どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

84 / 108
BLEACH 第二十三話

 瀞霊廷で色々と噂されている浦原喜助は色々と準備をした後、井上織姫、石田雨竜、茶渡泰虎の三人を呼び集め、此度の事件の詳細を説明していた。

 

「――以上が、瀞霊廷で起こった事件っス。敵は滅却師(クインシー)、私や黒崎サンを狙って現世にも攻め込んでいます。何か質問は?」

 

 全ての説明を聞き終えた三人は誰もが動揺していた。特に雨竜の動揺は大きかった。表面上は冷静を装っているが、内心はそうではないようだ。

 

「やっぱりあの霊圧は滅却師(クインシー)のものだったのか……!」

「あの敵の霊圧を感じ取っていましたか。流石っスね石田サン。黒崎サンはアタシの霊圧しか感じていなかったみたいっスけど」

「ふん。大雑把なあいつと一緒にしないでくれないか」

 

 キルゲ・オピーは一護に気付かれないよう、霊子を収束・隷属させる事で自身の霊圧を外に放出しないようにしていた。その霊圧を僅かとはいえ感じる事が出来たのは雨竜の感知能力の高さと、キルゲと同じ滅却師(クインシー)である事も関係しているのかもしれない。

 

「瀞霊廷が危ないのは解った。それで、浦原さんは俺達に何をさせたいんだ?」

 

 浦原が自分達を此処まで呼んだ理由が、瀞霊廷の危機を伝えるだけの筈がない。そう思っているのは質問した茶渡だけでないようで、全員が茶渡の質問は自分の質問であるかのように浦原を見ていた。

 

「……クアルソさんと連絡が取れなくなりました」

『!?』

 

 浦原のそれは驚天動地と言える発言だった。浦原とクアルソが連絡手段を構築していた事はこの場の誰もが知っている。クアルソが浦原に連絡手段を要求した時に、この場の全員が居たのだから当然の事だ。

 問題は浦原とクアルソが連絡を取り合っていた事ではなく、クアルソとの連絡が途絶えた事だ。機械に問題があるのなら仕方ない事だろうが、原因が機械ではなくクアルソにあるとしたら……。

 

「馬鹿な……! あの変態化物に何か出来る奴がいるとは思えない……!」

「……な、中々言いますね石田サン」

 

 浦原も思わずたじろぐ程の言い草だが、出会って即座に織姫をナンパしてスリーサイズまで訊いた変態には残念でもなく当然の評価である。

 

「一体誰が……まさか!」

 

 浦原のここまでの説明を思い出し、石田は一つの可能性に行き着いた。それを見て、浦原が頷いて言葉を発する。

 

「恐らく、滅却師(クインシー)の仕業です」

「それは……だが、いくら何でもあのクアルソ・ソーンブラに手を出して無事に済む訳が……」

「確かに。強さという点でクアルソさんを超えるものはほぼいないでしょう。ですが、強さ以外で攻めれば……。今回の瀞霊廷の襲撃で、滅却師(クインシー)は様々な能力を使っていたみたいです。単純な力以外の能力でクアルソさんを封じる、もしくは無力化する。そんな事も不可能ではないかもしれません」

 

 浦原の説明に雨竜も納得する。確かにクアルソの強さは凄まじいが、世の中には初見では対応出来ない能力を持つ者が少なからず存在するだろう。最近で言えば斬った対象の過去に自身を挟み込み過去を改変するという、規格外の能力の持ち主がいた。

 万が一、クアルソがその能力によって過去を改変されていたら、恐ろしい事態となっていたかもしれない。そんな想像をして雨竜は思わず冷や汗をかいた。

 とにかく、どんな奇抜な能力があるかは解らないのだ。幾らクアルソが強くても、対応出来ない状況というのは作り出せるだろう。

 

「まあ私もクアルソさんがやられるとは思いたくないです。恐らく通信妨害をされているだけだとは思います。通信を妨害するだけならやりようは幾らでもありますからね」

「そうだな……。それで、最初の茶渡君の質問に戻ろう。僕達に何をさせたいんだ浦原さん? まさか……今回の瀞霊廷の一件でクアルソ・ソーンブラに助けを求めたいけど連絡が取れないから、虚圏(ウェコムンド)に行って直接交渉したいけど敵襲も考えて戦力として僕達も連れて行きたい……等と言うつもりじゃないだろうな?」

「大・正・解ー!」

 

 完璧なまでの雨竜の答えに浦原がどこから出したのか鈴やラッパを鳴らして大当たりの表現を行う。その人を小馬鹿にした行動ではなく、図星であった事に雨竜は憤る。

 

「ふざけるな! 滅却師(クインシー)である僕に破面(アランカル)との交渉の手助けをしろと? いや、そもそもあなたにプライドはないのか!? 瀞霊廷の危機を破面(アランカル)に救ってもらおうなどと――」

 

 浦原のしようとしている事は滅却師(クインシー)である事に誇りを持っている雨竜には我慢できないことだった。

 滅却師(クインシー)とは(ホロウ)を滅却する為の存在だ。その滅却師(クインシー)に対し、事もあろうに(ホロウ)の進化系である破面(アランカル)と交渉する為の護衛となってほしい等と、滅却師(クインシー)を馬鹿にしているとしか思えない発言だ。

 それだけではない。死神とて破面(アランカル)と敵対している存在だ。滅却師(クインシー)ほど(ホロウ)を敵視していないが、それでも死神にとっても(ホロウ)は敵であり、破面(アランカル)(ホロウ)を上回る大敵である筈だ。だと言うのに死神が破面(アランカル)に助けを求めようなどと、恥を知らないのかと雨竜は思った。

 だが、その思いを最後まで口にする事は出来なかった。

 

「瀞霊廷が滅びれば、霊王も危険に晒されます。霊王は楔なんス。霊王が居なければ世界は崩壊してしまう。アタシは、瀞霊廷と世界の為なら恥も外聞もない手段だろうと取りますよ」

「――!」

 

 浦原の気迫に雨竜が思わず怯む。例え敵であろうとも、存在自体が悪であろうとも、平和の為に役立つならばどんな存在だろうと使う。そんな意思が気迫と共に放たれていた。 

 

「石田サン。滅却師(クインシー)である貴方には酷な頼みなのは重々承知です。ですが……現世に生きる事を選んだ石田家の方だからこそ頼みます。どうか、現世の為にも協力して頂けませんか……?」

「くっ……!」

 

 雨竜は今日ほど浦原を憎んだ事はないだろう。それ程に、浦原の頼み方は卑怯だった。ここまで人の心理を読み、断り難い頼み方をして来る悪辣な人間はいないとすら思った程だ。

 

「石田君……」

「石田……」

 

