どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第二十二話

 東仙と狛村が協力してバンビエッタに立ち向かう。だが、隊長格が二人掛りで攻めてもバンビエッタにダメージを与える事は出来ないでいた。

 東仙の攻撃が通用したのは奇襲だったからだ。血装(ブルート)は攻撃と防御の二種類を同時に発動する事は出来ない。あの時バンビエッタは狛村に攻撃しようとしていた為に、静血装(ブルート・ヴェーネ)ではなく動血装(ブルート・アルテリエ)を発動させていた。その為、東仙の紅飛蝗でダメージが通ったのだ。

 だが、今のバンビエッタは常に静血装(ブルート・ヴェーネ)を発動させて動いていた。その防御力を超える攻撃力を始解状態の二人は有していなかった。

 

「隊長格が二人掛りでこの程度なの!?」

「おのれ……!」

 

 バンビエッタの嘲りに狛村が激昂し、天譴にて全力の一撃を叩きつける。だがやはりバンビエッタには通用しない。卍解せずとも発揮される圧倒的質量の一撃を、片手で容易く受け止めたのだ。そして狛村に霊子を撃ち込もうとして――

 

「させないよ」

「ッ! 鬱陶しいわね!」

 

 ――東仙の攻撃により、その動きを阻害された。

 バンビエッタは狛村よりも東仙の動きに苛立っていた。単純な破壊力ならば狛村が上だろう。だが、どちらの攻撃も静血装(ブルート・ヴェーネ)で防げている以上、攻撃力の高さなど然したる意味はない。

 それよりもバンビエッタが攻撃に移ろうとした瞬間を上手く狙い、その行動を阻害する東仙の方が遥かに面倒だった。東仙は目が見えないが、それ故に下手に目が見える者よりも多くの事を察知する事が出来る。それにより東仙はバンビエッタの攻防の変化を見極め、適切な攻撃にてその行動を阻害していたのだ。

 東仙のサポートを受けた狛村は反撃の心配をする事なく、攻撃に全力を傾ける事が出来る。それにより攻撃が苛烈になり、より反撃の機会が得られなくなる。本当に面倒だとバンビエッタは憤慨する。

 

「吹き飛べ!」

 

 バンビエッタが狛村の攻撃の隙間を縫うように、半ば無理矢理爆撃(ジ・エクスプロード)を放つ。強引にでも先に狛村を倒しておこうとしたのだ。どちらか片方でも倒してしまえば最早成す術もないだろうという考えからの行動だ。

 

「甘い」

「!?」

 

 だが、バンビエッタが放った霊子球はその全てが東仙の清虫弐式・紅飛蝗(べにひこう)にて迎撃された。

 バンビエッタの爆撃(ジ・エクスプロード)は霊子に触れた物質の全てが爆弾となり爆発する。だが、その爆発のタイミングをバンビエッタの意思で変える事は出来ない。爆弾になった瞬間に爆発してしまうのだ。

 そして紅飛蝗は東仙の斬魄刀、清虫から無数の針状の刃を放つ技だ。その刃を霊子球にぶつける事で、霊子球が狛村に命中する前に爆弾に変え、爆発させたのだ。

 

「やはりか。お前の力は爆弾を放っているのではなく、霊子を撃ち込んだ物質を爆弾に変えているようだな。狛村、あの霊子に触れてはならないよ。触れればそこが爆弾に変えられてしまうだろう」

「ああ!」

「あんた……! 本当にウザいわね……!!」

 

 己の能力を暴き、仲間に伝える東仙を見てバンビエッタが悪態を吐く。東仙のやる事なす事がバンビエッタの邪魔になっていた。そうなるように東仙が動いているのだから当然だが。

 バンビエッタは東仙の働きに苛立っているが、東仙は東仙でバンビエッタの強さに舌を巻いていた。

 

 ――強い。狛村と二人掛りでなければ疾うにやられていただろう――

 

 東仙の思っている通り、バンビエッタを相手に卍解を封じたままの東仙では勝ち目はない。そして二人掛りで拮抗しているが、それも時間の問題だろう。

 このままでは敗北は必至。ならば如何にして次に繋げるかが重要だと東仙は考える。市丸は生き延びる事で次に繋げた。だが、東仙は違う。

 

