どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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NARUTO 第四十話

 別天神が不発に終わった事で怒り心頭となるイズナ。冷静さを失っているイズナは、アカネにとって完全に隙だらけであった。

 

「はっ!?」

 

 イズナが気付いた時には遅かった。アカネ達から離れる為に大国主を発動させようとするが、その前にアカネはイズナを捉えていた。

 

「遅い!」

 

――八卦六十四掌――

 

「ぐぅっ!?」

 

 刹那の間にイズナの点穴が突かれる。更に体内にチャクラを流し内臓を攻撃し、同時にアカネは剛拳による攻撃も加えていた。柔拳と剛拳を同時に叩き込む。まさに神速の早業と言えよう。

 剛拳の威力にイズナは吹き飛ばされ、大地に叩き付けられる。そしてその全身には大きな傷が付けられていた。

 イズナのダメージ、そして攻撃を受けた時の防御。それらを見て、アカネは様々な推察を行う。

 

「ふむ。頭部を集中して守りましたか。頭部以外はダメージを負っても問題ない、という事ですね。その証拠にダメージは即座に回復しているな。柱間の力の恩恵かな? 塞いだ点穴も意味はなし。回復しているけど柔拳による内臓のダメージはあり。つまり輪廻眼のチャクラ吸収は常時発動ではない。とりあえずこんな所ですか」

「き、貴様……!」

 

 自身の情報を暴いている。それを理解して、イズナは苛立ちを覚える。未知の敵を相手には確かに情報の有無の差は大きい。だが、こうも容易く暴かれると癪に障るというものだ。

 もちろんそれもアカネの計算の内だ。こうして情報を敢えて声に出す事で味方と情報を共有し、敵の冷静さを奪う。まさに一石二鳥である。

 

「もう止めておけイズナよ。おぬしではヒヨリには勝てんぞ」

「ああ。お前は強くなった。だが、ヒヨリの強さは単純な強さでは勝てない領域にあるんだ……」

 

 イズナは強い。それは柱間もマダラも認める所だ。恐らく自分達よりも純粋な強さでは上だろう。

 だが、イズナと戦って勝てないとは二人は思わなかった。純粋なスペックでは負けていても、それを覆せる経験と技術を二人は有しているのだ。

 そして、アカネはそれ以上の経験と技術を有していた。だからこそ、二人はヒヨリとの勝負で一度たりとも勝利した事がなかったのだ。

 

「単純な強さでは勝てない……か」

 

 イズナはマダラの言葉をそのままに呟く。そして、倒れたままに勝ち誇った様な笑みを浮かべた。

 

「これは! ヒヨリ避け――」

 

 瞬間、マダラは突如としてアカネに何かを叫び、それとほぼ同時にアカネが後方へと吹き飛んだ。

 

「なにっ!?」

 

 柱間はアカネが吹き飛んだ理由が理解出来なかった。

 何らかの術による攻撃を受けた? いや、そんな気配は一切感じなかった。もしそうだとすれば、それはアカネですら感じ取れなかったという事になる。それはまさに脅威だ。

 ならば攻撃を受けたのではなく、アカネが自ら後方に飛んだ? それならば、何を理由としてそうしたかは理解出来ないが、それでもまだ納得が出来た。

 柱間が最も恐れたのは前者だ。もし、もし今のが攻撃だったならば。アカネですら避けられなかった攻撃だとしたら……。それは誰も避ける事が出来ない事を意味しているのだから。

 

「ヒヨリ!? マダラ! 何があった!?」

 

 先のマダラのアカネに対する言葉は、アカネに起こった事象をマダラが理解している事を表している。

 そう判断した柱間はマダラに向けて疑問を問う。だが、マダラはそれに答える暇も惜しいと言わんばかりに、柱間を無視してアカネの元へと駆けつけた。

 

「ヒヨリ!!」

「無事ですよ。しかし……敵からダメージを受けたのはどれほどぶりか……」

 

 心配するマダラとは裏腹に、アカネにはそれ程のダメージを受けた形跡はなかった。今は何かしらの攻撃に備えて廻天を発動している。これならば見えぬ攻撃も防御できると判断したのだろう。

 逆に言えば、それはアカネも先の攻撃を感知する事が出来なかったという事を示していた。

 

「流石だな日向ヒヨリ。今の一撃で胸を貫くつもりだったが、兄さんの声に反応して一瞬早く後ろに飛んで衝撃を逃がしたか」

「……」

 

 イズナは生き延びたアカネを称賛する。アカネはその言葉を無視し、白眼の力を強め、そして意識を集中させて感知能力を最大限に引き上げる。イズナの攻撃を見抜くつもりなのだろう。

 そんなアカネに対し、イズナは余裕の笑みを浮かべながらアカネの行動の無駄を指摘した。

 

「無駄だ日向ヒヨリ。いくら貴様でも、この力を見切る事は不可能だ。それが可能なのは――」

「オレだけの様だな……!」

 

 イズナはマダラに視線を向ける。正確にはその両目にある輪廻眼をだ。

 

「そういう事だ。兄さんの輪廻眼は穢土転生の紛い物。でも、この力を見る事くらいは出来るようだね」

「マダラよ! 一体イズナは何をしたのだ!?」

 

 柱間の問いに、アカネを庇う様に立つマダラが何かを警戒しつつ答えた。

 

「もう一人のイズナがいる! どうやらそのイズナは輪廻眼以外では見えない様だ!」

「なんだと!?」

「見えないイズナ……」

 

 輪廻眼以外では見えないイズナ。マダラのその言葉に、柱間もアカネも意識を集中させて周辺を探る。

 だが、やはり何も感じ取る事は出来ない。アカネの白眼でも、仙人モードの感知力でも、一切の気配すら掴めないのだ。

 

