どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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 最終話と言ったな? あれは嘘だ。
 すいません予想以上に文量が増えた為、二話に分ける事にしました。


BLEACH 第四十六話

 クアルソはユーハバッハを倒した後、しばしその場で佇んでいた。ここで待っていればこの戦いを見ていた者が接触してくる確信があったからだ。

 

「ようやってくれたの。おかげで世界は崩壊せんですむ」

 

 そう言ってクアルソの前に現れたのは兵主部一兵衛だった。彼はクアルソとユーハバッハの戦いを見守っており、そしてクアルソが勝利した為にこうして成すべき事を成す為にこの場に現れたのだ。その成すべき事とは――

 

 

「……ユーハバッハを楔とするつもりか?」

「……その通りじゃ」

 

 霊王を吸収したユーハバッハを、新たな霊王として奉り立て、世界の楔とする事であった。

 

「世界を繋ぐ為の楔は必要じゃ。楔がなければ世界は一つとなり、かつてのように生と死が入り混じった世界に戻ってしまう」

「……」

 

 兵主部はクアルソに語りながら、ユーハバッハの遺体に術式を掛けていく。かつて霊王を封じていたものと同じように、ユーハバッハの遺体が水晶のようなもので覆われていく。それを見ながら、クアルソは無言で兵主部の言葉を聞いていた。

 

「それを赦せば多くの混乱が起きるじゃろう。特に現世はひどいものとなるじゃろうな。融合の際にどれだけの被害が出る事やら。生と死が混ざる前に死人が出過ぎてしまいかねんわ」

「……そうか」

 

 兵主部の言葉に嘘はない。それはクアルソも持ち前の洞察力から感じ取れていた。

 言葉に力が宿る事を誰よりも知っている兵主部だ。クアルソ相手に嘘を吐く等、自殺紛いの愚行などする筈もなかった。

 

「すまんな。おんしの勝利を掠め取るような行為じゃ」

「それが世界の為ならば仕方あるまい。私も今の世界が壊れるのは本意ではない。だが……」

 

 そう言って、一拍置いてからクアルソは圧力を籠めた視線を兵主部へと向ける。

 

「犠牲なくとも世界を繋ぎ止める手段を模索せよ。霊王やユーハバッハのような人柱が必要にならないように、な」

 

 クアルソは誰かの犠牲がなければ成り立たない世界に納得出来ないでいた。今の世界が崩壊するのは許容出来ないが、誰かを楔という名の生贄に捧げない限り保てない世界も間違っていると思うのだ。

 

「……模索はしとる。遥か昔からな。簡単にはいかんのが現状じゃよ」

 

 兵主部とてクアルソに言われるまでもなく、それを理解していた。霊王が楔となっていた時から、霊王がおらずとも楔となるものを作り出す研究は行っていたのだ。

 だが、世界の楔を作り出す事は容易ではない。命ある楔ならば材料さえあれば作る事も不可能ではないが、それでは今と変わらない結果になるだけだ。誰の犠牲も必要としない楔が求められているのであって、作られたとはいえ命ある物を楔にしては意味がないのだ。

 それでも、兵主部が何もせずにいるだけでないのを知れただけでクアルソとしては一先ず納得出来た。

 

「ならば良い。協力出来る事があるならば言うと良い。私も出来るだけ力を貸そう」

「うむ……その時は声を掛けよう。おんしには本当に助けられた。感謝するぞ」

「ああ。受け取ろう」

 

 そう言って兵主部の感謝を受け入れた後、クアルソは踵を返してこの場から去ろうとする。その前に、クアルソは兵主部に対して一つ確認の言葉を放った。

 

「そう言えば……お前の名を知らなかったな。私の名は知っているようだが……」

「ん? ああ……名乗っとらんかったか。わしの名は兵主部一兵衛じゃ。紹介が遅れてすまんかったなぁ」

「兵主部一兵衛か。それではな兵主部よ。何かあったら虚夜宮(ラス・ノーチェス)に連絡を寄越してくれ」

「うむ」

 

