どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第四十話

 瀞霊廷から飛び発ったクアルソを見送った藍染は、その視線を周囲に向ける。

 先程までは藍染と同じくクアルソが飛び発った軌跡を見つめていた周囲の者達だったが、その多くは藍染へと視線を向けていた。

 それもそうだろう。藍染惣右介……もとい藍染惣子。瀞霊廷に反逆し多くの死神を騙し、多くの犠牲者を生み出し、多くの混乱を作り出した張本人。それがこうして目の前にいるのだ。如何にクアルソが死神と敵対するなと言及していたとしても、それを信用して注意を向けない訳がないだろう。

 そんな周囲の思惑を無視し、藍染は自分に視線を向けるかつての部下に向けて声を掛けた。

 

「やあ、久しぶりだね要。意外に元気そうじゃないか。少し予想外だったよ」

「藍染……様……」

 

 声を掛けたのは東仙要。かつて藍染の部下として共に瀞霊廷を裏切った元隊長だった死神だ。いや、瀞霊廷を裏切った、というのは語弊があるだろう。東仙は最初から、死神となる前もなった後も、ずっと瀞霊廷を敵視していたのだから。

 藍染は東仙に対し元気そうと言ったが、今の東仙は重傷を負い霊力も尽き掛けている状態だ。とても元気等とは言えないだろう。それは当然藍染も理解している。ならば何故藍染はそのような事を口走ったのか。

 藍染は、今の東仙が自身が生きている事を許しているとは思っていなかったのだ。藍染がそう思った理由は藍染と東仙の過去にあった。

 

「謝罪するよ要。君との約束を護らなかった事を。私は、私の目的を優先する為に、君との約束を護らなかった。それに関しては後悔していない。そうする必要があると思っていたからね」

「……」

 

 藍染の言葉に東仙は無言で応える。藍染が何を言っているのか、この場で理解出来ているのは東仙だけだった。

 約束。藍染と東仙の間に交わされた契約とも言うべきもの。それは、かつて藍染が東仙に問い掛けた言葉から始まった。

 自身の最大の忠臣であった東仙に対し、藍染は褒美はいらないかと問うた事があった。それに対し東仙が返した言葉は、とてもではないが褒美とは言えないものだった。

 

「かつて私が君に対し望みはないかと問うた時、君はこう言ったね。罪科に対する戒めが欲しい、と」

「……はい」

 

 それは、東仙が自身が変節し、死神の世界を受け入れてしまった時の為の予防。東仙は己が信じる正義の為に多くの者達を殺してきた。それを当時の東仙は間違った事だとは思っていなかった。

 だが、もし……もし死神達が作り上げたこの世界を、自分が否定したこの世界を、自分が受け入れてしまえば……。その時は、東仙が行ってきた正義はただの殺戮だったという事になってしまうだろう。

 それは自身が最も大切にしていた友の死と在り方の全てを穢す事になる。彼女の願いを裏切り自身の正義を成している以上、それを裏切る事は彼女を二度殺す事も同義。そう、東仙は思っていた。

 故に東仙は藍染に願ったのだ。もしも自分が死神達の世界を受け入れ、堕落してしまったならば、いや、堕落する前に、この世から消え去る慈悲を頂きたい、と。

 

 藍染はそれを了承した。東仙が死神達の許しに苦しむ事になる前に、必ず東仙を消し去る、と。

 しかし藍染はそれを護らなかった。東仙との約束を護る機会はあった。東仙が狛村と檜佐木に敗北し、狛村の言葉に心を動かされた時、その時こそ、東仙との約束を護る時だったのだ。

 だが、藍染は東仙を殺さなかった。もし東仙を殺してしまえば、クアルソとの敵対が決定的なものとなってしまうだろう。いや、敵対する事自体は問題ではなかった。問題だったのは、自身と崩玉の融合が完全に終わる前に、クアルソと敵対する事だった。

 少しでも時間を稼ぎたいが為に、藍染はその場で東仙を殺さなかった。クアルソと戦い倒した後からでも遅くはないと思ってしまったのだ。だが、結果は藍染の敗北で終わった。様々な策を弄し時間を稼ぎ、崩玉と完全に融合し、市丸との戦いで更なる進化を果たし、一護との戦いで更に上の進化を遂げた。それでもなお、クアルソに敗北したのだ。

