どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第十七話

 クアルソ達がのんびりとしている頃、尸魂界(ソウル・ソサエティ)は藍染が起こした一連の騒動の後始末に追われていた。

 

「これはどういう事じゃ長次郎?」

「ご覧の通りでございます」

 

 一番隊舎隊長室にて、山本総隊長の(げん)に対し膝をついたままの雀部がそう返した。

 山本の手には一枚の書状があった。そこに書かれていた文字は更迭届だ。その内容は、一番隊副隊長雀部長次郎忠息を罷免し、一番隊第三席沖牙源志郎を副隊長に任命してほしいというものだ。

 そして、それを書き記したのが誰あろう、雀部本人なのである。

 

「これをおぬし自らが手渡す理由を問うておる!」

 

 忠臣にして腹心である雀部の辞職願いに、山本も怒気を顕わにする。山本元柳斎重國は雀部長次郎を真に重用していた。彼ほど信頼でき、あらゆる物事を任せる事が出来る者は尸魂界(ソウル・ソサエティ)にはいないと断言出来る程にだ。

 強さで言えば卍解しなければ隊長に劣るが、強さと信頼は別のものだ。強ければ信頼出来るなら、山本は剣八を副隊長に任命するだろう。

 その、己の右腕とも呼べる腹心が、その座から去ろうとしているのだ。山本の怒りは如何ほどか。

 

「私は職務を全うする事が出来ませんでした。そればかりか、破面(アランカル)を結界内に招き入れるという不始末まで犯しました。これは離反行為と見られてもおかしくない行為。私が裁かれぬままでは周囲に示しが付きませぬ」

「……」

 

 その言葉に、山本は難しい顔をする。雀部の言葉は非常に正しかったからだ。

 雀部がクアルソを結界内に入れたのはそうするだけの理由があった。結界を強引に突き破られ破壊された場合、尸魂界(ソウル・ソサエティ)に移動させていた空座(からくら)町が元の場所に戻り、戦場と化してしまう。それを防ぐ為だったのだ。

 だがそれは敗北した者の言い訳に過ぎない事を雀部は理解していた。例え空座(からくら)町を護る為とはいえ、結界の守護を任されていながら破面(アランカル)に敗北し、外から侵入されたのは確かだ。しかも自ら破面(アランカル)を招き入れるという巨大なおまけ付きだ。その罪に対して罰がなければ、多くの死神はこう思うだろう。総隊長が副隊長を庇っている、と。

 もちろん隊長が部下を庇う事自体は悪い事ではない。だが、問題は明らかな罪に対して罰を与えていない事だ。そうなれば、総隊長という立場と権力を利用していると看做され、山本の求心力の低下、下手すれば護廷十三隊の分裂を招く可能性すらあった。藍染の乱により戦力が低下している今、それは絶対に避けなければならない事だ。

 それを防ぐ為に、雀部は自ら副隊長の座を失おうとしているのだ。副隊長からの罷免。それならばこの罪に対する罰には丁度いい、いや、明確な離反行為をしていないとしては重い罰とすら言えた。

 

「どうか、厳正な処断を。ノ字斎(えいじさい)殿」

「……」

 

 懐かしい呼び名を耳にし、山本の脳裏にかつての思い出が浮かび上がる。

 二千年もの昔、山本重國にはノ字斎(えいじさい)という通称が付けられていた。額にノの字のような傷が付いている事からその通称が広まったのだ。

 それを嫌っていた山本はその通称を改めるよう幾度も皆に言い聞かせていた。だが、雀部だけは頑としてそれを聞き入れなかった。未熟な身である自身が山本の本名を呼ぶなどおこがましいという理由からだ。

 幾ら言い聞かせても聞かず、幾度も右腕にしてほしいと頼み込んで来る雀部に苛立っていた山本だったが、雀部がその信念と実力を見せつけた事で、雀部に対する評価は変わった。

 当時からその強さを尸魂界(ソウル・ソサエティ)に知らしめていた山本に傷を付けるほどの卍解。そしてその卍解を赤子のようだと言われてもそれを当然と受け止め、生涯を賭けて山本の役に立てるよう卍解を磨き上げていくという信念。それらを見て、山本は雀部を己の右腕にすると決めたのだ。

 雀部が山本に付けた傷によりノの字は十字となり、十字斎という通称が新たに広まった。だが、雀部は頑としてその名を呼ばなかった。自分の付けた傷がノ字斎(えいじさい)殿の名を変えて良い訳がないという、頑固すぎる理由の為だ。だから山本は雀部の為だけに、己の名に元柳斎を付け加えた。それが、山本元柳斎重國という名の始まりだった。

 

 当時の雀部の頑固さを思い浮かべ、説得は難しい事を山本は悟る。

 

「解った。ならば此度の失態の責を申し付ける。雀部長次郎忠息! おぬしを明日から一年間の謹慎処分とする!! その間の副隊長代行として沖牙源志郎を任命する。本日中にある程度の引継ぎを済ませておけ。沖牙ならば急な副隊長代理にも対応出来るじゃろう」

「それは……!」

 

 それは雀部からすれば軽すぎる処分であった。謹慎期間が終われば再び副隊長として戻ってくる事が出来るのだから。だが、今回の雀部の失態からすると妥当と取れる処分でもある。少なくとも周囲から厳しすぎるとも、緩すぎるとも取られない処分だろう。

 確かに厳正な処分は総隊長としての公正さを周囲に知らしめるかもしれない。だが、厳しすぎる処分はそれはそれで問題でもある。あまりに厳しすぎると別の意味で部下はついて来なくなるだろう。

