どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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ダイの大冒険 第八話

 アバン一行は確実に大魔王達を追い詰めていた。

 ラーハルトが動きを封じ、ヒュンケルが光の闘気によってミストバーンにダメージを与える。

 アバンがトラップを無力化し、ポップとマァムがコンビネーションにてキルバーンを窮地に追いやる。

 そしてバランとダイが圧倒的な魔法力を誇る大魔王バーンを追い詰める。

 

 勝てる。アバン一行の誰かがそう思った。その瞬間、戦場にバーンの声が響いた。

 

「ミストよ……開帳を許す」

 

 それが、アバン一行の絶望の始まりだった。

 

 バーンの言葉が戦場に響いた瞬間、ミストバーンの雰囲気が一変した。

 ヒュンケルとラーハルトに追い詰められていたミストバーンが全力で暗黒闘気を放ち、その勢いでラーハルト達から離れ、そして闇の衣を脱ぎ捨てたのだ。

 封印を解くかのようにミストバーンの首飾りが千切れる。いや、それは文字通り封印だったのだ。闇の衣から解放され、ミストバーンの素顔が顕わになる。

 

 そこにあったのは若い魔族の男の姿だった。整った気品溢れる顔立ちという、ミストバーンの思わぬ素顔にポップが呆気に取られる。もっとおぞましい何かを想像していたようだ。

 だが、その力はポップの想像を遥かに超えるものが秘められていた。そしてその事実を、アバン達はすぐに理解する事になる。

 

「ダイ! バラン! ミストバーンは気にせずバーンを!」

「こちらはお任せを父上!」

 

 闇の衣を脱ぎ捨てたミストバーンに注目しバランとダイは動きを止めていたが、2人のその言葉でバーンを倒すべく再び動き出す。

 

「アバンストラッシュ!」

 

 そしてダイがバーンに向けて必殺の一撃を放つ。だが、その一撃をバーンはピクリともせずに待ち構えていた。

 回避はおろか、防御すらしようとしないその姿勢をバランは怪訝に思うが、すでにアバンストラッシュを放ったダイを止める事は出来ない。

 竜闘気(ドラゴニックオーラ)が全力で籠められたアバンストラッシュだ。当たりさえすればバーンと言えども致命傷を受けるはず。なのに何故?

 バランのその疑問は、すぐに解消される事となった。バーンは避けられないのでも防げないのでもない。どちらも必要なかったから、何もしなかったのだ。

 

 ダイとバーンの間に、いつの間にかミストバーンが割り込んでいた。ラーハルトを振り切ったその動きはラーハルトをして目を見張る速度だ。

 だが、これではバーンの代わりにミストバーンが倒れるだけだろう。順番が変わっただけだ。そう思うアバン達は、信じられないものをその眼で見た。

 

「なっ!?」

 

 ミストバーンが振るった掌底とダイの一撃がぶつかり合い、そしてダイの剣が折れた。

 竜闘気(ドラゴニックオーラ)に耐えうるメタルキングの剣が折れる。それはメタルンの硬さを知るダイとしては信じられない思いだった。

 

「そ、そんな! メタルンが作った剣が……!」

 

 その事実に衝撃を受けたダイは、ミストバーンの次の行動を防ぐ事が出来なかった。

 

「ぐはぁっ!?」

「ダイ!!」

 

 ミストバーンがその拳をダイに叩き込む。それは、必殺技でもなんでもない、ただ力任せに振るわれただけの一撃だった。

 だが、それだけでダイは致命的なダメージを受けていた。不意を突かれたとはいえ、竜闘気(ドラゴニックオーラ)で守られていたダイにたったの一撃でここまでのダメージを与える。それは竜魔人と化したバランですら不可能だろう。

 

「貴様ぁっ!」

「よくもダイを!」

 

 ダイがやられた事にバランとラーハルトが激昂する。そして共に最大最強の一撃をミストバーンに放った。

 

「ギガブレイク!」

「ハーケンディストール!」

 

 ギガデインという、真の竜の騎士にのみ許された最強の電撃呪文を用いた魔法剣。ラーハルトの速度を最大限に活かした閃光の一撃。

 そんな、2人の最大の一撃は、ミストバーンの恐ろしさを顕わにするだけに終わった。

 