 織姫と茶渡が雨竜を見つめる。それは自分の誇りを大事にしてもいい、という思いの顕れだ。それは雨竜も理解している。

 だが、それが逆に雨竜を追い詰めていた。ここで浦原の頼みを断れば、二人を見捨てると言っているようにも思えるからだ。もちろん、二人はそんな事は思わないだろうが。

 こういう自分の心理すら読んでいるのではないかと雨竜は思う。そして、かなりの恨みを籠めて叫んだ。

 

「解った! 解ったよ! やればいいんだろう!」

「ありがとうございます石田サン……!」

 

 雨竜の叫びに、浦原がいつにない程の真剣な表情で、申し訳なさそうに頭を下げる。だから浦原はずるいと雨竜は思った。こんな顔をされては憎みたくても憎めなくなるからだ。

 

「石田サンばかりにお願いしていましたが、井上サンと茶渡サンも協力して頂けるでしょうか?」

「うん。もちろん」

「ああ」

「ありがとうございます。では、早速虚圏(ウェコムンド)への道を開きます。いつ襲撃されてもおかしくありませんので、気を付けてください」

 

 そう言って全員に準備の問題はないか確認を取った後、浦原は慎重に黒腔(ガルガンダ)を開いた。

 その時点では危惧していた敵の襲撃はなく、四人は無事に黒腔(ガルガンダ)の中を移動し、何事もなく虚圏(ウェコムンド)に到着した。

 

「……特に何もなかったな」

「油断しない方がいい茶渡君。どこから敵が来るかは解らないし、滅却師(クインシー)だけでなく(ホロウ)破面(アランカル)も襲ってくるかもしれない。そもそも、本来そちらの方が危険な存在だしね」

「そうだな」

 

 そう、滅却師(クインシー)(ホロウ)を滅する側なので、本来なら敵ではない筈なのだ。だが、彼らの行いが世界の崩壊を招く危険性があるなら話は別だ。

 ここでは滅却師(クインシー)(ホロウ)破面(アランカル)、それらの全てを警戒しなければならないのだ。

 そうして雨竜の言葉に織姫と茶渡が気を引き締めているところ、浦原が驚愕したように声を上げた。

 

「……皆さん、恐らく敵は既に仕掛けて来ています。その証拠に、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の手前辺りに黒腔(ガルガンダ)を開いたのに、全く見知らぬ場所に出ました」

『!!』

 

 そう、浦原は虚夜宮(ラス・ノーチェス)の手前に黒腔(ガルガンダ)を開いていた。広大な虚圏(ウェコムンド)を態々歩いて移動して、虚夜宮(ラス・ノーチェス)を目指すなんて無駄な行動を浦原が取るわけないのだ。

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)内に直接移動しなかったのは、流石に敵対行為と取られる可能性が高いからだ。虚圏(ウェコムンド)内に入れば通信が復旧する可能性もあったため、まずは虚夜宮(ラス・ノーチェス)の手前に出て様子を見るつもりだった。

 だが、あの巨大な虚夜宮(ラス・ノーチェス)がどこを見ても影も形も映らない。こんな場所に出るつもりは浦原にはなかった。ならば、何らかの手段によりこの場所に移動させられたと見るのが正解だろう。

 

「正解らろ」

『――!』

 

 突如聞こえた声に浦原達が驚愕する。そして声が聞こえた方向に視線を向けるも、そこには誰もいない。

 だが、全員が空耳をしたなどあり得ない。確かにどこか舌足らずな感じの声が聞こえたのだ。

 

「今の、どこから聞こえたの……!?」

「解らない……! 霊圧も感じない……!」

「とにかく周囲を警戒しよう! 全員で互いの死角をカバーしあうんだ!」

 

 雨竜の言葉に反応し、それぞれが死角を無くすように背中合わせになる。そしてどこから敵が現れるか警戒している中、浦原が最初に声が聞こえた方角をジッと見やり――

 

「――そこです!」

「! はっ!」

 

 石英の樹で出来た影に向かって、鬼道を放った。更に浦原に続き、雨竜も滅却師(クインシー)の矢を放つ。

 

「え?」

「そこには誰も――なっ!?」

 

 織姫と茶渡が誰もいない空間を攻撃する浦原と雨竜に動揺する。だが、その動揺は直に驚愕へと変化した。

 

「それも正解らろ」

 

 そう言って、影の中から一人の男が姿を現した。見た目は少年と言える程の男性だ。だが、その容姿は人間離れした点が一つあった。

 

「舌が二枚……!?」

 

 そう、その少年の舌は二枚存在していたのだ。二枚の舌を口から垂らしながら、その少年は浦原達に話し掛ける。

 

「よくオイがここにいるって解ったろ?」

「貴方達滅却師(クインシー)が影を利用して移動しているのは知っていますからね」

 

 少年の疑問に浦原が答える。そう、浦原は瀞霊廷を襲撃した滅却師(クインシー)達の情報を技術開発局から――無断で――貰い、それを解析した結果、滅却師(クインシー)達が影の中に出入りしているのを見抜いていたのだ。この情報はもちろん技術開発局に伝えてある。涅マユリが激怒したのは言うまでもない。

 

「そこまで知ってらろか。じぇも、オイの力は知らないみたいらろ」

「……そうですね」

 

 そう、この二枚舌にして舌足らずな少年の能力は浦原もまだ見抜けていない。あの時、この少年が潜んでいた影に向けて放たれた浦原と雨竜の攻撃は、しかし影に命中せずに通り抜けた。

 あの不可思議な現象を解明しない限り、この少年との戦いに勝機は見出せないだろうと浦原は思う。そうして浦原が少年がどのような能力を持っているか智恵を巡らせて想像していると、少年自らが己の能力を開示してくれた。

 

「オイは星十字騎士団(シュテルンリッター)の“W”。“紆余曲折(ザ・ワインド)”のニャンゾル・ワイゾル。オイの見つけた“敵”はじぇんぶ、ぐんにゃり曲がってオイの体を避けて通る。どんな攻撃も当たらないんら」

 

 その能力名、そして効果、そこからこの少年、ニャンゾルの力が空間歪曲に関するものだと浦原は思い至った。先程の攻撃の結果から、言っている事に矛盾はなさそうだ。

 敵が自ら能力を明かしてくれた事に口には出さずとも内心で浦原も雨竜も感謝する。全員がこんな馬鹿なら嬉しいと思うくらいだ。

 

「つまり、アタシ達をこの場所に連れて来たのも――」

「オイの力らろー」

 

 そう、ニャンゾルは紆余曲折(ザ・ワインド)による空間歪曲を応用し、浦原達が通っていた黒腔(ガルガンダ)の出口付近の空間を歪曲させ、あらぬ出口へと繋げたのだ。

 

