どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第二十六話

 砕蜂と京楽は蒼都(ツァン・トゥ)相手に攻めあぐねていた。その理由はやはり卍解が奪われている、及び使えない事にある。

 砕蜂の卍解は現在戦っている蒼都(ツァン・トゥ)によって奪われている。その為砕蜂は始解で戦わざるをえない。京楽は卍解を奪われてはいないが、現状で使うわけにもいかなかった。

 京楽が卍解を使わない理由は二つある。一つは当然奪われる可能性を考慮してだ。東仙要の協力により、敵が奪える卍解は一人につき一つと判明しているが、それが真実かどうかはまだ解らない。裏切り者だった東仙が信用出来ないのではなく、敵がそう思わせているだけという可能性を京楽は考えているのだ。例え真実だったとしても、どこかに他の敵が隠れ潜んでいる可能性がある限り気軽に卍解は使えないだろう。

 

 そして卍解を使わないもう一つの理由。それは京楽の卍解が敵味方問わずに巻き込んでしまう広範囲無差別型の卍解だからだ。

 非常に強力で、相手が格上であろうとも通用する可能性を秘めた卍解なのだが、その結果味方も倒してしまいましたでは話にならない。そればかりか自分自身すら巻き込む自爆の性質も含んだ卍解なのだ。どれだけ強力だろうとも気軽に使う訳にはいかなかった。

 

 そうして始解のみで戦う隊長二人だったが、卍解を使っていない両者では蒼都(ツァン・トゥ)の能力の前には非常に相性が悪かった。

 

「くそっ!」

 

 砕蜂が悪態をつきながら幾度目かの攻撃を蒼都(ツァン・トゥ)に突き入れる。

 砕蜂の斬魄刀の始解、雀蜂の能力は弐撃決殺。雀蜂による攻撃を対象に加えると、その部分に蜂紋華と呼ばれる紋様が出現し、その紋様が出現した部分をもう一度攻撃すると対象を死に至らしめるという恐るべき能力だ。

 だが、戦いの最中で幾度と攻撃を加える機会があり、実際に蒼都(ツァン・トゥ)に雀蜂による攻撃が命中しているというのに、蒼都(ツァン・トゥ)の体のどこにも蜂紋華は浮かんでいなかった。

 

「無駄だよ」

 

 そう言って、砕蜂の攻撃をその身で受けた筈の蒼都(ツァン・トゥ)は、しかし何事もなかったかのように砕蜂に強力な蹴りを放った。

 

「ぐぅ!」

 

 その一撃をどうにか防御するも、強力な一撃により砕蜂は吹き飛ばされ、建造物を破壊しながら大地に叩き付けられる。

 

「砕蜂隊長!」

「他人を心配する暇があるのかい?」

 

 吹き飛ばされた砕蜂に目を向ける京楽に対し、蒼都(ツァン・トゥ)は両手の鉤爪を合わせ、蛇のような形をした霊圧を放つ蛇勁爪(シェジンツァオ)という技を放つ。

 

「くっ!」

 

 強力な一撃と共に京楽が居た場所に粉塵が上がる。そして蒼都(ツァン・トゥ)が更なる追撃を放とうとして――

 

「!?」

 

 ――蒼都(ツァン・トゥ)の足元に出来ていた影から、突如として刃が出現して蒼都(ツァン・トゥ)を攻撃した。

 

「無駄だって何度も言った筈だよ」

 

 だが、その攻撃が蒼都(ツァン・トゥ)の肉体を貫く事はなかった。雀蜂の攻撃を受けても平然としていたように、影の刃を受けても蒼都(ツァン・トゥ)の体には傷一つ付いていなかった。

 先程の刃は京楽の始解、花天狂骨の能力による攻撃だ。花天狂骨の能力は子どもの遊びを現実にするというもの。その能力は多岐に渡り、斬魄刀の気分によって使える能力がコロコロ変わるという少々扱いが難しいものだが、どれもが厄介な効果を秘めた能力だ。

 影から刃を作り出した能力は影鬼。影を踏んだ方が勝ちというルールの遊びだ。この遊びにより、京楽は影の中に潜んだり、対象の影から刃を発生させる事が出来るのだ。初見殺しと言っても良い能力だろう。

 

 だが、どんな初見殺しだろうと、それが攻撃である限りダメージを負わなければ意味はない。

 そう、蒼都(ツァン・トゥ)は雀蜂による攻撃も、花天狂骨による攻撃も、どちらも無傷で防ぎ切ったのだ。

 

