どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第三十四話

 一護がバンビーズ三人掛かりで苦戦している処に突如として現れた二体の十刃(エスパーダ)、ネリエルとグリムジョー。

 その二人が発した言葉に誰もが耳を疑う……事はなかった。少なくとも、一護はネリエルの助けに来たという言葉は信じた。

 だが、グリムジョーの口から同じ言葉が発せられた事は一護でさえ己が耳を疑った。あのグリムジョーが、一護を殺す事に執着していたグリムジョーが、己が王である事を証明する為にあらゆる敵を屠らんとしていたグリムジョーが、どうして敵である筈の死神を、ましてや自分を助けに来ると思えるのか。

 

「ネル……グリムジョー……お前ら、どうして……」

 

 どうしてここに来たのか。本当に助けに来てくれたのか。ネリエルはともかく、グリムジョーの真意が理解出来ない一護がそんな疑問を零す。

 そんな一護に対し、久方ぶりに再会した憎き敵を前にして笑みを深めたグリムジョーが語り掛ける。

 

「よぉ、久しぶりだな黒さ――」

「一護ぉぉぉ! 久しぶりぃぃぃ!」

「わぷっ!」

 

 だが、グリムジョーの言葉はネリエルの突然の行動によって遮られた。久しぶりに一護に再会出来た事が嬉しかったのか、感激したネリエルが一護に向かって飛びつき、その豊満な胸に一護の顔を(うず)めたのだ。

 

「一護ぉ! クアルソ様が私の傷を治してくれてね! もうずっと大きいままでいられるようになったの! それとも一護は小さい方が良かった?」

「クアルソが!? ってそうじゃない! 小さい方が良いとか嘘でも言うな! おいそっちの滅却師(クインシー)! 何後ずさってんだ!?」

 

 ネリエルの発言を聞いたリルトットが一護に冷めた視線を向けながら後ずさっていた。

 

「おいネリエル! テメェ邪魔してんじゃねぇ」

「邪魔? 邪魔って何のよ。一護と戦う為に来たわけじゃないでしょ? さっきの貴方、一護に闘志を剥き出しにしていたわよ」

「……ちっ!」

 

 そう、先程のグリムジョーは一護に向けてその闘志を、いや、殺意と言っても良いレベルのそれを放っていた。それを察したネリエルは一護に飛びつく事でグリムジョーの闘志を散らしたのだ。それ以外に他意はない、事もない。普通に抱きつきたかったというのもある。

 

「解っているでしょう? もし一護に、いえ、死神に手を出してみなさい。クアルソ様、それはもう怒るでしょうね」

「……解ってんよ」

 

 そう、グリムジョーも理解している。クアルソと自分の間にある絶対的な力量差を。クアルソの命令に逆らった場合のお仕置きを。

 基本的に修行以外では優しい、というより破面(アランカル)基準で言えば甘いクアルソだが、それでも許す許さないの一線はある。その一線を越えた者には、クアルソも厳しい処置を下すだろう。

 クアルソの下で以前よりも強くなった自覚はあるが、それでも勝てる見込みはない。現状でクアルソに逆らうような馬鹿な真似をするつもりはグリムジョーにもなかった。一護に対して殺気を送ったのは条件反射のようなものだ。

 

「お前ら……本当に俺達を助けに来てくれたのか……?」

「ええ、もちろん!」

「クアルソ様の命令だからな。それと、お前を倒すのは俺だ。俺以外の奴にやられてんじゃねぇ黒崎」

 

 ツンデレの見本のような台詞はともかく、グリムジョーがクアルソに敬称を付けている事に一護は驚愕する。

 

「なあ、クアルソ様って……」

「あれ? 一護は知らなかった? クアルソ様って破面(アランカル)を統べる王様なのよ」

「マジかよ……。いや、藍染を倒せる程なんだ。それも当然っちゃ当然か……」

 

 一護はクアルソが破面(アランカル)の王様をしているという情報は驚いたが、あの強さならばそれも当然かと納得する。

 しかしそれでもプライドの高いグリムジョーが素直にクアルソに従っている姿を見るのは違和感を覚える一護だったが、グリムジョーは藍染という圧倒的強者に対しても一応従っていたので、絶対的強者に対してはそれなりに服従するのだ。もちろん、その絶対的強者がこちらを殺しに来た場合や、絶対に倒さなければならない場合などは話は別だが。

 

「おい、何くっちゃべってんだお前ら!」

 

 突如として現れた十刃(エスパーダ)に、その十刃(エスパーダ)二人が一護と会話を始めた事で戦闘が中断した事に苛立ったキャンディスが言葉と共に怒気を放つ。

 まあ、戦闘中に乱入したかと思えば呑気に会話しているのだから、気が短いキャンディスでなくとも腹が立つだろう。ここは戦場で、今は殺し合いの最中なのだ。他の事に(うつつ)を抜かす余裕があるなど、自分達を嘗めているとしか思えなかった。

 

破面(アランカル)だろうが敵に変わりはねぇだろ! まとめて死ね!」

「くっ!」

 

 キャンディスが一塊になっていた一護達に向けて巨大な雷撃を放とうとする。完聖体となったキャンディスが放つ全力の一撃だ。それを見て、一護が月牙天衝で相殺しようと試みようとする。

 だが、その一撃が放たれる前に、一護が月牙天衝を放つ前に、破面(アランカル)最強の十刃(エスパーダ)二体は既に戦闘態勢へと移行していた。キャンディスの敵意と実力を読み取り、初手から解放状態で対応すると判断したのだ。

 

「謳え。羚騎士(ガミューサ)

「軋れ! 豹王(パンテラ)!」

電滅刑(エレクトロキューション)!」

「月牙天衝!」

 

 一護達に向けて放たれる極大の電撃。それに対し一護が放った月牙天衝が衝突する。そして、ほぼ同時に更なる力が放たれた。

 

虚閃(セロ)!』

 

 解放状態となったネリエルとグリムジョーから同時に虚閃(セロ)が放たれ、そして月牙天衝を後押しするようにキャンディスが放った電撃に衝突する。

 その瞬間、キャンディスが放った電撃は三人の霊圧の塊により、僅かに拮抗するも一気に押し切られる事となった。

 