「なるほど……。しかしお優しいですね。態々虚圏(ウェコムンド)まで連れて来てから攻撃を仕掛けるなんて。そんな面倒なんかしなくても、現世にいる時に襲撃を仕掛ければ良かったんじゃないっスか?」

 

 浦原はニャンゾルの軽い口に期待して、敵の情報を少しでも暴こうと疑問をぶつける。そんな浦原の思惑に、ニャンゾルは軽々と乗った。それ程に口が軽いのか、それとも自信の表れなのか。それは浦原にも解らない事だ。

 

「そうらろ。陛下はお優しい方ら。らから、現世を無闇に巻き込む事はしないんらろ。そっちの二人も逃げるなら見逃してやるろ?」

 

 そう言って、ニャンゾルは織姫と茶渡に目を向ける。見逃すというのはどうやらこの二人のようだ。

 

「……その言い分だと、僕を見逃すつもりはないようだね?」

「お前は別らろ石田雨竜。陛下はお前を連れてくるように命じられたんら。らから、オイと一緒に見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)に来てもらうろ」

「なに……!?」

 

 敵の首魁が己を連行するように命じている。その理由が理解出来ず、雨竜はニャンゾルを睨みつけ、その理由を問うた。

 

「どうして僕を連れていこうとする?」

「さあ? オイは命令をこなすらけら。無駄な抵抗はやめて付いてくる事をお勧めするろ。まだ死にたくないらろ?」

「ふざけるな!!」

 

 ニャンゾルの言葉に激昂した雨竜は、ニャンゾルに向けて霊力の矢を放つ。だが、その一撃も先の攻撃と同じく、ニャンゾルの体を避けるように通り過ぎて行った。

 

「ッ!」

「さっき言ったはずらろ? オイの見つけた敵はじぇんぶ曲がって通り過ぎるんらろ。敵っていうのはオイを殺傷する全てらから、どんな攻撃も意味はないろ」

「そんな……!?」

「それじゃあ無敵じゃないか……!」

 

 茶渡の言う通り、どんな攻撃も無意味ならばまさに無敵だろう。だが、この世に無敵という言葉はあっても、真の意味での無敵は存在しない。それを理解している浦原は、敵の能力のどこかに弱点がないか模索する。

 

 ――見つけた敵……なら、見つけていない敵なら……――

 

 ニャンゾルが知覚していない攻撃ならばあるいは。そう思った浦原だったが、ニャンゾルが思い出したかのように己の能力に関して言葉を足した。

 

「ああ、言い忘れてらろ。見つけた敵は、本能で見つけた敵。見えてようが見えてなかろうが敵は敵らろ」

「それはそれは。ご親切にどうも……」

 

 嘘か本当か。浦原が考えていた手は通用しないということだ。だが、敵の言葉を全て信じる浦原ではない。敵の能力の詳細すら完全に信用していない程だ。故に、浦原は考えていた手も保険として残して別の手段を模索し出す。

 

「さて、そろそろ行くろ石田雨竜。はやくしないと死んじぇしまうろ?」

「だったら、僕を倒してから連れて行くといい……。それくらいも出来ないのか?」

 

 ニャンゾルの言葉を挑発だと判断した雨竜は、逆にニャンゾルに対して挑発を返す。だが、ニャンゾルの言葉は雨竜を真に案じての言葉だった。

 

「あー、倒すのはいいんらけろ……殺すのは駄目なんら。でも、早くしないと死んじぇしまうんらろー。そっちの二人も早く現世に逃げた方がいいろ? 死にたくないらろ?」

「なに……?」

 

 ニャンゾルの言葉が自分の認識と何かずれていると感じ取った雨竜は、その言葉の意味を考える。

 ニャンゾルは自分が雨竜を殺すと言っているのではなく、まるで誰かが雨竜を殺してしまうから、早く見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)に行った方が良い。そう言っているかのような――

 

「そうだね。早く逃げた方がいいよ。巻き込まれたくなかったらね」

『!?』

 

 その言葉は、再び突然聞こえてきた。だが、今度は影から聞こえたのではない。その言葉を発した者は、誰にも気付かれずにこの場に出現していたのだ。

 

「陛下の命令だから、一度だけ忠告してあげるよ。石田雨竜、ニャンゾルと一緒に見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)に行くんだ。そうじゃないと、ここで死んじゃうよ?」

「……お前も星十字騎士団(シュテルンリッター)とやらか……!」

 

 いつの間にか虚圏(ウェコムンド)に転がっている岩の上に座っていた少年は、雨竜の言葉に反応して立ち上がり、自己紹介を行った。

 

「そうだよ。僕は“V”。“夢想家(ザ・ヴィジョナリィ)”のグレミィ・トゥミュー。よろしくね」

 

 更木剣八を曲がりなりにも足止めする事が出来た不死身の滅却師(クインシー)、シャズ・ドミノを想像の力で創造した星十字騎士団(シュテルンリッター)。その危険極まる力とユーハバッハすら攻撃に巻き込む事を厭わない精神性により、幽閉されていた滅却師(クインシー)。それがグレミィ・トゥミューだ。

 そのグレミィが幽閉を解かれこの場に現れた理由。それは石田を捕らえる為でもなければ、浦原を殺す為でもなかった。

 

「陛下の命令はじぇったいらけろ、お前を解放する事に関しては理解れきないろ」

「さあね。陛下の考えは僕にはどうでも良い事だよ。僕はただ、最強の破面(アランカル)とやらに興味があるだけさ」

 

 そう、破面(アランカル)の王にして、ユーハバッハすら警戒する最強の破面(アランカル)。クアルソ・ソーンブラと戦いたいというのが、グレミィがここにいる理由だった。

 

「クアルソさんに……!」

「そう。クアルソ・ソーンブラ。そいつに用があるのさ。でも、陛下はその破面(アランカル)に手を出す事を禁じていてね。全く、滅却師(クインシー)の王ともあろうお方が臆病だとは思わないかい?」

「不敬らろグレミィ」

「うるさいよ。僕を怒らせたいのかいニャンゾル? 君は陛下の命令を忠実に守ればいいんだよ」

「……解っているろ。お前も陛下の命令を忘れてないろら?」

 

 微笑を携えたままそう言うグレミィに、ニャンゾルはそれ以上反論する事が出来ずにいた。その事から、両者の力関係はグレミィの方が上だと浦原達は理解する。

 先程のニャンゾルの雨竜を心配する言葉も、このグレミィの攻撃に巻き込まれる事を案じての事だったのだろう。つまりこのグレミィ・トゥミューという少年は、生死を問わないような無差別攻撃を繰り出す可能性のある危険人物であると浦原と雨竜は予測した。そして、それは正解だった。

 

