王の二つの身体   作:Menschsein

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Diligit anima mea
Diligit anima mea 1


 “あまのまひとつ”が生産に使うアイテムを集めるために、九人の自殺点(ナインズ・オウン・ゴール)はシシリック・アイランドに訪れていた。

 三か月に一度、島に生えている水仙(ナルキッスス)が開花し島全体が花畑となる。その時期は、普段は緑色の島が、雪が降ったように白く変わる。そして、所々に咲いている黄色い花。それが、霊薬の材料となる“ペルセホネの水仙(ナルキッスス)”だ。現実時間で、三か月に一度というタイミングでしか咲かない花だ。希少性は高い。

 

「たっちさん、あそこで“ペルセホネの水仙(ナルキッスス)”を集めている方、異形種ですね」と、モモンガは言った。

 

 白い花で覆われた小高い丘の上で、てらてらした光沢のピンク色の肉の塊が、くねくねと花畑の中を動き回っていた。

 

 

「そうですね。お一人のようですね。ちょっと勧誘してみますね」とたっち・みーさんは言って、その方向へと歩き出す。

 

「なんだか、激しく景観を損なっている異形種だな……」とフラット・フットは、丘の上から太陽の光を乱反射させながらぐにょんぐにょんと動くピンク色の肉感豊かな肉棒を見て呟いた。

 

「それを言ったら、私たちだってお花畑は似合いませんよ」と自らのモモンガは手で、ナルキッススを一本摘んだ。モモンガの手は白骨だ。花を持っても似合わない。むしろホラーだ。

 

「武人に花は要らぬ。散らすのは己の命のみ」

 

「いや、武人建御雷さん、そんなこと言ってないで、ちゃんとみんなで採取しましょうね? 次は、武人建御雷が必要としている鉱物を取りに行くって、たっちさんが言ってたじゃないですか」と、モモンガが言う。武人建御雷は、最後までペルセホネの水仙(ナルキッスス)を採取しに行くという提案に反対をしていた。曰く、武人らしくない。

 

「あの、モモンガさん、よろしければ、ここでちょっと仰向けになってもらえませんかね?」

 

「別に良いですが……」とモモンガは、エンシエント・ワンの言葉どおり花畑に転がる。

 

「うん。イメージ通りです。野ざらしにされた亡骸。それが美しい花に囲まれて静かに眠っているの図、ですね」とエンシエント・ワンは満足そうに言う。

 

「おいおい、それなら髑髏の目のところからも花が顔を出ている方がリアルなんじゃないか?」と一本の花をモモンガの眼窩に活けようとした。

 

「ウィッシュさん! それは勘弁してください。シュール過ぎますよ」とモモンガは慌てて起き上がる。

 

「冗談だよ、冗談」

 

「まったく、エンシエント・ワンさんも、ウィッシュさんも、人のアバターで遊ばないでくださいよ」とモモンガは冗談口調で抗議した。

 

「あっ、たっちさん帰ってきた……勧誘は失敗かな?」と、一人で丘から降りてくるたっち・みーを見ながら、あまのまひとつが言う。

 

「いやぁ、ナンパはお断りです、執拗だとGМコールしますよ、と言われてしまいましたよ」と、困ったように右手を頭の後ろに回していた。

 

「既婚者でリアルで警察官の人が、花畑でピンクのマラを勧誘したらナンパと勘違いされて、通報されそうになるって、どんだけ面白いんですか。それ。腹筋崩壊モノですよ」とウィッシュさんが言うと、全員が笑い出す。

 

「いやぁ、まさか女性だったとは迂闊でした」とたっち・みーが反省めいたことを言う。

 

「いや、あの外見で中味が女性って……ちょっとそれは無いんじゃないですかね。しっかし、女性で異形種ソロプレイって、すごいですね」と、あまのまひとつが感心したように言った。

 

 異形種であるがゆえに、異形種狩りの被害に遭ってしまう。まずそれにめげない気持ち。たっちさんと出会っていなければとっくの昔にユグドラシルを辞めていたであろう。

 それに、このシシリック・アイランドに来るにも相応の実力が求められる。モモンガも一人でこの場所に到達できる自信は無い。あのピンクの肉棒は実力者であることは間違いがない。

 

