どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

67 / 108
BLEACH 第六話

虚閃(セロ)! 虚閃(セロ)! 虚閃(セロ)! 王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)ォォ!!」

「出力が足りん! 連射が遅い! 溜めが長い! お、最後のは中々いいぞ! もういっちょこい!」

「もうやだこいつ!!」

 

 クアルソとルピが修行開始してから数時間。ルピは早くも音を上げていた。

 何をしてもどれだけ攻撃しても通用せず、あげくに虚閃(セロ)ばかりか十刃(エスパーダ)のみに使用を許されると言われている最強の虚閃(セロ)王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)まで片手で相殺される始末だ。

 対して、どう見ても手加減しているだろうクアルソの攻撃をルピは防ぐ事が出来なかった。致命傷を避け、一つ一つの動きを確認するかの様に丁寧に行われる攻撃の数々。おかげでルピの肉体は無事だが、その精神はボロボロだった。

 

 そんなルピがクアルソに完全に屈服するには然して時間は掛からなかった。

 

 

 

「クアルソ様ー、次は何をすればいいでしょう?」

「お前変わり過ぎじゃね?」

 

 殺してやる! からのこの変化である。流石のクアルソもこれには舌を巻いた。

 

「長い物には巻かれろな主義なんでー」

 

 そう。自分と然して変わらない、極端な差がない相手や立場や実力が低い相手は見下し貶すが、その逆の相手には逆らわずに頭を垂れる。長生き出来るのか出来ないのか解らないルピの処世術である。

 クアルソもこれには戸惑ったが、まあ言う事を聞いてくれるからいいかと思う事にした。修行開始時は何でこんな事するんだと不満タラタラだったから尚更だ。

 

「じゃあ、次は全力で霊圧を放出し続けてみよう」

「それで強くなれるんですかクアルソ様?」

「さあ? やってみなければ解りませぬ」

 

 そう、クアルソは修行すると言ったが、実際はこの世界の、破面(アランカル)の修行方法を良く知らなかった。

 純粋な技術の上昇や、新たな技術の発展。これらならばまだ解る。だが、この方法で霊圧の最大値が上がるのか、出力が上がるのか。それはクアルソにも解らない。もしかしたら見当違いな修行法なのかもしれない。

 だからこそ、やってみなければ解らないのだ。少なくとも、今までの世界ではこれと同じ様な方法で力の出力が上がった経験は多くあった。ならば、試してみる価値はあるだろうという判断だ。

 

「取り敢えずこの方法で倒れるまで修行ね。その後は霊力を回復させてから技術向上の修行だ。オレ達破面(アランカル)にとって霊力向上は身体能力向上と同義。上手く行けば霊圧・霊力・身体能力が上がり、技術も向上する! 良い事尽くめだ!」

「まあ、取り敢えずやってみますけどね……」

 

 圧倒的強者が決めた事だ。従わずに不評を買って痛い目を見るよりは、取り敢えず従った方がマシだと考え、ルピは全力で霊圧を放出する。

 全力での霊圧放出はともかく、放出し続けるのはそれなりに疲れる行為だ。全力で走り続けると誰しも息が切れるだろう。それは十刃(エスパーダ)の一人と言えど同じであった。

 

「く、結構これくるね……って、か……ひゅぅ……!」

 

 しばらく霊圧を放出していると、意外な疲労感を感じ始めたルピに突如異変が起こった。まるで強大な何かに圧し潰されているかのように大地に倒れ伏し、そして呼吸もままならない状態に陥ったのだ。

 

「あ、ごめん。近すぎたか」

 

 そう謝りつつ、クアルソは霊圧を抑えてルピに近付いていく。そう、先程のルピの惨状は文字通りクアルソの強大な霊圧に圧し潰された結果だった。

 ルピが霊圧上昇の修行を行っている間、クアルソもまた一人で出来る修行である霊圧上昇の修行をしていたのだ。他人に効果不明の修行をやらせておいて、自分はしないなどという真似はしたくなかったのだ。二人でやれば効果の程も把握しやすいというのも理由にあったが。

 ルピに影響が行かないようある程度響転(ソニード)で距離を取っていたつもりだったが、それでも今のクアルソの全力の霊圧はルピに大きな影響を与えたようだ。

 

「し、死ぬかと思った……! ていうか、何なんですか今の! 何か重たいものに潰されそうになったんですけど!?」

 

 クアルソの霊圧から解放されたルピは、流石に原因であるクアルソに食って掛かった。上下関係は頭に入れているが、それでも我慢の限界というものはある。それに、クアルソがそう簡単に他人を害さない性格だと理解しているのもあるだろう。 

 

「あー、悪い。オレも同じように霊圧を全力で解放してさ。そしたらこうなった。もっと離れてからやるべきだった。今は反省している」

 

 まるで反省しているのかしていないのか解らない口調だったが、そんな事はルピには気にならなかった。

 ルピが気になったのは一つ。先程の重圧の正体が霊圧だったという事だ。

 

「霊……圧……? 嘘だろ……霊圧なんて微塵も感じなかったぞ……!」

 

 そう。ルピは先程の重圧から、クアルソの霊圧を全く感じていなかった。それは何故か。その答えは、ルピの言葉に原因を解析しようとしているクアルソから聞かされた。

 

「うーん……推測だけど。オレの霊圧が強すぎて霊圧を霊圧と感じ取れなかった、とかかな?」

「なん……だって……!?」

 

 クアルソの何気ない説明にルピは震える。そう、先程の圧力にクアルソの霊圧を感じなかったのは、クアルソとルピの霊圧の間に次元を隔てる程の差が有る為だ。

 圧倒的な差がある故に霊圧を感じられない。だが、感じられないだけで実際には霊圧を放っている。その為、圧倒的な圧力のみがルピを襲っていたのだ。弱い魂魄だったら近付いただけで消滅していただろう。この程度で済んでいたのは流石は十刃(エスパーダ)だと言えた。

 

 ――藍染様の霊圧だって感じるくらいは出来たぞ! こいつ……もしかして藍染様以上なんじゃ――

 

 そう内心で驚愕するルピ。そしてますますクアルソに対して逆らわないと決めた。これ以降、更にルピのクアルソに対する態度は畏まった物へと変化していく事になる。

 

 

 

 

 

 

 二人の修行は続く。近接技術の向上、霊力技術の向上、固有能力の向上、そして霊圧の上限を上げる為の修行も続いていた。

 クアルソが全力で霊圧を解放するとルピはまともに修行する事が出来ないほどの圧力を受ける。その問題点は、クアルソの固有能力によって改善された。

 その固有能力の名前は【天使のヴェール】。クアルソには全くといっていいほど似合わないその能力名だが、クアルソが遥か過去、前世で女性であった頃に作り出した能力なので仕方ない。

