時は流れる。
雲隠れの里との同盟条約が結ばれてから、木ノ葉の里は戦争とは久しく無縁の平和な日々を送っていた。
戦争を経験してきた忍たちはそれを謳歌していた。もちろん日々の修行は欠かしていないが。
中には物心ついた頃から戦争を経験して来た忍もいるのだ。こうして平和な日々が続き、そして今後もそうであってほしいと願っている者が殆どだろう。
もっとも、里の忍の多くは知り得ない情報だが、実際には雲隠れの里との同盟条約後には実は一悶着あったのだ。
それは雲隠れの里の忍頭が、日向宗家の嫡子である日向ヒナタを誘拐しようとしていたからである。木ノ葉と同盟を結んだのも初めから日向ヒナタを、日向の白眼を狙っての事だったのだろう。
正確にはこの事件、誘拐ではなく誘拐未遂で終わっている。日向ヒナタは雲隠れの忍頭に攫われ掛けたが、すぐに助け出されたのだ。
その時ヒナタを救ったのが日向アカネである。というか、アカネは雲隠れの忍頭が日向一族の土地に忍び込んだ瞬間からその気配を察知していたのだ。
アカネの感知能力は世界一! かどうかはアカネ自身も分からないが、少なくとも並ぶ者は少ないという自負はあった。これくらいの気配探知など朝飯前だった。
日向の敷地内で気配を消して移動する。まあ忍であれば修行中だったと言えるかもしれない。真夜中だったが。
一応は気配を追ってしばらく
アカネはすぐに宗家の屋敷へと駆けつけた。侵入者は未だ屋敷の中にいるようだ。それをアカネは白眼にて確認する。
さて、ここでアカネは少々困っていた。確認した侵入者が雲隠れの忍頭だったのである。
雲隠れを歓迎するセレモニーに参加していなかったが、それでも彼の顔は木ノ葉では一躍有名になった。当然アカネも容姿くらいは知っていた。
これで侵入者が木ノ葉の裏切り者とかだったら悲しいが話は簡単だった。さっさと倒してお終いだ。
だが同盟条約を締結したばかりの雲隠れの忍となれば話は別だ。下手な事をすれば話が拗れて同盟が崩壊しかねない危険性を孕んでいた。
侵入して来たのは相手側だが、それで話が終わりなら苦労はしない。特に雲隠れの長である雷影は激情家で有名だ。無茶苦茶な理論で戦争を吹っかけて来ても可笑しくない程にだ。
かと言って放置は言語道断だ。何せこの侵入者はアカネの愛する妹分であるヒナタを担いで攫おうとしているからである。
死なない程度に痛めつける。忍頭の運命はこの瞬間に決定していた。
さて、ぼこぼこにされて全身の点穴を死なない程度に突かれて数多の関節を外されて自殺も出来ない様に徹底的に捕縛された忍頭。彼を巡って雲隠れとはいざこざが起こった。
木ノ葉側は里に忍び込むだけでなく里の人間を攫うとはどう言う了見だ、と雲隠れを責め立て、雲隠れ側はそいつが勝手にした事だから里は関与していないと突っぱねた。
これで忍頭が死んでいればそれを理由に木ノ葉を脅し、再び戦争を仕掛けると匂わせてから落とし所として忍頭を殺した日向の下手人を寄越せと言うつもりだった雲隠れだが、流石に死んでいないのならばそこまでは言えないでいた。
というか、死んでいたとしても侵入して人攫いをしようとした時点でどう考えても悪いのは雲隠れである。それでそんな事を言えるのなら面の皮が厚いというレベルではないだろう。
結局この事件は雲隠れの落ち度として話はついた。雲隠れ自体は里の関与を認めなかったが、それでも犯人が雲隠れの忍頭である事に変わりはない。
しかし木ノ葉としても人的被害がなかっただけに雲隠れへの要求もさして重い物にはしなかった。下手に拗れて再び戦争が起こるのは避けたかったのだ。
なので雲隠れがそれなりの賠償金を払う事で今回の事件は手打ちとなった。多少は木ノ葉と雲隠れの間にしこりは残るだろうが、戦争にまでは発展しないだろう。
そうして細かな事件が有りつつも、木ノ葉は概ね平穏だった。そう、まるで嵐の前の静けさの様に。
◆
木ノ葉の里の入り口にある“あ”と“ん”の文字が書かれた巨大な門の前に三人の男女がいた。
「アカネ姉さん、本当に行くんですか……」
