天風のゼダ   作:アルファるふぁ/保利滝良

2 / 7
Bパート

 

がたんごとん。在来線の車輪が鳴らす重たい金属音が、その場にいるサラリーマン達の耳を叩いた。

がたん、ごとん。がたん、ごとん。彼らにとっては嫌になるほど聞き慣れた音であろう。

だが、その中の一人にとっては、いまだに聞き慣れない音でもある。

「くそぉ、まだかよぉ・・・このままじゃ五分遅れじゃねえか!」

いかにも着こなせていないスーツを身に纏い、青ざめた顔で座席に腰を下ろす男が一人。その髪の毛は、一房跳ねている。寝癖だ。

新人のリーマンは、カバンから携帯電話を引っ張り出して覗く。九時五分。勤務先には九時二十分までに着かなくてはいけない。

ちなみに目的地到着まで残り二十分である。遅刻だ。

「うぅ・・・マジかよ、ウッソだろ・・・」

今までやらかした二回の遅刻を思い出し、男は身震いした。今回ので三回目。クビへのリーチがクビへのビンゴへ姿を変えるだろう。

せめて遅刻するならば、会社へ電話した方がいい。報告連絡相談は社会の基本だ。

携帯電話の電話帳機能を起動し、男は自分の勤務先へ電話を掛けた。

 

 

 

 

 

敵性金属体という存在がいる。ある日唐突に地球へ降り立ち、突然人類へ攻撃してきた謎の存在だ。

人類はこの共通の驚異のために手を取り合い、敵性金属体を撃破するためだけの国際組織を作った。

InternationalGardiansFors。略してIGF。

彼らの活躍により、人類はかろうじて息を繋いでいた。

結果、人々は変わらぬ日常を過ごすことができている。時には敵性金属体が襲ってくることもあるだろうが、それならIGFがなんとかしてくれる。

一般市民達は、安心していつもの勤めを果たすのだった。

 

 

 

 

 

 

それが当たり前だと、一般市民たちは思い込んでいる。

 

 

 

 

 

「ありゃ、おっかしいな。」

携帯電話を耳から離して、男は画面を見た。

番号は合っているのに、何度掛けても電話に出て貰えない。もう一度掛けてみる。

「お掛けになった番号は、不都合により、通話できません。もう一度お掛け直しください。」

「なんかあったのかな」

通話アナウンスの事務的な言葉を聞いて、男は怪訝な顔をした。

 

その時だった。地響きがその車両を襲ったのは。

 

最初に音。次に振動。最後に浮遊。

まず、はるか遠くから轟音が耳を叩いた。次に、ビリビリと電車が揺れた。最後に、乗客がふわっと空中に浮いた。

だが浮遊したのは一秒に満たない時間であった。

「・・・わぁああああッ!?!?」

音やら振動やらが無茶苦茶に暴れまわり、決して広くないスペースの中で全てが引っ掻き回される。人がしっちゃかめっちゃかに飛び回り、天井と床が数回反転した。

そしてそのカオスに巻き込まれ、男は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

義弘が座る指揮官席のモニターに、敵性金属体の現在の様子が衛星映像で写る。

周りには、何人ものオペレーター達。その全員が、IGFの正規隊員の訓練過程を修了している。

ここはIGF日本支部、作戦指揮室である。ここでは敵性金属体の排除のために、情報収集や情報管制などが行われる。そして、その名の通り作戦の指揮も。

「敵性金属体の出現を確認しました!三重県の津市です!」

情報管制官の一人が声をあげる。彼の見るレーダーには、赤い丸が一つ吐いていた。

敵性金属体の体は、その名前の通り金属によく似ている。レーダーにかかるのは早い。

「戦力が限られるか・・・」

義弘の目が細められた。

敵の出現位置は都市部。IGF陸軍の部隊は入り組んだ都市部では身動きがとれず、海軍の艦砲射撃では無駄な被害を出す。

ならば消去法で空軍を出すべきだろうが、義弘はそれに並々ならぬ拒否感を覚えた。陸奥島での一戦にて、IGF日本支部の空軍戦力は大幅に減少したからだ。

だが他に手はない。

「日本支部にある全てのソニックストライカーを出撃させ、現場へ急行させろ。陸軍はホエールズで一個師団を派遣、現地の避難プランに従い市民の避難誘導を行え。」

元田義弘の指示の元、

「了解!こちら作戦指揮室、空軍司令応答せよ・・・」

「こちら作戦指揮室オペレータ、陸軍に指令アリ・・・」

一気に慌ただしくなる作戦指揮室。これから始まるのは、恐ろしい戦闘である。

それも、勝ち目の少ない強敵相手との。

「・・・おのれ」

敵性金属体との終わらない戦いに、人類は疲弊していた。世界中の戦力が力を合わせて戦うIGFという共同体を作ってさえ、敵性金属体との戦闘が終わる気配はない。

日本支部の兵士も含めて、たくさんの人間が死んだ。どんな軍隊よりも強力な戦闘能力を持つIGFでさえこの始末だ。

果たして人類は勝てるのか。

「ただやられるしかないというのか・・・!」

義弘は、これからも待つ激戦に震えた。

彼が見つめるモニターの向こうで、ジェット戦闘機の編隊がスクランブル発進していくのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大の字に寝転んでいた男は、うっすらと目を開け始めた。ぼやける視界を鬱陶しく思い、数回の瞬きをして、意識を完全に覚醒させる。