「なっ!?」

「ば、馬鹿なっ!?」

 

 2人の必殺の一撃は、しかしミストバーンを傷つけるに至らなかった。無防備のままに2人の必殺の一撃を受けたというのに、ミストバーンは掠り傷すら負わなかったのだ。

 そればかりか真魔剛竜剣には皹が入り、メタルキングの槍は半ばからへし折れる結果となった。2人の攻撃力が高すぎた為に、ミストバーンの身体に命中した武器の方が耐えられなかったのだ。

 真魔剛竜剣が皹で済んだのは竜闘気(ドラゴニックオーラ)のおかげだろう。ダイの剣が折れたのは、ミストバーンが掌底によるガードを行った為、その分反動が大きかったからだ。

 

「武器が壊れたのはお前達の強さの証……。いや、バーン様がいらっしゃる場で私がこの姿を晒した事こそが証と言えるだろう」

 

 ミストバーンはバラン達を、いや、アバン達全員をそう称えつつ、その恐るべき力を彼らに振るう。

 

「ぐっ!?」

「なっ!?」

 

 ミストバーンがその手を前に押し出す。それだけだ。それだけで前方にいたバランとラーハルトは凄まじい力で殴られたように吹き飛ばされた。

 ただの掌底がそこまでの威力を持つ。その恐るべき事実に、誰もが驚きを禁じ得ないでいた。

 

「あーあ。ミストがあの姿を見せるとはね。いや、頑張ったよキミたちは。バーン様をあそこまで追い詰めるなんて、多分キミたちが初めてだと思うよ? ウフフッ」

 

 キルバーンの言葉はアバン達を称えているが、そこに含まれた意味は全く異なる。そう、アバン達の全滅を前提として、この言葉は放たれていたのだ。

 

「ふざけんな! まだ負けたわけじゃねぇ! ベギラマぁっ!」

 

 ポップがキルバーンの言葉に激昂し、ミストバーンに向けてベギラマを放つ。

 物理攻撃が効かないならば呪文による攻撃。確かめる価値はあるだろう。だが、知るという事は知らないよりも絶望が深くなる事もあるのだ。

 

「う、嘘だろ……!」

 

 ポップが放ったベギラマは確かにミストバーンに直撃した。だが、ベギラマの熱線の中から現れたミストバーンには、やはり傷一つ付いていなかった。

 

「なら、これで!」

 

 次に攻撃を仕掛けたのはマァムだ。恐ろしい力を持つミストバーンに果敢に攻め込むマァム。だが、それは無謀ではなく勝算あっての行動だ。マァムには対生物用の必殺技があった。それが武神流の奥義、閃華裂光拳だ。

 かつて、過剰回復呪文(マホイミ)と呼ばれる呪文があった。回復呪文の効果を極限まで高めて送り込む事で、生物の組織を破壊するという恐るべき呪文だ。

 だが、マホイミには欠点があった。それが魔法力の大量消費だ。べホイミの数倍もの魔法力を消費するこの呪文は、高位の僧侶や賢者が対生物用の切り札として使用していたが、魔法力の消費の高さにより使い手は途絶えたと言われている。

 

 そのマホイミと同等の効果を持つ奥義が閃華裂光拳だ。打撃が命中する一瞬。その一瞬に回復呪文を叩き込む事で回復呪文のエネルギーを炸裂させ、少ない魔法力でもマホイミと同等の効果を発揮する事が出来るのだ。

 欠点として、素手が相手の肉体に触れていなければ効果が発揮しないという点があるが、それを差し引いても恐るべき奥義と言えよう。

 閃華裂光拳ならば、例え相手が有りえない防御力を有していようと、生物である限り確実にダメージを与える事が出来る。これが駄目ならば打つ手はない。そう、打つ手は、ないのだ。

 

「はぁっ!!」

 

 マァムが閃華裂光拳をミストバーンの顔目掛けて放つ。だが、その一撃はミストバーンの片手で止められた。

 そう、片手で。衣服や手袋などを間に挟まない、素手で受け止めたのだ。

 

「そんな……!?」

「離れなさいマァム!!」

 