「いやぁ、硬いね。それが君の能力かい?」

滅却師(クインシー)特有の能力だよ、と言ったら信じるのか、君は?」

「まさか。確かに他の滅却師(クインシー)達も特殊な防御を使っていたようだけど、君のそれはまた別物だ」

 

 星十字騎士団(シュテルンリッター)達は静血装(ブルート・ヴェーネ)という特殊な防御法によって飛躍的に防御力を高める事が出来るが、その使用の際には体に特殊な紋様が浮かび上がる。

 だが蒼都(ツァン・トゥ)の防御にはそれがない。攻撃を受けた瞬間に肉体がまるで金属のような色に変質しているのを京楽は見抜いていたのだ。

 

「目聡いね。そう、これは僕特有の能力によるものだ」

 

 圧倒的な防御力、それこそが蒼都(ツァン・トゥ)の能力だ。“I”の聖文字(シュリフト)を与えられた星十字騎士団(シュテルンリッター)。自らの肉体を文字通り鋼鉄に変える“鋼鉄(ジ・アイアン)”の能力を持つ滅却師(クインシー)である。

 たかが鋼鉄、と思う者もいるかもしれない。実際、世界に存在する強者は鋼鉄程度容易く斬り裂けるだろう。そして隊長格はその強者の中に含まれている。砕蜂も京楽も、鋼鉄を斬るなど訳ないだろう。

 だがそれは文字通りただの鋼鉄の場合だ。そこに霊圧が加われば話は変わる。例えば、更木剣八の肉体は鍛え抜かれてはいるがその構成は一般的な魂魄と同様だ。凄まじく頑丈であり、幾度の刃を受けても倒れない不死身ぶりを見せるが、普通の肉の体を持っている事に変わりはない。

 かつて一護の斬撃を受けても傷一つ付かなかった事があったが、あれは剣八の霊圧によって一護の攻撃を防いだ結果だ。剣八の垂れ流していた霊圧が一護の攻撃の為の霊圧を上回っていた為に、ダメージを受けなかったのだ。

 つまり、霊圧の有無によって攻防力は変化するのだ。ただの肉体であっても霊圧が高ければ防御力は鋼鉄を上回る。ならば、鋼鉄の肉体を霊圧によって防御力を高めればどうなるか。答えは、隊長二人の攻撃を受けても無傷の蒼都(ツァン・トゥ)を見れば明白だろう。

 

「僕の能力は“鋼鉄(ジ・アイアン)”。肉体を鋼鉄に変えるだけの能力さ」

「やれやれ……硬いだけとか、逆にしんどい能力だよ……」

 

 蒼都(ツァン・トゥ)は肉体を鋼鉄に変えるだけ、等と言ったが、そういう単純な能力の方が却ってやり難い事があるのだ。

 搦手の能力は確かに嵌れば強いが、その能力の本質を見抜けば弱点や攻略法を見抜く事も出来る。だが、単純な能力の場合はその攻略法も単純明快だ。蒼都(ツァン・トゥ)の攻略法など子どもでも思い付くだろう。防御力を上回る攻撃力を叩き込めばいいだけの話だ。

 だが、現状ではそれが一番困難なのだ。卍解という最大の力を封じられた現状では、隊長格の力は数分の一以下と言えるだろう。

 雀蜂の弐撃決殺は恐ろしい力だが、その特性上攻撃が通らなければ発動しようがない。花天狂骨の能力は搦手が多く、相手の隙を突いて致命の一撃を放つ事が出来るのだが、その一撃が当たっても効かないのだから意味はない。

 この状況を打破出来そうな能力も花天狂骨にはあるのだが……。

 

「ああ、君の艶鬼(いろおに)は警戒させてもらうよ。あれは僕の防御を上回る可能性を秘めているからね」

「……こちらの能力をよぉくご存知で。嫌になるね全く」

 

 艶鬼(いろおに)とは対象と交互に色を指定しあい、その色の付いている場所を攻撃出来るという能力だ。もし白色を指定して白色以外の色の場所を攻撃したとしても、その攻撃で相手がダメージを受ける事はない。そしてその攻撃によるダメージは指定した色のリスクによって変化する。

 例えば自身が全身黒い服を着込んでいる時に白を指定し相手の白色の場所を攻撃しても、相手に然程のダメージを与える事は出来ない。それがどれだけ鋭い一撃だろうと、そういうルールによってダメージが変化するのだ。だが、白ではなく黒を指定して相手の黒色の場所を攻撃した場合、例え掠り傷程度の攻撃だろうとも致命的なダメージを与える事が出来るのだ。