「無駄だと言ったはずだ。輪墓(リンボ)・辺獄。見えざる世界“輪墓”に己の分身を呼び出す瞳術! 兄さんの輪廻眼の力だ! 貴様らには何をどうしようと見る事はおろか感じる事すら出来ん!!」

 

 そう言って、イズナは己の両掌を見せ付ける。そこに移植されたマダラの輪廻眼、そしてイズナの言葉を聞いて、全員が先程の攻撃の正体を理解した。

 

「単純な強さでは勝てない。十分に理解したよ。ならば……それ以上の力で戦うまでの事!! 兄さんだけで庇いきれるかな!」

「これは……! 三人に増えただと!?」

「見えざる世界に三人のイズナか……! それは少々厄介ぞ!」

 

 イズナはその力を存分に振るい、輪墓に三体の分身を呼び出した。

 見る事も感じる事も出来ないイズナが三体。そして当然本人も攻撃をしてくるだろう。

 そんな敵を相手に、十分な対応が出来るのはマダラのみ。穢土転生である柱間はいいが、生身であるアカネは致命傷を受ければそれだけで終わりだ。

 アカネを庇いつつイズナを制する。その果てしなく至難の業にマダラも柱間も焦りを覚える中、イズナが突如として後ろへと振り返った。

 

「ちっ……流石にこれ以上は見過ごせんな……まあいい、どうせなら全力でやるべきだろう」

 

 そう呟いて、イズナはその場から一瞬で消え去った。どうやら大国主の力で移動した様だ。

 

「また消えたぞ!? あれは飛雷神の術か?」

「いや、恐らくあれも輪廻眼の力だと思う。消える前に一瞬だがイズナの両目にチャクラが集まっていた。きっとイズナ固有の瞳術なんだろうな」

「警戒を解くなよ二人とも! イズナは消えたが、その分身は残っている!」

 

 マダラの言う通り、イズナが呼び出した輪墓・辺獄による分身はまだ残っていた。

 そしてイズナを追おうとする三人を足止めする。

 

「来るぞ! ヒヨリはオレの傍にいろ! 柱間は攻撃を受けてイズナの分身の情報を集めろ!」

「ひどくないかマダラ!?」

「死なぬ身体だろうが!! それくらい我慢しろ!」

 

 マダラはアカネを抱きしめ、そして輪墓イズナの攻撃から逃れるように動く。

 柱間は不満を漏らしつつも輪墓イズナの攻撃をその身に受け、そしてその場で輪墓イズナがいるだろう空間を攻撃する。

 

「当たらん! ここにいるのかマダラ!」

「いる! だが、こちらの攻撃はすり抜けている!」

「相手の姿や攻撃は見えず、こっちの攻撃は効かないか。これは面倒だな」

 

 輪墓の出鱈目な性能に舌を巻きつつ、アカネは冷静に分析をする。まあ、マダラにお姫様抱っこをされながらだったが。

 

「マダラ、出来るなら十尾の方に向かってくれ。あっちがやばそうだ」

「そうしたいのは山々だが……」

「分身がそれを許さない、か」

 

 アカネが十尾の方角を見る。そこではかなり状況が変化している様だ。十尾の姿は外道魔像へと変化しており、そしてサスケのチャクラが小さくなっていくのが感じられた。

 このままではサスケが死ぬ。そしてそれだけでは被害が収まらないだろう。そう判断したアカネは強引な手段を取る事にした。

 

「こうなったら強引に――」

「待て、これは……」

 

 ダメージを受ける覚悟で強引に突破しようとしたアカネを制止し、マダラは周囲の空間を見つめる。

 

「イズナの分身が消えた……」

「どういう事だ? お前の輪廻眼でも見えなくなったのか?」

「いや……もしや効果時間が切れたのか?」

 

 見えなくなったのではない、文字通り消えたのだ。恐らく輪墓に呼び出した分身には時間制限があるのだろうとマダラは推測する。

 

「分身が消えたのなら好都合だ。早くイズナを止めに行かなくては!」

 

 消えかけるサスケのチャクラに、そしてナルトにも大きな変化が生じている事を感じ取るアカネ。

 二人を助ける為にもイズナを止めに行こうとする。だが――既に遅かったようだ。

 

 

 

 

 

 

 イズナがアカネに別天神を仕掛けに移動し、十尾を離れている間。ナルト達は分裂体を越えて十尾の元へと辿り着いていた。

 

「よし、後はこのデカブツを消すだけだ」

「ちょっと待ってくれサスケ! こん中には尾獣達がいんだ! こいつを倒すのは尾獣達を助けてからだ!」

 

 サスケは厄介な敵をさっさと片付ける腹だったが、ナルトは十尾の中に封印されている尾獣達を助けようとしていた。

 

「ちっ、だったら早くしやがれ」

「分かってるって! 行くぜ九喇嘛!」

――おう!――

 

 ナルトは九喇嘛からもらったアドバイス通りに、全力でチャクラを籠めて作り出した螺旋丸にて十尾を攻撃する。

 その一撃により、十尾は多少のダメージを負った。だが、所詮は多少であり十尾を行動不能に陥らせる程ではなかった。

 だがナルトの目的を果たすにはそれで十分だった。ナルトの攻撃には尾獣達から分け与えられたチャクラが残っており、この攻撃によって十尾の中に眠る尾獣のチャクラが反応し、外へと飛び出そうとしだしたのだ。

 

「よし!」

 

 狙い通りに事が動いたナルトは、次に飛び出した尾獣達を十尾から引き摺り抜こうとする。

 だが一尾と八尾のチャクラは持っていなかった為に、その二つのチャクラは上手く引き摺る事が出来ないでいた。

 そこをカバーしたのが我愛羅とビーだ。一尾の人柱力であった我愛羅は一尾のチャクラを、八尾の人柱力であるビーは八尾のチャクラを引っ張り、それぞれ十尾から引き抜こうとする。

