砕蜂と京楽は
砕蜂の卍解は現在戦っている
京楽が卍解を使わない理由は二つある。一つは当然奪われる可能性を考慮してだ。東仙要の協力により、敵が奪える卍解は一人につき一つと判明しているが、それが真実かどうかはまだ解らない。裏切り者だった東仙が信用出来ないのではなく、敵がそう思わせているだけという可能性を京楽は考えているのだ。例え真実だったとしても、どこかに他の敵が隠れ潜んでいる可能性がある限り気軽に卍解は使えないだろう。
そして卍解を使わないもう一つの理由。それは京楽の卍解が敵味方問わずに巻き込んでしまう広範囲無差別型の卍解だからだ。
非常に強力で、相手が格上であろうとも通用する可能性を秘めた卍解なのだが、その結果味方も倒してしまいましたでは話にならない。そればかりか自分自身すら巻き込む自爆の性質も含んだ卍解なのだ。どれだけ強力だろうとも気軽に使う訳にはいかなかった。
そうして始解のみで戦う隊長二人だったが、卍解を使っていない両者では
「くそっ!」
砕蜂が悪態をつきながら幾度目かの攻撃を
砕蜂の斬魄刀の始解、雀蜂の能力は弐撃決殺。雀蜂による攻撃を対象に加えると、その部分に蜂紋華と呼ばれる紋様が出現し、その紋様が出現した部分をもう一度攻撃すると対象を死に至らしめるという恐るべき能力だ。
だが、戦いの最中で幾度と攻撃を加える機会があり、実際に
「無駄だよ」
そう言って、砕蜂の攻撃をその身で受けた筈の
「ぐぅ!」
その一撃をどうにか防御するも、強力な一撃により砕蜂は吹き飛ばされ、建造物を破壊しながら大地に叩き付けられる。
「砕蜂隊長!」
「他人を心配する暇があるのかい?」
吹き飛ばされた砕蜂に目を向ける京楽に対し、
「くっ!」
強力な一撃と共に京楽が居た場所に粉塵が上がる。そして
「!?」
――
「無駄だって何度も言った筈だよ」
だが、その攻撃が
先程の刃は京楽の始解、花天狂骨の能力による攻撃だ。花天狂骨の能力は子どもの遊びを現実にするというもの。その能力は多岐に渡り、斬魄刀の気分によって使える能力がコロコロ変わるという少々扱いが難しいものだが、どれもが厄介な効果を秘めた能力だ。
影から刃を作り出した能力は影鬼。影を踏んだ方が勝ちというルールの遊びだ。この遊びにより、京楽は影の中に潜んだり、対象の影から刃を発生させる事が出来るのだ。初見殺しと言っても良い能力だろう。
だが、どんな初見殺しだろうと、それが攻撃である限りダメージを負わなければ意味はない。
そう、
「いやぁ、硬いね。それが君の能力かい?」
「
「まさか。確かに他の
だが
「目聡いね。そう、これは僕特有の能力によるものだ」
圧倒的な防御力、それこそが
たかが鋼鉄、と思う者もいるかもしれない。実際、世界に存在する強者は鋼鉄程度容易く斬り裂けるだろう。そして隊長格はその強者の中に含まれている。砕蜂も京楽も、鋼鉄を斬るなど訳ないだろう。
だがそれは文字通りただの鋼鉄の場合だ。そこに霊圧が加われば話は変わる。例えば、更木剣八の肉体は鍛え抜かれてはいるがその構成は一般的な魂魄と同様だ。凄まじく頑丈であり、幾度の刃を受けても倒れない不死身ぶりを見せるが、普通の肉の体を持っている事に変わりはない。
かつて一護の斬撃を受けても傷一つ付かなかった事があったが、あれは剣八の霊圧によって一護の攻撃を防いだ結果だ。剣八の垂れ流していた霊圧が一護の攻撃の為の霊圧を上回っていた為に、ダメージを受けなかったのだ。
つまり、霊圧の有無によって攻防力は変化するのだ。ただの肉体であっても霊圧が高ければ防御力は鋼鉄を上回る。ならば、鋼鉄の肉体を霊圧によって防御力を高めればどうなるか。答えは、隊長二人の攻撃を受けても無傷の
「僕の能力は“
「やれやれ……硬いだけとか、逆にしんどい能力だよ……」
搦手の能力は確かに嵌れば強いが、その能力の本質を見抜けば弱点や攻略法を見抜く事も出来る。だが、単純な能力の場合はその攻略法も単純明快だ。
だが、現状ではそれが一番困難なのだ。卍解という最大の力を封じられた現状では、隊長格の力は数分の一以下と言えるだろう。
