どうしてこうなった? 異伝編   作:とんぱ

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BLEACH 第三十九話

 クアルソ・ソーンブラと藍染惣右介、もとい藍染惣子の登場に、四番宿舎は混乱の坩堝と化していた。

 

「どういう事だ!? お前は……本当に藍染なのか!?」

 

 死神の中で、最も藍染を憎んでいると言える日番谷がそう叫ぶ。日番谷には大切な幼馴染がいる。同じ地区出身の、雛森桃という死神だ。

 雛森は五番隊副隊長の座に就いている。それは、今も昔もだ。そう、藍染惣右介が五番隊隊長であった時から、雛森は五番隊副隊長だったのだ。

 藍染惣右介の腹心。そう聞けば文字通り藍染の部下という事になるが、それは表向きだけだ。藍染は瀞霊廷で長きに渡って心優しい隊長を演じ続けていた。その仮面に騙された者は多い。その中には副隊長であった雛森も入っていた。

 雛森は、誰よりも優しく理知的で包容力のあった藍染に憧れ、特別な感情を抱いていた。それは何も悪い事ではない。そういった感情は人として当然の事だろう。

 

 だが、藍染はそれを利用した。雛森が自身に情を抱くように動き、雛森の動きを操作したのだ。これには鏡花水月などの能力は一切使われていない。純粋な藍染の知略による結果だ。この程度の所業など、藍染にとっては造作もない事だった。そうして藍染は雛森を己の思い通りに動かし、最後に用済みとなった雛森を斬り捨てたのだ。

 それを赦せる日番谷ではなかった。斬り捨てられ、倒れ伏した大切な幼馴染を見て、日番谷は怒り狂い藍染へと斬り掛かった。だが、藍染と日番谷の戦力差は歴然だった。同じ隊長とは思えない程に、両者の力は掛け離れていた。

 別に日番谷が弱い訳ではない。卍解を覚えてからまだそれ程の年月が経っていない故に、未熟と取られても仕方ないだろうが、それでも隊長として十分な実力を備えていた。ただ、藍染が他を隔絶する程に強かっただけの事である。相手が悪かった。それに尽きるだろう。

 ともかく、日番谷は藍染を憎んでいた。大切な幼馴染を騙し続け、裏切り、斬り捨てた藍染を。肉体も心も、全てを傷付けた藍染を。隊長としての使命や責任ではなく、憎しみのみの刃で斬り掛かる程にだ。

 

 そんな憎き藍染惣右介が女になって藍染惣子になっていた。日番谷の混乱も宜なるかな、である。

 

「理解が遅いな。同じ事を二度も言わせないでくれないか? 私は藍染惣子。君たちが知る藍染惣右介が女性となった存在だよ。疑うのも信じるのも君達の自由だが、三度は言わないから注意しておき給え」

『……』

 

 藍染の言葉を聞いて誰もが「ああ、こいつは藍染だ」と納得した。感じる霊圧は藍染のそれで、顔つきや体つきは女性になっているが髪の色や特徴は藍染のそれで、この口振りだ。藍染だと納得せざるを得ないだろう。

 

「なんやそれ……どないしたら藍染が女になるっちゅうんじゃ……」

 

 藍染憎しと思っているのは日番谷だけではない。百年以上前に藍染の罠にはめられ、現世に逃げざるをえなかった仮面の軍勢(ヴァイザード)の面々も藍染を憎んでいる。

 だが、想像だにしていなかった現実を見て、仮面の軍勢(ヴァイザード)のリーダーであった平子も脳の処理が追いついていなかった。

 

「し、しかも滅茶苦茶美人だぞおい……どうしてこうなった!?」

 

 一護もまた女体化した藍染を見て目を見開き混乱していた。かつて幾度となく敗れ、恐怖し、挫折しかけた相手が、目も眩む程の絶世の美女になっていた。一護の反応も当然である。

 

「平子真子。そして黒崎一護。君達もまた理解が遅いな。崩玉の暴走と言った筈だが?」

「喧しいわ! 崩玉を御せてないんかい己は!?」

 

 崩玉の力で進化を遂げ、絶大な力を得て自分達を圧倒した存在が、その崩玉の暴走によって女体化したなどと、むしろ信じたくなかった話である。

 そんな御し切れていない力で自分達は負けたのかと思うと、平子は情けなくて涙が出そうになるほどだった。

 