 もし、黒い服を着込んでいる時に黒色を指定した状況で相手から攻撃を受けてしまえば、その攻撃は致命の一撃となるだろう。そういったリスクをどれだけ把握して使いこなせるかが肝の能力である。

 

 だが、この能力は既に星十字騎士団(シュテルンリッター)には知れ渡っていた。これまでの護廷十三隊の戦いの多くを調べ上げていた彼らが、此処最近の戦いで京楽が使った能力を知らない筈もなかった。

 自身の防御力に自信を持っている蒼都(ツァン・トゥ)も、この艶鬼は警戒していた。防御力など関係なくダメージを与えてくる可能性があるからだ。もちろん、京楽の他の能力も警戒している。砕蜂と違い京楽の始解の能力の全容は見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)と言えど明らかになっていないからだ。

 

「まるで私は警戒に値しないかのような言い方だな……」

 

 瓦礫の中から傷だらけの砕蜂が現れ、蒼都(ツァン・トゥ)に向かってそう言い放つ。その顔は痛みに耐える以外に、怒りと屈辱によって歪んでいた。蒼都(ツァン・トゥ)の答えを聞かずとも理解していたのだ。蒼都(ツァン・トゥ)が砕蜂を――

 

「その通りだよ。君の能力は知れている。卍解のない君じゃ、どう足掻こうと僕に傷一つ負わす事も出来ないってね」

 

 ――欠片足りとも警戒していないのだ、と。

 

「っ!」

 

 砕蜂の口から歯を噛み砕かんかのような音が響く。理解していたが、実際に言われると怒りを覚えるなと言うのが無理というものだろう。

 隊長として、隠密機動の長として、怒りを飲み込み冷静に戦う術は得ているが、今回は怒りを飲み込む事が出来なかったようだ。

 

「嘗めるな! 卍解がなくとも貴様を倒す事など造作もないと言った筈だ!」

 

 そう叫んだ砕蜂の背と両肩から高濃度に圧縮された霊圧が放たれる。これは白打と鬼道を練り合わせた戦闘術、瞬閧(しゅんこう)だ。本来は隠密機動の隊長に伝わる奥義なのだが、前任の隊長である四楓院夜一がそれを伝える前に尸魂界(ソウル・ソサエティ)から去ったので、砕蜂は独自で瞬閧を編み出していた。その才はまさに隊長に相応しいものだろう。

 だが、独自故に未完成であり、かつての尸魂界(ソウル・ソサエティ)での事件にて夜一に真の瞬閧を見せつけられ、敗れた経験を持っていた。以来、瞬閧の完成度を高める修行を積み、一応の完成を果たした砕蜂であったが、その発展系と言える領域には到達出来なかった。

 見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)が攻め込むのが後数日遅ければ、それも完成していたかもしれないが、彼らは退却から僅か半日で再侵攻を行ったのだ。修行する暇などある訳がなかった。

 

 しかし、発展系の瞬閧が完成していないからと言って、瞬閧自体の効果がない訳ではない。練り上げた鬼道により身体能力が向上した砕蜂は、先程とは比べ物にならない速度で蒼都(ツァン・トゥ)に接近し、鋼鉄の肉体を突き破らんとして全力の突きを叩きこもうとする。

 

「無駄だよ。それも情報(ダーテン)に載っている」

「なっ……!!」

 

 砕蜂が放った全力の一撃は、しかし蒼都(ツァン・トゥ)によって容易く防がれた。

 死神の情報の大半を得ている星十字騎士団(シュテルンリッター)は、当然それらを吟味して死神との戦いに臨んでいた。まあ、あまり情報(ダーテン)を読み込んでいない者も中にはいるが。

 だが蒼都(ツァン・トゥ)はそうではなかったようだ。特にユーハバッハの命令――奪った卍解でその隊長を殺せ――により殺す事になる死神の情報はかなり読み込んでいた。そんな蒼都(ツァン・トゥ)にとってこの程度の戦力向上は予想通りでしかなく、初見でも対処可能な程度だったのだ。

 

 蒼都(ツァン・トゥ)は砕蜂の瞬閧による一撃を左腕で防いだと同時、砕蜂の腕を掴んでそのまま鉤爪を食い込ませる。これで簡単には逃げられないだろう。

 

「ちぃっ!」

 

