ナルト達が修行を始めて一年と半年が過ぎた。アカネ(本体)とナルトが修行をしている場には、日向の姫君である日向ヒナタの姿もあった。
さて、何故ナルトと一緒にヒナタがいるのか。その答えは……まあ、野暮というものだろうがすぐに分かるだろう。
「な、ナルト君……お疲れ様、こ、これ良かったら飲んで。家で作ってきたの」
「お、サンキューヒナタ! やっぱりヒナタはいい奴だってばよ! ……鬼アカネと違って」
とまあ、この様に甲斐甲斐しく世話をしているのだ。もちろんヒナタも一緒になってナルトと修行をしている。
憧れていて惚れた男と一緒にいたい。そんなヒナタの想いにアカネが共に修行をする事を提案したのである。
そして疲れた時や傷ついた時に優しく看護すればその内にナルトもヒナタの優しさと魅力に気付き、いつしか愛が芽生えるだろうという案だ。
だからこそ、愛する妹分であるヒナタの為だからこそ、アカネはナルトが小さく呟いた言葉を見過ごしてやった。
(ヒナタ様がいなくなったら覚えていろよナルトめ)
見過ごしたのは今だけのようだ。ヒナタが離れた時がナルトの最後かもしれない。
さて、こうしてナルトと一緒に修行をしているヒナタだが、ナルトがカカシ率いる第七班という班に入っているように、ヒナタも夕日紅率いる第八班の一員である。
つまりナルトと違ってヒナタには任務をこなす必要があるという事だ。まあ、ナルトも一応は任務中なのだが。
そんなヒナタが常日頃からナルトと共にいる事は出来ないだろう。同じ第八班同士による連携修行や任務もあるのだから致し方ない。
だが第八班の班員達にはある悩みがある事がヒナタの言葉から発覚した。それを解消し、そしてヒナタの想いも遂げられる一石二鳥の案をアカネは考え付いたのである。
では第八班の悩みとは何なのか。それは……自身達とヒナタとの実力差であった。
第八班の一員、犬塚キバ。彼は現在アカネ(影分身)の地獄の修行を受けていた。最近ヒナタがメキメキと実力を付けて来て、このままではいられないと思っていた矢先、担当上忍である紅からアカネを紹介されたのである。
「もう、無理だ……」
「大丈夫。出来ます。これが出来ればあなたの通牙は更なる威力を得て進化するでしょう」
「オレは日向じゃねぇんだよ! あんたやネジみたいにそう簡単に全身からチャクラを放出なんて出来るか!」
チャクラとは基本的に掌という放出しやすい箇所を使用して術などを発動する。螺旋丸を手から作っているのもそれが理由だ。まあ、アカネは全身のどこからでも螺旋丸を作る事が出来るが。その気になれば「私自身が螺旋丸になる事だ」などという意味不明な台詞を吐いて実行する事も出来る。
だが全身からチャクラを放出出来るのは経絡系や全身の点穴を見切る事が出来る日向ならではの技術なのだ。キバがアカネに文句を言っているのも間違いではない。いや、間違いではないが、間違っているとも言えた。その理由をアカネがキバに説明した。
「全身からチャクラを放出するのは日向の特権ではありません。日向はあくまでその技術に長ける素養があるだけの事。その素養がなくても意識して修行すればいずれは全身からチャクラを放出する事が出来る様になりますよ」
「……んなこと言ったってよ」
アカネに説明されても納得を見せないキバ。こうしてアカネに修行を付けてもらっているのは担当上忍である紅からの指示だからだが、いきなりの事なのでまだ全てに納得が出来ていないのだ。強くはなりたいが、良く知りもしない同い年くらいの少女が相手では納得する事が出来ず修行に身が入るわけもない。
だからアカネは分かりやすくキバに修行の結果を見せて上げることにした。
「いいですか? これが今のあなたの通牙です」
そう言ってアカネは全身を高速回転させながら敵に体当たりするという荒業、通牙を使用してみせた。
