男の目の前に落ちた光は、少しずつ収束し、やがて一つの形を作った。
積み上げられた瓦礫に光は収まり、細長い小物の形をとる。
「なんだ・・・?」
拾い上げてみる。
小型のペンライトのような形をしたその物体は、上端に透明の半球が、側面に小さなボタンがくっついていた。
ボタンと、恐らく電球のようなもの。男はこれを懐中電灯だと仮定した。
だが、疑問があった。
懐中電灯は空から落ちてくるのだろうか。
拾い上げ、そして、興味半分にボタンを押した。
「くっ・・・うおぉっ!」
閃光が、男の握る物体から放たれた。周囲を明るく照らしてながら、光は広がる。
やがて男はその光に包まれて、消えてしまった。光はなお大きくなっていく。
そして、
IGF司令室。情報管制モニターを見ていたオペレーターの一人が、目を見開いた。
「さ、作戦区域に光が!かなりの照射範囲です!」
「金属体の増援か!?」
「違います、これは・・・?」
義弘の質問に、管制官は否定した。彼の目はモニターに釘付けになっている。
飛び交う指示の声の中で、異常を感知した管制官が、声を大にして叫ぶ。
「敵性金属体ではありません、これは・・・」
その瞬間、モニターは閃光に塗り潰された。
光の中に巨大な人型のシルエットが浮かび上がる。そのシルエットは徐々にその実体を形作っていく。
光の中に現れたその姿は、ゆっくりと形を作っていく。放たれた光が薄まっていく。人型が鮮明に現れてきた。
光が完全に消えると、シルエットの形ままの巨人がそこにいた。拳を握り直立するその姿は、阿修羅像を彷彿とさせた。
体に引かれた数本の線には、目映いばかりの黄色い輝き。ホワイトグレーの体表に、うっすらと筋肉のような収縮がある。
人の形をしていて人ではなく。まるで子供向けの番組に出てくるヒーローのような姿をしていた。
敵性金属体ヒューマン型は、突如出現した謎の存在に対し、まったくの躊躇なくレーザーを発射した。
鉄筋コンクリートを容易く溶断する光線。敵性金属体の方を向いていた巨人は、屈み込んでそれを避けた。頭上を通り抜ける高熱の光。
そのままの姿勢で、黄色の闘士が金属体へと飛びかかる。ジャンプ一跳びで相手の目と鼻の先にたどり着いた巨人は、固く握りしめた右拳を叩き付けた。
拳が当たり、敵の顔から火花が飛び散る。
人間で言えば顔に当たる部分へ一撃をもらい、敵性金属体がよろけた。そこへ飛び込む左フック。ダメージを与えて、腹部に蹴りを一発。
一撃ごとに、敵性金属体の体から火花が出た。
二歩、三歩と後退りし、ヒューマン型は再びレーザーを放った。巨人の体表を舐めるように通る。
だが巨人は、ダメージを負って苦しそうにはするものの、ビルのように溶断されたりはしない。まだ倒れない。今だ健在。
巨人に向けてもう一度光線を放とうとする敵性金属体。頭頂部へ集まる閃光を目にし、巨人はすぐさま飛び上がった。
敵性金属体のレーザーはアスファルトを焼き切るが、黄色の闘士に傷を与えることはできなかった。空中へ逃れた巨人は、飛び上がった先の空に留まっている。そう、巨人は空に浮遊していた。
狙いをつけると、黄色の闘士はヒューマン型へと落下した。揃えた両足を下にして、重力に従い降下する。
敵性金属体はその両足によるドロップキックを受け止めきれなかった。打ち込まれた攻撃に、火花と共に情けなく吹っ飛ばされる。
蹴りを決めた巨人は、転倒することなくそのまま着地した。
攻撃に耐えられず倒れた金属体の脚を掴んで、振り回し始めた。自分ごと回り、回り、回転がピークに達する。回転の勢いのまま、黄色の闘士は掴んだ手を放し、放り投げた。
ドロップキックに続きジャイアントスイングまで食らった金属体は、交差点の真ん中に落ちた。ダメージが大きいのか、ヨロヨロとどんくさい動きで起き上がる。
敵性金属体が弱ったところへ、巨人はある行動をとった。両拳を胸の前で突き合わせたのだ。拳と拳が接触したとき、閃光が腕から発せられた。