「そう言われると心苦しいね。私も完璧な存在ではないという事だ。まあ、この世に完璧な存在などある筈もないがね」

 

 尤も、そんな平子の心情など藍染の知った事ではなく、平子の叫びなどどこ吹く風と平然に受け流していたが。

 

「あ、藍染……隊長……?」

「雛森!?」

 

 日番谷がしまった、という表情で後ろから聞こえた声の持ち主に振り返る。こうして動ける隊長格が四番宿舎に集まっているという事は、五番隊副隊長である雛森もまた、四番宿舎にいるのは明白。

 そして、雛森が藍染と出会えばどうなるか。それを何よりも理解していたというのに、この状況に混乱していたあまり配慮を怠ってしまった。日番谷が己の浅慮を責めるが、最早手遅れだ。藍染と雛森は再び出会ってしまった。

 余計な事を言うな。雛森をこれ以上傷付けるな。思考のみが加速した日番谷がそう思うが、藍染はそんな日番谷の思いなど気にせずにかつての部下に向けて声を掛けた。

 

「やあ、久しぶりだね雛森君。元気そうで何よりだよ」

「え? え? ほ、本当に藍染隊長……? じょ、女性に? え?」

 

 かつて、いや、今もなお胸に秘める程に想っていた男性が、女性となっていた。それも絶世の美女にだ。雛森の胸中や如何に、である。

 

「そうだよ。三度は言わないと言ったが……まあ今の私は君の気持ちも理解出来る。あまり強くは言うまい」

「ええ?」

『はぁ!?』

 

 雛森の気持ちが理解出来るなどと、どの口が言うのかと死神達が疑問の声をあげる。

 そもそもにして、藍染は元々雛森の気持ちを理解していた。理解しているからこそ利用する事が出来たのだ。だが今回の藍染の理解はそういう意味ではない。藍染は、女性として雛森の気持ちが理解出来るという意味でそう言ったのだ。

 

「日番谷君に言ったが、憧れは理解から最も遠い感情だ。君は私に憧れるあまり、私を理解出来ていなかった」

「あ……」

「藍染! それ以上口を開くな!」

 

 その言葉は、雛森を何よりも傷付ける言葉だった。雛森は藍染に憧れていた。それは確かだ。だが、そのあまり藍染を理解する事が出来なかった。憧れの存在を憧れのままにした為に、その本質を見抜く事が出来なかったのだ。

 藍染の口からそれを聞いて、雛森は藍染を愛していたのではなく、藍染に憧れていただけなのだと気付いた。残酷な真実を突きつけられて、自分がただただ憧れに恋していた未熟な女だったと気付いたのだ。

 藍染の言葉に顔面が蒼白になる雛森を見て、日番谷が藍染に叫ぶ。だがそれでも藍染の言葉は止まらない。

 

「だからこそ、君に伝えておこう。憧れるなとは言わない。対象への憧れと、対象への理解は分けておき給え。憧れのみで相手を見るなど、相手を見ていないと言っているようなものだ」

「え……?」

「は……?」

 

 そんな事を口にする藍染の顔を見て、雛森も日番谷も言葉を失っていた。それもその筈だ。あの藍染がそんな事を言うのも驚きだと言うのに、その表情はどこか情熱的な乙女を思わせるように二人の目に映っていたからだ。

 

「なんかぞくっとしたんですけど!? ねえ、どうなってるの? ねえ、どうしたらいいのオレ!? 誰か教えて何なのこの状況!? 蛇に睨まれた蛙の気持ちが理解出来る!!」

 

 クアルソは慄いていた。これ程の未知は初めてだからである。この世界で誰よりも長き人生を歩んだ経験を持つクアルソだが、男性としての経験で言えば話は別だ。どうしたらいいのかさっぱり解らないクアルソは、珍しく狼狽していた。

 

「珍しくクアルソが混乱しているな……」

「そりゃ、藍染様が女になれば多少は混乱するだろ」

「それだけではないがな……まさか、藍染様がクアルソ様を……? むぅ……」

「うーん。どうなるのかしらこれ?」

「えー、これってどうなるの? 藍染様が僕達のトップに戻るの?」

 

