アカネとサスケは木ノ葉にある訓練場の一つに来ていた。ここならば大規模な術を使わない限り誰にも迷惑を掛けずに修行をする事が出来るだろう。
そしてアカネはサスケが望む通り雷遁の修行と、その為に必要な雷遁の説明を開始した。
「雷遁は応用力のある性質です。ただ術として敵に放つだけでなく、肉体活性に応用する事も出来ますし、形状変化と組み合わせると非常に効果的です」
「知っている。オレの雷遁は千鳥だからな」
サスケがカカシから習った雷遁は千鳥と呼ばれる術だ。
これはカカシのオリジナルの術であり、今やカカシの代名詞となる程有名な術でもある。
その正体は電撃を帯びた突きだ。言葉にすれば簡単だが、実際はそれ程簡単な術ではない。
雷遁による電撃を片手に集め、肉体活性による高速移動を用いて対象を貫く。単純だが威力の高い一撃だ。
その分リスクも高い。あまりに高速で動く為に使用者自体の反応が追いつかない事があるのだ。その場合敵にカウンターを合わせられると目も当てられない惨状になるだろう。
写輪眼の様な洞察眼に優れた眼を持っている者や、瞳術でなくても反射神経に優れた者でないと危険性が高い術である。
更にこの術は性質変化だけでなく形態変化も加えられている術だ。
放電している様に見えるのは雷だからではなく、放電している様に形態を変化させる事で攻撃の威力と範囲を変化させているのだ。
まあこれくらいの形態変化はそれ程難易度の高い物ではないが。だが形態変化によって様々な可能性を広げる事が出来る術と言えよう。
「千鳥ですか。カカシさんに習っただけはありますね」
この歳で千鳥を会得する。それは十分に天才の証だとアカネもサスケを評価する。
性質変化と形態変化。両方を有する術を持つ忍は上忍でも稀なのだ。
「では千鳥を更に応用する方法は分かりますか?」
「…………別の形態変化か?」
アカネの問題に対して少しだけ熟考してからサスケはその答えを導き出した。
「正解です。さて、例えばどんな形態変化があるでしょうか?」
「そうだな……剣とか槍みたいに伸ばして攻撃範囲を広げるとかだな」
「またまた正解。まあ他にも色々ありますから正解は一つではないですけど。さてさて、千鳥を使えるあなたは形態変化もある程度は修めています。だったら千鳥を剣状にしたり槍状にしたりする事も出来るはずですよ」
サスケはアカネからの言葉により千鳥の可能性を広げる事が出来た。
千鳥をより極めていけばもっと強くなれる。絶対にナルトに追いつかれてたまるか。そんな思いでサスケの修行が始まった。
「はぁ、はぁ! くそ!」
「はい、ストップ。チャクラが少なくなって余計に形態変化が雑になっていますよ。一旦休憩した方がいいですね」
「くっ……!」
サスケの修行は難航していた。と言ってもまだ一日も経ってはいないのだが。
サスケのチャクラ量はまだ十分な物ではない。チャクラは身体エネルギーと精神エネルギーを練り合わせる事でチャクラへと転じる。
そしてチャクラの総量はある程度生まれついての資質が物を言う事が多いが、修行次第で総量を増やす事も可能だ。
今のサスケは修行不足というよりは成長しきっていないだけだ。まだ十三歳の少年なのだから当然の話だ。
とにかく、チャクラ量がまだ十分でない為に千鳥の練習も難航しているのだ。
千鳥を発動してそこから形態を変化させようとしているのだが、その千鳥自体サスケは一日に二度が限界とカカシに言われているのだ。
本来の千鳥と違い肉体活性を使わずに威力も抑えているのでチャクラ消費も大分少ないが、それでも何度も練習していればすぐにチャクラも尽きるというものだ。
チャクラそのものを形態変化させるのは比較的簡単であり、剣状や槍状くらいならばサスケも一時間も経たずに会得出来るだろう。
