どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

89 / 108
BLEACH 第二十八話

 雀部長次郎の参戦。それにより、山本元柳斎は死地から救い出された……訳ではない。

 例え雀部が参戦したとしても、この場が猛毒である事に変わりはない。一刻も早くアスキンを倒さなければ、山本の命はないだろう。そしてそれは、雀部にとっても同様であった。

 

「ヒュー。まさか外から侵入してくる奴がいるなんて思ってもいなかったぜ。あんた、情報にあった通り本当に忠臣なんだな」

「元柳斎殿の危機に駆けつけるのは当然であろう」

 

 そう、雀部にとってそれは当たり前の話だ。この程度で忠臣だと言われる程でもなかった。

 だが、アスキンにとってはこの場に侵入する事はこの程度ではなかったのだ。

 

「アンタは知らないだろうから教えてやる。ここは俺が作り出した毒の空間だ。この中では酸素も窒素も霊子もアンタにとって猛毒になる。そして、侵入は出来るけど脱出は出来ない。そんな死の空間に自ら突入して来たんだ……忠臣にも程があると思うだろ?」

 

 アスキンの言葉を聞いて雀部は理解した。山本の弱り具合と、己の不調をだ。そう、雀部も既にアスキンの極上毒入りボール(ギフト・バル・デラックス)によってその身を侵されているのだ。

 山本が耐え抜いているように、雀部もまた並の死神を凌駕する霊圧を持っている。故にある程度の時間は戦闘続行も可能だろう。だが、やはり山本と雀部ではその霊圧に差がある。必然的に雀部が耐える事が出来る時間は山本よりも少ないと言えた。

 

「長次郎! そやつは攻撃を受けるとその霊圧の免疫を得る……! 霊圧が変わらぬ限り儂の攻撃は通用せん……! おぬしも一撃で決めねば勝機はないぞ……!」

 

 毒により息を荒げる山本が、アスキンの情報を雀部へと伝える。敵の情報があるとないとでは戦闘における勝率は大きく変わる。死神と滅却師(クインシー)の戦いがそれを示しているだろう。死神の情報を持っている滅却師(クインシー)と、滅却師(クインシー)の事を殆ど知らない死神。両者の戦いの結果、護廷十三隊は千人を超える犠牲者が出たのだから。

 

「なるほど……そういう事ですか……」

 

 山本の言葉の意味を理解した雀部は、敵に対する戦術を決定する。それは一撃必殺。無駄な攻撃など不要。初手から最大の一撃にて倒さなければ勝ち目はない。

 既に雀部は卍解を解放している。雀部が山本の危機に一刻も速く駆けつけるべく、卍解を使った時に出来る特殊な歩法、雷瞬を使ったからだ。ならば後はこの状態で出来る最大の一手を放つのみだ。

 

「雷天一葬!!」

 

 十一本ある雷柱の内、任意の本数の雷柱を束ねて敵に叩きつける強大な一撃。それは束ねた本数によってその威力が変わる。

 そして、最大の一撃なのだから束ねる本数は当然十一本だ。ドリスコールを倒した時よりも強い一撃がアスキンに向けて放たれる。

 

「!!」

 

 雷の速度に対応する事が出来ず、巨大な雷柱にアスキンは呑み込まれていく。アスキンの知る雷使いと同等かそれ以上の一撃だ。然しものアスキンもこれに耐える事は……出来た。

 

「が、あ……滅茶苦茶いてぇ……。だが、耐えたからにはこっちのもんだ。既にあんたの霊圧に対しての免疫をつけさせてもらったぜ」

「……」

 

 アスキンの全身はボロボロだ。極大の雷に晒された事でどこもかしこも焼け焦げており、腕や足の末端など炭化しかけてすらいた。

 だがそれでも生きていた。全力の静血装(ブルート・ヴェーネ)によって防御を高め、頭部と心臓などの重要器官を重点的に護ったおかげでどうにか生き延びたのだ。

 そして生きてさえいればアスキンの勝ちだ。既に雀部の霊圧は解析済み、その免疫も作り終わっている。完聖体のアスキンは一秒で無数の霊圧を解析し免疫を作る事が出来るようになっているのだ。雀部一人の霊圧の解析など一瞬で事足りた。