犬塚一族は一族に代々伝わる擬獣忍法という獣そのものに成りきる術にて獣の俊敏性を手に入れ、全身を高速回転させる事で初めて通牙を放つ事が出来る。その通牙をアカネは擬獣忍法無しで放ったのだ。しかもその威力はキバのそれを遥かに凌駕していた。
「……す、すげぇ」
これがアカネの修行による成果だとすると、キバは興奮するしかなかった。
しかもたった一人でこれだ。相棒の忍犬である赤丸と共に放ったならばどれだけの威力になるか。
「そしてこれが私の修行を成し遂げた時の通牙です」
「え?」
キバが驚く間もなく、アカネは再び通牙を放った。
それは最初の通牙と違い、全身からチャクラを放出して纏う事でその威力を格段に上昇させていた。
威力が増した通牙は全てを切り裂き薙ぎ払い突き進んでいく。その破壊の嵐はキバの想像を遥かに超えていた。触れれば相手が何であろうとも確実に倒せるだろうと確信させる程のものだ。
「……」
もはやキバには言葉もなかった。茫然自失となってこの破壊の傷痕を眺めており、そして少しずつ現実感が戻ってくると徐々に興奮が湧き上がっていく。
「とまあ、このように通牙でさえこの威力になります。これを極めれば通牙の発展系である牙通牙やそれ以上の術も効力を増す事でしょう」
「すげぇ! すげぇよ! 赤丸! 絶対にこの技を覚えようぜ!」
「オン!」
最初の頃とのその気迫の差にアカネは苦笑しつつ、どうやら修行に対する意欲が湧いてきた事に安堵する。
ちなみにアカネとしては放出した肉体と同時にチャクラを回転させる事で更なる威力向上をと思っていたのだが、流石にそれは取りやめた。
それは即ち日向の秘奥と言われている回天の上位、廻天と同じ理屈の奥義になるからだ。流石にそれを他家に教えては日向の沽券に関わるだろう。
もっとも、当主であるヒアシをして十年の年月を掛けてようやく体得した秘奥中の秘奥を、まだ若いキバが一年や二年で体得出来るわけはないのだが。
「では、私の修行に文句はありませんね?」
「ああ! 文句なんてあるもんか! 早く修行を付けてくれ! どうすればいいんだ!? 何でもするぜ!」
気軽に何でもするなどと言ってはいけない。後にキバが自身の子どもにしかと教えた言葉である。
ところ変わって、アカネ(影分身)は第八班の最後の一人である油女シノと対面していた。
「……」
「……」
互いに無言のままに時間が過ぎていく。
シノもキバと同じく担当上忍に言われるがままにここへとやって来た。だが、シノにはキバと違う点があった。
それはアカネの修行を楽しみにしているという事だ。そう、シノはアカネが強く、そして師として有能である事を知っているのだ。
「私があなたの師となる日向アカネですが……私で問題はないのですか?」
「ああ……何故なら、お前の評判はヒナタから良く聞いているからだ」
そう、ヒナタは事有る毎にアカネの自慢をしているのだ。
アカネ姉さんに教わったからこの技が出来る様になった、アカネ姉さんがたくさんの下忍や上忍にまで修行を付けている、等とだ。
そしてヒナタの実力がここ最近急速に伸びているのもアカネのおかげとの事だ。
このままではヒナタだけが強くなり、自分達は置いていかれるのでは。そう思った矢先にこの話が来たのだから、シノとしては渡りに船だったのだ。
ちなみにキバがアカネの事を覚えていないのは単に彼がヒナタの自慢話を聞き流していたからである。
「そうですか……」
「……」
シノは期待していた。どのような修行で自分を強くしてくれるのか、と。
「では……」
「ああ……」
ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえる。果たしてそれはどちらから聞こえた音なのか。
「と、取り敢えず基礎修行をしましょうか」
「……」
シノが期待した様な特別な修行はなかった。
だがそれも仕方がないのだ。何故なら油女一族は木ノ葉に存在する秘伝忍術を伝承する一族の中でも、更に特殊な一族だからだ。