 封印され、無間に捕えられた藍染が、東仙との約束を果たす事など出来る訳がなかった。だが――

 

「遅くなってしまったが……今ならば、その約束を果たす事が出来る。その上で問おう。君の望みは、かつてのままかい? 死神と共にある事を選んだ自身を許せず、死を願うか? それとも、別の願いに変わったかな?」

「……」

「東仙!?」

 

 藍染の再びの問いに東仙は無言で返し、そして藍染の言葉を聞いた狛村が東仙の名を叫んだ。

 東仙が自分自身を許せないと思っているのを狛村は知っていた。自身の死を願っている事もだ。それでも、狛村は東仙に生きていてほしかった。友が死んでしまえば悲しく、心に穴が空いてしまいそうになる。そんな、単純だが純粋な思い一心でだ。

 そして、そんな狛村の叫びを聞いた東仙は、狛村に対して笑みを浮かべてから、藍染へと向き直した。

 

「……いえ、今の私の願いは、この一時のみで良いので、藍染様に世界を護る為の一助となっていただきたい。それだけです」

『!』

「東仙!」

 

 多くの者が東仙の答えに驚愕し、そして狛村が喜びの声をあげた。自分の友は、自分の命を蔑ろにする事を止めてくれたのだと理解出来たのだ。

 

「……それが、君の願いか要」

「はい。私は、私の友を殺したあの男も、あの男の罪をなかった事にするこの世界も、許す事は出来ません。そして、そんな世界に生きる新たな友を受け入れ、この世界を許してしまいそうになる自分自身も……。ですが――」

 

 東仙は一度言葉を区切り、盲目の瞳に強い意思を宿して藍染に言った。

 

「それでも私は生きてみようと思います。自分を許せずとも、世界を許せずとも、仇を許せずとも、それでも私を許してくれる友や仲間がいる、この世界で」

『……』

 

 東仙の答えに嘘がない事は、この場の誰もが理解出来た。当然藍染もだ。かつての部下の答えを聞き、やはりこうなってしまったかと思いつつ、藍染はその答えを受け入れた。

 

「そうか……。ならば、いいだろう。約束を果たすのを遅らせてしまったのは私だ。故に、以前とは違うその願いを今度こそ聞きいれよう」

「……ありがとうございます」

 

 世界を護る為に協力しようと言う藍染に対し、東仙が頭を下げて礼を述べる。そんな東仙に対し、藍染は首を振って答えた。

 

「礼など必要ないよ。これは私なりの君への贖罪だ。それに……どうせ意味がない願いだからね」

「意味が、ない?」

「どういう事じゃ藍染?」

 

 藍染の言葉に対し東仙が疑問の声をあげ、そしてここまでの流れを黙って見守っていた山本が藍染に問い掛ける。そんな山本に、いや、自分の言葉に疑問を抱いた全ての者達に対し、藍染は絶対の自信を持った言葉を返した。

 

「決まっているだろう? クアルソがユーハバッハを討つからだ。敵がいなくなった世界を護る必要などないだろう? だから言ったのだ。意味がない願いだと、ね」

 

 ユーハバッハという世界の敵がいなくなれば、世界を護る必要はない。故に無意味な願いだと藍染は言う。

 

「そうは言うけどね。敵は霊王の力を吸収しちゃってるんでしょ? 果たしてあのクアルソ・ソーンブラでも勝ち目はあるのかい?」

『京楽!? 市丸も!』

「ども。遅うなりましたわ」

 

 京楽と市丸の突然の出現に多くの者が驚愕の声をあげる。二人はクアルソと藍染に遅れる事数分、ようやく大監獄を抜け出し四番隊舎に到着したのだ。

 そして、到着したなり聞こえて来た藍染の言葉に反応し、こうして問い掛けたのである。その問いに対しても、藍染は自信を籠めて返した。

 

「この私が為す術もなく敗れたのだ。ユーハバッハだろうが霊王だろうが、クアルソに勝てる道理があるものか」

『……』

 

 無茶苦茶言ってるなこいつ。大半の死神、破面(アランカル)、そして滅却師(クインシー)がそう思った。

 