 

「さて、これでアンタも俺を殺す事は出来ねぇ。まあ、そっちの総隊長さんと違ってまだ完全な免疫は出来ていないけど、最大の一撃で倒せなかったんだ。これからの攻撃じゃどれだけやっても俺を倒しきる事は出来ないだろ?」

 

 山本の霊圧が完全に無効化されているのは、それだけ大量の霊圧をアスキンが摂取したからだ。まだ一撃のみの雀部では、攻撃が完全に無効化される事はないだろう。

 だが、完全に無効化されないだけで大幅に軽減される事は間違いない。九割以上は軽減されるだろう。そんな攻撃でアスキンを倒す事が出来るかと言えばまず無理だろうし、幾度も攻撃している内に更なる免疫がつけられてしまう。初手で倒す事が出来なかった雀部にもはや勝ち目はないのだ。

 

「さあ、次はどんな手を使う? 早く俺を倒してここから脱出しないと総隊長さんが持たないぜ? まあ、俺を倒せたとしてもここから脱出するのは絶対に無理だけどな」

 

 アスキンの言う通り、山本の体力は限界が近くなっている。かなりの時間をこの極上毒入りボール(ギフト・バル・デラックス)の中で過ごしているのだ。その体は猛毒で蝕まれていた。早急にこの場から脱出し、回復しなければならないだろう。

 雀部も山本程ではないが猛毒に侵されている。まだ立っていられるが後一、二分もすれば戦闘も出来なくなるだろう。その前にどうにかアスキンを倒し、脱出不可能と言われている空間から脱出しなければならない。

 

「どんな手を、か……」

 

 アスキンの言葉に対し雀部がそう呟く。どんな手段だろうと、山本と雀部の霊圧である限りアスキンに大した傷を与える事も出来ない。

 それは雀部も理解している。山本の助言により、最初(・・)から理解している事だ。

 

「先程の一撃で倒せていれば良かったのだが……。あまり使いたくはなかったが、この状況ではそうも言ってられんな」

「へえ、本当に何かあるのかい?」

 

 雀部の言葉にアスキンは警戒心を上げる。この状況で自身にダメージを与える手段があるとは思えない。特記戦力にして、万の手段を用意していると言われている浦原喜助ならともかく、ただ強いだけの彼らにそんな手段があるとは思えなかった。

 だが、それでもアスキンは警戒して距離を取ろうとして――雀部の変化に驚愕した。

 

「ああ……こういう、手だ!」

「!?」

 

 雀部がその顔を手で覆った瞬間、その顔に仮面が出現していた。まるで(ホロウ)を思わせるかのような仮面だ。

 アスキンはこの現象を知っていた。黒崎一護や仮面の軍勢(ヴァイザード)と呼ばれる存在が持つ力。死神でありながら(ホロウ)の力を得た者達が持つ、虚化と呼ばれる現象である。

 

「なん――」

 

 なんでアンタがそれを。その言葉は、最後まで口にする事が出来なかった。

 

「雷神滅葬!!」

 

 虚化によって霊圧を圧倒的に上昇させ、そして卍解である黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)の雷と完全な一体化を成した雀部が、その全身を使ってアスキンに最大級の一撃を放った。

 全ての雷を己一つに纏め、一点集中させた最強の突撃。雷神滅葬がアスキンの肉体を突き破った。

 

 

 

 

 

 

 虚化。死神の魂魄に(ホロウ)の力が侵食した事で死神が(ホロウ)と化してしまう現象だ。

 本来なら虚化した死神は元に戻る事なく、自我を失って(ホロウ)として仲間であった死神達に処理されてしまう。だが、例外は存在する。それが仮面の軍勢(ヴァイザード)と呼ばれる集団だ。

 彼らはかつて藍染の罠によって全員が(ホロウ)と化した。そのままでは完全な(ホロウ)となって自我を失っていただろうが、浦原喜助の手助けにより自我を取り戻し、元に戻る事は出来ずとも虚化を自在に操る事が出来るようになった。

