魔法使いってなんですか?   作:次郎鉄拳

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前回までの御話
遊佐鳴子は親友にお怒りのようです


読心アイドルは苦労する

私立グリモワール魔法学園には様々なところから様々な魔法を持った生徒が入学している。

そしてその生徒の中では、一般人たちと共に世間で活動する特殊な生徒も存在している。

その中でも有名なのが【皇絢香】、【鳴海純】という少女たち。

彼女達はアイドルとして活動していて、売れっ子でもあるために学内学外総じての認知度はとても高い。

しかし、その反面売れ過ぎているが故に、本文である学業にはほとんど専念できない形となっているのだ。

 

そんな人気アイドル学生魔法少女の片割れである皇絢香は、久々の登校をしていた。

彼女の魔法使いとしての特性は『他者の心が聞こえる』というもの。

彼女の姿を見初めた生徒たちの驚愕たる内心が次々に耳に流れてきたことで、少しだけ気をよくした絢香。

 

――今回は絶対にボロを出さないわよ。

 

前回登校した際に、【転校生君】に気付かず自身の素を露出してしまった彼女は、二度とそんなミスを犯すまいと決意を新たに誓う。

 

――アイツを呼び出して後で確認しておかないと、ないとは思うけどどこかに話されてたら困るし!

 

ついでに、自身の素を知っている転校生君に対して再度の口止めを行うことを、彼女は誓った。

 

 

 

***

 

 

 

昼、絢香は一人歩きながら辟易としていた。

それもそうだ、珍しく登校してきた有名アイドルを一目拝もうと、あわよくば友達になろうと、お近づきになろうという心もちで近づいてくる生徒、教員たちをあしらい続けたのだから、その疲労のほどはうかがえる。

 

 

「あー、まったく……心の声がダダ漏れなの気付いてないのかなぁ……気付いてるわけないか」

 

 

素直に自分に対しての応援をしてくれる人たちは、アイドルである彼女にとって何よりも大事な存在だ。

しかしながら邪な目的を持つ者や、『アイドルと友達』というステータスだけにこだわる輩に近づかれることはとても好ましくない。

彼女は他人の心、その言葉が聞こえるだけあって、そういうものに対して強く敏感なのだ。

 

 

「ほんっと、さっきの男子とかありえないっつーの。欲望というかゲスな妄想まで聞かせてさぁ、うぇぇ……鳥肌立ってるぅ……」

 

 

有名税というのか、なんというのか。

しかしそれでも自分をネタにした他人からの妄想を延々と聞かされるのはいい気分であるはずがない。

それも純粋に『一緒にこういうことしてみたい』とかいうような健全なものならともかく、テレビ番組も真っ青な規制待ったなしの欲望を聴かせられるとなれば、絢香の苦労や心労はきっとわかってもらえることだろう。

 

しかし、皇絢香という人物はアイドルだ。

アイドルであるならば他者の前では夢を与え続けなければならない、というのが彼女の信条。

他人の前で素を見せないようにふるまうのも、転校生君に対して強く口止めをしたのも、ただ自分の地位と言う利己的なものにこだわっているのではなく、自身の『アイドルとしての周りからの夢』を第一に考えてのこと。

だからこそ、そのような妄想を聴かせられたとしても、彼女は笑顔を浮かべ続ける。

 

 

「……ふぅ、さすがにここまで来れば誰もいないよね?」

 

 

学校でもあまり人の来ないことで定評のあるスペース、そこまでやってきた絢香はようやく深く息をつき、肩の力を抜く。

悲しきかな、彼女の耳にはたった一人、内心だけ喧しいあの男の声が聞こえてくるので、すぐにその希望的観測は外れてしまうのだが。

 

 

(しかしどうしたもんかなぁ……友達できねぇし、怖がられるから話しかけられねぇし、カオルコ=サンは邪神召喚できそうだし、アズアズにはなんか観察されるようになったというか……監視? されてるしなぁ……メイコに相談しても『自分の胸に聞いてみなよ』とかいってそっけなくされるし、転木君は女のことずっとイチャイチャしてるしさぁ!)