 それにだ。確かに雀部は頑固かもしれないが、それに負けず劣らず頑固な男が山本元柳斎重國なのである。そんな彼が己の右腕を手放す筈もなかった。

 

「これより一年、更に力を磨き上げよ! 儂の右腕であるならば、その強さで周囲を黙らせてみせよ!」

「……はっ! 雀部長次郎忠息、これより一年ノ字斎(えいじさい)殿のお役に立てるよう、己を磨き上げて参ります!!」

 

 こうして、雀部は一年間の謹慎処分を受ける事となった。一部の雀部を副隊長と認めていない者達からは軽すぎる処分では? と囁かれていたが、多くの隊士からは妥当な処分だと判断されていた。

 

「その名を呼ぶなと言っておろう! 何遍言わせるつもりじゃ!!」

「し、失礼しました!!」

 

 懐かしいやり取りをする二人は一頻り笑い合い、そして再び真面目な顔つきに戻る。

 

「して長次郎。件の破面(アランカル)……クアルソ・ソーンブラと言うたか。その強さ、どう見る?」

 

 失態の一件が一応の落着を迎え、次の重要な話へと移った。そう、現在尸魂界(ソウル・ソサエティ)を騒がせている話の一つ、藍染惣右介を倒した破面(アランカル)、クアルソ・ソーンブラについてである。

 クアルソと戦った経験のある者は護廷十三隊に二人。更木剣八と雀部長次郎のみだ。その二人の意見を確認しておく事は無駄ではないだろう。むしろ非常に重要な事と言えた。

 

「……ただただ強いとしか。私ではその力の一端しか感じる事が出来ませんでした」

 

 帰刃(レスレクシオン)すらさせる事が出来なかったのだ。雀部は己がクアルソの全力を見たとは口が裂けても言えなかった。

 

「儂とそのクアルソ。どちらが強い。儂の強さを良く知るおぬしの忌憚無き意見が訊きたい」

「……」

 

 その質問に対し、雀部は僅かに逡巡し、そして嘘偽りない意見を述べた。

 

「私は奴の全力を知りませぬ。ですが、それでも解っている事はあります。元柳斎殿が卍解しなければ、クアルソ・ソーンブラを帰刃(レスレクシオン)させる事すら出来ないでしょう」

「……そうか」

 

 雀部は誰よりも山本の側にいた。長きに渡って山本に仕え続け、その力を実感して来た。その雀部がこう言うのだ。つまりそれは真実だという事だ。

 

「なるほどのぅ。この歳になって血が沸くわ」

 

 そう言いながら哂う山本の顔は鬼を思わせるものだった。この場に他の死神がいれば腰を抜かしていたやも知れない程にだ。だが、雀部はその言葉と笑みを見て、山本に対してこう言った。

 

「元柳斎殿。クアルソ・ソーンブラは私の獲物ですぞ。横取りは止めて頂きたいのですが」

「何を抜かす。護廷十三隊総隊長である儂が、あの藍染惣右介を破った破面(アランカル)を危惧せん訳にはいかんじゃろう」

「いいえ、こればかりは譲れませぬ。奴とは再戦の約定も交わしております。私が先約です。先の敗北を返上しなければ収まりがつきませぬ」

「おぬしは大人しく謹慎しとれば良い!」

「私が謹慎中に奴と戦うおつもりですか!? それはあまりに無情というもの! そもそも護廷十三隊の戦力が立ち直っていない現状であのような大物と戦う等、尸魂界(ソウル・ソサエティ)を危険に晒す行為と具申する次第であります!」

「儂の右腕ならば儂の言う事を聞かんか!!」

「右腕なればこそ! ノ字斎(えいじさい)殿が道を誤まる前に諫めるのです! 従順なばかりが右腕ではございません!」

「小賢しい事ばかり抜かしおる! それと、ノ字斎(えいじさい)と呼ぶなと言っておろう!!」

 

 こうして、しばらく総隊長室から怒鳴り声や笑い声が止まる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 十一番隊の隊舎内を更木剣八が不機嫌そうに歩いていた。その剣幕を見て剣八に近付こうとする者は居らず、剣八を慕っている十一番隊第三席の斑目一角でさえ遠巻きに見ていた程だ。

 

「どうなってんだありゃ? 虚圏(ウェコムンド)から帰って来た時は滅茶苦茶嬉しそうだったのに、今は滅茶苦茶不機嫌ときた」

「そりゃあ決まっているさ一角。相手がいないからだよ」

 

 一角の疑問に同じく十一番隊に所属している第五席の綾瀬川弓親がそう答えた。

 

「相手だぁ? 何の相手って……一つしかねぇか」

「そういうことさ」

 

 古い友人同士であり、剣八の強さに憧れている二人は剣八が不機嫌である理由が想像ついた。戦う相手がいない、それに尽きる。

 剣八はクアルソとの戦いを経て以前の力を取り戻し、そこから更に強くなった。敗北したものの、更に強くなってクアルソと再び戦う事を想像すると、それだけで笑みが浮かぶ程だ。

 そして尸魂界(ソウル・ソサエティ)に戻り、傷を治療した剣八がいの一番にした事は、戦いだった。十一番隊全員を集めての戦いだ。だが、その戦いで剣八は一向に満足しなかった。

 それも当然だ。以前の剣八でさえ、十一番隊で相手になる者など一人としていなかったのだ。覚醒した剣八の相手など、全員揃っても不可能だ。

 クアルソと戦いたい。だが、その為には強くならなければならない。弱いまま、相手にならぬまま、強者の前に立ちたい等と剣八は思わなかった。やりたいのは対等の殺し合い、ギリギリの死闘だ。一方的な蹂躙ではないのだ。この場合は剣八が蹂躙される側だが。逆でも同じ事は言えた。剣八は弱い者に興味はないのだ。