 混乱しているのは死神だけではない。かつて藍染の部下であった十刃(エスパーダ)達もまた、この状況に混乱していた。かつての絶対的な王が、男性から女性になって帰ってきました。しかもなんか状況が可笑しいです。それで混乱しない方が可笑しいだろう。

 

「ふむ。久しぶりだね十刃(エスパーダ)諸君。少し見ない内に強くなったものだ。クアルソに鍛えられたようだね。良い事だ」

 

 藍染は十刃(エスパーダ)達に視線を向け、そしてその内に秘められた力を見抜いて感嘆する。

 藍染は死神に対抗する戦力として虚圏(ウェコムンド)中から戦力をかき集めた。その最高峰たる存在が十刃(エスパーダ)だ。だが、その十刃(エスパーダ)も藍染の期待に応えられる程の者はいなかった。強くはあるが、十刃(エスパーダ)全てが纏めて掛かってきても自分一人に劣る強さ。その程度の実力なのかと落胆した程だ。決して表には出さなかったが。

 だが、今の十刃(エスパーダ)は以前とは見違える程の実力になっていた。崩玉と融合する前の藍染ならば梃子摺るレベルの者も何人かいる。鏡花水月の力がなければ厄介と言える者もだ。もちろん、それも崩玉と融合する前ならばだが。

 十刃(エスパーダ)がこれ程までに強くなった理由はクアルソ以外には考えられないだろうと藍染は予測する。クアルソならば、彼らをこのレベルまで高める事が可能だと確信していた。

 

 そうして十刃(エスパーダ)を見回してその強さに感心した後、藍染はルピの疑問に対して辛辣に答えた。

 

「そしてルピ。君も理解が遅いな。クアルソの言葉を聞いていなかったのか? 勝者であるクアルソが王で、敗者である私は王たるクアルソの部下だ。当然の帰結だろう?」

『!?』

 

 藍染の発言に死神も破面(アランカル)も驚愕する。確かに、先程クアルソは自分の部下となった藍染惣子、と藍染を紹介していた。

 その時はあまりの衝撃にそこまで思考が回っていなかったが、藍染の口からクアルソの配下となった旨を聞かされて、ようやくその異常に気付けたようだ。

 

『藍染が!?』

『クアルソ様の!』

『部下ぁ!?』

 

 死神と破面(アランカル)の叫びが瀞霊廷に木霊する。その叫びには霊圧が籠められていた程だ。それほど、彼らにとって藍染の発言は衝撃的だったのだろう。

 それもその筈だ。誰にも従わず、誰にも媚びず、誰も寄せ付けない。ただ一人のみ昇り詰めた孤高の王と言える藍染が、自ら他者に頭を垂れるという発言をしたのだ。これに驚愕しない者は死神にも破面(アランカル)にもいなかった。

 

「そうだ。今後は上司ではなく同僚となるね。よろしく頼むよ十刃(エスパーダ)諸君」

『いやいやいやいや!』

 

 十刃(エスパーダ)全員が混乱しながら首を振る。何でかつての王が、恐怖の対象が、自分達の同僚になるというのか。さっぱり訳が解らない。

 だが、そんな混乱し続けている十刃(エスパーダ)に対して、現在の王が無情の言葉を放った。

 

「まあ、そういうわけだから。これからは惣子さんもお前達の仲間だ。仲良くやってくれ」

『……はい』

 

 十刃(エスパーダ)達はクアルソの言葉に項垂れながら了承する。

 現在の王はかつての王よりも強い。それは今までの結果と現在の藍染の態度からも明白だ。その絶対的な王がそう言うのだ。ならばそれは決定事項という事だ。仲良くする他ないのである。

 

「何を勝手な事をほざいておる! 藍染! 貴様をむざむざ逃がすと思うてか!!」

 

 だが、当然ながら死神が藍染の自由を赦す筈がなかった。無間から抜け出しただけでも赦されないというのに、あろう事か破面(アランカル)の下に逃げようとしている。それを山本が止めない訳がないだろう。

 

「ほう? ならばどうする? この場で私と戦うか? その満身創痍の身体で、碌な戦力も残っていない護廷十三隊で、私を相手に勝てるとでも?」

 

 藍染から圧倒的な霊圧が放たれる。霊圧の次元が違う為に、多くの死神は霊圧を感じ取れなくなり、その圧力のみを受け続ける。あまりの圧力に膝を突く者も出た程だ。

 