 素手を捕まえられたままに驚愕するマァムにアバンが叫ぶ。絶対の自信を持った一撃が防がれた驚愕は分かるが、眼前の敵を前にそれは致命的だ。

 マァムを援護するべく動いていたアバンは、アバンストラッシュをミストバーンの立つ大地に向けて放つ。

 

「む?」

 

 足場を崩されたミストバーンは体勢を崩し、その隙にマァムはミストバーンから離れる事が出来た。あのままではダイにすら致命傷を与えた攻撃をマァムはまともに受けていただろう。

 

「ふむ。ミストに攻撃する無意味さを理解し、咄嗟の判断でミストの足場を崩したか。この状況で最も冷静に最適な行動を選ぶ……やはり厄介だな」

「うっ……!」

 

 バーンがアバンを睨みつけ、そしてその手にカイザーフェニックスを作り出す。それを見て、誰もが絶望の表情を浮かべた。

 

「どうした? 余が攻撃せんと思っていたか? 初めから余は三人で戦っているつもりだったのだがな……余の勘違いだったかな?」

 

 そう、ミストバーンの脅威に圧倒されていた為に注意が逸れていたが、バーンもまた強大な力の持ち主であり、ミストバーンやキルバーンと同時に戦っている相手なのだ。

 ミストバーンの不死身ぶりと圧倒的な力だけで窮地に追いやられているというのに、それと同時に大魔王の相手などしたらどうなるか……答えは明白だろう。

 

 ――勝ち目がない――

 

 誰もがそれを理解した。この状況で勝つ手段が欠片も浮かばないのだ。

 撤退しかない。アバンとポップは同時にその結論に至った。それと同時にバーンがアバンに向けてカイザーフェニックスを放つ。だが、その一撃をアバンはルーラを応用する事で回避した。

 ルーラは思い描いた場所に移動する呪文だが、視界の範囲内に飛ぶ事も可能だ。それを応用し、マァムと共にポップ達の居る位置まで移動したと同時に、カイザーフェニックスを回避したのだ。

 

「ポップ!」

「分かってますよ!」

 

 更に2人はルーラを使用し、それぞれ仲間の元に一瞬で移動する。そして全員が揃った所で、有無を言わせぬ言葉を叫んだ。

 

「悪いが撤退するぜ!」

 

 ポップの言葉にはバランですら納得した。せざるを得なかった。竜の騎士が全力で戦って勝てない相手などいる訳がない。などとバランは増長しない。なぜなら、バランが勝てない相手が身近にいたからだ。

 その上敵はダメージを受けないミストバーンだけでなく、同等の脅威を持つ大魔王バーンもいるのだ。更にこちらの隙を突いてトラップを仕掛けてくるキルバーンもいる。ダイが傷つき倒れた今、この状況で勝てるとはバランをして思えなかった。何かしら策を講じ、態勢を整えなければ勝ち目はないだろう。

 傷ついたダイを抱え、バランはポップの言葉に頷く。

 

「あばよ大魔王さんよ! ルーラ!」

「ルーラ!」

「ルーラ!」

 

 そしてポップがマァムを、アバンがヒュンケルを、バランがダイとラーハルトを連れてルーラで逃亡を試みる。だが――

 

『ッ!?』

 

 だが、その逃亡は成功しなかった。ルーラでバーンパレスから脱出しようとした瞬間、空中で何かに遮られるように見えない壁にぶつかり、全員がバーンパレスへと落下した。

 なぜ? どうして? 困惑するアバン達に、愉悦に嗤いながらキルバーンが声を掛ける。

 

「クククッ。かわいそ~に……! ますます絶望的な状況になっちゃって……!」

 

 そして、アバン達を更に絶望に陥れるようにバーンも呟いた。

 

「知らなかったのか……? 大魔王からは逃げられない……!」

 

 勝ち目がない敵を相手に逃げる事すら出来ない。まさにキルバーンの言う通り絶望的な状況だ。

 だが、その状況を打破するヒントが、他ならぬキルバーンの口から漏れ出た。

 

「このバーンパレスはバーン様の偉大なる魔力によって封印されているんだ。ルーラで逃げようったって無駄なのさ」

 