 当然十尾もそれに抵抗する。だが、ナルトが引っ張る力に更に無数の忍が集まる事で、十尾は抵抗空しく全ての尾獣を抜き取られてしまった。

 

 十尾は抜け殻であった外道魔像へと戻り、そして外道魔像の周囲に全ての尾獣が元の姿を取り戻して集結した。

 

「よっしゃー!」

 

 自分達を助けるという約束を本当に守ったナルトに対し、全ての尾獣が感謝する。……唯一、一尾だけはその約束を知らなかったりする。

 それでも目の前の少年が自分を助けてくれたのだと、一尾も理解していた。人間嫌いな一尾だが、それでもナルトには多少の感謝を持っていた。もっとも、それを素直に見せる事はないだろうが。

 

「後はこのデカブツを消せば……」

「オレ達の勝ちだ!」

 

 残るは外道魔像のみ。それさえ倒せばイズナの目的である無限月読は叶わない。

 そうして外道魔像に向けてナルトとサスケが力を合わせた一撃を放とうとして――

 

「え?」

「な……に……?」

 

 サスケの腹部から、突如として血が吹き出した。

 何が起こったのか。それを理解出来た者は誰一人いなかった。サスケの隣に立っていたナルトも、そしてサスケ自身もだ。

 そのままサスケは大地に崩れ落ちる。それをナルトは支えようとして――謎の力によって押さえつけられた。

 

「サス――がぁっ!?」

 

 首を掴まれたかの様な苦しみがナルトを襲う。じたばたと手足を動かすが、どう足掻いても動く事は出来なかった。

 

「サスケ君!? ナルトォ!?」

 

 突然の出来事にサクラも理解が追いつかないでいた。

 周囲の忍達も一体何が起こっているのか全く理解できず、ただ混乱するばかりであった。

 そしてそこに、この場を支配する男がやって来た。

 

「十尾から尾獣を抜き取るとはな。大した奴らだ……だが、流石にそれ以上は見逃せんな」

『なっ!? イズナ!?』

 

 大国主の力によって前触れなく出現したイズナに誰もが驚愕する。

 そしてイズナは慌てふためく忍達を無視し、外道魔像の上に立ってその力を振るった。

 

『!?』

 

 突如として全ての尾獣が吹き飛ばされる。先程サスケが致命傷を受けた時と同じく、誰もその攻撃の正体を見抜けてはいない様だ。

 そしてイズナは吹き飛び大きなダメージを受けて弱った尾獣を、外道魔像に再び封印しようとする。外道魔像から伸びた鎖が全ての尾獣、そしてビーとナルトに繋がれた。

 

「無駄な抵抗はするな。さっさと一つに戻れ。十尾こそがお前達の真の姿だろう?」

 

 当然の如く抵抗する尾獣と人柱力に向けて、イズナは面倒くさそうにそう呟き、そしてまたも見えざる力、輪墓・辺獄を振るう。

 

『ぐああ!?』

 

 更なる攻撃を加えられた尾獣達は抵抗の力を無くし、そのまま一尾から順に外道魔像へと封じ込まれていく。

 八尾は最後に己の足の一部を千切り、それをビーの為に残す。人柱力であるビーが死なぬ様、己の一部を残したのだ。

 そして――

 

「く、九喇嘛……!」

「――」

 

 そして九喇嘛もまた、最後に我愛羅にある頼みを残し、外道魔像へと封印された。

 

「ッ!」

 

 九喇嘛を封印されたナルトは輪墓イズナから解放され、力なく地に落ちていく。そして地に落ちる前に我愛羅によって受け止められた。だが、その心臓の鼓動はどんどんと弱っていく。

 ナルトが即死していないのはうずまき一族の血を引いているからだ。生命力に溢れたうずまき一族は人柱力として優れており、尾獣を抜かれても即死する事はないのだ。

 だがそれだけだ。尾獣を抜かれた人柱力は死ぬ。その法則は、うずまき一族と言えど逃れる事は出来ない。僅かに生を延ばしているに過ぎなかった。

 

 サスケが倒れ、そしてナルトもまた倒れた。尾獣は全て封印され、イズナの手に落ちる。

 快進撃を続けていた忍連合軍が、一瞬にして窮地に陥ったのだった。

 そしてイズナは窮地に陥った忍連合軍を無視し……全ての尾獣を吸収した十尾を己の肉体へと封じ込めた。

 

「……これが」

 

 十尾を取り込んだイズナの肉体は変わった。肌は灰色に、額には二本の角の様な突起物が生え、右手には黒い錫杖を持ち、背後には九つの黒い球が浮かび、勾玉模様の入った衣姿――の様に見える肉体――へと変化する。

 そう、これこそが十尾の人柱力。そして忍の祖である六道仙人と同等の力であった。

 

「いや、オレは兄さんの輪廻眼すら得ている。つまり――」

 

 つまり、六道仙人すら超える者。そう、イズナは全てを超える力を得たのだ。

 

「認めよう。認めたくなかったが、それでも認めるしかない。日向ヒヨリよ……ここまでしなければ、貴様を相手に勝利は確信できんとな!」

 

 イズナの持つ輪墓の力はアカネですら防げなかった。輪墓の力があればアカネにも勝てるだろう。イズナはそう思っている。

 だが、輪墓の力があればアカネに絶対に(・・・)勝てる、と断言出来る自信はなかった。あのアカネならば、輪墓を受けながらも自分を打倒しそうなイメージが浮かび上がったのだ。