 腕に痛みが走るが、それで動きを止める砕蜂ではない。そしてこの状況はかなり危険だと判断し、距離を取る為に蒼都(ツァン・トゥ)の側頭部に蹴りを叩きこんだ。

 だが、その一撃もやはり鋼鉄(ジ・アイアン)の能力により防がれる。いや、そればかりかあまりの硬度に攻撃した砕蜂の右足が砕けた程だ。

 

「ぐっ!」

 

 足が砕けた事に顔を顰めるが、それでも構わず砕けた足を再び蒼都(ツァン・トゥ)へと叩きこんだ。一度砕けたならば使い捨てにしても構わないという、己の五体を武器とする砕蜂らしい判断だろう。

 これには蒼都(ツァン・トゥ)も僅かに驚愕する。だが、砕けていない足での攻撃が通らなかったのに、砕けた足で通るはずもない。故に蒼都(ツァン・トゥ)は攻撃の手を弛める事なく、砕蜂に向けて止めの一撃を放とうとして――

 

「甘い」

「これも防ぐのかい!」

 

 ――京楽の上空からの奇襲をその腕で防いだ。

 気配を消しての奇襲だったが、蒼都(ツァン・トゥ)が自身で言ったように彼は砕蜂を警戒していない。蒼都(ツァン・トゥ)の警戒は全て京楽へと向いていた。故に、京楽の奇襲は奇襲足り得なかったのだ。

 だが、その奇襲が思ったよりも強い一撃だった為に蒼都(ツァン・トゥ)は僅かな隙を生み、その隙を衝いて砕蜂はどうにか死地から脱出する事が出来た。

 

「……予想以上の威力だったよ。今のが嶄鬼(たかおに)という奴かい?」

「ご名答。どこまで知っているか、君達の情報(ダーテン)とやらを見てみたくなったよ」

 

 嶄鬼(たかおに)とは、相手よりも高い位置にいた者が有利になるという花天狂骨の能力の一つだ。先程の奇襲は高所から攻撃した事で通常よりも高い威力を誇る一撃となったのだ。

 それでも防がれたのだから、蒼都(ツァン・トゥ)の防御力の高さが知れるというものだろう。通常攻撃ではどうしようもない防御力だ。今の砕蜂と京楽では完全に手詰まりと言えた。

 唯一可能性があるのが艶鬼(いろおに)なのだが、それは蒼都(ツァン・トゥ)に最大限の警戒を持たれている。色を指定する必要がある艶鬼(いろおに)では、色を口にした瞬間に斬撃が届く距離に近付いてくれないだろう。

 相手との距離を詰める能力も花天狂骨にはあるのだが、花天狂骨の欠点は同時に別々の能力――遊び――を発動出来ない事だ。故に、近付けたとしてもその攻撃ではダメージが通らず、ダメージを通せる艶鬼(いろおに)では距離を取られる。

 瞬歩に負けず劣らずの飛廉脚という滅却師(クインシー)独特の高速歩法により、近付く事は困難。そして距離を取っての攻撃は弓矢を得意とする滅却師(クインシー)に一日の長がある。まさに八方塞りであった。

 

「……砕蜂隊長、大丈夫かい?」

「この程度、何の支障もない……!」

 

 右足が砕けたばかりか、その足でさらなる蹴りを放ったのだ。その痛みはかなりのものだろう。実際、何の支障もないと言いながらも砕蜂の顔からは汗が止め処なく流れている。痛みに耐えている証拠だろう。

 砕蜂の戦力が低下したのは確実だ。隠密機動を得意とする砕蜂の片足がもがれたのだから、その低下は相当だろう。今まで通りの動きなど出来る筈もない。

 このままではこちらが戦力を取り戻す前に負ける事になる。最悪の場合は奪われるのを覚悟で卍解を使わなければならないだろうと京楽は考えるが、そこで蒼都(ツァン・トゥ)が砕蜂の卍解を使ってこない事に気付いた。

 

「……そう言えば、君は砕蜂隊長の卍解を使う気はないのかい?」

「ああ、卍解か……。奪ったはいいものの、彼女の卍解は僕の趣味じゃない。威力は認めるが、機動性に欠け、その上連発も出来ない。威力が高すぎて使う場所も選ばなければならない。そんな卍解を使うつもりはないね」

「言ってくれるな……」

 

 自身の卍解に対する辛辣な評価だったが、そのどれもが理解出来る評価なのは砕蜂も認めていた。

 砕蜂の卍解、雀蜂雷公鞭(じゃくほうらいこうべん)は隠密機動の長であり暗殺を得意とする砕蜂が使う卍解とは思えない程に巨大で、重く、そして高火力であった。一度卍解すればその巨大さ故に隠密など出来る筈もなく、その重さ故に高速機動など不可能。そしてその威力故に暗殺とは口が裂けても言えない派手さを誇るのだ。