油女一族は蟲使いの一族である。この世に生を受けたと同時にその体を巣として蟲に貸し与え、その力を借りて戦うという秘伝忍術の一族だ。
油女一族は蟲を自在に操り戦闘の殆どを蟲に委ねる代償として、自らのチャクラを餌として与え続ける契約をしているのだ。
そんな特殊な秘伝忍術の使い手に、更なる秘伝忍術の応用や発展など油女一族ではないアカネにどうしてできようか。
出来る事と言えば基礎修行と近接戦闘修行を付けて、より秘伝忍術の使い勝手を上げるくらいである。
「す、すみません。あなたの一族の術は特殊すぎて私ではそれらを発展させる事は難しいんです……」
「……分かっている。何故なら、それが油女一族だからだ」
そう返すシノは、どこか寂しそうであった。
「だ、大丈夫です! 基礎修行をしてチャクラを増やせば寄生させる蟲の種類や量を増やす事が出来ますし、近接戦闘力を向上させれば敵への接近時に戦術の幅も広がります! そうすれば秘伝忍術を使用する時に便利なはずです!」
「……そうだな」
これに関してはシノも異論はなかった。確かに新たな蟲の秘伝忍術を覚える事は出来そうにはないが、アカネの修行を成し遂げれば大きな利点を得る事も出来る。
今寄生させている蟲だけでも新たな戦法を作り出す事も可能かもしれない。そう思えばシノもやる気が漲ってくるというものだ。
「では、よろしく頼む」
「はい!」
シノに合った特別な技を伝授出来そうにないので、アカネは基礎修行と近接戦闘修行に力を入れる事でその不備を詫びようと気合を入れる。
まあ、どう考えても気合の入れ方を間違っているだろう。哀れ、シノは蟲使いだというのに木ノ葉でも屈指の近接戦闘のスペシャリストへと至るのであった。
◆
「だから! アカネちゃんとは何でもないんだって! 信じてくれよリン!」
「オビトの言う通りだ! オレがロリコンだなんて根も葉もない噂だ! オレは無実だ!」
今、木ノ葉の里で大の大人である男性二人が一人の女性を相手に必死に懇願をしていた。
男性の名はうちはオビトとはたけカカシ。そして女性の名はのはらリン。この三人はかつては同じ小隊を組んでいた仲であり、今でも仲が良く共に食事をしたり任務を遂行したりしている。
リンは優しくて気立ても良く、木ノ葉でも有数の医療忍者である。嫁にしたいと思っている男性は数多いだろう。だが、彼女はカカシの事が好きなので三十路が近い今でも独身を貫いているのだが。
そんな優しいリンだが、今の彼女に逆らう気概はオビトとカカシにはなかった。
まさに怒髪天を突くという言葉が相応しいだろう。リンは二人に対して非常に怒り狂っていた。失礼、流石に狂ってまではいない。ともかく怒っていた。
その理由は、親友であり想い人であるカカシと、親友であり自分を想ってくれているオビトの二人が、十六歳の少女に手篭めにされているという噂を聞いたからである。しかも両者とも同じ少女だ。ここまで聞いて怒りを顕わにしない程、リンは聖女ではなかった。
「ふーん。そのアカネって子とは何でもないし、根も葉もない噂、ねえ……。だったら……あなた達の隣にいるその娘は何なのよ!? 説明してもらえるわよね!!」
『ど、どうも。日向アカネと申します』
リンの言う通り、カカシとオビトの隣には件の少女であるアカネ本人がいた。
ただし本人ではあるが本体ではない。影分身だ。そしてカカシとオビトの二人にそれぞれ影分身は付けているので、今この場にアカネは二人いる事になる。
「これまた器用に二人共に同じ娘を
「待って! 話を聞いて! オレが愛しているのはリンだけだって言ってるだろ!」
オビトが言うように、実はオビトはリンに対して既に告白をしていた。想いを秘めていたのは十数年以上前からなので、遅い告白ではある。
その募った想いの丈をリンにぶつける事が出来たのはアカネからの発奮があったからだ。オビトの恋心を知ったアカネが後押しをしたのだ。そう、まるで近所の世話好きのおばちゃんの如くにだ。