一人は日向ヒナタ。成長し大きくなった彼女は幼い頃と同じ様に自信無さげに、そして寂しそうにアカネに尋ねる。
この自信のなさに関してはアカネもそれなりに修正しようと努力していたが、まあ殆ど意味がなかった。ここまで来れば生まれついた資質と言えよう。
「ええ。それがヒアシ様から与えられた私の任務ですから」
二人目は日向アカネ。妹分であり守るべき宗家の一員でもあるヒナタのその懇願する様な瞳に精神にダメージを食らっているようだ。
だがそれを振り切ってでもやらなければならない事がアカネにはあるのだ。
日向アカネは現在十三歳となっていた。既にアカデミーは卒業し下忍になっている。それからは中忍試験は受けず、下忍のまま過ごしていた。
アカネは普通の忍と違って
理由としては体力不足を補う為だった。技術に関しては前世へととっくに至り、その上でまだ修行を積み重ねている。だが体力だけは新しく身に付けるしかないのだ。
どうして体力も持ち越せるように能力を組んでいなかったんだ最初の私、などと実際にどうやるんだそれというツッコミが入るツッコミを自分自身にしているアカネであった。
そうしてアカネが十分な体力を得たと実感したのが今の年齢なのだ。ちなみにヒアシなどはもう十分なのでは、と数年前からアカネにぼやいていた。
無駄に長く生きている分目標も無駄に高くなっていたアカネであった。
「ヒナタ様ももう十二歳。アカデミーも来年には卒業なされます。これからは立派な忍として頑張らなくてはならないのですよ。そろそろ姉離れをするべきですよ」
実際に妹離れが出来ていないアカネの台詞ではなかった。もしヒナタが本気の本気で甘えて行かないでと言えば、しょうがないですねぇなどとベタベタに甘えさせて一日か二日は留まっていただろう。
それをさせない為にか、この場にはもう一人ある人物がいた。それが三人目にしてこの場で唯一の男、日向ネジである。
「アカネの言う通りですヒナタ様。アカデミーの卒業は問題ないでしょうが、この先ヒナタ様は多くの任務をこなして中忍を目指さなければなりません。宗家の嫡子として恥ずかしくない姿を見せる為にもアカネにかまけてばかりではいけません!」
日向ネジは宗家の嫡子である日向ヒナタのお守り役である。年齢も近く、実力も高く、そしてネジの父親が日向当主であるヒアシの弟だという事が評価されての役目だ。
そしてネジはその役目に充足感を感じている。守るべき姫は頼りなく才能もなくかなりおどおどとして情けないと口には出さずとも思っているが、だからこそ守り甲斐があるというものだとはりきっていた。
「ネジ兄さん……今何か言った?」
「いや何も? それよりも、オレの言っている事をちゃんと聞いているんですか? まったく、これもアカネがヒナタ様を甘やかしすぎるからだぞ!」
「何を言うネジ! 私はヒナタ様を甘やかして甘やかして、これでもかと言うほど甘やかしたいんだ! これでも我慢してる方なんだからな!」
もう駄目だこいつ。早く何とかしないと。ネジはヒアシとヒザシに心の中で助けを求めた。誰も応えてはくれなかったが。
「ネジこそしっかりとヒナタ様を守るんですよ! 全く何でヒナタ様の守役なのにヒナタ様の傍を離れて下忍として働いているんだか」
「木ノ葉の下忍だからだよ! 馬鹿かお前は!」
全くである。戦時でもないというのに流石に宗家の嫡子と言えども護衛が恒常的についているなど有りえない。
「なんでこの馬鹿がオレよりも強いんだ……!」
ネジの心の底からの思いが声となって響き渡る。ネジとアカネが出会ってから数年、ネジは何度かアカネと手合わせをした事があるが一度たりとも勝った試しはなかった。
幼い頃から神童や天才と言われ自信があったネジとしては同年代の、しかも女性に負け続ける事が悔しくて堪らなかった。
その悔しさをバネに必死に修行をして、宗家にしか伝わっていない回天や柔拳法八卦六十四掌という奥義を独力で身に付けるに至っていた。
それを知った時のネジの父ヒザシはそれは驚愕していたものだ。ネジのその努力がアカネに負けたくないという理由なのを知って複雑な表情をしていたが。