 

 雀部長次郎もまた(ホロウ)の力を会得し、虚化を可能とした死神だった。

 だが、雀部が(ホロウ)の力を得たのは何時なのか。ただ(ホロウ)の攻撃を受けただけで虚化する事はない。そんな事があれば今頃多くの死神は虚化によって殉職しているだろう。死神が虚化するには魂魄の内側まで(ホロウ)の力に侵食されなければならないのだ。

 そして雀部は……クアルソ・ソーンブラという規格外の破面(アランカル)によって、その身に大量の霊圧を叩きこまれていた。(ホロウ)破面(アランカル)では霊圧の質は異なるが、元は(ホロウ)である事に変わりはない。しかもあの化物同然の霊圧を虚弾(バラ)によって大量に叩きこまれたのだ。そのせいで、雀部の魂魄の内部にまで(ホロウ)の力が侵食したのだ。

 

 それでも雀部は即座に虚化した訳ではない。藍染の乱が終結し、表面上の傷は癒え、一人で修行している最中も従来と変わらずに過ごす事が出来ていた。

 雀部の魂魄の内に眠っていた(ホロウ)の力が目覚めたのは、雀部が更木剣八と戦っている最中だった。更木剣八という死神の中での規格外と幾度と無く全力で戦っている内に、内なる(ホロウ)が剣八の霊圧に対抗するように徐々に徐々に目覚めてきたのだ。そして、無間にてとうとう内なる(ホロウ)が目覚めた。

 本来ならそこで雀部は終わっていた。内なる(ホロウ)を御する事など生半可な事ではなく、多くの隊長格も浦原の手助けがあってようやく可能としたのだ。

 

 だが、雀部は内なる(ホロウ)を御した。ただの一人で、誰の助けも得ず、更木剣八との死闘中に内なる(ホロウ)を御したのだ。

 全ては山本元柳斉重國の為に。(ホロウ)などに飲み込まれ、己を失って(ホロウ)になってしまえば山本元柳斎の役に立つ事が出来ない。その一心のみで、雀部は内なる(ホロウ)を御したのだ。まさに二千年以上に渡って己を律してきた雀部だからこそ成せる業だった。

 ちなみに、雀部が卍解を奪われなかったのもこの虚化が原因だ。(ホロウ)の霊圧を魂魄に有している為に、(ホロウ)の全てを毒とする滅却師(クインシー)では卍解を奪う事が出来なかったのだ。黒崎一護の卍解が奪われなかったのも同じ理由だ。仮面の軍勢(ヴァイザード)も同じように卍解を奪われる事はないだろう。

 

 そうして虚化を御した雀部はその旨を山本のみに密かに伝えた。雀部の虚化は極秘にされ、他の誰にも伝えられる事はなかった。一番隊副隊長の虚化はあまり大っぴらに出来る事ではなかったからだ。知っているのは山本と剣八くらいだ。

 そして、無間での出来事故に見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)が知る事もなかった。見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の情報網は千年前にユーハバッハ率いる滅却師(クインシー)が攻め込む事が出来た場所までだ。無間には到達できていないため、その場所を影から見る事は出来なかったのだ。

 

 なお、更木剣八もまた雀部と同じくクアルソの霊圧をたらふくその身で受けていたが、彼が虚化する事はなかった。(ホロウ)の霊圧を受けたからと言って全員が虚化する訳ではないのだし、(ホロウ)の霊圧などに負けない規格外の霊圧を持っているというのもあるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 口から血を吐き出しながら、アスキンは己の体に視線を向ける。そこには、何もなかった。胴体の大半が完全に消し飛んでいたのだ。当然心臓もだ。一点に収束させた雷の塊が、超高速で衝突した結果だ。

 何故雀部の霊圧に対する免疫を獲得したアスキンに、雀部の攻撃が通用したのか。それはやはり虚化が原因であった。虚化すると単に霊圧が上がるだけではなく、その霊圧が(ホロウ)に近しく変化するのだ。

 当然雀部は虚化による霊圧の変化を理解していた。そうでなければ、初手にてただの卍解の一撃を放つ事はないだろう。虚化による霊圧変化を理解していたが為に、虚化を切り札として初手は卍解による最大の一撃を放つ事にしたのだ。