そうして一大決心をしてリンに告白をするも、返って来た答えはオビトの期待していた答えではなかった。だが、予想していた答えではあった。
リンがカカシの事が好きなのは昔から知っているのだ。それでもオビトはリンが好きだった。例え断られようとも、その程度で揺らぐような愛でも恋でもなかったのだ。
だからオビトは断られても、リンに迷惑にならない程度に自分の愛を証明してきた。プレゼントをしたり、デートに誘ったり、熱い告白を再びしたりとだ。
リンもオビトが自分の事を好きな事は知っていたが、自分はカカシに想いを抱いているので告白されても袖にするしかないと思っていたし、自分がカカシが好きだという事はオビトも知っていると理解していたので告白してくる事はないと思っていた。
だが急な告白に、断ってからも愛を伝えてくるオビトに、次第にリンの気持ちも揺れていた。いつまで経っても自分を避ける煮え切らないカカシと、ストレートに自分だけを見つめてくるオビト。この二つに揺れるのは乙女(28)として仕方のない事だろう。
「頼む! 後生だから最後まで説明させてくれ! ロリコンなんて不名誉な称号がオレに付くなんて耐えられないんだ!」
そしてカカシ。リンが幼い頃から恋心を抱いていた相手。
だがカカシは過去にリンが敵に捕われた時に任務遂行を優先して見捨てるという選択をした事を悔いていた。
そのせいでリンだけでなくオビトまでも危険に晒したのだ。自分が任務だけでなくもっと仲間の事を想えば起こらなかっただろう悲劇だ。
ヒヨリという存在がいたからこそ、今もこうして三人揃って無事に生きているのだが、そうでなければ確実にオビトは死んでいただろう。
リンを見捨てたという最低最悪――少なくとも今のカカシはそう思っている――な選択をした自分が、リンに愛される資格なんてない。
カカシはそう考えているからこそ、リンの想いを知りつつもそれを避けるように行動しているのだ。そしてそれはリンも分かってはいた。
いつかは心の傷も癒えて自分の愛を受け入れてくれる。いや、自分が心の傷を癒してあげる。リンはそう想い続けていたのだ。
だがそういった二人への想いも全部台無しだった。
何だこの二人。私の愛を受け入れないのは私が若くないからか。若い女の方がいいのか。どうせ私はもうすぐ三十路のおばさんだ。私だけを愛しているとか言いながら本当は若い女がいいんだろう。この野郎共。
鬼気迫るというべきか。アカネですら恐れる程の殺気をリンは放っていた。カカシとオビトなど最早涙目だ。
「お、おち、落ち着いて下さいリンさん……わ、私は二人とは何でもないんです……」
長い人生に置いてここまで動揺した事は数えるほどしかなかったなぁ、などとアカネは軽く現実逃避をしながら過去に思いを馳せていた。
「へえ? つまり二人とは遊びだったんだぁ」
だが残念。現実は非常である。アカネは深まるリンの殺気に一瞬で現実へと引き戻された。
「ち、ちが……! 遊びとかじゃなくて――」
「じゃあやっぱり本気なんだよね?」
「タスケテ!」
思わず助けを求める程にアカネは追い詰められる。だが、渦中の人物であるカカシとオビトは既に戦意を失っているようだ。
この役立たずめ! 内心でカカシとオビトをそう罵倒するが、それで味方が増えるわけではない。アカネの命は風前の灯火だ。
最後に頼りに出来るのは自分自身。なので、影分身のアカネは互いにどちらかを犠牲にしようとし、ほんの僅かに早くオビトに付いていた影分身が自らその体を消滅させて逃げだした。
残されたのはカカシに付いていた影分身のみだ。
「う、うらぎりものー!」
「ちょっと、お・ね・え・さ・んとお話しようかしら?」
「ヨロコンデー!」
お姉さんという言葉を強調するリンに対し、アカネに拒否という選択肢は与えられていなかった。