「!? だれ……?」

 

 

いつもの口と心がかみ合わないモノローグを独り続ける男――礼司の内心に絢香は警戒を強める。

この声の主は何処にいるのか、そもそもこの声の主は誰なのか。

生憎と、絢香が前回登校したとき彼はまだグリモアにいなかったのだから、彼女が礼司を知らなくても仕方はないだろう。

 

 

「どこなの……?」

(そういや今日はまた別の子と一緒にいたなぁ。あのピンク髪の子、人がめちゃ集まってたけどなんだろ、訳ありな子なのかな)

「っ!?」

(というかあの子人込み苦手なのかな、結構話しかけられてる時の顔が引きつってたけど……皆なんで気付かなかったんだろうなぁ)

 

 

――彼は私のことを知らないの!?

 

グリモアの中で皇絢香を知らない人はごく一部、知らなかったとしても名前くらいは知っているので、全く知らないのは本当にレアケースを通り越してモグリだ。

つい最近覚醒したというなら、テレビや街頭などでよく出ているのだからそれこそ知らないはずがない。

彼は一体何者なのか、絢香のなかでさらに礼司に対する警戒心が強まっていく。

 

だが、それと同時に彼女は『よく見てるな』と礼司のことを評した。

周りの生徒たちは皆『アイドルと会話している』というイベントに興奮していたし、自分はそんな周りに応えようとアイドルらしく振る舞っていたつもりだった。

しかし礼司はその自分の些細な表情の動きを見ていたというのだから、観察力はとてもあるのだろうと判断できる。

 

 

(ってか何だよぉ、ほんとこの世界の娯楽わけわかんねぇよぉ……魔法少女もの全部ないじゃんか、プリヤとかまどマギとかリリなのとかカードキャプチャーとかさぁ……)

 

 

――この世界?

 

 

(逆行、タイムトラベルものも全部ないじゃん。僕街、シュタゲ、リゼロ、恋姫とかとか……それと謎生命体とのバトルものとかも全部シャット……残ってるのってなんだ、本当に山オチない日常平和作品くらいじゃねぇの? ありえねーわ、俺元の世界に超帰りたいわー、早く鳴斗とコミケ行かなきゃならんのだけど――てかもうコミケ終わってそうだけどさ)

 

 

絢香には全く、見当がつかないほどに意味不明な言葉が羅列される、礼司の心の声。

さらっと、さりげなく、とんでもなく重大なことをのたまっているのだが、羅列された謎の言葉に思考を置き去りにした絢香には気付けない。

呆れとも、困惑とも取れる表情を浮かべながら絢香は自身の近くにある大きな木にもたれかかった。

 

 

(……? 誰かいるのか、今風もないのに木が少し揺れたな……)

 

「っ、上かぁ!」

「!? ……君は?」

 

(さっきのピンク髪の子!? なんでここに――は別に良いか、しかしなんで俺の場所がわかったんだ!?)

 

 

木から飛び降りてきた礼司を見て絢香は思う、『なんだこいつの口と心の言葉量の差は』と。

彼の口で語る言葉と、彼の心が語る言葉では大きく量が違う。

そして彼の顔はガラの悪いというか、厳ついというのか、確かに怖がられても仕方のないようなもの。

まぁ、先ほどの内心からして実はだいぶ愉快なのだろうとは絢香でさえも容易に想像がつくのだが。

 

それと共に絢香は彼の内心による質問には一切反応しないことを選んだ。

反応してしまっては色々と手遅れになる――そんな気がしてやまないのだから。

 

 

「私は皇絢香、見たことないかな? アイドルもやってるんだけど……」

「アイドル……?」

 

(何!? 学校に通うアイドルとはスクールアイドルのことではないのか!? あ、違いますよね知ってた。 つーかなるほど、さっき生徒教師入り乱れて集まってたのはそういうことか、きっと彼女は六年前はまだランドセル背負っていた強面口下手Pに『笑顔です』とかスカウトされたんだねわかるよ! でも俺は君のこと知らないんだどう答えたら傷つけ無くていいかな!)

