天風のゼダ   作:アルファるふぁ/保利滝良

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Bパート

 

「さーて、まず…何から話すかな。

俺は今21なんだが、それまで色々あったんだよ。まず、母親は俺が物心ついたときにはいなかった。肺炎らしい。たぶん、死ぬほど酷かったんだろうな。

だから親父には男手一つで育ててもらったんだけど、俺も親父も飯なんか作れなかったから、毎日レトルトとか冷凍食品とかコンビニ弁当だった。

月に一度外食に連れてって貰ったんだけど、回転寿司とかファミレスばっかりでさ。高い店なんか夢のまた夢だった。

昔から勉強も運動も苦手で…小学校ではそこそこ頑張ってたんだが、中学校になってからは成績が落ちまくって、学年最下位だった。

まあ高校には無理して入学できたんだよ、それですっげえ頭の良い友達ができて、その友達に勉強教えてもらったりしてさ。そいつはなんでもできるすげえ奴でさ、文武両道って言うのかな。とにかくその友達のおかげで留年せずに高校を卒業できた。

だけど大学はダメだったな。友達は別のところ行っちまって、俺一人で何ができるでもなくさ。二年も留年した。

んで、学費とか生活費とかを無理して働きまくって稼いでた親父がな、突然ぶっ倒れちまって。そのまま墓の下だ。

両親共に葬式なんか上げてやれなかった。金がなかったんだ。後に残ったのはでっかい借金だけ。

親父がな、親父の友達から沢山金を借りて俺を大学に行かせてくれたんだよ。俺がその借金踏み倒したら、その親父の友達の家族はどうなる?

どっちにしろ学費は払えねえ、大学は辞めるしかなかった。

借金もあるし生活もあるから、働かなきゃいけなくなって。死ぬ気で就職先探して、今年ようやく入った。

まあキッツイ会社だったよ。休みはねえしサビ残当たり前だし上司はしょっちゅう説教してくるし給料も手取り十三万でさ。

でもやっと見付けた働き先だったんだ。頑張って稼がなきゃって思ったんだ。

それももう無くなっちまったけどさ。まさかいきなり敵性金属体が出てくるなんて、本当思ってもみなかった。

ぶっ潰されてたよ。この先の場所でさ、瓦礫になってたんだ。俺の働き先。

ついでに住んでるアパートもな、レーザーっていうのか?あれに真っ二つさ。

ここにあるリュックサックが俺の全財産だ。他にはもうなーんにも残っちゃいねえ。

だけど俺はまだ生きてる。命は残ってるんだ。だからまだ終わってない。やれることはまだあるはずなんだ。

だから俺は、頑張ろうと思ってる。やれることを探すために。

ごっそさん、ラーメン美味かったぜオッサン。」

 

 

 

 

 

 

話し終わった頃には、ラーメンのスープからは湯気が消えていた。そして、屋台の主人の顔からは笑顔が消えていた。

「おいおい、なんだよ、そう…マジな顔して。」

「いや。アンタ、かなり苦労したんだな。」 

禿頭をぴしゃりと叩いて笑顔を戻す。主人は轟の丼に煮卵を入れた。

同情的な視線で客を見る。興味本意だったとはいえ、客に辛い気持ちを思い起こさせたせめてもの詫びのつもりであった。

「サービスだ。食ってきな」

「…ああ、ありがとな。オッサン。」

轟は一口で頬張った。

 

 

 

 

 

 

 

デスクの上に資料が放られる。写真だ。敵性金属体に襲われた津市を上から撮った画像。

放ったのは元田。他に人がいないとはいえ資料を雑に扱うのは、山積みの作業のせいで昼食を食い逃し、やや荒れていたからである。

そういえばあの襲撃以降一睡もしていない。そうヤワな鍛え方はしていないが、休憩を挟まないとそろそろ重大なミスを起こしそうである。

「これを終わらせて少し休むか…」

そう呟いた時、ノックと女の声が聞こえた。

「美濃田です、コーヒーを持ってきました。いかがでしょうか?」

美濃田とは、戦闘オペレーター美濃田薫子のことだ。この場合のオペレーターとは無線通信によりで行動人員に作戦状況や行動指示を伝達する役職のこと。そして戦闘オペレーターとは文字どおり、戦闘員に指示を出す役職なのである。

それは逆に、戦闘以外の場面では途端に仕事がなくなることを意味する。世界最大規模の軍事組織であるIGFは資金が潤沢であるので、たまにこのように人員や物資が余分になってしまう場面が存在する。美濃田がコーヒー片手に副司令室を訪れたのも、暇に耐えかねての行動であろうか。