なお、影分身の一体が消滅し、その経験と知識が本体のアカネに還元された事でアカネはリンの怒りを知る事になり、木ノ葉から逃げ出そうか画策したというがそれは定かではない。
「と、言うわけなのです。なので、けっして私と彼らは付きあっている訳ではありません。ご理解いただけたでしょうか?」
アカネはリンの家にまで連れられて、そこでどうにかリンを落ち着かせて釈明をした。
ここまで来ては全てを話す他はない。その全てとは、アカネの正体がヒヨリである事も含めている。
アカネが二人に修行を付けている事を説明するにはアカネの力を説明する必要があり、影分身を大量に作ってそれぞれに修行をつける程の実力となると、それはもうアカネの年齢では考えられない物なのだ。
なので、カカシとオビトがリンは信用出来ると太鼓判を押した事もあり、アカネはリンに自身の正体を明かした上で全てを説明したのである。
「……え? これってドッキリ?」
リンの反応も宜なるかな。目の前の少女が伝説の三忍にして木ノ葉設立の立役者である日向ヒヨリだなどとどうして信じれる。
「いや、信じられないかもしれないけど、本当なんだリン。オレの写輪眼でもアカネちゃんのチャクラがヒヨリ様と同じなのは確認しているからな」
「ああ。それに日向ヒアシ様や二代目三忍の自来也様に、三代目様もアカネがヒヨリ様だと認めている。他にも何人かの里の重役は知っている事だ」
二人の言葉からドッキリであるという線はなくなった。二人に対して怒ってはいても、やはり最も信頼しているのもこの二人なのだ。なので、二人が嘘を吐いてないのは理解出来た。
……その理解を先程の二人のロリコン疑惑釈明時に発揮してやれれば良かったのだが、あの時は冷静さを失っていたのだろう。だから仕方ないのだ。
「も……」
「も?」
「申し訳ございませんでしたー!」
それはそれは見事な土下座であった。見る人が見れば惚れ惚れしていたであろう。まあ、そんな土下座への理解者はこの場にはいないのだが。
「あ、頭を上げて下さい。誤解される様な配慮の足りない事をした私が悪いのですから」
「いえ! 私達を助けて下さったヒヨリ様に対してあのような仕打ちをしてしまったのです! 本当に申し訳ございません! ……お、オビトを、オビトを助けて下さって……本当にありがとうございました」
それは涙を流しながら発せられた言葉だった。あの時、ヒヨリがいなければオビトは確実に死んでいただろう。それを思うと、何度礼をしてもしたりないくらいであった。
「……あなたのお礼は、ヒヨリであった頃にも頂いていますよ。だから、もう気にしないでください。木ノ葉は私の子どもの様な里です。そこに住む人々を守るのは、当然の事ですから」
そう、ヒヨリが存命時にもリンはヒヨリにオビト救出の礼はしている。姿形は違えど同一人物なのだから、同じお礼は一度貰えば十分だ。
「はい……ありがとうございますヒヨリ様……」
アカネの優しさにリンは再び涙して礼を述べる。ヒヨリであった頃から変わらない、母の様な慈しみの心を持って接してくれるアカネに感激して。
……まあ、その母の様な人を脅して怯えさせるという珍事を成したのだが。柱間やマダラにさえ出来なかった快挙であった。
しばらくして落ち着いたリンは改めてアカネに頭を下げる。
「ヒヨリ様! いえ、アカネ様!」
「呼び捨てで結構ですよ。公の場で私がヒヨリとばれても困りますし、下忍の立場にいる私が敬われるのはおかしいですから」
「……じゃあ、アカネちゃん。私にも二人と同じ様に修行を付けてくれないかしら? 私も医療忍者としてもっと腕を上げて皆の役に立ちたいの」
自分にもっと医療忍術の腕があれば、助けられる人も多かったはずだ。リンは常日頃からそう思って修行を怠る事はなかった。
だが最近自分に限界が見えてきたのだ。これ以上は独力ではどうしようもない壁に当たっていると実感したのだ。