雀蜂の弐撃決殺は恐ろしい力だが、その特性上攻撃が通らなければ発動しようがない。花天狂骨の能力は搦手が多く、相手の隙を突いて致命の一撃を放つ事が出来るのだが、その一撃が当たっても効かないのだから意味はない。
この状況を打破出来そうな能力も花天狂骨にはあるのだが……。
「ああ、君の
「……こちらの能力をよぉくご存知で。嫌になるね全く」
例えば自身が全身黒い服を着込んでいる時に白を指定し相手の白色の場所を攻撃しても、相手に然程のダメージを与える事は出来ない。それがどれだけ鋭い一撃だろうと、そういうルールによってダメージが変化するのだ。だが、白ではなく黒を指定して相手の黒色の場所を攻撃した場合、例え掠り傷程度の攻撃だろうとも致命的なダメージを与える事が出来るのだ。
もし、黒い服を着込んでいる時に黒色を指定した状況で相手から攻撃を受けてしまえば、その攻撃は致命の一撃となるだろう。そういったリスクをどれだけ把握して使いこなせるかが肝の能力である。
だが、この能力は既に
自身の防御力に自信を持っている
「まるで私は警戒に値しないかのような言い方だな……」
瓦礫の中から傷だらけの砕蜂が現れ、
「その通りだよ。君の能力は知れている。卍解のない君じゃ、どう足掻こうと僕に傷一つ負わす事も出来ないってね」
――欠片足りとも警戒していないのだ、と。
「っ!」
砕蜂の口から歯を噛み砕かんかのような音が響く。理解していたが、実際に言われると怒りを覚えるなと言うのが無理というものだろう。
隊長として、隠密機動の長として、怒りを飲み込み冷静に戦う術は得ているが、今回は怒りを飲み込む事が出来なかったようだ。
「嘗めるな! 卍解がなくとも貴様を倒す事など造作もないと言った筈だ!」
そう叫んだ砕蜂の背と両肩から高濃度に圧縮された霊圧が放たれる。これは白打と鬼道を練り合わせた戦闘術、
だが、独自故に未完成であり、かつての
しかし、発展系の瞬閧が完成していないからと言って、瞬閧自体の効果がない訳ではない。練り上げた鬼道により身体能力が向上した砕蜂は、先程とは比べ物にならない速度で
「無駄だよ。それも
「なっ……!!」
砕蜂が放った全力の一撃は、しかし
死神の情報の大半を得ている
だが
「ちぃっ!」
腕に痛みが走るが、それで動きを止める砕蜂ではない。そしてこの状況はかなり危険だと判断し、距離を取る為に
だが、その一撃もやはり
「ぐっ!」
足が砕けた事に顔を顰めるが、それでも構わず砕けた足を再び
これには
「甘い」
「これも防ぐのかい!」
――京楽の上空からの奇襲をその腕で防いだ。
気配を消しての奇襲だったが、
だが、その奇襲が思ったよりも強い一撃だった為に
「……予想以上の威力だったよ。今のが
「ご名答。どこまで知っているか、君達の
それでも防がれたのだから、
唯一可能性があるのが
相手との距離を詰める能力も花天狂骨にはあるのだが、花天狂骨の欠点は同時に別々の能力――遊び――を発動出来ない事だ。故に、近付けたとしてもその攻撃ではダメージが通らず、ダメージを通せる
瞬歩に負けず劣らずの飛廉脚という
「……砕蜂隊長、大丈夫かい?」
「この程度、何の支障もない……!」
右足が砕けたばかりか、その足でさらなる蹴りを放ったのだ。その痛みはかなりのものだろう。実際、何の支障もないと言いながらも砕蜂の顔からは汗が止め処なく流れている。痛みに耐えている証拠だろう。
砕蜂の戦力が低下したのは確実だ。隠密機動を得意とする砕蜂の片足がもがれたのだから、その低下は相当だろう。今まで通りの動きなど出来る筈もない。
このままではこちらが戦力を取り戻す前に負ける事になる。最悪の場合は奪われるのを覚悟で卍解を使わなければならないだろうと京楽は考えるが、そこで
「……そう言えば、君は砕蜂隊長の卍解を使う気はないのかい?」
「ああ、卍解か……。奪ったはいいものの、彼女の卍解は僕の趣味じゃない。威力は認めるが、機動性に欠け、その上連発も出来ない。威力が高すぎて使う場所も選ばなければならない。そんな卍解を使うつもりはないね」