 その能力はこの世界に適応し、今もクアルソに引き継がれている。【天使のヴェール】の効果は、発動しているとクアルソ本来の霊圧を知覚出来ない様に隠し、あたかも一般人と変わりないごく普通の霊圧に見せかけるというものだ。クアルソの次元違いの霊圧の圧力すら隠す事が出来る優れものの能力である。

 この能力はデメリットとして発動中の霊力の消費が通常時の十倍に膨れ上がるのだが、おかげでルピは圧力を感じる事もなくクアルソの側で修行に励む事が出来るようになった。

 

 二人が修行を始めてから十日。その十日間で、ルピの実力は以前よりも上昇していた。

 

「はぁっ!」

 

 解放状態のルピが8本の触手を自在に操りクアルソに攻撃を仕掛ける。

 その攻撃速度は以前よりも速く鋭く、そして重くなっていた。それはルピの霊圧が以前よりも上昇している事と、触手一つ一つの操作練度が上がっている為だ。

 8本の触手があるという事は、普通の死神や虚・破面よりも手数が多いという事だ。それを活かさない手はない。クアルソはルピに触手1本1本をより自在に、より強靭に操れる様に修行を課したのだ。

 もちろんルピが今までにそんな修行をしていなかった訳ではないが、破面(アランカル)という存在自体が生まれて然程の時間が経っていない存在だ。特に藍染が崩玉を制御してから破面になった者は一年も経っていない。

 つまり、ルピ――多くの破面もだが――の解放状態の能力はまだまだ練度不足なのだ。少ない期間でもそれなりの向上は見られるだろう。それがクアルソという修行の鬼が相手なら尚更だった。

 

「いい感じだぞルピ! 8本の触手を絶え間なく使って相手に反撃の隙を与えるな!」

 

 クアルソもルピの成長を感じて喜んでいた。弟子が成長する姿を見るのが師として一番の喜びと言っても過言ではない。

 まだまだ荒削りな点も多く、精神的にも未熟なルピだが、逆に言えば成長の余地が多く残されているという事だ。十刃(エスパーダ)クラスともなればその才能も並大抵ではない。磨き上げればどれ程の強者に至れるか、それを想像すると笑みが零れるクアルソであった。

 

「いい感じって……! 全部避けられてるんですけどね!!」

 

 クアルソからのお褒めの言葉だったが、ルピとしては納得出来なかった。ルピの言う通り、どれだけ速度を上げても、どれだけ力を籠めても、どれだけ奇を衒っても、全部避けられてしまう。まるで当初の戦闘の焼き直しを見ているようだった。

 ルピは確かに成長している。以前のルピが万全の状態のグリムジョーと全力でぶつかり合えば、ルピの勝率は一割もなかっただろう。だが、今ならば三割程度まで勝率は上がっていた。短い期間での修行成果としては上等だろう。残念だが、短期間の修行で数倍強くなれるのは主人公やそれに連なる者くらいなのだ。

 

「いやいや、確かに強くなってるって! 手数が多いからルピ一人でも全方位攻撃に対する修行が出来るし、連れて来て本当に良かったよ」

 

 等と嬉しそうに告げるクアルソ。嬉しい理由の半分は自分の為である。もちろん残り半分は先ほどもあったようにルピの成長に関してだ。まあ、それも自分の為に成長させている点があるので、何とも言えないが。

 それを何となくルピも理解しているのか、強くなっているのは嬉しいが何か癪なのでクアルソにも秘密にしていた技を放った。

 

 ――虚閃(セロ)!――

 

「おお!?」

 

 ルピの攻撃にクアルソは驚きを顕わにした。ルピが放った技は虚閃(セロ)だ。だが、ただの虚閃(セロ)ではない。溜めを限りなく少なくし、声も出さず、複数の触手から同時に虚閃(セロ)を放ったのだ。

 以前のルピは触手から虚閃(セロ)を放つ事は出来なかった。だが、クアルソは全身のどこからでも虚閃(セロ)を放つ事が出来る。だからクアルソはルピに問うた。触手から虚閃(セロ)は出せないのか? と。

 そう問われた当初は無理だと答えたルピだったが、無理だったら仕方ないね、で済ませてくれる程優しいクアルソではない。二度目だが、クアルソは修行の鬼なのだ。出来ないなら出来る様になればいいだけだと、ルピに触手からも虚閃(セロ)を放てる様に修行を課した。こういう感覚でルピの修行は日々増えている。

 

 そうしてルピが意識して触手からの虚閃(セロ)を修行していると、少しずつだが触手から虚閃(セロ)を出す事が出来る様になっていった。威力は低く、全ての触手から出せる訳ではないが、出来ると出来ないでは大きな違いだ。

 もちろんルピが触手から虚閃(セロ)を放てる様になったのはクアルソも知っている。クアルソが修行をつけているのだから当然だ。ならば何故クアルソは触手からの虚閃(セロ)に驚いたのか。

 それはルピが無音で、しかもほぼ溜め無しで虚閃(セロ)を放ったからだ。虚閃(セロ)は大虚以上の虚や破面の代名詞とも言うべき技だ。当然十刃の誰もが虚閃(セロ)を放つ事が出来る。

 その威力はそれぞれ違うが、ほぼ全ての虚閃(セロ)の使い手で共通する点がある。それが構えと溜めの時間だ。手や口など、虚閃(セロ)を放つ箇所は各々違うが、大抵の者が放つのに使用する箇所で構える。口からなら口を開き、手ならば手をかざす。そして一瞬の溜めを必要としている。溜めに必要な時間は各々違ってくるが、そこは熟練度の差なのだろう。

 中には構えも溜めも必要としない者もいるが、本当に極少数しか存在しない。そんな攻撃をルピが放ったのだ。クアルソもここまで成長しているとは少し予想外だったようだ。

 もっとも、予想外なのはそこまでだったが。

 

「はぁっ!」

「はぁっ!?」

 

 奇しくも二人の口から出た言葉は同じだった。イントネーションや意味合いは大分違うが。

 クアルソは気合の、そしてルピは驚愕の叫びだ。ルピの驚愕は至極当然のものだ。必殺……とまではいかないと理解しているが、それなりに自信のあった複数の虚閃(セロ)による全方位攻撃が、クアルソの気合一閃により一瞬で掻き消されてしまったからだ。

 

「ちょっと! それはないでしょうクアルソ様ぁぁ!?」

「いやいや。いい攻撃だったよ? ここまで出来るようになっているなんて驚いたし。でも溜め時間が全くない訳じゃないし、溜めを削るのに集中し過ぎて威力が伴ってない。それに8本の触手全部じゃなくて4本からしか出てないのもいただけない」

 