「ぐぬ……!」

「消耗し切っているな山本元柳斎。よほど苦戦したようだ」

 

 卯ノ花の治療を受けていたとはいえ、アスキンとの戦闘の影響はまだ残っていた。傷付いた肉体はともかく、毒の影響は大きく、藍染の放つ霊圧によって大地に膝を突いてしまう。

 

「ストップだ惣子さん。剣八もな」

「解ったよクアルソ」

「ちっ!」

 

 クアルソの制止の声により、藍染から放たれる圧力が収まる。そして同時に、藍染に嬉々として斬り掛かろうとしていた剣八もその動きを止めた。

 藍染の膨大な霊圧は剣八にとってはご褒美のようなものだ。他の者達が萎縮する中、剣八だけが藍染に向けて斬魄刀を振るおうとしていた。だが、その動きはクアルソによって止められた。もちろん制止の声で、ではない。クアルソが剣八が動き出す前に瞬時に接近し、その肩に手をやって動きを抑えたのだ。

 

「まあいい! だったらお前とやり合うだけだクアルソ! あれからオレがどれだけ強くなったか見せてやるぜ!」

「それは魅力的な誘いだけどさ……あのさ死神さん達。色々言いたい事があるのは解るけど、まずは上のユーハバッハとやらを何とかしてからじゃないの?」

『……』

 

 破面(アランカル)であるクアルソのまさかの正論に、死神の誰もが言葉を失った。

 

「惣子さんが赦せないのは解るし、脱獄を止めたいのも解るけどさ。現実問題として惣子さんを封じる方法ってないだろ? あの封印破ったのオレじゃなくて惣子さんの自力だし。そもそも、こう言っては失礼だけど今のあなた達の中で惣子さんに対抗出来るのって剣八くらいだよ?」

『……』

 

 これもまた正論であった。卍解を奪われた山本では藍染に敵う筈もなく、そもそも消耗し切った状態では話にならないだろう。

 他の隊長格も全員が本調子とは言い難い状態だ。本調子でも敵わない相手に今の状態で勝てる訳がない。現在隊長格で元気が有り余っているのは剣八と卯ノ花くらいだ。

 だが、卯ノ花ですら今の藍染を相手にしては力不足だ。死神でも最強クラスの実力の持ち主だが、今の藍染は別格の存在と化しているのだ。そして、死神でも別格の存在と言えるレベルに至った剣八ならば、藍染を相手にしても渡りあう事は可能だろう。

 尤も、それも藍染が鏡花水月を使わなければの話だが。藍染が鏡花水月を使い、遊びを抜きにして勝ちに徹した場合、剣八と言えど勝つ事は果てしなく難しくなるだろう。それでも勝ちの目がないと言い切れないのが剣八の恐ろしい所だが。

 

「そういう事だから。まずはユーハバッハを倒してから色々と話し合おう。剣八もそれでいいな? お前と戦うにしても、ユーハバッハを倒して落ち着いてからだ」

「……ちっ。仕方ねーな。解った。だったらさっさとユーハバッハって奴を倒しに行くぞ! そういやあいつも斬り甲斐がありそうだったな!!」

 

 クアルソの提案に剣八が嬉々として乗った。ユーハバッハと相対した事がある剣八は、ユーハバッハの強さも感じ取っていた。あれだけの実力なら相当愉しい戦いになるだろうと、剣八は愉しそうに嗤う。そしてそんな剣八を見て卯ノ花が愛おしそうに微笑んでいた。

 

「残念だな剣八。ユーハバッハはオレが倒すから、お前が戦う事はないな」

 

 ユーハバッハとの戦いを愉しみにしている剣八だったが、クアルソとしてもユーハバッハとの戦いを譲るつもりはなかった。

 死神を救い、そして三界を救うという目的があるが、それはそれとして強者との戦いはクアルソも楽しみにしているのだ。無用な争いは避けたいが、避けられないならばその戦いを最大限に楽しみたいという、剣八程ではないが戦闘狂な節があるクアルソである。

 

「だったら競争と行こうじゃねぇか。オレが倒すか、お前が倒すか、早いもん勝ちだ!」

「いいだろう。早速始めよう。早くしないと世界がヤバイみたいだしな。それじゃ、今からスタートという事で」

「いいぜ!!」

 