 雀部は霊圧を変化させる事でアスキンの免疫をすり抜ける事が出来る確信を持っていた。山本が言った、“霊圧が変わらぬ限り儂の攻撃は通用せん……!”という言葉を誰よりも信じていたからだ。

 

 霊圧が変化した事により、虚化した雀部はアスキンの免疫をすり抜けてダメージを与える事が出来た。完聖体となったアスキンは基礎となる霊圧が同じならば多少の変化をした所で獲得した免疫で抵抗出来るのだが、虚化による霊圧の変化は多少ではすまない。

 しかも滅却師(クインシー)の天敵である(ホロウ)の霊圧が混ざっているのだ。アスキンにとっては毒を帯びた極大の電撃を受けたようなものだ。

 

 雀部長次郎が虚化出来る。それさえ知っていれば、アスキンは別の戦い方をしただろう。

 だが、虚化したのは無間でのみ。故にそれをアスキンが知る事はなかった。知らないが故に、アスキンは最後の最後で敗北したのであった。

 

 肉体の大半を失い、死にゆくアスキン。その姿を見て、雀部は勝利を確信し、山本は不死身に近い敵と戦ったが為に勝利を疑った。

 だが、アスキンにマスキュリンのような不死性はない。致死量を操る事で不死身に近い生存力を見せていたが、心臓を失えば死ぬ事に変わりはなかった。心臓どころか肉体の大半を失っているのだ。免疫獲得程度で再生する事は出来ないだろう。

 しかし、勝利を疑った山本の勘は間違ってはいなかった。

 

「ぐ……!」

「これは……!?」

 

 突如として猛毒領域(ギフト・ベライヒ)内の毒の威力が高まった。それにより、山本も雀部も思わず膝を衝く。

 

「こやつ、まだ生きておるのか……!?」

「いえ……霊圧は感じませぬ……!」

 

 そう、アスキンは死んでいる。正確には死ぬ一歩手前だ。頭部以外の殆どが消し飛んでいるが、ギリギリで意識のみは残っていた。言葉を発する事も出来ない、本当に死ぬ一歩手前の状態だが。

 そんなアスキンが言葉を発する事が出来るならばこう言っただろう。

 

 俺が死ぬと極上毒入りボール(ギフト・バル・デラックス)は威力を増す。俺がビビって自分を巻き込まねえように、無意識にかけてたロックが外れるからだ、と。

 

 そんな事を知る由もない山本達は、しかしこの場から脱出する為に最後の賭けに出る事にした。

 

「長次郎! あそこじゃ! 合わせい!」

「! はっ!」

 

 山本はある一点に指を向ける。そこは長次郎が侵入して来た箇所だ。脱出は不可能だが、外部からの侵入は可能だった。その為に、雀部が突き破る事が出来た表層は僅かに歪んでいた。

 そこのみに集中し、二人が出来る最大の一撃を同時に放つ。山本はその為に己の左腕を流刃若火によって焼き焦がした。焼け焦げた己の身を犠牲にして放つ事が出来る鬼道、一刀火葬を放つ準備である。肉体の一部が焼け尽きようと、この場から脱出出来るならば安いものだろう。

 

「一刀火葬!」

「雷神滅葬!」

 

 両者が現在放てる最大火力が同時に放たれる。雷神と化した雀部に一刀火葬が纏わり付き、歪んだ極上毒入りボール(ギフト・バル・デラックス)の表層目掛けて突き進む。

 そして、脱出不可能と言われていた猛毒領域(ギフト・ベライヒ)を、炎雷が突き破った。

 

 死にゆくアスキンは残された意識でその光景を見た。そして、穴が開いた空間から両者が脱出していく様も。

 

 ――あーあ。絶対なんてキツい言葉使うんじゃなかったぜ。全く……致命的に恥ずかしいったらありゃしねえ……――

 

 そう後悔しながら、アスキン・ナックルヴァールはその意識を永遠に沈めていった。

 

 

 

 

 

 