 兵主部の返事を聞いたクアルソは、最後に水晶に覆われたユーハバッハを見て僅かに目を瞑り、そして兵主部の前から立ち去った。

 この場から去って行くクアルソを見送った兵主部は、クアルソが完全に去った後に呟いた。

 

「わしの名前、伝わっておらんかったか。道理で……。そういう能力かの?」

 

 兵主部はクアルソに自身の名を伝えた事がある。それはクアルソが霊王宮に到達し、兵主部の遺体を発見した時の事だ。

 あの時、兵主部はクアルソに自身の名を念話で伝え、クアルソに名を呼んでもらおうとしていた。名前には力が宿っている。クアルソという力の塊に自身の名を呼んでもらう事で、そこからクアルソの力を分けて貰い復活するつもりだったのだ。

 だが、クアルソのボス属性により念話は無効化されてしまった。幸いクアルソが兵主部の遺体に回道を掛けた為にそこから力を貰い受けて元に戻る事は出来たが、それがなければ兵主部は今でも遺体のままだっただろう。

 そして兵主部は念話が通じていなかった事を先程の会話から察し、そういう類の能力をクアルソが有しているのかと予想した。僅かな会話からそこまで辿り着けるのは、ユーハバッハに未知数の叡智と言われただけはあるという事だろう。

 

「さて……未だに楔を作る事は叶わぬ。故に、しばらくはそこで我慢していただきますぞ。霊王様(ユーハバッハ)

 

 クアルソが去った後、水晶に閉じ込められたユーハバッハを見ながら、兵主部はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

「ユーハバッハが、負けた、か……」

 

 打倒ユーハバッハを掲げていた星十字騎士団(シュテルンリッター)の生き残り達は、太陽の門と呼ばれる転移装置を使って霊王宮を移動していた。そして一定の距離からクアルソとユーハバッハの戦いを窺い、隙を突いてユーハバッハを殺す算段だったのだが……。

 隙など欠片もなかった。それどころか、割って入りでもしたら一瞬で死にかねない程の激闘だった。星十字騎士団(シュテルンリッター)は何も出来ないまま、ただクアルソとユーハバッハの戦いを見守るしかなかったのだ。

 

「クソッ!」

 

 バズビーは苛立ちをその場の壁へとぶつける。破面(アランカル)に敗北した上に、その破面(アランカル)の頭領にユーハバッハを倒され、ユーハバッハに一矢報いる事も出来なかった。

 振り上げた拳を下げる場所が見当たらない。そんな苛立ちを物言わぬ壁にぶつけるしかなかったのだ。

 

「どうするのー? あの化物に戦いを挑む? 僕はごめんだけどねー」

 

 これからどうするのか。そう問い掛けるジゼルの言葉を聞いて、バンビエッタが全力で首を横に振った。

 

「冗談でしょ!? あんなのに勝てるわけないでしょうが!!」

 

 僅かでも勝ち目があるならまだいい。だが、あの戦いを見て勝ち目があると思えるならよほどの自信家か、脳内にお花畑でも出来ている楽天家のどちらかだろう。

 そんなバンビエッタの意見には、他の星十字騎士団(シュテルンリッター)も同意だった。

 

「あたしもごめんだ。あれは化物過ぎるだろ……。あたしは黒崎一護に復讐するまで死にたくないんだよ」

「あたしもー。ちょっとあれは無理ですぅ……」

「同感だな。俺達はユーハバッハをぶっ殺したかっただけで、仇討ちがしたいわけじゃねー。破面(アランカル)は俺達滅却師(クインシー)の敵だが、自分から死にに行くのは勘弁だ」

 

 リルトットの言葉にバンビーズ全員が頷いた。破面(アランカル)、というより(ホロウ)滅却師(クインシー)の天敵だ。それ故に滅却師(クインシー)(ホロウ)を何よりも敵視する。

 だが、天敵を滅ぼしたいから死にに行きました、では本末転倒というものだ。死にたくないから天敵を滅ぼそうとしているのに、絶対に死ぬ戦いに挑むなど愚か極まりないだろう。

 

「お前はどうすんだバズビー?」

「……撤退だ」

 