優秀な師がいれば良かったのだが、既に木ノ葉にはリン以上の医療忍者と言えば一年半年前に帰って来た綱手くらいだった。
しかし綱手は火影という非常に忙しい立場であり、そして既に一人の弟子を持っている。そんな彼女に弟子入りを申し込むのは少々気が引けたのだ。
だがアカネは違う。医療忍者としては最高峰と謳われる日向ヒヨリの生まれ変わりであり、影分身を利用して多数の忍に修行を付ける事が出来る。
アカネならば自分の壁を壊してくれるはず。そう願っての弟子入り祈願であった。
「……私の修行は厳しいですよ?」
「望むところです!」
「止めておくんだリン!」
「そうだ! 早まるんじゃない!」
アカネの修行の過酷さを身を持って知っている二人はリンの自殺行為を止めようとする。だがリンの決意は固かった。
「二人ともアカネちゃんに修行を付けて貰っているんでしょう! 私だけ仲間外れにするつもり?」
「そう言うわけじゃないけどさ!」
「お前が自殺しようとしているのを見過ごすわけには行かないでしょ!」
「あなた達、私の修行を何だと思っているんですか……」
地獄。その一言をカカシもオビトも喉から出そうになって飲み込んだ。言えば最後、地獄も生温い過酷な修行が待っているに違いないからだ。
だが時既に遅し。二人の物言いから既にアカネの中では修行の三割増しが決定されていた。これで二人とも更にレベルアップする事だろう。目出度い事だ。
「まあ、取り敢えずリンさんの修行は後日からにしましょう。今日の所は三人でゆっくり休んで下さい」
「え? それってオレ達の修行も休みってこと?」
「明日から修行が三割増しくらいになってそうで逆に不安だよ……」
カカシ大正解である。流石はコピー忍者のカカシ。頭の切れも大した物であった。
◆
「……どうだ?」
「ええ。問題ないですね。今は完治したと見ていいでしょう。ですが、違和感を感じたら必ず私の所か綱手様の所に相談に来てくださいね」
「ああ、そうするよ。度々すまないな」
今アカネは白眼にてイタチの体を診察していた。イタチの病は手術により完治していたが、再発や転移の恐れがある病だった為に定期的にアカネが診察しているのだ。
ちなみにイタチの言葉遣いが丁寧ではないのはこの場がイタチの実家であり、近くにミコトとサスケがいる為だ。この二人はアカネの正体を知らないので、下忍に対する振る舞いを取らなくてはならない訳だ。
「アカネさん、本当にありがとうございます。あなたと綱手様のおかげで息子は無事に今も生きていられます」
アカネと綱手がイタチの手術をした事はこの一家には周知の事実だ。もう何度も礼をしているが、それでもミコトはしたりないくらいだった。
サスケの修行を手伝ってくれている事といい、ミコトはアカネにお礼と称して良く家の食事に誘っていた。そういう訳でアカネはちょくちょくサスケの家で食事を摂っていたりする。
「気になさらないでくださいミコトさん。私も何度も夕飯をご馳走になってますし、お礼は頂いていますから」
「ミコト。診察も終わった事だから茶の用意を頼む。茶菓子も忘れずにな」
「はい。アカネさん、少し待っていて下さいね。美味しい羊羹があるんですよ」
そう言ってミコトはその場を立ち去った。美味しい羊羹と聞いたアカネの期待度は非常に高まっているようだ。
「いや、確かその羊羹は昨日イタチが食べてしまったな。サスケよ、少しばかり買ってきてくれんか。場所は分かるだろう?」
「……すまないなサスケ」
食べた覚えがないイタチは濡れ衣を着せられた事に僅かにうろたえるが、フガクの考えを読み取りフォローすら入れた。空気の読める男である。
「アカネが影分身で買いに行けばいいんじゃ――行って来ます!」
影分身という非常に便利な使い走りを用意出来る術を持っているアカネが買いに行けばいいんじゃないかと文句を言うサスケだったが、フガクの一睨みで颯爽と家から飛び出して行った。