「僕だって陛下の命令を忠実に守っているだろ? 霊波を阻害する物質を創造して浦原喜助の通信を妨害し、浦原喜助が虚圏(ウェコムンド)に来た場合はクアルソ・ソーンブラに気付かれない内に始末する。そして時が来たらクアルソ・ソーンブラと戦ってもいい。そういう契約の下、僕は解放されたんだ。それくらいは守るさ」

 

 その契約により、グレミィは幽閉の身から解放された。別に幽閉されていた事に不満はなかったが、ずっと幽閉されっぱなしでいるのも飽きて来た頃だったので、暇つぶしとクアルソへの興味もあってグレミィはユーハバッハとの契約に応じたのだ。

 一度契約したならば、まあ多少はその契約を守ろうという気持ちくらいはグレミィも持っていた。なのでユーハバッハの命令通りニャンゾルの力で黒腔(ガルガンダ)を歪ませ、浦原達を虚夜宮(ラス・ノーチェス)から遥か離れた場所へと誘導したのだ。

 

「……それならいいろ」

 

 グレミィをどこか信用し切れていないニャンゾルは、しかしグレミィの言葉に一応の納得を見せる。確かに、今の所はグレミィはユーハバッハの命令を守っているのだ。

 浦原達を無視するように二人は会話を繰り広げ、そしてそれが終わった時――グレミィがゆっくりと浦原に視線を向けた。

 

「さて、忠告はさっきしたよね。それで逃げないなら、別にいいよ。それじゃあ、死んでもらうよ浦原喜助」

「させない!」

「待つんだ茶渡君!!」

 

 浦原に攻撃を仕掛けようとするグレミィに向けて、茶渡が先手を取った。浦原を殺そうとしている以上、グレミィとは戦わなければならない事に変わりはないので、先手を取る事自体は悪い手ではないだろう。

 だが、ニャンゾルを見て解るように、敵は明らかに普通ではない能力を有している。このグレミィも同様だろう。それに、ニャンゾルはグレミィを警戒している節が見られる。そんなグレミィを前に、無闇に攻撃を仕掛けるのは危険な行為だと雨竜は考える。

 その為グレミィの能力を暴くまで牽制攻撃で様子見するつもりだったが、その前に茶渡が浦原を護る為に攻撃を仕掛けてしまった。

 

魔人の一撃(ラ・ムエルテ)!」

 

 茶渡の両腕がそれぞれ違う形の鎧で覆われる。巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ)と呼ばれる右腕は防御の力を、悪魔の左腕(ブラソ・イスキエルダ・デル・ディアブロ)と呼ばれる左腕は攻撃の力を宿している。これが茶渡が発現する完現術(フルブリング)だ。

 一護と共にいる事で目覚め、戦いの中で進化し、一護の役に立つ為に鍛え上げた完現術(フルブリング)がその力を発揮する。悪魔の左腕(ブラソ・イスキエルダ・デル・ディアブロ)から放たれた魔人の一撃(ラ・ムエルテ)が、その名に相応しい威力をグレミィに叩き付けようとして……その前に、茶渡の左腕が木っ端微塵に消し飛んだ。

 

「!?」

「茶渡君!?」

「何だ!? 今何が起こった!?」

「これは……!」

 

 茶渡の攻撃はグレミィに命中していなかった。その直前に、茶渡の左腕が粉々になったのだ。この異様な結果はグレミィの能力によるものだと予測するも、何をしたのかは浦原ですら理解出来なかった。

 本当に、グレミィは何もしていないのだ。ただ両の手をポケットに入れて、茶渡の攻撃を見ていただけだった。

 

「すごい威力だね。でも、君の左腕はその威力に耐えられるほど頑丈じゃなかったみたいだ。だって――左腕が陶器だったら、粉々になって当然でしょ」

「な――」

 

 血が吹き出す傷口を抑えながら、グレミィの言葉が理解出来ない茶渡が信じられないという表情でグレミィを見やった。

 

「茶渡君! 今治すから!」

 

 織姫が茶渡の傷口に拒絶の力を発動させる。死者すら復活させる能力だ。その力は何の問題もなく発揮され、茶渡の左腕を再生させた。

 

「助かる、井上……」

 

 織姫に礼を言いつつ、茶渡は己の左腕を確認する。それは間違いなく普段通りの左腕だ。グレミィの言うように陶器などではなかった。それを見て、グレミィが少し驚いた表情を見せる。

 

「へえ。僕の空想も元に戻せるんだ。君、変わった能力だね。驚いたよ」

「空想……?」

 

 グレミィの発言に気になる言葉を見つけた浦原が、その言葉をぽつりと呟く。それを聞いたグレミィが、己の能力を堂々と説明し出した。

 

「そうだよ。僕は空想を現実にする事が出来るんだ。さっきのはそこの大きな人の左腕を、陶器のようだなって僕が想像しただけさ。そしたら本当に陶器になっただけだよ」

「馬鹿な! そんなふざけた能力あるわけが!」

 

 雨竜の叫びは至極真っ当なものだ。この世で生きている人間の中で、一体どれだけの人間が妄想が現実になったらいいと思った事があるだろうか。

 そんな誰もが一度は夢見たような能力を現実に持っている者がいる等と、信じる事が出来る訳がなかった。

 

「本当らろ。あいつは空想を現実化する“夢想家(ザ・ヴィジョナリィ)”の能力を持つ星十字騎士団(シュテルンリッター)。その危険性のあまり、陛下に幽閉されていた男らろ。さあ、グレミィに巻き込まれない内に早く逃げるろ石田雨竜。グレミィに勝てるのなんて、陛下を除けばいる訳がないんらから」

「そう。恐らく僕は星十字騎士団(シュテルンリッター)最強だと思うよ」

 

 グレミィはニャンゾルの言葉を肯定するようにそう言うが、星十字騎士団(シュテルンリッター)にはユーハバッハも含まれている。つまり、グレミィはユーハバッハも含めて己が最強だと豪語したのだ。

 

「さて、僕の力は理解できたかな? それともまだ想像が追いつかない? だったら、もっと教えてあげるよ」

 

 グレミィの言葉が終わったと同時に、浦原達の足元の砂が凄まじい勢いで沈み始めた。

 

「なっ!」

「君達の足元が流砂だったらって、想像しただけだよ」

 

 雨竜がグレミィの言葉を信じ難く思うが、目の前の現実は何も変わらない。何の変哲もなかった砂漠が一瞬にして流砂に変じてしまったのだ。

 浦原は瞬歩にて、雨竜は飛廉脚にて流砂から逃れ、そしてそれぞれ織姫と茶渡を助けて流砂から離れる。そして霊子を固めて足場にする事で空中に立ち、グレミィを苦々しそうに睨みつける。逃れたのはいいが、グレミィの能力が言っている通りなら、打つ手など欠片もないのだ。苦々しくもなるだろう。

 