 

 だが、十一番隊程度では剣八の修行相手にはならなかった。だからと言って他の隊長と戦う事は護廷十三隊では基本的に禁じられている行為だ。主に剣八のような輩の為に作られた掟だが。

 意外だが、剣八は戦闘狂ではあるものの見境なく暴れる事はしない。それどころか上からの命令をちゃんとこなす事もある。まあ、護廷十三隊の死神として当然の話なのだが。故に、禁じられればそれを無闇に破る事はしなかった。だからこそ、こうして不機嫌な態度を見せているのだ。強い相手と戦いたくてもその相手がいない事に。

 

「……待てよ?」

 

 苛々が頂点に達しようとした時だ。剣八は逆に頭が冷えてどうして苛立っているか冷静に考える事が出来た。

 強い相手と戦えないから苛立つ。だが、それはどうしてだ? 単に強い者と戦いたいからか? 違う。今よりも強くなりたいが為に、強者と戦い更なる飛躍を遂げようと思っているからだ。

 だが、強くなる方法は強者と戦うだけしかないだろうか? そんな事はない。確かに強者との戦い、死闘という掛け替えの無い経験を通じて強くなる事はある。だが、元々強くなる為に必要なのは実戦ではなく日々の鍛錬だ。日々の鍛錬という基礎なくして、戦いの中で成長する事はない。剣八は例外中の例外だが。

 今の剣八は以前の強さを取り戻している。恐ろしい事にこれ以上強くなる余地は残っているが、戦いによる強さの底上げは難しい。あれはあくまで弱くなっていた剣八が元の強さに戻る過程であったからこその、飛躍的な成長だったのだ。それがなくなった今、強者と戦っても以前ほどの目に見えた進歩はないだろう。まあ、それでも並の死神とは比べ物にならない速度で強くなるだろうが。

 

 本能的にその事実に思い至った剣八は、ならばどうするかと考えた結果、剣術を学ぶ事を思いついた。

 以前、護廷十三隊に入隊したばかりの剣八は、山本総隊長から剣道を習った事がある。剣の道という名前が気に入らず、習った斬術を使った事は殆どなかったが、それでも普通に剣を振るうよりは理に則って振るった方が強いという事は理解していた。片手で剣を振るうよりも両手で振った方が強いという、子どもでも理解出来る程度の理だったが。

 

 クアルソの動きを剣八は思い浮かべる。目を瞑れば鮮明に浮かぶほど、剣八の脳裏にはクアルソの動きが焼きついていた。こちらの動きを全て見透かし、常に先手を取って動くその様は見惚れる程だ。あの動きに、あの先読みに対抗する為には、こちらも術理を取り入れなければならないと剣八はその戦闘本能で察した。

 斬術の理と剣八の戦闘センス、そして野生の本能の融合。それが自身の目指す場所だと剣八は思い至った。その瞬間、剣八は一番隊舎に向かおうとする。総隊長に直接剣術を学ばせろと訴えに行くつもりのようだ。

 

「あ、どこかに行こうとしてるよ」

「あっちは……四番隊舎の方角か? どうして隊長が四番隊に?」

 

 瀞霊廷豆知識。更木剣八は方向音痴である。

 

 

 

 護廷十三隊の各隊にはそれぞれ特色がある。例えば更木剣八が隊長を務める十一番隊は戦闘専門の隊だ。良く言えば戦闘特化、悪く言えば脳筋の集う隊である。それ故か、斬魄刀は直接攻撃系のみという暗黙の了解があり、鬼道系の斬魄刀を持つ者を軽蔑する者も多い。

 二番隊は隠密機動と呼ばれる護廷十三隊とは異なる組織の長が隊長を兼任しており、その為か隠密活動に秀でた者が多く所属している。

 特に目立つ特色はなく、全体的にバランスの良い隊もある。どちらかと言うとそういった隊の方が多いだろう。

 

 そして四番隊。四番隊は治療を専門としている隊だ。回復及び補給は戦闘において非常に重要な要素だが、その為か戦場で前に出る事はあまりない。回復役が真っ先に倒れては意味がないからだ。そのような理由を理解しない脳筋連中である十一番隊の多くは、戦場に出ない四番隊を臆病者の集まりだと馬鹿にしていた。

 だが、四番隊隊長卯ノ花烈を前にして調子に乗れる死神はほぼいないだろう。柔らかな笑みに物静かな言動が特徴の美女であり、基本的に温厚な人格の持ち主だ。だが、患者でありながら無法する者や、話を聞かない者には笑顔のままに恐ろしい威圧を与えてくるのだ。その微笑は戦闘専門の十一番隊ですら怯えさせる程だ。

 

 卯ノ花は治療専門の四番隊隊長だけに、その回道の腕は護廷十三隊随一だ。藍染がかつて己の死体を鏡花水月の完全催眠を利用して用意していたが、その死体を細かく検分し、完全催眠の支配下にありながらその死体の不自然さを僅かだが感じ取る程の腕前と人体に対する知識を有している。

 誰よりも治療専門の四番隊隊長に相応しい卯ノ花だが、実は彼女の真骨頂は回道の腕前ではない。その真の実力は、戦闘能力にあった。

 

 卯ノ花の戦闘能力は護廷十三隊隊長の中でもトップクラスだ。護廷十三隊で彼女に勝てる者は山本総隊長を含めて三人いるかいないかだろう。それもそのはずだ。彼女の本名は卯ノ花八千流(やちる)。天下無数に在るあらゆる流派、あらゆる刃は我が手にありと、自ら名付けた名だ。それ程の自負を持っているという事だ。