「色々と試させてもらう。敵がより厄介になるかもしれないが、これも次の為だ。許してくれよ狛村」

「東仙? 貴公なにを――」

 

 狛村が東仙の言葉に疑問を抱くも、その疑問を口にする前に東仙は一つの賭けに出た。

 

「卍解!」

『!?』

 

 東仙のまさかの行動に狛村とバンビエッタが同時に驚愕する。卍解を奪われるという情報は東仙も承知の上だ。狛村と共闘している時に忠告されたし、そもそもこの場に辿り着く前に予測は立てていた。

 だと言うのに何故卍解を解放したのか。それが理解出来ずに狛村は驚愕し、バンビエッタは面倒な事になったと内心で舌打ちをしていた。

 

「清虫終式・閻魔蟋蟀」

『――』

 

 狛村とバンビエッタの驚愕の声は、その耳には届かなかった。閻魔蟋蟀の内側に閉じ込められた者は霊圧知覚・視覚・聴覚・嗅覚を奪われてしまう。己の発した言葉さえ己の耳には届かない。無明の世界に閉じ込められてしまったのだ。

 そしてその無明の世界から、即座に解放された。

 

「これは……! どういうことだ東仙!?」

 

 卍解を発動しておきながら即座に解除する。東仙の行動の真意が理解出来ず、狛村は再び疑問を口にする。

 

「巻き込んで済まない狛村。だが、おかげで一つの仮説が立てられた。滅却師(クインシー)よ。お前達が卍解を奪えるのは一人につき一つまで。そうだろう?」

「……」

 

 東仙の言葉にバンビエッタは苦々しい表情を浮かべながら無言で返す。それが何よりの答えであった。感情の制御はあまり得意ではないようだ。

 

「それを確認する為に……!」

 

 そう、卍解を奪う機構を少しでも見抜く為に、東仙は危険を承知で卍解を使ったのだ。それで奪われたとしても、敵が卍解を制限なく奪う事が出来る事を知る事が出来る。敵の情報が乏しい今、少しでも情報を集める事が次に繋がると東仙は考えたのだ。

 東仙の仮説は当たっていたが、東仙の卍解を奪えなかった理由はもう一つ存在する。この時点でそれを理解するのは東仙にも出来なかったようだ。

 

「ふん! だったら何だって言うのよ! 大体卍解を使えたんだからそのまま攻撃していれば良かったのに! わざわざ解放しちゃってばっかじゃないの!?」

「挑発に乗る気はないよ。君を無明の世界に閉じ込めて、四方八方に霊子をばら撒かれては面倒だからね」

「……ちっ!」

 

 東仙の言葉通り、あのまま無明の世界に閉じ込められていればバンビエッタは爆撃(ジ・エクスプロード)の力を四方八方にばら撒いていただろう。見えなくても当たるまで攻撃すればそれでいいという考えだ。かなり強引だが、閻魔蟋蟀の能力に対抗するにはかなり良い手でもあった。

 だがそれすらも東仙に読まれ、行動に移す前に卍解を解除されてしまった。悉くこちらの行動を先読みされ、バンビエッタは怒り心頭になり……使うつもりのなかった力を発揮した。

 

「これ、使うつもりなかったけどさぁ……あんたに吠え面かかせてやらないと気が済まなくなったわ!! 卍解!」

『!!』

 

 卍解。滅却師(クインシー)がその言葉を放つという事の意味を理解出来ない狛村と東仙ではない。

 

黒縄天譴明王(こくじょうてんげんみょうおう)!!」

 

 狛村から奪い取った卍解が、狛村と東仙に牙を剥いた。

 

「さあ、さっきの小賢しい技でこの卍解も止められるかしら!? 試してみなさいよ!!」

 

 物質を爆弾に変える霊子が防がれるなら、防ぎ切れない力で叩き潰せばいい。それがバンビエッタの東仙に対する対処法だった。

 東仙の卍解に対しても黒縄天譴明王(こくじょうてんげんみょうおう)だと対処しやすい。黒縄天譴明王(こくじょうてんげんみょうおう)は巨大な鎧武者を具現化し、圧倒的な攻撃力で敵を倒す卍解だ。その巨体が生み出すリーチは閻魔蟋蟀の作り出した空間を容易く突き破るだろう。

 バンビエッタは頭に血が上りやすく激昂しやすいタイプだが、そういうタイプほど案外最適な解決手段を取る事もある。バンビエッタはまさにそれであった。

 