「お見事。ところで、砂漠にいたら砂嵐に襲われるって想像した事はないかい? なくてもいいよ。僕が想像するだけだから」

「嘘だろ……!」

 

 空中に逃れた浦原達に向かって四方から巨大な砂嵐が迫ってくる。人の力で砂嵐を作り出す。自然現象すらグレミィの思いのままだった。

 

三天結盾(さんてんけっしゅん)!」

 

 織姫が外からの力を拒絶する障壁を作り出し、それで浦原達を砂嵐による風や吹き荒れる砂から守る。これだけの暴風だと砂と言えど馬鹿にならないダメージを負うし、そもそも目も開けていられなくなるだろう。

 

「これはまずいですね……!」

「何か手はないか浦原さん……!」

 

 一先ずやり過ごす事は出来たが根本的な解決にはなっていない。このままではいずれ砂嵐に飲み込まれてしまうだろう。

 あまりの危機的状況に茶渡が浦原に叫ぶ。浦原ならば、何かしらの手段を持っているのではないかと期待しているのだ。

 

「いやー、流石にこんな出鱈目は想像の埒外ですよ。参りましたね。ただまあ、彼の力が万能ではあっても全能ではない事は解りました。そこに突破口があるかもしれません」

「突破口? どうすればいい! 早くしないとこの巨大な砂嵐に飲み込まれるぞ!」

 

 迫り来る砂嵐に焦りを見せる雨竜。他の面々も同様だ。浦原も当然冷や汗を流しているが、それでも何か手を思い付いたのか、この場の誰よりも冷静であった。

 

「そうですね。井上サン、どれか一つでいいので砂嵐を拒絶してください。今の井上サンならあれだけの大きさの砂嵐でも覆うくらいは出来る筈ですよね」

「え? 多分出来ると思うけど……。でも、そんなに範囲を広げると拒絶し切る事が出来ないかも……」

「ほらほら。早くしないとアタシら全員飲み込まれちゃいますよ?」

「え、あ、はい! 双天帰盾(そうてんきじゅん)! 私は拒絶する!」

 

 織姫が拒絶の本質とも言える力を広げ、巨大な砂嵐の一つを覆う。そしてその力で砂嵐を拒絶し、消滅させた。

 

「あれ?」

 

 思ったよりも簡単に拒絶できた事に織姫自身が一番驚いていた。だが、残る三つの砂嵐は依然として浦原達に迫っている。

 

「皆サン!」

「ああ! 解っている!」

 

 四方の内、一つの砂嵐が消えたならば、そこからの脱出は浦原達には容易だった。

 そうして危機的状況から脱した浦原達は後ろの砂嵐に目を見やり、そして自分達を追ってこずに消滅した砂嵐を目にして、怪訝な表情を浮かべた。

 

「すごいね、そこの君。僕の想像したものを消す事が出来るんだ。意味がないみたいだから、砂嵐は止めにしたよ」

 

 後ろから聞こえてきた声に全員が振り返る。そしてその言葉から砂嵐を消したのはグレミィだと理解した。

 

「やっぱりそうみたいですね。貴方の力は空想を現実にする事が出来ますが、現実にしたものは貴方の力とは無関係の、本当に現実のものになる。違いますか?」

「正解。その通りだよ。僕が想像したものは現実のものになる。例え僕が死んでもそれは変わらない。完全にこの世界に存在するものになるのさ。僕が意図して想像を止めれば話は別だけどね。さっきの砂嵐みたいにね」

 

 グレミィの返答を聞いて、浦原は己の仮説が正しかった事を確信する。

 浦原は織姫が茶渡の腕を元に戻した時に、グレミィが言った言葉からグレミィの能力に対抗する為のヒントを得た。

 あの時、グレミィは茶渡の左腕を陶器に変えたと言った。その結果、茶渡の左腕は自身の攻撃力に耐え切れず、粉微塵になったのだ。だが、織姫が茶渡の左腕を元に戻した時、左腕は普通の左腕に戻っていた。陶器などではない、人として当たり前にある腕にだ。

 その事から、織姫の能力ならばグレミィの能力による結果を元に戻す事が出来ると浦原は予想した。そこから更に、グレミィの想像の力は凄まじいが、想像により創造された物質はグレミィの力とは無関係の一個の物質になっているのではないかと更に予想したのだ。

 

 織姫の力には拒絶する事象に強大な霊圧などが絡むと、それが拒絶の阻害となって上手く拒絶出来ないという欠点が存在している。それにより一護の重傷を拒絶するのに時間が掛かった事もあった。

 だが、グレミィの創造したものを拒絶するのにそのような阻害は一切起こっていなかった。その事から浦原はグレミィの能力の限界を見抜いたのだ。

 

「それともう一つ。貴方の想像の力は霊圧が強い者には上手く干渉する事が出来ないんじゃないですか? そうじゃなきゃ、アタシ達が今も生きている理由が解りません。空想を現実に出来るなら、アタシ達が死んだ事を想像すればいいだけの筈です」

「……それも正解だよ。なるほど。陛下がお前を特記戦力に入れた訳が解ったよ」

 

 浦原の予想は全て当たっていた。浦原が言う通り、グレミィの夢想家(ザ・ヴィジョナリィ)は霊圧が高い存在に対してはその効果が著しく落ちる。そうでなければ、浦原を殺す為にわざわざ流砂だの砂嵐などを想像する必要はないだろう。浦原の心臓が止まったと想像すればいいだけの話だ。

 それだけではない。一度現実に具現した想像はグレミィが死んでもそのままだが、生物の肉体を変化させた場合は話が別だ。先程の茶渡で言えば、茶渡の左腕が陶器にされたとしても、グレミィがその想像を意識から無くしたり、グレミィが死んだりすると、元の肉体に戻るようになっている。全てにおいて完璧な能力などないという事だろう。

 

「霊圧が強い者には僕の力も干渉しにくいんだ。そこの大男も、腕を陶器に変えるくらいが限界だね。内臓は霊力を生み出す器官が近いから干渉が難しいし、死に直結する部位をどうこうするには、相手の霊圧が低くないとまず無理だね。つまり、君達は僕に抵抗出来る最低限の実力は持っているということだよ。良かったね」

「こいつ……!」

 

 自身の能力の限界が言い当てられたというのに、グレミィの余裕は崩れなかった。能力の詳細ばかりか、織姫の能力ならば対抗出来る事がばれているというのにだ。

 つまり、それでも自分の絶対的優位は変わらないという自信がグレミィにはあるという事だ。

 

「それじゃあ――」

「――待つんらろ」

 

 新たな想像をしようとしていたグレミィを、戦いを観戦していただけのニャンゾルが突如として遮った。

 