 史上最強と言われる初代十三隊。その中で十一番隊長を務め、今の十一番隊の原型を作り上げた、初代【剣八】。それが卯ノ花八千流だ。【剣八】とは称号であり、代々の十一番隊隊長に受け継がれるものだ。今の【剣八】である更木剣八も、通り名であって本名ではない。

 山本総隊長にその力を買われ隊長となる前は、尸魂界(ソウル・ソサエティ)史上空前絶後の大悪人。それ程の悪人でありながら、力のみで隊長の座に就く事を許されたのだ。そんな卯ノ花が弱い訳がなかった。

 

 今はかつての鳴りを(ひそ)め、表面上は穏やかで知的な隊長として周囲から見られている。だが、その本性は更木剣八に負けず劣らずの戦闘狂である。もちろんそれを表に出す事はない。ないのだが……。

 

「あの、卯ノ花隊長……どうかされましたか?」

「え? ……いえ、何でもありませんよ勇音」

 

 長き時間を生き、己を律する精神力を手に入れた彼女の心が千々に乱れていた。その変化は副隊長である虎徹勇音にも容易く見抜かれる程、表面に表れていた。

 それを自覚した卯ノ花は、このままでは良くないと決意し、勇音に四番隊の留守を任せて少し離れる事にする。

 

「勇音。少し気分転換をしてきます。今は重傷者もいないので、留守は任せましたよ」

「え? あ、はい! 行ってらっしゃいませ隊長!」

「ええ」

 

 取り繕った、しかし長年続けた為に最早本物となった笑顔を作り、卯ノ花は隊長室を後にする。

 

 

 

 そうして卯ノ花が歩く事数分。どうしたものかと悩んでいると、卯ノ花を悩ませていた張本人が自ら卯ノ花の前に姿を現した。

 

「お?」

「あなたは……」

 

 どうしてここに、四番隊舎の前に更木剣八がいるのか。それを不思議に思いながら、卯ノ花は剣八を見つめる。

 対する剣八もまた、一番隊舎にどうして卯ノ花がいるのか一瞬だけ不思議に思い、まあどうでもいい事かと思い直した。

 

「更木隊長。どうして四番隊舎に? 何か御用でしょうか?」

「四番隊舎? 俺は用があるから一番隊舎に来たんだが……」

「……ここは四番隊舎ですよ?」

「……」

 

 そう言われ、剣八はようやく己が道を間違えた事を理解した。

 

「あー……(わり)ぃな。邪魔をした」

 

 そう言って頬を掻きながら(きびす)を返そうとする剣八を、卯ノ花が引き止めた。

 

「お待ち下さい」

「ああ?」

 

 卯ノ花の声に反応し、剣八がその足を止めて卯ノ花に視線を向ける。そしてしばしの無言が続き、剣八が僅かに苛立って来た所で、ようやく卯ノ花が口を開いた。

 

「あなたは……一番隊舎にどのような用があるのですか?」

「……あー」

 

 時間を掛けた質問がそれかと剣八は思いつつも、その理由を目の前の、剣八が唯一憧れた人物に言うのもどこか気恥ずかしいものがあるのか、僅かに言い淀む。

 そして、そんな自分は柄じゃないなと思い直し、一番隊舎に赴く用件を口にした。

 

「ちょっとジジイに剣術を習おうと思ってな」

「!?」

 

 更木剣八が剣術を習う。それに反応しない隊長はいないだろう。それも、更木剣八の口からそんな話が出たのだ。驚愕も一入というものだ。

 かつて山本総隊長に一日だが剣術を習わされていた剣八が、習うのを止めた理由。それは本人が剣術を気に入らなかったから、だけではない。

 更木剣八という戦闘欲の権化に枷を付ける事は難しいと、四十六室は思っている。それは正しくもあり、間違ってもいるのだが。ともかく、剣八が強くなり今以上の力を手に入れて、万が一にでも反乱を起こした場合、それを止める事が出来なくなるのではと四十六室は危惧していたのだ。

 その為、山本が剣八に剣を教えようとした時に、一日で止めるように仕向けたのである。剣八自身が剣術を良く思っていなかったため、積極的に学ぼうとしなかったのは四十六室にとっては幸いだっただろう。

 その剣八が自ら剣術を会得しようとしているのだ。それに驚愕しない隊長がいる筈もない。剣八を他の隊長よりも知る卯ノ花ならば尚更だ。

 

「それじゃあな。俺は行くぜ」

 

 訊かれた事は答えた。もう用はないとばかりに剣八は四番隊舎から離れようとする。その剣八をまたも卯ノ花が引き止めた。

 

「待ちなさい!」

「あ? なんだよまだ何かあんのか?」

 

 流石に少し不機嫌さを見せる剣八に、卯ノ花もまた普段とは違う剣幕を顕わにしていた。

 

「あなたがそこまでして強くなろうとしているのは……あのクアルソという破面(アランカル)と戦いたいが為ですか……?」

 

 クアルソ・ソーンブラ。護廷十三隊、いや、瀞霊廷中に浸透している破面(アランカル)の名だ。更木剣八を倒し、雀部長次郎を倒し、護廷十三隊隊長全てから狙われて誰一人にも反撃せずにその攻撃を捌き、そして、藍染惣右介を倒した破面(アランカル)。隊長云々は流石に護廷十三隊の沽券に触れるとして箝口令が出ていたが、人の口に戸は立てられぬものだ。それも含めてこれらの情報の殆どが瀞霊廷に広まっていた。当然四十六室もクアルソを警戒している。

