怪獣が鎮守府に着任しました。これより蹂躙の時間が始まります。   作:サンダーボルト

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この作品にヒロインって必要なのか?それが気になります。


航空母艦赤城が秘書艦となりました。食いしん坊なのは相変わらずのようです。

ムートーが提督として正式に着任した日の翌日。前日の小美人妖精の説明の後、たっぷりと英気を養った赤城は執務室へと向かっていた。ムートー提督から秘書艦の任命はされていないものの、前提督の時に秘書艦だったので引き続き秘書艦になっていた。

 

提督に着任したてとはいえ、出撃や遠征などは提督に命令してもらえなければ行う事ができない。赤城は初日で最低限の仕事は覚えてもらおうと考えていた。

 

それに、いくらブラック鎮守府に対する救済策としてあの提督が来ているのだとしても、大多数の艦娘はまだ信じられていない。ここは自分が一肌脱いで、あの提督がどんな人物なのか見極めたいとも思っていた。

 

様々な思惑を頭の中で渦巻かせながら廊下を歩いていると、いま自分が向かっている部屋の扉と壁が破壊され、中からムートーが赤い目をぎらつかせながら飛び出てきた。

 

 

「きゃああああー!?ちょっと提督!扉壊しちゃ駄目じゃないですか!どうせ改装するんだから、じゃないですよ!工廠の妖精達に怒られるの私なんですからね!!ああちょっと、翼広げないでください!窮屈な思いをさせているのは分かっていますけど、まだこの鎮守府は提督が自由に動けるような場所じゃないんですから!!」

 

 

慌ただしく注意をする小美人妖精だが、ムートーは未だに興奮状態であり、荒い息をしながら周囲の様子を探っている。と、ここで執務室に向かっている途中だった赤城と目があった。

 

赤城はムートーの眼光に気圧されそうになったが、一航戦の誇りを胸に何とか耐えしのぎ、ムートーを見上げるように敬礼をした。

 

 

「おはようございます、提督!一航戦赤城、本日の秘書艦を務めさせていただきます!つきましては、本日の予定を組みたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 

ムートーは赤城の声を聞くと、荒い息を落ち着けて赤城の方に向かって三回吠えた。ムートーが何を言っているのかが分からずに戸惑う赤城は、助けを求めて小美人妖精に視線を向ける。がっくりとうなだれていた小美人妖精は、赤城の視線を受けて仕事を思い出し、慌てて通訳を開始した。

 

 

「ええっと…ボーキサイトの備蓄が少ないので第三、第四艦隊を遠征に行かせてほしいそうです。それと空母などの艦載機運用訓練はボーキサイトが貯まるまでは中止。水雷戦隊を編成して、駆逐艦の練度を底上げしてください。第二艦隊旗艦に明石さんを配置して、小破したら明石さんに直してもらいながら出来るだけ多くの駆逐艦を育ててください……との事です」

 

「三回吠えただけでそこまで言ったんですか!?」

 

 

昨日着任したばかりなのにかなり細かく指示を出した事にも驚いたが、たった三回吠えただけなのにかなり長い話をしていた事に一番驚いていた。

 

 

「驚きますよね。私もようやくムートー提督の言葉を理解した時はもうビックリしましたから」

 

「は、はぁ…」

 

「ほら提督!せっかく赤城さんがいらっしゃったんですから、一緒にお仕事しましょう!執務室に戻ってください!さ、赤城さんもどうぞ!」

 

「え、えぇ…」

 

 

ムートーはすごすごと執務室に戻り、赤城も小美人妖精に言われるがまま入室する。入れ替わりで提督の補佐係をしていた軽巡『大淀』が、艦隊に命令を伝えるために出ていく。その時赤城に小声で『驚かないでくださいね』と言っていたが、赤城はその言葉の意味を深く考える前に執務室へと入った。

 

結果的に言えば、大淀の忠告は無意味だった。

 

執務室の中を見て赤城は思わず口を大きく開けた。いつも見慣れている、整理整頓が行き届いていた執務室の姿は跡形も無く消し飛んでいた。

 

資料がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた棚は横に倒され、ファイルやプリントがぐちゃぐちゃに散乱している。

 

いつも提督が使っていた豪華で大きな机は、真っ二つに叩き壊されていた。恐らくは、あの長い腕を振り落として壊してしまったのだろう。椅子も同様に押し潰されている。まさか座ろうとした、わけでは多分ない。

 

机の丁度後ろに飾られていた提督の肖像画は、最早原型がとどまらない程に滅茶苦茶にされていた。何故か黒い油性ペンの後が残っている事から想像するに、小美人妖精が悪戯書きをした後に壊したのだろうか。