「な!?」

 

 自分が放った最大の一撃が押し切られた事に驚愕するキャンディスだったが、それは戦場において大きな隙を生み出す行為だ。尤も、大技を放った直後故にどちらにせよ隙は大きかったが。

 回避は不可能。直撃すれば死なないまでも致命的なダメージを負うだろう。それ程の力の奔流がキャンディスに迫り――

 

「させねーよ」

「甘いですぅ」

 

 ――リルトットとミニーニャが放った神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)が、一護達の放った霊圧を相殺した。

 

「あぶねーな。気を付けろよキャンディ。相手は並大抵じゃねー。一人でどうにか出来ると思ってたら死ぬぞ」

「く……わ、悪かったよ」

 

 バンビーズは他の星十字騎士団(シュテルンリッター)と比べると仲間意識がそれなりに高い滅却師(クインシー)だ。まあ、バンビーズの中でも色々と考えはあるが。

 ともかく、この状況で仲間を失う事がどういう結果を招くか理解しているリルトット達は、キャンディスの危機を放置する事なくどうにか救出したのであった。

 

「ちっ。今の電撃それなりに威力がありやがったな」

 

 自分達の攻撃が相殺された事にグリムジョーが舌打ちする。キャンディスの電滅刑(エレクトロキューション)により、一護達の攻撃の威力が減少していたのだ。

 

「クアルソ様が言っていた通りかなりの強敵よ。気を付けなさいグリムジョー」

「うるせーな。テメェに言われなくても解ってんだよ」

 

 ネリエルの上から掛けるような言葉にグリムジョーがイラつきながら返す。まあ、一つだけだが階級が上の者の言葉なのだが。現状は打倒ネリエルを掲げているグリムジョーとしては、ネリエルに何か言われる事が癪に障るのだ。

 

「敵は三人でこっちも三人。一人が一人を受け持ったら丁度だな。助かるぜ」

 

 先程までは一対三で戦っていた一護としては、一人だけに集中すれば良いのだから大分楽になるだろう。

 三対三の構図に持って行くつもりは一護にはなかった。敵は仲間同士だが、こちらは死神と破面(アランカル)の急造チームだ。敵として戦った事はあれど、味方として共に戦った事は一度もない。ネリエルも、かつて一護を助けてくれた事はあるが、共に戦ったわけではない。

 そんな者達に連携など望めるわけもない。それならばそれぞれが敵の一人を抑え込み、一対一を三つ作り上げた方が遥かにマシと言えるだろう。

 敵は誰もが強敵だが、ネリエルとグリムジョーならば簡単にはやられない筈だ。自分が一人を倒し、その後は残りの二人を三人で倒せばいい。一護がそう考えた時だった。

 

「さっさと片付ける。こいつらを殺した後はクアルソ様に許可を貰ってお前と殺し合いだ黒崎!」

 

 そう言って、グリムジョーは一人バンビーズへと突っ込んで行った。一対一どころか一対三の状況に自ら陥ろうとする。果たして一人で勝てると思っているのか、それとも一護やネリエルが参戦する事を理解しているからか。

 どちらにせよ、グリムジョーは冷静さを失っている訳ではなさそうだ。失っていたら、クアルソに一護と戦う許可を貰う等という発想は出てこないだろう。

 

「仕方ないわね……。大丈夫よ一護。クアルソ様が一護を殺すような命令をする訳ないから」

「あ、ああ……。いや、問題はそこじゃねぇ。いやまあ問題ではあるけど。それよりいくらグリムジョーでもあいつら三人を相手にしたらやばい! 俺達も行くぞネル!」

「ええ!」

 

 幼い自分の愛称を呼んでくれた事に喜びを顕わにしたネリエルが、一護の敵を倒す為に全力を発揮する。クアルソがここに居たら嫉妬全開だっただろう。もしかしたらグリムジョーに許可を与えていたかもしれない。

 まあ、クアルソがここに居ればバンビーズの大半を口説いて撃沈して意気消沈していただろうが。

 

「死ね!」

「一人で突っ込んで来るなんて馬鹿かお前!」

 

 リルトット達目掛けて突進して来たグリムジョーに対し、キャンディスが嘲り笑いながら馬鹿にする。

 

「さっき一人で先走ってやられそうになった人の言う事じゃないと思うの……」

「言っても無駄だ。聞いてねーし」

 

 ミニーニャの鋭い指摘はキャンディスの耳には届いていなかった。それ程グリムジョーに集中しているのだろう。

 

「あー。(ホロウ)はまずいんだよなぁ。破面(アランカル)っつっても(ホロウ)みたいなもんだろうし……」

 

 嫌そうに呟きながらも、リルトットはグリムジョーを食らおうとして食いしんぼう(ザ・グラタン)の力を発動させる。これでグリムジョーを食らえば戦局は一気にリルトット達に傾くだろう。

 単純に数の差が出来るのもそうだが、リルトットの食いしんぼう(ザ・グラタン)は何でも食らい尽くすだけの能力ではなく、肉体の一部でも捕食した相手の能力の情報を知る事が出来る上に、消化するまでの間だがその能力を使用する事も可能とする能力なのだ。

 これでグリムジョーを食らえばグリムジョーの能力をリルトットが一時的にだが得る事が出来る。そうなればリルトットの戦力は更に上昇する事になるだろう。強敵を食らえば食らうほどに強くなる。それがリルトット・ランパードなのだ。

 だが、当然食らう事が出来なければ意味はない。

 

「!?」

「悪いけど、あなたの相手は私よ」

 

 帰刃(レスレクシオン)した事で下半身が馬のような四本足となったネリエルが、ランス状の武器をリルトットの顔面向けて突き放っていた。

 先程まで離れていたネリエルが想像以上の速度で急接近した事に驚愕したリルトットだったが、咄嗟の判断でその一撃を躱す。だが、攻撃が躱されたネリエルは接近した勢いを利用して前脚でリルトットの腹部に蹴りを叩きこんだ。

 

「ぐふぅっ!」

 