無理だと悟らせるべきか、この悔しさによる成長を見守るべきか悩んだのだ。最終的に後者を選んだが、ネジがどう足掻こうと勝ち目がないと知っているヒザシとしては複雑だった。
「はっはっは。私に勝とうなど千年は早いなネジ君」
「おのれ……!」
アカネの言葉を挑発と受け取るネジ。まあ誰だって本当の意味で千年早いなどと言っているとは思うまい。
「さて、名残惜しいですがそろそろ出発するよ。ヒナタ様お元気で。しっかりと修行するんですよ。ヒナタ様はお優しいから最後の一歩を踏み込めませんが、そこを乗り越えたらきっと日向の才能を開花なされます」
「アカネ姉さん……!」
しばしの別れを悲しみアカネへと抱きつくヒナタ。それをアカネは優しく受け止める。
「憧れている人がいるのでしょう? だったら、その人の事を想えばヒナタ様ならきっと出来ます」
「ええ!? な、ナルト君は、そ、その……」
先程までの悲しみに暮れた顔とは一転、ヒナタの顔は誰が見ても分かるくらい真っ赤になっていた。ナルトに懸想しているのは明白である。
アカネもナルトと直接の面識はないがどういう人物なのかはある程度は知っている。ヒアシから九尾事件と四代目火影の残した子どもについては詳しく聞いているのだ。
九尾の人柱力な上に四代目の子どもという極めて扱いの難しい存在であり、その両方とも一般的には隠された情報である。といっても九尾の人柱力に関しては里の重要な軍事力になるので木ノ葉の忍で中忍以上ならば大抵が知っているが。
そのせいか一部の忍からはあまりいい目では見られていない節があった。九尾復活の事件では幸い九尾は里に被害を与えていない為、目に見える迫害は受けてはいない。
だがやはりどこか遠目から蔑んだり恐れるような目付きでナルトを見ている大人の姿がちらほらと目撃されていた。
幼い子どもは意外と敏感で、そういった大人の感情の機微に晒され続けるといつしか気付いてしまう。ナルトもそうだった。
父親も母親もいないという事と、大人から好意的に見られない事が多い事。これらが重なりいつしかナルトは悪戯をする事で自分を見てもらおうと表現するようになっていた。
アカネもこの辺りの大人の感情については色々と思うところがあったが、流石にそれを変える事は難しかった。
こういう事は他人ではなく本人がどうにかして変えなければ上手く行かないものなのだ。他人が横から止めたとしても大人達の内心は簡単には変えられない。一時抑えるのが限界だろう。
まあ表だって迫害されてないだけ人柱力としては悪くはない扱いと言えた。それにナルトも一人ではない。
忙しいが後見人としてナルトに「じいちゃん」呼ばわりされている三代目火影に、その妻のビワコは忙しい夫に代わってナルトの面倒を良く見てあげていた。本当の孫の様に扱っているのでナルトもかなり懐いていた。
大人がナルトに余所余所しくしている為に、その子どももナルトに対して馴染まずに仲間外れにする事もあったが、全ての大人がナルトに対してそう言う態度ではないし、子どももまた同様だ。
ナルトにも友達と呼べる者はそれなりにおり、一緒に遊んだり悪戯をしたりと年齢通りのヤンチャ振りを見せている。
さて、そんなナルトだが九尾が体内にいる故にその強大なチャクラが影響して上手くチャクラを練る事が出来ず、そのせいでアカデミーでは落ちこぼれ呼ばれをされている。
それでもめげる事なく火影になるという夢の為に毎日必死に努力をしており、その落ちこぼれでも諦めずに努力を続ける姿を見続けて、ヒナタはいつしかナルトに惹かれ憧れていったとのだと、いつの頃かアカネは本人に聞いていた。
実に微笑ましい事だ。感動的だ。だが恨めしい。それがヒナタから惚気られたアカネの感想だった。順調に姉馬鹿の道を進んでいるようだ。おかげで常識の道からは更に外れてしまったが。
さて、そんな愛しのヒナタからネジへと視線を向ける。
「ネジも元気で。ヒナタ様を頼みましたよ」
「ふん、言われるまでもない」