首を傾ける。視線の先には電車の照明。

どうして電車の照明が自分の真横にあるのか、男には一瞬わからなかった。だが、少し考えたところで自分が電車の天井に転がっているのがわかった。

慌てて飛び起きる。

自分の乗っていた電車は天地逆さに転がり、床と天井の位置が入れ替わった状態になっている。何がなんだかわからないまま辺りを見渡す。すると様々な音が耳を突っついてきた。

悲鳴、呻き声、何かの軋む音、サイレン。

「なんなんだよ、一体・・・どうなってんだよ」

「え、どこ?お父さんどこ?」

「うそ、やだもう何があったの!ちょっと!」

事故にみまわれた乗客たちがパニックを起こしている。

「あああ痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!血ィイイイイイ・・・」

「腕、腕が!腕ぇ!」

「起きてよ、ねえ!生きてるんでしょ!返事してよねえ!」

中には大怪我をしている者もいる。

転がるほどの衝撃を受けた電車はぎしぎしと音をたて、非常事態を嫌が応にも理解させるサイレンが流れる。

窓から空を見ると、辺り一面瓦礫の山と化していた。そのさらに向こう、山のように大きい何かのシルエットがある。

ヒト型のように見える。だが、ビルより大きい人間なんていない。金属光沢を持つその姿は、間違いなく、人類最大の敵だった。

敵性金属体。数多の市民にとって非日常の存在が、人工密集地に現れた。

この電車は、恐らく奴にやられたのだ。

歩くだけでビル街を無茶苦茶にして、何もかもを踏み潰す。ちっぽけな人間は、なにもできず怯えることしかできない。

「苦しい・・・何が・・・」

「うぅ」

「お母さん助けて、助けて、助けて」

鳴り響くサイレン。しかしそれを塗り潰す、人々の悲鳴。

蹴っ飛ばされた電車でさえこんな有り様だ。襲撃されている都市部は一体どんなことになっているのか。

砕けたガラス窓を潜り抜け、男は外へ出た。電車の中にいると危険かはわからないが、とりあえず逃げるべきだと考えた。

スーツの上着を脱ぎ捨てて、屈んで潜る。逆さまになった椅子に頭をぶつけつつ、無事に電車の外に出られた。

視界が広くなったので、惨状の様子がもっと良くわかった。低いビルは殆ど瓦礫の山に消えている。炎があちこちからあがり、黒煙がもうもうと立ち上っていた。

何人もの人間が押し込まれているだろう高層ビルディングが倒れた。その隣のビルによたりかかると、諸共に崩れ去る。大質量の落下は、電車の位置にも衝撃波をもたらした。

「・・・あっ」

軋みが酷くなってきた。ギシギシという音は大きく小刻みにその場の人間を刺激する。

電車が、崩れる。

その答えに至った乗客は何人いただろうか。突然の出来事にパニックを起こしていた彼等が更に慌ただしくなる。

「助けて・・・」

男が呆けたようにその光景を見ていると、足元から声が聞こえた。

少女の声だ。取り残された人はまだ多くいるのだ。

窓を見る。頭を打ったのかこめかみから血を流す老人と、その隣にピンクのシャツとスカートの女の子がいた。

孫と祖父だろう。女の子の保護者として彼女を守るはずの老人は、意識がない。

「助けて・・・助けて・・・」

老人に寄り添いながら少女は、男に向かって必死に助けを求めている。

「あ、ああ!待ってて今・・・」

引っ張り出してやる、続けようとしたその時。電車から絶え間なく発せられていた軋み音が消えた。

そして、上から、下へ、踏みつけられたように、電車がつぶれた。

「えっ?あっ・・・あ」

男の目の前から、少女は消えた。あとには潰れた電車だけ。

あれだけ煩かった悲鳴も、一瞬にして消え去った。

体から指一本を動かす力も抜けていく。

だが、体は危機管理を続けていた。爆音が耳を叩くと、反射的にそちらを向いてしまう。

粉々になる建物。吹き上がる炎。その中心に、敵性金属体が在った。

頭部からレーザー光線を放ち、ビルを豆腐のように切り裂く。高層ビルの上部は切り落とされて、身長が変わった。

落とされた部分は重力のままに。

男は確かに見た。壊される日常を。何もかもが破壊される様を。

だが男は愚かだった。ちっぽけな人間では何もできないことも、気づけない。人類は勝てると、そう信じていた。

希望を諦めなかった。

人間は必ず勝てると、そう思っていた。

敵性金属体を睨み付ける。

「チクショウ、チクショウ、クソッタレ!」

何もできない自分がくやしい。目の前の女の子すら助けられなかった、駄目な自分が恨めしい。

何もできず、出鱈目な奴に誰かを沢山殺されるのを見ているしかない。

それが悔しい。

男の目から、潤いが一滴落ちた。

二滴三滴、それはやがてとめどない涙となる。男は泣いた。涙を流して泣いた。

 

 

 

 

だが奇跡は唐突に訪れる。

涙をこぼす男が見上げた先に、小さく光る何かがあった。不定期の明滅を繰り返し、何かに何かを伝えたいことがあるように感じる。現在時刻は九時前だ。星が見える時間帯ではない。

星でないなら一体なんだと見続けると、その光はだんだん大きくなっていた。否、光の方が近付いていたのだ。

そして光は、男の目の前で止まった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。