「元柳斎殿……ご無事ですか……?」

「うむ……おぬしも無事のようじゃな……」

 

 猛毒領域(ギフト・ベライヒ)からの脱出に成功した二人は、互いの無事を確認して安堵する。

 だが、無事ではあるものの両者の消耗は激しかった。毒の空間に居続けた山本は当然として、最後に威力を増した猛毒に晒された雀部もまた相応に消耗していた。それ程にアスキンの作り出した空間は強力だったのだ。

 それだけではない。幾ら雀部が強靭な精神力と忠誠心で虚化を御したとは言え、まだ虚化に慣れていないのも確かだった。現在雀部が虚化出来る最大時間は僅か一分足らず。それを超えれば虚化は解けるし、無理に虚化すれば再び内なる(ホロウ)に呑まれるだろう。

 虚化は強くなれるが体力を消耗する諸刃の剣でもあるのだ。完全に会得したとは言えない雀部では、これだけの使用時間でもかなりの消耗は否めないのである。猛毒と虚化の消耗。この二つにより雀部はまともな戦闘力を失っていた。戦線に復帰するには相応の時間を要するだろう。

 山本は言うまでもない。猛毒で弱っただけでなく、左腕が焼け尽きているのだ。戦線復帰どころか、早急に治療しなければ命に関わる可能性もあった。

 

「一度、四番宿舎があった場所を目指しましょう……そこならば四番隊の誰かが残っている可能性があります」

「……致し方あるまい」

 

 山本は雀部の提案を受け入れる。受け入れるしかなかった。今の山本ではそこらの一般隊士にすら苦戦するだろう。それ程までに弱っていた。そんな状況で無理をした所で戦況が有利になる訳がない。

 今は治療に専念し、再び戦線に復帰する。それがこの戦いにおいて現在の山本たちに出来る最大の貢献だった。

 

「長次郎……他の者達の卍解は、どうなっておる……?」

 

 山本は己の卍解が取り返せなかった事から、他の者達の卍解がどうなったかが気になった。他の者達の卍解も取り戻せていなかったら、戦線は滅却師(クインシー)側に傾くばかりだろう。

 

「は……。技術開発局で確認したところ、元柳斎殿以外の隊長達が奪われた卍解は、皆元に戻ったようです」

「そうか……」

 

 雀部の言葉に山本は安堵する。そして安堵の気持ちは一瞬で消え、敵に対する怒りが湧きあがった。

 

「ユーハバッハめ……!」

 

 他の隊長の卍解は取り戻せ、自分の卍解は取り戻せない理由。そんなものは山本には一つしか浮かび上がらなかった。そしてそれは正解である。

 ユーハバッハという滅却師(クインシー)の始祖にして規格外の存在には、涅マユリが作り出した卍解を取り戻す手段すら通じなかったのだ。

 

「元柳斎殿……」

「解っておる……。今は一度身を休めるとする……」

 

 雀部に促され、山本は四番宿舎に向けて歩を進める。しばらくは、部下である死神達に戦場を任せて。

 

 

 

 

 

 

 卍解の奪還。それにより死神と滅却師(クインシー)の戦いは一方的な蹂躙から対等の勝負に変化した。

 卍解の有無は死神にとって非常に大きい。同じ死神における始解と卍解の戦力差は五倍から十倍と言われている程だ。その強大さが良く解るだろう。

 だが、卍解があれば滅却師(クインシー)に勝てるかと言われれば、話は別だった。

 

「オー、良かったじゃねぇか氷の隊長さんよ。卍解が戻ってようやく全力を出せるってか? まあ、本調子とは程遠い状態だけどなぁ」

「くっ……!」

 

 日番谷冬獅郎は星十字騎士団(シュテルンリッター)の一人、灼熱(ザ・ヒート)のバズビーと相対していた。

 バズビーは日番谷の卍解を奪った星十字騎士団(シュテルンリッター)であり、彼もまた蒼都(ツァン・トゥ)と同じく奪った卍解で日番谷を殺そうとしていたのだ。

 だが、その卍解はマユリの作った侵影薬によって取り戻す事が出来た。ここからが本当の勝負と言えるだろう。しかし、バズビーの言う通り日番谷は本調子とは言い難い状態にあった。