そっけなく答えるがネジもアカネが嫌いな訳ではない。むしろ尊敬すらしていた。負け続けて悔しいので表に出す事はないが。
それでもこうしてしばらく会えなくなると寂しく思うくらいの感情は見せていた。
「……せいぜい無事に帰って来い。オレがお前に勝つまでお前に死なれたらオレが困るんだからな」
「ふふ。ええ、あなたが満足するまで相手をしてあげますよ」
聞きようによっては微妙に怪しい台詞である。だがこの場にいるのはまだ少年と少女。その言葉を変な捉え方をする事はなかった。良い事だ。一人だけ中身が怪しいが、まあ気にしない方が良いだろう。
「では、任務もありますので私はこれにて」
「いってらっしゃいアカネ姉さん! 無事に帰ってきて下さい」
「さっさと行け。お前が長期任務している間にオレはもっと強くなってやる」
二人から見送られ、アカネは木ノ葉の里から出立した。
◆
さて、アカネが木ノ葉の里から出立した理由、言うなれば任務の内容だが、それは九尾復活の裏にいる存在について調べる為だった。
あれから既に十三年という年月が経つが、木ノ葉ではナルトを狙う存在は現れる事はなかった。
諦めたのかと考える事はアカネはなかった。諦めたのではなく、力を蓄えているか、九尾を狙う事が出来ない状況にあったのか。
とにかく理由は分からないがいずれ何らかの方法でナルトから九尾を奪い取る算段だろうとアカネは考えている。
アカネも十分な戦闘力を身に付けたと自負しており、例え九尾を狙う存在がどれ程強大だろうと最悪逃げ延びて情報を持ち帰る事くらい出来ると踏んでいた。
今のアカネを倒すなら千手柱間とうちはマダラが協力して殺しに掛かる必要がある。それくらいの戦闘力を既に取り戻していた。
……いや、これには語弊があるかもしれない。取り戻したというのは正確ではなく、アカネはヒヨリ時代より強くなっているのだ。
ヒヨリ時代ではしなかったいくつかの忍術の修行や術の開発。これにより闘いの引き出しを増やしたアカネはヒヨリの時よりも強かった。
今なら柱間とマダラの二人掛かりでも勝てるのではとアカネが考えるほどにだ。
今ではこの力を振るえる相手を欲しがっているくらいだ。九尾を狙う存在に若干期待している不謹慎なアカネであった。
「おじさん、蕎麦もう一杯追加で」
「あいよ!」
旅を続ける事数日。アカネは久しぶりに里の外を満喫していた。今は中々いい味の蕎麦屋を見つけたので満足いくまで食べている所だ。本当はざる蕎麦の方が好みだがつゆ蕎麦も悪くはない。
先日は美味しい団子を、その前は鍋料理が評判の宿に泊まり、その前はジューシーなステーキをたらふく食べていた。
幸い予算はそれなりに多く持っていた。任務に必要だろうと貯めていた貯金と、ヒアシから頂いた必要経費がたんまりとだ。
「ふぅ。ご馳走様でした」
「ありあした! いい食べっぷりだったなお嬢さん! 気分がいいから少しだけまけといてやるぜ!」
「ありがとうございます! そうだ。聞きたい事があるんですけど、この辺りで食事が美味しい宿ってありませんか?」
「あーっと、それならこの先の大通りの角を右手に曲がって、そこから少し歩いた場所に――」
……任務を忘れているのではないかと疑える程満喫しているようだ。
だがもちろんアカネが任務を忘れた事など一秒たりともない。ないったらない。
こうして適当に食べ歩きしている様に見えるかもしれないが、定期的に白眼で周囲を見渡して怪しい場所がないか調べているのだ。
白眼はこういった探索には非常に有効な能力なのだ。透視眼は伊達ではない。決して覗き魔には渡してはならない能力だ。
「……覗き魔がいた」
まさかの覗き魔発見であった。アカネが先程教えてもらった旅館には温泉があり、昼間からも良く旅館客が利用している有名な温泉らしい。
その温泉の女湯をめっちゃ覗いている人物を白眼にて発見してしまったアカネ。
さて、こうして覗き魔を発見したならばどうするか。それは無視するか、法的機関に連絡するか、直接叩きのめすか、まあ色々あるだろう。
だがアカネはそれらをする前に、まず頭を抱えていた。それは何故か?