 

「まるで意味がわからないし、どう答えても結果同じじゃない」

 

(何が!? まさか心を読まれたっていうのか! 最近やたらとメイコに読まれるようになってきたが、俺の内心って結構読みやすいのか!?)

 

 

――しまった。

彼が長々と語った意味不明な羅列に思わずツッコミを入れてしまった絢香は自身の失態にたいして頭を抱えたくなった。

しかし、彼の言葉の羅列には一言突っ込んでいないと付き合っていられない。

なんというか、今まで自分に関わってきた人たちとは遥かに次元が違うからだ。

 

 

「……私はね、他人の心の声が聞こえるの」

「……そうか」

 

(やっべーよ、マジやっべーよ。つまり俺が木の上にいることがわかったのってそういうことでしょ、聞こえるってことは今考えてること丸々筒抜け?)

 

「そう、筒抜けなのよ」

 

 

突如、礼司の身体がガタガタと震えだす。

先ほどから垂れ流していた意味不明な言葉の羅列が原因なのだろうか、顔は若干ながら青ざめ始め、冷や汗らしきものが頬に流れている。

 

 

「……まずいな」

 

(皇さん、あの、ほんとさっき話してたこと聴かなかったことにしてもらえませんかね、あの、ほんとまずいんです。これ知られたら俺今度こそKillられちゃうのぉ!)

 

「さっきのって……ああ、シュタゲがどうこう、リリなのがどうこうってものでしょ?」

「ああ……」

 

(そうなんですよ、あの、ほんと好き勝手言ったことは謝りますし、何でもするので聞き逃してもらえませんかね? ねぇ!)

 

 

絢香は感じた。

 

――私と口でしゃべる必要なくない?

 

彼の懇願とか、悲痛な叫びの中身ではなく、彼女は今目の前の青年との会話で彼がしゃべる意義についてのほうを重視して考えた。

 

 

「おい」

 

(……あのー、皇さん?)

 

「……ねぇ、あなたってさ、内心で会話できているんだから、しゃべらなくていいと思うんだけど」

「……そうか」

 

(そうだよね、俺の口調気持ち悪いよね、口下手だって言っても限度あるよね皇さんほんとごめんね)

 

「勝手に自己完結するな。違うわよ、貴方と口で会話していると、心の声とのギャップがおかしくて、私も笑いこらえるの大変なんだから」

 

 

事実、絢香の頬は何かをこらえるようにヒクヒクと動いている。

こらえきれない笑いが空気となって漏れるほどなのだから、きっと彼の対人っぷりがツボなのだろう。

 

 

(そういうことなら……あと、皇さんって結構素はサバサバしているんだねぇ)

 

「あなたも黙ってほしかったら、そういうこと言いふらさないようにね」

 

(そうはいっても……そもそも話す相手がいないっていうか……)

 

「……ゴメン、無神経だったね」

 

(網在礼司です)

 

「はい?」

 

(俺の名前、まだ自己紹介してなかったから)

 

「……そう、よろしく網在君。今度お近づきのしるしにCD貸してあげるから、ちゃんと聴いてね」

 

(わかった、ごめんね。今まで君のこと知らなくて)

 

「気にしないわよ、これから知ってくれればいいもの」

 

 

 

その後、礼司の対人力のなさを他の生徒との会話で彼女は把握。

その上一人で昼食も取っている話を聞いてしまっては流石にほおっておけないと、絢香は奮起した。

 

後日、絢香に誘われて多くの生徒と一緒に昼食を取る礼司の姿が確認されるようになるのだが、それはまた別の話である。

 





グリモワールパーソナル

・皇絢香
文字通り【心を読める】アイドル。
その特性によってアイドル活動自体は割と順風満帆。
学園生活は一人のうるさい奴によって色々と面倒なことに巻き込まれるようになるとか。

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