私の名は
このラビットハウスでバイトとして働いている。
ラビットハウスは隣にいるチノのお爺さんが始めた喫茶店で、彼は去年に亡くなっており、今はチノの父のタカヒロさんが2代目マスターとしてこの店を切り盛りしている。
切り盛りしているとは言っても、タカヒロさんが店に出るのは、夜にラビットハウスが喫茶店からバーに顔を替えてからで、昼間は私とチノとココアの3人で働いている。
チノは今度中学2年生なのにしっかりしていて、昼間のラビットハウスのマスターとして頑張っている。
今までは私とチノ、そしていつもチノの頭の上にいる、この店の看板ウサギのティッピーの2人と1匹で店を回していたけど、
「チノちゃーん、2番テーブルにブルーマウンテン1つ♪」
昨日から新しいバイトのココアも加わって3人と1匹で店を回す事になった。
ココアはこの春からこの街の高校に通う為に昨日街にやって来てチノの家にホームステイとして暮らしている。
ココアの通う高校は『ホームステイ先の家の手伝いをしろ』と言う決まりがあるらしく、彼女は昨日からこのラビットハウスで働き始め、先輩である私は、ココアに色々と指導する立場となったのだ。
ココアのバイト初日という事で少し不安もあったが、特に問題もなくバイトが終わり帰宅した。
……ただ、私が帰る時に仲良さそうに夕食の話をしている2人を見て、羨ましさと同時に少し寂しさを感じたこと以外は。
(……そういえば今日私の所にも、ホームステイしに誰か来るんだったな。)
私は今朝、親父に言われた事を思い出す。
親父が言うには軍人時代の同期が、「海外に出張に行く間、息子とその友達を預かって欲しい。」と、頼って来たらしいのだ。
なんでも最初この街に来るのは息子だけだったらしいが、後から友達も来る事になって、(なんで友達も?)と、頼まれた親父も最初そう思ったらしいが特に気にすることなく受け入れたらしい。
2人ともこの春から高校生で、息子の方は今年から始まる共学化試験のため、特待生として私の通っている学校に来て、友達の方は別の高校に通うそうだ。
(どんな奴なんだろう……。仲良く出来ると良いな……)
私は淡い期待を持ちながらいつも通り仕事をこなしていった。
――第9話 であい――
それから数時間が経って、ランチを食べに来ていたお客さんが全て帰り、店内がひと段落して、私もチノもココアですらも手持ち無沙汰を感じ始めた頃、来客を知らせるベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
たまたまドアに近かった私が接客する。
来店して来たのは、2人の女性客だった。
片方の少女は、顔立ちが私やココアとあまり変わらないので、多分高校生なのだろう。
女性にしては少し短い黒髪で、白いシャッツの上に空色のカーディガンを羽織っており、ズボンは黒色のジーパンに赤色のスニーカーで何故かそれらは全てメンズだったが、違和感はなくとても似合っていた。
もう片方の女の子はピンクのフリル付きのTシャツに黒のボーダーが入った赤色のパーカー、青色のハーフパンツ、白色のスニーカーで、頭には猫耳のような突起の付いた赤紫色の帽子を被っていた。
そして背負ってる白い羽の付いたピンクのカバンやその顔立ちや幼い雰囲気から多分中学生だろう。
2人の顔立ちはあまり似てなく、一見すると友達だと思ったが、友達と言うにはまるで家族や姉妹みたいに親しい雰囲気だった。
そして2人は旅行者なのか、この辺りで見かけない顔で、それぞれ空色と赤色のキャリーケースを引きずっている。
「お2人ですか?」
「はい」
「では、こちらへどうぞ」
今は他に客がいないので、私は2人をカウンターの席に案内する。
カウンターには、チノが珈琲豆を挽いており、チノの頭にはいつも通りティッピーが乗っていた。
女の子はティッピーが気になったのか、席に座った後ティッピーを不思議な物を見るような顔をして、じーと見つめる。