 そう言って、剣八は神速の瞬歩でこの場から消え去った。そのあまりの速さに誰も止める事が出来なかった程だ。

 そして、剣八が消え去ってから僅か。平子が呆れたように口を開いた。

 

「……あいつ。ほんまにユーハバッハが居る場所解ってんのか……?」

 

 ユーハバッハが居るのは瀞霊廷の遥か上空。並の瞬歩でも一週間は掛かる程に離れている程の高さにある霊王宮だ。そして瀞霊廷と霊王宮の間には七十二層の障壁がある。通常の手段では到達する事が不可能な場所だ。

 だというのに、剣八はどこに向かって走ったというのか。恐らく一刻も早くユーハバッハを倒し、その後にクアルソと戦いたいという願望が溢れ過ぎた為、とにかくどこかに向けて走りたかったのだろう。

 後に冷静になって四番宿舎に戻り、ユーハバッハがいる場所への行き方を山本に問い詰める事になる剣八であった。

 

「さて、それじゃオレも行って来ますか」

「ああ。私はここで君の帰りを待つとしよう」

 

 藍染はクアルソと行動を共にするつもりも、クアルソと共にユーハバッハと戦うつもりもなかった。

 共に戦う? なぜその必要がある? クアルソが負ける筈がない。自分に勝ったクアルソが、他の者に負けるなど有り得ない。

 自分の鏡花水月も、崩玉の力さえも無効化したクアルソならば、ユーハバッハの特殊な能力も無効化するだろう。後は地力の勝負だ。ならば、クアルソが負ける筈もない。藍染はそう確信していた。故に、藍染は瀞霊廷でクアルソが帰って来るのを待つつもりだった。

 

「その方が君も戦いやすいだろう?」

「そうだな。頼むよ惣子さん」

「任されよう」

 

 藍染が言いたい事をクアルソは理解した。クアルソとユーハバッハの戦いの余波で瀞霊廷が崩壊しないよう瀞霊廷を護ろうと、藍染は言っているのだ。

 それは瀞霊廷の為でも、ましてや死神の為でもない。全てはクアルソの為。クアルソが気兼ねなく戦う事が出来るように配慮したのだ。

 

「おい待て! どうやってユーハバッハの所に行くつもりだ! 移動手段があるならオレも連れて行ってくれ!」

 

 ユーハバッハに戦いを挑もうとするクアルソを見て、バズビーがそう頼み込む。クアルソがユーハバッハの下に移動する為の何らかの手段を有していると思ったのだろう。

 破面(アランカル)に頼み込むなど、死神に頼むよりも業腹で屈辱だが、それでもユーハバッハを倒す為ならば飲み込めた。だが、そんなバズビーの覚悟は無意味となった。

 

「悪い。連れて行ってやりたいが、これは多分オレだけしか無理な方法だ」

「どういう事だ!?」

 

 クアルソの返答が自分を連れて行かない為の虚言であると思ったバズビーがそう叫ぶ。そんなバズビーを置いておき、クアルソは藍染と十刃(エスパーダ)に向けて命令を下した。

 

「惣子さん、十刃(エスパーダ)。改めて言うが、死神と争う事を禁じる。だが、死神から仕掛けて来た場合は防衛を許可する。自身や仲間の命に危険が及べば交戦も許可する。いいな?」

『はっ!』

「ああ」

 

 クアルソの言葉は藍染達だけでなく、死神にも向けられていた。敵対しなければ藍染も十刃(エスパーダ)も手出しする事はないという忠告である。それは死神の誰もが理解した。そして改めて驚愕する。破面(アランカル)が死神と争わないように配慮している事に。藍染が他人の命令を聞いている事に。

 

「さて、それじゃ行くとしますか」

 

 そう言って、クアルソはユーハバッハが居る霊王宮に行く為の準備を行った。

 クアルソの霊王宮への移動手段は単純明快だ。霊王宮に向けて一直線に移動する。それだけである。

 だが、霊王宮に至るまでの障害をクアルソも当然理解していた。クアルソの目には上空に存在する七十二層の障壁がしっかりと映っていたのだ。

 相当な強度の障壁だ。霊王を護る為のものなのだから当然だろう。だが、一刻も早くユーハバッハを倒す為には、移動手段を模索している暇はない。ここから一気に霊王宮まで駆け昇った方が早いだろう。