 ユーハバッハに並々ならぬ復讐心を抱いていたバズビーは、複雑な心境を抱えながらそう言った。

 ユーハバッハを殺したい。それは嘘偽りないバズビーの本音だ。だが、同時にバズビーはユーハバッハを殺したクアルソに一矢報いたいという思いが胸中に渦巻いていた。

 ユーハバッハの仇討ちをしたい訳ではない。だが、己自身がユーハバッハを討ちたかった。故郷の仇を取りたかったのだ。そんな想いが、仇が他の誰かに掻っ攫われた為、宙ぶらりんとなってしまった。その想いをクアルソを倒す事で埋めたいという欲求がバズビーの中に生まれたのだ。

 

 だが、勝ち目はない。どれだけ脳内でクアルソに戦いを挑んでも、勝ちの目が欠片も出てこなかった。

 そんな相手に挑んだところで何が出来る? 何も出来ずにただ死ぬだけだろう。せめて一太刀、敵わぬまでも一矢報いる事が出来なければ、バズビーの気持ちが収まることはない。

 故に撤退だ。今は逃げ延び、力を蓄え、そしてクアルソ・ソーンブラに勝負を挑む。それが今出来る最善だった。

 

「決まりだな。撤退するぞ」

 

 バズビーの答えを聞いてリルトットは撤退宣言をする。そして、全ての目論見が上手く行った事に内心でほくそ笑んでいた。

 破面(アランカル)に敗北し、バンビーズ全員が捕まった時、リルトットはバンビーズ全員が生き延びる算段を模索していた。多くの死神を殺してきた自分達が、破面(アランカル)に負けた上に多くの死神達に囲まれた状況で逃げ出そうものなら確実に殺されていただろう。逃げるというのは最後の手段にするべきだった。

 ならばどうすればいい? この状況を打破する為にはどうすればいい? その答えは、死神達に協力するというものであった。

 

 幸いと言っていいのか、生き残った星十字騎士団(シュテルンリッター)達はユーハバッハによってその力の大半を奪われてしまった。本来であれば力を奪われるなど不幸極まりないのだが、この状況では有利に働いた。

 自分達を裏切り捨て駒にしたユーハバッハに復讐したい。だから力を貸す。そういう流れに持っていく事が出来たからだ。これでユーハバッハを倒すまでは協力者という形を作る事が出来た。後は霊王宮までいけばこっちのものだった。

 その理由は、ユーハバッハが瀞霊廷を覆っていた見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の街並みをはぎ取り、霊王宮に運んだ事にあった。ユーハバッハが見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の街並みで霊王宮を作り変えたのを察したリルトットは、ならば太陽の門もあるのではないかと考えたのだ。

 そしてその考えは正しかった。配置は変われど、霊王宮には太陽の門が設置されていた。滅却師(クインシー)だけが持つ鍵で転移出来る太陽の門。これがあれば、様々な場所に転移が可能だ。そう、例え死神や破面(アランカル)がこちらを殺そうとしても、太陽の門を利用すれば逃げる事も容易になるのだ。

 全ては、とまでは言わないが、概ねリルトットの計算通りに事は進んだ。ユーハバッハが負けるとは思っていなかったが、生き残る事は出来たので再起は可能だろう。そうしてリルトットは撤退の為に太陽の門を起動しようとして――

 

「しばし待て」

『!?』

 

 眼前に現れたクアルソを見た事で、声を失った。他の星十字騎士団(シュテルンリッター)も同様にだ。

 

 ――なんでこいつがここに!?――

 

 それが、星十字騎士団(シュテルンリッター)全員の心の叫びであった。

 クアルソ・ソーンブラはユーハバッハを倒した後、星十字騎士団(シュテルンリッター)が知らない死神と会話をしてからその場を立ち去った筈だ。それがどうして自分達の目の前にいるというのか。

 幾人かの星十字騎士団(シュテルンリッター)は死を覚悟し、幾人かは死なば諸共とばかりに攻撃を仕掛けようとする。そんな彼らに対し、クアルソは機先を制するように閉次元を開き、そこから一人の滅却師(クインシー)を取り出した。

 

「これは!」

「ナナナじゃねーか!」

 