 そう、このバーンパレスはバーンの魔力によって封印されているのだ。アバン達がルーラでバーンパレスに入る事が出来たのは、バーンがアバン達を招き入れる為に一時的に封印を解いていたからに過ぎなかった。

 特別な呪法を施された魔王軍の戦士以外は入出不可能。だが、キルバーンの言葉にアバンが脱出方法を思いついた。

 

「皆! 飛び降りますよ!」

「え?」

「せ、先生?」

 

 アバンの言葉に誰もが戸惑う。飛び降りると言うが、それはバーンパレスから飛び降りるという意味だろうか。

 その疑問が口にせずとも顔に出ていたポップ。そんなポップや他の皆に対し、アバンは急かすように叫んだ。

 

「いいから飛び降りるのです! 行きますよ!」

「っ! させん!」

 

 アバンの言葉を理解したのは他でもない、バーンだった。そう、アバンはこの状況から脱出する手段を見つけたのだ。

 キルバーンは言った。ルーラで逃げようとしても無駄だ、と。それはつまり、ルーラ以外ならば脱出は可能なのではないか。アバンはそう考えた。

 ルーラ。つまりは移動呪文を阻止する結界がバーンパレスの周囲に張られているのだろう。ならば話は早い。ルーラが無理ならば呪文ではない物理的な手段で逃げればいい。

 それがバーンパレスからの落下だ。バーンパレスが空に浮いているのが幸いだった。ここから落ちればあっという間にバーンの結界の外に出る事が出来るだろう。そして結界の外に出てから再びルーラを使えばいいのだ。

 

 それを証明するかのように、バーンはアバン達の逃亡を阻止せんと呪文を放ってくる。この行動からして予測は正しかったとアバンは察した。

 だが、問題はここからだ。バーン達の攻撃を掻い潜ってどうにかして落下しなければならない。ほんの僅かな距離だが、アバンには果てしなく遠い距離に見えた。

 

 再びルーラを使って攻撃を回避し、バーンパレスの地から離れて海に落ちるか? いや、その動きを警戒しない訳がない。先程ルーラでカイザーフェニックスを回避した為に、ルーラによる移動は確実に警戒されているだろう。

 どうすればいい? 悩むアバンだったが、アバンの悩みを解決出来る唯一の男が、その力を全力で解放した。

 

 バランがドラゴンファングと呼ばれる装身具を片手に持ち、強く握り締める。ドラゴンファングはその名に相応しい鋭さを持っており、強く握り締めた為にバランの手から血が流れ始めた。

 そして、赤かったバランの血が、徐々に蒼へと変化する。赤は人の血の色。そして、蒼は魔族の血の色だ。つまり、バランの肉体は人ではなく魔族に近しいものへと変化しているのだ。

 

「こ、これは!?」

 

 バランの変化にアバン達が戸惑う。その中にあって唯一冷静なのがラーハルトだ。ラーハルトはバランのこの変化を知っているのだ。直接見るのはこれが初めてだが。

 

「父上が全力を出される……!」

「ぜ、全力!? 今まで全力じゃなかったってのかよ!?」

 

 ラーハルトの言葉にポップは心底驚愕する。圧倒的な強さを見せていたあのバランが、今まで全力ではなかったというのは驚きの事実だろう。

 しかし、この場にあっては非常に頼もしい事実でもあった。あのバランが更に強くなれば、大魔王達に対抗する事が出来るかもしれない。そういう希望が湧いて来たのだ。

 だが、ポップは失念していた。バランは真の力を残しつつも、撤退を選んだという事実を……。

 

 そして、バランの姿が人ではないものへと変化した。竜の力と魔族の魔力。その二つを最大限に引き出すための竜の騎士最終形態、竜魔人の姿へと。

 

「これが竜魔人……なるほど。目の当たりにするとその強さがより実感出来るというものよ」

 

 バーンが竜魔人バランの姿を見て感嘆する。なるほど、確かに最強の生命体だ、と。だが、そこには一つの注釈がつけられる。余がいなければ、という注釈が……。

 

「行くぞバーン!」

 