黄色の闘士はそのまま両手を横へ広げる。腕全体に光の膜が現れる。最後の仕上げに、巨人は立てた左手首に右拳をくっ付けた。二つの光の膜が一際と大きく輝いた。
そして、腕の接触点から光が溢れ出す。
山吹の花のような色の光が、凄まじい勢いの流れとなって発射された。その大きさは、敵性金属体が撃つレーザーとは比べ物にならない。
立ち上がるのに時間をかけてしまったヒューマン型は、その一発をまともに喰らった。巨人の腕から出た光は、金属体の胸部や腹部に浴びせかけられ、約三秒間放射された。
強力なエネルギーの放射を受けて、敵性金属体は抵抗できない。
光が収まる。と、同時に、敵性金属体は痙攣のようにピクピクと震えた。
大爆発。
敵性金属体ヒューマン型は、内側から破裂するように炎と煙とを吐き出し、消し飛んだ。破片は一つ残らず、液状化して地下へ逃げ込むこともできなかった。
津市を蹂躙した敵はここに葬られた。それを見守るように確認した黄色の闘士は、光の粒子に包まれ、跡形もなく消え去った。
大モニターで全てを見ていた義弘は、驚愕に見開かれた目と呆けたように開いた口を、暫く閉じることができなかった。
いきなり現れた巨人が、敵性金属体を殲滅したのだ。液状化させての撤退ではなく、殲滅。
レーダーからも敵性金属体ヒューマン型の情報は消えていた。間違いなく、忌々しい敵は完全に消滅させられたのだ。
一体どうやって。
ミサイルや大砲、核爆弾をいくら食らってもおめおめと逃げおおせた存在を、あの巨人はどうやって消し飛ばしたのか。
義弘は口角泡を飛ばして指示を出した。
「津市の避難民に必要であろう物資をリストアップしろ!その後ありったけホエールズに積み込め!自衛隊に連絡して避難や災害復旧の提携体制をとれ!それから、今すぐ研究チームを呼べ!」
奇跡を目の当たりにしたIGFオペレーター達が、義弘の一括に慌てて仕事を再開する。各員が素早く、それでいて的確な作業をこなしていく中、義弘はポツリと呟くように言った。
「あの巨人が、俺達の未来を握っているんだ・・・!」
その顔は、希望への期待に満ち溢れていた。
粉々に崩れた高層ビルの残骸。敵性金属体の被害により、この一帯は目を覆うような有り様となっていた。
そのビルの傍に、もたれ掛かるように座る男がいた。
「今のは、何だったんだ・・・?」
手の中にある懐中電灯のような物体を見つめて、そう呟く。だが答えは反ってこない。辺りは敵性金属体により荒らされ、見渡す限りの場所に生存者はいない。
だが、敵性金属体はもういない。この都市を破壊して回ったヒューマン型は、この懐中電灯から生まれた何かによって倒された。
その何かに、男は変身していたのだ。
「俺が・・・やったのか・・・?」
ビルよりも巨大な身体となって敵と戦う。まるで何かのフィクションのようなシチュエーションだった。だが、男は確かに戦いの記憶を覚えていた。
「俺が・・・」
再び懐中電灯を握り締め、男は目をつぶった。
彼の名前は祭轟。なんの取り柄もない一人の人間。
彼の手には、人類の希望があった
今日のゼダ図鑑
IGF
InternationalgGuardiansForceの略称。直訳で国際防衛軍。
世界各国が、敵性金属体を撃滅するためだけに作り上げた組織。優秀な人材、莫大な資金、強力な独自戦力を持つ。
世界中に支部や派遣分隊を持ち、日夜敵性金属体との戦いに備えている。また、IGFの指揮系統は国家とは独立しており、独自の判断で素早く戦力を展開する。
世界のどんな軍隊よりも強いとされているが、それでも敵性金属体相手には到底力が及ばず、多数の犠牲を重ねてきている。
余談だが、世界各国は敵性金属体があまりにも強すぎるため暗躍や政的攻撃を控えている。そのためIGFは、そういった政治的な面倒事とは無縁な存在として扱われている。