「儂の卍解を、瀞霊廷に向けて使うか……!!」

 

 今までは瀞霊廷を護る為に発揮されてきた力が、瀞霊廷を護る力に向けて発揮される。それが元々己の力であったならば、狛村の怒りと無念は如何ほどか。

 そんな狛村の無念を知り、東仙は覚悟を決めた。狛村には二度と見せたくなかった力を使う覚悟を。

 

「……清虫百式・狂枷蟋蟀(グリジャル・グリージョ)

『!?』

 

 狂枷蟋蟀(グリジャル・グリージョ)。それは、東仙の帰刃(レスレクシオン)名である。東仙は藍染の力によって虚化に至り、そして死神でありながら帰刃(レスレクシオン)すら使いこなすまでに至っていた。

 仮面の軍勢(ヴァイザード)達ですら帰刃(レスレクシオン)を扱う事は出来ないだろう。その理由は扱えないのか、それとも扱いたくないのか。死神であった彼らは虚の力を手にしたのは本意ではないため、帰刃(レスレクシオン)を忌避しているのかもしれない。全ては定かではないが。

 

 ともかく、東仙は破面(アランカル)と同じく刀剣解放を可能としていた。かつてはこの力で狛村を敗北寸前まで追い詰めた事もある。

 だが、東仙は二度とこの力を使おうとは思わなかった。この力こそ、己の醜さの象徴と思っているからだ。

 

「出来れば二度も見せたくはなかったよ。私の醜い心を……」

 

 東仙はこの姿になる事で視界が開ける。その目で世界を見る事が出来るようになるのだ。そして初めて狛村の顔を見た時、その人とは掛け離れた姿を醜いと断じた。

 だが、今の東仙は己こそ醜い存在であると理解していた。姿形の話ではない。他人の見た目を論う精神こそが醜く、それが形となったのが今の姿だと東仙は思っていた。

 

「……友を護る為に力を揮う。それのどこが醜いというのだ!」

 

 かつて狛村は虚化した東仙に対し堕落したと言った。誰かに強制された訳ではない、自ら虚の力を手にするという死神として道を踏み外す行為に対してそう言ったのだ。

 今の東仙は死神として戦っていない。護廷のためではなく、友とかつての部下の為に戦っているのだ。ならば、死神としてどうではなく、それは人として正しいものだという想いを籠めて狛村は東仙に叫ぶ。

 

「狛村……ありがとう」

 

 狛村の言葉を聞き、東仙は救われた想いになる。そしてその力を存分にバンビエッタに向ける。友の卍解を奪った悪逆の敵に。

 

「でかい虫になったところで!!」

「卍解を奪ったばかりのお前が、狛村の卍解を扱いきれると思うな!!」

 

 強大な力と力の塊が、瀞霊廷でぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 瀞霊廷の戦いが激化して行く中、瀞霊廷と見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の頭目同士の戦いは決着を迎えそうになっていた。

 山本元柳斎は滅却師(クインシー)が瀞霊廷に侵攻して来たと気付いた時、その首魁がユーハバッハであると見抜いた。千年前に戦い、倒しはしたものの殺し切る事が出来ずに逃がしてしまった男。それが千年の時を経て再び侵攻して来たのだと。

 そう見抜いた瞬間、山本はユーハバッハのみを標的と定めた。他の敵を倒した所でユーハバッハに何の痛痒も与える事は出来ず、戦いを終着に導く事は出来ないと理解していたのだ。この戦いを終わらせる為には敵の首魁であるユーハバッハを倒す他ないだろう。

 

 そうして山本はユーハバッハを探しだし、そして部下を伴っていたユーハバッハを襲撃し、死神最強の力にて終始ユーハバッハを圧倒した。

 敵が卍解を奪うという情報は天廷空羅にて山本にも届いている。それ故に山本は始解の状態で戦っていたが、それでもユーハバッハを圧倒していたのだ。まさに死神最強に相応しい力だった。

 卍解を奪う仕組み自体もある程度の当たりを付けていた。山本は雀部の卍解が奪われなかった事も理解している。他の卍解は奪われて、雀部の卍解だけは奪われない。そこに答えがあると山本は見抜いていた。

 

「はぁ、はぁ、お、おのれ……!」

「……」

 

