カルネ村に朝日が昇る。草花に残っている朝露が、まるで宝石のように美しく世界を彩っている。そして、春の野花の上を、蝶がひらひらと舞い飛ぶように、どす黒い血の色をした蝙蝠の群れが、まっすぐにカルネ村へと向かっていく。
シャルティアは、カルネ村の空を、天使のように白い翼を羽ばたかせて、ゆっくりと旋回する。その光景に最初に気づいたのはネムだった。
「お姉ちゃん、天使がお空を飛んでいるよ」
エンリは目を細め、空を見上げる。そして、直感する。あれは天使なんかじゃない。まるで、地上の獲物を狙って空を飛ぶ鷹だ。
決しておとぎ話に出てくるような、幸せを運んできてくれるようば存在ではない。死神のようだ。ゆっくりだが、その死に神は高度を落としてきているような気がする。エンリは、妹に、家から決して出ないようにと言い聞かせ、そして、モモンガの姿を探す。
モモンガは、直ぐに見つかった。村の広場の真ん中に立っていた。今日は、素顔ではなく、仮面にフードという格好だ。
「モモンガさん!」
「エンリ……。これを渡しておこう」
モモンガが差し出したのは、二つの革袋だった。
「これは、
恐る恐るエンリが革袋の中に手を入れる。すると、あり得ないほどのコインの手触りを感じる。試しに一枚だけそれを取り出してみる。エンリは金貨など見たことはなかったが、太陽の光を浴びて光り輝いているし、黄金色なので、きっと金貨なのだろうと思う。コインに彫られた細工も細かい。
だが、ふとエンリは、疑問に思う。どうしてこれを?
「世話になったな……。アイツの目的は私だろう……。この村に被害が及ばないところまでアイツを誘導する」
「モモンガさん……倒して、また戻ってきて下さい」
「いや、この村にはもう戻らない。たとえ……勝てたとしてもな……」
ふっとエンリは思い出す。それは、父と母を思い出す。自分と妹を助けるために、父はナイフ一つで騎士に襲いかかった。母は、自分が囮となり、自分と妹に逃げるべき方角を示した。
そんな父と母と、モモンガさんは同じ事をしようとしているのではないか。そんなのは嫌だ。エンリの心に鋭利な痛みが走る。激しい哀しみの痛み。父と母を失った、鈍く重い痛みではない。父と母を失った悲しみとは違う哀しみ。
『
あぁ、そうか。
「モモンガ様。誰とおしゃべりをしているでありんすか?」
シャルティアは急降下し、広場に降り立つ。そして、モモンガとエンリと対峙する。
血のように赤い鎧。そして傘を思わせるような槍。そして、エンリよりも身長は小さいのに拘らず、エンリを見下しているような冷たい真紅の瞳。
「急に降りてきてどうした? 嫉妬でもしたのか? シャルティア?」
「嫉妬? ええ。大いに嫉妬致しているでありんす。私の下を離れ、こんな薄汚い村で滞在されているなど。至高の御方がたに相応しい場所ではありんせん。ずっと私の傍にいてください」
「それは、俺を殺してというのが前提か?」
「もちろんでありんす」
「そうか……。まだ、最上級命令というやつは効果があるようだな」
エンリには詳細は分からないが、物騒なことをシャルティアと呼ばれた少女は言っている。少なくとも、モモンガさんは悲しそうだ。
「さて、では戦おう。場所を移すぞ、シャルティア。構わないな?」
「場所を移す? その必要がありますか? まさか……この下等生物たちを庇うおつもりですか? 死の支配者たるモモンガ様が、このような者たちに慈悲をかけるなど……。許せない……。なぜ、その慈悲を私に向けて下さらないのですか? 全員……殺す」
その瞬間、エンリの全身の毛が逆立つ。恐怖、死、憎悪。考え得る醜い感情の全てが、重い空気の固まりとなって、自分にぶつかってきたようだった。
「ふっ、馬鹿を言うな。お前が手に持っているのは、スポイトランスだろう? せっかくお前にダメージを与えても、回復されてもつまらないからな。付いてこいシャルティア、『
「ちっ」という舌打ちと共に、シャルティアもその後を追う。
・
