3
「ふ、不幸だ……」
上条当麻は予定より早く下校していた。というのも、先程何かしらの能力による炎を受けて、よろけてしまい、偶然にも空いていたマンホールに落ちたのだ。
マンホールがそれほど深いものでないことが幸いして、大事な怪我はなさそうである。
そして自らの右手を見つめた。
先程、炎を打ち消したのは、その右手に宿る、ある力によるものだった。
『幻想殺し』
それが、上条の右手に宿る力の名前だった。異能の力であれば、魔術でも超能力でもことごとく打ち消してしまうが、物理攻撃には意味はない。
そんな能力があれば、能力の嵐の中にも突っ込んでいけるだろうと思うかもしれないが、そんなことはない。能力が作用するのは右手首から先の短い間にとどまっているからして、複数の攻撃にとても弱いのだ。
そして、大覇星祭とは、なんだったのか。それを思い浮かべて貰えばわかると思う。
しかも、この右手とやら、神様のご加護やら、運命の赤い糸的なものまで打ち消してしまっているそうで。……おかげかはわからないが、上条は先ほどのように不幸が多発する体質なのだった。
ちなみに今帰っているのは、マンホールから出たら担任の先生に『上条ちゃん大変なのですよー。これじゃあもう今日は無理ですね、帰った帰った』と言われてしまい、下校に至ったというわけだ。
自らを修羅場に追い込むための準備をしなくてもいいという点においては望んだ通りの結果なのだが、本当に、釈然としない。
「インデックスに風呂沸かしを頼まないと……」
泥のついたまま帰っているうちに、そんなことを考えながら、おもむろに携帯電話を取り出す。
あの完全記憶能力を持っているくせに、機械の使い方を覚えられない腹ペコシスターに行っても無駄かもしれないが、言わないよりはマシなのである。
そうして、携帯の電源をつけた上条の目に飛び込んで来たのは、大量のメール着信履歴。送り主はインデックスからだった。
(あーあー、ここまで来たらこの上条さんだって今後の展開はわかりますことよ! どうせ冷蔵庫の中身を全部食い荒らしでもしたインデックスが、腹ペコのまま寮で待っていて、帰った途端噛みつきだろ!)
「ふ、不幸だ」
上条は、今後の展開を予測して、再びその言葉を口にしたのだった。
憂鬱な気分で、暇つぶしでもして帰るかとも思うが、泥がついた状況ではそんなこともままならない。そうであるならばできる限りゆっくりと歩こうかな、と思い始めた瞬間。
携帯の着信音がなったのだった。
恐る恐る画面を見る上条。現実は非情にも、相手はインデックスだった。
(ええい! こうなったらどうとでもなれ!)
一大決心をして、携帯の通話ボタンを押す上条。だが、その携帯から聞こえて来た言葉は、意外なもので、相手もまた、予想のしない人物であった。
『た、大変だーーっ!上条当麻っ』
「……舞夏? インデックスはどうしたよ」
『い、インデックスちゃんが、攫われちゃったのだ!』
聞いて見ると、土御門の妹である舞夏曰く、
1つ、インデックスがさらわれた
1つ、警察にはいうな
1つ、上条当麻と衛宮士郎を呼び出せ
1つ、渡した紙を読め
とのことだった。魔導書の原典を大量に脳内に保持するインデックスを攫う目的などいくらでも考えられるが、
「……何今日不幸すぎだろ! すぐ行く!」
そう言って、上条当麻はその紙とやらを読むために、走り出したのだった。その間に、衛宮へと、連絡することも忘れずに。
4
「ふ、不幸だ」
この上条の言葉にはいくつかの意味が含まれていた。
学園都市の外。かなり時間のかかる学園都市の外に出るための手続きを終え、再びうだるような夏の日差しの中に戻った上条。これにかかった時間と、暑さが第一、第二の不幸。
とりあえず出てきたはいいけど、来いと言われた薄明座なる劇場なんて携帯の地図にない。第三の不幸。
コンビニで、古い地図を見つけ、ようやくその場所を見つけたものの、地図が読めないし、覚えてられるわけもない。地図を撮影しようとしても、デジタル盗撮とならになるようで、それも不能。第四の不幸。
それに。
(なんで、狂言誘拐と分かっているのに、こんな目に会わなくちゃいけないんだ……)
そう。上条にはこれが狂言誘拐だと分かっていた。というのも、先程学生寮にて、舞夏に犯人の特徴を聞いたら、赤髪長髪バーコード神父であったというのだ。もはや、誰だか一目瞭然である。
あの神父の性格諸々からして、インデックスを傷つけることはないと理解している上条は、この狂言誘拐からして、憂鬱さマックスフルパワーなのである。
そんな現実にため息の濁流をぶち当てている上条は、とあるものが目に入った。
それは、反対側の車線。大きな箱が積まれているのだ。様々な色で包装されているその箱は置かれているのかと思ったが、どうやら違うようだ。箱の隙間から、チラチラと金色の髪が見える。
(……落し物かなんかじゃないなら、まぁいいか)
そんなことを反対側の車線を見ながら考えていた上条は、目の前の女性から話しかけられてようやく、思考がこちら側に戻って来た。
「そこのお方。学園都市行きのバスはどこから乗れば良いのでしょうか」
5
その話しかけて来た修道服の女性は、オルソラというらしい。
なんでも追われているとかで、外部の宗教的な勢力の影響がないと言われる学園都市に逃げ込もうとしていたようだ。
……そして、ここまで聞き出すのに、何度も会話が戻ったりするのが、オルソラという女性だった。そんなわけで、より一層、ぐだーとした感じの上条は、ただいまオルソラと一緒にステイルとインデックスの元へと向かっていた。
とりあえず服装から魔術関係であろうことは予想がつくし、そのスペシャリストの意見を聞いてからでも遅くはないと思ったからだ。
だが、ここで上条は一つ見落としをしていた。それは、上条が狂言誘拐であるとわかっていないと思っているインデックスが、女性を連れている上条を見てどう思うか、ということである。
簡単に言うと、同居人が誘拐されていると言うのに、それを知りつつも女性とデートしていた、と勘違いされるという不幸である。
無論、上条はインデックスに噛み付かれた。
「あーもーっ!不幸だぁあああああああああああああああああっ!」
不幸連発
次回も不幸は続き、時間軸が元に戻ります。ここまで長かった……でもこの章はステイルさんが重要なので削るわけにはいかなかったのです。