 バランがバーン達に戦いを挑む。通常形態とは比べ物にならない速度でバーンに接近し、そしてその豪腕を振るった。

 だが、その一撃はミストバーンに片手で防がれる。そしてミストバーンはそのままバランを押し返そうとして、バランの攻撃を止めた右手が動かない事に気付く。

 

「ば、ばかなっ……!」

「うおおおおおおぉっ!!」

 

 バランは受け止められた右手に更に力を籠め、そしてミストバーンを逆に押し返したのだ。

 力で押された事に誰よりも驚愕したのはミストバーンだ。この身体が力で他の誰かに圧倒されるなどあるわけがない! そう憤慨したミストバーンは、押し返された体勢を即座に立て直し、バランに向けて拳を振るった。

 

「舐めるな!」

「ぐぅっ!」

 

 力だけでなく速度も圧倒的なミストバーンの攻撃がバランの肉体に深く突き刺さる。

 致命傷だ。そう手応えを感じたミストバーンは、またも驚愕する事になる。

 

「むん!」

「なっ!?」

 

 致命傷を与えたはずのバランが即座に反撃に移り、ミストバーンを上空に叩き上げたのだ。

 そのままバランは羽と魔法力を利用した高速移動にて空中を吹き飛ぶミストバーンに追撃を加える。一撃でドラゴンすら屠る攻撃が無数に繰り出される。だが、そのどれにもバランは手応えを感じない。

 竜魔人の力ですら無意味と理解したバランはミストバーンを強い一撃にて大きく吹き飛ばした。ミストバーンが数百メートルは吹き飛んだところで、バランは未だバランの変化と凄まじい強さに圧倒されているアバン達に向けて叫んだ。

 

「何をしている! 早く逃げろ!」

「え!? で、でもよ、今のあんたなら勝てるんじゃ……!」

 

 ポップの目には、あのミストバーンすら吹き飛ばした今のバランはまさに最強の存在に見えていた。

 このまま全員で掛かれば何とかなるんじゃ。そう考えての発言だったが、それは現状認識がまだ甘いと言わざるを得なかった。

 

「むぅぅっ!! 良くもこの身体に汚れをつけたな!」

 

 吹き飛ばされ、バーンパレスの一部を破壊して埋もれていたミストバーンが間髪入れずに飛び出てくる。

 そこにダメージによる怒りはない。あるのは身体に汚れをつけられたという理不尽極まりない怒りだった。

 

「侮るなミストよ。今のこやつは獣よ。それも、子を守る親となれば、その力は常以上と見るべきだ」

「……はっ。申し訳ありませんバーン様」

 

 だが、その激昂もバーンの言葉によって静まる事となる。バランとしては怒りに囚われていた方がやりやすかったのだが、それも無理なようだ。

 バーンとミストバーン。この2人を同時に相手にして勝てる要素はない。それは竜魔人と言えど同じなのだ。竜魔人バランだからこそ時間稼ぎが出来るのであって、他の者ならばそれすら不可能。それがバーン達の実力だった。

 

「逃げますよ皆さん!」

「待て! 父上を見捨てるつもりか! 私だけでもここに残るぞ!」

 

 バランの厚意を無念の思いで受け入れるアバンだったが、それにラーハルトが反発する。敬愛する父を死地に残して逃げるなど、ラーハルトが看過するはずなかった。

 そんなラーハルトに対し、バランが諭すように声を掛ける。

 

「安心しろラーハルト。お前たちが逃げれば私も上手く逃げるさ」

「……ッ! りょ、了解しました……!」

 

 そう言われてはラーハルトに否という事は出来なかった。竜の騎士が一度竜魔人と化せば、敵を倒すまでは元に戻る事はない。ラーハルトはバランにそう教わっていた。

 そんなバランが嘘を口にしてまでラーハルトやダイを逃がそうとしているのだ。そんなバランの想いを無碍にする事など、ラーハルトに出来る訳がなかった。

 

「逃がすと思っているのか!!」

「トラップはまだあるんだよ!」

 

 ミストバーンとキルバーンが逃げようとするアバン達を食い止めんと動き出す。

 だが、それを許すバランではない。バランは竜魔人にのみ許された最大の呪文を放つ姿勢を取り、そしてミストバーンとキルバーンに制止の声を掛けた。

 