 イズナはこの戦争で十尾の人柱力になるつもりはなかった。そうする必要もなく、十尾の力と己の力があれば勝利は確定しているものと思っていた。

 だが、マダラを奪われ、柱間を復活させ、別天神を防がれた。ここまでされては最早悠長な事を言ってられはしない。

 

「この力で日向ヒヨリを殺す。他はどうでもいい。日向ヒヨリさえ殺せば……!」

 

 その時点で戦争は己の勝利となる。イズナにはその確信があった。だからこそ、周囲に群がる忍連合軍など、一瞥だにしなかった。新たに出現した、己の同胞にも、だ。

 

――別天神!――

 

 神威空間から現れたシスイがイズナに向けて別天神を放つ。

 マダラを解放する為に使用した別天神とは別の、もう片方の別天神。それを使う機会を、シスイは待ち続けていた。

 今までイズナが仮面を被っていたのはシスイの別天神を警戒しての事だった。だが、十尾の人柱力となった際に仮面はその顔から外れていた。

 それを好機と取ったシスイが一か八かの賭けに出たのだ。そしてその賭けは――

 

「無駄だ」

 

 失敗という結果に終わった。

 

「別天神が……!」

「今のオレに別天神など効かん。仮面がなくなった理由をもっと深く考えるべきだったな」

 

 そう、イズナから仮面がなくなった理由。それは人柱力となる際の衝撃で外れたのではない。仮面を必要としなくなったから、外したのだ。

 その事実に驚愕するシスイを他所に、イズナは一瞬でその場からシスイの後方へと移動する。

 

「!?」

 

 自分を通り過ぎたイズナにシスイは疑問を抱く。何故、自分を殺さなかったのか、と。

 今のタイミングならば確実に殺す事が出来ていた。イズナの動きは瞬間移動の類ではなく、ただただ単純に速いだけのもの。だからこそ理解出来る。イズナは自分を殺そうと思えば、一瞬で殺す事が出来ていたのだ、と。

 だが、イズナはそうしていない。その理由は何なのか。同胞だからだろうか。それとも――

 

「貴様さえ殺せば……! 日向ヒヨリィィ!」

 

 怨嗟の声を上げ、イズナは消えた。そして、シスイは理解した。

 自分を殺さなかったのは同胞だからとか、そんな理由ではない。もはやイズナは自分はおろか、忍連合軍自体を歯牙に掛けていないのだ。ただ一人、日向アカネ以外は。

 だからこそ、ナルトを連れて逃げる我愛羅を無視した。だからこそ、サスケを治療するサクラを無視した。だからこそ、イズナのプレッシャーに耐えながらも攻撃しようとしていた忍達を無視したのだ。

 イズナの全ては、日向アカネを殺す事だけに向いていた。

 

 

 

 

 

 

「二人とも……」

「ああ……」

「分かっている」

 

 イズナの元に向かっていた初代三忍は、その動きを止めて戦闘態勢に移行した。

 今更向かった所で意味がない事を感じ取ったのだ。イズナは既に目的を果たした。そして、こちらに向かってくるだろう。

 今のイズナは真っ先にアカネを狙ってくるだろう。それが理解出来ていた三人はこの場に留まり、イズナと決戦する事にした。これ以上忍連合軍の部隊に近付けば、彼らを巻き込んでしまうからだ。

 

 そして三人が戦闘態勢を取った後に、イズナが現れる。

 

――速い!――

 

 三人の思いが一致した。それはイズナが現れたのが瞬間移動によるものではなく、単純な速さによるものだと三人が見抜いた事を意味する。

 

「待たせたな日向ヒヨリよ。単純な強さでは敵わんと言っていたな。それが本当か確かめに戻ってきてやったぞ」

「……それ言ったの私じゃないんだけど」

 

 これほどの力の差ですら跳ね除ける事が出来るのか。イズナは先のマダラの言葉がどこまで真実なのか、どこまで自分に付いてこれるか確かめようとしているのだ。

 

「やれやれ……ここまで力の差のある戦いはどれほどぶりか……」

「ほう、今までにも経験があるみたいなセリフだな。お前に敵う者がオレ以外に今までにもいたのか?」

 

 アカネの言葉はイズナにも、そして柱間とマダラにもそういう意味に聞こえた。

 だが、アカネと付き合いが最も長いだろう柱間とマダラには、アカネが力の差のある敵と戦った憶えなどなかった。逆の意味でなら常にあったが。

 

「まあ、これでも経験は積んでいますからね。あなたよりも遥かにね。自分より強い相手と戦う機会も少しはありましたよ。幸か不幸か、本当に少しですけどね」

 

 自分よりも強い敵と戦う。それは普通に考えれば不幸だろう。だが、アカネにとっては絶対に不幸だとは言い切れない思いがあった。

 強敵と戦いたい。それはアカネの武人(・・)としての根幹に根付くものだ。どれだけ年月が流れようと、幾つの人生を歩もうと、それが崩れ去る事はなかった。

 

「イズナ、あなたは強い」

「当然だ。オレは最早貴様を超えた。この身は忍の祖と同じ、いやそれ以上の存在に至ったのだからな」

「忍の祖……後ろのはやはり求道玉、ならば……。柱間、今のイズナから深手を負うなよ。恐らく今のイズナは陰陽遁を完全に操り、全ての忍術を無にする事が出来るはずだ」

 

 そう、それこそが六道仙人の力。陰陽遁を完全に制御出来る者は六道仙人のみであり、今のイズナは六道仙人と同じ力を持っている。

 その身にあらゆる忍術は効果を及ぼさず、陰陽遁によって作り出された求道玉――イズナの背後に浮かぶ九つの黒い球――に触れればあらゆる物体が消滅する。

 そしてイズナに傷つけられた穢土転生体は再生する事は出来ず、深手を負えばそのまま無力化されるだろう。穢土転生の不死性を期待した戦いは出来ないという事だ。そればかりか穢土転生故に医療忍術による回復も出来ない分、下手すれば生身よりもやりにくい相手と言えた。