 その為には障壁を破る必要がある。その準備としてクアルソは……この場にいた滅却師(クインシー)が我が目を疑うような行動を取った。

 

「おい! 俺の話を聞いて――なん……だと……!?」

 

 クアルソに詰め寄ろうとしていたバズビーが、クアルソを見て驚愕する。バズビーだけではない。バンビーズ達もだ。

 

「嘘……」

「ど、どういう事だよおい!」

「信じられません……」

「え? 本当なのこれ?」

「ははは……こりゃユーハバッハも警戒する筈だぜ……」

 

 なぜ滅却師(クインシー)達がクアルソを見て驚愕したのか。その答えは、クアルソの全身に浮かぶ血管のような紋様が原因だった。

 

「なんで……なんで破面(アランカル)のお前が血装(ブルート)を使えるんだよ!?」

 

 そう、クアルソの全身に浮き上がった紋様は、滅却師(クインシー)が使う血装(ブルート)を思わせるものだった。

 

血装(ブルート)って言うのかこれ」

「知らないのかよ!? だったらどうして使えるんだよ!」

 

 名前も知らない技術をどうやって使ったというのか。そんなバズビーの疑問にクアルソは呆気なく答えた。

 

「いや、お前達が使っていたの見たから、便利な技術だなって真似してみたんだけど……」

『ふざけるな!?』

 

 クアルソの返答に多くの滅却師(クインシー)がそう返した。だが、真似出来たのだから仕方ない。

 クアルソは瀞霊廷に現れた時に、周囲の戦いをざっと見回していた。その時、幾人かの滅却師(クインシー)が使っていた血装(ブルート)を見て、面白い技術だと着目したのである。

 血管に霊子を注ぎ込む事で身体能力を増幅させる技術だと瞬時に見抜いたクアルソは、それを模倣して自己流にアレンジした。本来の血装(ブルート)は攻撃用と防御用に分かれているが、クアルソはそれを一つに纏めたのだ。正確には、攻撃用と防御用の二つに分ける事が出来なかったと言うべきだが。

 

 そして、滅却師(クインシー)でないクアルソが血装(ブルート)を使えた理由だが、特に難しくはない。

 血管に霊子を流し込む事で発動する血装(ブルート)は、霊子の扱いに長けた滅却師(クインシー)ならではの技術だろう。だが、それは逆に言えば霊子の扱いに長けてさえいれば習得可能であるという事だ。そして、霊子や霊圧の扱いにおいてクアルソの右に出る者はこの世界でも極僅かだった。

 まあ、正確にはこの技術は血装(ブルート)ではないだろう。血装(ブルート)に用いる為の霊子回路がクアルソにはないのだから。血管全体に霊子を送り込んで全身を強化する独自の身体強化能力と言えた。

 そして欠点もある。攻撃用と防御用の霊子回路がない為に、半端な全体強化の技術となってしまったのだ。元々高い身体能力を誇るクアルソからすればこの程度の強化でも十分だが。

 

 だが、それでもあの障壁を突破するには不十分かもしれない。そう考えたクアルソは更なる力を解放した。そして次は滅却師(クインシー)ではなく死神が驚愕の声をあげた。

 

「はっ!」

「はぁ!?」

 

 クアルソが発動した力を見て特に反応したのは砕蜂だった。その理由は、クアルソが発動した力にこの場の誰よりも覚えがあったからだ。

 

「ほう。瞬閧か。なるほど。確かに白打の達人にして、死神の鬼道を使いこなす君ならば可能だね」

 

 驚愕する死神をおいて、藍染が感心したようにクアルソの発動した技術について語る。そう、クアルソは鬼道と白打を練り合わせた技術である瞬閧を発動したのだ。

 

「馬鹿な!? 破面(アランカル)が鬼道を!? しかも瞬閧を使えるだと!? どういう事だ!?」

「どういう事も何も。虚化した死神が虚閃(セロ)を使う事が出来るように、死神化した虚が鬼道を使えたとしても何ら不思議ではないだろう?」

 

 砕蜂の叫びに藍染がそう答える。なるほど、確かに有り得ない話ではないと多くの死神が納得した。同時に鬼道を扱える破面(アランカル)であるクアルソに更なる脅威を抱くが。