「ああ、入ってくれ。こぼさないように注意してな。」

無下に断る理由もないので、元田は入室を許可する。

「はい、失礼します。」

一瞬の静寂の後、ドアが開いて人懐っこそうな顔が現れた。美濃田である。髪を後ろに纏めており、両手にはマグカップが乗ったお盆がある。

気の利くことにシュガースティックとミルクの入ったカップ容器と、ついでにティースプーンもある。

「わざわざすまないな。」

「いいえ、副司令が長時間作業していることはみんな知っています。今は少しだけでも休憩を…」

心配そうに見る美濃田に元田は笑った。

「私はまだ休めないんだ。これを見てくれ」

差し出された写真を見て美濃田は絶句した。それは津市の空撮写真であったが、甚大な被害が描かれている。東部はほぼ更地になり、西部も所々瓦礫の山と化していた。

敵性金属体の仕業である。

「こんなに…」

しかし今更大きく驚くこともできない。美濃田は戦闘オペレーターなのだ。被害に対していちいちオーバーリアクションをとっていたら、色々と保たない。

しかしそれでも、市街地における敵性金属体の被害はすさまじいものであった。

「避難先の指定や救助部隊の派遣等の、差し当たって急務となる仕事はだいたい終わったが…まだ津市の被災者の人数確認や被災地の瓦礫撤去とかいった事後処理は始まってばかりだ。それらの指示を済ませなければいけない。それに…」