 

「穢土転生であるオレ達には相性の悪い相手という事か……」

「そういう事だ。もはやお前達に出来る事はない。消えるならば追いはせん。オレの狙いは日向ヒヨリだけよ……!」

 

 アカネのみを狙うと告げるイズナに対し、柱間とマダラは当然それをさせじとアカネの隣に立つ。

 だが、イズナもまたそれをさせじと二人に分身をぶつけた。

 

「ちっ、柱間! 分身が来るぞ気を付けろ!」

「見えぬ敵を相手にどうせいと言うのか!」

 

 マダラはまだ輪廻眼により輪墓イズナを視認出来るが、柱間はそうはいかない。見えず、攻撃も効かないとなれば然しもの柱間も手の打ちようがなかった。

 マダラも輪墓イズナの攻撃を回避するのが限界だ。輪廻眼では見る事は出来ても、攻撃は不可能な事に変わりはなかったのだ。しかも輪墓イズナが見える分、マダラには二体の輪墓イズナが向かっていたから尚更だ。

 唯一の救いは、輪墓イズナには六道の力が備わっていない事か。輪墓イズナからダメージを受けても、穢土転生ならば再生する事が可能だったのだ。

 

「さあ、これで邪魔者はいない。貴様とは一対一で戦って、そして圧倒的な力で殺してやる!」

「随分と評価されたものですね。まあ、嬉しくもありますよ」

 

 そう言って、アカネは笑いながら構えを取る。その構えは、柱間やマダラが知る柔拳の構えではなかった。

 

「もう一度言おう。イズナ、あなたは強い。身体能力は比べるまでもなく、チャクラ量ですら私を超える。それらの単純な強さを数値化出来るならば、私はあなたの半分にも届かないでしょう」

 

 それは全て真実であった。アカネが僅かな時間で感じ取れたイズナの力量は、完全にアカネのそれを上回っていた。

 ただし、言葉通りの意味でだ。アカネが何を言わんとしているのか、それはイズナも理解出来たようだ。

 

「あくまでオレに勝つつもりか……!」

「来いイズナ。強さとは数値で計れるものだけではない事を教えてやろう」

 

 強さとは単純なスペックだけで決まるものではない。誰よりも長く生き、誰よりも戦いの経験を持つアカネのその言葉には重みがあった。

 だが、イズナはそれを否定する。どれほど技量に長けてようと、どれほど技術が優れてようと、圧倒的な差を覆す事は出来はしないのだ、と。

 

「格の差を教えてやろう!」

「伊達に長く生きていない事を教えてやろう」

 

 神話の再現である六道イズナと、千年を超える研鑽を持つ武人アカネ。その二つが今、激突した。

 

 

 

 

 

 

 先に動いたのはイズナだ。アカネとの間合いを一瞬で詰め、右手に持つ黒い錫杖――求道玉が変化したもの――を袈裟切りに振るう。

 それをアカネは僅かに身体を逸らす事で避ける。その瞬間、イズナは二つの求道玉をアカネの足元へと移動させ、その足を払うように左右から交差させる。

 払うように、と言ったが、求道玉に触れてしまえばあらゆる物体は消滅してしまう。それが防げるのは六道仙術を得た者のみ。つまりアカネでは求道玉が命中した瞬間、その部位は消滅してしまう事になる。

 アカネは足元に迫る求道玉を跳躍して避ける。だが、宙に浮いた事で完全に無防備となったアカネに向けて、イズナが求道玉の錫丈を振り下ろした。

 逃げ場はない。宙に浮いたまま自在に動く事が出来るのは今の世ではオオノキと、六道仙術を得たイズナくらいだ。

 イズナは早くも終わりかと、呆気なく終わる事に対して若干のつまらなさと、そして勝利の笑みを浮かべ――その予想を覆された。

 

「む!?」

 

 錫丈を振り下ろした先にアカネはいなかった。アカネは肉体の一部からチャクラを噴出する事で、その勢いを利用して宙を移動したのだ。それにより、錫丈の攻撃範囲から逃れていた。

 それだけではない。逃れる瞬間にアカネはイズナの肉体に一撃加えていた。一点、足のつま先ただ一点のみにチャクラを集中させ、無駄な破壊を生まずにイズナのわき腹に風穴を空けたのだ。

 

「……器用な事だ。流石は最強の柔拳使いか。空中戦もこなせるとはな」

 

 だが、その程度の損傷はイズナにとって痛手ですらなかった。空いた風穴は一瞬にして再生し、その傷跡は欠片も残ってはいない。

 再生力も桁外れかと、アカネはイズナの情報を修正する。先の移動を見て予想した通り、身体能力は完全に自分を上回る。だが、反応出来ない程ではない。ならば対処の仕様はあるな。

 アカネはそう考えるが、懸念する事はイズナの倒し方ではなく、ナルトとサスケの事だ。二人のチャクラはもう殆ど感じられない程に弱まっている。このままでは死んでしまうだろう。

 サスケはまだいい。死んでも時間が経ちすぎなかったらまだ蘇生も可能だ。だが、ナルトは九喇嘛を抜かれている。こうなったらアカネが再生忍術を使用しても確実に助けられるかは分からない。

 

――サスケの元にはサクラがいる。ならば治療により助かる可能性も、いや、大蛇丸がサスケの傍に? 何をする気だ。ナルトは我愛羅が連れているのか。どこに――なるほど、ミナトの……なら、ナルトは助かる可能性が高いな。

 