「言ってくれるな……」
自身の卍解に対する辛辣な評価だったが、そのどれもが理解出来る評価なのは砕蜂も認めていた。
砕蜂の卍解、
弐撃決殺である始解に対し、卍解はその威力故にまさに一撃必殺と言える。だが、多くの卍解の使い手と比べたら使い勝手が悪いとしか言えない卍解であった。まあ、京楽の卍解よりはマシだろうが。
「そういう訳だ。奪った君には悪いが、この卍解を使う事はないだろう。君が死んだら君に返してあげても良いくらいだ。共に生きたものは共に死すべし、というのが僕の流儀だからね」
「だったら今すぐ返してくれても構わないんだぞ……?」
「残念だが、わざわざ敵の戦力を上げるつもりはないよ。まあ、その場合は僕も真の力を発揮出来るんだけどね」
『……』
そこまでは砕蜂と京楽も理解した。そしてその力もおおよその見当は付いていた。黒崎一護から、現世で戦った
「だったらその真の力とやらで僕達を倒した方が早いんじゃないの? それとも……卍解を使われるとひっくり返る程度の力なのかな?」
「……挑発には乗らないよ。君達二人が同時に卍解すれば、流石に面倒だからね。それならこの状況で二人同時に相手取った方が良い」
「そうかい。なら、このまま戦うしかないねぇ」
そう言って、京楽は瞬歩にて
その動きを飛廉脚にて回避した
だが、その攻撃は既に受けた事のあるものだ。京楽が二度目の攻撃に対処出来ない筈もなく、瞬歩で回避して
「無駄だ! 君の魂胆は読めている!」
故に、瞬歩で接近し、接近戦を興じながら攻撃を当てるタイミングを計り、一瞬の隙を狙って色を口にして艶鬼の能力にて多大なダメージを与える。それが京楽の狙いだろうと
影鬼や嶄鬼などの力を発揮していないのは、既に艶鬼の力を発動し続けているからだろう。遊びの最中に、他の遊びは使えない。そんなデメリットは
「やりにくいね、ほんと!」
こちらの動きを読む
このままでは持久戦になるが、そうなると有利なのはやはり
京楽の狙いは読まれ接近戦に持ち込む事は出来ない。片足しか使えない砕蜂が加勢したとしても焼け石に水だろう。むしろ砕蜂を守る為に京楽が精彩を欠く可能性すらあった。
砕蜂と京楽に最早勝ち目はない。少なくとも、
「……なに?」
愚直に接近し続ける京楽から離れていた
接近する事が不可能と判断し、逃げようとしているのか。確かにそれは面倒だ。倒せる敵を逃がすつもりは
そう考えた
だが、その答えが出た時、既に京楽の作戦は完了していた。それに、
「な……っ!?」
突然、
一体何が起こったのか。それが理解出来ない
「しまっ――」
「やれ、雀蜂雷公鞭!!」
眼下から放たれた雀蜂雷公鞭の一撃が
◆
「完成だ」
「おお……!」
時は僅かに戻る。技術開発局だった場所に残されたマユリ特製の光輝く研究室にて、マユリの研究の成果が完成した。
その研究は当然卍解を取り戻す為のものだ。敵から入手したメダリオン、そして卍解を奪われなかった雀部を研究し、その成果を形にしたものが雀部の前にあった。
「ふむ。侵影薬とでも名付けようかネ。これで奪われた卍解を取り戻す事が可能だヨ」
奇しくも、その名前は浦原喜助が作り出した薬と同じ名前であった。浦原はクアルソに救援を求めに
両者が薬に同じ名前を付けたのは、その効果にあった。
多くの
この丸薬には僅かばかりだが
そして卍解の持ち主が侵影薬によって侵食される事で、卍解にもその力が流れ込む。卍解を奪われていたとしても、本来の持ち主と卍解は密接した関係にある。持ち主の魂魄に流れる
これにより卍解が一瞬だけ虚化する。そうなれば、
「後はこれを卍解保持者の許に転送するだけだヨ」
「瀞霊廷内及び廷外の隊長格各位の霊圧位置補足しました! 天廷空羅準備完了! 通信できます!!」
マユリの言葉に応えるかの如く、技術開発局員がそう報告する。技術開発局に残されていた機器や道具を総動員し、
「ご苦労」
そう言って、マユリは全隊長格に向けて天廷空羅による通信を行った。