「この辺で良いだろう……。手間をかけさせたな、シャルティア」とモモンガは、草原へと降り立つ。
「いえ、やっとモモンガ様を殺せるのですから……」
ふと、シャルティアは、スポイトランスを構えながら思う。なぜ私は、モモンガ様と戦おうとしているのか。考えてもよく分からない。ただ、殺す、それが最善の行動であると脳が囁く。殺す、それが絶対的に正しい。至高の御方がたのまとめ役であられたモモンガ様の言葉よりも、遙かに正しい。シャルティアは心で違和感を覚えつつも、その声に従う。
シャルティアは、冷静にモモンガを見つめる。魔力系
確実な手段は、モモンガのMPをまずはゼロにすること。そうすれば、ほぼ自分にダメージを与える手段は限られる。選ぶべきはMPを消耗させる持久戦だ。しかし、モモンガ様は何か奥の手を有しているのではないか? そんな気味の悪さをシャルティアは覚える。選ぶべきは……、物量戦と見せかけた短期決戦。
「“眷属招来”“
まずは、物量戦だ。
(最初のうちは、範囲魔法で一気に殲滅されるでしょうが……)
「
周囲に女の絶叫が波紋の如く響き渡る。それも即死の効果を持った叫び声。
シャルティアは、即死効果に対する完全耐性を持ち、当然その効果はない。しかし、召喚した眷属、召喚した魔物は一瞬にて灰となる。
(やはり、物量戦を嫌がりますか……。多勢に紛れて、距離を詰め、スポイトランスで滅多刺しにしたいのですが。予想通りですね、モモンガ様)
「“エインヘリヤル”」
シャルティアの前に、白き光が集約し、人間大の大きさへとなる。そして、その白色の光は、完全に人の形を象る。その姿は鎧が白く染まり、肌が白い光をボンヤリと放っている事を除けば、
使われても、自分はペロロンチーノ様から戴いた復活系アイテムをまだ持っている。
エインヘリヤルがモモンガを襲う。だが、モモンガを最初に襲ったのは、神聖属性を持つ3mもの長大な戦神槍であった。戦神槍がモモンガの胸に突き刺さる。そして、その衝撃を受けている間に、エインヘルヤルが距離を詰め、モモンガの右肩を貫く。
そして、最後にシャルティア本体が、スポイトランスでモモンガを貫こうとするが……
「――
シャルティアのスポイトランスは空を突き刺す。探知系の能力を持たないシャルティアは自分の目でモモンガを探す必要があるが……今はそんなことは不要だ。
「清浄投擲槍」
自動的に長大な戦神槍が浮かび上がり、そして空を疾走する。
「そっちか!」とシャルティアは清浄投擲槍の飛んでいく方向へと体を前進させる。再びシャルティアがモモンガを視界に捉えたときには、二本目の戦神槍がモモンガの左脇腹に刺さっているところであった。
エインヘルヤルとシャルティアはモモンガに再び槍を突き刺そうとする。
「――
再びモモンガの姿が消える。
「逃げ回っているだけですか? モモンガ様! あははは」とシャルティアは高笑いをする。
「<ruby><rb>あらゆる生ある者の目指すところは死である</rb><rp>(</rp><rt>The goal of all life is death</rt><rp>)</rp></ruby>、
モモンガの切り札。
エインヘリヤルは消滅していくが、自分は大丈夫。出来ることなら、エインヘリヤルと、自分との同時攻撃により、短期で決着を付けたかった。だが、モモンガ様に切り札を切らせた。結果は上々だろう……。
(後は、MPの削り合い。HPの削り合い。だけど、私は、
魔法と魔法。お互いのMPを削りながら、お互いの同時にHPも削っていく消耗戦。
「あはっ! 魔法と魔法の撃ち合い。これで終わりですか? モモンガ様のHPはほとんどゼロに近いのではありませんか?
自分のHPは回復した。自分のMPはゼロに近い。だが、MPがゼロに近いのはモモンガ様も同じはず。
あとは、近接戦闘によって、スポイトランスによって、自らのHPを回復させながら、モモンガのHPを奪うだけだ。自分のHPに不安はない。超位魔法を使われようとも、なんの心配も無い。
あとは、スポイトランスでめった刺しにするのみ。