「……? ……あ、これですか? これはティッピーです。一応ウサギです」
チノは女の子の視線に気づいたのか手を止め、ティッピーの説明をすると、女の子は「! ウサギ!? ねぇ、触っても良い?」と、チノに聞く。
「コーヒー1杯で1回です」
女の子の質問に間髪入れず答えるチノ。
その対応は少し手慣れていて、まるで以前にも同じ事を聞いた客がいたような雰囲気だった。
そんな事を思っていると、近くでテーブルを拭いていたココアが「あのお客さん、昨日の私と同じ事言ってる。」と、私に耳打ちしてきて、思わず(お前だったのかよ!)と、ココアにツッコミそうになった。
「じゃあ3杯で!」
少し考えた後、女の子は指を3にして答えると、女の子の隣に座っている少女が「ユキ、コーヒー飲み過ぎると夜寝れなくなるよ。」とまるで姉のように嗜める。
「ムゥ、じゃあ2杯で」
嗜められた女の子は素直に2つに変えた。
「かしこまりました。お客様はどうしますか?」
「じゃあ……、僕はオリジナルブレンドをお願いします。」
チノがその少女に聞くと、少女はメニュー表を開き、少し迷った後オリジナルブレンドを注文した。
「かしこまりました」
注文を聞いたチノが一度お辞儀をしてから後ろの棚からコーヒーを淹れる器具を取り出し、慣れた手つきでコーヒーを淹れ始める。
「……どうぞ」
数分後、チノが淹れた3つのコーヒーが2人の前に置かれた。
コーヒーからは芳醇な香りがしており、カウンターから少し離れた所の机を拭いていた私とココアの元にもその香りが届く。
「いただきます」「いっただっきまーす」
少女はブラックで、女の子はそれぞれのカップにミルクと角砂糖を1つずつ入れ、一口飲む。
「美味しい。」
「うん、このブルーマウンテンも美味しいよ。」
「ん? それコロンビアじゃないの?」
少女は香りだけでコーヒーの銘柄を答える。
「えっ!?」
「はい、コロンビアで正解です。」
(すごい、チノと同じ事を!?)
「よーし、次は当てるぞ〜!」
私が驚いている間に一杯目を飲み切った女の子が次のカップを手に取って一口飲んだ。
「うん。このコロンビアも美味しい。」
「ユキ、そっちがブルーマウンテン。」
「えっ!!?」
「はい、ブルーマウンテンで正解です。……驚きましたコーヒーにお詳しいんですね」
「はい、家でもよくコーヒー淹れるので。」
「! そうなんですか。ならあの、うちのオリジナルブレンドの味、どうでしたか?」
意を決したという表情でチノがその少女に淹れたコーヒーの味を聞いた。
今日はその光景を何度か見る。
なんでも昨日、
他のコーヒーなら気にしないだろうが、オリジナルブレンドはこの店の顔とも言えるもので、その味が客の口に合うかはいつも気になっているのだろう。
それを示すようにチノの表情は少し心配そうだったが、真剣そのものだった。
そんなチノの雰囲気を感じ取ったのか、少女の顔つきも真面目なものになり、今度は味わうようにコーヒーを飲む。
「「……。」」
私とチノが見守る中、少女はカップから口から離すと、
「美味しいです。素人の僕が言うのもなんですがコーヒー、淹れるの上手なんですね」
ふわりとした笑顔を浮かべてコーヒーの味を褒める。
「! あ、ありがとうございます!」
それが嬉しかったのか、ホッとしたのか、チノは少し頬を赤らめ口元をほころばせながら少女に礼を言ったのだった。
由紀「トー君、チノちゃんってすごいね」
冬華「そうだね。しっかりした子で、あれでまだ中学1年生なんだね。」
由紀「私もチノちゃんみたいにかっこよくコーヒー淹れてみたい!」
冬華「う、うん。またの機会にね……。」
由紀「えー!」
「「次回、下宿人は男の娘!? 第10話、“かんげい”。」」
冬華(それにしても、2人の声ってなんか似てるような……。)
由紀「?」
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次回の更新は申し訳ございませんが遅れる予定です。