『聞こえているネ。面倒だから手短に話すヨ。今お前達の側に私が作り出した素晴らしい薬を届けてやった。それは卍解を持つ者のみに反応する薬だヨ。それに手でも足でも刀でもいいから触れ給え。そうする事でその薬は魂魄の内側まで浸透し――卍解を取り戻す事が出来るだろう』
その通信は、全ての隊長格に届いた。そして、誰もが自身の側に転送されていた丸薬へと手を伸ばす。そして――
◆
「これか!」
砕蜂の足元に侵影薬が転がっていた。それに気付いた砕蜂は即座に薬に手を伸ばす。そして触れた瞬間に薬は砕蜂に吸収され、魂魄へと浸透していく。
「これで……!」
奪われた卍解が戻ってくる。後は最大の一撃を放つだけだ。その為に、砕蜂は京楽の行動をひたすらに見守り続けていたのだから。
雀蜂も、瞬閧も、手札の全てが
侵影薬の力により
「お待たせ!」
砕蜂が卍解を取り戻したと同時に京楽が砕蜂の側に舞い降りる。そして砕蜂を支えるように、その後ろへと回りこんだ。すべき事を理解している動きだ。それを見て、頭脳戦では勝ち目がないなと砕蜂も思わざるをえなかった。
全ては京楽の計画通りだった。京楽は
その時間稼ぎは、マユリが卍解を奪い返す為の研究を終えるのを待つ為のものだった。
卍解さえ取り戻せば戦術の幅は大きく広がる。
そしてその行動は砕蜂も読んでいた。あの京楽春水が、敵に読まれた行動を無為に繰り返す訳がないと理解していたからだ。
故に砕蜂は京楽の邪魔をせず、ひたすらに体力回復に努めていた。最大の一撃を放つには、かなりの体力を消費するのだから当然の事だ。
「卍解! 雀蜂雷公鞭!」
「敵さんは上空だ。気兼ねする事なく全力でよろしく!」
そして、卍解を奪われた敵が真の力を発揮する前に最大の一撃を叩き込む。それすらも折り込み済みの計画だった。
「やれ! 雀蜂雷公鞭!!」
そうして、砕蜂の怒りを解放するかのような一撃が
それを回避する事は
あまりの威力の反動に砕蜂が吹き飛ばされそうにすらなる。本来なら金属糸で編まれた非常に重たい布を巻き、衝撃で吹き飛ばされないように固定しなければ放てない一撃だ。足が砕けた砕蜂ではその反動に耐える事など出来ないだろう。
それを防ぐ為に京楽が砕蜂を後ろから支えたのだ。こうなる事を見抜いていた京楽の頭脳は流石と言えた。
「はぁ、はぁ……!」
雀蜂雷公鞭はその威力に比例して、使用者の体力を大きく奪う。三日に一度撃つのが限界な程だ。そうして消耗し息を荒げる砕蜂に対し、京楽は申し訳なさそうに言った。
「砕蜂隊長。疲れているところ悪いけど、もう一撃頼むよ」
「はぁ、はぁ……くそっ! しっかり支えていろよ京楽!!」
「もちろん! 女の子を支えられる大義名分をくれた彼には感謝したいくらいだよ」
「お前に向けて撃ってやろうか……!?」
そんな言い合いをしながらも、砕蜂は再び雀蜂雷公鞭を放つ準備をする。三日に一度撃つのが限界な一撃を、何故連続して撃とうとしているのか。
その答えは、
「くそっ……!」
空から全身が傷付いた
いくら鋼鉄の強度を誇るとはいえ、それでも
それでも生き延びる事は出来た。卍解は奪われたが、そのおかげで
「なっ!?」
――二撃目を放とうとしている砕蜂を見て、驚愕の声を上げた。
京楽は疑問に思っていた。他の
使えないのか、使わないのか。敵の戦力を過小評価しないならば、使わないと取るのが正解だ。そして次に思ったのが、
そして、重ね掛けした場合は雀蜂雷公鞭の一撃すら耐えられるのではないか、と予測する。故に、
手負いの今ならば他の手段でも倒す事は可能かもしれないが、その場合は敵に真の力とやらを発動させる猶予を与える事になる。それを防ぎ確実な勝利を得る為に、砕蜂に無理をしてもらう事にしたのだ。
そしてその無理は、砕蜂に取っては歓迎すべき無理だった。幾度となく辛酸を舐めさせたこの敵を倒す事が出来るならば、この程度の無理など造作もないというものだ。
「前言は撤回するぞ
真の力を発揮しようとする
一撃必殺である攻撃を傷付いた肉体で再び受けた