 これまた咄嗟の判断で静血装(ブルート・ヴェーネ)を発動したリルトットだったが、それでもダメージを受けていた。四本足の下半身は見た目だけではなく、相応の脚力を有しているようだ。

 

「こ、のっ! 食ったもの出すとこだったろうが!」

 

 ここに来るまでに食べたモノを吐き出してしまう程の衝撃だったようだが、既にリルトットの腹の中は胃液しか残っていなかった。暴食のリルトットは消化能力も早いようだ。

 

神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)!」

 

 リルトットがお返しとばかりに神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)を放つ。矢の先端が口のような形になっている独特の神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)だ。これはリルトットだけに限った事ではなく、バンビーズは全員神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)を好きな形に変えていた。

 リルトットの実力はバンビーズの中でも上位だ。バンビーズは星十字騎士団(シュテルンリッター)の中では新参だが、それでもリルトットは古参の星十字騎士団(シュテルンリッター)に引けを取らない実力を有しているだろう。一部の規格外は除くが。

 故にリルトットの神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)の威力はやはりバンビーズの中でもトップクラスだ。破壊力や殲滅力という点ではバンビエッタの能力には勝てないが、単純な霊圧の出力で言えばリルトットに軍配が上がるだろう。

 そんな強大な霊圧が籠められた神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)がネリエル目掛けて直進し――ネリエルの口の中に吸い込まれた。

 

「なっ……!?」

「がぁっ!」

 

 ネリエルは吸い込んだ神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)に、自身の虚閃(セロ)を合わせて口から放つというとんでもない技にてリルトットに攻撃を返した。これがネリエル独自の技、重奏虚閃(セロ・ドーブル)である。

 本来は相手の虚閃(セロ)を口から吸い込み、自身の虚閃(セロ)を重ねて放つという技だった。だが、虚閃(セロ)が吸い込めるならば他の霊圧も吸い込める筈だと、クアルソ監修の下に鍛え上げられ、許容内の霊圧であれば虚閃(セロ)でなくても吸い込み重ねる事が出来るようになったのだ。

 

「――ッ!」

 

 自分が放った神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)が呑まれるというまさかの事態に驚愕したリルトットは、その神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)が自分に返って来た事に更に驚愕してその一撃を躱す事が出来なかった。

 リルトットの神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)とネリエルの虚閃(セロ)が加わった事でその威力は格段に上昇し、静血装(ブルート・ヴェーネ)で護られていたリルトットに確実なダメージを与えていた。

 

「くそがっ……! 俺を相手に霊圧を食って見せるとか、ふざけんなよ……!」

 

 全身が傷だらけとなったリルトットが霊圧の奔流から抜け出しながら悪態を吐く。そんなリルトットを見て、ネリエルはその頑丈さに驚いていた。

 

「凄く頑丈なのね。あれだけの攻撃を受けてその程度ですむなんて」

 

 ネリエルは静血装(ブルート・ヴェーネ)による防御力に感心するが、リルトットとしては静血装(ブルート・ヴェーネ)を凌駕する威力の攻撃を放つネリエルを脅威に感じていた。

 

「良く言うぜ……静血装(ブルート・ヴェーネ)を簡単に貫いておいてよ……!」

 

 血装(ブルート)には防御用の静血装(ブルート・ヴェーネ)と攻撃用の動血装(ブルート・アルテリエ)の二種類があり、二つを状況に合わせて使い分けて戦うのが星十字騎士団(シュテルンリッター)の基本戦術だ。

 だが、ネリエルの攻撃速度や威力は護廷十三隊隊長の平均レベルを上回っている。攻撃の為に動血装(ブルート・アルテリエ)を発動すれば、その隙に一瞬で殺されてしまいかねない。かと言って静血装(ブルート・ヴェーネ)を発動し続けていれば勝てるかと言えばそうでもない。

 確かに防御力は飛躍的に上昇するが、その防御を抜く威力をネリエルは持っている。防御だけではジリ貧となるのは明白だろう。二つの血装(ブルート)を同時に発動出来さえすればいいのだが、それが出来ないのが血装(ブルート)の最大の欠点であった。

 

「くそがっ!」

「女の子がそんな口汚い事言うものじゃないわよ」

「大きなお世話だ!」

 

 結局、リルトットは静血装(ブルート・ヴェーネ)を全力で発動させてネリエルの攻撃に対処するしかなかった。そうしなければ早々に敗北していただろう。

 ネリエルが四本の脚を使って全速力の響転(ソニード)からの突撃を行う。騎兵によるランスの突撃を思わせるその一撃を、リルトットは辛うじて回避する。そして躱し様にネリエルに向けて複数の神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)を放った。

 

「食らえ!」

 

 ネリエルは口から神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)を吸い込んでいた。つまり、口以外では吸い込む事が出来ないとリルトットは推測したのだ。

 リルトットを通り過ぎた為にネリエルは背中をリルトットに晒している。狙いは頭部ではなく背中だ。これならば振り向き様に神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)を吸い込むという事は出来ないだろう。

 

「甘い!」

 

 ネリエルは後方から迫る神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)に気付きつつも、振り向きもせず更に前へと駆けた。その速度にリルトットの神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)は追いつく事が出来ず、敢え無くその攻撃は瀞霊廷の空へと消えて行った。そしてネリエルは素早く旋回しながら再びリルトットへと向き直る。

 リルトットは次の突進が好機だと判断する。先程はあまりの速度に回避してから神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)を放つのが限界だったが、次は食いしんぼう(ザ・グラタン)の能力を合わせる事が出来る自信があった。

 僅かでもネリエルを食らえば食いしんぼう(ザ・グラタン)の能力でネリエルの能力の詳細と、その能力を一時的に使う事が出来る。そうなれば戦力差は逆転するだろう。次にネリエルが接近した時こそが最大の好機だと、リルトットが逆転の為の一手を待ち構えていた。その時である。

 

翠の射槍(ランサドール・ヴェルテ)

「!?」

 

 ネリエルが手に持ったランスを全力でリルトットに向けて投擲した。

 突進とは違う攻撃に僅かに面食らうも、それでもネリエルの突進速度に集中していたリルトットは投擲されたランスを見切り、躱す事に成功する。だが、それでネリエルの攻撃は終わりではなかった。