 

 日番谷がバズビーと相対したのは卍解を取り戻す前だ。つまり、ここまで日番谷は卍解なしでバズビーと戦っていた。

 その状態で日番谷に勝ち目がない事は先の戦いで実証済みだ。故に日番谷は生き延びる事を優先して消極的な戦いを取っていた。情けないが、他の隊長格が助けに来てくれる等の状況の変化があるまで耐え忍ぼうとしたのだ。

 そう、日番谷は現在一人でバズビーと戦っていた。他の隊長と違い、日番谷や朽木白哉は重傷を負っていた為、四番宿舎にて治療中だったのだ。白哉に至っては未だに戦闘もままならない状態だ。それほど傷が深いのだ。

 日番谷はどうにか戦闘可能な状態まで回復していたが、それでもたったの一人で、しかも始解の状態でバズビー相手に勝ち目などある訳もなく、再び重傷と言える傷を負っていた。

 卍解を取り戻せたのはいいが、この状態では全力の力など発揮しようもないだろう。

 

「さて、卍解を取り戻されたからには、ようやく俺も全力を出せるってもんだ」

「な、に……!?」

 

 バズビーの言葉の意味を理解し切れなかった日番谷が驚愕の声を上げる。

 いや、理解出来ない訳ではない。言葉の意味はしっかりと理解出来る。ただ、理解したくない、認めたくない言葉だったのだ。

 ただでさえ強い敵が、更に強くなるなど悪夢以外の何物でもないだろう。

 

「別に出し惜しむものでもないから見せてやるよ! 俺達滅却師(クインシー)の完聖体をな!」

 

 そう叫び、バズビーが滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)の姿に変化する。頭には星型の円盤が、両肩から棒のような光の翼が生み出される。これがバズビーの完聖体の姿だった。

 

「それは……!」

 

 治療の為に四番宿舎にいた日番谷は、一護から滅却師(クインシー)が使う完聖体の説明を受けていない。それ故にバズビーの変化に戸惑った。

 

「それじゃあ、互いに全力になれた所で殺し合いの続きをしようじゃねぇか!!」

「っ!! 群鳥氷柱!!」

 

 バズビーが言葉を言い終わった瞬間に、日番谷に向けて高速で飛来する。その速度に面食らうも、日番谷は咄嗟に無数の氷柱を発生させ、バズビー目掛けて放った。

 

「ぬりぃな!」

 

 その氷柱を、バズビーはその身から炎を迸らせるだけで溶かしきる。完聖体となった事で炎を操る能力も上昇したのだ。

 日番谷の氷の力も卍解になった事で強くなっているが、始解の状態でも通常状態のバズビー相手に手も足も出なかったのだ。卍解になったとはいえ、今の状態の日番谷では完聖体のバズビー相手に力負けするのは当然と言えた。

 

「バーナーフィンガー4!!」

 

 バズビーは氷柱が蒸発した事で出来た湯気を突き破り、日番谷に接近する。そして親指を除く四指を伸ばし、そこから剣状の炎を生み出して鋭く振り下ろした。

 

「――!」

 

 その一撃を躱す事が出来ず、日番谷は敢え無く両断された。炎剣の一撃は日番谷を両断しただけに留まらず、巨大な爆炎を起こして日番谷の肉体を吹き飛ばした。

 

「ちぃっ!」

 

 だが、日番谷を殺した筈のバズビーから困惑の声が漏れる。そして上空に向けて炎剣を大きく振り上げた。

 それと同時、炎剣に日番谷の斬魄刀が振り下ろされる。刀と剣がぶつかり合い、その衝撃で周囲の瓦礫が吹き飛んでいく。

 

「あぶねぇな! さっきのは氷で作ったダミーか!」

 

 そう、先ほどバズビーによって破壊されたのは日番谷が氷で作り出した自身を模した彫像だったのだ。

 群鳥氷柱が蒸発した時に発生した湯気でバズビーの視界が途切れた瞬間に、氷の分身を生み出して身代わりとしたのである。

 そうして隙を衝いて上空から攻撃したのだが、それは残念ながら防がれてしまった。

 