 

「なるほどのぅ。じゃが、瞬閧は隠密機動の長に代々伝わる秘中の秘。四楓院夜一が砕蜂に伝えなかった故に、砕蜂も一から独力で会得した程じゃ。それを破面(アランカル)であるクアルソ・ソーンブラが会得しておる理由はどういう事じゃ?」

 

 山本の疑問も尤もだ。夜一は藍染の策略にはめられた浦原を救う為、浦原達と共に瀞霊廷から逃げ出した。それ故に夜一の部下であった砕蜂は瞬閧を教わる事なく、自らの修練と才覚のみで不完全ながらも瞬閧を会得したのだ。

 隠密機動の長となった砕蜂ですら瞬閧に関する知識を持たなかった。その事から、瞬閧が如何に秘中の秘とされていたか解るだろう。まあ、一定以上の権力を持つ者ならば知っていても可笑しくないが。

 そんな秘奥をどうしてクアルソが知っているのか。それだけでなく、その完成度も非常に高く、使いこなしていると言っても過言ではないだろう。

 

「いや、以前に藍染様――」

「惣子」

「……惣子さんと死神さん達の戦いの時、オレが惣子さんに錯覚させられた事があったでしょ? その時にそっちの砕蜂さんが使っていたのを見て便利そうだから覚えたんだけど……」

『ふざけるな!?』

 

 砕蜂を代表に、何人かの死神からそんな声があがる。便利そうだから見て覚えた等と、長年の修練を無為にされたかのような台詞に怒りを禁じえなかったのだ。

 だが、クアルソとて修練なくして覚える事が出来なかった能力だ。これまでの無数の修行による膨大な基礎があるからこそ、こうして発展した技術を会得する事が出来るのだ。

 

「しかし、黒い瞬閧だと……! 一体どんな鬼道を練りこんでいるというのだ……!」

 

 砕蜂の言う通り、クアルソの瞬閧は黒かった。瞬閧を発動させると術者は背と両肩に高濃度に圧縮された鬼道を纏う。それを炸裂させる事で鬼道を己の手足へと叩き込んで戦うのが瞬閧だ。白打での戦闘能力を向上させる技術である。

 そして瞬閧の完成系は練り込んだ鬼道によって様々だ。例えば夜一は雷の鬼道を練り込んだ瞬閧を使いこなし、砕蜂はまだ完成していないが風の鬼道を練り込んだ瞬閧を会得しようとしている。それぞれ技を発動させると背と両肩から練り込んだ鬼道を纏い戦うのだ。

 つまりクアルソは黒い色をした鬼道を練り込み、瞬閧を発動させたという事になる。ならばその鬼道とは一体何なのか。それに答えたのはその鬼道についてこの中で誰よりも詳しい藍染であった。

 

「これは黒棺だね。なるほど。重力の鬼道を練り込んだ瞬閧か……素晴らしい」

 

 そう、クアルソは黒棺、つまり重力の鬼道を練り込んだ瞬閧を使ったのだ。その両肩と背からは黒い重力の奔流が吹き出していた。

 

「これ攻防一体だし、他にも色々な使い方が出来るから便利なんだよね」

 

 そう言って、クアルソは藍染から視線を外し、こちらに向かって来る巨体を見てそちらに向けて腕を伸ばした。

 

「おい!? ヤミーの奴がこっちに向かっているぞ!」

「あの馬鹿……! あの巨体でここに着地する気かよ!」

 

 グリムジョーとルピがクアルソの視線が向いた方向を見ると、そこには四番隊舎を目指してここまで来たヤミーが上空から降りてこようとしている姿があった。

 現在のヤミーの巨体は200mを超える。一応死神がいない場所を選んでいるようだが、このまま着地すれば瀞霊廷の街並みは酷い有様になるだろう。

 

「全く……」

 

 そう言って、クアルソはヤミーに向けて瞬閧の力を発動させた。それによりヤミーは空中に浮かぶ事となる。霊子を固めて足場にしたのではなく、空中で浮いているのだ。

 

「うおぉ!?」

 

 大地に降り立とうとしたヤミーは、予想と違って宙に浮いた上に自分の思う通りに動けない事に驚きうろたえる。そんなヤミーに対し、クアルソは溜め息を吐きつつ命令した。

 