 

「な――」

 

 ネリエルの周囲の空間に、無数のランスが浮いていた。その全てがネリエルの霊圧で作り出されたものだ。宙に浮かぶ数え切れない程のランス。それを、ネリエルはリルトットに向けて撃ち放った。

 

翠の乱射槍(ミリアダ・ランサドール・ヴェルテ)

「うおおっ!?」

 

 射出されるランスの数々。それらを躱し、神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)で逸らし、当たりそうなものは静血装(ブルート・ヴェーネ)で強化した肉体で受け流し、どうにか耐え抜くリルトット。

 だが、ランスの数は減るどころか更に増えていた。ネリエルの霊力がある限り、ランスは次々に創り出され射出され続けるのだ。

 

「くそっ!」

 

 リルトットは頭部にある光輪から聖隷(スクラヴェライ)と呼ばれる力を発動させる。完聖体となった滅却師(クインシー)が使う事が出来る、周囲の霊子を分解して強制隷属させる恐るべき力だ。

 魂魄の世界は全てが霊子で形作られている。無機物も、生物も、全てがだ。それらを分解して自らの物とする聖隷(スクラヴェライ)は、魂魄の世界において非常に強力な力と言えよう。

 ネリエルの放つランスも当然霊子で形作られている。それを聖隷(スクラヴェライ)により分解して吸収しようとしたのだ。だが――

 

 ――やっぱ無理か!――

 

 ネリエルのランスは、リルトットの聖隷(スクラヴェライ)では分解する事が出来なかった。如何に聖隷(スクラヴェライ)と言えども無条件に全ての霊子を吸収出来る訳ではない。強固な霊子強度を持っているものを分解するにはそれなりの時間を必要とするのだ。そして、高速で射出されるランスを吸収するには圧倒的に時間が足りなかった。

 

「これしかねーかよ!」

「え!?」

 

 追い詰められたリルトットの行動にネリエルが驚愕する。リルトットは食いしんぼう(ザ・グラタン)の力で口を巨大化させ、自身に向かって来るランスを喰らったのだ。まさかランスが食べられるとは思ってもみなかったようで、ネリエルもこれには瞠目していた。

 だが、複数のランスを食らったリルトットはその顔を顰めていた。食いしんぼう(ザ・グラタン)でランスを食らい防ぐ事が出来るなら、初めからすれば良かった事だ。そうしなかったのにはそれなりの理由があるのだ。

 

 ――くそっ! これだけ大量の(ホロウ)の霊子を食らえばこうなるか……――

 

 (ホロウ)の霊子は滅却師(クインシー)にとって猛毒だ。聖隷(スクラヴェライ)で分解すればその毒も無害なものとして取り込む事も可能なのだが、食いしんぼう(ザ・グラタン)で直接食べた場合はその限りではない。

 その身に取り込めば死神のように虚化する事さえ出来ず、摂取し過ぎれば死に至るだろう。その危険性を承知の上で、リルトットは無数のランスを食べたのだ。そうしなければ切り抜けられない程の窮地だったという事だ。後の危機よりも目の前の危機から脱する事を先決したのだ。

 

「すごいわね。私も良く食べるけど、ランスを食べようなんて思った事もなかったわ。美味しいの?」

「美味いわけねーだろ……そこらの石ころの方がマシだ……」

「……食べた事あるの?」

 

 リルトットの食いしんぼう(ザ・グラタン)ならば石だろうと鉄だろうと食べる事が出来る。それよりもまずいのだから、滅却師(クインシー)にとっての(ホロウ)がいかに毒か解るというものだろう。

 

「……辛そうね。もう止めておきなさい。あなたでは私には勝てないわ」

「はっ……お優しいこって……見逃してくれるってのかよ?」

「ええ。私達は死神を助ける為に来たけど、逃げる敵を追えとは言われていないわ」

 

 リルトットの問いにネリエルはそう返す。確かに、クアルソは滅却師(クインシー)を敵と見做し、死神を助けろと言った。だが、滅却師(クインシー)を殺せとは言っていない。詭弁かもしれないが、ネリエルとしては一護を助ける事が出来ればそれで良いので、弱った敵を殺すつもりは別になかった。

 そんなネリエルの答えを聞いて、リルトットは思わず目を見張った。破面(アランカル)が敵を見逃すような事を言うとは思っていなかったのだ。そして、今も攻撃してこないネリエルを見て、それが本気なのだとも感じ取れた。

 このまま逃げれば、恐らくネリエルは自分を見逃してくれるだろう。自分の命は確実に助かるだろう。その後にユーハバッハに粛清されるかもしれないが、少なくともこの危機は脱する事が出来る。

 そこまで考えて、リルトットは周囲を見渡した。そして、意思を籠めた瞳でネリエルを見やった。その瞳を見て、ネリエルはリルトットの覚悟を汲み取った。

 

「そう……残念だわ」

「悪ぃな。俺だけ逃げる訳にもいかないんだよ!」

 

 自分だけは助かるだろう。だが、それ以外の連中はどうだろうか。ネリエル以外の破面(アランカル)が、ネリエルと同じように命を奪わずにいてくれるだろうか。そんな訳がない。ネリエルが破面(アランカル)の中でも例外的に優しい、いや、甘いのだ。

 口の悪さから意外に思う者も多いかもしれないが、リルトットはバンビーズの中でも仲間意識が高いほうだ。口は悪くても、仲間の事を意外と想っていたのだ。その仲間を見捨てて自分だけが逃げる事はリルトットには出来なかった。

 ここでネリエルを倒し、そして他の味方に加勢する。それがリルトットの出した結論だ。勝ち目がない訳ではない。勝算は僅かだがあった。そこに活路を見出すべく、リルトットは残る力を振り絞った。

 

「いくぜ!」

 

 リルトットの下半身が四本足へと変化する。まるでネリエルと同じようなケンタウロスを思わせる姿だ。食いしんぼう(ザ・グラタン)でネリエルのランスを食らった事で、その能力を得たのだ。

 そしてネリエルと同じように無数のランスを空中に作り出して――

 

「が――」

 