だが性質変化と形態変化を組み合わせた瞬間にその難易度は跳ね上がる。チャクラが足りずに練習回数が足りない現状では流石の天才も一日では会得出来なかったようだ。
「……そう言うお前は――」
「お前じゃなくてアカネですよ」
「……アカネは千鳥の形態変化が出来んのかよ?」
サスケのぶっきらぼうな話し方にアカネは昔の大切な友達を思い出す。
彼もサスケと似た様な感じだったなぁ、と遥か過去でありながら色あせない思い出に心を馳せつつ、アカネはサスケの策略に乗ってあげた。
今のサスケは写輪眼を発動していた。これでアカネが千鳥の更なる形態変化を使用した所を見てコツを盗むつもりなのだろう。
アカネが出来なければ出来ないで、その時はアカネが修行相手に相応しくないとして一人で修行するだけだった。
「出来ますよ。はい」
そう、本当に簡単そうに言って、簡単にアカネは千鳥を発動して形態を変化させた。
剣状にしたり、槍状にして伸ばしたり、果ては手から離して投擲して遠くの岩を破壊したりまでした。サスケの眼はまん丸だ。比喩だが。
「とまあご覧の通りですね。師としては合格ですか?」
「……カカシよりは使えると思ってやる。……明日も暇か?」
「ええ。暇な時間はいつでもお相手してあげますよ」
相変わらず上から目線だが、これでも思春期の少年には精一杯のお願いなのだ。
アカネとしてはそんな態度には慣れたものでむしろ微笑ましく思っていた。他人の修行に付き合うのも好きなので特に不満に思う事はなかった。
「じゃあまた明日に――」
「では今日は体力作りの為に走りこみをして、その後疲れた時にもちゃんと動ける様に組手の修行をしましょう。それが終わればチャクラを回復してあげますからまた千鳥の修行に戻りますかね。最後は体をほぐす為に軽くランニングしながら帰りましょうか。さ、行きますよ」
「え、ちょ、ま――」
何度も何度も千鳥の形態変化の修行をした為にチャクラが底を突きかけ、わざわざ疲れる必要もないほどに疲れているサスケ。
そんなサスケにアカネの言葉は寝耳に水だった。軽い修行ならまだともかく、アカネの言う内容を判断するに明らかに軽くなどない。
思わず抗議の言葉を発しようとしたサスケだったが、次のアカネの台詞でその言葉は胸の中にしまわれる事となった。
「ナルトならこなせた修行なんだけどなぁ……」
「何してる早く行くぞアカネ!」
ナルトに出来て自分に出来ない。それが我慢ならないというまさに思春期真っ盛りの少年であった。
我が強いが扱いやすい。それがアカネのサスケに対する評価であった。
「ただいま……」
「おかえりサスケ遅かったわね……って、あなたボロボロじゃない。どんだけ修行したのよもう!」
サスケの帰りを待っていた母のミコトはサスケのあまりのボロボロな姿に驚愕していた。うちはの家紋が入った衣服も見る影もない程だ。
アカネの修行を一通り終えたサスケはボロボロになってどうにか自宅まで帰ってきた。
あの後徹底的にしごかれたサスケ。走り込みで周回遅れという屈辱を受けた上に組手でもぼこぼこにされたのだ。
チャクラを回復してもらってからの修行で千鳥の性質変化をある程度会得したのは流石だったが、それがプラスに思えないほど徹底的に力の差を見せ付けられていた。
悔しさはあったが、アカネに修行をつけてもらえば強くなるという実感はあった。今日だけで一段も二段も成長した自覚があるからだ。
「取り合えず風呂に入ってくる……」
「あ、待ちなさい。父さんが呼んでたわよ。先に挨拶してからにしなさい」
「父さん帰ってたのか。分かったよ」
父のフガクは一族の長であり最近は木ノ葉崩しの影響で家にいない時間も多い。
そんな父がどうしたのだろうかと思いながらも、サスケは父のいるだろう私室へと赴いた。
「失礼します」
「うむ」