 息を切らし、剣を杖のように使って体を支えるユーハバッハ。その姿は一目見ても死に体だと解る。

 だが、山本はそんなユーハバッハを見て何かがおかしいと思い始めていた。

 

 ――これがユーハバッハじゃと? ……千年前とその力が殆ど変わっておらぬとはどういう事じゃ?――

 

 そう、ユーハバッハの力は千年前に戦った時と然したる変化がなかった。

 今回の侵略は千年前と比べて大きな被害が出た。ユーハバッハが入念に準備して来たのだと理解出来る侵略だった。突如として瀞霊廷に攻め込む手際、卍解を奪う手段、そして死神達の情報の多くを集めているだろう。

 だと言うのにだ。肝心要のユーハバッハ自身がこの体たらくだ。いくら山本がこの一年半年余り、更木剣八に指導という名の己への修行染みた行為をした為に、千年あまりの錆び落としどころかその実力を更に高めたとはいえ、ここまで圧倒的な差は千年前にもなかった。

 これだけ周到な準備をして来た者が、己の力を磨かぬ等という醜態を晒すだろうか。それとも、千年の歳月がユーハバッハを衰えさせたのだろうか。

 山本の疑問は膨らむも、考えたところで詮無き事と判断し、目の前の大敵を討つ為にその刀を振るった。

 

「終わりじゃユーハバッハ」

「や、山本重國……!」

 

 それが、()()ユーハバッハが放った最期の言葉となった。

 

「撫斬」

「――!!」

 

 山本が流刃若火に炎を纏わせ、一刀の下にユーハバッハを両断する。頭部から真っ二つとなった上に、流刃若火の炎によってその死体すら燃え尽きたユーハバッハを見て、しかし山本の疑念は晴れないままだった。

 あまりにも手応えがなさ過ぎる。本当にユーハバッハを斬ったのだろうか。そう思った山本は、ユーハバッハの側に控えていたハッシュヴァルトを見て疑問の答えに辿り着いた。

 

「――ッ! 偽者か!!」

「良く気付いた」

「!?」

 

 背後から聞こえた声に反応し、山本が振り返る。そこには、斬り殺され燃やし尽くされた筈のユーハバッハの姿があった。

 

「やはりか……!」

 

 山本がそれに気付いたのは、自身達を統べる王が敗れたというのに、ハッシュヴァルトに然したる感情の変化が見られなかったからだ。普通なら動揺なり怒りなり、何らかの反応を見せるだろう。それが欠片もなかった事から、先程のユーハバッハは偽者だと気付いたのだ。

 山本が倒したユーハバッハの正体は星十字騎士団(シュテルンリッター)“Y”。“貴方自身(ジ・ユアセルフ)”のロイド・ロイドだったのだ。剣八をコピーしようとして自滅した筈のロイドが、何故ユーハバッハの姿になっていたのか。その秘密は、ロイドが双子であったからである。

 剣八にやられたロイドはLのロイド・ロイド。対象の姿形以外に、力と技術の全てを真似る力を持つロイドだ。そしてユーハバッハに化けていたのがRのロイド・ロイド。対象の姿形以外に、記憶と精神の全てを真似る力を持つロイドだ。

 Rのロイドはユーハバッハの外見、記憶、精神を巧みに利用し、山本をこの場に引きつけるという役目を見事に果たしたのだ。

 

「貴様……今迄何をしておった……!」

 

 偽者を戦場に出していたという事は、本物は何かしらの暗躍をしていたという事だ。その真意を山本は訊き出そうとする。そして、特に秘密にする事でもなかった為、ユーハバッハは素直にその疑問に答えてやった。

 

「藍染惣右介に会って来た」

「ッ!」

 

 藍染惣右介。瀞霊廷に反旗を翻した大罪人。そんな存在とユーハバッハが出会うなど、どう考えても嫌な想像しか湧かないだろう。

 

「我が麾下に加わるよう言ったが、案の定断りおった。まあ良い。時間はこの先永久にある」

 

 その言葉は、死神との戦いは既に付いていると言わんばかりであった。そしてユーハバッハは山本に向けて笑みを浮かべ、手にした剣を向ける。

 

「さあ、千年前の戦いの続きと行こうではないか。山本重國!」

 

