八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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今年最後の更新になります。
多くの閲覧や感想をありがとうございました。本当に励みにさせていただきました。
新年度も私のペースで頑張りますので、引き続き作品をお楽しみいただければと思います。
それでは皆さん、良いお年をお過ごしくださいませ。


第85話 亡国の鳳蝶

『警告 多数のロックオンを確認』

(その数7……。……私しか狙われてないらしいね)

 

 IS学園勢の方に圧倒的な数の有利があるというのに、マドカはBT及び専用機のロックオンを全て黒乃に集約させていた。前々から本人も思っていたようだが、どうにもマドカは黒乃が気に入らないらしい。そうでもなければ、わざわざ多数搭載されているBTを仕向けはしないだろう。例えばこんなふうに―――

 

「…………」

(くっ、これは流石に……!)

「姉様!」

 

 サイレント・ゼフィルスのスカート部へ位置するBTのマウントが解除され、6基が一斉に黒乃へ襲い掛かる。接近しながらレーザーを乱射。これはなんの問題もなく回避に成功したが、その回避行動が仇となってしまった。BTは統率の取れた動きをみせると、瞬時に黒乃の周囲を取り囲む。

 

 着かず離れずの絶妙なポジショニングから放たれるレーザーは、黒乃の離脱を許さない。無論だが、脱出するだけなら簡単なことだ。しかし、会場にはまだ避難を続ける人々であふれかえっている。シールドがあるとはいえ、流れ弾でも向かっていったら混乱を加速させてしまうだろう。

 

(そのあたりも計算に入れてるんだろうけど、なかなか嫌らしいですぜ!)

「このっ、ざっけんじゃないわよ!」

「鈴!?迂闊に突っ込んじゃだめだよ!」

「シャルロット、援護へ徹しろ!既に取り返しはつかん!」

 

 黒乃が会場の人間を庇うであろうと想定した攻め手に、1番に激高したのは鈴音だった。高速軌道用パッケージへと換装した甲龍を駆り、得意である中距離戦へ持ち込もうと接近を試みる。感情に任せた闇雲な攻撃であると、火を見るよりも明らか。鈴音の近場へいたシャルロットとラウラが慌てて援護へ向かうが―――

 

「集中攻撃が祟ったわね、テロリスト!」

「さて、どうだかな」

「「「!?」」」

 

 龍砲がサイレント・ゼフィルスを捉え、今まさに不可視の空気弾を吐き出そうとしていたその時だった。黒乃を取り囲んでいたBTが、気でも変わったかのように鈴音達の方へと向きを反転させる。ロックオン警報が鳴った頃には時すでに遅し。

 

 BTから放たれたレーザーは、的確に3人の専用機のスラスターを打ち抜いた。単に攻撃態勢に入っていたから対処に遅れたのではなく、偏光制御射撃(フレキシブル)と呼ばれる―――要するに屈折して迫るレーザーのせいだろう。代表候補生なだけに存在そのものは知識として得ていたが、初見で避けろといわれれば……結果はこの場で明らかにされた。

 

「まず3匹」

「ちぃっ……まともに相手すらされんとは!」

「前もそうだったし……!あーもう、ホント癪に障るー!」

「ごめん、僕らはここまで!」

 

 1発や2発では済まないレーザーの雨を喰らった各種専用機のスラスターは、嫌な色の煙を吐き出す。まともな飛行すらできなくなり、強制的に戦闘離脱させられてしまう3人は悔いの残る表情と共に降下していった。……と同時に、またしても多数のロックオンが刹那へ。

 

(どうする……!?このままじゃジリ貧だ!)

「2人とも、狙いは黒乃だ!」

「ああ!」

「露骨すぎてお話になりませんわ!」

 

 正面から迫るBTの物量に任せた射撃を、黒乃は避けるという選択肢を躊躇う。それを見越してか、一夏が雪羅の盾を展開しつつ黒乃の前へと割り込んだ。エネルギー完全無効効果を持つ盾にレーザーが着弾―――と同時に、左右から挟み込むようにして箒とセシリアが遠距離からの攻撃を仕掛けた。

 

「くだらんな―――」

「なにっ!?奴め、速いぞ!」

「ブルー・ティアーズ2号機なだけはありますわね……!」

 