 弐撃決殺である始解に対し、卍解はその威力故にまさに一撃必殺と言える。だが、多くの卍解の使い手と比べたら使い勝手が悪いとしか言えない卍解であった。まあ、京楽の卍解よりはマシだろうが。

 

「そういう訳だ。奪った君には悪いが、この卍解を使う事はないだろう。君が死んだら君に返してあげても良いくらいだ。共に生きたものは共に死すべし、というのが僕の流儀だからね」

「だったら今すぐ返してくれても構わないんだぞ……?」

 

 蒼都(ツァン・トゥ)が口にした流儀に対し、砕蜂は苦痛に顔を歪めながらもそう返す。

 

「残念だが、わざわざ敵の戦力を上げるつもりはないよ。まあ、その場合は僕も真の力を発揮出来るんだけどね」

『……』

 

 蒼都(ツァン・トゥ)の言葉をその通りに解釈するならば、卍解を持っていれば使えない真の力がある、という事になる。卍解を返したら真の力を発揮()()()となればそういう事だろう。

 そこまでは砕蜂と京楽も理解した。そしてその力もおおよその見当は付いていた。黒崎一護から、現世で戦った滅却師(クインシー)がそんな力を発揮したというのを聞いているのだ。それによれば通常時よりもかなりの戦闘能力の向上が見られたという。

 

「だったらその真の力とやらで僕達を倒した方が早いんじゃないの? それとも……卍解を使われるとひっくり返る程度の力なのかな?」

「……挑発には乗らないよ。君達二人が同時に卍解すれば、流石に面倒だからね。それならこの状況で二人同時に相手取った方が良い」

「そうかい。なら、このまま戦うしかないねぇ」

 

 そう言って、京楽は瞬歩にて蒼都(ツァン・トゥ)の背後に回りこみ、花天狂骨による斬撃を放つ。

 その動きを飛廉脚にて回避した蒼都(ツァン・トゥ)は、京楽から一定の距離を保って蛇勁爪(シェジンツァオ)を放った。

 だが、その攻撃は既に受けた事のあるものだ。京楽が二度目の攻撃に対処出来ない筈もなく、瞬歩で回避して蒼都(ツァン・トゥ)に接近しようと試みる。

 

「無駄だ! 君の魂胆は読めている!」

 

 蒼都(ツァン・トゥ)は京楽の狙いを読んでいた。京楽の手札で蒼都(ツァン・トゥ)を倒すには艶鬼以外にはないだろう。だが、艶鬼は当然蒼都(ツァン・トゥ)に警戒されている。色を口にした瞬間、蒼都(ツァン・トゥ)に逃げられるだろうと京楽は見抜いていた。

 故に、瞬歩で接近し、接近戦を興じながら攻撃を当てるタイミングを計り、一瞬の隙を狙って色を口にして艶鬼の能力にて多大なダメージを与える。それが京楽の狙いだろうと蒼都(ツァン・トゥ)は予想する。

 影鬼や嶄鬼などの力を発揮していないのは、既に艶鬼の力を発動し続けているからだろう。遊びの最中に、他の遊びは使えない。そんなデメリットは蒼都(ツァン・トゥ)も見抜いていた。そうでなければ、一度に幾つもの能力を発動すればいいだけの話だ。

 

「やりにくいね、ほんと!」

 

 こちらの動きを読む蒼都(ツァン・トゥ)に京楽が顔を顰めながら叫ぶ。接近戦は悉く避けられ、蒼都(ツァン・トゥ)は中から遠距離を保って弓矢や蛇勁爪(シェジンツァオ)による攻撃を放ち続ける。

 このままでは持久戦になるが、そうなると有利なのはやはり蒼都(ツァン・トゥ)だ。滅却師(クインシー)は周囲の霊子を吸収して己の力とする。そして、ここは高濃度の霊子が漂う尸魂界(ソウル・ソサエティ)だ。戦って消耗はするが、霊子を吸収出来る故にその消耗は死神よりも少ないだろう。

 京楽の狙いは読まれ接近戦に持ち込む事は出来ない。片足しか使えない砕蜂が加勢したとしても焼け石に水だろう。むしろ砕蜂を守る為に京楽が精彩を欠く可能性すらあった。

 砕蜂と京楽に最早勝ち目はない。少なくとも、蒼都(ツァン・トゥ)はそう思っていた。このまま戦えば何の問題もなく、二人の隊長を倒す事が出来るだろう、と。だが、その考えは直に否定される事となった。