「じ、自来也ぁ……」
それは、覗き魔が知り合いだったからだ。
自来也。それは木ノ葉の里では、いや他里においても非常に有名な人物であった。
かつて第二次忍界大戦にて多大な活躍をし、雨隠れの里の長であり“山椒魚の半蔵”という二つ名を持つ忍世界でも高名――忍にとって名が売れる事は実力の高さを指す――な忍と激戦を繰り広げ、その半蔵本人から認められた程の実力者。
それこそが初代三忍の名を受け継ぐ木ノ葉の誇る二代目三忍、大蛇丸・綱手・自来也の三人であった。
その木ノ葉の今を生きる伝説の忍が、女湯を覗きその顔をだらしなく歪めて悦に浸っているのだ。情けなくて頭も痛くなるというものだ。
もういっそ初代三忍として三忍の称号を引っぺがしてやろうかと考えるほどだった。
だがまあ自来也が以前と然して変わってはいない様なのでそこは少し安心したアカネだった。
二代目三忍とはヒヨリ時代に彼らが三忍と謳われる以前から面識があった。
彼らは三代目火影の弟子だったのだ。それも全員が優秀だったのでヒヨリとしても先が楽しみであった三人だった。
だが、今の木ノ葉に三忍の影はなかった。
大蛇丸は禁術に手を出し、その上人体実験を繰り返す様になった為に今ではビンゴブック――犯罪者の手配書――にて最高ランクのS級犯罪者の烙印を押されており、当然木ノ葉からも抜け忍となって逃げ出している。
綱手は抜け忍にこそなっていないが度重なる戦争で大切な人を亡くしてしまい、そのせいで血液恐怖症となり里から離れ放浪し続けている。
そして自来也。彼は里を抜けた大蛇丸の調査をする為と、もう一つ個人的な事情により世界各地を巡っていた。言うなれば彼だけは木ノ葉の忍として今も立派に活動していると言えよう。
……アカネの目には女湯を覗いてだらしなく笑う姿しか映っていないが、立派なのである。
さてさて。まさかの覗き魔がかつての知り合いだった事は驚きだが、だからこそ余計に覗きを許せないというものだ。
アカネは気配を完全に消し、念のため遥か昔の人生で作っていた能力を発動する。
その能力とは、チャクラを他人に察知出来ない様にするというものだ。例え全力でチャクラを練ってもそれを感知する事も視認する事も出来ない優れ物だ。白眼であっても見抜けないだろう。
完全に気配を消しきったアカネはそっと自来也の裏へと回る。当の自来也は今も「ええのぅええのぅ」等と女湯に入っている女性にばれない程度の小声で女湯の神秘について感想を述べていた。
アカネは心の中で「南無……」とだけ呟き、軽くチャクラを足に籠めて……自来也の股間を蹴り上げた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!?」
自来也の声にならない叫びが周囲に、世界に響き渡った。
◆
「よっこらせっと」
「うう……」
アカネはあまりの痛みに悶絶し、最終的に気絶してしまった自来也を担いで街から離れた川原へとやって来た。
そこで自来也を大地に下ろし、気付けの為に水をぶっかける。覗き魔に掛ける情けはないのである。
「ぶはぁっ! な、なんじゃこれはぁ!?」
「目が覚めましたかこの覗き魔め」
「むお? お前は誰……ぐおおぉぉ、ま、まだ玉がぁっ! くぅぅ! ワシの大切な息子をあの世に旅立たせようとしたのはお前かのぉ!? なんて事をしてくれたんじゃ!」
自来也が気絶して既に結構な時間が経過しているが、未だにあそこは痛むようだ。潰れてはいないかを確かめつつ、自来也は男に対して恐ろしい事を仕出かしたアカネへと詰め寄る。
「覗いていた奴が悪いんですよ」
「何を言うか! あれは覗きではなく取材じゃ! 女体を直に目にする事でインスピレーションを湧き立てより良い作品を作る! その為に必要な事なのだ!」
要約すれば自分の為に必要だから覗いた。だから何も悪くはない、である。悪くないわけがなかった。
「何だその無茶苦茶な理屈は。あなたがどう言おうが覗きは覗きです。全く三忍ともあろう者が情けない……」
「お? ワシの事を知っておるのか?」
木ノ葉の三忍として名は売れている自来也だが、容姿に関しては若い忍にはあまり知れ渡ってはいない。自来也が大蛇丸を追って木ノ葉を出たのがかなり昔の事だから仕方ない事だ。
なので、名前を名乗る前から自分の事を三忍と知っていた歳若いアカネに対して不思議に思ったわけだ。
「ええ、知っていますよ。木ノ葉の誇る二代目三忍の一人自来也でしょう。まあ今のあなたを見て誇りに思う里の人がどれだけいるのやら……」
はぁ、と思い切り溜め息を吐きながら首を横に振るアカネ。その言動を聞いて自来也は憤慨する。
「なんじゃとぉ!