 そのクアルソと戦い、敗れた剣八が、しかしその実力をかつてのものよりも高めて戻って来た事は、あまり知られていない。だが、卯ノ花はその事実を誰よりも深く理解していた。誰よりも、剣八を知る卯ノ花だからこそだ。

 その剣八が更に強くなろうとしている。その理由がクアルソと戦いたい為だろうことは、質問せずとも卯ノ花は理解していた。それでも質問せずにはいられなかったのだ。

 

「……そうだ。戦いてぇ……! あの戦いを、もう一度味わいてぇ……! いや、戦いじゃねぇな。蹂躙だった。俺にとっちゃ死闘だったが、あいつにとっちゃただのお遊びだ。だから、次は負けねぇ! 次こそは勝つ! あいつとまた戦って、あの死闘を味わって、あいつにも、クアルソにも死闘を味わわせてやる! 俺だけが楽しんでちゃ不公平ってもんだ! その為に俺は強くなる! 強くなりてぇ! 今よりも、ずっとずっと強くだ!!」

「……ッ!!」

 

 剣八から放たれる気迫に卯ノ花が気圧される。これ程までに強くなっているのかと、卯ノ花の心が再び乱れ出す。

 

「今のあなたは……かつてのあなたよりも強くなっています。それでも足りないと言うのですか……?」

 

 かつての更木剣八の全盛期を卯ノ花は知っている。他でもない、卯ノ花自身が全盛期の剣八と戦った事があるからだ。

 その勝負は卯ノ花の勝利で終わった。剣八が卯ノ花に憧れているのは己に勝つその強さと、己と同類の戦闘狂であるという理由からだ。だが、卯ノ花はあの勝負は自身の敗北だと思っていた。当時の剣八は卯ノ花よりも強かった。だが、卯ノ花との戦いでギリギリの死闘に愉しさを見出した剣八は、その死闘が終わってしまう事を残念に思い、自ら力を封じてしまったのだ。それが原因となり、卯ノ花は勝利出来たのだ。

 その時から、当時の剣八と戦った時から、卯ノ花は剣八こそ【剣八】の名に相応しいと確信した。戦いに()んでいた自分を悦ばせた唯一の男性。彼こそが、自分の跡を継ぐ真の【剣八】に相応しいのだと。

 その剣八が、誰よりも自分を悦ばせた男が、最高の好敵手が、自分とは異なる敵を見ていた。その敵だけを見ていたのだ。

 

「それ程までに……クアルソ・ソーンブラは強いのですか……?」

「ああ! 強いぜあいつは……! 俺と戦った時も手加減してやがった! 俺が強くなるのを待ってやがったんだ……! おかげで強くなったぜ。それでもあいつには届かねぇ! どれだけ手を伸ばせば、どれだけ高く飛べば届くのか、解らねぇくらいに遠い!!」

 

 そう叫びつつ、剣八は更なる思いの丈を叫んだ。

 

「だから、俺は強くなってもいいんだ! 俺がどれだけ強くなっても、あいつはその先にいる! 強さの果ての果ての、最果てまで行き着いても、あいつはその更に先にいるかもしれねぇ!! だったらそれすら超える程強くなってやる!!」

「……」

 

 剣八の想いの全てを聞いて、卯ノ花は完全に理解した。愛しい好敵手(男性)は、クアルソ・ソーンブラに盗られてしまったのだ、と。命を賭してでも更木剣八に自分の全てを託すという役目は、クアルソ・ソーンブラに気軽に奪われてしまったのだ、と。

 

「解りました……。あなたが総隊長に剣術を習う事が出来るかは解りませんが、上手く行くよう祈っておきましょう」

「そうかよ。……本当ならあんたとも戦いてぇんだが、それは禁じられてるしな……。面倒なこったぜ」

 

 そう呟きながら、剣八は一番隊舎に向かって歩みを進めて行く。今度は間違ってはいないようだ。

 その後ろ姿を見送りながら、卯ノ花が誰にも聞かれない程の小声でポツリと呟いた。

 

「……クアルソ・ソーンブラ」

 

 その呟きを発したと同時刻、虚圏(ウェコムンド)破面(アランカル)に修行を付けている一体の破面(アランカル)の身に悪寒が走ったのだが、因果関係は不明である。

 

 

 

 

 

 

「元・三番隊隊長市丸ギン! 第三地下監獄【衆合】にて六百五十年の投獄刑に処す!」

「元・九番隊隊長東仙要! 第六地下監獄【焦熱】にて千五百年の投獄刑に処す!」

 

 市丸ギンと東仙要が捕らえられてから数日、彼らの罪が確定され、中央四十六室によって判決が下された。

 

「市丸ギン。貴様が藍染惣右介を討つ為に埋伏の毒として奴の側に身を置いた事は状況証拠と証言により認められた。だが、貴様が尸魂界(ソウル・ソサエティ)に害を成したのも事実。減刑はなれど罪が打ち消される事はない」

「東仙要。貴様の思想は危険だ。正義とは我等そのもの。その我等を疑い誅すその思想と行動は危険すぎる。死刑ではなく投獄刑が下ったのはそれをより理解させる為と知れ」

 

 そう次々と言い放ち、四十六室は市丸と東仙を刑に処した。それに対し、市丸も東仙も何も言わなかった。

 市丸はともかく、東仙は四十六室を認めていなかった。大切な友を殺した死神を碌に裁かなかった四十六室を、東仙は恨み憎んでいた。だが、それでも東仙は四十六室に何も言わず、黙って刑を受け入れた。