「待て! アバン達を止めようとするならば、この竜闘気砲呪文(ドルオーラ)をバーンに向けて放つ! それでもいいなら勝手に動くがいい!!」

『ッ!?』

 

 竜魔人最強の攻撃呪文、竜闘気砲呪文(ドルオーラ)。その威力は大陸の一部を消滅させる程であり、そしてバーン達もその威力の程を映像越しとは言えその目で見ている。

 竜闘気砲呪文(ドルオーラ)は魔法力によって圧縮された竜闘気(ドラゴニックオーラ)を放つ呪文なので、通常の呪文と異なりマホカンタという呪文を反射させる呪文では防げない。

 

 そんな凄まじい呪文でも、バーンならば光魔の杖を全力で発動させて障壁を張れば耐え抜く事が可能だ。流石は大魔王と言うべきだろう。

 だが、それも万全の状態ならばの話だ。今のバーンはここまでの戦闘で多くの魔法力を消費している。魔法力を無尽蔵に吸い続ける光魔の杖は、元となる魔法力が少なくなればその効果も減少してしまう。

 つまり、今のバーンにならば竜闘気砲呪文(ドルオーラ)が通用する可能性があった。そして、可能性がある限り、ミストバーンがバーンの守りを捨ててアバン達への攻撃を選ぶなどありえなかった。

 

 キルバーンは魔王軍にあって特殊な立ち位置にあり、バーンを助ける義理はあっても義務はない。この状況でバーンを庇う必要は更々ないのだが、だからと言ってアバン達に向けてトラップを発動させればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 確実にバランがドルオーラを放つだろう。それでバーンが死ぬのならば別にいいのだが、巻き添えを食らってしまっては少々面倒な事になる。

 そもそもその状況に至った場合、ミストバーンがバーンを庇う事で両者は助かるだろうが、ミストバーンの背後に隠れる暇がない自身は竜闘気砲呪文(ドルオーラ)の攻撃をまともに受けるだろう。

 アバンによってトラップが解除される可能性が高い現状、トラップを発動させるのはデメリットが大きすぎる。万が一竜闘気砲呪文(ドルオーラ)が発射されても大丈夫なよう、ミストの後ろに回るべきだとキルバーンは考えた。

 

「今の内だ……行け!」

 

 硬直した場を確認し、バランが全員に逃亡を促す。

 そして、アバンはバランを見つめた後、僅かに頭を下げて海に向かって走り出した。

 

「行きますよ皆さん! バランの厚意を無駄にしてはいけません!」

「は、はい!」

「分かりました……!」

「すまないバラン……!」

 

 ポップ達はバランを置いていく事に後ろ髪を引かれ、どうしようもない無力感に苛まれつつアバンに続く。

 そしてラーハルトはダイを抱え、一筋の涙を流して走り出した。言葉は出さなかった。出せば、1人残るバランを説得するか自分も残ると言い出しかねないと理解していたからだ。

 

 そうして、アバン達は全員がバーンパレスから飛び降り、海面に落ちる前にルーラによってどこかへと逃げ出す事に成功した。

 それをバランが見届けた所で、バーンがバランに向けて声を掛ける。

 

「それで、いつまで竜闘気砲呪文(ドルオーラ)を構えているのだ? 放っても無駄なのは理解しておろう?」

 

 バーンの言葉は正しかった。バランはこのまま竜闘気砲呪文(ドルオーラ)を放ったところで無意味だと理解していた。

 ミストバーンはどの様な理由か不死身の肉体を持っている。呪文を含めた一切の攻撃が効かないのだ。竜闘気砲呪文(ドルオーラ)ならば効くというのは都合の良い考えだろう。

 ミストバーンに守られている限り、竜闘気砲呪文(ドルオーラ)でバーンにダメージを与える事は出来ない。ならば放つだけ魔法力の無駄というものだ。

 

 竜闘気砲呪文(ドルオーラ)の構えを解いたバラン。そんなバランに対し、バーンが口を開く。

 

「さあ、伝説に謳われる竜の騎士の真の力……そして、最後の足掻きを見させてもらうとしよう」

 

