから……それに、いつの間に」

「これも魔法よ。うふふ、これで少しは信じてもらえたかしら」

「……はい。本当にあなたは魔女さんなんですね。それも、私一人のためにいろいろしてくれる、とっても優しい魔女さんです」

「喜んでもらえたようでなによりだわ。さて……仕事がどうにかなるめどがついて、ドレスについてもどうにかなった。それじゃあ、あとはなにをするべきかわかるでしょう?」

「はい! 私、パーティに参加してきます!」

 

 本当ならここで魔法を使ってウサギの馬車でも出すシーンを入れたかったけれど、さすがにそれほどのものとなると似たものさえ用意することが難しい。見てくれる人の想像にお任せするしかなくなる。

 大道具が使えない以上、無駄な演出は避けるべきだということでぼつになった。ちょっと残念。ウサギの馬車、一回くらい乗ってみたかったなぁ……あれ?

 ウサギの……馬車? ウサギなのに馬車? うん? 馬車って馬に車って書くよね。でもやろうとしてたのはウサギの……あれ? あれれ?

 

「ん、ココア、どうかしたか? チノと千夜の演技になにか気になることでもあったか?」

「あ、ううん! なんでもないよ! ちょっと考えごとしてただけだから」

「そうか? 少しでも気になることがあったら言ってくれよ。ごっこ遊び程度のものとは言え、見てくれる人もいるんだ。やるからには一所懸命がんばっていきたいからな」

「もちろんだよ! リゼちゃんも私や千夜ちゃんにどんどんツッコミいれてっていいからね」

「そもそもぼけるな……」

 

 リゼちゃんとしゃべるのもほどほどに、チノちゃんと千夜ちゃんの演技の鑑賞に戻る。

 

「あぁ、そうそう。一つだけ注意しておくことがあったのよ。私も万能じゃなくってね、実はその魔法、午前0時の鐘の音からしばらくすると解けちゃうようになってるの。だから、できることなら鐘の音が鳴ったらすぐに帰ってきた方がいいと思うわ」

「はい、わかりました」

「ごめんなさいね。中途半端で不完全な魔法で。私もまだまだ修行不足みたいだから」

「いえ、じゅうぶんです。このお礼はいつか必ずさせていただきます。私にできることならなんでも。魔法を使える魔女さんに、私みたいな凡人ができることなんてないかもしれませんが……」

「そんなことはないわ。ふふふ、約束よ。いずれ必ず……あなたには、私へ奉仕をしてもらう」

「はい。約束です」

「いい返事だわ。ほら、早く行きなさい? 午前0時までしか魔法は続かないんだから」

「はい!」

 

 ここで魔女のもとからシンデレラが走り去っていって、魔女がその方向を見つめたまま意味深に一人で笑うことで、このシーンは終了だ。

 

「よし! ここで一旦区切りだ。チノも千夜もお疲れ」

「二人ともすっごくうまい演技だったよー」

「ありがとうございます。」

「そうねー。チノちゃんはもちろん、千夜にしては近年稀に見るくらい真面目にやってたわ」

「そうよね、やっぱりもうちょっとぼけた方がいいわよね。気が合うわね、シャロちゃん」

「まったく合ってないけど」

 

 次はついにリゼちゃんこと、王子さまの初登場シーンだ。

 チノちゃんがシンデレラ役に決まって、本当は私が王子さま役をやりたかった。けど、じゃんけんが……じゃんけんが……!

 

『ふっ、リゼちゃん。悪いけど、今回ばかりは負けられないよ!』

 

(ココアから今までにないくらいの、殺気にも似た威圧感が……まるで歴戦の傭兵のようだ。油断できない。今のココアは、間違いなく手強い!)

 

『いいだろう、受けて立つ。来い! ココア!』

『いっくよー! じゃん、けんっ! ほわたぁっ!』

『はぁあっ!』

 

(暑苦しい……)

(なんで二人ともポーズを取りながら手を出すのかしら)

(リゼ先輩、かっこいい!)

 

『ぐ、ぐはぁっ!? まさかのグー!? ま……負けた……? こ、この私が……こんなあっさり、一度のあいこもなしに……?』

『悪いな、ココア。戦場は常に非情なんだ』

 

 ――ということがあったのだ。

 私としては一〇回以上のあいこという壮絶な激闘の果てに決着がつくことを想定していたのだけど、その実、勝負は一瞬。あの時はまさしく絶望感に膝をついて立ち上がれなくなるほど悔しかった。

 それでその後、シンデレラのお姉ちゃん役にシャロちゃんと一緒にあてがわれて、棚からお皿が落ちて割れそうになっちゃうくらい狂喜乱舞した。そしてチノちゃんに怒られた。

 ちなみにあいこが一〇回以上続く確率は、1/(ごまんきゅうせん)59049(よんじゅうきゅうぶんのいち)以下だったりする。

 

「ココアちゃーん。次、そろそろ始めるわよー」

「あ、うん! 頑張ってね、チノちゃん、リゼちゃん」

 

 千夜ちゃんの隣に並ぶと、シャロちゃんが私の横に移動してくる。千夜ちゃんは腕の中にあんこを抱えているから、あんまり近づきたくないらしい。

 

「リゼちゃんは軍服のコスプレね。なんだかすごくそれっぽい」

「他の衣装はかっこいいよりも可愛いって感じだから、王子さまっていう役にはちょっと向いてなさそうだったもんね。あの服ならリゼちゃん自身にも似合うし、もしかしたら私たちの中で一番役に合ってるのかも」

「当然よ。リゼ先輩だもの」

 

 千夜ちゃんとリゼちゃんのことについて褒めてると、なぜかシャロちゃんが得意気に胸を張った。

 次のシチュエーションは、シンデレラがパーティに到着したところからだ。そこでシンデレラはリゼちゃんこと王子さまに出会い、王子さまはシンデレラに一目惚れをする。

 改めて脚本を見直して、チノちゃんとリゼちゃんが準備万端なことを確認すると、私は皆に見せつけるように片腕を上げた。

 その手は三本の指を立てている。

 

「それじゃあ三秒前ー! さーん、にーぃ、いーっちっ!」


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