 そうする事を、新たな大切な友とかつての部下が望んだからだ。こうして裁かれる前、殺気石――霊力を遮断する鉱石――で作られた牢に繋がれていた時、東仙は狛村と檜佐木の面会を受けていた。その時に頼まれたのだ。どうか生きてくれ、と。

 四十六室に従えなどと、狛村は言わなかった。ただ、生きていてほしいと願ったのだ。その願いを受け入れた東仙は、四十六室に表立った恨みを見せず、粛々と判決を受け入れた。下手に反論すれば多くの死神の嘆願書が無意味となり、死刑を言い渡されるだろうと理解していたからだ。

 恨みは捨てない。憎しみも捨てない。だが、己を捨てる事もしない。自分を失う事で悲しむ者がいる事を知った東仙は、今は生き延びる事を第一にして、恨みと憎しみを飲み込んだのだ。

 

「これは多くの死神からの嘆願書による減刑を望む声を以って慈悲有る判決となっている。それを努々(ゆめゆめ)忘れるな」

 

 どこか幼子に近い声質が室内に響く。四十六室の中にはまだ幼さを残した少女もいるようだ。

 彼女は前任であった父の跡を継いで四十人の賢者――残る六人は裁判官――の一人としてにここいるのだが、幼いながらも貴族として、賢者としての誇りを抱いて職務を全うしていた。貴族としての性根も父から受け継いでおり、自分達こそが死神の運命を司る存在であるという自負に満ちていたが、父親の死という現実の前に、少しずつ変化をし始めていた。

 

 四十六室は裁く死神の情報を完全に管理し、調べ尽くしてから裁判を行う。霊王の代行を務めている身として、相手を知らずして裁く等という手抜きは出来ないのだ。だが、己で調べた情報のみで相手を裁き、死神達の声に耳を貸さなかった。その結果が、死神による前任達の鏖殺だと彼女は思った。

 だからこそ、彼女は死神をより知ろうとした。四十六室が今まで正しき行いばかりをしていれば、朽木ルキアの処刑の時、隊長格数名の嘆願を無視してまで、処刑などという理不尽な判決を下す筈がないと、多くの死神に疑われていたはずだと。そうなれば、例え前任の死が免れなかったとしても、もっと早くに藍染の謀を見破れたかもしれなかった。

 そう考えている彼女は、此度の裁判において多くの死神から願い出た嘆願書を無視せず、その一つ一つを吟味し、それを裁判の結果に加味したのだ。それがなければ、市丸達の判決はより重くなっていただろう。藍染を倒す為という名目があった市丸はともかく、藍染に正義を見出し妄信していた東仙は、死刑となっていた可能性が高かった。

 

 こうして、四十六室も少しずつ変わろうとしていた。だが、それ以上に変わってしまった()()があった。

 

 

 

「では、次の裁判に移る……」

「うむ……」

「次か……」

「ああ……」

「此度の本題だが……」

 

 市丸と東仙の判決が終了し、二人が中央地下議事堂から連行された後、四十六室は次の裁判の話を口にする。だが、彼らの口調はどこか重いものがあった。

 次の裁判、それは四十六室の一人が言っているように、本日行われる裁判の本題だ。先の市丸と東仙など前座に過ぎなかった。それもその筈、次に行われるのは藍染の乱の首謀者、藍染惣右介その人に判決を下す裁判なのだ。

 前四十六室を皆殺しにし、多くの死神を死傷し、多くの魂魄を犠牲にし、尸魂界(ソウル・ソサエティ)を渦中に叩き落とした大逆人。そんな、尸魂界(ソウル・ソサエティ)の歴史に名を残す大逆人に正義の執行を下せるというのに、彼らは何故か気も漫ろであった。

 

「失礼します! 重罪人、藍染惣右介……を、連行いたしました!!」

 

 四十六室直属の部下が、何故か藍染の名を告げる時に歯切れを悪くしたが、その理由は四十六室にも理解出来ていた為に、誰もそれを咎めはしなかった。

 そして、全員が全身を拘束具で覆われ、その力を封じられたままに地下議事堂まで連行された藍染惣右介を注視し、己の目と手元の情報に間違いがないか幾度も確認をする。

 

「元・五番隊隊長藍染惣右介……」

 

 そして、藍染に向けて裁判官の一人が口を開く。その言葉は己が尸魂界(ソウル・ソサエティ)を支える正義の機関である事を自負する自信に満ちていたが、いつもよりもその自信が欠けているようにも思えた。藍染に向けた言葉だったが、どこか疑問や確認を兼ねた意味合いがその言葉に含まれていたのだ。

 

「何かな? 本来なら君達如きに僅かな時間すら割くのも苦痛なのだが、君達の疑問も理解出来るので今回だけは私の貴重な時間を無にする事を赦そう。さあ、訊きたい事を自由に尋ねたまえ」

 

 それは裁判を受ける罪人が放つ言葉ではなかった。まるで神が迷える子羊に気紛れな慈悲を与えたかのような、そんな言葉だ。

 

「口を慎め!! 貴様の態度一つ一つが罪を更に重くするのだぞ!!」

「大逆人が! 何様のつもりだ!!」

 

 藍染の大言に四十六室が大きく機嫌を損ねる。これだけで藍染の刑は更に重たくなるだろう。だが、当の藍染は四十六室の怒りを欠片も気にも留めず、涼しげな微笑で受け流していた。

 

「う……」

 

 その微笑を見て、四十六室の一人が口ごもる。いや、一人だけでなく、何人もの四十六室がその者と同じ反応をしていた。

 そして、一人の裁判官が正気を取り戻し、藍染に向けて詰問する。

 

「藍染惣右介! 貴様は……紛れも無く藍染惣右介だな……?」

 