これでしばらくはこの場には事情を知る三人のみとなるだろう。改めてフガクはアカネに頭を下げた。
「アカネ様、イタチの病を治していただき、感謝の念が尽きぬ思いです……まことに、まことにありがとうございます……!」
大きな声ではないが、静かに響く思いが籠められた言葉だった。
ミコトとサスケを遠ざけたのも、うちは一族の当主である自分が下忍を相手に頭を下げている姿を見せないようにする為だった。
逆に言えばアカネに礼を言いたいが為に二人を遠ざけたのである。その為にわざわざミコトがアカネに出す為に用意していた羊羹を、ミコトに隠れてこっそりと食べたのだ。
「父さん……」
あの厳格な父が自分の為にこうして頭を下げて思いの丈を顕わにしてくれているその姿に、イタチは素直に感動する。だからと言って羊羹を食べた犯人を擦り付けるのはどうかと思ったが。
自分にも他人にも厳しいフガクだが、家族への愛情は内に秘めていた。滅多に表に出す事はないが、命を救ってくれたとなれば話は別だった。
今まではアカネと一緒にいる時にはサスケやミコトがいた為に簡単な礼しか言えなかったが、こうして機会を作り深く感謝の意を示したのだ。
「頭を上げて下さい。ミコトさんにも言いましたが、もうお礼は頂いていますよ」
「ああ……」
アカネに言われて頭を上げたフガクはすぐに佇まいを当主としての物にする。ミコトが近付いてくる気配を感じ取ったのだ。
「ごめんなさいアカネさん。羊羹がどこにもなくて……おせんべいならあるんだけど」
「ごめんよ母さん。昨日オレが知らずに食べてしまったんだ。今サスケが買いに行ってくれているから」
フガクは心の中でイタチに謝った。こうもフォローしてくれると余計に心が痛くなるものである。
「そうだったの。もうしょうがないわねぇイタチは。そうそうアカネさん、今日も夕飯食べて行くわよね?」
「そう何度も世話になると申し訳ないんですが……」
「いいのよ、そんなに気にしなくても」
「じゃあ、お言葉に甘えてご相伴に預からせてもらいますね」
夕飯に誘う、一度は断る、気にしないでいいのよ、じゃあお言葉に。これがアカネがサスケ宅で食事を摂る一連の流れである。
既にフガクやイタチも、そしてサスケも何度となく見た光景だ。たまにイザナミ――幻術の一種――にでも掛かっているのかと思うくらいに同じ流れである。様式美なのだから仕方ない。
そうしてサスケ宅にて夕食が開始される。ちなみにアカネの両親にはちゃんと影分身で夕食をご馳走になる事は伝達済みだ。
「サスケ、修行の方はどうだ」
夕食を摂りながらの家族の会話だ。サスケがあの日向ヒヨリの修行を受けているとなるとやはり父としてもうちはの当主としても気になるのだろう。
幼い頃は優秀な兄と比べられてあまり期待されていないと思っていたサスケは、こうして父が自分に興味を示してくれているのが嬉しかった。
「ああ、大分強くなったと思うよ。今なら兄さんにだって勝てるかもね」
それはサスケなりの冗談だったが、それくらい強くなったと伝えたかったのだ。
「ふ、大きく出たな」
「ん。まあ六対四くらいですかね」
サスケの言葉を虚勢と取ったフガクは、その後に続いたアカネの言葉の意味が良く理解出来なかった。
「六対……四?」
「ええ。イタチさんとサスケが戦った場合の勝率ですよ。イタチさんが六でサスケが四です」
「……え?」
その言葉に一番驚いていたのがサスケである。サスケにとって兄とは優秀すぎる壁で、乗り越えたいと努力をしても決して追いつけない存在であった。
昔から父は事ある毎に優秀な兄と自分を比べ、優しい兄を尊敬しつつも嫉妬するというコンプレックスを抱いていた。
そんな兄に、まだ負ける確率が高いとはいえ勝つ可能性を自分が得ている。それがどこか信じられないでいた。
「そ、それは本当かアカネ!?」
「あ、ミコトさん、お代わりお願いします」
「お代わりならオレが入れてやる! ほらよ大盛りだ! さっさとさっきの話を詳しく聞かせろ!」