 クアルソが取り出したのはナナナ・ナジャークープだった。瀞霊廷でクアルソに倒されたナジャークープは、気絶させられた上で閉次元に閉じ込められていたのだ。それを取り出したのである。そして、クアルソはナジャークープをバズビーに向けて差し出した。

 

「体内に損傷はあるが生きてはいる。彼も連れて行ってやれ」

「……どういうつもりだよ。俺達に情けを掛けようってのか?」

 

 クアルソの言葉から、バズビーはクアルソが自分達を見逃すつもりだと理解する。捕えていたナジャークープを返すおまけ付きでだ。

 滅却師(クインシー)破面(アランカル)に見逃される。それは屈辱的な行為だった。バズビーは怒りを顕わにし、死を覚悟して戦いに挑む気概でクアルソを睨みつける。

 

「そうだ。お前たちは多くの死神を殺したが、それでも根っからの悪という訳でもない。故にこの場は見逃そう」

「てめぇっ!」

 

 上からの言葉にバズビーの怒りが更に募る。いや、確かに上からの言葉なのは仕方ないだろう。圧倒的な実力差は覆しようがないだろう。

 それはバズビーとて理解しているが、だからといって感情の全てを制御出来るかどうかは話が別だ。

 

「止せバズビー! 見逃してくれるってんならいいだろうが!」

「うるせぇ! お前達だけで逃げてりゃいいだろうが! 俺はこいつに一撃でも加えなきゃ収まりがつかねぇんだよ!」

 

 炎を操る能力ゆえか、その気性も荒いバズビーはもはや収まりがつかないでいた。そして激情に駆られてクアルソを攻撃しようとして――

 

『!?』

 

 クアルソから放たれる圧力に圧され、その場でたたらを踏む事となった。

 バズビーの激情を一瞬で鎮める程の圧力。これを感じた星十字騎士団(シュテルンリッター)達はやはり勝ち目がない事を再認識する。

 

「私が憎いならば何時でも挑むと良い。私は虚圏(ウェコムンド)にある虚夜宮(ラス・ノーチェス)にいる。訪問は自由だ。破面(アランカル)にも手を出さないよう通達しておこう。だが……」

 

 そこまで言って、クアルソは更に圧力を高めながら星十字騎士団(シュテルンリッター)達に告げた。

 

「見逃すのは此度のみ。罪なき者達を傷付けるならば、次は容赦せん。努々忘れるな」

『……』

 

 クアルソが放った言葉に唾を飲み込みながら、バズビーと気絶しているナジャークープを除く全員が頷いた。頷きはしないまでも、バズビーも反論はしないようだ。

 

「それではな。お前たちが強くなり、私に挑む時を楽しみにしている」

 

 そう告げて、クアルソは星十字騎士団(シュテルンリッター)達の前から姿を消した。それを確認し、全員が息を荒げながら大地に膝をついた。

 

「はぁっ、はぁっ! クソッ!」

「生きてる……! あたし生きてる!」

 

 バズビーは悔しさのあまり大地を叩き、バンビエッタは生きている喜びに涙すら流していた。

 

「僕、生きて帰ったらバンビちゃんと良いことするんだ」

「一度でいいからお菓子の城に住んでみたかったなぁ」

「落ち着け。死んでねーから。不吉な事を宣うな。つーかジジは何するつもりだ」

 

 まだ意識が定かではないのか、ジゼルとミニーニャはこれから死にゆくかのような物言いをし、リルトットがそれを冷静に突っ込んだ。

 

「クソッ……いつか……いつかその(つら)に一発叩きこんで歪ませてやるからな……! クアルソ・ソーンブラ……!」

 

 ユーハバッハ亡き今、宙ぶらりんとなったバズビーの復讐はそのままクアルソへの対抗心に移行した。

 今は無理だが、いつか必ず戦えるようになってクアルソに挑む。そしてあの超越者に吠え面をかかせてやるのだ。そうと決まればやる事は一つだ。

 

「行くぞ。見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)に撤退だ。俺達の居場所が奴らにばれている今、いつ見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)にまで死神の手が迫るか解らねー。生き残った滅却師(クインシー)を纏め上げて一先ずどこかに身を潜めるぞ」