 単調な攻撃ではあったが、狙いとタイミングは完璧なはずだった。だが、それを嘲笑うかのように蝶は舞う。サイレント・ゼフィルスのスラスターが一気に稼働したかと思えば、既に箒とセシリアの視界からその姿は消えていた。マドカがISを巧みに操ればこその錯覚現象であろう。

 

「実にくだらん」

「なにっ!?ぬ、ぐぅ……!」

「わたくし達が攻撃を仕掛けているというのに―――」

「それでも黒乃を狙うのか!?」

 

 箒とセシリアの波状攻撃を華麗に回避するとともに、マドカは黒乃へ向けての射撃を継続する。相手にする気がないのは元より、それほどまでに黒乃を攻撃したいらしい。レーザーは引き続き雪羅にてかき消しているが、なにぶん燃費の悪い兵器だ。いつまで白式のエネルギーが持つか―――

 

(私がここに居る限りはいろいろと滞る!一か八かではあるけれど―――神翼招雷!)

「ちっ……!」

「一夏、そのまま黒乃の前にいろ!」

「ああ、任せろ!」

「黒乃さんは、いち早く神翼招雷のシーケンスを済ませて下さいませ!」

 

 黒乃が神翼招雷を発動するのと同時に、露骨にマドカが接近を試みようとしたのが解った。それを阻むのはやはり箒とセシリアの両名。焦る様子は見せないが、神翼招雷を警戒していると察したのだろう。流石のマドカも後手に回されては厳しいのか、2人に対しても反撃を開始。

 

 一方、翼として倍加し放出したエネルギーは既に刹那へ供給が完了。機体安定のために再度翼を放出すると、エネルギーの配分を開始した。今回は右手1本へ集中供給。しかし溜め続けることはなく、6倍まで倍加させ右手の平からレーザーブレード状にして一気に放出。

 

(シャアアアアイニイイイイングッ!フィンガーアアアアソオオオオドッ!)

「なんだと……?」

(誰もキミを狙っているとはいってないっしょ!……どのみち喋られないんだけどね!)

「ハッ、いいだろう。貴様を殺すのに場所は選ばんさ」

 

 その場で一回転するようにして、黒乃は右腕を大きく振るった。レーザーブレードはアリーナを囲むシールド頂点部まで裕に届き、まるでひっかき傷のような大きな爪痕を残す。瞬時に黒乃は残ったエネルギーを推進力として利用し右掌から射出。凄まじい勢いでマドカの横を通過し、亀裂から上空へ離脱した。

 

「黒乃!あいつまた1人で……。箒、絢爛舞踏を頼む。雪羅の使い過ぎでかなり厳しい」

「……好きに発動させられれば私も苦労は―――いや、弱音を吐いている場合でもないな!」

「わたくしは先に参りますわ!」

 

 取り残されたメンバーは、てっきりマドカを狙った攻撃だと思っていたもので、少しばかり対処が遅れてしまった。しかし、白式の補給を行えると考えてもよい。絢爛舞踏が発動しないと頭を悩ませていた箒だったが、この様子を見るに心配はなさそうだ。その間待っていてもしかたがないセシリアは、急いでマドカを追いかける。

 

「黒乃さん!」

「貴様、わざわざその女が遠ざけたというのに……話の解らん奴め」

「……なにを仰りたいのです」

「足手まといだからこんな場所まで誘き出したんだろう?藤堂 黒乃」

「…………」

 

 黒乃とマドカはまだ戦闘を再開しておらず、睨み合っている状態だった。セシリアが黒乃の隣まで辿り着くと、マドカは心底から呆れたように言ってみせる。現在地はかなりの上空。もしISが解除されれ地面へ激突すれば即死は免れないだろう。

 

 ここまで来たのは、いうまでもなくやり辛いという理由は含まれていた。本当は、自分を追いかけてきてほしくはなかった。だが、それは断じて邪魔だったからという理由ではない。純粋に、狙われているのが自分なら、マドカと戦うべきは自分のみ……と思ったから。だがまぁ、結果は見えていた―――時期に一夏と箒も来るだろう。

 

「違う」

「なに……?」

「絆は―――力」

「黒乃さん……。ええ……貴女には、わたくし達が着いていますゆえ!」

「…………八咫烏が聞いて呆れる」

 

 絆は力だ。堂々とそう宣言しながら、黒乃は左手に拳を作ってスーッと真横にいるセシリアへ向かって突き出した。その拳へ、セシリアは右拳を確とぶつける。ガキンと鉄の接触する音が鳴り響く。その音はマドカの呟きを消した。それと同時に、ついに戦闘が再開される。

 

(叢雨、驟雨!)