 

天井にはムートーが何度も頭をぶつけたであろう、大きなへこみが何か所もあった。

 

提督がため込んでいた贈答品の高価なワインや日本酒は不思議なことに無事だった。一ヶ所にまとめられていたので、小美人妖精が守り通してくれたのかもしれない。

 

滅茶苦茶になった執務室を見て、赤城は頭を抱えて大きな溜息を吐いた。その横ではムートーが段ボール箱を潰さないように慎重に並べ、赤城を見ながら床を軽く叩く。どうやら、ここに座れと言っているらしい。赤城はこの惨状をどうするか考えるのを止めて、大人しく段ボールの前に座った。

 

 

「ええと、まずお聞きしたいのですが、なぜ駆逐艦の育成を?」

 

「この鎮守府はブラックだったとはいえ、赤城さんを筆頭にそこそこ練度の高い艦娘さんが揃っていますが、重巡、駆逐艦の練度はそこまで高くないのに気がつきまして。ボーキサイトは勿論ですが、他の資材も余っているわけではないので、なるべく節約しながら戦力の増強を図りたい……というのが、提督のお考えです」

 

 

ムートーは小美人妖精の説明に大きく頷いた。

 

 

「それで赤城さんにお聞きしたいのですが、どうしてこんなに練度の差が偏っているのでしょうか?これも前提督の方針なんですか?」

 

「はい…。駆逐艦の場合、改二が実装されている子は育成されているのですが、それ以外の子は役立たず扱いされて…。戦艦や空母の盾代わりに出撃させられたり、提督のストレスのはけ口に殴られたり…」

 

「酷いやり方ですね…。あ、提督。改二というのはですね、艦娘は練度がある程度上がると改造してパワーアップできるんですが、更に練度を上げるともう一度改造できるんです。中には艦種が変わる子もいるんですよ」

 

 

改二について知らないムートーに小美人妖精が説明をする。

 

 

「重巡の方の場合は、火力が戦艦に劣り、軽巡のように対潜攻撃もできない中途半端な存在…という事で、前提督はほとんど戦力として見ていなかったんです。私達もその認識を改めさせようと話してみたのですが、聞く耳持たずで…。

一方的に役立たずと決めつけたうえ、それを口実にむりやり夜の相手をさせて、そんなすり減った精神状態で出撃しても戦果は挙げられず、またいびられる…という悪循環でして…」

 

「ヘドが出ますね、まったく…」

 

 

話を聞いた小美人妖精は嫌悪感を滲ませる。ムートーの方は表情はうかがい知れないものの、いい感情は抱いていないようだ。

 

 

「しばらくの間は駆逐艦、重巡の育成を優先させましょう。資材が貯まったら新しい海域の開放に挑戦したかったですけど、戦える艦娘さんがこうも偏っているとね…」

 

「そうですね。今後の事を考えると、戦える艦種が限られてしまうのは避けたいですし」

 

 

ここでムートーが、赤城を見ながら長い唸り声を出した。

 

 

「え、えーと……提督?なにか…?」

 

「艦種が限られていると具体的にどう不味いのか、説明を求めています」

 

「あ、はい…。まず艦隊が進軍する際に進路の固定がしにくくなります。私達は羅針盤を用いて進む方角を決めているのですが、決める時に妖精さんが羅針盤の針を回すんです。方向はランダムに決まるのですが、特定の艦種を入れるとルートを固定化できたり、逆に入っていないと進めないルートもあるんです。場合によっては、敵の大将を叩けない可能性も出てくるので、様々な艦娘を育てる事が重要なんです」

 

 

赤城の分かりやすい解説を聞き終わったムートーは、自分の横にいる小美人妖精をじっと見つめる。そして片腕を降り下ろして怒ったような声を上げた。

 

 

「危なっ!?な、なにするんですか提督!余計な事するなって、私に言わないでくださいよ!私と彼女達とは管轄が違うんですから!同じ妖精なんだからどうにかしろって?無理ですよ!お互いの仕事に口を出すのはタブーなんです!私だってどうして針を回すのかは知らないんですから!」

 

 

ギャーギャー口喧嘩をする一人と一頭を前にして、赤城はムートーと正面切って言いあっている小美人妖精の肝の強さに少し尊敬の念を抱いた。そして負けていられないと、赤城は口喧嘩に強引に割り込んだ。

 

 

「お二人とも!まだ説明は終わっていませんよ!」

 