「まぁ、気を取り直して、採取を始めましょう。強いモンスターはいないでしょうが、希に、エリアボスである冥府王アイドーネウスが出現するという情報もあります。隠密系のモンスターらしいです。十分に注意してください。弐式炎雷さんとフラットフットさんは、定期的に索敵をして、冥府王アイドーネウスが周囲にいないかどうかチェックをお願いします。では、今から三時間ほど、みんなで力を合わせて頑張りましょう!」とたっち・みーが指示を出す。

 

「了解!」

 

 ・

 

 “ペルセホネの水仙(ナルキッスス)”は、黄色い花。通常のナルキッススは白色の花だ。白色の花にポツンと黄色い花が一輪咲いている。半径十メートルの範囲に一輪ある程度だ。白の中に黄色があり、見つけるのは簡単であるが、一輪一輪採取していくとなると時間がかかる。シロツメクサが生い茂った草原で、四葉のクローバーを探すよりは簡単ではある。

 

 モモンガは、“ペルセホネの水仙(ナルキッスス)”を摘んでは、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)に入れていくという作業を繰り返す。

 現実でこんなことをしたら絶対腰がやばいことになるよな、とモモンガは思う。花を見つけては腰を曲げて花を摘むということを二時間は繰り返していた。時刻の経過とともに、太陽が傾き夕方近くとなった。夕日が白い花を夕日色に染め上げたせいで、黄色い花が見つけにくくなった。

 

 そろそろ採取も限界かなぁ。みんなはどこにいるのだろうとアインズはあたりを見渡す。そして、目に入ったのはくねくねと動くスライムだった。

 

 あっ。さっきのソロの人だ。

 

 “ペルセホネの水仙(ナルキッスス)”を探すために地面ばかり見ていたモモンガであった。うっかり近くに来てしまっていたのであろう。

 あちらも、何かの作業に夢中なようで、モモンガには気付いていないようだった。

 

 夕陽を浴びて、ピンク色だった肉の塊は、紫色の肉棒のように見える。そして、おそらく手だと思われる部分には、白い花で作られた王冠があった。ナルキッススの花を結んで花の冠を作っているのであろう。

 

 モモンガは、花の冠を作っている姿を見て、本当に中の人は女性かも知れないと思う。男性のアレを連想してしまうようなツヤツヤの光沢がある肉感的なピンク色の外見で、しかもネカマであると考えるよりは精神的に健全な気がする。

 

 それにしても、どうやって作っているんだろう? あれって手なのかな? 見たところスライム種のようだけど、スライム種って手があったけ。いや、スライム種だと触手なのかな、とモモンガが見つめていると、相手も気付いたようで、頭をあげて、ぐにゃっと体を捻った。モモンガの方を見ているような気がした。

 

 あっ、この距離は近すぎるかな、とモモンガは焦る。距離にして二十メートルほど。攻撃魔法の範囲内だ。こっそり近づいたと勘違いされたら、必然的にPK(プレイヤー・キラー)を狙っていると誤解される。

 

「ごめんなさい。アイテム採取に夢中で……敵意はありません」とモモンガは両手をあげる。

 

 頭部と思われる先端部分が上から下ににゅよんと動いた。どうやら、「わかった」とか「そうですか」と同意してくれたようだとモモンガは判断し、一安心だ。

 

 そしてモモンガは、「あ、あの。何を作っているんですか?」と続いて尋ねる。同じ異形種同士。ナンパではなくクランへの勧誘だと分かれば、安心するかもしれない。

 それに、いつもたっち・みーさんが勧誘する際に使う効果エフェクト。「正義降臨」は、人によってはドン引きものだ。モモンガはカッコいいと思ったが……。

 

 相手は、モモンガの言葉を聞いて、慌てた様子で素早く花の冠を自分の身体の後ろに隠した。

 

 黄色い花である“ペルセホネの水仙(ナルキッスス)”が霊薬の調合の材料になるだけでなく、普通の白い水仙(ナルキッスス)も、たくさん集めてあのように花の冠にすると、何か特殊効果を得られるのであろうかとモモンガは考える。

 ユグドラシルでは、情報こそがもっとも価値がある。見られまいとする相手の行動も当然であろう。しかし、モモンガも、盗み見るつもりはなかったが、見ちゃったものは仕方がない。あまのまひとつさんに参考情報として、このことは伝えておこうと思った。


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