「単調だな。そんな攻撃では」

「あら?それはどうかしら」

「チッ……鬱陶しいハエめが」

 

 QIB(クイック・イグニッションブースト)で一瞬にしてマドカとの距離を詰めた黒乃は、叢雨と驟雨を抜刀し斬りかかる。真正面からの斬撃は、エネルギーアンブレラで簡単に防がれてしまう。単調だと評されようと、黒乃が引き下がることはない。足を止めてしまえばBTの餌食となってしまうが、それはあくまでも1人ではの話。

 

 6基のBTが黒乃へ迫るが、それを阻むのはセシリアだ。ストライク・ガンナーの仕様上、BTは推進力増強を図るために脚部へ連結されている。しかし、数に任せた援護はできなくとも、マドカの操るBTを翻弄する程度なら易い。セシリアは鍛えたマニュアル技術を披露するかのように、飛び回りながら狙いすました射撃をBTめがけて放つ。

 

(よし、このままガードブレイクまでもっていってやる!)

「……鬱陶しい程度の話だがな」

「キャッ……!」

(セシリー!このっ、私がこれだけ必死にやってるのになんて集中力……!)

 

 怒涛の連続攻撃でエネルギーアンブレラのガードを崩そうと試みるが、マドカは焦るどころか動きになんの精彩も欠かない。6基のBTがセシリアへ狙いを変えるや否や、まるで狩りのようにジワジワと追い詰められてゆく。このまま無策に攻撃を続けても勝機はみえないだろう。そしてなにより―――

 

(セシリーを見捨てるって選択肢は……ない!)

「…………!?」

「黒乃さん!」

(そこおおおお!)

 

 黒乃は瞬時に叢雨と驟雨をしまうと、太腿部に収納してある紅雨と翠雨を手に取り即投擲。紅雨・翠雨がBTへ当たることはなかったが、マドカは回避行動をとった。さすれば、BTの運命など決まったも同然。刹那の前では、一瞬の隙さえ仇となる。黒乃は勢いよくQIB(クイック・イグニッションブースト)を発動。己の間合いまで潜り込むと、鳴神を居合斬りのようにして―――抜刀。

 

 鳴神による剣撃は、2基のBTをいとも簡単に両断。そしてしばらく電撃を纏うと、様々なパーツを周囲にばら撒きながら爆散した。内心にやりとほくそ笑み、どんなもんだと黒乃が考えたのも束の間。またしてもロックオン警報を刹那が鳴らす。転んでもただでは起きないと解っていながら、あまりの切り替えの早さに反応が遅れてしまう。

 

「そのまま喰らえ!」

(回避、間に合わな―――)

「させませんわ!」

(セシリー!?)

「キャアアアアっ!」

 

 黒乃がダメージを覚悟した瞬間、そうはさせないという声が響く。刹那へ迫る青い影は、見まごうことなくブルー・ティアーズとセシリアだ。セシリアは黒乃へ抱きつくようにしてその身を差し出すと、レーザーの弾雨をモロに受ける。BTの数を4基にまで減らしたとはいえ、かなりのダメージのはず。だが、マドカを前にしてこれで済むはずもなく。

 

「……貴様らはよほど他人を庇うのが好きらしい」

(っ……!?それは流石にまずい!)

「そのまま死ねれば本望だろ!」

「ぐっ……うぅ……!?」

 

 マドカはセシリアの行動に苛立ちを覚えているようだ。感情を露わにし、スターブレイカーの銃口を2人に向ける。狙っているのはどうにもセシリアで、これ以上やらせるかと黒乃も動きをみせた。抱き合っている状態ながら無理矢理にでもQIB(クイック・イグニッションブースト)を発動させる。

 

 おかげで2人はあらぬ方向へ回転してしまうが、スターブレーカーから放たれたレーザーはなんとかセシリアを掠る程度で済んだ。しかし、もはやブルー・ティアーズの残存エネルギーはいくばくもなく、次に直撃を受ければセシリアの生命に関わるだろう。

 

「そら、さっさと離脱するがいい。初めから貴様らなど眼中にはないんだ」

「そういうわけにはいきません!わたくしは、まだ黒乃さんに貰ったモノを返せてはいませんわ……。高貴な行いには、高貴な行いで返せ……です!それが貴族であるわたくしの務めなのですから!」