「だから君たちはここでゆっくりしているといい。クアルソがユーハバッハを倒すまで、ね」

「そうもいかん。クアルソ・ソーンブラが強い事は承知の上じゃが、破面(アランカル)に全てを委ねるなど出来る訳もない。ワシらはワシらで動くまでよ」

「そうか。好きにするといい。要の願いもある。協力出来る事は協力してやろう。今だけはね」

「ふん! 抜かせ!」

 

 藍染と山本の間で膨大な霊圧がぶつかり合う。副隊長クラスならこれだけで失神してしまいそうな程の圧力が渦巻いていた。まあ直に霧散したが。

 

「元柳斎殿……」

「解っておる。今はそれどころではない……」

 

 腹心たる雀部の言葉により、山本は藍染に向ける霊圧を止めた。そして藍染もだ。

 元々藍染に死神と敵対する意思はなかった。東仙の願いもそうだが、そもそもクアルソから死神と敵対するなという命令が出ているのだ。クアルソに勝てる見込みがない現状、クアルソの命令に逆らうつもりは藍染にはなかった。先程の霊圧は山本がぶつけて来たから返しただけだ。

 

「皆の者! まずは技術開発局へと向かう! 涅ならば霊王宮への移動手段を用意している可能性は高い! ユーハバッハを倒し三界を護る為にも、まずは霊王宮へ赴かねば話にならん! ゆくぞ皆の者!」

『はっ!』

「俺達も行くぜ! ユーハバッハを倒せるなら協力してやる!」

「今は何だろうと必要じゃ。貴様らの所業は一旦棚上げにしておいてやる」

 

 こうして、多くの隊長格と滅却師(クインシー)は技術開発局を目指す事となった。そして、残された十刃(エスパーダ)達は溜め息を吐きつつ、死神達に付いていく事にした。

 

「全く。クアルソ様が負けるわけないってのによぉ。こいつら馬鹿なのか?」

「お前に言われたらお終いだなヤミー……」

 

 ヤミーの呆れたような言葉に対し、少々辛辣な言葉を返すハリベル。だが、その言葉には同意だった。クアルソという絶対強者が既に敵を倒しに向かったのだ。後から死神達が何をしようと手遅れ、全ては無駄な努力で終わるだけだろう。

 そしてそれは全ての破面(アランカル)の同意でもあった。それ程までに、破面(アランカル)はクアルソの強さに絶対の信を置いていた。

 

「まあ、瀞霊廷を護り続けていた彼らなりの誇りだろう。破面(アランカル)に全てを任せるなど、彼らの誇りが許さないのさ」

『……』

 

 十刃(エスパーダ)の呟きにそう答える藍染。そしてそんな藍染に対してどう応じたらいいのか解らない十刃(エスパーダ)達。

 クアルソから仲良くやれと言われたが、かつての王にして絶対強者にして恐怖と畏怖の対象に対し、仲良くしろと言われても直に応じられる筈もなかった。しかも何故か女性に、それも絶世の美女になっているのだ。どう対応していいか解る筈もなかった。

 

「どうしたんだい? 折角の再会だ。色々と積もる話もあるだろう。どうせなら技術開発局に辿り着くまで、私がいない間のクアルソの話でも聞かせてくれないか?」

『あ、はい』

 

 どうしてこうなった? 十刃(エスパーダ)の誰もがそう思った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 地上を飛び発ったクアルソは、霊王宮を守護する72層の障壁を突き破って霊王宮へと到達した。尤も、今の霊王宮を霊王宮と呼んでいいかは怪しいところだが。

 今の霊王宮はユーハバッハの力によりその姿形を大きく変えていた。瀞霊廷を覆っていた見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の街並みを、そのまま剥ぎ取って素材とし、霊王宮を作り変えたのだ。これだけの規模の力を容易く行使する。霊王を取り込んだユーハバッハだからこその力と言えよう。

 

「……寂しい場所だな」

 

 変わり果てた霊王宮を見て、クアルソはそう呟いた。ユーハバッハの力によって作りかえられた霊王宮は荘厳だった。中世ヨーロッパを思わせる風景は、見る人に感動を与えるだろう。

 だが、ここにはそれ以外の何もなかった。命の息吹が感じられないのだ。あるのはただ一つ。ユーハバッハの霊圧のみだ。たった一人の宮殿。それが寂しくない訳がなかった。

 

「ふむ……」

 