自分を知っているという女性に久方振りに出会え、内心喜んでいた所をぞんざいに扱われた為、上げて落とされる様に感じた様だ。そのせいかぶちぶちと小言を言うように文句を言っている。
アカネとしても一応は目上の立場にあるので様という敬称を付けようとは思っていたが、まああの情けない顔を見せられてはその気も失せるというものだ。
「尊敬されたかったら尊敬出来る様に見せなさい……あんな出会いをしてどうして敬う事が出来ますか」
「ふん、口は達者だのぉ。まあいい。ワシは女性には優しいフェミニストよ。今回ばかりは許してやる」
などと言っているが、その実本当に自来也は怒ってはいない。見た目や言動で誤解される事もあるが、自来也の性根は善性だ。女子供相手に本気になる様な人間ではなかった。
それはアカネも知っているかつての自来也と同じであった。歳を取っているが言動は然して変わらず、そして内面も以前と同じである事に安堵する。
それはつまり信用の置ける木ノ葉の忍であるという事だ。そこでアカネは自来也に協力してもらおうと考えた。
「ところで自来也……様」
「うん? 言い直した所はまあ褒めてやる。それで、どうした? サインならくれてやらんでもないぞ?」
「いえサインはいりません。というか、作品とか言ってましたが何を作ってるんですか?」
「おお! 良くぞ聞いた! ワシが手がけているのはこれよ!」
話が妙な方向にずれているが、自来也があまりに嬉しそうなので止めるのも何だな、とアカネは最後まで聞く事にした。
そして自来也が懐から出したのは一冊の本、小説だった。
「イチャイチャ……パラダイス?」
「うむ! これはワシの実体験を基に書かれた小説よ! 恋に愛! 出会いに別れ! 人と人の複雑な恋愛模様を描いた渾身の一作よ!」
「へぇ……読ませてもらってもいいですか?」
「うむ!」
あの自来也が物書きをするようになるとはアカネも意外だった。
タイトルからして恋愛物だろうが、どんな小説なのかと気になり、自来也から手渡されてペラペラと中を読んでいく。
そうして読み進めていく内に段々とアカネの手が震えてきた。そして自来也に向かって叫んだ。
「ご大層な事を言っても中身は所詮エロ本じゃないですか!!」
エロ本を所詮と言い張るアカネ。彼女の根源である始まりの人生では大層お世話になったというのにこの扱いである。
もうアカネに男であった頃の残滓は残っていないのかもしれない……。
「かぁーッ! これだから
「うっ……!」
自来也の気迫に圧されてしまうアカネ。それほどまでに自来也の説得力は高かった。
「って、そうじゃありません! 私はあなたとエロ本の話をしたいわけじゃないんです! 全く……」
かつての日向ヒヨリにここまでエロ本エロ本と連呼させたの者など、忍多しと言えども自来也だけだろう。
まさに二代目三忍の名に偽りなし。恐るべきは自来也よ。
「そう言えば何か言っとったのォ。ワシに何か用でもあるのか?」
「ええ。自来也様は大蛇丸を追っているのでしょう? その情報を教えてもらいたいのですが」
「!?」
そう、自来也は確かに大蛇丸を追っている。自来也のかつての同期であり、同胞であり、同じ三忍であり、ライバルであり、そして友でもあった大蛇丸。
そんな大蛇丸が大罪を犯して木ノ葉から去っていった。抜け忍となった大蛇丸が何をしようとしているか、その一部だが自来也には分かっていた。
木ノ葉への復讐である。自分を認めず四代目火影に選ばず、禁術の実験をしていた所を見つかり逃亡せざるを得なくなった。そんな大蛇丸が木ノ葉をいつまでも放っておくとは思えなかったのだ。
だからこそ同じ三忍であった自来也が大蛇丸の調査に乗り出したのだ。