 その気迫、放たれる圧力、凄まじい霊圧。それらを感じ取り、山本はこれこそがユーハバッハだと確信に至る。先程の偽者とは……いや、千年前とは比較にならない程に強いとその肌で感じ取ったのだ。

 山本はこの強敵を前にして、始解のままでは歯が立たないだろうと瞬時に理解した。それ程までに、ユーハバッハが放っていた圧力は凄まじかったのだ。

 故に山本は、尸魂界(ソウル・ソサエティ)最強の斬魄刀の真の力を、解放した。解放してしまった。

 

「ほざけ! 偽者だろうと本物だろうと結果は変わらぬ! 卍解!!」

 

 山本から強大な力が解放されようとする。山本元柳斎重國の卍解、残火の太刀。その力は解放しただけで周囲の気温を上昇させ、瀞霊廷の空気中の水分を蒸発させ、いずれは自身諸共尸魂界(ソウル・ソサエティ)をも滅ぼしてしまう程に凄まじいものだ。

 その、最強の卍解が――

 

「なっ――」

「有り難く頂戴しよう。山本重國」

 

 ――ユーハバッハによって奪われた。

 

「莫迦な……!」

「莫迦な? 何がだ? もしや、雀部長次郎の卍解が奪えなかった事から……お前の卍解も奪えぬものと思っていたのか?」

「ッ……!」

 

 そう、山本は雀部の卍解が奪われなかった事から、滅却師(クインシー)は解析出来ていない卍解を奪う事は出来ないものと判断した。

 滅却師(クインシー)はこちらの情報の多くを集めている。そこから卍解の情報も解析する事で、卍解を奪う為の機構を作ったのだと考えたのだ。

 卍解を奪われたのは砕蜂、朽木白哉、狛村佐陣、日番谷冬獅郎の四人だ。いずれも瀞霊廷で卍解の情報が広まっている者達だ。そして雀部はその卍解を二千年に渡って殆ど披露していない。クアルソとの戦闘で見せたが、それも僅かな時間だ。此処最近の修行で卍解の力も更に高まっている。それ故に解析が足りず、奪えなかったのだと山本は考えたのだ。

 そして山本は千年前の戦いで卍解の真の力を発揮せず、余技のみでユーハバッハを倒した。故に、己の卍解も解析し切る事など出来ず、奪われないものと勘違いをしたのだ。

 

「さて、最早お前は用済みだ」

「貴様……!」

 

 山本の卍解を奪ったユーハバッハは、用済みとなった山本を始末する為にその力を揮う。

 ユーハバッハが天に向けて剣を振るう事で、巨大な光の矢がユーハバッハの前に落ち、光の剣へと姿を転じた。

 

「さらばだ山本重國」

 

 そしてその強大な力を山本に向けて振り下ろし――しかし、その一撃が山本に命中する事はなかった。

 

「ほう! なるほど、大した速度。大した忠誠心だ……雀部長次郎!」

「元柳斎殿、ご無事ですか!」

「長次郎……!」

 

 山本の危機を救ったのは雀部だった。雀部は涅マユリに卍解を奪う為の要であろう金属板――メダリオン――を手渡した後、窮地に陥っていた隊長達を助ける為に動いていた。

 だが、山本が卍解を発動させ、それが奪われてしまった事を感知して、文字通り雷の速度にて山本を助けに飛んで来たのだ。

 

「元柳斎殿の戦いに手を出す愚挙をお許しを! しかし、苦言は後で聞きまする!!」

「陛下。この者の相手は私が」

 

 山本の前に立つ雀部に対し、ハッシュヴァルトが剣を向ける。頭目は頭目同士、腹心は腹心同士で決着を付けようという腹だろう。

 だが、ここに更なる乱入者が現れた為にその構図も崩れた。

 

「俺も混ぜろよ長次郎!!」

「!?」

 

 斬魄刀にシャズ・ドミノを突き刺したまま、更木剣八がこの戦場に参上した。

 剣八はシャズとの斬り合いを最初は愉しんでいた。何せ斬っても斬っても死なないのだ。それは斬り甲斐があるというものだ。

 だが、すぐにその斬り合いに飽きた。何故なら、斬り()()にならなかったのだ。剣八とシャズの間にある実力差が激しすぎたため、シャズがどれだけ不死身を盾に戦おうとも、一筋の切り傷すらつける事が出来なかったのだ。