 駄目出しの嵐である。自信があった攻撃なだけに、ルピの精神はカキ氷にされる氷の様に削れていった。

 

「まあ要練習だよ。さっき言った欠点が改善されたらかなり有用な技になるはずだ。だから落ち込まずに修行に励む事だ」

 

 クアルソの言葉に嘘はない。伸縮自在な8本の触手が全方位を覆い、その触手全てから虚閃(セロ)が溜め無しで放たれる。相手からしたら脅威だろう。

 全ての欠点が改善されたら、触手から放つ虚閃(セロ)王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)にできればもっと素晴らしい技になると、クアルソはまだ見ぬ未来を思い描いて笑みを浮かべる。ルピの全身に寒気が走った。まるで更なる修行地獄を味わう未来を垣間見たかのようだ。

 

「まだ修行不足ですかぁ……」

 

 そうしてルピが終わりの見えない修行を思いどんよりとしていた時だった。

 

「!?」

「……? どうかしたんですかクアルソ様?」

 

 突如として、クアルソがあらぬ方角に振り向き、険しい顔をする。そしてその反応に困惑するルピを他所に探査回路(ペスキス)を全開にした。そして……虚夜宮(ラス・ノーチェス)で起こっている異変を察知した。

 

「ルピ! 虚夜宮(ラス・ノーチェス)に戻る! 先に行くぞ!」

「え? ちょ、ま――」

 

 ルピの制止の声を聞き終える事もなく、クアルソは全力の響転(ソニード)にて虚夜宮(ラス・ノーチェス)を目指す。その場に一人残されたルピは悪態を吐きつつも、クアルソを追いかけて虚夜宮(ラス・ノーチェス)に向けて響転(ソニード)で移動し始めた。

 

 クアルソが探査回路(ペスキス)を全開にする前に感じ取ったのは霊圧だった。それもただの霊圧ではない。十刃(エスパーダ)でも類を見ない程の霊圧だったのだ。霊圧の質からウルキオラであると判断したクアルソは、虚夜宮(ラス・ノーチェス)で一体何が起こっているのかと探査回路(ペスキス)を全開にした。

 そして虚夜宮(ラス・ノーチェス)で幾つかの霊圧がぶつかり合っているのを感じ取る。つまり、戦闘が起こっているのだ。しかもウルキオラが遠く離れたクアルソに届くまで、戦闘用の霊圧を高める必要がある程の戦闘がだ。

 クアルソの霊圧感知の範囲は非常に広い。探査回路(ペスキス)を使わずともかなりの広範囲の霊圧を感知することが可能だ。だが、それでもここから虚夜宮(ラス・ノーチェス)までは遠すぎて、流石に霊圧を感知することは出来ない。そうだと言うのにウルキオラの霊圧を感知出来てしまったという事は……。そう考えた瞬間、クアルソは虚夜宮(ラス・ノーチェス)に向けて移動した。

 

 ――虚夜宮(ラス・ノーチェス)で一体何が――

 

 戦闘が起こっているのは確かだが、その原因まではクアルソも解らない。死神や死神とは違う霊圧――特殊な力を持つ人間――を持った者達が破面(アランカル)と戦闘している様なので、彼らに攻め込まれたという可能性が一番高いだろうが、確証はない。結局は直接見てみない限り判断出来ないだろう。

 

 そんな風にクアルソが考えている時だった。

 

「!?」

 

 クアルソの探査回路(ペスキス)にウルキオラを更に超える霊圧の塊が感知された。死神とも破面(アランカル)とも違う、どちらかと言えば(ホロウ)に近しい禍々しい霊圧。その霊圧の持ち主がウルキオラと戦っている。

 

 そして、クアルソの遥か前方にて信じ難い規模の爆発が起こった。

 巨大な爆発は虚夜宮(ラス・ノーチェス)に程近い場所で起こっていた。クアルソがいる場所から、虚夜宮(ラス・ノーチェス)の姿を視認する事は出来ない。だというのに、その爆発は視認出来ている。それだけ爆発が巨大だという事だ。

 もちろん虚夜宮(ラス・ノーチェス)の方が圧倒的に広大だが、爆発は虚夜宮(ラス・ノーチェス)の高さを上回る規模の為、クアルソでも視認出来たのだ。

 爆発から感じられる霊圧から、これを起こしたのはウルキオラだと思われた。

 

「おいおい。やばいなこれ……」

 

 クアルソが危険だと思ったのは爆発の規模や威力に関してではない。その理由は、これ程の力を持つウルキオラが、敵対しているだろう強大な何かによって致命傷を受けた事を感知したからだ。

 ここから間に合うのか。そう思いつつ、クアルソは全速力で虚夜宮(ラス・ノーチェス)に向かう。

 

 

 

 

 

 

 今、虚夜宮(ラス・ノーチェス)には複数の侵入者が入り込み、多くの被害を受けていた。

 侵入者は五人。人間にして死神の力を手に入れ、今や隊長格と互角以上の力を有するようになった黒崎一護。

 滅却師(クインシー)と呼ばれる、死神とは異なる(ホロウ)を滅する戦闘集団、その数少ない生き残りである石田雨竜。

 黒崎一護の友であり、死神とも滅却師(クインシー)とも異なるある種の力を発現させた男、茶渡泰虎。

 そして彼らを助ける為に、死神である朽木ルキアと阿散井恋次も虚圏(ウェコムンド)に侵入し、一護達と合流していた。

 

 (ホロウ)と敵対しており魂魄の存在である死神とは違い、現世で暮らす人間である三人が(ホロウ)の蔓延る虚圏(ウェコムンド)まで赴き、破面(アランカル)の総本山とも言える虚夜宮(ラス・ノーチェス)に攻め込んだ理由。

 それは、彼らの仲間である井上織姫という女性が破面(アランカル)に連れ去られてしまったからだ。井上織姫を助ける為に、彼らはたったの三人で、無数の(ホロウ)破面(アランカル)が蔓延る虚夜宮(ラス・ノーチェス)に攻め込んだのだ。

 

 井上織姫が破面(アランカル)に連れ去られた理由。それはもちろん藍染の命令の為だ。藍染の命令により、第4十刃であるウルキオラ・シファーが織姫を現世から連れ去ったのだ。その際、少々小細工を弄したが、それはここでは省こう。

 何故藍染は織姫を連れ去ったのか。それは彼女の特殊な力が要因だ。その力とは、【事象の拒絶】。それは人間が持つにはあまりにも過剰な力だった。

 対象に生じたあらゆる事象を限定し、拒絶し、否定する。それが織姫の力だ。何事も起こる前の状態に帰す事が出来る能力。神の定めた事象の地平を易々と踏み越える、神の領域を侵す能力だと、藍染は織姫の力を評した。