それはいい。本当の事だし、木ノ葉でも知っている者はいる。歳若いアカネが知っているのも担当上忍に教えてもらったという事も有り得るだろう。
だが、何故それを知りたがるのかが疑問だった。大蛇丸は非常に危険な存在だ。それは強さ以上にその性質が問題だった。
老若男女は大蛇丸の前に等しく意味がない。大蛇丸は他人の事を己の役に立つか立たないか、邪魔をするかしないかくらいにしか考えていない。
役に立つならば徹底的にコマにして使い潰し、邪魔をするならば何であろうと排除する。その際邪魔者が有用な実験材料になるなら血の一滴まで研究し尽くすだろう。
そんな狂人について知ったところで良い事などない。下手に近づけば良くて死、悪くて一生実験動物だ。
「……どうして大蛇丸について知りたがる?」
「十三年前の九尾復活について知っていますね?」
「うむ」
あれは自来也にとっても痛々しく、そして忘れがたい事件だった。
四代目火影波風ミナトは自来也の自慢の弟子であった。その付き合いは師と弟子の関係だけでなく私生活にまで及び、生まれてくる子どもの名前も自来也が名付け親になった程だ。
それほどまで付き合い長く信頼置ける弟子が火影となって喜んだのも束の間、あっという間に死んでしまったのだ。
忍の世を変革するとまで思っていた弟子の一人が亡くなった事を、自来也がどれだけ悼んだ事か。九尾復活は忘れる事など出来ない事件である。
「あの事件の裏にいる犯人を追っているのですが、その容疑者の一人が――」
「大蛇丸という事か。なるほどの」
何故この少女がそんな重要な任務を負っているのか。何故そんな重要な任務を三忍とは言え自身に話すのか。
疑問はあるが、どうして大蛇丸について知りたいかは分かった。
だがそれに対する自来也の答えはこうだった。
「断る。悪い事は言わん。お前は里に帰れ。大蛇丸はお前なんぞの手に負える奴じゃあないんでのぉ。あたら若い命を捨てる事もなかろうて」
それは任務を帯びた忍にとって侮辱とも取れる言葉だ。
だが、それを言われた本人は静かに微笑んでいた。
「本当に。あなたが四代目になっても良かったと私は思っていたんですけどね」
自来也の言葉が、彼の優しさから来る物だとアカネは理解していたのだ。
自来也は自由奔放な性格故に、火影として里に縛られるのを好まないのはアカネも知っている。だが、自来也ならば火影に相応しい器であるともまた知っていた。
当の自来也は、まるで自分の事を昔からの知り合いの如くに話してくるアカネに疑問を覚えていたが。
「今からでも五代目火影になりませんか? 三代目もいい歳ですし、隠居させてあげなさいな。師を労わるのも弟子の役目ですよ?」
「……お前、本当に何者だ?」
アカネと会話していると、自来也は何故か昔を思い出してくる様な気になり不思議に思っていた。
昔の知り合いのような、いや、それどころか目の前の少女が齢五十の自分よりも年上のような気さえしてくるのだ。
「ふふふ、そうですね。あなたにならまあいいでしょう」
何がいいのだろうか。自来也がそれを聞き返す前にアカネは立て続けに言葉を紡ぐ。
「私の名前は日向アカネです」
「……日向一族か」
だが聞いた事はない名前だ。やはりさっきの感覚は気のせいかと自来也が思い直したところで、アカネがチャクラを練り始めた。
「ぬう!?」
「力があれば大蛇丸について聞いても問題はないでしょう? さあ、試してみなさい!」
有無を言わさぬアカネの圧力が自来也を襲う。
その圧力を間近で受けた自来也は、無意識に反応して攻撃を選択していた。
――火遁・炎弾!
(しまったァ! あまりのプレッシャーについ!)