「ヤミー。通常状態に戻れ。死神がいない場所を選んだのは褒めてやるが、そのままだとそこら一帯の建物が壊滅するだろうが」

「い、いいじゃねーか! どうせあちこちボロボロなんだしよぉ!」

 

 ヤミーの言う通り、瀞霊廷の建物はあちこちが崩壊している。見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の街並みが上書きしていたとはいえ、元は瀞霊廷である事に変わりはない。その為、今までの戦火により多くの建物が崩壊していたのだ。

 だからと言って、ヤミーが新たに壊すのをクアルソが許す筈もないが。藍染を連れている事でただでさえ死神との仲が危ぶまれているのだ。これ以上死神の心象を悪くするつもりはクアルソにはなかった。まだ死神の美女との出会いを諦めていないようである。流石の童貞であった。

 

「ヤミー」

「う……わ、解りましたよ……」

 

 クアルソの言葉と圧力に気圧され、ヤミーが通常状態に戻る。それに伴いクアルソもヤミーに掛けていた力を解いた。

 

「ふむ。無重力の空間を作り出したのか。確かに黒棺の力を応用すれば可能だね」

 

 クアルソがヤミーを浮かばせた力の正体を藍染が看破する。まあ、これくらいならば多くの死神が看破していたが。

 だが、あれほどの巨体を浮かばせるとなると相当な範囲を無重力空間としなければならない。そして離れた位置に発動させる技量も必要だ。ヤミーを浮かばせただけで、クアルソの強さの一端が窺えるというものだ。死神達はクアルソに対する警戒心を更に高めた。仲が深まるのは遠そうである。

 

「さて、それじゃ改めて、行って来ますか」

「!? 待て!」

 

 ユーハバッハの下へ行こうとしているクアルソをバズビーが止めようとする。当然それはユーハバッハを護る為ではなく、自分も連れて行けと言いたかったからだ。

 だが、クアルソの言う通りクアルソがユーハバッハの下へ行く為の手段はクアルソ以外には不可能なものだ。その証拠を、バズビーはその目でこれ以上ない程に見る事となった。

 

『!?』

 

 クアルソの姿がその場から掻き消えていた。その動きを追えたのは極僅か。死神では藍染、一護、山本、破面(アランカル)十刃(エスパーダ)全員が、滅却師(クインシー)は弱りきっているのもあってか誰もクアルソの動きを追う事が出来なかった。

 だが、クアルソの動きを僅かなりとも追えた者達の視線を追って、この場の全員が上空を見上げる。そして、空中にある無数の衝撃と空間に開いた穴のようなものをその目にした。

 

「な、なんだあれは……!?」

 

 バズビーのその疑問は多くの者達の代弁でもあった。そして、その疑問に藍染が愉しげに答えた。

 

「霊王宮を護る七十二層の障壁。それがクアルソによって突き破られた結果だ。素晴らしい……王鍵なしに、自らの力のみで霊王宮に到達する……さすがは私を破った者だ。クアルソ……」

「ば、化物かよ……」

 

 藍染の言葉に対し、死神の誰かがそう言った。そしてそれは、ほぼ全ての死神が同時に思った事でもあった。それ程に、霊王宮に自力で到達する事の恐ろしさを死神は理解していたのだ。

 破面(アランカル)としての鋼皮(イエロ)。膨大な霊圧による防御。滅却師(クインシー)血装(ブルート)を模倣した独自の身体強化。死神から模倣した瞬閧。これらを使い、強引に霊王宮を護る障壁を突破するクアルソに多くの死神が恐怖する。

 

 ユーハバッハという強大な脅威に対抗する為の手段は死神の誰もが欲していた。だが、その対抗手段がまさかの破面(アランカル)だ。下手すればユーハバッハ以上の脅威になるかもしれない存在だろう。今は友好的に振舞っているが、いつ心変わりするか解ったものではない。

 そう考えた死神は多く、そういった者達はクアルソに対する対抗手段を今から模索し始めていた。クアルソが死神達と仲良くなる事が出来る日は来るのであろうか……。それは神ならぬクアルソには解らない事であった。

 

 




 技術で模倣可能な技は大体覚える事が出来るオリ主。血装(ブルート)の完全な模倣は無理かと思ったので、倍率の低い身体強化能力になりましたが。

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