「意見が一致したなバズビー。現世には俺達の拠点が幾つかある。そこに身を潜めるぞ。そうと決まればさっさと行くぞ。いつ死神達が来るか解ったもんじゃねー」

 

 バズビーとリルトットの意見が一致し、即座に行動に移る事となった。そうしてテキパキと次の行動を指示するリルトットを見て、バンビエッタが小さく不満の声を漏らした。

 

「……あたし、リーダーの筈よね?」

 

 バンビーズのリーダーは自分だったはず。だが、いつの間にかリルトットに主導権を取られているような気がしてならなかった。

 だが、そんなバンビエッタの呟きは誰にも聞こえず、何時までも動かないバンビエッタに対し文句の声が上がるのであった。

 

「何してんのバンビちゃん? 行かないなら置いてくよー?」

「ええ! ちょっと止めてよ! こんな所に一人で置いてかないでよジジ!」

 

 太陽の門を起動させて移動しようとしている仲間達に、置いてかれまいとバンビエッタが慌てて近寄っていく。そして、彼らの姿は霊王宮から消えた。太陽の門を通じて見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)に移動したのだろう。

 こうして、瀞霊廷を混乱に追いやった滅却師(クインシー)はその全員が瀞霊廷から姿を消す事となった。多くの者は死に、生き残った者は敗走という形で。

 

 

 

 

 

 

 星十字騎士団(シュテルンリッター)達と離れたクアルソは、そのまま霊王宮のとある場所まで移動する。

 そこには、戦いが終わった事を知り、クアルソの帰還を待つ死神と十刃(エスパーダ)達の姿があった。

 

「終わったぞ」

『クアルソ様!』

『クアルソ・ソーンブラ!』

 

 響転(ソニード)により目にも止まらぬ速度で現れたクアルソに、誰もが驚きと喜びの声を上げる。喜びの声は概ね十刃(エスパーダ)からだったが。

 

「あれ? 見た目が普通に戻っている……」

 

 皆の前に降り立ったクアルソの姿は老人のそれではなく、従来のクアルソの姿となっていた。それを不思議に思った一護がそんな事を口にするが、元々こちらが何時も通りの姿なのである。まあよほど老人の姿と強さが印象に残ったのだろう。

 

「戦いが終わった今、あの姿でいる意味もないからな」

「ああ……それもそうだよな」

 

 クアルソの説明に一護が納得する。破面(アランカル)の刀剣解放やその第二段階は戦闘形態と言うべきものだ。戦いが終わった今、その形態でいる必要はないだろう。元の姿に戻る事は当然の事だった。

 

「私としては常にあの姿でも良いのですが……」

 

 ハリベルがクアルソが元の姿に戻った事に若干の不満を口にする。老人の姿のクアルソはまさに武の極みというべき存在だ。その精神性も、技術も、何もかもが高みに至っている。戦士として何よりも尊敬に値する存在と言えた。

 通常状態のクアルソや帰刃(レスレクシオン)のクアルソに不満がある訳ではない。単にそれ以上に老人状態のクアルソを尊敬しているだけなのだ。

 

「常にあの姿だったら息が詰まるぜ……」

「同感だ……」

 

 ハリベルの不満を聞き、それが実現したらと想像したグリムジョーとヤミーがげんなりとした顔で呟く。誰よりも何よりも強い王の存在は彼らにとって疎ましく、同時に誇り高いものだ。

 だが、常にあの緊張感溢れる存在と共にあると思うと、束縛を嫌う二人としては勘弁してくれというのが本音だった。いつものクアルソの方が遥かにマシというものだ。

 

 そんな十刃(エスパーダ)達の想いはさておき、クアルソは護廷十三隊を統べる長である山本に向かって歩を進める。

 

「ユーハバッハは倒した。世界の崩壊も兵主部が抑えたようだ」

「そうか……」

 

 クアルソが告げずとも理解していたが、それでも直接伝えられると山本の胸中に複雑な思いが抱かれた。

 宿敵とも言うべき破面(アランカル)に助けられた悔しさと、クアルソ・ソーンブラに助けられた感謝の思い。そして、クアルソ・ソーンブラという超えるべき存在に出会えた喜び。それらが山本の中で複雑に絡み合っていたのだ。