(セシリー……)

「ならば叶わぬ夢を抱いて死んでいけ」

 

 エネルギーが底をつきかけているセシリアを前に、邪魔だからとっとと逃げろとマドカはいう。それは紛れもなく侮辱の言葉だった。それに対してセシリアは声を荒げるが、なにもむかっ腹が立ったからという理由からではない。単に黒乃の友として、仲間として―――ここに在りたいからという想いのみ。

 

 マドカからいわせれば、だからどうしたというレベルの問題らしい。無慈悲にもスターブレーカーの銃口と、4基のBTがセシリアに狙いをすます。威勢はよかったセシリアだが、かといって策があるわけでもなかった。そしてマドカがトリガーへ指をかけた瞬間―――にくいタイミングでアイツがやって来た。

 

「させるかああああっ!」

「チッ!」

「セシリア、手を伸ばせ!」

「申し訳ありません!」

「それはさせん」

 

 地上近くから弾丸のようにマドカへ迫る紅白、白式と紅椿、一夏と箒だ。一夏はマドカめがけてレールガン形態の雪羅を撃つ。少し後退する簡単な動作で回避されてしまうが、本命はブルー・ティアーズと紅椿を接触させること。両者は互いに向かって思い切り手を伸ばすが、その隙を突いてセシリアが狙われてしまう。

 

(そうは問屋がなんとやら!)

「いいぞ黒乃!……だけど箒、セシリア、アイツ相手に補給は厳しそうだ!」

「だな……。セシリア、やはりお前はさがれ!もしくは私と安全な場所で補給を―――」

「いいえ、せっかくの数の有利を殺してはなりません!黒乃さん、わたくしを……信じてくださいな」

(…………。解った、キミがそこまでいうなら―――そうするしかないんだろうね)

 

 狙われたセシリアを救出したのは黒乃だった。OIB(オーバード・イグニッションブースト)で超高速移動を継続的に発動させ、背中からセシリアを抱くようにして運搬する。とはいえブルー・ティアーズが絶賛ピンチ中であることになにも変わらない。その身を案じた箒が離脱を提案するが、セシリアはそれを蹴った。

 

 だが、数の有利を生かすという意見ももっともだ。恐らくマドカはこの状況なら攻撃を誰かに集中させることも敵わないだろう。そのことを踏まえて、黒乃はセシリアを信じることにしたらしい。優しく腕のホールドを解くと、ブルー・ティアーズは再び自らの力で空を舞う。そして―――信じられない姿をみせた。

 

「…………!?馬鹿な、この飛び方は―――」

「く、黒乃と似ている……」

 

 スラスターの構造上からして完全コピーとはいえないが、セシリアの動きは確かに黒乃の飛行によく似ていた。やはり彼女は努力の人だったらしい。恐らくは幾回も黒乃の飛行する映像を見直し、研究し、練習してきたのだろう。先ほどまでは上手くいかなかったようだが、窮地に追い込まれて火事場の馬鹿力が発揮されたのかも知れない。

 

(この程度の女を捉えきれんとは……!だが、迎え撃てばいいだけのこと!)

「いきますわ……我が切り札、ブルー・ティアーズ・フルバースト!」

 

 セシリアは切り札というよりは、禁じ手を使った。ストライク・ガンナー換装中に絶対に使ってはならないとされる、BTの砲口が閉じている状態からの一斉射撃。4門のBTは、閉じている蓋を吹き飛ばしながらレーザーを放ったのだ。しかし―――

 

「ハッ、避けるまでもない」

 

 マドカの言葉通り、実際は避けるまでもなかった。4本のレーザーはコースから大きく逸れ、マドカの遥か横を通過していってしまう。万策尽きたか。瞬間的に、一夏や箒はそう考えた。すぐさまセシリアのフォローをと考えるよりも体が先に動き出したようだが、実際その必要はなかったとだけいっておこう。

 

「さて、それはどうでしょう」

「!?」

 

 セシリアが指鉄砲を撃つような仕草をみせると同時に、レーザーはクンッと180度ターンしてマドカの背中へ直撃した。偏光制御射撃(フレキシブル)―――BT稼働率が最大まで高められた時にのみ発動する本当に特殊な現象だが、今のセシリアならば使いこなせるのも頷ける。

 

「貴様、ただでは済まさ―――っ!?」

(動いちゃヤだよマドカちゃん……。私の雷が唸って光るぜ?)