親子でありながらも礼節を弁えた態度でサスケは入室する。
フガクは家族想いではあるが、それと同じくらいに立場と言うものを重視する性格だ。
うちは一族の長としての威厳は家族に対しても発揮しなければならない物として出来るだけ家族を贔屓せずに対応している。
そんな厳格な父の私室にボロボロの格好で入るのはサスケも気が引けたが、修行に対する理解は忍の一族ゆえに当然高いのでそこまで怒られる事もないだろうと思い直していた。
「それは……修行か。休まず良く鍛錬している様だな。その調子で次の中忍試験にも励むんだぞ」
「ありがとうございます……次の?」
フガクはやはりサスケの姿にも理解を示してくれたようだ。それを嬉しく思う暇もなく、サスケは父の言葉に疑問を抱いた。
「まだ正式な発表はされていないが、此度の中忍試験で中忍に昇格出来たのは一人だけ。奈良一族のシカマルのみだ」
「っ!? ……そうですか。すみませんでした」
フガクの言葉はサスケに相当なショックを与えていた。サスケとしては中忍試験にかなりの自信があったのだ。
そして父の期待を裏切ったばかりか、尊敬する兄を乗り越えるという目標も大きく遠ざかった気がしていた。兄が十歳で中忍になったというのに自分は、という思いが強まり自分自身が情けなくなったのだ。
「あまり気にするな」
「え?」
中忍試験失格に関して叱られる為に呼び出されたと思っていたサスケはフガクの言葉にまたも驚愕する。
動揺したままのサスケにフガクは言葉を掛けた。
「今回は途中で木ノ葉崩しというあまりにも大きなアクシデントが起こった事も原因だ。従来の中忍試験ならばまだ試験は続いていただろうし、お前は十分に合格する対象に選ばれていた。後はシカマルの戦術の見事さが目立ちすぎたのも原因だな。おかげでお前を含む他の下忍は力押しという印象が強まってしまった。これからはそこら辺も意識して修行するといいだろう」
「あ……は、はい! 分かりました!」
フガクが慰めてくれているのだと理解して、サスケは動揺を抑えられないままに礼をした。
頭を下げつつもその表情はどこか嬉しそうだ。不合格とはいえあまり褒める事をしない父親に褒められたとなれば年頃の少年として相応の態度だろう。
「話はもう一つある。ようやくオレの仕事にも休日が取れそうでな。明日ならば修行の相手が出来るが、どうする?」
「本当父さん!」
フガクの言葉に嬉しくなり思わずサスケの喋り方も元に戻ってしまう。
下忍になってからは出来るだけ忍として対応する様に心掛けていたのだ。それを忘れる程に嬉しかったのだろう。
だがそこでサスケは明日の予定が入っている事を思い出し、途端に沈んでしまう事となった。
「あ……ごめんよ父さん。明日は他に修行相手が……」
「ふむ。カカシか? まあカカシならば問題はないだろうが」
「いや、日向の……」
「日向?」
どうしてそこで日向の名前が出てくるのか。うちはと日向は木ノ葉結成以来から切っても切れない関係で、合同で訓練をしたりもしてはいる。
だがサスケが個人で学ぶ様な相手や繋がりがあっただろうかと思案し、日向の天才である日向ネジを思い出す。うちはと日向の天才同士が共に修行しているならば話は分かるという物だ。
ところが相手はフガクが仰天する程の人物だった。
「うん……日向アカネって――」
「それは本当か?」
恐る恐ると修行相手の名前を告げたサスケが最後まで言葉を言い切る前に、フガクはサスケに詰め寄った。この時内心の驚愕を最小限にしか表に出さなかったのは流石と言えよう。
やばい、怒られるのか。そう思ったサスケだが父に嘘を吐くわけにも行かず、首肯するしか出来なかった。
「そうか……」
「あの、明日は断って父さんとの修行を――」
「いや、アカネに修行をつけてもらうといい。その方が良い経験となるだろう」