 ――ネリエルのランスによる突撃がリルトットの腹部を貫いた。

 

「あなたの体調が万全だったなら、危なかったかもしれないわね」

 

 ネリエルの能力を会得したリルトットだったが、その代償に大量の(ホロウ)の霊子も得てしまった。そのせいで全力とは言い難い体調に陥っていたリルトットは、大技を放った瞬間の隙を突いたネリエルの突撃を躱す事が出来なかったのだ。

 

「ちく、しょう……やっぱ、一人で逃げた方が良かった、ぜ……」

 

 本心ではない悪態を吐きながら、リルトットは大地に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

「リル!?」

 

 ネリエルの蹴撃を受け吹き飛ばされたリルトットを見て、キャンディスが仲間を援護すべくネリエルへと雷撃を放とうとする。

 だが、仲間同士助け合うのはバンビーズに限った話ではない。死神と破面(アランカル)という本来は相容れぬ間柄も、この状況では互いに助け合う為に動いていた。

 

「させるかよ!」

「!? 黒崎一護……!」

 

 キャンディスが雷で出来た剣を投擲しようとした所に、一護がそれを阻止すべくキャンディスに斬り掛かったのだ。その斬撃を防ぐ為にリルトットの援護を止めざるをえなかったキャンディスは、苦々しそうに一護を睨みつける。

 

「お前の相手は俺だぜ。俺を倒したかったんだろ? それとも、一人じゃ無理だって逃げてもいいぜ?」

「んだと……! 上等だ! あたしの電撃で黒焦げにしてやる!!」

 

 一護の解りやすい挑発に簡単に乗ったキャンディスは、他の全てを忘れて一護を殺す事のみに集中する。

 それを見たミニーニャはキャンディスに忠告しようとするが、そんな余裕は豹王を前に存在しなかった。

 

「キャンディちゃん――きゃっ!」

「どこ見てやがる!」

 

 余所見をしたミニーニャに向けてグリムジョーが鋭い蹴りを放つ。その一撃をミニーニャは静血装(ブルート・ヴェーネ)で防御するも、完全には防ぎ切れずその衝撃で吹き飛ばされ、周囲の建物に叩き付けられた。

 

「いたたた……もう! 何するんですかぁ!」

 

 怒りながらも相も変わらずの口調を崩さないミニーニャは、グリムジョーに向けて先端がハートの形をした神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)を放つ。

 見た目は可愛らしいが、その威力は可愛いとは言い難いものだ。それはグリムジョーも理解しているのか、その一撃を弾く事も防ぐ事もせず、持ち前の素早さを活かして鮮やかに回避する。

 

「避けないで下さいよぉ」

「あ? 馬鹿かお前。敵の攻撃を無駄に受ける奴がいるか」

 

 以前のグリムジョーならばミニーニャの神聖滅矢(ハイリッヒ・ブファイル)を腕で弾くなり、斬魄刀で防ぐなりしていたかもしれない。

 だが、クアルソの修行を受けたグリムジョーは、敵の能力も解らない内から無闇に敵の攻撃を受ける危険性をしっかりと教え込まれていた。破面(アランカル)は直接攻撃系の能力の持ち主が多いので、搦手系の能力を考慮しない傾向があったのだ。

 グリムジョーもそれが顕著に見られたので、敵の能力を暴くまでは出来るだけ攻撃を受けないようにとクアルソに叩きこまれたのだ。

 

「もう! 許しませんからね!」

 

 自分を蹴り飛ばし、こちらの攻撃も回避した事にミニーニャが可愛らしく頬を膨らませて怒りを表現する。そしてグリムジョーに向かって接近し、その細腕を振るった。

 女性の細腕から繰り出された攻撃を、やはりグリムジョーは受けもせずに回避する。それを見たミニーニャはグリムジョーを挑発するように口を開いた。

 

「あれぇ? 破面(アランカル)さんは私のようなか弱い女の子の攻撃を避けるんですかぁ?」

「はっ。俺が気付いていないと思ったのか?」

 

 だが、ミニーニャの挑発はグリムジョーには通用しなかった。グリムジョーはミニーニャに蹴りを放った時に、ミニーニャの力に気付いていたのだ。

 腕相撲で腕を組んだ瞬間に、勝負が始まる前に相手の腕力を察する事がある。それと同じように、グリムジョーはミニーニャを蹴り飛ばした時にミニーニャの尋常ならざるパワーを見抜いたのだ。

 

 ――こいつ、パワーだけなら俺よりも上だな――

 

 単純な力では勝ち目がない。プライドの高いグリムジョーすらそう認めざるをえない力をミニーニャは有している。それこそが、(ザ・パワー)という他の星十字騎士団(シュテルンリッター)のどの能力よりも解りやすく単純明快な能力を授けられたミニーニャ・マカロンの力なのだ。

 

「気付いてたんですか。なら、行きますよぉ!」

 

 自分の力に気付かれ、不意打ちも挑発も効かなかった事は残念だが、それならばこの力で真正面から敵を叩き潰すだけだ。

 そう意気込んで、ミニーニャはグリムジョー目掛けて突進する。圧倒的な力を活かすには、やはり接近戦こそが一番だろう。

 

「えい!」

 

 可愛らしい掛け声と共に豪腕が繰り出される。(ザ・パワー)の能力がばれているならば隠す必要もないとばかりに、ミニーニャは両腕の筋肉を肥大させていた。非常にアンバランスな見た目と言えよう。

 

「ぬりぃな!」

 

 文字通り力を籠めて放たれた一撃をグリムジョーは余裕を持って躱し、躱し様に肘から棘状の弾を発射する。豹鉤(ガラ・デ・ラ・パンテラ)と呼ばれる技で、その威力は巨大な円柱を容易く砕く程だ。

 それをミニーニャに一瞬の内に五発も叩きこむ。そしてグリムジョーはミニーニャを追撃……せずに、その場から響転(ソニード)で僅かに退いた。そしてその瞬間、グリムジョーが居た場所をミニーニャの豪腕がなぎ払っていた。

 

「あれぇ? 今のは当たったと思ったのに……」

「ちっ。頑丈さも大概か」

「痛かったですよぉ? こんなに痛い思いをしたのは久しぶりですぅ」

 