 

 至近距離まで迫っているマドカは、手元に搭載されているナイフを展開。シールドに回せるエネルギーの残っていないブルー・ティアーズに対し、セシリアの生身を狙ってやろうという魂胆だったのだろう。そう、だったのだ。いざ突き刺そうとした途端、周囲を赤黒い閃光が染め上げる。

 

 黒乃が神翼招雷を発動させたのだ。赤黒い雷の翼が雷光から噴出し、雄たけびを上げるかのようにビリビリと大気を震わせる。だが、神翼招雷は攻撃のモーションへ移るまでが長い。現状の黒乃は隙だらけで、攻撃しようと思えばし放題なはず。それに踏まえて、マドカはまずい手に売って出る。

 

「フン……。私がここに居る限り、貴様はそれを使えまい」

「あ、あいつ……なんと卑怯な!」

「箒さん、相手は所詮テロリストですわ。しかし、確かにあれでは―――」

(撃てない……!)

 

 マドカは黒乃よりも下になるよう高度を変えた。なるべく被害を抑えようと上空まで飛んだのだが、神翼招雷に至っては話が違う。もしこの状態で震天雷掌波を撃とうものならば、地上にまで届いてしまうはずだ。もしそうなれば、いったいどれだけの死傷者がでてしまうだろう。

 

 本当だったら生物相手だと撃つのも躊躇うほどだというのに、そうなると黒乃に撃てるはずもなく。攻撃方法を雷の刃の方へ変更してもよいが、それは現在近くに居る一夏達を巻き込む可能性が高い。天翔雷刃翼の方はそもそも当たりもしないだろう。

 

(くっ、どうする……?なにもできないと解ればマドカちゃんは行動を再開するはず―――)

 

 黒乃が葛藤を続ける中、ふと……一夏の姿が目に映った。その顔はなにをいうわけでもなく、ただただ真っ直ぐに黒乃のことを見つめている。するとどうだろう。胸の奥の方がギュッとなる感覚と共に、黒乃は1つのある確信を得る。ほんの少しだけ頬を釣り上げ、黒乃はマドカへ向けて右掌をかざした。

 

「翼が刹那へ……?……おい、待て黒乃!気は確かか!?」

(……フェイクだ。あの女に撃てるわけがない)

(雷の翼―――再放出。機体の安定を確認―――増幅率400%エネルギー右腕重点を確認―――ターゲット、ロック。更に600%に増幅させつつ―――)

「もしや……!箒さん、そちらの黒乃さんは―――」

 

 周囲の人間にとっては、予想外の出来事が繰り広げられる。不特定多数を人質に取られているも同然な状況で、黒乃は次々に神翼招雷のシーケンスを進めていくではないか。誰しもがまさか本当に撃つわけないと思っていた。しかし、すんでのところでセシリアにある仮説が生まれる。今の黒乃は―――

 

(…………!こいつ……既に入れ替わっていたか!?)

(発射ああああああああ!)

「しまっ……!?くっ、ああああああ!」

 

 僅かな微笑みと、人質を取られた状況だろうと目の前の敵を殲滅することしか能のないこの姿……。最近は鳴りを潜めていたために、誰しもがその存在を忘れかけていた。八咫烏の黒乃。IS業界における混乱と破壊の象徴。女尊男卑の世間における女神であり悪神。

 

 その存在にいち早く気が付いたのはセシリアだった。そのセシリアの発言にて、次いでマドカが反応を示す。しかし、気づいた時にはもう遅い。まさか撃つとは思っていなかったというのも相まって、マドカは震天雷掌波へ当たってしまう。とはいえ、サイレント・ゼフィルスの右翼の大半が消し飛ぶ程度の損壊で済ませたが。

 

「あ、当たった!」

「……ハッ!ハハハハ!だからどうした……これで貴様も名実ともに正真正銘の人殺し―――」

「そんなことにさせてたまるか!気合入れろ……雪羅ああああああっ!」

「一夏さん!?」

 

 まるで撃ったことに感謝するかのように、嬉々としてマドカは震天雷掌波の行く末を見守り始める。しかし、その先には既に一夏が先回りしているではないか。そして雄たけびを上げ、雪羅の盾をこれまでにない最大出力で展開。震天雷掌波をみるみるうちに無力化していく。