 例え対象の肉体が欠損していても、その事実を拒絶し否定することで、肉体が欠損していない状態へと帰す。完全に消滅した肉体の一部を元に戻す事は、人間とは異なる技術力を有する死神や破面(アランカル)ですら困難だ。それを容易く行える織姫に、藍染は興味を示したのだ。

 

 だが、その能力が織姫を攫った最大の理由ではなかった。あくまでも建前上の理由でしかないのだ。

 藍染が織姫を攫った最大の理由。それは井上織姫を餌として、虚圏(ウェコムンド)尸魂界(ソウル・ソサエティ)の戦力を幽閉させる為だ。

 尸魂界(ソウル・ソサエティ)上層部は織姫の能力の重要性を理解していた。だからこそ、織姫が拉致された事に上層部は危機感を抱いた。その為尸魂界(ソウル・ソサエティ)の上層部は現世ではなく、尸魂界(ソウル・ソサエティ)の守りを堅めさせる判断を取った。

 さらに、織姫を助ける為に一護達が虚圏(ウェコムンド)にやってくる事も当然藍染の計画通りの動きだ。一護の戦闘能力は尸魂界(ソウル・ソサエティ)も戦力として数える程に強大だ。その一護をここで隔離する事で、尸魂界(ソウル・ソサエティ)側の戦力は大きく削れただろう。

 

 それだけではない。数多の破面(アランカル)を有する藍染側の戦力は強大だ。それは尸魂界(ソウル・ソサエティ)も理解している。如何に一護やその仲間達が強いとはいえ、少数でそんな処に攻め込めばどうなるかは火を見るより明らかだ。

 それを覆す為、死神達も信頼出来る戦力を虚圏(ウェコムンド)に送り込み、一護達に加勢した。その戦力こそが、四人の隊長と三人の副隊長だ。彼らの加勢により、窮地に陥っていた一護達は九死に一生を得た。

 だがそれすら藍染の計算の内だった。藍染の予想通り、織姫の仲間である黒崎一護含む戦力は虚圏(ウェコムンド)に侵入し、それを助ける為に隊長格もやって来た。後は彼らが虚圏(ウェコムンド)に侵入する為に使用した特殊な穴、黒腔(ガルガンタ)を塞ぐだけだ。

 黒腔(ガルガンタ)は現世や尸魂界(ソウル・ソサエティ)虚圏(ウェコムンド)を繋ぐ穴だ。その穴を開け、固定するのは本来(ホロウ)破面(アランカル)の待つ能力である。それを死神の中でも最高峰の技術と知識を持つ浦原喜助が解析し、実用に至った物を使用して一護や隊長達は虚圏(ウェコムンド)までやって来た。

 つまり、黒腔(ガルガンタ)を塞げば彼らは現世や尸魂界(ソウル・ソサエティ)に戻る手段を失うという事だ。そして黒腔(ガルガンタ)に関する技術で藍染に勝る者は死神にはいない。(ホロウ)破面(アランカル)の主である藍染だ。それらの技術に関して死神よりも一日の長があるのは当然の事だろう。

 攻め込んだ隊長格の中には浦原喜助に匹敵する技術の持ち主もいるので、いずれは黒腔(ガルガンタ)を解析して再び開く事も出来るだろう。だが、足止めには十分だった。

 

 虚圏(ウェコムンド)に足止めした四人の隊長。そして、藍染含む尸魂界(ソウル・ソサエティ)から離反した三人の隊長。つまり、尸魂界(ソウル・ソサエティ)側の戦力から隊長が七人減少したという事になる。十三人の中から七人だ。半減したと言ってもいいだろう。

 自身にとって非常に有利な状況を作り出し、藍染は部下を伴って現世に赴く。藍染が赴いた現世の場所は空座(からくら)町。そこは黒崎一護達の育った町だ。藍染が強大な戦力を有する部下を伴ってまで空座(からくら)町に赴いたのは、空座(からくら)町が特別な町だからだ。

 藍染の目的――正確には目的に至る手段――は王鍵の創生にある。王鍵とはその名の通り王家の鍵だ。尸魂界(ソウル・ソサエティ)には霊王と呼ばれる絶対的な存在がいる。その霊王が存在する特殊な空間に到る為の鍵、それが王鍵だ。

 何故そのような鍵を藍染が欲しているのか、それはここでは問題ではない。問題は、王鍵を作り出す為に必要な材料だ。その材料とは、十万もの魂魄と、半径一里に及ぶ重霊地。重霊地とは現世で最も霊なるものが集まり易く、霊的に異質な土地をそう呼称している。

 その二つを有する場所こそ、空座(からくら)町なのである。そう、藍染は空座(からくら)町とそこに住む十万を超える人間を材料とし、王鍵創生を行おうとしているのだ。

 

 藍染の策により多くの戦力を削られた尸魂界(ソウル・ソサエティ)だが、当然藍染の良いようにやられてばかりではない。尸魂界(ソウル・ソサエティ)が誇る最高の科学者達により、空座(からくら)町全土を人々ごと尸魂界(ソウル・ソサエティ)に一時的に転送させていた。その際住人達は特殊な力で強制的に眠らされている。少しでも混乱を防ぐ為だ。

 そして偽の空座(からくら)町を作り出し、現世の空座(からくら)町と移し替える。これにより偽の空座(からくら)町にて護廷十三隊全隊長格を戦闘可能とし、藍染を待ち構える事に成功したのだ。

 尤も、藍染は偽の空座(からくら)町だと理解した上で、現世に赴いていたが。藍染にとっては彼らを殲滅してから尸魂界(ソウル・ソサエティ)に移動し、尸魂界(ソウル・ソサエティ)にある空座(からくら)町にて王鍵創生を行えばいいだけの話だ。

 そうして、偽の空座(からくら)町で相対した護廷十三隊と藍染達は戦闘を開始した。

 

 一方、虚夜宮(ラス・ノーチェス)でも戦闘は続いていた。織姫を助ける為の戦いはまだ終わっていないのだ。

 一護は織姫を助ける為の最後の関門であるウルキオラと死闘を繰り広げていた。いや、死闘ではない。一方的な蹂躙と言い換えよう。それ程に、一護とウルキオラの間には差があった。絶望的なまでの差が。

 一護は強い。死神として純粋な戦闘力で護廷十三隊の中でも一護に勝てる者は極僅かだろう。それだけでなく、一護は虚化と呼ばれる力も有していた。(ホロウ)が死神の力を手に入れて破面(アランカル)に至るように、死神もまた虚の力を手に入れて更なる領域に至る事が可能なのだ。尤も、多大な危険性を孕む力だが。

