たびだち
四月らしい春の爽やかな晴天の下、線路の上を走る一台の電車。
新幹線などに比べると走る速度も遅く、車内の揺れも大きい。
しかし新幹線と違い、開いた窓から吹き込む涼やかな早春の風と、窓から見えるゆっくりと流れる田園風景により、車内の中の居心地は悪くなく、向かい合っている席には小さい子どもを連れた多くの家族が座っていた。
そんな車内を歩く1人の少年。
一見すると女の子と間違えてしまう程の女顔である少年、
数両の車両を通り抜け、自分の席まで戻った冬華は、自分
「あらら、寝ちゃったか。」
自分が買い物に行っている間に寝てしまった幼馴染である
そして冬華は由紀の反対側の向かい合っている席に座り窓の外を流れる景色に目を向ける。
外の景色は今日の天気が晴天という事もあり、遠くの山まではっきりと見え、カメラがあれば思わず写真を撮りたくなるような景色だった。
冬華は、ゆっくりと流れるその景色をしばらく見ていると、視線の端に何か動くものを感じ、顔を動かすと由紀がモゾモゾと動いていた。
そして少しした後、由紀の唇が少し開き、
「……とー、くん」
と、冬華の名前を小さく呟いた。
そんな由紀を見て、冬華の中でイタズラ心が目覚める。
冬華は机に置いてある買ってきた2つの缶ジュースを両手に取ると、静かに立ち上がって、
由紀の両頬に冷え冷えの缶をペトリと当てる。
「んひゃあ!?」
由紀が猫みたいに飛び起きた。
「おはよう、由紀♪」
そんな由紀に冬華はイタズラっぽく微笑むと、周囲を見回していた由紀が、冬華の顔と、彼が両手に持つ缶ジュースを見て状況を察し、「むぅ、トー君のイジワル。」と膨れっ面で呟く。
対する冬華はにこやかに微笑みながら両手の缶を再び窓側にある机に置いて、空いた右手で由紀の頭を撫でてから自分の席に座ると「ユキ、どっちのジュースが良い?」と何事もなかったように買ってきたりんごジュースとオレンジジュースを差し出した。
そんな冬華の態度に由紀は膨れっ面のまま、少し悩んだ後りんごジュースを手に取った。
「もう、トー君。寝ている女の子にイタズラしちゃダメだって!」
由紀は怒りながらも冬華が開けた海老の絵のついたお菓子の袋から中身を1つ取って口に入れる。
その由紀の顔には『プンプン』と怒っている擬音がよく似合っていて、怒っていながらもハムスターみたいにお菓子を口に運ぶ由紀を見て冬華は思わず笑いそうになってしまった。
「ゴメンゴメン。」
「全くもう。……あっ、トー君見て見て。見えてきたよ。」
由紀が指さした先を冬華が振り返って見ると、窓の外、線路の先にうっすらと街が見えていた。
その街こそが、これから冬華と由紀が暮らす“木組みの家と石畳の街”である。
振り返ってしばらく街を見た冬華は少し目を俯かせて由紀に向き直ると、「ねぇ、ユキ。本当に良かったの?」
と、由紀に問いた。
「もちろん♪」
問われた由紀はそう答えて立ち上がると、棚の上にある自分のキャリーバックの中から1枚の書類を取り出す。
それは由紀の転校手続きの書類だった。
1か月前、冬華が学校を休んで両親のいるアパートに行った日、冬華が家に帰ると、
そして、2人に引っ越す事を告げると、由紀が「じゃあ、私も一緒に行く!」と言い出し、自分の両親を説得して冬華と共に転校する事になったのだ。
「私の気持ちはこれを書いた時から変わってないよ♪」
そう嬉しそうに言う由紀の瞳の光は、電車がちょうど影に入ったせいで見えなかった。
ーー第8話 たびだちーー
“木組みの家と石畳の街”。
西洋風の建物が目立ち、日本でありながらどこか外国の様な雰囲気を持つこの街は、街中に野生の兎が生息している事でも有名な街である。
その街に今、冬華と由紀は降り立った。
「うわぁ、うさぎいっぱいだぁ♪」
駅から出てすぐ沢山のうさぎを見つけた由紀は、そのうさぎ達を追いかけ始めた。
そんな由紀に冬華は「ユキ、迷子にならないでよ〜。」と、声をかけると、周りを見渡す。
「……本当に外国みたいな所だな。それに結構学生も多いんだ。」
周りを見渡した冬華は街の第一印象を述べる。
冬華がそう思うのは当然で、駅の周りは、木組みの建物がほとんどで、道路は石畳で出来ていた。
そして新学期も近いという事もあり、観光客の他に多くの学生の姿も目立っていた。
「……それにしても、」
冬華は視線を周りから、楽しそうにうさぎを追っかけている由紀……でなく、その頭にある猫耳のような突起の付いた帽子に向ける。
それはつい1週前まで冬華の物だったが、由紀が欲しいと言ってきたのであげたの物だ。
その帽子は冬華にとって愛着のある物だが、同時に古くなっていた。
だから冬華は思わずにはいられなかった。
(なんで由紀はあんな古い帽子が欲しいなんて言ったのかな?)