 

 これが黒乃の撃った所以である。黒乃には伝わったのだ、一夏が俺を信じろといっていたのが。だから黒乃は迷わず撃った。愛する人が信じろと伝えてきたのだから。一夏は嬉しかった。愛する人が信じてくれたのだから。2人の信頼関係を前に―――越えられない困難は非ず。

 

「おぉおらぁああああああああ!」

「なん……だと……!?」

「消し……切った!やった、やったぞ!」

「ヒヤヒヤさせないで下さいませ……!」

 

 震天雷掌波が片腕分の威力しかなかったのも大きいだろうが、見事に雪羅の盾は膨大に膨れ上がったエネルギーを全てかき消す。正直にいってしまえば根拠のない自信からくる行動ではあった。故に一夏は、ほんの僅かながら安堵の表情を浮かべ、数拍ほど置いて黒乃を仰ぎみる。

 

「へへっ……」

(生きてる……イッチー生きてる!あ~……よかった!)

 

 どうやら黒乃の方も根拠のない自信だったようで、サムズアップしながら笑顔を向ける一夏の様子に、ただただ安堵するのみ。胸を撫で下ろしながら確と頷いてみせると、同じく一夏も力強く首を縦に振った。両者は互いの繋がりを感じているようだが、今はもっと先決すべきことがある。

 

「さて……スラスターを獲ってしまえば満足には飛べまい!」

「お覚悟なさいませ!」

(なんならもう一発いっとく?)

「…………」

 

 それはそうとと話を切り替えるかのように、4人は一斉にマドカの方へと向き直った。大破同然のサイレント・ゼフィルスの右翼では、今までの高機動を生かした戦法はできないだろう。更に4対1の状況ともなれば、勝負は決まったに近い。しかし、マドカは沈黙するばかり……と思いきや―――

 

「了解した。撤退する」

「あ、このっ……!」

 

 黙っていたのは単に他と通信していただけのようで、通信に区切りがつくや否や身を翻して明後日の方向へ飛んでいく。あまりの潔い逃げっぷりに、全員面食らったようにしばし呆然としてしまう。気を取り直していの一番に追跡を開始しようとする一夏だったが、それを阻むようにIS学園サイドにも通信が入った。

 

『待て、逃げるのなら追わなくていい。各員、速やかに帰投せよ』

「帰投命令!?なんでだよ、アイツのスラスターの状態なら間違いなく捕まえられる!」

『これが殲滅戦なら迷わず私も追えという。だが、敵の実態も解らんまま追撃に打って出るのは愚策だ』

「でも!」

『誘い出す罠だとしたらどうする?追った先で奴レベルの強者がゴロゴロ居た場合……疲弊しているお前達だけで100%勝てるのか?』

 

 その場を抑えたのは千冬だった。サイレント・ゼフィルスの損壊状況を鑑みるに、ここで追わないのは臆しているとでも一夏は思ったのだろう。公私混同も忘れて声を荒げつつ反発すると、理詰めのような回答が返って来た。一夏は悔しそうに歯噛みすると、渋々といった様子で声を絞り出す。

 

「……了解」

『……お前達は十分に役割を果たしたさ』

「そうですわ一夏さん。実質的に被害なしで撃退したんですもの」

「なにも敵を仕留めるばかりが功績ではない……とでもいいたいのではないか?千冬さんは」

 

 ボソッ小さく呟かれた千冬の言葉に反応する間もなく、通信は向こうから強引に断たれてしまう。意味をいまいち図りかねていた一夏だったが、箒とセシリアにそういわれ、胸を張ることにしたらしい。爽やかな笑みを浮かべて、そうだなと2人の意見に同意した。

 

「帰ろう」

「ああ、きっと3人も心配してる」

「落ちる時の様子からするに、皆さん問題なさそうですが」

「まぁ、それも帰れば自ずと解かるだろう」

 

 黒乃が音頭を取ることによって、全員IS学園へと帰投を開始した。緊張感や警戒心を解いてやんややんやと雑談しながら高度を下げていく4人だが、その途中一夏の耳には聞きなれた姉の声が再び響く。内容はとても短く端的で、それでいて秘密裏な様子を孕んでいた。

 

『一夏、後で顔を貸せ』

 

 

 




黒乃→イッチーを信じて……いっけー!
一夏除く外野→もしかしてコイツは……八咫烏!?

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