 アカネは二人の現状を把握し、そしてどうにかなる可能性を見出す。大蛇丸がサスケの傍に近寄ったのは気になるが、今更サスケの肉体を奪うような事はしないとアカネは信じている。何らかの処置を施すつもりだろう。

 ナルトに至っては無事に回復する可能性が高くなった。九喇嘛を抜かれたから、九喇嘛を入れ直すつもりだろう。ミナトの元に行けばそれが可能だった。

 

――ん?――

 

 アカネが二人が助かる可能性を見出した時、アカネの感知範囲からナルトとサスケのチャクラが消えていた。それだけではない、サクラと大蛇丸とミナト、そしてクシナもだ。一瞬疑問に思うが、アカネはすぐに理解した。ナルト達がオビトによって神威空間に移動させられたのだろう、と。

 神威空間ならば未だ戦場に存在する白ゼツに襲われる心配もなく、安全に二人の治療に集中する事が出来る。より助かる確率が上がるというものだ。アカネはオビトの判断に笑みを浮かべる。

 

「……何が嬉しい?」

 

 それがイズナには癪に障った。今の自分と戦って、どうして絶望ではなく笑顔になれるのだ、と。

 

「気にするな。少し良い事があっただけだ」

「どこまでも癪に障る……!」

 

 この状況にあって良い事があっただなどと、戯言としか思えない事を口走るアカネにイズナは更に苛立つ。

 圧倒的有利なはずなのに、何故かアカネを前にするとその有利がちっぽけな物に見えてしまうのだ。

 そんなはずはない。六道仙人を超えた自分に敵う者等この世にある訳がない。イズナは自分にそう言い聞かせる。

 

 一方アカネはイズナへの対処法を模索していた。

 マダラはイズナには全ての忍術が効かないと言っていたが、体術は効果があった。ならば仙術ならばどうだろうか。

 考えたならば即実行。敵を相手に遠慮は必要ないのだ。

 

――仙法・風遁大突破!――

 

 アカネは仙術によりその効果範囲と威力を大幅に拡大させた風遁・大突破を放つ。

 この術を選んだ理由は、単純に効果範囲と発動速度、術自体の速さに優れているからだ。雷遁系も速度という点では上だが、範囲という点では大突破が上だ。確認に必要なのは威力ではなく当てやすさなのだから。

 だが、大突破により生み出された風圧は求道玉によって防がれた。求道玉が変化してイズナの身体を覆い、大突破を全て防ぎ切ったのだ。

 これでは仙術が効果を及ぼしたかどうかは判断がつかない。求道玉は変幻自在で攻防一体の便利な能力というのが確認出来ただけだ。ならば、直接当てるしかないだろう。

 

 次にアカネはイズナの元に自ら移動し接近戦に望んだ。

 イズナは、求道玉を持つ自身相手に接近戦を挑む事の愚かさに嘲笑を浮かべ、そしてその接近戦を敢えて受けた。

 相手の土俵だろうと負けはない、という自信があるのだ。同時に、相手の土俵で勝つ事でそのプライドをへし折り、アカネに対して負ける可能性を考える己の弱気を払拭しようという考えもあった。

 

 高速で接近するアカネに対し、イズナは四つの求道玉にて迎撃しようとする。

 飛翔する求道玉は変幻自在に動き、アカネに攻撃を仕掛ける。それを紙一重で躱しつつ、アカネはイズナに向けて近付いていく。

 四つから六つに求道玉が増える。だが、例え後ろから迫ろうと、死角がないアカネは求道玉を完全に見切り、回避していた。

 アカネに死角がないのは白眼によるもの――ではない。確かに白眼は360度という視界を有しているが、僅か一部のみ視界が届かないという弱点を有している。これはアカネと言えど変わりない弱点だ。

 だが、それでもアカネに死角はない。その理由は単純明快。視界に頼ってはいないからだ。白眼の使い手としてはまさしく矛盾している理由だろう。

 

 アカネにとって白眼とはここ百年程で手に入れた力だ。その前のアカネは白眼など有してはいなかった。だからこそ、アカネは視界に頼らずに、気配や空気の動き、直感などで死角を消す術を得ていたのだ。

 白眼に死角あれど日向アカネに死角なし。そして、その技術と体術を融合させて、アカネは全ての求道玉を避けながらイズナの眼前まで近付いた。

 

「ふん」

 

 だが、アカネの神技を見てもイズナは一切うろたえる事はなく、冷静に対処する。

 元より身体能力とそれを強化するチャクラはイズナが圧倒的に上なのだ。例えアカネが体術を極めていようとも、その差は覆しようがない。

 イズナはそう確信し、超速の動きにてアカネに拳を叩き込む。そして――

 

「――?!」

 

 拳に籠めた威力がそのままに、自身へと返って来た。

 これにはイズナも混乱した。一体何をされたのか、全く理解が及ばないのだ。

 

 アカネがしたのは、相手の力をそのままに相手に返すという合気の真髄だ。この忍の世では編み出される事がなかった合気柔術である。

 今の世の中で合気を扱える者はアカネが指導した極僅かな忍のみ。その上、この真髄にまで到達した者はまだいない。つまりこの技術は日向アカネのみの技術なのである。イズナが知らなくて当然と言えよう。

 

 アカネはイズナにその力を返し吹き飛ばすと同時に、左右の手で螺旋丸を叩き込む。右手は通常の螺旋丸。左手は仙術を籠めた螺旋丸をだ。

 通常の忍術が通用するか、仙術が通用するか、それを同時に確かめる為である。仙人モードにて仙術を籠めずに術を使うという、無駄に器用な技術であった。

 そしてその結果は――

 

「なるほどな。忍術は無効化するが、仙術は効果ありと」

 

 左手の仙術を籠めた螺旋丸が炸裂した部分は傷ついていた。つまり、仙術ならば今のイズナにも効果がある事が実証された訳だ。そしてアカネはここまでで得た全ての情報を纏める。