 その力を以ってしても一護はウルキオラに圧倒されていた。卍解しても、虚化しても、ウルキオラを相手に勝ち目はなかった。それ程までに、ウルキオラの帰刃(レスレクシオン)は圧倒的だった。

 

 一護は健闘していると言えた。かつては虚化を用いても通常状態のウルキオラを相手に掠り傷を負わせるのが限界だったのが、今はウルキオラに刀剣解放を使わせているのだ。その成長力には目を見張るものがあった。

 だが、健闘では駄目なのだ。一護は全力を出している。対してウルキオラはそうではない。そう、ウルキオラはまだ全力ではなかった。クアルソが十刃を紹介された時に探査回路(ペスキス)にて感じ取った力。それを残しているのだ。

 その力こそ、破面(アランカル)の中でウルキオラのみが到達した領域。帰刃(レスレクシオン)の二段階目の解放、帰刃(レスレクシオン)第二階層(セグンダ・エターパ)である。

 

 死神における卍解に当たるのだろうか。死神が斬魄刀を始解する事でその力を解放し、卍解によって真の力を引き出すように、破面(アランカル)もまた帰刃(レスレクシオン)によってその力を解放し、帰刃(レスレクシオン)第二階層(セグンダ・エターパ)によって真の力を引き出すのが本質なのかもしれない。

 勿論ウルキオラのみが辿り着ける特別な領域なのかもしれない。だがそれはここでは関係ない話だ。少なくとも、一護やウルキオラにはどうでもよい考察だろう。

 ウルキオラの更なる力の解放により、一護とウルキオラの間にあった力の差は更に開いた。元々帰刃(レスレクシオン)状態でも勝ち目がなかった程の実力差だ。それが更に開いたとなれば……。

 

 程なくして、一護は敗れた。その胸に巨大な孔を空けられて、無残に大地に転がった。

 側に駆け付けた織姫が一護を助けようとする。その時間稼ぎを雨竜がしようとする。だが、全ては無意味だ。純粋な戦闘力では一護が仲間内で一番高い。その一護が手も足も出なかった敵を相手に、雨竜がどれだけの時間を稼げるというのか。

 織姫は凄惨な姿で倒れる一護を見て動転していた。一護なら勝ってくれると信じていた。こんな結果も有り得る事から目を背けていた。だが、真実は残酷だった。

 ウルキオラの強大な霊圧によってつけられた傷は、その霊圧が傷口に残されているため限定しにくい。その為、事象の拒絶は効果を及ぼし難い。それが織姫の力の欠点だ。いや、そもそも一護を治せた所でどうなるというのか。圧倒的な力を誇るウルキオラを相手にまた戦い、また死の淵に追いやるのか。

 そうして織姫が混乱し、一護を回復させられないでいる間に、雨竜が追い詰められる。どうしたらいいのか分からない。そんな織姫がした事は……一護に助けを求める事だった。

 

 死の淵にいる一護に助けを求めたところで意味はない。それは織姫も理解している事だ。だが、それでも助けを求めた。求めてしまった。織姫にとって一護は誰よりも頼れる男だったのだ。気丈だが、まだ高校生の少女がこの状況で動転しても仕方ないだろう。

 そして……死に瀕していたはずの一護が……織姫の叫びに応えた。

 

 死神の虚化は危険を孕んでいるとあった。その危険とは文字通り虚化だ。(ホロウ)の力を制御しきれず、理性を失い(ホロウ)そのものになってしまう危険性があるのだ。

 虚化はそれほど危うい綱渡りの上にある力だ。完全に制御出来る者は仮面の軍勢(ヴァイザード)と呼ばれる虚化を使いこなす集団にもいない。彼らも虚化を使いこなしてはいるが、虚化可能時間には限界がある。限界を超えると虚化の証である仮面は消滅し、元に戻ってしまう。それでも無理に虚化しようとすれば暴走してしまう可能性もあるだろう。

 一護も同様だ。これまでにも一護は幾度も(ホロウ)の力に翻弄され、暴走しかけた事がある。仮面の力を制する為とはいえ、実際に暴走した事もある。

 そして今もまた、(ホロウ)の力を暴走させてしまった。織姫の、助けてという叫びに反応して。

 

 暴走した一護は強かった。あのウルキオラを相手に圧倒する程の強さを発揮したのだ。

 ウルキオラが暴走した一護を倒す為に放った技――クアルソが見た爆発の原因――を片手で抑え込み、(ホロウ)にしか放てないはずの虚閃(セロ)を放ち、ウルキオラをあっという間に瀕死に追いやった。

 ウルキオラは一護に出来た一瞬の隙を衝き、虚化した一護の頭部に生えた角を切り落とし反撃に成功するが、それが限界だった。反撃の衝撃により一護の暴走は収まり、そればかりか虚化の影響による超速再生によって一護は傷が完全に癒えた状態で復活する。

 対してウルキオラの肉体は見る影もなかった。見た目だけで言えば超速再生によってある程度再生しているように見える。だが、虚化した一護の虚閃(セロ)によりウルキオラの内臓の大半は消し飛ばされていた。ウルキオラの超速再生では内臓の再生は不可能だ。つまり、ウルキオラの命は風前の灯火だった。

 

 ウルキオラにはもう歩く力すらなく、肉体は徐々に塵と化して行く。もはや死は免れない。だからこそ、完全な決着をつけるべく、ウルキオラは一護に自身を斬り殺すように告げた。

 それを見て、一護は慟哭する。こんな勝ち方があるか、と。自分の意思ではない、暴走して意識を失った(ホロウ)の力で手に入れた勝利に憤慨しているのだ。

 そんな一護を見てウルキオラもまた苛立っていた。どこまでも思い通りにならない一護に対し、ウルキオラは感情を顕わにしていた。虚無を司るウルキオラに感情の起伏は殆どなかった。だが、一護や織姫と接し戦っていく内に、徐々に変化が起こっていたのだ。

 ウルキオラは心というものに興味を示していた。自分にはなく、他人にはあるもの。目に視える事のない不確かなもの。胸を引き裂けば視えるのか、頭蓋を砕けば視えるのか。ウルキオラには理解出来なかった。

 だが、死の間際にてようやく理解出来た。恐怖の対象でしかないはずの自身に対し、それでも手を伸ばしてくる織姫。そこにあるのが心だと感じ取り……ウルキオラは消滅した。

 

 

 

 

 

 

 ウルキオラが消滅した後、一護は織姫の治療を受けている途中で慌しく戦場に戻る。虚夜宮(ラス・ノーチェス)では一護の仲間が未だに戦っており、窮地に陥っていたのだ。それを助けるべく一護は霊圧の回復もままならないままに仲間の元に駆けた。

 一護がいなくなった戦場跡。そこで織姫は傷ついた雨竜の傷を癒そうとする。雨竜は腹部に刺傷と左腕欠損の重傷を負っていたが、織姫の力ならば元通りに回復可能だ。

 