「あれ? まだ逃げていなかったんだ? どうしたのかな?」

「石田雨竜を連れて帰るのがオイの使命だって解ってるらろ? 浦原喜助諸共石田雨竜を殺させる訳には行かないろ」

「……だってさ。もう一度だけ忠告してあげるよ。ニャンゾルと一緒に――」

「断る」

 

 グレミィのその忠告を最後まで言い切らせず、雨竜はばっさりと切り捨てた。その返事を聞いて、グレミィは常に絶やしていない微笑を深め、恐ろしい想像を現実に変えた。

 

「それじゃあ、仕方ないよね。陛下には僕から謝っておくよ」

「グレミィ……!」

 

 グレミィの躊躇ない行動にニャンゾルが怒りを顕わにするが、ニャンゾルが何を言おうと、何をしようと、グレミィを止める事は出来ない。

 

「石田サンと茶渡サンは出来るだけ遠距離からグレミィ・トゥミューを攻撃してください! 井上サンは攻撃に参加せずアタシ達のサポートを!」

「ああ!」

「解った!」

「はい!」

 

 浦原の号令と共に全員が動き出す。グレミィの想像した現実を拒絶出来る織姫がいるなら、織姫のサポートを受ければ対抗出来る筈という算段だ。それは間違いではないだろう。確かに、織姫の力ならばグレミィの力に対抗出来る。

 グレミィが浦原達を即死させるような想像を現実に変える事が出来ない限り、浦原達の体に異変が起こったら織姫の事象の拒絶で元に戻してもらう。浦原達は攻撃に専念すればいいだけだ。いずれはグレミィに届くかもしれないだろう。

 だが、浦原達のその想像を遥かに上回る想像を、グレミィは現実にした。

 

「君の能力はすごいけどさ。これも消せるかな?」

「え……?」

 

 グレミィの言葉に、そしてグレミィの視線に、全員が虚圏(ウェコムンド)の空を見上げる。そして、信じ難い物をその目にした。

 

「なん……だと……」

「そんな、馬鹿な……!」

「これは、流石に無茶がありますよ……!」

 

 そこには、一つの町に匹敵する程に巨大な、本当に巨大な隕石の姿があった。どれだけの大きさか、もはや見当も付かない程だ。自分の頭上に巨大隕石が落ちてくる。そんな事を想像した者はいるだろうが、それが現実になる事はまずないだろう。

 

「む、無理……! あたしの力じゃこんな大きいの拒絶出来ないよ……!」

『!!』

 

 この絶望的な状況を前に、唯一の希望を織姫に見出す三人だったが、織姫から出た言葉は絶望そのものだった。

 だが、これは織姫の力不足ではない。織姫の力は限定した事象を拒絶するという人間の領域を超えた力だが、その力が及ぶ範囲はそこまで広くはない。修行によって範囲を広げる事は出来たが、それでも先程の砂嵐が限界だ。

 そして上空から落ちてくる巨大隕石は砂嵐の数万倍以上の大きさがあるのだ。これを拒絶しろというのは流石に無茶というものだろう。

 

「さっき僕が言った事を覚えているかな?」

 

 絶望的な状況に晒された雨竜達だが、その瞳にはまだ希望が残っていた。だが、その希望を叩き潰すかのように、グレミィが残酷な事実を突き付けた。そしてその事実を浦原は理解していた。今までの情報の全てを把握していたからこそ、その残酷な事実を覚えていたのだ。

 

「僕が死んでも、一度現実になったものは消えやしない。あの隕石は、僕を殺しても落ちてくる。まあ、君達程度に殺される僕じゃないし、隕石が落ちてきても僕だけは生き残るけどね」

 

 そう、既に隕石は現実のものとなっているのだ。例えグレミィを今すぐに殺せたとしても、隕石は消滅したりはしない。そんな事実を突きつけられた雨竜達に出来る事は一つだけだった。

 

「逃げるぞ! 少しでも遠くに離れるんだ!」

 

 それが雨竜達に出来る唯一にして最善の行動だった。少しでも隕石から離れ、その破壊から逃れようとする。これだけ巨大な隕石が落ちるのだ。その衝撃は計り知れないだろう。逃げても意味はないかもしれない。

 だが、だからと言って生きる事を諦めるつもりはない。だから誰もが少しでも遠くに逃げようとして――

 

「させないよ」

『ッ!?』

 

 ――目の前に出現した巨大な壁を見て、声を失った。

 

「安心しなよ。ただの巨大で分厚い石牢さ。頑張れば砕く事も出来ると思うよ。その度に僕が想像し直すけどね」

「くそっ!」

 

 突如として現れた巨大な壁の正体は、グレミィが想像した石牢だった。上下四方全てが石で出来た壁で覆われている。逃げ場はどこにもないだろう。

 グレミィの言う通り、この石壁を壊す事は不可能ではない。かなり分厚く創られているが攻撃力の高い茶渡ならば貫通する事も出来るだろうし、浦原の鬼道でも破壊は可能だろう。

 だが、やはりグレミィの言う通り壊しても壊してもその度に石壁は元に戻っていく。これでは脱出のしようがなかった。

 

「皆サン! 一度退きます!」

 

 浦原が穿界門を開き、尸魂界(ソウル・ソサエティ)への道を作り出す。ここから尸魂界(ソウル・ソサエティ)に逃げ、グレミィが追ってきた場合は他の死神と協力して何とか倒す算段だ。

 

「おっと、させないよ」

「なっ!」

「残念だったね。その門の前には堅牢な壁があったよ。石壁とは違う、鋼鉄よりも遥かに硬く分厚い壁だ。君達じゃ壊すのはちょっと難しいと思うよ」

「この!」

 

 茶渡が魔人の一撃(ラ・ムエルテ)を穿界門を塞いでいる壁に叩きつける。だが、グレミィの言う通りその壁を壊すには至らず、多少の凹みを作り出しただけに留まっていた。

 

「おおお!」

 

 茶渡が幾度も魔人の一撃(ラ・ムエルテ)を放つ。その度に凹みは大きくなり、もう少しで壊せそうなところで……グレミィによって壁は元に戻された。傷一つない、新品同様にだ。

 

「頑張ったね。でも無意味だったよ。ごめんね」

「くっ!」

「みんな、集まって!」

 

 織姫が全員を集めて三天結盾(さんてんけっしゅん)にて防御を固める。逃げ道がないのなら、せめて少しでも防御を高めて生き延びる可能性を上げようという算段だろう。

 だが、あの巨大な隕石を思えば焼け石に水という他ないだろう。このままでは全滅は必至。そう考えた浦原は切り札の一つを切った。

 

「卍解――観音開紅姫改メ(かんのんびらきべにひめあらため)

『!!』

 

 観音開紅姫改メ(かんのんびらきべにひめあらため)。それが浦原の卍解である。その能力は――

 

「皆サン! アタシの合図で穿界門に飛び込んでください!」

 