「むむむ……はっ!?も、申し訳ありません!続きをお願いします!」

 

「では…こほん。そして艦種によって装備できるものも違います。砲撃戦用の主砲も小口径、中口径、大口径と分かれていますし、雷撃戦用の魚雷は戦艦、空母には装備できません。最近では陸上型の深海棲艦も出現したのですが、これに有効とされる三式弾は重巡、航巡、戦艦しか装備できません。敵に対して有効な装備で戦うためにも、色々ある艦種を理解し、鍛えなければならないのです」

 

 

赤城の介入によって静かになったムートーは黙って頷く。そして小美人妖精に何かを伝えたようだ。

 

 

「大変丁寧な説明だった。ありがとう。と、提督はお礼を言っていますね」

 

「っ!?も、もったいないお言葉です!」

 

 

あの怪獣提督が普通にお礼を言った事に軽く動揺した赤城だが、すぐに敬礼をして気を持ち直す。

 

 

「……?赤城さん、提督がもう一つ聞きたいことがあるらしいんですが…」

 

「はい!なんなりと!」

 

「ですって。何なんですか?私も聞いてませんけど」

 

 

ムートーはまだ質問があるらしく、小美人妖精を通じてそれを赤城に伝えた。事前に打ち合わせていなかった事らしく、小美人妖精もその内容は知らないようだった。

ムートーは壊れた机の残骸から重厚なつくりの金庫を引っ張り出し、赤城と小美人妖精の前に置いた。扉は既に破壊されており、小美人妖精はむき出しになった中身を覗き見た。

 

 

「これは…紙束?って、これ間宮券じゃないですか!」

 

 

間宮券。その甘美な響きに赤城の目が一気にキラキラ状態になる。間宮券とは鎮守府に配属されている給糧艦『間宮』手作りのアイスクリームを交換できる配給券の事だ。このアイスクリームには疲労回復、戦意高揚の効果があるが、ただ単純に美味しいという事もあり艦娘達の中で大人気なのだ。当然、赤城も例に漏れずこの反応だ。

 

 

「うわぁ…こんなに沢山ありますね。十枚の束がひー、ふー、みー……ざっと数えて五百枚くらいですね。前提督が艦娘さんに配給される分も横領していたんですかね?どうなんですか、赤城さん……赤城さん?」

 

 

小美人妖精が赤城に聞くが、赤城の目は既に金庫の中の大量の間宮券に釘づけだった。半開きになった口からはよだれが垂れている。ムートーが金庫の中から間宮券を一束取り出すと、赤城の目もそれにつられて動く。それを見たムートーは小美人妖精に向かって一回吠えた。

 

 

「えーと、この間宮券なんですが…」

 

「くださいっ!!」

 

 

通訳を遮って大声を出した赤城が両手を勢いよく差し出した。迷いの無い動きに一人と一頭は驚くと共に少し引いた。

 

 

「いえ、あの、そうではなくてですね…」

 

「くださらないんですかっ!?」

 

 

がーん、と効果音が聞こえてきそうな程に赤城がショックを受けた表情をする。小美人妖精は苦笑いを返しながら言葉を続ける。

 

 

「とりあえず、この間宮券は艦娘さん全員に一枚ずつ配布したいと思います。そして残りは、秘書艦業務の報酬とする事とします」

 

「報酬…ですか?」

 

「はい。なんせ提督がこんなんですから、赤城さんみたいに秘書艦になってくれる艦娘さんも少ないと思うんですよ。餌で釣るという表現はアレなんですが、少しでも積極的になってくれればいいと思いまして」

 

「では、私も貰えるという訳ですねっ!?」

 

「は、はい。そうなりますね」

 

 

グイグイと食いついてくる赤城に、果たして自分の話は通じているのだろうか、と小美人妖精は密かに心配していた。

 

そんな心配をよそに、ムートーは間宮券の束を赤城の顔の前でちらつかせ、それに合わせて動く赤城を見て遊んでいた。どうやらムートーにも遊び心はあるらしい。元々この紙束が何かを聞こうとしていたムートーだが、赤城の反応を見てこれが艦娘にとって有用な物なのは理解したようだ。

 

 

「では早速お仕事です!まずは鎮守府の改装計画を練りましょう!」

 

「了解です!」

 

 

俄然やる気に満ちた赤城の下、建物の改装を始めとして怪獣鎮守府は本格的に稼働し始めた。

 

仕事を終えた赤城は手に間宮券を持ってほくほく顔で食堂へ向かい、とびっきりのいい笑顔でアイスクリームを食べていたらしい。


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