 

「……なに?」

 

 愚直に接近し続ける京楽から離れていた蒼都(ツァン・トゥ)は、いつの間にか瀞霊廷の上空にその戦場を変えていた。霊子を固めて足場にしながら、京楽の接近を警戒していた蒼都(ツァン・トゥ)は、しかし肝心の京楽が地上に降りて行くのを見て訝しんだ。

 接近する事が不可能と判断し、逃げようとしているのか。確かにそれは面倒だ。倒せる敵を逃がすつもりは蒼都(ツァン・トゥ)にもない。しかし誘いの可能性もある。逃げると思わせて追ってきた蒼都(ツァン・トゥ)に対し、突如として斬り掛かる可能性もあるだろう。

 そう考えた蒼都(ツァン・トゥ)はどうすべきか逡巡する。そして行き着いた答えは、追うにしても京楽の攻撃に対応出来るよう、急接近しない程度の速度で追う、というものだった。

 だが、その答えが出た時、既に京楽の作戦は完了していた。それに、蒼都(ツァン・トゥ)が気付く事はなかった。

 

「な……っ!?」

 

 突然、蒼都(ツァン・トゥ)が持っていたメダリオンが輝き、奪っていた筈の卍解が解放され真の使い手である砕蜂へと戻って行った。

 一体何が起こったのか。それが理解出来ない蒼都(ツァン・トゥ)は、理解出来ないままに極大の一撃に晒された。

 

「しまっ――」

「やれ、雀蜂雷公鞭!!」

 

 眼下から放たれた雀蜂雷公鞭の一撃が蒼都(ツァン・トゥ)に直撃する。そして、瀞霊廷の上空にて凄まじい爆発が起こった。

 

 

 

 

 

 

「完成だ」

「おお……!」

 

 時は僅かに戻る。技術開発局だった場所に残されたマユリ特製の光輝く研究室にて、マユリの研究の成果が完成した。

 その研究は当然卍解を取り戻す為のものだ。敵から入手したメダリオン、そして卍解を奪われなかった雀部を研究し、その成果を形にしたものが雀部の前にあった。

 

「ふむ。侵影薬とでも名付けようかネ。これで奪われた卍解を取り戻す事が可能だヨ」

 

 奇しくも、その名前は浦原喜助が作り出した薬と同じ名前であった。浦原はクアルソに救援を求めに虚圏(ウェコムンド)に移動した為に、その薬が完成する事はなく、自身の卍解が奪われない為の保険程度の効果の薬しか出来なかったが。流石の浦原も完成に至るには時間が足りなかったようだ。

 両者が薬に同じ名前を付けたのは、その効果にあった。滅却師(クインシー)(ホロウ)に対して一切の抗体を持たない種族だ。(ホロウ)の全ては滅却師(クインシー)にとって毒そのもの。生きる天敵だ。

 (ホロウ)の侵食を受ければ霊力が弱体化するのみならず、最終的には魂魄が崩壊して死に至る。死神が同じ目にあったとしても虚化という生き残る可能性があるが、滅却師(クインシー)にはそれすらない。だからこそ滅却師(クインシー)は死神達の忠告を無視し、徹底した敵意を持ち続けていたのだ。

 

 多くの滅却師(クインシー)を研究していたマユリはその答えに行き着いていた。そしてメダリオンが卍解を奪う機構を研究し、出来上がったのがこの侵影薬だ。

 この丸薬には僅かばかりだが(ホロウ)の力が籠められている。これを卍解を奪われた者が触れると丸薬は魂魄の内側まで浸透し、僅かだが(ホロウ)の力に侵食される結果となる。

 そして卍解の持ち主が侵影薬によって侵食される事で、卍解にもその力が流れ込む。卍解を奪われていたとしても、本来の持ち主と卍解は密接した関係にある。持ち主の魂魄に流れる(ホロウ)の力が、奪われた卍解にも流れ込むのだ。

 これにより卍解が一瞬だけ虚化する。そうなれば、滅却師(クインシー)が奪った卍解は滅却師(クインシー)にとって毒となるのだ。

 

「後はこれを卍解保持者の許に転送するだけだヨ」

「瀞霊廷内及び廷外の隊長格各位の霊圧位置補足しました! 天廷空羅準備完了! 通信できます!!」

 