 相当な威力が籠められていた豹鉤(ガラ・デ・ラ・パンテラ)を至近距離で五発も同時に受けて尚、ミニーニャはピンピンしていた。

 本人の言う通りダメージがなかったわけではないが、それでも即座に反撃に出られる辺り大したダメージにはなっていないようだ。

 ミニーニャの頑丈さの秘密は静血装(ブルート・ヴェーネ)だけでなく、(ザ・パワー)にある。力の向上という単純極まる能力故に、その効果は絶大だ。数百トンもある地盤をひっぺ返し、投げつける事も可能な程にだ。

 それだけの力を得た肉体ならば、やはり相応な耐久力を得るのだ。鍛えた肉体が攻撃に強くなるように、(ザ・パワー)で強化した肉体もまた攻撃力だけでなく耐久力も強化されたのだ。

 

「それじゃ、まだまだ行きますよぉ!」

 

 ミニーニャはその耐久力を盾に全力でグリムジョーに迫る。防御もせず、攻撃のみに集中したのだ。

 敵の攻撃を防がず、避けず、攻撃のみに集中すればその攻撃は恐ろしく苛烈なものとなるだろう。伯仲した実力者同士の戦いならば無謀な突撃として対処されるだろうが、ミニーニャの耐久力ならば多少攻撃を受けた所で問題ない。

 敵の攻撃を避けず、攻撃を受けても怯まず、ただひたすらに攻撃し続ける。その戦法はやられる側からしたら堪ったものではないだろう。ミニーニャと戦った者は、どんな攻撃を受けても止まらない重戦車を相手にしているような錯覚を覚える事だろう。

 

「馬鹿が」

 

 だが、防御もせずに向かって来るミニーニャは、グリムジョーからすれば馬鹿としか言いようがなかった。

 

「っ!?」

 

 グリムジョーは突撃して来るミニーニャを空中の霊子を固めて作った足場を蹴り跳躍する事で躱し、そして長い尾を器用に使ってミニーニャの両目に叩きつける。

 眼球とは解りやすい程に生物共通の弱点だ。だが、当然それを理解していないミニーニャではない。ミニーニャに限らず、人間ならば意識的にも無意識的にも眼球への攻撃は避けるなり防ぐなりしようとするだろう。それは無類の耐久力を持つミニーニャも同様だ。

 それでもなお、グリムジョーの目潰しは決まった。鞭のようにしなる高速の尾の一撃は、ミニーニャの眼球に対する意識も無意識もすり抜けて目潰しを成功させたのだ。

 

「どれだけ鍛えようと、鍛えられない場所ってのはあるだろうが!」

 

 ミニーニャの視界を奪ったグリムジョーは、容赦ない程の連撃をミニーニャに浴びせた。

 耳を殴打する事で鼓膜を破壊し、喉に鋭い爪が伸びた指を突きこみ、鼻っ面を殴打し、鳩尾に鋭い蹴りを叩きこみ、そのまま脚を跳ね上げて顎を蹴り上げる。

 

「あぐぅっ!?」

 

 予想していなかった痛みの連続にミニーニャが思わず苦痛の声を漏らす。だが、それで止まるグリムジョーではない。敵が女性だからといって加減するようなグリムジョーではないのだ。

 

「防御も回避もしないで突っ込んで来るとか、俺を馬鹿にしてるのかてめぇ!?」

「っ!?」

 

 自分を嘗めているのかと、グリムジョーは怒りを籠めた肘打ちをミニーニャの脳天に叩き落とす。そしてそのまま肘から豹鉤(ガラ・デ・ラ・パンテラ)を放った。

 

「う、ううぅ……」

 

 勢い良く大地に叩き付けられたミニーニャがよろよろと立ち上がる。頭部に直接豹鉤(ガラ・デ・ラ・パンテラ)を受けた事で、流石のミニーニャも大きなダメージを負ったようだ。これだけの攻撃を受けて尚立ち上がる事が出来るのは、流石の耐久力と言えよう。

 それだけではなかった。ミニーニャはどうにか視界を回復させ、上空に佇むグリムジョーを睨み付けたのだ。その瞳からはこれだけ痛めつけられながらも失われていない闘志が宿っていた。

 そんなミニーニャを見て、グリムジョーは獣のような笑みを浮かべる。屠るべき敵を見定めた獣の笑みだ。

 

「あなたなんか……絶対ぶっ飛ばしてあげますぅ!」

 

 自身に言い聞かせるようにそう叫んだミニーニャは、腕ではなく両足の筋肉を肥大させ、その筋力でグリムジョーに向かって直進する。その加速力は今までの比ではなかった。

 高速でグリムジョーに迫り来るミニーニャ。だが、グリムジョーもまたミニーニャに向けて最大の一撃を放つ準備を終えていた。両手の爪から十本の巨大な霊圧の刃を作り出し、それで敵を斬り裂くグリムジョーの()()()の最強の技、豹王の爪(デスガロン)だ。

 

「やあぁぁぁぁ!」

「死ね!」

 

 グリムジョーに肉薄したミニーニャは、全身全霊の力を籠めてグリムジョーに拳を振るう。全ての力を右腕のみに籠められたこの一撃を受ければ、グリムジョーの鋼皮(イエロ)など容易く突き破られ、致命のダメージを負う事になるだろう。

 だがその一撃を受ける前に、グリムジョーは両手を全力で交差した。豹王の爪(デスガロン)を両手を広げて交差する事で、敵を十本の爪で挟み込み斬り刻む。まるで牙で敵をかみ殺すようなその一撃はこう名付けられた。

 

豹王の牙(モルディーダ)!!」

 

 鍛えようがない場所を狙う。それがミニーニャの耐久力を攻略する最善の手段だろう。

 だが、もっと単純明快な攻略法が存在する。それは、ミニーニャの耐久力を遥かに超えた一撃を叩き込む事だ。それを実証するかの如く、グリムジョーの一撃はミニーニャの(ザ・パワー)を突き破り、その身を斬り裂いた。

 

「……ちっ」

 