 霊王宮に降り立ったクアルソはこの空間一帯の霊子濃度の濃さに眉を顰める。見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の街並みに覆われた瀞霊廷も、滅却師(クインシー)の手によってその霊子濃度を高められていたが、霊王宮の霊子濃度はその比ではなかった。

 並の魂魄ならば存在するだけで圧し潰されかねない霊子濃度。霊圧の高い魂魄でも息苦しさを感じるだろう。そして、クアルソが眉を顰めたのはそれだけではなかった。

 

「霊子を固める事が難しいな……」

 

 死神や(ホロウ)といった魂魄は、戦いの際に空中の霊子を固めて足場とする事がある。だが、霊王宮ではそれが出来ないでいた。

 これだけの霊子濃度がありながら霊子を固める事が出来ないなどとある訳がない。ならば理由は一つだ。この空間全ての霊子の支配権を敵が奪っているのだ。そう、霊子を支配する事に長けた滅却師(クインシー)の長、ユーハバッハが霊王宮全ての霊子を支配しているのだ。それにより、霊子を固める事が出来なくなったのだ。

 これはクアルソも例外ではなかった。霊子の支配権を奪う力はボス属性でどうにか出来るものではない。ボス属性はあくまでクアルソの肉体に作用する能力を無効化する能力だ。霊子の支配権を取り返す、もしくは無効化する事は出来ない。

 

「まあ、問題ないか」

 

 空中に足場を作れなくなった事は一大事かもしれないが、クアルソとしては問題なかった。元々そんな事が出来なかった頃から空中戦を行っていたのだ。今更空中に足場が作れなくなった所でどうという事はなく、空中戦のやり方を変えればいいだけの話だった。

 そうして特に問題ないと判断したクアルソはユーハバッハ目指して移動し出す。ユーハバッハしかいないのならば、ユーハバッハ目指して移動し、そして倒せばいいだけだろう。

 そう思ったクアルソは、しかし移動の最中にその足を止め、ある一点を見つめた。

 

「……死神か」

 

 クアルソが見つめた場所には、一つの死体が転がっていた。ユーハバッハに殺されたのだろう。その死体は無残な姿を晒していた。全身が細切れになるほど四散しており、唯一形が残っているのは頭部のみという惨状だ。

 霊王宮を護る死神だったのだろうその死体を見て、クアルソは僅かに頭を下げる。本当ならばちゃんと弔いたい所だが、そんな暇もないのでクアルソはユーハバッハ目指して移動を再開しようとする。そして、再びその足を止めた。

 

 ――クアルソ・ソーンブラよ――

 

「……」

 

 クアルソの霊力が減った。何が原因か、クアルソも即座に理解出来なかった。霊力が減った理由は解っている。ボス属性が発動したのだ。だが、何が原因でボス属性が発動したのか。それが解らない。

 ユーハバッハが犯人と見るのが尤も可能性が高いだろう。というか、それしか考えられない。この霊王宮に存在している霊圧はクアルソとユーハバッハ以外にないからだ。

 だが、そうだというのにクアルソはユーハバッハが原因と断じる事が出来なかった。なぜならば、霊力が減った時に、僅かだが首だけとなった死体から何かしらの力を感じ取ったからだ。

 

「……」

 

 クアルソはじっと首だけの死体を見つめる。死んでいる。間違いなく死んでいる。この状態で生きている存在など……いや、様々な世界を探せばいない事もないが、少なくとも見て取った状態では死んでいる事に間違いはない。

 

 ――わしは兵主部一兵衛――

 

「……」

 

 クアルソの霊力が減った。そして、やはり霊力が減った瞬間に首だけの死体が何かしらの力を発揮したのをクアルソは感じ取る。

 どうやらこの死体が何かしたようだとクアルソは判断する。その結果、ボス属性が発動したのだろう。死体が力を使った事をクアルソは不思議には思わない。不死身やそれに近しい存在など腐る程見てきたからだ。

 

「生きているのか?」

 

 ――わしの名を呼んでくれ。クアルソ・ソーンブラよ――

 

 クアルソの霊力が減った。何やらクアルソに仕掛けているようだが、霊力の減り具合から然程強い力ではないようだ。ボス属性は無効化した能力に籠められた霊力や、クアルソに掛かる効果の大きさに応じて消費される霊力が変動する。