 マユリの言葉に応えるかの如く、技術開発局員がそう報告する。技術開発局に残されていた機器や道具を総動員し、滅却師(クインシー)の建造物にある機械すらハッキングして利用して、全ての隊長格の位置を把握したのだ。技術開発局の面目躍如と言ったところだろう。

 

「ご苦労」

 

 そう言って、マユリは全隊長格に向けて天廷空羅による通信を行った。

 

『聞こえているネ。面倒だから手短に話すヨ。今お前達の側に私が作り出した素晴らしい薬を届けてやった。それは卍解を持つ者のみに反応する薬だヨ。それに手でも足でも刀でもいいから触れ給え。そうする事でその薬は魂魄の内側まで浸透し――卍解を取り戻す事が出来るだろう』

 

 その通信は、全ての隊長格に届いた。そして、誰もが自身の側に転送されていた丸薬へと手を伸ばす。そして――

 

 

 

 

 

 

「これか!」

 

 砕蜂の足元に侵影薬が転がっていた。それに気付いた砕蜂は即座に薬に手を伸ばす。そして触れた瞬間に薬は砕蜂に吸収され、魂魄へと浸透していく。

 

「これで……!」

 

 奪われた卍解が戻ってくる。後は最大の一撃を放つだけだ。その為に、砕蜂は京楽の行動をひたすらに見守り続けていたのだから。

 雀蜂も、瞬閧も、手札の全てが蒼都(ツァン・トゥ)に無力化された。警戒に値しないと見下された。その怒りは今も収まっていない。

 侵影薬の力により蒼都(ツァン・トゥ)のメダリオンから卍解が解放され、砕蜂へと戻ってくる。戻って来た卍解を感じ取り、砕蜂は笑みを浮かべる。ようやく敵に一泡吹かせる事が出来る、と。

 

「お待たせ!」

 

 砕蜂が卍解を取り戻したと同時に京楽が砕蜂の側に舞い降りる。そして砕蜂を支えるように、その後ろへと回りこんだ。すべき事を理解している動きだ。それを見て、頭脳戦では勝ち目がないなと砕蜂も思わざるをえなかった。

 全ては京楽の計画通りだった。京楽は蒼都(ツァン・トゥ)を相手に接近戦を狙っていたのではない。蒼都(ツァン・トゥ)にそう思わせてただの時間稼ぎをしていただけなのだ。

 その時間稼ぎは、マユリが卍解を奪い返す為の研究を終えるのを待つ為のものだった。滅却師(クインシー)の侵攻が始まった時、マユリは山本によって卍解を奪い返す為の研究を終えるよう命じられていた。既に敵のメダリオンを研究していたマユリだ。残りの研究が終わるのに然程の時間が掛かるとは京楽には思えなかった。

 卍解さえ取り戻せば戦術の幅は大きく広がる。蒼都(ツァン・トゥ)を倒す事も不可能ではないだろう。そう考えた京楽は蒼都(ツァン・トゥ)に自身の狙いを誤認させ、時間稼ぎの為の戦いをしていたのだ。

 

 そしてその行動は砕蜂も読んでいた。あの京楽春水が、敵に読まれた行動を無為に繰り返す訳がないと理解していたからだ。

 故に砕蜂は京楽の邪魔をせず、ひたすらに体力回復に努めていた。最大の一撃を放つには、かなりの体力を消費するのだから当然の事だ。

 

「卍解! 雀蜂雷公鞭!」

「敵さんは上空だ。気兼ねする事なく全力でよろしく!」

 

 蒼都(ツァン・トゥ)が上空にいるのも京楽の誘導だ。雀蜂雷公鞭の威力は強すぎる為に周囲を巻き込む恐れがある。地上で放てばここら一帯は壊滅し、下手すれば味方を巻き込んでしまうだろう。それを防ぐ為に上空を戦場にするように移動したのだ。

 そして、卍解を奪われた敵が真の力を発揮する前に最大の一撃を叩き込む。それすらも折り込み済みの計画だった。

 

「やれ! 雀蜂雷公鞭!!」

 

 そうして、砕蜂の怒りを解放するかのような一撃が蒼都(ツァン・トゥ)に向けて放たれた。

 それを回避する事は蒼都(ツァン・トゥ)には叶わず、敢え無く極大の爆発に呑み込まれていく。幾ら鋼鉄の肉体を誇ると言えど、この威力に耐えられるとは思えない。そんな一撃だった。