 勝利を確信したバーンのその言葉。バーンはバランがどう向かって来るか、どんな戦いを見せるか、非常に楽しみにしていた。

 バーンも理解していたのだ。竜魔人に変化すれば人の心を失い、殺戮の魔獣と化してしまう事を。

 だが、バーンは気付いていなかった。人の絆などという、形にならぬ見えないものなど信じていないバーンは気付いていなかった。

 人の心を失ったはずのバランが、命を賭して家族を、友を、仲間を助けようとしていた事に。そして、敵を倒さずともバランが竜魔人から人に戻った事があった事に。

 

「そうだな……。貴様らを倒す算段がつけば嫌でも見せてやろう!」

『ッ!?』

 

 その時、バーン達は声を失った。有りえないものを見たのだ。戦闘生命体である竜魔人が、敵に背を向けて逃げ出したのだ。

 そう、バーンは気付いていなかった。今のバランは獣ではない。竜の力・魔族の魔力・そして人の心。全てが合わさった真の竜の騎士なのだ。今のバランは竜魔人の姿にあって人の心を失う事はなかった。

 そして、人の心が下した判断は、ダイ達の逃亡が終わったのだから後は自分が逃げればいいだけという、至極冷静な判断であった。今は勝ち目がない。ならば、勝ち目を見つけてから再び挑めばいいだけの話だ。

 時間稼ぎの必要がなくなり、戦って相手に損傷を与える可能性も低い。ならば、再戦に希望を繋げた方がより建設的というものだ。

 

 そんなバランの行動に一瞬だが呆気に取られたバーン達が動き出した時には遅かった。

 バランはその速度で一気にバーンパレスの上から抜け出し、そのまま自由落下にてバーンの結界の外に出る。後はルーラで逃亡だ。

 

「な、なんと……!」

「まさか……あの竜魔人が逃げの一手を打つなんて……!」

 

 まんまと逃げおおせたバランのルーラの軌跡を見つめ、驚きとしてやられた悔しさを含めた声をミストバーンとキルバーンが上げる。

 

「申し訳ありませんバーン様……! この姿を見せながら、奴らを誰1人として討ち取る事が出来ませんでした……!」

「申し訳ありません。こりゃミスト共々お仕置きかな?」

 

 バーンに向けて謝罪するミストバーンとキルバーン。そんな2人に対し、バーンは寛大な心で許した。

 

「良い。余もあの状況で竜魔人と化したバランが逃げるとは思ってもいなかった事だ。お前たちだけの失態ではない……。むしろバランとアバンを褒めるべきよ。あの2人のどちらかがいなければ、確実に何人かは屠れていただろうが、な……」

 

 やはり地上で最も厄介なのはあの2人だったと、バーンは己の推測が正しかったと確信する。そして今後の計画に若干の変更を加えた。

 

「予定を変更する。ピラァ・オブ・バーンの発射は止めだ。あの2人が残っている状況ではピラァの秘密に気付かれかねん」

「はっ……」

「それは残念……あれで右往左往する人間達が見たかったんですけどねぇ……」

「次は確実に奴らを仕留める……。全てはそれからだ。ミストよ。魔界よりモンスターを収集し、バーンパレスの警護を更に高めよ」

「はっ!」

 

 次に勇者達が来る時は、何かしらの策を練ってくる事は必然。あのアバンが何の勝算もなしに再戦を挑むなどとはバーンには思えなかった。次はバーンパレスの全戦力を動員し、勇者達を葬ってやろうと思いながら、バーンは地上を一目見下ろしてその場から消え去った。

 

 こうして、勇者一行と大魔王一行の戦いは勇者の敗北で終わった。だが、全てが終わったわけではない。勇者達は誰1人として欠けてはいないからだ。

 再び勇者と大魔王は相見える事になるだろう。そしてその時が地上の命運が決まる時だと、この戦いに参加した者全てが感じていた。

 

 




 バーンパレスからの脱出方法は原作を見て考えました。原作でもポップとマァムはハドラーの攻撃でバーンパレスの一部が崩れたのと一緒に海に落ちて脱出出来てたので、可能だと思っています。入出不可はあくまで呪文を用いた移動という事で一つ。

 ギャグはおおきくいきをすいこんだ。

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