「小細工するじゃねぇか! だがよ! それは小細工しないと俺とは戦えないって言ってるようなもんだぜ!」

 

 小細工をする必要がない圧倒的な実力差を見せてやろうとばかりに、バズビーは炎剣を振り上げ斬魄刀ごと日番谷を吹き飛ばす。

 

「ぐぅっ!」

「おらよぉ!!」

 

 吹き飛ばされる日番谷に向けてバズビーが追撃の炎を放つ。迫り来る炎に対し、日番谷は氷の壁を生み出して防ごうとする。

 始解では防ぐ事もままならなかった炎だが、卍解した事で生み出せる氷の量は圧倒的に増えている。分厚い氷の壁ならばこの炎も防げるかと日番谷は期待する。

 

「く……!」

 

 氷の壁は迫り来る炎を日番谷の期待通り防いだ。だが、続くバズビーの攻撃を防ぎ切る事は出来なかった。

 

「ぬりぃって言ってるだろ! バーナーフィンガー1!」

 

 バズビーは近接用の炎剣から、遠距離用の攻撃であるバーナーフィンガー1へと切り替える。

 衝き出した人差し指から銃の如く収束された炎弾が放たれ、氷の壁を容易く貫いた。

 

「っ!」

 

 日番谷は身を捻る事でその炎弾を躱す。幾度となくその身で受けた攻撃だ。バズビーのモーションを見ただけで、炎弾が来る事を理解していた動きだ。それは同時に、氷の壁では防ぎ切れないと自覚している証拠でもあった。

 

「良く避けたな! だが、いつまで持つかな!?」

「ぜぇ、ぜぇ……」

 

 既に日番谷は限界だった。まだ完全に傷が癒えていない状況でのバズビーの強襲に、始解のまま立ち向かったのだ。その状況で受けた傷は浅くない。

 せめて万全の状態で卍解を取り戻せていれば話は別だったかもしれない。未熟だった頃の卍解と違い、今の日番谷はある条件をクリアすれば真の卍解と呼ぶべき力を発揮する事が出来る。それならば、バズビー相手に勝利する自信が日番谷にはあった。

 だが、今の状況でその条件を満たすのは困難だった。せめて後一人くらい味方がいればと思うが、頼りになる副官はやはり治療中だ。他の隊長格も別の場所で星十字騎士団(シュテルンリッター)相手に戦っているだろう。この状況で助けが来るのを期待するなどの楽観視は出来なかった。

 

「……もう限界か。まあ、良く戦ったぜ氷の隊長さんよ」

「護廷の隊長を侮るなよ……まだ俺は、戦える……!」

 

 バズビーは満身創痍の日番谷に対し、その健闘を称えるかのような物言いをする。それはまさしく圧倒的強者による上からの言葉だった。

 それに対し、日番谷は強がりとしか見られない言葉で返す。文字通りそれは強がりだった。今の日番谷では天地がひっくり返ってもバズビーを倒す事は出来ないだろう。足掻きに足掻いて、どうにか死期を遅らせるのが限界だ。

 それでも日番谷は足掻くだろう。強がりが籠められた言葉だったが、そこには護廷十三隊の隊長としての誇りも籠められていた。護廷として、隊長として、ここで容易く屈する訳にはいかないのだ、と。

 そしてその意気は、隊長ならば大なり小なり誰もが持っているものであった。

 

「そうかよ。なら、その強がりに免じて一撃で終わりにしてやるぜ!」

 

 バズビーが日番谷の意気に応えるように、全力の一撃を放とうとする。全ての指を使って放たれる炎、バーニング・フル・フィンガーズと呼ばれるバズビーの最強の技だ。

 まともに食らえば骨すら残さず蒸発させる程の火力だ。今の日番谷では防ぐ事は当然として、避ける事も難しいだろう。そんな一撃が日番谷に放たれようとして――しかし、バズビーの全身を無数の刃が襲った事でその一撃は放たれる事はなかった。

 

「!?」

「これは!」

 