 強大な力を無効化すれば相応の霊力が消費されるが、この程度の消費具合だと精々が念話の類が良い所だとクアルソは判断する。頭部のみとなった状態で行使する力だ。然程強くなくて当然だろう。

 だが、念話の類だとすれば少々困った事になる。何故ならそういった能力でさえボス属性は無効化してしまう。メリットもデメリットも関係なく無効化してしまうのが、ボス属性最大のデメリットだった。

 

 この首は、何か自分に伝えたい事があるのかもしれない。だが、それが何か解らない。もしかしたら重要な情報かもしれない。ユーハバッハを倒す為に必要な情報だとか、三界の崩壊を防ぐ為の方法だとか。

 どうしたものかと悩むクアルソ。だが、悩む時間はあまりない。こうしている間にも三界の崩壊は続いているのだ。早くユーハバッハを倒し、どうにかして三界の崩壊を食い止めなければならない。

 そう考えたクアルソは、取りあえず試しとして首だけの死体に回道を使ってみた。これで治れば良し。治らなかったら仕方ないとして放置する。そう判断したのだ。

 そして、クアルソが生首に回道を掛けた瞬間に、生首は逆再生するかの如く自身の肉体を再生させた。

 

「ふぅ。助かったわい」

「助かるんかい」

 

 もしかしたら実は生きていて、回道を掛けたらもしかしたら治るかなー? などという軽い気持ちで生首に回道を掛けたクアルソだったが、こうもあっさりと再生するとなるとクアルソも驚きだった。

 そもそもにして、クアルソが使った回道は傷を癒す力はあれど、失った肉体を再生させる力はない。魂魄が持つ自然治癒能力を促進させていると言えば早いだろうか。指先がなくなった程度ならまだしも、四肢の欠損などを癒す力は回道にはない。全身バラバラ死体を治すなど不可能だ。

 それでもクアルソが死体に回道を掛けたのは、もしかしたら死体が生きていて回道を切っ掛けに肉体が少しでも治癒するかどうか確認したかったというのがあるのだが……。

 

「おんしの回道から力を貰い受けたからの。うむ。大した力じゃ。おかげで体を直す事が出来たわい」

「良く言うよ。あの状態でもそんな事が出来るなんて、そっちの方がよっぽど大した力だよ」

 

 クアルソでも肉体がバラバラになれば完全に死ぬだろう。単純な強さで言えばクアルソと兵主部ではクアルソが上だが、兵主部はクアルソですら計りきれない何かを秘めている。そういった存在は例え力が弱くとも警戒に値するだろう。

 

「ふむ……話には聞いておったが、破面(アランカル)らしからぬ破面(アランカル)じゃの」

 

 クアルソの言動を見て、兵主部はクアルソをそう評価した。(ホロウ)から破面(アランカル)に進化した者は、(ホロウ)であった頃よりも理知的となる。だが、それはあくまで(ホロウ)であった頃よりも、だ。破面(アランカル)そのものが理知的とは言い難い存在だろう。

 だが、クアルソは死神と敵対する事もなく、無闇に力を揮う事もなく、むしろ死神と破面(アランカル)が争わないように動いている節があった。霊王宮にあってそんな話を耳にした兵主部は、実際にクアルソを目にしてその話が出鱈目ではないと察した。

 兵主部には“まなこ和尚”という二つ名が付いている。この“まなこ”とは“真名呼”と書かれ、その名の通り真の名を呼ぶという意味がある。尸魂界(ソウル・ソサエティ)のあらゆる物や事象に名を付けた者であり、その叡智は計り知れるものではない。人を見る目も確かという事だ。

 

破面(アランカル)らしくないと言われてもな。自分のやりたいようにやる我侭の集まりが破面(アランカル)だぞ? オレも自分のやりたいようにやっているだけだしな」

「ほっ! なるほど! そりゃ一本取られたわい!」

 

 確かにその通りだ。やりたいようにやるのが破面(アランカル)だと言うのならば、やりたい事をしているクアルソはこれ以上ないほど破面(アランカル)という事になる。

 クアルソからそんな返答が来るとは予想していなかったのか、それを聞いた兵主部は声をあげて笑った。そして、破顔した表情を戻してクアルソに頼みこんだ。

 