アカネが放ったプレッシャーにより防衛本能が刺激されたのだ。アカネに今まで敵意がなかったのも原因だろう。急なプレッシャーに咄嗟に動いてしまったのだ。
自来也の口から炎の塊が吐き出される。自来也の使う火遁の術の中では弱い部類の術だが、それでも人間一人を殺すには十分な威力だ。
だが、その人間を殺すにたる威力の炎弾は、身じろぎ一つしていないアカネの目の前で消し飛んだ。
「な、なんじゃとぉッ!?」
避けるなら忍として合格だ。当たれば忍としては落第点だ。耐えられずに死ねば忍失格だろう。防ぐならば状況によるが一流とも二流とも取れる。だが、かき消すとなれば忍としてどの程度の実力と評せばいいのだろうか。
(チャクラの放出で炎を消し飛ばしたのか! 日向の回天ではなく、部分的に放出したチャクラのみで! 何という奴だ!)
「ついでだ。お前の実力がどれ程上がっているかも試してやろう」
「ぬぅ!? 舐めるなよ小娘! 北に南に西東!
自来也は大仰なポーズを取り見栄を切る。それが勝負開始の合図となった。
うちは壊滅? そんなもの、うちにはないよ。
アカネにより起こった木ノ葉の変化。
うずまきナルト……九尾の被害が殆どなかった為原作よりも多少は迫害が抑えられている。だがやはり両親がいない事や四代目の子であると隠されている事、そして九尾の人柱力である事が理由で迫害自体は受けている。
うちは一族……二代目の死亡次期がずれた為に三代目とダンゾウに教育が行き届き、原作での二人の不和がなくなる。そのおかげで滅ぶ事なく今も木ノ葉の警備部隊としてエリート街道まっしぐら。日向と比較的仲が良い。
うちはイタチ……うちは一族がクーデターを目論んでいなかったので今も普通に木ノ葉の忍となっている。そもそも暗部に入ってない。そのせいか実力は若干だが原作より劣る。それでもうちは最強の一人。
うちはサスケ……イタチが一族皆殺しなんてしてないのでお兄ちゃん大好きっ子のまま。でも兄に対する多少のコンプレックスはある。兄に追いつきたくて必死に努力している。原作は原作で兄を殺す為に必死に努力していたので実力差はなし。
うちはシスイ……うちは一族がクーデターを目論んでおらず、ダンゾウも暴走していないので今も普通に生きている。その腕と人格から火影の右腕に選ばれた。うちは最強の一人。
うみのイルカ……九尾が里を攻撃していないので両親は顕在。アカデミーの教師として立派に働いている。原作と同じくナルトの理解者にして恩師。
大蛇丸……木ノ葉から逃げる際原作と違い三代目に本気で狙われ命からがら逃げ延びる。そのせいで三代目に結構恨みを持っている。イタチが里抜けしていないから今でも暁の一員。
猿飛ヒルゼン……殆ど原作と変わっていないが、原作よりも若干現実主義になっている。それでも理想家である事は変わらず、ダンゾウといい感じにバランスを取っている。大蛇丸を可愛がっていたがあまりに非道に走った為、悲しくはあるが処分を断じた。
志村ダンゾウ……原作と乖離しまくりの人物。二代目の思想を履き違える事なく受け継いだので里の為に里の人間を無闇に犠牲にする事がなくなった。と言っても本当に必要ならそうする覚悟もある。ヒルゼンと二人でいい感じのバランス。裏の火影。五代目就任の声も上がったが裏に徹したいから断っている。まさにDANNZOU。
日向ネジ……父親が死ななかった為原作と違い宗家への恨みはない。ヒナタの事も才能はないと思っているが蔑むような事はしない。アカネに対してライバル心を持っており必死に努力しているが、原作も宗家憎しと必死に努力していたので実力に差はない。
日向ヒアシ……性格など原作と殆ど変わってないが若干丸くなった。弟との関係は良好。実力も原作よりも伸びており日向最強(アカネを除く)の一人。
日向ヒザシ……アカネが色々したせいで生き延びた。兄との関係も良好になり宗家への恨みも薄れている。日向最強(同上)の一人にして火影の左腕となっている。
日向ヒナタ……性格は原作と殆ど変わっていない。ネジとの関係は良好となっている。アカネの事を姉と呼び親しんでいる。原作と変わらずナルトの事が大好き。
日向ハナビ……特に変化なし。強いて言うならばアカネの事を父も認める強者として自身も認め尊敬している。出番? はははこ奴め。
他にも変化のある人物はいるけどそれはまだ秘密。