 それは、何も知らぬ者が聞けば四十六室の正気を疑うような問いだった。藍染が封印され捕らえられたのは周知の事実であり、こうして裁判が開かれている以上、四十六室の前にいるのは藍染惣右介その人である筈だ。

 だというのに、何故四十六室は藍染に真贋の疑惑を問うたのか。それは、藍染の姿を見れば誰もが納得するだろう。

 

「勿論、藍染惣右介当人だが? 君達如きでも私の霊圧を計測する事は可能だろう? ならば、その値が何よりの証拠の筈だが?」

 

 四十六室は死神ではない。霊力は持っているが、その力は死神のそれとは比べるまでもない程低いだろう。彼らに戦闘能力は必要ないのだから、当然の話だ。

 だから彼ら自身が藍染の霊圧を感じ取り、目の前の藍染が本物か否かを判別する事は出来ない。だが、尸魂界(ソウル・ソサエティ)には霊圧を測定する機器も存在している。霊圧は指紋のように魂魄ごとに違うものなので、計測した数値が藍染のものであるならば、それは間違いなく眼前の死神が藍染惣右介であるという事だ。

 

「そんな事は言われずとも解っておる!」

「我らが訊きたいのは、何故そのような姿になっているかだ!!」

 

 四十六室も、藍染が()()状態となってから、幾度と無く精密な検査を行わせ、藍染が本物か偽者かの確認を取っていた。

 その結果、崩玉と完全融合し、死神を超越した事による霊圧の変化こそあったが、その波長は藍染と酷似している為に、前後の状況から判断しても藍染本人であるとの結果が報告されたのだ。

 その結果を報告されても、実際に藍染を目の前にすると、誰もが疑問に思ったのだ。目の前の()()は本当に藍染惣右介なのだろうか、と。

 

 そう、藍染惣右介は、その肉体を絶世の美女へと変化させていた。

 クアルソがいればこう叫んでいた事だろう。どうしてこうなった!? と。

 

「君達が戸惑うのも無理はない。私ですら、私がこうなる事など予想だにしていなかったのだからね」

 

 そう、藍染の変化は藍染すら予想外の結果だった。だが、変化した今ならば原因と要因の予想は付いていた。

 藍染が変化した原因。それは当然藍染と融合している崩玉が原因だった。今の藍染に干渉出来る存在など崩玉を除けばまず存在しないだろう。物理的な干渉なら話は別だが。

 

 崩玉は周囲に在る者の心を取り込み、具現化する能力を有している。かつて未完成だが崩玉を創り出した浦原は、崩玉を死神と虚の境界を操るものだと推測していたが、それは浦原がそう願ったからだ。

 藍染は己が創り出した未完成の崩玉と浦原の未完成の崩玉を融合させる事で崩玉を完成させたが、崩玉の力の本質は変わっていない。その力により、崩玉は藍染の心を取り込み、藍染を死神も虚も超越した存在へと進化させたのだ。

 

 ならば、今の藍染の姿も藍染が望んだ結果なのだろうかというと、半分はそうであり半分はそうではなかった。

 そう、半分は藍染が望んだ結果だ。多少崩玉が間違った解釈をしたが、半分は間違いなく藍染の望んだ結果だ。

 では、残る半分は何なのか。崩玉は誰の望みを具現化したのか。藍染が女体化し、それを藍染が認める程に藍染の心に影響を与える存在。そんな存在は一人しかいなかった。

 そう、破面の童帝王クアルソ・ソーンブラである。

 

 崩玉は、クアルソの願いを取り込んでいたのだ。クアルソと崩玉は何度か接触している。クアルソが藍染の下で破面化しようとした時、崩玉と完全融合した藍染と戦った時。特に藍染と戦った時など崩玉に触れてすらいた。

 崩玉は藍染に御されていたが、それでも周囲の心を、願いを取り込む力はそのままにあった。クアルソは【ボス属性】という能力によって物理攻撃以外の能力の干渉を受けない。心を読む能力等【ボス属性】で無効化されるだろう。だが崩玉は能力で心を読んだのではなく、その意思でクアルソが常々願っている想いを察したのだ。あっ……(察し)、という奴である。意思があるとはいえ、童帝の願いを察する崩玉の万能ぶりは凄まじいと言えよう。これを知ったら藍染も目が点になる事だろう。

 そうして崩玉はクアルソと接する事で、クアルソの願いが童貞卒業にあると理解した。数千年間も熟成された想いだ。これは叶えてやらねば崩玉の名が廃るというものだと奮起した崩玉は、その願いを具現した。主を性転換させるという荒業でだ。

 

 何故そうなったのか。そこには二つの理由があった。

 一つはクアルソには崩玉の力が及ばない事だ。完全解放された崩玉の力でも、クアルソの【ボス属性】を突破する事は出来なかった。何度も試せばその内に霊力が尽きていずれは突破出来るだろうが、それは流石の崩玉も理解していない事実だ。

 つまり、崩玉の力でクアルソに干渉する事は出来ない。それはいいのだが、それがどうして藍染を性転換させる結果になったかと言うと、藍染がクアルソと共に在りたいと願ったからだ。全てを超越する自身すら超越する存在。誰にも理解されなかった孤独を唯一癒してくれる存在。そんな唯一無二の存在であるクアルソと共に在りたいと、藍染は願ってしまったのだ。

 藍染を主とする崩玉は、他の誰よりも藍染の願いを聞き入れる。クアルソの願いを具現化しようとしたのは、それだけ数千年分の願いが大きく崩玉に届いたという事だろう。

 