 浦原がそう叫び、観音開紅姫改メ(かんのんびらきべにひめあらため)の能力を発動させようとする。何をするつもりなのかは解らないが、この状況では浦原を信じる他はないと雨竜達も覚悟を決めた。

 浦原が何をするつもりか解らないのはグレミィも同じだ。だが、何をしようとも意味はないとグレミィは断じる。どんな手を使おうとも、全てを空想のみで対処してやろうと思い――突如として上方から響いた轟音に眉を顰めた。

 

「……隕石が落ちたにしてはおかしいな。天井が壊れていない。君の卍解の仕業かな?」

「いえ、これは……」

 

 グレミィの言う通り、隕石が落ちたならば真っ先に岩の天井が破壊されるだろう。だが、天井には皹すら入っていなかった。ならばあの轟音は何だったのか。石壁に覆われてなお響いたあの轟音は。

 浦原の卍解の仕業かとグレミィは思ったが、浦原の反応からしてそれもないと思う。浦原は卍解を解放したが、未だにその能力を発動させていなかった。

 気になったグレミィは天井を消滅させ、轟音の原因を確認しようとする。そして、上空に立っている一人の破面(アランカル)を目にした。当然浦原達もその破面(アランカル)を目にし、誰もがその登場に驚愕する。そんな中、浦原だけが飄々とその破面(アランカル)に挨拶を行った。

 

「おや、お早い到着ですねクアルソさん。もう少し時間が掛かるかと思っていましたよ」

「おお、なんかすごいの出してるな浦原さん。それ浦原さんの卍解か? もしかして浦原さんの活躍どころ奪っちゃったりした? 隕石が落ちて来ていたから取り敢えず壊したけど、余計なお世話だったかな?」

「なん……だと……?」

 

 さらっと言っているが、その内容の出鱈目さに雨竜が困惑の声を上げる。落ちて来ていたから壊した。隕石とはそんな簡単に壊れるようなものなのだろうか。否、断じて否だ。石ころくらいの大きさならともかく、あれだけ巨大な隕石をそんな簡単に壊されては堪ったものではないだろう。

 だが、それが出来るのがこの破面(アランカル)の規格外、クアルソ・ソーンブラなのである。先程の轟音はクアルソが隕石を破壊した音だったのだ。

 

「いえいえ。おかげで助かりましたよ」

 

 そう言いながら浦原は安堵し、卍解を元の斬魄刀へと戻した。もう必要なくなったので敵に能力を知られる前に戻したのだ。そして安堵した。対策はしていたとはいえ、卍解を奪われなかった事を。流石の浦原も卍解を奪う機構の予測は出来ても確信は出来なかったようだ。

 

「……お前がクアルソ・ソーンブラか。どうやってここまで来たんだい? 虚夜宮(ラス・ノーチェス)からここまで来るのに、滅却師(クインシー)の飛廉脚でも一ヶ月は掛かる筈なんだけどなぁ」

 

 グレミィは浦原の持つ通信機器を封じる仕掛けを施していた。霊波をジャミングする物質を想像し、それを虚夜宮(ラス・ノーチェス)付近に隠していたのだ。浦原がどんな救援信号を送ろうとも、それが届く事はないだろう。なのにどうやって浦原の危機をクアルソが知ったというのか。

 グレミィは甘かった。いや、滅却師(クインシー)の誰もが甘かった。クアルソはこの一年半の間で当たり前のように修行し、霊圧や霊力の扱いを更に伸ばしている。その探査回路(ペスキス)の範囲は桁外れだ。そんなクアルソが空から巨大隕石が落ちる等という異常事態に気付かない訳がなかった。そう、クアルソは浦原の危機を察知したのではなく、隕石の落下という異常事態に気付いたのだ。

 

 そうして異常事態を感じ取ったクアルソは、確認の為に空間転移を行ってこの場に現れた。空間転移は藍染との戦いの最中に学習した技だ。以前は帰刃(レスレクシオン)していなければ使えなかったが、これも修行により通常状態でも使えるようになっていた。

 空間転移でこの場に現れたクアルソは上空から落ちてくる隕石をその目にした。懐かしい光景だなぁ、と思わず感慨に耽ったが、このままではここら一帯に凄まじい被害が出てしまうだろう。まあ、ほぼ砂漠の虚圏(ウェコムンド)なので問題ないかもしれないが。

 問題は、砂漠にある巨大な石壁の中に見知った者達の霊圧を感じる事だ。このままでは彼らは隕石に潰されて確実にお陀仏になると判断したクアルソは、王虚の重閃光(グラン・レイ・セロ・グラベダド)により隕石を破壊したのである。そして今に至る。

 

「企業秘密です。ところでお前はオレの事を知っているみたいだけど、オレはお前を知らないんだよなぁ。教えてくれると助かるんだけど?」

 

 グレミィの問いにクアルソがそう答える。敵に自分の能力を自分から明かす馬鹿な行為をするつもりはクアルソにはない。使った上でばれるならまだしも、どうして態々説明しなくてはならないのか。

 だが、自分が答えるのは断るが、相手に答えてもらう事は助かるのでこちらから訊くだけ訊きはするようだ。

 

「そうだね。なら自己紹介をしておこう。僕は星十字騎士団(シュテルンリッター)の“V”。“夢想家(ザ・ヴィジョナリィ)”のグレミィ・トゥミューだ。よろしくね最強の破面(アランカル)さん」

「シュテルンリッター? V? ザ・ヴィジョナリィ? ……浦原さんヘルプ」

 

 星十字騎士団(シュテルンリッター)とやらもVとやらも夢想家(ザ・ヴィジョナリィ)とやらも、初耳のクアルソにはさっぱりこってり解らない言葉だ。

 なのでクアルソは困った時の浦原えもんに助けを求めた。

 

「細かい事は後で説明します。簡潔に言うと、彼を含む敵集団が瀞霊廷を襲撃、現在護廷十三隊は半壊状態です。更に彼はアタシを狙っており、クアルソさんも標的にしているようです」

「なるほど」

 

 どうやら自分が虚圏(ウェコムンド)にいる間に、尸魂界(ソウル・ソサエティ)では驚天動地の出来事が起こっていたようだとクアルソが理解する。

 流石のクアルソも虚圏(ウェコムンド)にあって、空間の壁を隔てた上に黒腔(ガルガンダ)を挟んだ向こう側の世界である尸魂界(ソウル・ソサエティ)の状況を知る事は出来ないようだ。当たり前と言えば当たり前だが。

 

「まあお前がオレを狙おうが狙うまいがどっちでもいいよ。問題はそんな事じゃあない……」

「へえ。じゃあ何が問題なんだい?」

 

 グレミィの質問に、クアルソは怒りを籠めて言い放った。

 