「頼む。ユーハバッハを止めてくれ。おんしでも勝てるかは解らん。今のユーハバッハは霊王様を吸収し、その力を留まる所を知らぬ程に高めておる。そしておんしもわしの予想を遥かに超える力を有しておる。そんな両者が戦って、どちらが勝つかなどわしにも予想出来ぬ」

 

 瀞霊廷に並ぶ者がいない程の叡智を誇る兵主部でさえ、クアルソとユーハバッハが戦った時、どちらが勝利するかは解らなかった。だが、それでも解っている事が一つだけある。

 

「じゃが、おんしで無理ならば他の誰でも無理じゃろう。黒崎一護ならば可能性があるが、あ奴を鍛える時間がない。おぬしに頼む以外ないのじゃ」

「ああ。任せておけ」

 

 兵主部の頼みを、クアルソはそう言って快く受け入れた。元々頼まれなくても倒すつもりだったのだから、クアルソからすれば何の問題もない頼みだった。

 絶対に勝てると思っている訳ではない。意思が介在する行動において、絶対という言葉はない。意思が介在する限り、ミスが起こる可能性は必ず存在している。それが限りなく零に近かろうともだ。

 だが、絶対に勝つという気概は持っていた。相手がどんな強敵であろうと、戦うならば勝つつもりで戦う。武人が戦いに臨むという事はそういう事なのだ。

 

「うむ……。ああ、もう一つだけ頼みがある。ユーハバッハと戦う際は出来るなら零番離殿……中央の霊王宮の周囲にある離殿の事じゃが、それを破壊せぬように注意してほしい。少々の損害ならばいいが、完全に破壊されるとちと困る事になるからのぅ」

「うーん……。まあ、善処しよう。流石に余裕がない状況になったら約束は出来ないよ?」

「ああ、出来ればで良い。おぬしが勝つ事が最も重要な事じゃからな」

 

 何故兵主部が零番離殿を破壊しないように頼んだのか。それは兵主部以外の零番隊の生死に関わる事だったからだ。

 零番隊は全員がユーハバッハによって殺されてしまった。兵主部もそうだが、兵主部はクアルソの力を貰い受ける事でどうにか復活できた。そして死んだ残る零番隊も、兵主部の力があれば後に復活する事が出来るのだ。

 だが、それには零番隊それぞれに与えられた離殿が必要だった。零番離殿の霊脈と零番隊の霊力は繋がっており、離殿さえ無事ならば兵主部の力で復活可能なのだ。条件付きとはいえ死者を復活させるなど、やはり並大抵の力の持ち主ではないと言えた。

 

「それじゃ、オレはユーハバッハを倒しに行くよ」

「うむ。頼んだぞクアルソ・ソーンブラよ」

 

 兵主部に見送られ、クアルソはユーハバッハが待つ宮へと移動を再開する。そんなクアルソを見送りながら、兵主部はクアルソの姿が見えなくなった瞬間に額から一筋の汗を流した。

 

「あれが破面(アランカル)の王、か……。ふふ、名を呼ぶだけで震えるわ」

 

 名前には力が宿っている。名も無い技と名が付けられた技では、同じ技でも威力が違う。当然威力が高いのは後者だ。

 そして、名が付けられた技でも技を放つ時に名を呼ぶのと呼ばないのとでは威力が変わる。当然威力が高いのは名を呼んだ時だ。名を半分奪われればその力は半減し、名を失えば存在すら失いかねない。それほど、この世界で名前というものは重要な要素を持っていた。

 それを誰よりも理解している兵主部だからこそ、名に宿る力を操る事が出来る兵主部だからこそ、クアルソを前にしてその名を口に出す時に全身の力を籠めていた。それ程に、クアルソ・ソーンブラが持つ力が強いという事になる。まあ、力を入れなければならない程、兵主部が弱っているという事だが。

 

「クアルソ・ソーンブラ。ユーハバッハ。共に傑出した力の持ち主達よ。おんしらの戦いの結果が、世界の命運を分ける。どちらが勝つか、わしはここでゆるりと見ているとしよう」

 

 そう呟いて、兵主部は変わり果てた霊王宮の床に座り込み、ユーハバッハが座す霊王宮を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 かつて霊王が鎮座した場所にて、ユーハバッハは一人、瞳を閉じて佇んでいた。霊王宮を作り変えてから、いや、未来に映らぬクアルソの姿を見てから、ずっとこうして待ち続けていた。