「それに、どうしたんですか?」

元田は真顔で続けた。

「IGF日本支部の戦力が足りない。特に速効性の高い航空戦力が壊滅している今、次に敵性金属体が現れたら後手を取らざるを得ないんだ。」

「そんな…」

元田の言葉は、暗にこう言っていた。次日本に敵が現れたら、長時間野放しにする他なく、被害は爆発的に増加してしまう。

下手したら、津市の何倍もの被害が出るのだ。

陸奥島の戦いは、それほどまでに大きな影を落としている。あの時の敗北の傷が癒えぬまま戦いが進められている。

「私が休んでいては、日本支部の動きが止まってしまうんだ。」

元田はコーヒーをブラックのまま啜った。黒い液体が喉を通る。今の元田に、苦味とカフェインでは効き目が弱い。

「働かなくては…」

美濃田も元田も、神妙な面持ちであった。あまりにも絶望的な状況は、二人の間に肌寒い空間を作り上げる。

下っ端の自分の想像以上に悲惨な現状を知り、美濃田は改めて今の人類がどのような試練に立ち向かっているかを実感する。

「ごちそうさま。少し落ち着いたよ」

コーヒーを飲み終え、元田は美濃田の持って来た盆の上にマグカップを置いた。

「安心してくれ美濃田君。私が全力で今の状況を打開してみせる。絶望してはいけない。」

元田は姿勢を正し、執務デスクの前で胸を張って見せる。そこには、この人ならなんとかしてくれるという、安心感を与える凄みがあった。

指揮官たるもの、部下を絶望させて作業能率を悪くさせるのは不味い。古今東西において士気というのは重要な要素だ。

元田のフォローは上手く言ったようで、美濃田は表情を明るくした。

「は、はいっ。失礼しました!」

お盆を持って美濃田が部屋を出る。ドアの前でペコリと一礼するのを忘れないあたり、彼女の人柄がうかがえた。

ドアが閉まる音を聞いて、元田を肩の力を抜いた。胸のワッペンを握り、机の引き出しから写真を取り出す。

そこには、肩車する父子と、それに寄り沿う女性が写っていた。元田と、その妻子だ。

「…そうだな、俺がなんとかしなくっちゃならない。」

亡くなった妻に顔向けできるように、または今も頑張っている息子を守るために、元田は心を奮い立たせた。家族の写真は、いつも元田に勇気を与えてくれる。

写真を仕舞い、元田は引き出しを閉じた。深呼吸を一度して、資料を一枚手に取る。仕事の再開だ。

小休止なんてとんでもない。今日本を救うのは、他ならぬ自分なのだと、元田は己に言い聞かせる。

そして先ほど放った資料を眺め、次の仕事に手をつける。

その時、机の上のタブレットが、喧しく鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ!?地震か!?」

唐突な揺れ。アスファルトの亀裂が広がり、コンクリの破片がゴロゴロ転がった。

ラーメン屋の店主が屋台を必死で支える。それを手伝いながら、轟は辺りを見回した。

轟は頭が悪いが、それでも妙な胸騒ぎを抑えられなかった。日本は確かに地震が多い国だ。しかし、今の轟は、別の何かを想起してしまう。

「まさか…」

その予想は、的中してしまう。

二人の見るビルの向こう、浮き上がるように黒い物体が現れる。それは少しの時間だけ空中で静止し、ぐにぐにと形を変えていく。

物理法則を無視した、おぞましい化け物がそこにいた。

「敵性…金属体!!」

ラーメン屋の店主が顔を真っ青にして叫ぶ。もう散々暴れまわったというのに、まだ津市を蹂躙しようというのか。

「いやあああああああ!!」

「たすけ、助けてくれーっ!」

「IGFは、誰か、IGFを呼んで!!」

「逃げろ!早く逃げろ!」

うなだれていた被災者たちが血相を変えて駆け回る。無理もない、つい最近その脅威を身に染みて理解したからだ。

ラーメン屋の店主も屋台を引っ張ってその場から離れようとする。しかし、さっきの客が自分と逆方向へ走っていくのに気付いて、振り向いた。

「何やってんだアンタ!戻れ、逃げろ!」

叫びが届いたのか、青年は立ち止まって店主の方を向いた。

「ラーメン。美味かったぜ、大将!」

「あっ、おい!」

ラーメン屋の店主が止める暇もなく、その客は、逃げる人混みに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

敵性金属体の猛威から必死に逃げようと、数え切れない人間が必死に走る。老若男女の区別なく、その様は地獄の川流れのようである。そんな人間の濁流の流れを真っ向から逆走する男が一人。

轟は走る。懐中電灯もどきを握りしめ、敵性金属体の元へひたすら走る。

手に持っているのはただの懐中電灯ではない。灰色の巨人に変身し、敵性金属体すら倒せる力を持ち主に与える物体だ。

そんな危険物を逃げ惑う人々の近くで使っては、みすみす被害を増やすだけ。人間から離れた位置に行けるように、轟は敵性金属体に近づいていく。

空中で静止していた黒い物体が、その姿を完全に変化させた。六本の脚と複数の羽。ハエか。否、発達した複眼と体の割に大きな胸部は虻の特徴だ。

敵性金属体ホースフライ型が、壊滅状態にある津市上空に姿を現した。

「おわっ…つつ…」

ホースフライ型の羽ばたきは、少し離れた位置にいる轟を転ばせた。数十メートルサイズの虻の羽は、地上の人間を吹っ飛ばしてしまうほどの風を起こしているのだ。桁違いのサイズはそれだけで大きな脅威となり得る。

羽を超高速で羽ばたかせ、ホースフライ型はさらに上昇していく。一定高度で止まると、頭部をゆらゆらと左右に動かし、地上を睥睨している。

辺りを見回すようなその動きからして、恐らくは何かを探しているのか。

好き勝手暴れないのなら好都合だった。

「よし、行くぞ…」

祭轟は頭が良くない。あの巨人にもう一度成れるなんて保証はどこにもなかったし、変身したとしても戦って勝利できるかは考えていなかった。

だが、それに気付いたとしても、轟は引き下がりはしなかっただろう。彼は許せなかったのだ。

沢山の人々を脅かす、敵性金属体という理不尽を。

「うぉおおおおぅッ!!!」

懐中電灯を空に突き上げ、側面のボタンを押し込む。先端から光が迸り、辺り一面を眩しく照らした。

その光はやがて周囲一帯を包み、その中に巨大な人影が浮かび上がる。

光の中から、シルエットそのままの巨人が、仁王立ちで出現した。

敵性金属体ホースフライ型は、待っていたとばかりに巨人に飛びかかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

IGF日本支部作戦指令室では、中央の一番大きなモニターに巨人と敵性金属体を写していた。必死で仕事をする戦闘オペレーター達は、美濃田を含めて、各々の役割の途中でチラチラとその様子を伺っている。その場の誰もが、巨人のことが気になってしょうがないのだ。

「来たか…」

IGF隊員に住民の避難を最優先させる旨の命令を出した後、元田は中央モニターに映る巨人を睨んだ。あれは人類の希望か、そうではないのか。それを見極める必要がある。

ワッペンを握りしめ、拳を握り、呼吸を整えた。

元田の視線の向こうで、二体の激突が始まる。

 


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