「……は?」
フガクのまさかの返事にサスケは呆気に取られるしかなかった。
この父が自分よりも他人、それも下忍を持ちあげるような言動をするなどと、どうして思えるというのか。
一体アカネは何者なんだ? そういう疑問がサスケの中に巡る。そしてその疑問をサスケは父にぶつけてみる事にした。
「アカネって、何者なんですか?」
「…………日向の天才児だ」
「それはネジの――」
「そのネジなど歯牙にも掛けぬほどのな。ヒアシ殿の秘蔵っ子だった故にあまり表立ってはいなかったがな」
フガクは今考え付いた言い訳でどうにか対処する。
フガクのアカネを手放しで褒める言葉にサスケは徐々に嫉妬を募らせていった。
歳は一つしか違わない。だというのにどうしてこうも差があるんだ、と。
そんなサスケの感情の変化を見抜いたフガクはこればかりは致し方ないと思いつつも、サスケを慰める言葉を紡ぐ。
「サスケ。アカネに負ける事は恥ではない。……アカネに勝てる忍は数える程だろう。今のお前が負けてもそれは仕方のない事だ」
「そ、そんなに!?」
アカネが強い事はサスケも知っていた。今日の修行だけでそれこそ嫌と言うほどに教え込まれたものだ。
だがそれでも父がそこまで言うほどとは思ってもいなかった。アカネに勝てる忍は木ノ葉でも火影やうちはと日向の長などの一部の忍のみなのかと驚愕したのだ。
ちなみにフガクはわざとぼかした言い方をしている。数える程とは現存する忍の中からとは一言も言っておらず、歴史上の忍を含めての事だというのは悟られないように話したのだ。
「そしてアカネがそれだけ強いのにも理由がある。だがこれに関しては里の最重要機密だ。ここまで話した事でさえ本来は有り得ない事。故に、これらの情報は誰にも言うんじゃないぞ。もちろんアカネ本人にもだ」
「は、はい。分かりました」
やはり甘くなったか。そう自嘲しながらフガクは溜め息を吐く。ここまで話すつもりはなかったのだが、やはりアカネがサスケのほぼ同年代というのがネックだったのだ。
アカネという存在に関わってしまえば誰もが自分と比較してその差を確認してしまうだろう。それが同年代ならば自分への劣等感で苛まれる可能性もある。
だがアカネが十四歳だというのは完全な詐欺なのだ。それなのに詐欺と比較して落ち込んで歪んでしまうのは流石に酷というものだろう。
「話は以上だ。明日も頑張りなさい。後は風呂に入って食事をしてからゆっくり休むといい」
「はい! 失礼しました」
サスケが退室してしばらくしてからフガクは難しい表情から僅かに破顔した。
「アカネの……あのヒヨリ様の目に適う、か。……ふふ、流石はオレの……いや、流石はサスケだ」
フガクはヒヨリという伝説の忍に見出された自分の子を誇らしく思い、その夜は久しぶりに秘蔵の酒を出して晩酌をする事にした。
◆
サスケがアカネと修行する様になって十日が経った。
それまでの修行の内容の一部をダイジェストで送ろう。
「何はともあれまず体力! 体力なくして忍が務まるか! 走れ走れー!」
「うおおおおおお! 後ろから千鳥刀振り回しながら追ってくんじゃねー!」
「あ、そこから先はトラップゾーンになってるから気をつけてねー」
「なに!? うおぉぉっ!?」
「ただ漠然と肉体活性をするのではなくどこを活性化させるか意識しなさい。そうすればより効率的に肉体を強化する事も出来るし、視力と神経系を強化すれば写輪眼に頼らずとも千鳥を安定して使用する事も出来ます。そうすればチャクラ消耗も抑えられるでしょう」
「こうか!」
「おお、飲み込み早いですね。チャクラは応用力が高い力……というか、高すぎる力ですから。とにかく色んな応用法を考えておくように。――とは大違いだよホント」
「ん? 何と違うって?」