 だが、表に出すのは当然一つの感情だった。

 

「感謝するクアルソ・ソーンブラよ。お主のお陰で世界の崩壊は防がれた」

『!?』

 

 そう言って、山本は破面(アランカル)であるクアルソに対して頭を下げた。それを見て多くの死神が驚愕する。あの山本元柳斎が、破面(アランカル)相手に頭を下げたのだ。それを想像できた者は一人としていなかった。

 

「気にする必要はない。オレがしたいからしただけの事だ」

「それでも、儂等では出来なかった事をお主が成し遂げた事は確かじゃ。多くの死神がお主や破面(アランカル)に助けられた。その礼が出来ぬほど、儂も耄碌してはおらぬよ」

 

 確かに破面(アランカル)は死神の敵だ。彼らが魂魄を食べ過ぎると、世界のバランスが崩れてしまう。それを調整するのが死神の役目だからだ。

 だが、だからと言って命の恩や世界を救ってくれた恩を忘れる事はない。それを忘れてしまっては、死神としてではなく人としての尊厳が地に堕ちてしまうだろう。

 

「そうか……。ならば、代わりと言っては何だが頼みたい事がある」

「頼み……? それが儂に出来る事ならば」

 

 頼みと言われて何を要求されるのか、山本は想像がついていた。そしてその想像通りの言葉がクアルソの口から放たれる。

 

「藍染惣子はオレが預かる。悪いが、お前達の下に戻す訳にはいかないからな」

『!? それは……!』

 

 藍染を預かる。それは、藍染を脱獄させるという事だ。いや、既に脱獄しているのだが、再び監獄に入れる事はないとクアルソは言っているのだ。

 それに大きな反応を示したのは死神達だ。藍染惣右介……もとい藍染惣子は空前絶後の大罪人だ。それを野放しにして、この先何をしでかすか解ったものではないだろう。

 だが、驚愕する死神達を更に驚愕させるように、山本はクアルソの頼みに是と答えた。

 

「良かろう。藍染はお主が預かると良い」

『総隊長!?』

 

 山本の言葉に再び驚愕する死神達。だが、それに対して山本は死神達を一喝する事で応えた。

 

「かっ!!」

『!?』

 

 山本の一喝で動揺を抑えられた死神達。それを見て、山本は彼らに対して説明する。

 

「今の藍染を儂等で抑えられると思っているのか? クアルソ・ソーンブラと藍染、そして十刃(エスパーダ)……。この者達と敵対し、再び尸魂界(ソウル・ソサエティ)を戦火に包むか?」

『……』

 

 山本の問いに答えられる者はいなかった。山本率いる死神とクアルソ率いる十刃(エスパーダ)。その戦力差は明らかだ。

 十刃(エスパーダ)だけならば何とかなるだろう。大きな犠牲は出るだろうが、卍解を取り戻した山本と卍解を会得した剣八がいれば勝つ事は出来るだろう。虚化の力を会得した雀部の戦力も十刃(エスパーダ)相手ならば十分通用するだろう。

 だが、そこまでだ。十刃(エスパーダ)をどうにか出来たとして、それ以上は無理だ。クアルソ・ソーンブラと藍染惣子。この二人を同時に相手にして勝ち目がある訳がない。どちらか片方でも無理だろう。

 

「いいぜ。俺はクアルソと戦えるなら――もごぅっ!?」

「少し静かにしておきなさい更木隊長? いいですね?」

 

 余計な事を口走ろうとしていた剣八の口を卯ノ花が無理矢理閉じる。その行動を見て、誰もが『良くやった!』と内心で褒め称えていた。

 

「焦るな剣八。お前との戦いはオレも楽しみにしている。だが、それは今ではない。また次の機会があるさ」

「ちっ……。約束だからなクアルソ!」

 

 卯ノ花の説得とクアルソの言う次の機会という言葉に、剣八は一応の納得を見せる。そしてそんな剣八を他所に、雀部がクアルソに対して僅かに好戦的な笑みを浮かべながら宣言した。