 いくら不死身だからとはいえ、一方的な戦いは剣八の好みではない。これでは大量の雑魚と戦っているのと同じだと思った剣八は、ユーハバッハの霊圧を感じてそちらに興味を惹かれた。そしてしつこく食い下がるシャズをその刀で突き刺し、そのままユーハバッハの下まで駆け付けたのだ。

 

「へ、陛下……も、申し訳ありま――ゲフッ!!」

 

 剣八の足止めを完遂出来なかった事に対し、ユーハバッハに謝罪の言葉を告げるシャズだったが、その言葉を言い切る前に剣八に遥か彼方へと蹴り飛ばされた。これで少しは時間が稼げるだろう。

 

「さあ、殺し合いをしようぜ!!」

「この霊圧……! 陛下が特記戦力と定めただけはありますね」

「ああ」

 

 笑みと共に霊圧を高める剣八を見て、ハッシュヴァルトは予想を上回る力に驚愕する。更木剣八を相手にしては、並大抵の星十字騎士団(シュテルンリッター)では勝ち目はないだろうと見立ててすらいた。

 敵は卍解を奪われたとはいえ死神最強の山本元柳斉重國。その腹心にして卍解をメダリオンですら奪えなかった何かを秘める雀部長次郎。そして戦闘力の一点で特記戦力と定められた更木剣八。これらを同時に相手にしては、流石に手間だとユーハバッハをして思わざるをえなかった。

 

「――面白い」

 

 しかし、ユーハバッハはこれだけの戦力を前にして笑みを浮かべる。自身が負ける事など欠片も考えていない笑みだ。

 そして、残りの時間をこの三人と遊ぶ為に充てようとして――

 

「――む?」

 

 ――ユーハバッハの影が、突如としてその形を変え始めた。

 

「これは……」

「お時間です、陛下。影の領域(シャッテン・ベライヒ)圏外での活動限界です。見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)へお戻り下さい」

 

 影の領域(シャッテン・ベライヒ)。それが滅却師(クインシー)が瀞霊廷の影に作り出した空間の名前だ。その空間に逃げ込んで、彼らは千年前の敗北から生き延びた。

 だが、この力にも多少の制限があった。それが影の領域(シャッテン・ベライヒ)の外での活動時間の限界だ。一定時間以上、影の領域(シャッテン・ベライヒ)の外に出る事はまだ出来ないのだ。

 

「……藍染惣右介、奴の小細工か」

 

 まだ残り時間はあると思っていたユーハバッハだったが、その感覚を藍染の力によって狂わされた事をユーハバッハは悟る。

 封じられた状態にあってここまでの小細工を行える事に、藍染の凄まじさが窺えるだろう。

 

「まあ良い。行くぞ」

 

 この三人との戦いを愉しみたい思いはあったが、目的は果たした。故にユーハバッハはハッシュヴァルトを伴って見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)へ帰還しようとする。

 

「待てよおい!」

「逃がすと思うておるのか!!」

 

 そんなユーハバッハに向けて剣八と山本が剣を振るう。だが、剣八の一撃はハッシュヴァルトに防がれ、山本が放った炎はユーハバッハの腕の一振りで消し飛ばされた。

 卍解は奪われたが、始解にあって並の卍解に匹敵、あるいは凌駕する程の力は奪われていない。だがその力も、ユーハバッハの前では意味をなさなかった。

 

「逃げる? 違うな。お前は見逃されたのだ山本重國。せいぜい生き長らえた事を私に感謝するといい」

「おのれ……!」

 

 敵に見逃される。それが山本にとってどれ程の屈辱か、ユーハバッハは理解した上でそう言い放った。

 

「元柳斎殿! 今は屈辱を()んででも生き残る事が先決!」

「長次郎……!」

 

 あまりの屈辱に思わずユーハバッハに飛び掛かろうとした山本を雀部が抑える。そんな二人に僅かに目をやって、ユーハバッハが言葉を放った。

 

「さらばだ。いずれまた侵攻する。その時が、尸魂界(ソウル・ソサエティ)終焉の時だ」

 

 そう言って、ユーハバッハは見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)へと消えて行った。瀞霊廷を攻めていた他の滅却師(クインシー)達も、今頃は全員が帰還した事だろう。