 全身が切り刻まれ大地に倒れ伏したミニーニャを見下ろしながら、グリムジョーは舌打ちをする。

 勝ったのは間違いなくグリムジョーだ。完勝と言っても良いだろう。それでもグリムジョーは納得していなかった。

 

「最後の最後で俺に傷を負わせるとはな……」

 

 グリムジョーの右頬から僅かに血が流れていた。それはミニーニャが最後に放った一撃が当たったが為、ではない。ミニーニャの拳は確かにグリムジョーに触れさえしなかった。

 触れてすらいない攻撃でグリムジョーの右頬が傷付いた理由。それは、ミニーニャの渾身の力が籠められた一撃があまりに強大だった為に、拳圧のみでグリムジョーに傷を与えていたのだ。直撃していればどうなったか、想像するのも恐ろしいだろう。

 

「鍛え直しだな……。この程度じゃネリエルには届かねぇ……」

 

 グリムジョーの脳内には倒した敵の事など既に残っていなかった。あるのはネリエルへのリベンジと、そして一護を倒す事のみだった。

 

 

 

 

 

 

 思いがけず一護と一対一になったキャンディスは、この状況をむしろ好都合と思っていた。

 

「ラッキー! 良く考えたらこれでお前を殺せば陛下の褒美はあたしだけの物じゃん!」

 

 それが、キャンディスが現状を好都合と思った理由だ。普通なら破面(アランカル)が乱入した事で三対一の構図が崩れてしまい、戦闘が有利に運べなくなった事を気にするものだが、キャンディスは一対一でも自分が負けるとは欠片も思っていないようだ。

 

「知ってるか! そういうのを取らぬ狸の皮算用って言うんだぜ!!」

 

 キャンディスに痛烈な皮肉を返した一護は、キャンディス一人に集中してその全力を揮っていた。

 三人掛かりだとどうしても一人の敵に集中する事は出来ない。実力が近い者同士ならば尚更だ。幾ら一護が強くとも、バンビーズの内三人を同時に相手にして勝利するのは困難だった。

 それが三人から一人に減ったのだ。その戦いやすさ、負担の減少は非常に大きかった。

 

「くたばれ!」

「ふざけんな!」

 

 キャンディスの雷刀と一護の斬魄刀が幾度も交差し合う。キャンディスの二刀に対し一護は一刀だが、それでも持ち前の斬撃速度を活かして二刀相手に対応する。だが、速度という点ではキャンディスも負けてはいなかった。

 

「ガルヴァノジャベリン!」

 

 一護と刃を交えていたキャンディスがその雷刀を一護に投げ付ける。その一撃を天鎖斬月で払った一護は、しかし次の瞬間にキャンディスの姿を見失っていた。

 

「!?」

「こっちだばぁか!」

 

 キャンディスはガルヴァノジャベリンを目晦ましにして、雷速で一護の後ろに回りこんでいたのだ。雷霆(ザ・サンダーボルト)の能力は伊達ではなく、雷と同等の速度で移動する事も出来るのだ。

 雷速で一護の後ろに回り込んだキャンディスは再び二刀を用いて一護に斬り掛かる。背の羽根がある限りキャンディスの刃は無くなりはしない。

 

「ちぃっ!」

「このっ!」

 

 だが、後ろに回り込んでの奇襲も一護は防ぎ切った。一護が死神としての力を得てからこれまで三年も経っていない。

 それでも、その短い期間の中で一護は多くの戦いを経験していた。その経験が生み出す勘と予測により、キャンディスの奇襲に反応する事が出来たのだ。

 

「殺気が出すぎだぜ!」

「あたしに説教するな!」

 

 一護の言葉に短気なキャンディスは怒気を顕わに叫ぶ。そして最大の一撃で一気に勝負を決めてやると、雷速で一護から距離を取って最大出力の一撃を放った。

 

「お前一人で止められるかよ! 電滅刑(エレクトロキューション)!」

 

 振り上げた腕から膨大な放電が起こり、一護に向けて極大の電撃が放たれる。先程は防がれたが、あれは一護だけでなく二体の破面(アランカル)が協力したからこそだ。一護一人で防ぎ切れる訳がない。

 そう思ったキャンディスは、これで勝負は決まったと確信していた。故に、一護が放った一撃と、一護自身の変化に我が目を疑った。

 

「月牙天衝!!」

 

 霊圧を斬撃の形にして放出する、一護の得意技だ。その一撃は大地を斬り裂き天を衝く程だ。だが、確かに今までの一護の月牙天衝では、キャンディスの電滅刑(エレクトロキューション)を防ぎ切る事は出来なかっただろう。

 だが、今の一護は先程までとは違っていた。その違いは、護りたい者が傍に居るか居ないか、だ。一護はその名の通り、護るべき者が居る時にこそ真価を発揮する。今までの一護の戦いの殆どが、誰かを護る為の戦いだった。

 この戦いももちろんそうなのだが、ネリエルが現れた事で一護の心境は変化した。今は頼れる仲間だが、かつては護るべき者だったネリエルを見た事で、一護の心に絶対に負けられないという想いが燃え上がったのだ。

 

 その想いが一護を変化させた。進化とも言うべきか、それとも回帰と言うべきか。必然と言うべきかもしれない。一護の血に眠る力がこの状況で目覚めたのだ。

 

「なんで……! お前が動血装(ブルート・アルテリエ)を!?」

「おおっ!!」

 

 月牙天衝と電滅刑(エレクトロキューション)が激しくぶつかり合う中、キャンディスは一護の体に動血装(ブルート・アルテリエ)が発動した時特有の紋様が浮かんでいるのをその目で見た。

 純血の滅却師(クインシー)が扱え、混血の滅却師(クインシー)も相応の修行を積まなければ扱う事が出来ない血装(ブルート)。それを、どうして半端な死神である一護が使えるのか。それがキャンディスには理解出来なかった。

 

「そんな馬鹿な事――」

 

 キャンディスは自分の目を疑うも、目の前で起こっている事実は変わりようがない。動血装(ブルート・アルテリエ)によって攻撃力を上昇させた一護の月牙天衝は、キャンディスの電滅刑(エレクトロキューション)を突き破ってそのままキャンディスに直撃した。

 