「世界の違いへの愚痴さ……。ま、気にしない気にしない。さあ次行きますよー」
「ぐぅ……今の、なんだ? 写輪眼で見てたのに、体が反応出来なかった……それも柔拳なのか?」
「いえこれは私の……オリジナル……ですよ。合気と言いまして相手の力を利用するんです」
「? 何で言い淀んだんだ?」
「ほらほら細かい事は気にせずに掛かってきなさい」
「雷遁のチャクラを全身に纏う事が出来れば飛躍的にスピードと攻撃力と防御力が上げられます。雷により神経伝達スピードを上げる事で高速戦闘を可能とし、攻撃力も千鳥を知るあなたなら予想出来るでしょう。何より雷遁チャクラで防御力も高まるという三点セットでお得な術!」
「それはすごいな……! よし……!」
「ただし馬鹿みたいにチャクラを消耗するのでご利用は計画的に」
「それを……先に……言え……」
「サスケ! ガイさんからいい物を貰ってきましたよ!」
「ま、まさかそれは!」
「はい! 特注の重りです! これで修行もより捗りますね!」
「オレがこんな暑苦しい物を……!」
「何を言う! このアイテムは身体能力の大幅な強化が見込め、その上体力も付くのでチャクラ量も自然と増すという優れ物! しかも戦闘中に外す事で『なに! あんな物をつけて今まで闘っていたのか!?』と相手を驚愕させる効果も――」
「何でこんな馬鹿がオレよりも強い……! 納得いかねー!」
「もう限界ですか! ナルトならこの程度では――」
「………………」
「あ、駄目だコレ。仕方ないなぁ。チャクラちゅ~にゅ~」
「う、うう」
「良し立て。疲れた時にする修行こそ真の修行」
「こ、殺される……」
「はっはっは。冗談ですよ冗談。今は少し休みなさい」
と、この様に非常に濃密な修行をした二人はその絆と実力を高めていったのだった。……絆も高まっているはずだ。
「サスケも大分成長しましたね」
「そうか? まだ千鳥も三発撃つのが限界なんだがな」
修行の休憩中にアカネにそう言われるも、サスケとしてはそこまで成長したという実感はない。
強くなったとは思うが、毎回修行でボロボロになる上にたった十日でそこまで成果が出たとは思えなかったのだ。
だがまあそれはサスケが修行の濃さで色々と麻痺してしまった事が原因であり、実際には修行前は二発が限界の千鳥を三回撃てるようになってるのは相当チャクラ量が増えているという事なのだが。
あとチャクラコントロールが高まったおかげで千鳥を発動するのに無駄に出ていた余計なチャクラ消費が少なくなったおかげでもある。
「それだけ撃てたら普通に中忍のチャクラは超えてると思うけど?」
「……そういやそうだったな」
サスケはかつてカカシが千鳥は四発が限界と言っていたのを思いだす。上忍のカカシでそれなのだから下忍にして十三歳という若さで三発も撃てれば十分過ぎると言っても過言ではないだろう。
「まあチャクラは上忍クラスかもしれませんが、今のあなたではその端っこに触れた程度のものです。チャクラを多くするなら基礎鍛錬を欠かさない事ですよ」
「分かってる」
それは本当に嫌と言うほど分かっていた。この十日間で体力が尽きずに終わった試しがなかったからだ。
目の前の体力おばけは汗を掻く程度で済んでいたというのに自分がこれでは沽券に関わる。負けず嫌いのサスケは女に負けてなるものかと奮起していた。
アカネはそれを見て女だとこういう時に便利だとほくそ笑んでいたが。
「さーて今日の修行は……っと、どうやらナルトが帰って来たようですね」
「ナルトが?」
アカネはナルトと自来也のチャクラを感じ取りその帰還を知る。
そして二人と一緒に別のチャクラが同行しているのも察知した。一つは綱手と分かったが、もう一つは誰かは判別が付かなかった。
(はて、誰だこれ? 綱の付き人かな?)