 クアルソは童貞卒業したい。でもクアルソに干渉は出来ない。

 主である藍染は自身の理解者足り得るクアルソと共に在りたい。

 だったら主を性転換すれば、クアルソとずっと一緒になれる上にクアルソも童貞卒業出来て全部おけじゃね? これが崩玉の出した結論であった。

 こうして、藍染惣右介は以前の面影を残しつつ、絶世の美女へと変貌したのである。

 

「私がこうなったのは崩玉の力だ。全く、崩玉の力も良し悪しだな。まあ、こうして女性になってしまったなら仕方ない。諦めて受け入れるとしよう」

 

 溜め息を吐きつつも、藍染は女性になった自分を受け入れていた。この程度の変化など藍染にとっては些細な事なのだ。

 

「むぅ……まあ、貴様が紛れもなく藍染惣右介であるならば構わん……」

 

 どこか歯切れ悪そうに賢者の一人がそう言うが、それに対して藍染が見惚れるような笑みを浮かべてこう言った。

 

「私が本物か否か、疑念があるならば私の体を隅々まで調べるといい。崩玉は私の胸の中心に融合している。それを確認すれば、私が藍染惣右介であると確信出来るだろう?」

「う……」

 

 絶世の美女の笑みに、尸魂界(ソウル・ソサエティ)の司法を司る賢者や裁判官も見惚れてしまう。そして、藍染の言葉に誘導され、拘束具の上からも理解出来るその巨乳に目を向ける。どこぞの童帝も目を奪われるだろう見事な巨乳であった。どれだけ厳正だろうと、どれだけ傲岸だろうと、彼らも男だ。その(さが)からは逃れられないのだ。

 

「何を言うか。そうする為には貴様の拘束具を解かねばならぬ。僅かでもその拘束具を弛めれば、貴様は(たちま)ちに我等を(しい)し、再び尸魂界(ソウル・ソサエティ)を混沌の渦に叩き落すであろう」

 

 そう言ったのは四十六室でも数少ない女性、市丸達の裁判でも言葉を発したあの幼子だ。彼女には流石に絶世の美女の微笑みも通用しなかったようだ。いや、女性の彼女から見ても見惚れるような笑みだったのだが、それでも同性故に正気は保てていたようだ。

 彼女のその発言を聞いて、藍染の笑みに誘惑されかかっていた者達も正気を取り戻した。

 

「そうだ! 大体、我らが貴様の誘惑に囚われると思うたか!」

「然り然り!」

 

 半分ほど囚われていた者もいたが。中には自分の権限でどうにか藍染を確保出来ないものかと考えた者もいたが。まあそれは置いておこう。

 

「ふむ。残念だ」

 

 特に残念そうでもなく藍染がそう呟く。この程度の誘惑が成功するとは藍染も思っていなかった。そもそも、真に誘惑するのは一人だけだ。それ以外の者など歯牙にも掛けるつもりは藍染にはなかった。

 

「もう良い!! 藍染惣右介!! 貴様の罪状は口述するだけでも時間を無駄にする程に多い!! 弁明も釈明も反論も、全ての余地がない!!」

「判決を言い渡す!! 元・五番隊隊長藍染惣右介!! 地下監獄最下層第八監獄【無間】にて、二万年の投獄刑に処す!」

 

 一分の間もなく閉ざされ、無限に等しい広さを持つ監獄。それが無間だ。何もないその空間で、動きを封じられ、二万年も投獄させる。それが藍染に与えられた判決だった。

 何もない空間で動きを封じられ何も出来ずにただひたすらに在り続ける。常人ならば確実に気が狂うだろう。まあ、常人ならばこのような判決を受ける事はないだろうが。

 だが、そんな恐ろしい判決を受けた当の藍染は、平然としたままに色気が漂う形良い唇を開いた。

 

「ああ、少しだけ訂正したいのだが。私も女性になったことだ。惣右介という明らかな男性名も如何なものと思ってね。この際、安易だが惣子と名乗ろうと思っているのだが、どうだろうか? まあ、君達の感想など別にどうでも良いのだが、一応愚者だろうとも幾つか意見も聞いておきたくてね。忌憚のない意見をお願いするよ」

「――ッ!! 刑を二千年、いや、三千年引き上げろ!!」

 

 こうして、藍染惣右介改め、藍染惣子(自称)は地下監獄最下層第八監獄無間にて、二万三千年も投獄される事が決定したのであった。

 

 

 

 

 何もない暗闇。無音の世界。無間にて、目も口も耳も封じられた上、全ての自由を奪われた藍染がじっと佇んでいた。

 

 ――クアルソ。私は必ず君と再会しよう。必ず、だ――

 

 この程度の封印と刑罰で、己の執念を鎮める事など出来はしない。そう言わんばかりの想いを藍染が心の中で発した瞬間、虚圏(ウェコムンド)でスターク達とのんびりお茶を飲んでいた一体の破面(アランカル)の身に悪寒が走ったのだが、因果関係は不明である。

 

 




 うのはなたいちょうにとってもおもわれるようになりました。やったね。

 クアルソは女性にはならないと言ったな? あれは本当だ。だが、藍染がならないとは言っていない……!
 真ヒロイン、藍染惣子ちゃんの参戦だ! 崩玉ちゃんは優秀なドジっ子。
 この展開が鰤編投稿して初期の感想で予想されていた事が非常に悔しい。何で解った……。

 隊長同士の戦いが禁じられているかどうかは不明。禁じられてなければ剣八が嬉々として他の隊長に喧嘩を売ってそうなので、そういう掟があると設定しました。

 今回登場した四十六室の少女は公式の登場人物です。原作漫画には出ていませんが。

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