 体術と仙術ならば効果あり。ただしその動きは全てにおいて自身を上回っている。だが、技術ならばこちらが上。求道玉と呼ばれる黒い球は自在に動かす事が可能で、形も流動的に変化する。効果範囲はまだ不明。大突破を無効化した事から、求道玉に触れるのは危険……。

 

 最後の、求道玉の効果に関してはまだ確認が出来ていなかった。なら、確認すればいいだけだ。

 体術が有効ならば物理攻撃全般は有効なはず。そう判断したアカネは懐から手裏剣を取り出した。

 

「忍具使うのどれくらいぶりだろ」

 

 久しぶりに戦闘で手裏剣を使用する事に、アカネは思わず呟いてしまう。そして手裏剣を投擲すると同時に術を放った。

 

――手裏剣影分身の術!――

 

 投擲した手裏剣そのものを影分身で増やすという、影分身の応用忍術だ。

 アカネのチャクラにて万を超す数にまで増殖した手裏剣がイズナを襲う。だが、その全ては錫丈が盾の様に変化した事で防がれてしまう。

 だがアカネにはそれで問題はなかった。元よりダメージを与えたくて放った術ではない。確認したかったのは、求道玉の効果である。

 

「オオノキの塵遁みたいなものか。触れた物質を消滅させる……形状の変化や術を保持できる点からも、塵遁を上回ってるけど」

「分析はすんだか。なら、オレの倒し方も編み出せたかな?」

 

 アカネが自分の能力を分析している事はイズナにも理解出来ていた。

 そして、それでも問題ないとイズナは思っている。いくら分析しようが求道玉の力に抗う事は出来ない。妙な体術を使うが、それも決定打にはならない。どれだけ耐えようと、結局はジリ貧となるだけだ。

 そのイズナの予想は間違ってはいないだろう。アカネが強いとはいっても、やはりイズナとは基本スペックが違い過ぎる。長期戦になればイズナが有利であり、そして求道玉を全て回避し続けるのは不可能に近い。

 いずれは求道玉か、イズナ本人に捉えられ、そして防御も意味なく肉体を削り取られるだろう。そうなればイズナの勝利だ。

 

 イズナが考える事はアカネも考えていた。そして、求道玉の能力を確認して、もう一つ確認したい事が出来た。それが上手く行けば――

 

――まあ、やってみるか――

 

 アカネの予想が正しければ、イズナとの戦闘において非常に大きなアドバンテージになる。

 それを確認する為に、アカネはまたもイズナに対して接近戦を挑む。だが、今度の目的はイズナへの攻撃ではなかった。

 

 接近するアカネに対し、イズナは当然求道玉を展開した。今度は九つ全ての求道玉をだ。

 アカネはそれを回避するのが精一杯で、イズナに近づけなかった。いや、その様に演出していた。

 そしてギリギリ躱す演出をし続け、アカネの身体が死角となり、イズナからは見えなくなった瞬間に――アカネは求道玉を僅かに触れてみた。

 それは本当に僅かにだ。当たっても大したダメージにはならない様、指先に僅かに触れただけ。それならば、指の先が少し消滅するだけで、アカネならばすぐに再生出来るダメージにしかならない。

 

 そして確認したかった事が理解出来た時――アカネはイズナに向かって直進した。

 求道玉は回避しているが、先ほどまでとは打って変わってアカネは確実にイズナに近付いている。それも猛スピードでだ。

 今まで回避が精一杯に見せていたのは演技だったのかとイズナは気付くが、それが何の目的だったのかはイズナにも理解出来なかった。

 遠距離で求道玉を動かしてもアカネ相手にはあまり意味はない。イズナはそう悟り、錫杖を投擲する事でアカネを牽制し、その間に求道玉を全て己の周囲に戻す。

 遠距離戦で埒が明かないならば、近距離戦で決着をつけるまで。近距離戦の最中ならば、イズナの攻撃と求道玉の攻撃の両方に気を割かねばならず、隙も大きくなるだろう。そういう判断だった。

 そしてその判断は――アカネが狙った通りの行動であった。

 

 アカネはイズナに接近し、そして高密度に圧縮した螺旋丸を作り出す。これならば強靭な十尾の人柱力の肉体でも耐える事は出来ないだろう。

 当然その圧縮螺旋丸をまともに受けるつもりはイズナにはなく、錫杖を振るってアカネを両断せんとする。

 アカネは錫杖を躱すが、そこを求道玉にて追撃するイズナ。求道玉を避けたらすぐに錫杖を。単純だが、隙のない連携によりアカネは螺旋丸を当てるタイミングを得る事が出来ないでいる。

 イズナはアカネの合気を警戒し、自らの身体で体術を繰り出す事はしなかった。イズナは合気の理屈をおぼろげながらに理解していたのだ。

 錫杖と求道玉ならば、触れた瞬間にアカネの肉体が消滅する。そうすれば、相手の力を利用する事も出来ないだろう。イズナのその判断は非常に正しかった。

 

 だが、アカネは非常に非常識な存在でもあった。その非常識さを完全に理解していなかったのが、イズナの誤算だろう。

 いや、誤算というのは流石にイズナに酷だった。何故なら――六道仙術を使えない者が求道玉を無効化するなどと、どうして予想出来ようか。

 

「な!?」

 

 イズナは信じられないものを見た。アカネに向かっていた錫杖は、体を崩したアカネでは避けられぬだろう一撃であった。

 求道玉と錫丈の連携にて、ついに憎き日向ヒヨリを追い詰めたと思った矢先だ。アカネは避ける事が出来ない錫丈を、その腕で防いだのだ。

 触れた対象を消滅される錫杖だ。本来ならば防ぐという行為は不可能であり、だからこそアカネは錫杖と求道玉の攻撃を全て避けていた。

 だから、この錫杖の一撃を受ければ受けた肉体は消滅するはずであり、アカネはガードした腕ごと胴体が真っ二つになるはずだった。

 