 幾人かの星十字騎士団(シュテルンリッター)は討ち取れた。だが、死神が受けたダメージもまた大きかった。勝利したとも、一方的な敗北とも言えない結果だったが、多くの死神達の心には敗北感が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 黒崎一護が瀞霊廷に駆け付けた時には全てが終わっていた。

 既に滅却師(クインシー)達は退き上げており、残っていたのは彼らが侵攻して来た証と言える瀞霊廷の無残な姿だ。

 多くの死神が死に、多くの死神が傷付いた。その中には一護の仲間もいた。

 

「なあ、ルキアと恋次は無事なのか?」

「ああ。手術は終わったそうや。幸い命に別状もないし、しばらく休めば復帰も可能っちゅう話や」

「そうか……良かった」

 

 平子の返答に一護は安堵する。そして同時に後悔する。自分がもっと早く助けに来る事が出来ていたら、被害をもっと抑える事が出来たのではないか、と。そんな一護に対し、平子が唐突にデコピンを放った。

 

「ってぇ! 何すんだよ!?」

「アホゥ。お前一人で何抱え込んでんねん。どーせ俺がもっと早く駆け付けていればー、とか思っとったんやろ」

「うっ」

 

 図星を指されて一護は思わず唸る。そんな一護に構わず、平子は言葉を続ける。

 

「お前一人で出来る事なんか大した事ないわ。お前が助けに来ても、出来ん事はようけあるんや。……お前はようやった。俺らが右往左往してる中、敵の幹部を一人倒した。誇ってもええ事や」

「平子……ありがとな」

 

 それが平子の慰めであると気付いた一護は、その言葉に感謝する。だが、それでも一護の心が晴れる事はなかった。誰かを助けたい。大切な人を護りたい。その想いが、その為の力が、これ程無力だと思わされた事は初めてだったのだ。

 確かに平子の言う通り、一護は敵の幹部を一人倒した。浦原を始末し、一護を足止めする為に現世に差し向けられたキルゲ・オピーと戦い、倒したのだ。隊長格の殆どが敗れた中、その戦果は間違いなく誇っても良い事だろう。

 だが、一護を足止めするというキルゲの目的は達成されてしまった。キルゲの能力は監獄(ザ・ジェイル)。その力は敵を霊子で作られた檻の中に閉じ込めるというもの。その檻を破壊する事は一護ですら困難であり、脱出には浦原の協力があってもかなりの時間を要したのだ。

 そして、脱出した一護が瀞霊廷に駆け付けた時には何もかもが終わっていた。その時の一護の無念は如何ほどか。

 

「……敵はまた攻めてくるんだな?」

「ああ。敵のボスがそう言うとったそうや」

「解った……。しばらく瀞霊廷に厄介になるぜ」

 

 その言葉は、現世には帰らず瀞霊廷に留まり、見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)を迎え撃つという意味だった。敵が再び攻めてくるというのなら、今度こそ皆を護る為に戦おうと一護は誓う。

 

「頼りにさせてもらうわ」

 

 人間である一護を巻き込む事は本意ではないが、それでも瀞霊廷を護る為の力は多ければ多い方がいい。故に平子は一護の言葉に素直に甘える事にした。

 

「なあ、隊長達はどうなったんだ? 白哉も入院したって聞いたけどよ……」

 

 一護が自分がいない間に起こった出来事を細かく訊き出す。多くの知らない死神が犠牲になったのは当然悼む事だが、やはり知人がどうなったかを優先するのは人として当然の事だろう。

 

「ああ、朽木白哉も無事や。まあルキアちゃん達とおんなじくらい入院せなあかんやろがな。市丸の奴が助けに入らへんかったら、危なかったやろがなぁ……」

 

 市丸の話題を口にした瞬間、平子が渋面を作る。平子も市丸が藍染を倒す為に長年埋伏の毒として藍染の側に仕えていた事は理解している。

 だが、市丸が自分達仮面の軍勢(ヴァイザード)を藍染と共に罠に陥れ、長きに渡って苦しめたのは確かなのだ。しかも市丸は藍染の乱において平子の仲間の一人に瀕死の重傷を負わせていた。事情があったから許せというのは酷というものだろう。

 

「あいつが……」

 

 平子と違い、一護は市丸に対して思うところはない。乱菊と共にいる場面を見て助かって良かったと思った程だし、死刑にならないよう協力すらした程だ。

 だから市丸が死神の為に動いてくれた事に感慨を持ち、そして市丸が投獄されていた事を思い出した。

 