「ごめんね石田くん。すぐに治せなくて」

 

 織姫の事象の拒絶ならば死者の復活すら可能だが、雨竜の傷口にはウルキオラや暴走一護の強すぎる霊圧が残っている。その霊圧が障害となって、織姫の力が効果を及ぼし難いのだ。

 時間を掛ければ問題ないのだが、織姫は治療に時間が掛かる事で雨竜に負担を強いてしまっていると気にしているのだ。

 

「謝る必要はないよ井上さん。治療されている身としては感謝の言葉しかないよ。ありがとう」

 

 雨竜は織姫の心の負担を取り除く言葉を掛ける。もちろん本心からの言葉だ。

 多少時間は掛かるが、左腕の欠損と腹部の刺傷が傷跡も後遺症もなく治るのだ。これでどうして治療する側の人間が謝るのか雨竜には分からないくらいだ。

 織姫は優しい、いや、優しすぎるのだ。本来ならこんな場所にいるべき人ではないだろう。争い事に関わらず、友や仲間に囲まれて、穏やかな人生を過ごすべき人間だろう。

 だが、そうはならなかった。様々な要因により、織姫は幼い頃から穏やかとは言い難い人生を送っていたし、今こうして普通の人間なら絶対に関わらない世界に関わってしまっている。

 そしてそれを織姫当人は後悔していない。欠片たりともだ。むしろ、大事な仲間がこんな世界に関わっているのに、それを知りながら無関係に生きる方が織姫は後悔するだろう。優しく、そして芯が強い。それが井上織姫という女性だった。

 

「みんな、大丈夫かな……」

 

 雨竜に治療を施しながら織姫が呟く。織姫の言う皆とは、虚圏(ウェコムンド)まで織姫を助けに来てくれた仲間達の事だ。その中には当然一護も入っている。

 一護が彼らを助けに行ったが、その一護もまた万全の状態ではない。織姫は傷を癒す力には長けているが、失った霊圧を回復させるのは苦手としていた。それも時間があれば問題ないのだが、その時間がなかった為仕方ない。

 

「大丈夫さ。黒崎だけなら心配だが、多くの死神が加勢してくれているからね……」

 

 そう言いつつ、雨竜は自分を――結果的に――助けてくれた死神を思い出し、憂鬱になる。それだけあの(・・)死神に助けられた事は雨竜にとって複雑だった。

 雨竜は憂鬱な気分に落ちる自分を内心で振り払い、今後どうするか考える。ここまでは何とかなった。多くの強敵と戦い、倒し、退け、敗れ、それでも生き延びてこうして目的であった織姫の元まで来た。

 問題はここからだ。連れ去られた仲間を助ける為に(ホロウ)の本拠地である虚圏(ウェコムンド)まで来たのだ。織姫と合流してそれで終わりではない、ここから現世に全員で無事に戻って初めて終わりだ。

 それだけではない。現世では今頃藍染が部下を引き連れて偽の空座(からくら)町に攻め込んでいるはずだ。護廷十三隊が藍染達を食い止めているだろうが、護廷十三隊が勝つ保証はどこにもない。

 

 ――いや、戦力外の僕が考えても仕方ないか――

 

 そう、雨竜はすでに戦力外と言えた。雨竜自身は隊長格とまではいかなくとも、それに近しい戦闘力を有している。禁じ手を使えば隊長格を一時的に超える事も可能だ。実際にそれで隊長の一人を倒した事が雨竜にはあった。尤も、もう一度同じ技を使うつもりはなかったが。

 だが今の雨竜は見るも無残な姿だ。とてもまともに戦えるとは思えないだろう。織姫の治療も時間が掛かってしまうので、万全の状態に戻ったとしても戦場に間に合うとは思えなかった。

 今は護廷十三隊の奮闘を信じるしかない。そう雨竜が結論付けた時だった。

 

「遅かったか……」

『ッ!?』

 

 突如として、織姫と雨竜の耳にそんな言葉が届いた。二人がいる場所は虚夜宮(ラス・ノーチェス)の天蓋の上だ。一護とウルキオラの戦いが虚夜宮(ラス・ノーチェス)の中では収まらない規模であった為、天蓋を突き破って戦っていたのだ。それを追いかけた織姫達も天蓋の外へと来ていた。

 一護とウルキオラの戦いが終わった今、ここには織姫と雨竜しかいない。だからこそ、織姫は落ち着いて雨竜の傷を癒す事に集中出来たのだ。そんな場所に誰かがいるとなれば……。味方ならいい。だが敵となれば非常に危険な事態となるだろう。

 

 雨竜は声が聞こえた方角に視線を向ける。そこには一体の破面(アランカル)がいた。

 容姿は普通。あまりにも普通だ。極端に身長が高いわけでもない、横幅が広いわけでもない、個性的な見た目のない、どこにでもいそうな青年だ。少なくとも、ここが虚圏(ウェコムンド)で、青年が破面(アランカル)特有の白の死覇装を身に付けていなかったら、雨竜はそう思っただろう。

 霊圧すら普通。(ホロウ)破面(アランカル)特有の禍々しさもない。全てに於いて普通過ぎる。だからこそ、雨竜は違和感と恐怖を感じた。こんな異常な場所に普通の存在がいる事が異常に他ならないからだ。

 

 ――くそ! いつの間に!? いや、そんな事より早く井上さんを!――

 

 織姫を逃がす。その為に雨竜は完治していない体を無理矢理動かし、織姫の前に立つ。

 

「石田くん!?」

「早く天蓋の中に!」

 

 天蓋の中に入れば黒崎がいる。だから井上さんは大丈夫だ。雨竜はそう思っていた。口では一護の事を悪し様に言う事が多いが、内心では一護なら必ず仲間を守ると信じていた。

 織姫が天蓋の中に入るまでの時間稼ぎくらいなら出来るだろう。もちろん負けるつもりもない。体調は最悪で、手札もここまでの死闘で大分失っている。だが、それでも最後まで手を尽くす。諦めるつもりは雨竜には毛頭なかった。

 

「でも!」

「行くんだ! 行って誰かに助けを! それが最善だ!」

 

 雨竜を一人置いていく事を渋る織姫に、雨竜は言葉少なに叫ぶ。細かく意図を伝える時間すら惜しい。

 敵はあまりにも不気味だ。いくら傷の治療に集中していたとはいえ、声を発するまで雨竜や織姫が接近に気付かなかったのだ。その実力を低く見積もる事など出来るわけがない。

 だからこそ、雨竜が時間を稼ぎ、織姫が天蓋の中に戻って助けを求めるのが現状の最善手だ。天蓋の下ではまだ戦いが繰り広げられている。それは天蓋の下から伝わる霊圧で理解出来た。だから織姫の助けに誰も応えてくれないかもしれない。それは雨竜も理解している。