 当然待ち人はクアルソ・ソーンブラだ。ユーハバッハの未来視に映った光景は、未来を見たユーハバッハが何らかの干渉をしない限り必ずその通りになる。ならば、こうして待っていれば必ずクアルソ・ソーンブラは来る。

 そしてそれは確かだった。ユーハバッハが見た未来の光景と同じように、一人の破面(アランカル)がユーハバッハの前へと辿り着いた。尤も、その姿は未来視では映らず、映っていたのは衣服のみという奇妙なものだったが。

 

「……来たか、クアルソ・ソーンブラよ」

「お前がユーハバッハか」

 

 滅却師(クインシー)の王ユーハバッハと破面(アランカル)の王クアルソ・ソーンブラ。両陣営の王にして、互いに突出した力を持つ者同士が相対する。

 クアルソの姿を見てユーハバッハは苦笑する。間違いなく未来視で見た通りの光景だ。ただし、衣服のみだが。こうして相対してもその霊圧から霊王の力は感じられない。やはり霊王に関係する力は有していないようだ。ならば何故未来にその姿が映らないのか。衣服のみ映るのは何故なのか。ユーハバッハをして、この謎は解けなかった。

 

 対するクアルソはユーハバッハを見てその強さを肌で感じていた。強い。それも圧倒的にだ。内包される力が桁違いだろう。死神にも、破面(アランカル)にも、滅却師(クインシー)にも、これ程の存在はいなかった。

 その強さを感じ取って、クアルソは自然と笑みを浮かべていた。これ程の強者と戦えるなど、どれほどぶりか。藍染との戦いも心躍ったが、この戦いもまた素晴らしく楽しめそうだ、と。

 

 そしてユーハバッハと対峙した瞬間に感じた霊力の減少。明らかに何らかの能力による干渉を受けた証だ。それが何であるかはクアルソにも解らないが。

 これは以前ユーハバッハが発動させた未来視の影響だ。あの時、ユーハバッハの未来視にクアルソの衣服以外の姿は映らなかった。それはボス属性によってクアルソの肉体のみが未来視に映らなかった結果だ。

 だがその時、クアルソの霊力は消費していなかった。それもその筈だ。ボス属性が発動したのは未来視で見た時間帯、つまりは今だからだ。あの時のクアルソに干渉した訳ではないので、未来視が発動したタイミングではボス属性が発動する事はなく霊力が減少する事もなかったのだ。

 ユーハバッハが何かしらの能力を発動させた。そう思いながら、クアルソはユーハバッハに対して声を掛けた。

 

「一応聞こう。止めるつもりはないか?」

 

 強者との戦いは心躍るが、無意味な争いは好まないクアルソは、ここに来て最後の確認を取る。それに対するユーハバッハの答えは簡潔だった。

 

「ない。私を止めたければ力で止めてみせよ」

 

 言葉で止める事など不可能。それ程に、ユーハバッハは己の信念を曲げるつもりはなかった。

 永劫の時を縛られ続けた父を(解放)し、死と恐怖に満ちた三界を融合させ、一つとする。生と死が混じり合ったかつての世界に戻す。命ある全ての者が死の恐怖から解放される世界に戻す。それがユーハバッハの目的。その為にここまでやって来たのだ。今更言葉で止まるつもりは毛頭なかった。

 

「そうか」

 

 ユーハバッハの答えを残念に思いつつ、ユーハバッハとの戦いを楽しみにしている自分がいる事にクアルソは苦笑する。

 (ホロウ)として生まれたのが原因か、かつての自分よりも少々好戦的になっているようで、自重しなければならないなと思うクアルソ。だが、それは後だ。今は眼前の強者に集中すべきだろうと思い直す。

 

「来るが良い破面(アランカル)の王よ。貴様を倒し、その力を奪い、私は私の目的(三界融合)を果たす」

「行くぞ滅却師(クインシー)の王。お前を倒し、世界を戻し、オレはオレの目的(童貞卒業)の為に邁進する」

 

 互いに強大な力を持つ者同士が、互いの目的達成の為に争う。だが、その目的は善悪の差はともかく、大小という意味では圧倒的なまでの差が存在していたのだが、それを知る者は誰もいなかった。

 ここに、壮大な目的と矮小な目的で行われる世界の命運を賭けた戦いが、始まろうとしていた。

 

 


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