「あれ? あいつ確か投獄されてたよな?」

「……あの阿呆、乱菊ちゃんのピンチやからって脱獄しとんねん。どんだけ乱菊ちゃん好きやねん……」

 

 乱菊の為に藍染に近付き、百余年も苦汁を舐め、死神を犠牲にし、自身の死も厭わなかった男だ。それはもう乱菊第一で当然である。

 

「マジかよ。脱獄って大丈夫なのか?」

「大丈夫なわけあるかい。あいつも東仙も、死刑にされてもおかしゅうない犯罪者やぞ。脱獄なんぞやらかしたら今度こそ死刑になるわ。……普段やったらな」

「普段だったらってことは」

 

 平子の言葉に一護は期待を寄せる。そう、普通なら死刑待ったなしの市丸と東仙だったが、今回ばかりは事情が事情だった。

 

「今は非常事態や。この状況だと使えるもんは何でも使わなあかんって、総隊長責任の下、戦時特例での一時釈放になったわ」

「そうか。良かった……」

 

 平子の答えに一護は安堵する。死刑になるどころか、戦時特例とはいえ一時釈放されたのだ。監視は付くだろうが、それでも一時的に釈放されたのは悪い事ではない。この戦争で活躍すれば、恩赦を得られる可能性も出てくるだろう。無罪放免とはいかないだろうが、それでも刑期は短くなる筈だ。

 だが、そんな一護の反応とは異なり、平子の反応は芳しくなかった。それに気付いた一護が平子を心配して声を掛けた。

 

「平子? 何かあったのか?」

「ん? ああ、何でもないわ。戦争について考えとっただけや」

「そうか? まあそれならいいけどよ……」

 

 平子の言葉に納得する一護だが、当然その言葉通りの訳がなかった。平子は今回の戦争が無事に終わったとしても、大きな責任を取らなければならない者がいる事を考え、それを憂いていたのだ。

 その人物とは、瀞霊廷の総責任者となった山本元柳斎であった。戦時中により、現在の瀞霊廷の責任者の座は四十六室ではなく山本総隊長に与えられた。つまり、この戦時中に限っては山本の権力は一部とは言え四十六室を凌駕するのだ。その代わり、全てが終わった時にありとあらゆる責任を取らなければならなくなったのだ。

 市丸と東仙の脱獄を不問とし、戦時特例とはいえ一時釈放とする。それだけでなく、瀞霊廷にここまでの被害を出した事も責任として問われるだろう。総隊長の座を失う可能性すらあると平子は考えていた。

 

 ここまでの事態になった事に平子は頭を抱えるが、その心配は戦争が終わった後の事だ。今は(きた)滅却師(クインシー)の侵攻について考える事が先決だと思い直す事にした。

 そうして今回判明した滅却師(クインシー)達の能力や攻略法などに考えを馳せていた平子だったが、そこである事を思い出して一護に質問をする。

 

「そういや喜助の奴はどないしとんのや? あいつも一緒やなかったんか?」

 

 そう、先の戦争から浦原喜助を一度も見ていないのだ。浦原が一護と共に現世で戦っていた事は平子も知っている。だが、瀞霊廷に姿を見せないのはどういう事なのか。

 何かしら企てているのだろうと予想はしているが、それが何であるかまでは解らない。故に一番知ってそうな一護に訊いたのだ。だが、一護から返って来た答えは、平子の望むものではなかった。

 

「浦原さんを襲っていた敵を倒した後に俺は直にこっちに来たけど、浦原さんはやるべき事があるって言って現世に残ってたんだよ。あの人の事だから何かしら企てているとは思うんだけどな……」

 

 平子と同じ予想なだけに、浦原への信頼が窺えた。何もしていない浦原喜助など浦原喜助ではないだろう。浦原を知る者の共通の認識である。

 

「まあ、あいつの事やから瀞霊廷の為に何かしてるんやろうけどなぁ……」

 

 そう呟いて、平子は考えても理解出来ない頭脳を持っている浦原を思い浮かべ、やっぱり考えても仕方ない事だと思い直して浦原の事を思考の隅に追いやった。

 

 




 しばらく投稿出来なくなると思います。申し訳ございません。

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