と。
その後、うさぎを思う存分堪能した由紀が冬華の元に戻ってきて、2人は目的地であり、これからお世話になる天々座家に向かって歩き始めた。
ーーーー
「ユキ、今どこら辺?」
2人が見渡しの良い橋の上まで来た所で冬華が振り返って由紀に質問すると、由紀は「えっ!? あっ、ちょっと待ってね」と言ってから、その場でいったん止まり、左手に持つ地図を広げて周りを見渡した。
「えーっと、こっちがこうで、そっちがこう、あっちがこうだから……うん、今ここだね。」
と、地図上に現在地を指でさし示した。
その箇所と目的地を比べてもまだ半分も行っておらず、道のりはまだまだ長い。
「まだ大分遠いね……。ユキ、疲れてない?」
「ちょっとね。でもまだ大丈夫だよ。」
張り切る由紀だが、その表情は少し辛そうで顔には汗も出ていた。
そんな由紀の表情を察した冬華は、
「無理は禁物、どっかで休憩しよ。……あっ、ほら丁度ここに喫茶店あるし行ってみよう。」
「あっ、ちょっとトー君」
地図で今自分のいる場所から少し行った所に喫茶店を見つけ、素早い動きで由紀の左手を掴むと、有無を言わさない雰囲気で歩き出した。
ーーーー
「到着〜。」
2人が辿り着いたのは『RABBIT-HOUSE』という名前の一軒の喫茶店で、ドアの上にある木製の看板には、コーヒーカップを持ったウサギの絵が掲げてあった。
「もー、トー君強引。」
橋の上からここまでずっと手を引っ張られてきた由紀は冬華に苦情を投げるが当の冬華は、
「ゴメンゴメン。じゃあ、入ろっか」
と、軽い感じで流すと早速入り口のドアを開けて中に入っていった。
由紀「トー君、ついに木組みの街に到着したよ♪」
冬華「そうだね。……新しい街で始まる新しい生活。今から楽しみだ。」
由紀「うん、ちょっと不安もあるけど私はトー君とならどこでだって大丈夫♪」
「「次回、下宿人は男の娘!? 第9話、“であい”。」」
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祝本編突入♪
いやー、長かったですね。
本当は、もっと長くなる予定だったのですが、切らないと本編入る前に燃えつきそうだったのでここらで本編に入りました。
今回の話は前回書いた話と異なり、由紀が一緒に付いて来ています。
冬華と由紀、そしてこれから登場するごちうさメンバーの活躍に期待しておいて下さい。
次回、ラビットハウスの3姉妹登場!
『誰だ、3姉妹って言った奴!』と、どこかのRISEさんが言いそうですね。
以下プロフィール
高校1年生
春から木組みの家と石畳の街の高校に通う為に巡ヶ丘市から越してきた少年。
この話の主人公でもある。
身長は158cm(リゼと千夜の間位)
名前の由来は上白糖。
髪は黒でショートヘアとセミロングの間位の長さ。
体型はスレンダー。でも見た目に反して力持ちで、運動神経も良い。
性格は温厚だが、見知らぬ男性から異性として扱われる事を嫌う。
趣味は料理で特技は家事。
中学の時は料理部の部長を務めていた。
家族構成は父、母、姉と、同じ街だが離れて暮らしている祖母と、その祖母が飼っている太郎丸という名の犬がいる。
また、家族ではないが、隣の家に同い年の幼馴染がいる。
特徴
女性と間違われる位女顏であり、中学の時は月に2.3回は男子から告白されていた。(勿論全て断った)
今回一箇所だけ名前のみで登場した冬華の3つ年上の姉。
大学1年生。
身長は156cm位。
黒髪のストレートロングヘア。
美人で抜群のプロポーションであり、通っている高校ではファンクラブも存在していた。
成績優秀だが、料理は出来ない。
特徴
ブラコン。
両親が海外出張に行き、弟は転校して家に一姫だけとなってしまった為、同じ街に住んでいる祖母の家で暮らす事になった。
外見はグリザイアシリーズに登場する風見 一姫の髪を黒くした感じ。
名前やブラコンな所など共通点は多いが全くの別人。
冬華と同い年の、冬華と一姫の幼馴染。
高校1年生。
ピンクの髪に子どもっぽい顔つき。
身長は150cm位。
冬華が引っ越す事になったので、自分も一緒に付いていくと言い出し、冬華とともに木組みの街に越してきた。
特徴
幼い頃から冬華や一姫と兄妹姉妹のように一緒に育ってきた為か、冬華の事を“トー君”と呼び、一姫の事を“かずねえ”と呼ぶ。
がっこうぐらしに登場する丈槍 由紀。
元々冬華の物だった猫耳のような突起の付いた帽子を冬華から貰いいつも身につけている。
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7/25(月)
・お気に入り数が30人を突破しました。ありがとうございます♪
7/26(火)
・UA数が3000突破しました。いつも読んで頂きありがとうございます。
8/16(火)
・あとがきに8話終了時点での冬華、一姫、由紀それぞれのプロフィールを加えました。