 

「私もだクアルソ・ソーンブラ。再戦の為に鍛え上げた力をお主に見せたいからな。約束は護ってもらうぞ?」

「ああ、忘れてないさ長次郎」

 

 雀部の言葉にクアルソも笑みを浮かべて返す。こうして敵が強大になって再び向かって来るのはクアルソとしても歓迎すべき事だ。今後の楽しみが増えるというものだ。

 

「うむ。お前達が私闘をしたいというならば、瀞霊廷でしかるべき手続きをした後に、誰も巻き込まない場所で行うと良い。それでいいな更木、雀部よ」

「はっ」

「ちっ、解ったよ」

 

 山本の言葉に雀部は凛と、剣八は面倒そうに応える。それを耳にして、山本は話を元に戻した。

 

「して、この決定に異論ある者はおらぬな?」

 

 それは当然藍染がクアルソに預けられるという決定に関してだ。クアルソと藍染を止める手立てがない以上、それは仕方ない結論と言えるだろう。ここで争ったところで被害が拡大するだけだ。利する者は誰一人いない、不毛な戦いとなるだろう。

 故に不満は持ちつつも多くの者が納得する。納得するしかなかった。そして、誰もがこの先に起こる未来を思って顔を暗くする。

 

『……』

「……すまないな」

 

 嫌な未来を思い沈む死神達に、クアルソは謝罪を口にする。クアルソも彼らがどうして沈んでいるのか理解していた。藍染を逃がす事だけではない。それによって起こる責任問題に関してだろう。

 藍染をクアルソの下に逃がす決断を下したのは山本元柳斎だ。被害を最小限に抑える為とはいえ、無間に捕えられていた程の重罪人を逃がしたのは確かだ。その責任は非常に大きなものとなるだろう。

 現場の苦労や状況判断を上の者がどこまで考慮するか。考慮したとしても罪は罪として罰を与えるのか。瀞霊廷の制度をそこまで詳しく知らないクアルソには完全には理解出来ない。それでも死神達の雰囲気から、それなりの罪に問われる事は理解出来た。

 

 だが、それでも藍染を引き取る事は必要だった。今の死神では藍染を捕える事は当然として、藍染を封じる監獄を用意する事も出来ないのだ。そんな状況で藍染を死神に託したらどうなる事か。

 いくら藍染がクアルソの命令を聞くと言っても、その意思に反して無間に捕らわれ続けていろと言われ、はい解りましたと素直に聞くだろうか? その場は素直に聞いたとしても、いずれ脱獄するかもしれない。その時に死神に被害が出ないとどうして言える? 言える訳がないだろう。未来を見通す目を持っていないクアルソには、そこまで先の未来など解るわけもなかった。

 ならばこちらの目の届くところで管理した方が遥かにマシというものだ。そのせいで山本が言及されるかもしれないが、そこは勘弁してほしいと言うしかなかった。

 

「気にするでない。これは儂らの問題じゃ。お主はそれを二度も解決に導いてくれた。その礼としては小さいくらいじゃ」

「……助かる」

 

 クアルソは山本の想いを汲み、謝罪ではなく礼を述べて応えた。そして、厚かましいと思いつつももう一つの願いを申し出た。

 

「すまない。出来ればで良いんだが、市丸と東仙の二人があまり大きな罰を受けないよう配慮してやってほしい。せめて死刑にならないくらいに頼む」

「うむ。それは問題なかろう。二人の脱獄に関しては既に話が終わっておる。此度の活躍により減刑も望めるだろう」

「そうか……それなら良い。ありがとう」

 

 クアルソと山本の会話を聞いて松本と狛村の表情に喜色が浮かぶ。当人達はマイペースに笑うなり、複雑そうな表情を浮かべたりしていたが。

 

「こちらの言いたい事は終わった。これ以上瀞霊廷にオレ達がいても厄介なだけだろう。そろそろ行くとしよう」

「そうか……。また会おう、クアルソ・ソーンブラよ」

「ああ。また会おう、山本元柳斎」

 