アカネも綱手の交友関係を全部知ってるなどは流石になかった。木ノ葉の中でも知らない事などいくらでもあるのだから当然だ。
なので特に気にする事なく次の修行について考えていた。
(サスケとナルトを一度闘わせてみるか? 現状だとほぼ確実にサスケが勝つだろうけど、ナルトの爆発力も侮りがたい。それに……)
アカネは二人に関して気になる事があった。
それはナルトのチャクラが二重になって見える時がある事だが、それと同じ現象がサスケにも出たのだ。
柱間とマダラと同じこの現象。そしてナルトを見ている時に柱間が、サスケを見ている時にマダラが思い浮かぶ。
この感覚は何なのかをアカネは知りたかった。もしかしたら二人の転生体なのかとも思ったが、柱間が穢土転生で口寄せされたからにはその可能性も低い。
取り敢えず二人をぶつけてみたらもしかしたら分かるかもしれないし、二人をぶつける事は両者の成長にも良い影響となるだろうとの考えだ。
「良し。サスケ、ナルトと一度組手をしますよ」
「なに? ……いいぜ。オレもナルトと闘ってみたかったところだ」
サスケはナルトと一度闘ってみたかった。任務の中や中忍試験でどんどんと成長するナルトに対して今までとは違うライバル心が芽生え出していたのだ。
そしてこうして強くなった今、その成果を計る事が出来る相手を求めていたというのもある。アカネ相手ではいまいちそこら辺が掴みにくいのだ。
「では早速行きますか」
「ああ」
二人は早速ナルトの所へと移動する。どうやらナルトは里の奥へと向かっているようだ。恐らく綱手を木ノ葉の重役達の所へ連れて行っているのだろう。
(あの綱がとうとう火影か。感慨深いなぁ)
アカネは綱手と最初に会った時の事を思いだす。
あれはまだ綱手が生まれたばかりの事だ。その時からアカネは綱手の事を知っていた。何故なら綱手は千手柱間の孫だからだ。
初孫が出来た時の柱間の喜びようをアカネは今でも思い出せた。それはもうジジバカの顔をしていたものだ。
柱間が孫にべったりだったおかげで柱間の賭け事好きを綱手が受け継いでしまったのは残念だったが。
そうして思い出に馳せている内に、アカネは少しだけ綱手と会う事を躊躇する。それはかつての苦い記憶が原因だった。
綱手には歳の離れた弟が一人いた。名前は縄樹。だが彼はもうこの世にはいない。戦場で命を落としたのだ。かつての戦国の世と比べると遥かにマシになったが、それでも死ぬ時は死ぬのだ。
縄樹が死んだ綱手は大層落ち込んだが、そんな彼女の心を救ったのがダンという青年だ。ダンと綱手はすぐに恋人となり仲睦まじく過ごしていた。
それを見てアカネも……ヒヨリもホッとしたものだ。縄樹が死んだ時の綱手は見ていられなかったのだ。
だが……忍びの世は残酷だった。綱手の心の拠り所となっていたダンも縄樹と同じ様に戦場で命を落としてしまったのだ。
その時綱手は医療忍者としてダンと同じ小隊にいたが、ダンを癒す事は出来なかった。
腎臓がほぼ丸々消し飛ぶ程の致命傷だったのだ。当時二代目三忍と謳われていた医療忍術のスペシャリストの綱手も失われた臓器を復活させる事は不可能だった。
だがヒヨリならばそれは可能だった。医療忍術を超えた再生忍術。それならばダンの命を救う事は出来た。自分がいればダンを助ける事が出来たのではとヒヨリは自責の念に駆られたものだ。
当時ヒヨリは別の戦場で他の忍達を助ける為に奮闘していた。多くの忍が命を救われたのはヒヨリのおかげであり、ダンを助けられなかったからと言って自分を責める必要はない。それはアカネも分かっている。
どれだけ強くともアカネは神でも全知全能でもない。全てを救うなど到底不可能なのだ。
そして神ではない人間だからこそヒヨリにも好き嫌いというものがある。綱手は大事な親友の大事な孫だ。それに肩入れしたいと思っても不思議ではないだろう。
しかももう一人の孫、綱手にとっての弟を失っているのだ。残された綱手を守ってやりたかったのだ。体だけでなく、その心も。
綱手はダンが死んだ時に血液恐怖症という精神的な病を患ってしまった。もう第一線で働くのは厳しいだろう。
あれから長い年月が経っているから既に克服している可能性もあるが……。せめて時の流れが綱手を癒してくれていたらとアカネは願っていた。