「食事くらい……ゆっくり……食べさせて……下さいよ」
「もう半分飯食い終わってんじゃねーかこのウスラトンカチ! もう少しゆっくり食え!」
肉を食べ、白飯を食べ、そして肉を食べ、白飯を食べる。肉と白飯の相性の良さは異常である。それを堪能しているアカネにサスケの罵倒など耳にも入らなかった。
「ふぅ。お茶が美味しい。……で、何でしたっけ?」
「このアマ……! 何でこんなのがオレより強い……!」
「その台詞。ネジにも何度も言われるんですよねぇ。あなたとネジって仲良くなれそうですね!」
「ああ、心底そう思うぜ……!」
ネジもきっと同じ思いを抱いているのだろうと思うとサスケはネジと心が通じそうな気がしてならなかった。
「まあサスケをからかうのはこれくらいにしますか」
「いつか絶対ぶっ飛ばしてやる……!」
「楽しみに待ってましょう。先程の話ですが、今のサスケならイタチともいい勝負が出来ますよ。経験の差でイタチが有利でしょうが、十分にサスケにも勝機があります」
「そ、それほどまでに……」
これにはフガクも驚愕であった。サスケに期待はしていたが、それでもイタチと比べると見劣りすると思っていたのは確かだ。
将来的にはもしかしたらと思っていたが、ここまで早くに芽を出すとは思ってもいなかったのだ。
期待に目を輝かせてこちらを見るサスケに、フガクはまだまだ子どもかと思いつつも、サスケが望む言葉を口にしてあげた。
「流石はオレの子だ」
「父さん……!」
サスケの喜びようと来たらアカネも見た事のないほどであった。それだけ父に認められた事が嬉しかったのだろう。
「まあ、下忍のままで修行に身を費やしているのだ。イタチやオレを超えるくらいはしてもらわねばな」
「う……!」
調子に乗らない様に多少の釘を刺しておく事も忘れてはいない。うちは当主の名は伊達ではないのだ。
「……」
ちなみにイタチはサスケの成長を嬉しく思いつつも、もう少しは兄として弟の壁で有りたいという思いもあった。
なのでこっそりとアカネへ弟子入りしようかなと考えていたりする。
食事をしつつ、サスケとアカネが馬鹿な話をしつつ、それを肴に珍しく食事中にフガクが晩酌をしつつ、そうした団欒が広がる中、ミコトが爆弾発言をした。
「ねえアカネさん。アカネさんが良ければイタチかサスケのどちらかの嫁に来ない?」
「ぶはっ!」
それに過剰反応したのは当のアカネやイタチにサスケでもなくフガクであった。
「ど、どうしたのあなた?」
「い、いや、何でもない」
ミコトのいきなりの発言に酒を噴き出してしまったフガク。だが、事情を知る者ならば彼を責めまい。事実イタチは父の反応を理解していた。
フガクからすれば日向ヒヨリが息子の嫁になるという意味不明どころか驚天動地な出来事を聞かされたのだ。驚くなという方が無理である。
「うーん」
難しそうな、困った様な表情のアカネを見て、ミコトは少し表情を暗くする。
「ダメかしら? アカネさんがいるといつもより明るくなるから私としては嬉しかったんだけど……もしかして、他に意中の人でもいるのかしら?」
「意中の人ですか……。そういう人は……いませんね」
「そうなの? だったら、好みの人はどんな人なの?」
『……』
完全にガールズトークである。周りの男共は若干居心地が悪くなっている様だ。
「そうですね。優しい人なら……あ、でも――」
「ふんふん、どんな人がいいの?」
「私と同じかそれ以上に強い人ならもっといいかな」
『結婚する気はないようだな』
フガク、イタチ、サスケの親子三人の言葉が完全に一致した。
夕食も終わり、サスケの家を発ったアカネは帰路へと就く。
そしてふとミコトに告げた言葉を思いだす。
「私と同じくらい強い人、か……。あの馬鹿め……どうして木ノ葉を、私たちを……」
かつての悲しい過去を思いだし、アカネはしばらく夜空を見続けていた。