 だが、その場合雨竜が死んだとしても織姫は助かる可能性が高い。多くの仲間が天蓋の下にいるのだ。織姫を守る事は不可能ではないだろう。上手く行けば雨竜が生きている間に誰かが助けに来てくれる可能性もある。だが織姫がここに留まれば織姫を守る事も出来ず、二人とも死ぬ可能性が高い。ならば答えは一つしかないだろう。

 雨竜の必死の叫びに織姫も理解した。それが誰もが助かる可能性がある唯一の手段だと。今、織姫に出来る事は少しでも速く一護達に助けを求める事だと。

 

「すぐに戻ってくるから!」

 

 織姫はそう叫びながら天蓋に開いた穴に向かって走り出す。その気配を背後に感じ取り、雨竜は僅かに安堵し、そして絶望した。

 

「!?」

 

 眼前の破面(アランカル)が消えたのだ。目を離してはいなかった。瞬きすらしなかった。織姫を気にしていたが、意識の殆どは敵だろう破面(アランカル)に向いていた。

 だというのに、一瞬の内に破面(アランカル)の姿を見失ったのだ。だが、雨竜はその移動先を察した。この状況で雨竜の眼前から姿を消す。すなわちその意味は――

 

「井上さん!!」

「え――」

 

 雨竜が振り返り織姫を視界に入れる。その視界には織姫だけではなく、いつの間にか織姫の眼前に立つ破面(アランカル)の姿も映っていた。

 

 ――速い!――

 

 ウルキオラや暴走一護も速かったが、この破面(アランカル)もそれと同レベルだ。少なくとも、今の雨竜では捉える事が出来ないという点では、だが。

 間に合わない。今の雨竜では何をどうしようとも織姫を救う事は出来ない。例え万全だろうとも不可能だろう。それでも、間に合わないと理解しつつも雨竜は織姫を狙っている破面(アランカル)に向け、滅却師(クインシー)の武器である矢を放とうとし――

 

「オレの名前はクアルソ・ソーンブラです! お嬢さんお名前はーー!?」

『……え?』

 

 ――予想を遥かに下回る破面(アランカル)の行動により、霊力で作り出した矢を思わず霧散させた。

 

 

 

「……えっと」

 

 また攫われるか、それとも用済みになったから殺されるか。少なくとも危害を加えられると思っていた織姫は、破面(アランカル)……クアルソの突然の行動に驚き、目を丸くしていた。

 

「ああ、突然で驚かせてしまいましたか! 申し訳ありません! 改めて……私の名前はクアルソ・ソーンブラ。素敵なお嬢さん、貴女のお名前を教えていただけませんか?」

 

 クアルソはいきなりの自己紹介に織姫が驚いたと思い、礼を正して再び自己紹介をし、出来る限り紳士的に織姫の名前を聞き出そうとする。

 確かに突然の自己紹介で織姫と雨竜が驚いた事に変わりはないのだが、二人が驚いたのは破面(アランカル)がそうしたからである。両者の間にある隔たりは小さいようで果てしなく大きかった。

 

「え、その、い、井上織姫です!」

「答えるのか!?」

 

 クアルソの意図不明な行動に律儀に答える織姫に雨竜が驚愕する。そして思い出す。井上織姫は天然であったと。

 

「井上織姫……織姫……まさに貴女に相応しい素敵な名前ですね。織姫さん、とお呼びしても?」

「あ、ありがとう。好きに呼んで貰ってもいいよ」

 

 クアルソは織姫の名前の響きがとても本人に似合っていると紳士的に褒め称える。

 織姫は自分の名前が褒められた事を素直に喜び、名前で呼ばれる事も了承した。

 

「ありがとう織姫さん。ところで、織姫さんの住所と電話番号とスリーサイズを教えていただけませんか?」

 

 そしてクアルソは紳士的に住所と電話番号とスリーサイズを聞き出そうとする。

 

「えっと、住所は空座(からくら)町の――で、電話番号は――で、スリーサイズは――」

「答えるなー!!」

 

 織姫がスリーサイズまで答えようとした所で雨竜がそれを遮った。天然にも程があると雨竜は心底思う。

 

「き、貴様! 何で邪魔をする!?」

「何で邪魔されないと思うんだ!? というか女性にスリーサイズを聞こうとするな!!」

 

 正論である。

 

「こんな素晴らしい肢体の持ち主のスリーサイズを知りたいと思って何が悪い!」

 

 正論である。

 なお、クアルソは長年の経験により外見から得られる肉体の情報くらい視認しただけで把握出来る。それでもなおスリーサイズを求めたのは織姫の口から直接聞き出したかったからだ。変態である。

 

「悪いに決まっているだろ! くそっ! 何なんだこの変態は……!」

 

 危機に陥ったと思ったら一転、不気味で強大な敵と思っていた破面(アランカル)は変態だった。雨竜のストレスはマッハだ。

 

「変態とは失礼な。欲望に忠実と言ってくれ」

「それが変態だって言ってるんだ……!」

 

 正論である。

 

「良い突っ込みだなお前。仲良くなれそうだ。名前は?」

「………………石田雨竜」

 

 クアルソは雨竜から次々放たれる突っ込みに過去を思い起こし、彼とは仲良くなれそうだと思う。

 対する雨竜はクアルソの言葉に非常に複雑な思いを抱きながら、渋々だが自身の名をクアルソに教えた。

 仲良くなるつもりも仲良くなれるとも思っていないが、クアルソが自身よりも強い事は確かだろう。そう確信するほどあの響転(ソニード)はあまりにも速すぎた。

 現状で敵対する可能性を少しでも下げる為に、時間を少しでも稼ぐ為に、クアルソの心象を悪くする訳にはいかなかった。

 

「ところで……虚夜宮(ラス・ノーチェス)で何が起こってるんだ? ここ十日間ほど虚夜宮(ラス・ノーチェス)から離れていたから現状がさっぱりなんだけど」

「……それは」

 

 雨竜が時間を稼ごうと思っていた矢先、クアルソからそんな質問が飛び出した。

 この質問に素直に答えると、破面(アランカル)であるクアルソは完全に敵対するだろう。当然だ、破面(アランカル)は藍染の味方であり、雨竜達は藍染の敵なのだから。

 だが、答えない訳にもいかない。答えなければクアルソは雨竜達を放置して天蓋の下に行く可能性が高い。まだ一護達は敵と戦っている最中だ。そこにクアルソ程の変態、もとい強者が加わったらどうなるか……。

 