 あまりの威力の反動に砕蜂が吹き飛ばされそうにすらなる。本来なら金属糸で編まれた非常に重たい布を巻き、衝撃で吹き飛ばされないように固定しなければ放てない一撃だ。足が砕けた砕蜂ではその反動に耐える事など出来ないだろう。

 それを防ぐ為に京楽が砕蜂を後ろから支えたのだ。こうなる事を見抜いていた京楽の頭脳は流石と言えた。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 雀蜂雷公鞭はその威力に比例して、使用者の体力を大きく奪う。三日に一度撃つのが限界な程だ。そうして消耗し息を荒げる砕蜂に対し、京楽は申し訳なさそうに言った。

 

「砕蜂隊長。疲れているところ悪いけど、もう一撃頼むよ」

「はぁ、はぁ……くそっ! しっかり支えていろよ京楽!!」

「もちろん! 女の子を支えられる大義名分をくれた彼には感謝したいくらいだよ」

「お前に向けて撃ってやろうか……!?」

 

 そんな言い合いをしながらも、砕蜂は再び雀蜂雷公鞭を放つ準備をする。三日に一度撃つのが限界な一撃を、何故連続して撃とうとしているのか。

 その答えは、蒼都(ツァン・トゥ)が生き延びているからに他ならなかった。

 

「くそっ……!」

 

 空から全身が傷付いた蒼都(ツァン・トゥ)が落ちていくのが二人の視界に映る。右腕と右足は消し飛び、見るも無残な姿となっていた。だが、それでも生きていた。右半身の大半を犠牲にする事で、雀蜂雷公鞭の一撃を耐え抜いたのだ。

 いくら鋼鉄の強度を誇るとはいえ、それでも蒼都(ツァン・トゥ)が雀蜂雷公鞭の一撃を耐えられた理由。それは静血装(ブルート・ヴェーネ)にあった。静血装(ブルート・ヴェーネ)星十字騎士団(シュテルンリッター)なら誰もが使える滅却師(クインシー)の基本戦術の一つだ。当然ながら蒼都(ツァン・トゥ)も習得している。

 蒼都(ツァン・トゥ)静血装(ブルート・ヴェーネ)鋼鉄(ジ・アイアン)の力を同時に発動させ、防御力を飛躍的に上昇させる事で雀蜂雷公鞭の一撃に耐え抜いたのである。それでも右半身の大半を失ってしまったが。

 それでも生き延びる事は出来た。卍解は奪われたが、そのおかげで滅却師(クインシー)としての真の力を発揮する事が出来る。それにより死神を殲滅してやろうと蒼都(ツァン・トゥ)が思った瞬間――

 

「なっ!?」

 

 ――二撃目を放とうとしている砕蜂を見て、驚愕の声を上げた。

 京楽は疑問に思っていた。他の滅却師(クインシー)が使える防御術である静血装(ブルート・ヴェーネ)を、蒼都(ツァン・トゥ)が使わない事を。

 使えないのか、使わないのか。敵の戦力を過小評価しないならば、使わないと取るのが正解だ。そして次に思ったのが、静血装(ブルート・ヴェーネ)鋼鉄(ジ・アイアン)を重ね掛け出来るのか出来ないのか、だ。やはり過小評価しないならば、出来ると考えるべきだろう。

 そして、重ね掛けした場合は雀蜂雷公鞭の一撃すら耐えられるのではないか、と予測する。故に、蒼都(ツァン・トゥ)が先の一撃で死んでいない可能性を考慮していた京楽は、蒼都(ツァン・トゥ)の生存を即座に察知したのである。そして、砕蜂に二撃目を放つよう頼んだのだ。

 手負いの今ならば他の手段でも倒す事は可能かもしれないが、その場合は敵に真の力とやらを発動させる猶予を与える事になる。それを防ぎ確実な勝利を得る為に、砕蜂に無理をしてもらう事にしたのだ。

 そしてその無理は、砕蜂に取っては歓迎すべき無理だった。幾度となく辛酸を舐めさせたこの敵を倒す事が出来るならば、この程度の無理など造作もないというものだ。

 

「前言は撤回するぞ滅却師(クインシー)……! お前は、卍解なくして勝てる相手ではなかった! 死ね! 雀蜂雷公鞭!!」

 

 真の力を発揮しようとする蒼都(ツァン・トゥ)だったが、その力を発揮する前に無慈悲の一撃が放たれた。

 一撃必殺である攻撃を傷付いた肉体で再び受けた蒼都(ツァン・トゥ)は、流石に耐え抜く事など出来ずにその威力によって木っ端微塵に消し飛んだのであった。

 

 


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