 その攻撃が何であるか、日番谷は瞬時に理解した。そして同時に驚愕し、攻撃を放った主の霊圧を感じてそちらに振り返る。

 

「朽木!」

「待たせたな……」

 

 日番谷の視線の先に立っていたのは六番隊隊長朽木白哉だった。今のは白哉の卍解である千本桜景厳によるものだったのだ。

 だが、日番谷は白哉が攻撃を行った事に驚愕していた。それも当然だ。白哉はとても戦闘に耐えられる肉体ではなかったからだ。傷が完全には癒えず、死に体とも言える体で卍解などしては死に兼ねないだろう。肉体が死に瀕した状態だと卍解が自然と解ける事がある。それ程に卍解は肉体に負担を強いるのだ。

 それでも白哉は立ち上がり、卍解を使用した。護廷を守護する隊長として、あのままただ横たわっているだけなど出来よう筈もなかった。

 

「お前、その体で無茶をするな! 死ぬぞ!」

(けい)に言われるとはな……。無茶をしなければならない状況なのは、(けい)も承知の上だろう?」

「……そうだな」

 

 日番谷も白哉に負けず劣らず傷付いた状況だ。その体で無茶をするなと言われても、納得出来る白哉ではないだろう。

 互いに死に体だが、それでも今成すべき事は解っている。瀞霊廷を侵略者の魔の手から護る事だ。そうして両者は敵であるバズビーに強い意思を籠めた視線を向けた。

 

「おいおい。お前の相手はエス・ノトだっただろうに。何をやってんだあいつは」

 

 膨大な刃の嵐に晒されたバズビーが、その刃の嵐から姿を現した。その五体は多少傷ついているが健在だ。咄嗟の判断で静血装(ブルート・ヴェーネ)を発動させ、千本桜の攻撃に耐えたのだ。

 

「いい奇襲だったぜ? だが、良かったのか俺の前に出て来てよ」

「……どういう意味だ?」

 

 バズビーの言葉の意味が白哉には理解出来なかった。勝ち目のない戦いだろうと、護廷の為ならば護廷十三隊の隊長として戦場に立たない筈もない。そして、勝ち目がないなどと白哉は考えない。初めからそんな考えを持って戦うなど誇り高き白哉には有り得なかった。

 だが、バズビーは決して勝ち目がないのに出てきて良かったのか、という意味で言ったのではない。それを説明する為に、バズビーは全身から炎を吹き出した。

 

「知ってるぜ? 卍解ってのは傷付いたら直せないんだろ? お前の卍解は無数の刃を生み出し操る。今まで多少の刃が欠けたところで支障はなかったんだろうな。でもよ……俺の炎で熔けちまえば、その卍解もおじゃんになるんじゃないのか!?」

 

 そう叫んだ処で、バズビーが放った炎が更に高まった。そして周囲に飛び交っている千本桜の刃に向けて一気に放たれた。

 

「!」

 

 白哉は刃を操ってその炎を回避する。そしてバズビー目掛けて攻撃しようとするが、バズビーの全身は炎で覆われていて隙がない。

 それでもなお白哉は無数の刃をバズビーに向けて放った。だが、その結果はバズビーの言った通りだった。

 

「無駄だ! いくら数があろうが一つ一つは小さな刃だ! 俺の炎の前じゃ無意味だぜ!」

 

 バズビーの炎の前に無数の刃が蒸発する。全体から見ればほんの僅かな刃だが、それでも卍解の一部である事に変わりはない。これにより、千本桜景厳の刃は僅かに減少する事になる。まだ支障となる程の損害ではないが、このまま続ければ確実に白哉の卍解による戦闘力が欠ける結果となるだろう。

 

「その傷で立ち向かってきたのは褒めてやるよ。だが……お前ら二人掛りだろうと、俺相手に勝ち目はねぇ!」

 

 傷付いた隊長二人と万全の星十字騎士団(シュテルンリッター)一人。その戦況は、確実に星十字騎士団(シュテルンリッター)へと傾いていた。

 

 




 アスキンでここまで引っ張った理由? 好きだからさ!

 クアルソの出番はもうちょい。もうちょいでござる……!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。