「ああ、安心してくれ。藍染様に敵対しているとしても、危害を加えたりしないよ。別に人間や死神と敵対したい訳じゃないしね。特に織姫さんのような美少女とは!」

 

 雨竜が言い淀んだ事で色々と察したクアルソが、雨竜を安心させるようにおどける。そう、あくまで雨竜を安心させる為におどけたのだ。けっして本気で言ったわけではない。けっして。ちなみに雨竜側が圧倒的に悪いのならば、流石にクアルソも見過ごす事はないのだが、二人から感じる雰囲気からしてそれはないだろうとクアルソは思っていた。

 

「……僕達がここに来たのは――」

 

 雨竜が虚夜宮(ラス・ノーチェス)に来た理由、そして虚夜宮(ラス・ノーチェス)で起こっている戦いを知っている限りクアルソに伝える。

 クアルソの言葉を完全に信じたわけではない。だが、クアルソは殺そうと思えば簡単に自分達を殺す事が出来た。破面(アランカル)が人間を相手に気を遣う必要もないだろう。

 織姫に対する態度もどこまで真剣かは分からないが、少なくとも女性に危害を加えるような人物ではないと思えた。精神的セクハラはしそうだが。というかしたが。

 

 

 

 

 

 

「――以上だ」

 

 そうして雨竜が出来るだけ簡潔に、これまでの過程を説明する。クアルソは頭を抱えている。

 

「あ、藍染様ぇ……」

 

 あかんやろ。それはあかんやろ。クアルソは内心でそう呟く。

 クアルソは藍染に感謝している。破面(アランカル)に至ったのは自力だが、その存在を教え、切っ掛けを作ってくれたのは藍染だ。自分を利用する為だと理解しているが、それでもクアルソは藍染に感謝していた。少なくとも非童貞である藍染に、悪事以外なら自分の力を貸すくらい当然だと思うくらいには感謝していた。

 だがこれは駄目だ。死神と敵対する。それは別にいい。戦争や殺し合いは嫌いだが、そこに譲れない物があるなら否定はしない。だが、平和に生きる無関係な人間を巻き込む。それは駄目だ。クアルソの感性ではアウトだ。

 しかも一人や二人ではない。空座(からくら)町という町そのものと、そこに暮らす十万人を超える人間を犠牲にしようとしているのだ。それは完全にアウトだった。

 

「織姫さんという美少女を攫うばかりか、十万人もの人間を犠牲にしようとか……流石に許されざるよ」

「……君は本当に破面(アランカル)なのか?」

 

 主の非道に嘆き、人道を語る破面(アランカル)。訳が分からない存在としか思えないだろう。

 破面(アランカル)は元が(ホロウ)なだけに、人間を餌という下等生物だと思っている者が多い。そんな破面(アランカル)からこんな言葉が聞かされたのだ。雨竜の疑問も当然のものだった。

 

「クアルソ君は優しいんだね」

「付き合ってください!」

 

 十万人もの人々が犠牲になるかもしれない。それに憤慨するクアルソを見て、織姫が優しい笑みを浮かべる。

 その笑みを見てクアルソは告白した。女性に優しく微笑まれたのはこの世界に転生して初めての事だった。クアルソの精神が振りきれたのは仕方ないと言えた。

 

「え!? その、ごめんなさい! 私、く、黒崎君の事が……!」

「ちくしょーー!! 黒崎君と末永く幸せになってね!!」

 

 秒殺である。クアルソは織姫の笑顔に秒で惚れ、秒で失恋した。

 クアルソは美しい女性と恋愛し、童貞を捨てたいと思っている。その思いは本物だ。だからといって、他人の恋路を邪魔するつもりはない。寝取りはクアルソの性癖的にNGなのである。

 

「わ、私と黒崎君はまだそんな関係じゃ……!」

 

 クアルソの言葉に織姫が照れ照れしながら否定する。否定はしているが、そうなる未来を想像しているのは明白である。クアルソは他人のノロケに嫉妬する前に話を切り替えた。

 

「まあ話は分かったよ。流石にそれを放置するわけにはいかないな。ちょっと藍染様止めてくるか……いや、その前に他の破面(アランカル)を止めるか。と言っても暴れているのはヤミーだけみたいだけど……」

 

 クアルソの探査回路(ペスキス)ではヤミー・リヤルゴ以外の破面(アランカル)が暴れている霊圧を感じない。生き残っている破面(アランカル)は相当数いるが、幾人かは敗れて死んだのだろう。

 まだ見ぬ仲間が死んだが、それも戦の理だ。悲しい事は悲しいが、会ってもいない連中が殆どなので割り切る事は出来た。尤も、死のうが生きてようがどうでもいいと思う者も中にはいたが。

 

 ――ザエルアポロもやられたか。あいつ人を騙そうとしてたし、胡散臭いから別にいいけど――

 

 マッドな研究者は手に負えない。それを数多の転生人生でクアルソは悟っていた。

 

 ――ウルキオラは……――

 

 ザエルアポロと違い、ウルキオラの死はクアルソも残念に思っていた。だが、この場合は仕方ないというものだろう。藍染の命令だったとはいえ、彼らがウルキオラと敵対した事は当たり前の話だし、殺したのも仕方ない話だった。

 終わった事を残念に思っても仕方ない事だと割り切り、今すべき事を為す為にクアルソは動き出す。

 

「それじゃちょっと行ってくる。雨竜は織姫さんに傷を治してもらっとけよ」

「あ、ああ」

 

 そう言ってクアルソはその場から消え去った。言葉通りに受け止めると、未だに暴れているヤミーを止めに行ったのだろう。

 本当に破面(アランカル)らしからぬ破面(アランカル)だと雨竜は思う。まるで人間と話している様な錯覚すらあった。

 

「不思議な人だったね……」

「ああ……不思議というか、変……変わっているというか……」

 

 変態という言葉は一応言い淀んだ。理由はどうあれ敵のはずの破面(アランカル)に見逃されたのだ。流石に悪し様に言う事は雨竜も躊躇したようだ。

 

「でも何でだろう。あの人なら何があっても大丈夫な気がする……」

 

 織姫は何故かクアルソを心配する気になれない事を不思議に思う。本能的に理解しているのかもしれない。バグを心配するだけ意味がないという事を。

 

 




 藍染様、(クアルソ)の居ぬ間に洗濯。

 ルピの処世術が長い物には巻かれろ主義なのかどうかは、完全な捏造。藍染には従っていたから、ルピの性格的に明確な実力差を理解すればそうなるかなって思いました。

 ウルキオラ生存ルートはなし。ウルキオラは破面で一、二を争うくらい好きなキャラだけど、原作のラストを変えるのは私の力量では無理。少なくとも、ウルキオラが心というものを自分なりに理解した上で生存させるのは無理だと判断しました。無念。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。