 だからこそ、イズナは目の前の光景が信じられなかった。錫杖はアカネの胴体を真っ二つにするどころか、ガードした腕すら消滅させる事が出来ずにいたのだ。

 イズナに走った衝撃は小さくなく、そして大きな隙を生み出してしまった。

 

「がはぁっ!?」

 

 アカネの圧縮螺旋丸が命中し、イズナの胴体の大半が消し飛んだ。

 流石はというべきか、唯一守るべき頭部はどうにか求道玉でガードしていたようだ。おかげで即死する事は免れていた。

 この状態でも生きている事は恐るべき事だが、それでも再生には若干の時間を要するだろう。その間に頭部も破壊すれば、それで終わりである。

 マダラには悪いが、今のイズナを生かしておくつもりはアカネにはなかった。容赦なく止めの一撃を放とうとして――

 

「ぐぅっ!?」

 

 今度はアカネが大きなダメージを受けて吹き飛ぶ事になった。

 何もない空間から突如としてダメージを受ける。アカネは吹き飛びつつも、これが輪墓イズナの仕業だと理解した。

 

「くっ、まだ輪墓の分身がいたのか……!」

 

 柱間とマダラを見るに、二人は未だに輪墓イズナに足止めを受けていた。つまり、二人に差し向けた輪墓イズナ以外にも別の分身が潜んでいたという事だ。その分身が、本体の危機を救ったのだろう。

 アカネは輪墓イズナから受けたダメージを即座に再生させる。そして、イズナもまた胴体の殆どが消し飛ぶという重傷を癒しきっていた。

 

「貴様……どういう事だ! 何故……何故求道玉が通用せん!?」

 

 イズナは怒りのままに疑問を叫んだ。いくら日向アカネと言えど、六道仙術を会得せずして求道玉を防ぐ事は不可能なのだ。

 それを誰よりも理解しているイズナだからこそ、求道玉が変化した錫杖を防いだ事が納得出来なかった。

 怒り喚くイズナに対し、アカネは全身のチャクラを更に活性化させて防御力を高め、輪墓イズナの攻撃に耐える準備をしつつ、イズナの疑問に答えた。

 

「ああ、言い忘れていましたね。私、幻術だけでなく陰陽遁も防ぐんですよ。その求道玉、恐らく陰陽遁の術なんじゃないですか?」

 

 アカネの持つ特殊固有能力【ボス属性】は、術者に対する特殊な効果を及ぼす能力を無効化する、という何ともファジーな性能を有していた。

 求道玉は触れた物質を消滅させるという効果を持つ能力であり、その能力はボス属性の効果が及ぶ範疇なのである。当然、無効化した際にかなりのチャクラを消費したが。

 アカネが幻術や陰陽遁を防ぐと説明したのは、ボス属性のファジーな性能をいちいち説明するのが面倒だったからだ。

 そして、アカネの説明を受けたイズナは、その怒りを通り越してアカネを完全に危険視した。

 

「……求道玉すら防ぐだと。貴様は危険すぎる……。圧倒的な力で絶望を与えようと思い、輪墓の力を貴様に使わなかったのはオレの驕りだ! 最早戦いを楽しもうだのと思わん!!」

 

 そう叫び、イズナは全ての輪墓を集結させる。マダラに差し向けた一体。柱間に差し向けた二体。そして念の為に自身の警護をさせていた一体。計四体の輪墓イズナだ。

 それらの輪墓イズナは集結してそのままイズナ本体に重なっていく。効果時間が切れたのだろう。だが、それはイズナも承知の上だ。

 イズナは大地にあって使用出来る大国主を発動し、そして瞬時にその場から離れた。

 

「消えたか……いや、あそこか」

 

 アカネはイズナが消えた瞬間に、別の場所にてイズナのチャクラを感じ取る。この瞬間移動は出現にもタイムラグは殆どないようだ。

 そう思うアカネの元に、輪墓イズナから解放された柱間とマダラが駆けつける。

 

「アカネ!」

「無事のようだな!」

「ああ。そっちも無事でなにより、イズナは――ん? 上空に向かっている? 何を――」

 

 アカネは上空に向かうイズナを感知するが、その目的が理解出来なかった。

 だが、アカネの言葉を聞いた柱間が上空に浮かぶ月を確認した時に、イズナの目的に気付いた。

 

「ま、まさか! いかん! イズナは無限月読を行う気だ!」

『なに!?』

 

 無限月読に関する情報を、イズナを除き誰よりも理解しているマダラだからこそ、イズナの狙いに瞬時に気付けた。

 アカネ達はすぐにイズナを止めようと動き出す。だが、イズナはアカネ達がそうする事を理解しており、迎撃の為に地爆天星で作り出した無数の巨石による投擲を行う。

 そして、アカネ達がその対処に時間を取られている間に、イズナは夜の空に浮かぶ月と対峙する。

 

 うちは一族に伝わる石碑にある一文が記されている。

 輪廻の力を持つ者が月に近付きし時、無限の夢を叶えるための月に映せし眼が開く。

 

――世を照らせ! 無限月読!!――

 

 逃れえぬ月の光が、世界を照らす。無限の夢が始まった。

 

 




 イズナ君、バグキャラとの戦闘よりも目的達成を選ぶ。実にくればーです。

 求道玉。術者の周囲を飛び回り、体積は変わらないが形を流動変化させ、触れた物質を消滅させる能力を持つ攻防一体の凄まじく高性能なファンネル。

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