 その言葉を最後に、クアルソは黒腔(ガルガンダ)を開いて霊王宮から去ろうとする。そして、十刃(エスパーダ)達が思い思いの言葉を放って霊王宮と死神に別れを告げた。

 

「それじゃあな死神さん達。次に会う時は殺し合いとかしない状況なのを望むぜ。面倒だからな」

「一言余計なんだよスターク!」

「さらばだ死神達。再び(まみ)えた場所が戦場でない事を祈ろう」

「またね一護! 今度虚夜宮(ラス・ノーチェス)に遊びに来てね!」

「おい黒崎。今は手を出さないでおいてやる。だが、いつかお前は俺が殺す。忘れるなよ」

「じゃあねー死神さん達。今度何かあっても僕達の助けがなくても勝てるように頑張ってねー」

「ちっ。ものたりねーな。もっと暴れたかったぜ」

 

 そう言って十刃(エスパーダ)達が黒腔(ガルガンダ)へと姿を消して行き、残った藍染が死神に向けて言葉を放った。

 

「さらばだ死神諸君。私の言葉を信用する事はないだろうが、一応宣言しておこう。私が尸魂界(ソウル・ソサエティ)に対して行動を起こす時、それは私がクアルソを倒した時だ。それまでは平和を謳歌していると良い」

『……』

 

 挑発とも取れる藍染の言葉に、誰も何も言い返さなかった。例え藍染が何をしようと、次こそは自分達の力で解決する。それを改めて決意しているのだ。

 そうして、藍染が黒腔(ガルガンダ)を通った後にクアルソも黒腔(ガルガンダ)を通り抜け、黒腔(ガルガンダ)が閉じられた。

 これで尸魂界(ソウル・ソサエティ)から破面(アランカル)と藍染惣子は姿を消した。異分子とも言うべき者達がいなくなった事でどこか静けさが漂う中、山本は静まり返る死神達に命令を下した。

 

「皆の者! 思う事は多々あれど、すべき事はそれ以上に多い! 被害者の救助、瓦礫の撤去、瀞霊廷の復興。時間も人手もいくらあっても足りぬ! 直に動くぞ! 良いな!」

『はっ!』

 

 山本の言葉に死神達が意識を切り替える。クアルソや藍染に対する複雑な感情はあるが、今はそれよりもすべき事があるのだ。

 未だに傷付き倒れている死神がいるだろう。助けを待つ市民がいるだろう。家を無くした者達がいるだろう。彼らの為にも、自分達の為にも、救助活動と復興活動を迅速に行わなければならないのだ。

 

「俺も手伝うぜ」

「僕もだ。何せ体力は有り余っているからね」

 

 人間である一護と雨竜に瀞霊廷復興の手助けをする義務などないのだが、この状況を見捨てて現世に帰る事は二人には出来なかった。

 そして何より、雨竜の言う通り力は有り余っていたのだ。特に雨竜など霊王宮に来たのはいいが、一戦もせずに戦いが終わってしまったほどだ。なので有り余った体力と、使われなかった切り札(静止の銀)への複雑な思いを、復興作業に費やしたいという想いがあったのだ。

 

「助かる。今はその言葉に甘えるとしよう。後に相応の礼はする」

 

 こうして、生き残った死神達により瀞霊廷の復興作業が始まった。被害は大きく、瀞霊廷が以前の街並みを取り戻すには長い年月が必要となるだろう。失った命は二度と戻って来ないだろう。

 だが、受けた痛みは無駄にはならない。二度と同じ痛みを受けないように瀞霊廷は強く大きく成長する事になる。瀞霊廷のほぼ全域を作り直すついでに様々な機構を張り巡らせ、次に何かあった時に対処しやすいようになったのだ。

 死神も同様だ。見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の侵攻で痛手を受けた上に、破面(アランカル)に助けられ世界を救われる始末だ。クアルソ達に感謝しつつも、自身の弱さを恥とする死神は多数いた。彼らは今まで以上の修行を己に課し、更なる力を手にする事になる。

 これから数百年、多くの隊長が代変わりをするまでの期間の護廷十三隊は、歴代最強と謳われる事となるのであった。

 

 


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