「決まっている! 織姫さんという至宝のおっぱ……美少女をこの世から滅しようとした事だ! 絶対に許されない行為だ! 性格の良い美少女がどれだけ貴重か解ってんのかおい!?」

 

 ――ああ、クアルソ・ソーンブラだなぁ――

 

 相も変わらずなクアルソを見て、雨竜が思わず内心でそう思った。この変化のなさに安心感を覚えた程だ。

 

「なんだ。性格の良い美少女が欲しいのかい? そんな簡単に想像出来るのが欲しいだなんて、案外俗っぽいんだね最強の破面(アランカル)っていうのも」

「想像は出来ても現実にはならないんだよォォ!!」

 

 クアルソ、魂の咆哮であった。

 

「僕なら現実に出来るよ、君の理想の女性を」

「……ぱーどぅん?」

 

 グレミィの言葉の意味を完全に理解し切れないクアルソがそう呟く。そんなクアルソに対し、雨竜がグレミィの能力を説明した。グレミィの能力の恐ろしさを教えて注意喚起しようとしたのだろう。

 

「そのグレミィ・トゥミューは空想を現実にする能力を持っているんだ! 先程の隕石も彼が想像したものが現実になったものだ! 何をしてくるか解らない恐ろしさを秘めている! いくら君でも油断していると危険だぞ!」

 

 雨竜の言葉を聞いた浦原はやってしまったとばかりに頭を抱える。そして同じく雨竜の言葉を聞いたクアルソが信じられないようにグレミィを見やり、確認の言葉を投げ掛ける。

 

「え? じゃあさっき言った事は……」

「本当だよ。なんなら現実に出してあげようか? 君の理想の女性」

「あなたが神か……!」

 

 思わずグレミィに向けて両膝を突き、手を合わせて祈りのポーズを取るクアルソ。そんなクアルソを見て、やっぱりこうなってしまったかと浦原が思った。 

 

「グレミィさん! 出来れば綺麗で優しくて男の浮気を甲斐性と思ってくれる包容力を持っててゲームやアニメや漫画の話にも付き合ってくれてオレと同じくらい強い女性を想像してくれませんか!?」

「やだよ」

「グレミィ・トゥミュー! 良くも織姫さん達を殺そうとしたな! 絶対に許さないぞ!」

 

 熱い掌返しであった。これには浦原達もドン引きである。まあクアルソも本気でグレミィに都合の良い女性を想像してほしいと願った訳ではない。この方法で女性と付き合えて童貞を捨てられたとしても、クアルソの倫理観はそれを許さないだろう。だから先程の願いはノリのようなものなのだ。絶対。

 

「さて、くだらない話はお終いだ。そろそろ戦いを始めようじゃないかクアルソ・ソーンブラ」

「グレミィ! クアルソ・ソーンブラとの戦いはまだ禁じられてる筈らろ!」

 

 クアルソと戦おうとするグレミィをニャンゾルが制止しようとする。確かにユーハバッハはグレミィがクアルソと戦う事を許可したが、それはユーハバッハの準備が整ってからの話だ。

 だが、そんなニャンゾルに対してグレミィは事実を言って突き離した。

 

「待つ必要はないだろ。だって、既にクアルソ・ソーンブラに知られているんだ。ここで倒した方が陛下の為でもあるだろ?」

 

 そう、ユーハバッハがクアルソとの戦闘時期を指定していたのは、クアルソに瀞霊廷襲撃を知られないようにする為だ。クアルソが気付かぬうちに全てを終わらせようとする魂胆があったからこその命令だ。

 だが、こうしてクアルソに知られた今、その命令にもはや意味はない。むしろここでクアルソを倒した方がユーハバッハの為にすらなるだろう。

 

「それは……!」

 

 グレミィの言葉にニャンゾルは反論できなかった。グレミィが間違った事を言っていないからだ。クアルソに瀞霊廷の異変を知られた以上、かなりの確率でクアルソが死神側に付くだろうとユーハバッハは予測していた。その予測を否定する者は星十字騎士団(シュテルンリッター)にはいない。

 ならば、死神の戦力になる前に倒した方がユーハバッハの役に立つというのは正論であった。

 

「仕方ないろ。こうなったらオイもクアルソ・ソーンブラと戦うろ」

「邪魔なだけだよ。クアルソ・ソーンブラは僕だけで倒すんだ。第一、巻き込まれてもしらないよ?」

「オイの能力を知ってて言ってるら? そもそも、オイを巻き込んで隕石を落とした奴の台詞じゃないろ」

 

 多くの星十字騎士団(シュテルンリッター)はグレミィが全力で戦うとなれば全力で避難するだろう。先程の隕石を見れば解る通り、巻き込まれない保障が欠片もないからだ。

 だが、ニャンゾルの能力紆余曲折(ザ・ワインド)なら話は別だ。ニャンゾルが認識していない攻撃であっても発動するこの能力ならば、大抵の攻撃を無力化出来るだろう。

 

「一人でも二人でもどっちでもいいよ」

「……軽く言ってくれるね。嘗められているのかな?」

「嘗めてない嘗めてない。完全に平等な戦いなんてどこの世界にも存在しない。敵が多かろうが少なかろうが、あるがままに戦うだけさ」

 

 一対一の戦いだろうと、戦力差が欠片でも存在していればその時点で平等ではなくなる。対等な勝負はあるが、平等な勝負など在る筈もないのだ。

 それを誰よりも理解しているクアルソは、敵の数や戦力がどれ程あろうとも、そこに文句を挟まない。その状況に合わせた戦法を取るだけである。当然だが、敵の数が多すぎて倒せない場合は逃げる事もあるだろうし、逃げながら戦って数を減らす事もする。真っ向から戦うだけではないのだ。まあ、真っ向から戦って決着が付く事が多いのだが。

 そんな事を知る由もない星十字騎士団(シュテルンリッター)の両名は、二人相手だろうと問題ないと受け取ったようで、強者としての自覚を持つだけに癪に障っていた。

 

「その余裕の顔を歪ませてあげるよ」

「後悔するろ」

「さて、味方以外と戦うのは久しぶりだな。掛かって来い」

 

 虚圏(ウェコムンド)の外れにて、破面(アランカル)の王と星十字騎士団(シュテルンリッター)の二人の戦闘が開始された。

 

 




 グレミィの能力が及ぶ範囲については独自解釈による設定です。問答無用で相手を殺せるなら剣八相手にそうしてるだろうし、瀕死の隊長二人に止めを刺すことは出来ていたから、霊圧が低い者なら干渉は容易ということにしました。

 綺麗で優しくて男の浮気を甲斐性と思ってくれる包容力を持っててゲームやアニメや漫画の話にも付き合ってくれる上にクアルソと同じくらい強い女性「呼んだかいクアルソ?」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。