「ぐぅぅっ!」

 

 膨大な霊圧の斬撃に飲み込まれたキャンディスは、どうにかその奔流から抜け出した。だが、当然無傷とはいかずその全身は傷だらけだった。キャンディスもまた攻撃に動血装(ブルート・アルテリエ)を使っていたので、防御用の静血装(ブルート・ヴェーネ)が発動できず先程の一撃で大きなダメージを負ったのだ。

 ある程度は電滅刑(エレクトロキューション)で相殺出来たが、そうでなければキャンディスは死んでいただろう。キャンディスの自慢の髪も見る影もない程ボロボロだった。だが、今のキャンディスはその髪を気にする余裕すらなかった。

 

「なんで……なんであいつが動血装(ブルート・アルテリエ)を使えるんだよっ!!」

 

 今までの戦いではそんな素振りを見せた事はなかった。あれだけの危機で力を出し惜しむ必要はないだろうし、昔から使えるならそういう情報(ダーテン)が与えられていた筈だ。

 それらがないという事は、たった今動血装(ブルート・アルテリエ)を使えるようになったという事になる。そんな馬鹿な事があってたまるかと、キャンディスは一護に吠え立てる。

 

「ふざけるなぁ!!」

「!?」

 

 余裕を無くしたキャンディスは、今までとは比べ物にならないほど集中力を高めていた。戦闘に己の欲や余裕を絡めていたキャンディスだったが、それがこの状況に至ってようやくなくなり、ただ一護を倒す為だけに集中したのだ。

 キャンディスは再び雷速で一護に迫る。そして雷刀を振るい、その瞬間に雷速で一護の左側に回りこんで再び雷刀を振るう。次は右側、次は後ろ、次は真上、その次は真下と、雷速を活かした超高速の攻撃を繰り出し続けたのだ。

 

「くっ!」

 

 流石の一護もこれだけの攻撃全てに対応する事は出来なかった。天鎖斬月の速度でどうにか食い下がるが、それでも防ぐのが精一杯。そして、とうとうキャンディスの攻撃速度が一護の防御速度を上回った。

 

()った!」

 

 キャンディスの雷刀が一護の首筋を斬り裂く。

 確実に命中した。いくら何でもこの一撃を受けて生きている筈はない。キャンディスはそう思い、勝利を確信し――そして、驚愕によって目を見開いた。

 

「馬鹿、な――」

 

 キャンディスが見たのは、首筋を斬り裂かれた筈の一護が未だに剣を振るう姿と、一護の首筋に静血装(ブルート・ヴェーネ)が発動した時の紋様が浮かんだ様だった。

 動血装(ブルート・アルテリエ)だけでなく静血装(ブルート・ヴェーネ)すら使う一護に、ほんの僅かだがキャンディスが呆然とする。だが、これはキャンディスの想像力不足と言えよう。動血装(ブルート・アルテリエ)が使えたのだ。ならば、静血装(ブルート・ヴェーネ)すら使えても可笑しくはないと想像する事は出来たはずだ。

 

 キャンディスはここに来てようやく思い出した。一護がどうして特記戦力に数えられたのかを。未知数の潜在能力。それが一護が特記戦力に選ばれた理由だ。

 何かを切っ掛けに爆発的に成長する有り得ない潜在能力。たったの数ヶ月で隊長クラスの実力に至った規格外。卍解の修行を三日で終えた規格外。たったの一年足らずで藍染惣右介を相手に戦えるようになった規格外。戦えば戦うほどに進化する規格外。それが、未知数の潜在能力を持つ黒崎一護なのである。

 

「月牙天衝!」

「!?」

 

 呆然としたキャンディスに向けて、一護が月牙天衝を放つ――事なく、月牙天衝を天鎖斬月に纏わせる。それにより、天鎖斬月の攻撃力を大幅に増幅させたのだ。

 そしてキャンディスに回避する暇を与えずに、天鎖斬月を振るった。

 

「が、あっ……」

 

 咄嗟に静血装(ブルート・ヴェーネ)を発動したキャンディスだったが、一護の一撃はその防御を上回る攻撃力だった。

 全身の骨が砕かれたような衝撃を受けたキャンディスが、その衝撃により意識を失いかけながらもその痛みに疑問を感じる。

 斬撃ならば、衝撃ではなく文字通り斬撃を受けた痛みが走る筈だ。刃に斬られた時に感じる、灼熱のような痛みを感じるはずだ。だが、感じたのは刀身が当たった箇所を中心に全身に広がる衝撃だった。

 そしてキャンディスは、その理由を自分の体と一護が振るった天鎖斬月を見て理解した。

 

 ――あの野郎……あたしを相手に手加減するとか……ぜったい、ゆるさねぇ……――

 

 一護は最後の一撃を天鎖斬月の刃ではなく峰にて振るったのだ。いわゆる峰打ちという奴だ。一護は非常に甘く、敵であれども出来るだけ殺さないように戦う男だ。相手が女性であれば尚更だ。

 それは戦士を相手には侮っている、嘗めていると受け取られても仕方ない行為だろう。キャンディスもまたそう思い、一護に対して今まで以上の怒りを抱く。

 だが、敗者がどのような想いを抱こうとそれは敗者の負け惜しみに等しい。手加減されるのが嫌ならば、手加減されない程の強さで一護を倒すしかなかったのだ。それが出来なかったのだから、キャンディスが何を言おうと負け犬の遠吠えにしかならなかった。

 尤も、その遠吠えを口にする力すらキャンディスには残されていなかったが。

 

 ――覚えてろよ黒崎一護……あたしを生かした事、後悔させてやる……――

 

 そうして、負け惜しみとも言える言葉を放つ力すらないキャンディスは、一護への復讐心を抱きながらその意識を失った。

 

 




 人数が多いから一つ一つの戦いは結構あっさり終わらせます。

 リルトットの能力で霊圧を食べる事が出来るかは解りません。原作ではそうした描写はなかったので。ですがここでは出来るという事にしました。
 バンビーズの中ではリルトットが一番好き。外見だけならバンビエッタちゃんのバスターバインも好き。小説版ゾンビエッタちゃんは中身も含めてもっと好き。

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