八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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今話は表が黒乃とその周辺の視点で、裏がその他人物の視点となっています。
ややこしくて申し訳ありませんが、読む際は注意してください。
いつも通りにどちらから読んでも差支えはないかと。


第84話 疾走せよ!(表)

(うわぁ……すっげぇ観客だぁ)

 

 今日はキャノンボール・ファスト開催当日。当然と言えば当然だが、会場は人、人、人……見渡す限り人だらけ。今回の大会は学園主催ではないから、観戦したければ一般客も入場可能なはず。まぁチケット買わなきゃなんですけどね……。1枚いくらよ?相当の収益じゃない?

 

 でも、学園側だって生徒が出場するだけで恩恵がないわけじゃない。視点をずらしてみると、いかにもお金持ちが座る席ですよって感じにカスタムされた席が目に入る。いわゆるVIP席って奴だろう。あそこには各国の要人やらIS産業の成金達が座る事になるはず。

 

 となれば、出場して目に留まればあわよくばスカウトって話になってくるんだろう。まぁ私は代表候補生だし、もっと言えば企業所属だし、あまり関係ない話題かもね。気を付けるべきは醜態を晒さないという事のみ。私のせいで近江重工に迷惑が掛かるのだけは避けたいところだ。

 

(……ん?だとしたら―――)

 

 ふと、鷹兄は今回教師として参加するのか、社長として参加するのか気になった。私としては前者でいてほしいかな。だって、そっちの方がプレッシャーも低くて済むもん。さて、だとすればVIP席を探してみるべきだろう。刹那は展開せずに、ハイパーセンサー機能だけを起動。

 

 まるで遠くの人物が目の前に居るかのような超高感度ズームでVIP席を隅から隅まで調べ上げる。すると私の目に飛び込んできたのは、社長は社長でも鷹兄じゃない方の社長であった。そう、つまり……鷹兄のパパン。……来なくていいのに。いや、単に嫌いだからそんな発言が出たんだが……どうして本当に来ているんだ?

 

 教師の立場だろうが社長の立場だろうが鷹兄が大会を観れば事足りるはずだし、何より私っていう専用機持ちを有している以上は見学する意味なんかない気がするけど……。何より鷹兄のパパンは、招待されたからって来なさそうなもんなんだが。なんというか、天邪鬼な人みたいだし。

 

(ふむ、単に女の子を見に来たとかなら良いけど……変な気ぃ起こさんといてよ?なんせ―――)

 

 なんせ今日は、あの子がまたしてもやってくる日だからね。……前回は気合で何とかなった。途中黒乃ちゃんと交代したりもした。今回も可能性は0ではないと念頭は置いておくとして、ガチンコで戦うはめにはなるだろう。ただ、どうにかしてセシリーが腕を刺されるのだけは回避したいものだ。

 

 あれ、でも……市街地で防衛戦を強いられるんだっけ?……また学園祭の時の二の舞やーん!イッチーの雪羅で守れない事もないが、いかんせん面積が狭すぎる。対してその気になればどこまでも大きくできる雷の翼となると、どう考えたって私が防御に徹した方が良いに決まってるじゃない。

 

(な、なんてこったい……)

 

 いやもう、本当にそんな台詞しか思い浮かびませんけど。というか、想像するだけで怖くなってきたんですがそれは。だってほら、スターブレイカーとか火力凄いんだよ?神翼招雷越しとは言え、あれが背中に着弾するところ想像してごらんよ。……アカン、これはうっすり怖い時の笑みが出てるかも知れない。

 

「黒乃、ここに居たのか、探したぞ。もうすぐレース始まるってさ」

(ああ、おっすイッチー……。了解、すぐ行くよ)

「っ!?お前……」

 

 僅かな恐怖が沸き上がりつつある中、私の意識を一手に集めさせる声が耳に届く。振り返ってみれば、そこに立っているのは紛れもなくイッチーだ。どうやら私を探しに来てくれたらしい。今行くと歩み寄ると、不思議な事にイッチーの表情は何か怪訝なものに変わってしまう。

 

 お、お前……?あの、えっと、わ、私……何かしたかな。ちょっと、嫌だよ……そんな目をして私を見ないで。だってその目は、私を敵視していた人達の眼差しにそっくりだから。もう良いのに、他の誰にそんな目を向けられたってもうどうだって良いのに。嫌だ、嫌だよ……お願いだからその目を止めてよ、イッチー。

 

「いや、違う……そうじゃない。俺は決めたろ」

(はい……?決めたって何を―――)

「黒乃」

(うひっ!?)

 

 イッチーは大きくかぶりを振るなり、私にも聞こえるくらいの声で何かを決めたのだと言う。混乱している私にはその意味を図りかねていたのだが、もはやまともな思考すら成り立たない事態が。イッチーに手を掴まれたかと思えば、強引に引き寄せられて固く抱きしめられたのだ。

 

 内心変な声が出てしまった。というか、何?いやもう何さ。嬉しいけどさ、嬉しいけど……そうやってしてくれたら何でも良いって事では……。ありますね!うん、なんでも良いんでずっと抱きしめてて下さい!我ながらちょろいもんよ……。ほぇ~……イッチーの腕の中はぬくぬくなんじゃ~。

 

「大丈夫だからな。他の誰がなんて言おうと、俺だけは絶対に黒乃の味方だ」

(……アカンね。何かな、今日私死ぬんか?もう既に幸せ過ぎて死にそうってのはあるんだけど)

 

 イッチーは、優しい声色でそう囁いた。爽やかな声は私の鼓膜を揺らし、脳へ甘美な電流を迸させ、私から思考そのものを奪い去る。もう、本当に何も考えられない。解るのは、ただひたすらにイッチーの言葉が幸せだと言う

感覚のみ。例えそれが偽りの言葉だろうと、私は……。

 

 少し違うけど、私も同じ。他の人なんてどうだって良い。ただ、イッチーが傍に居てくれるなら私はそれで良い。そりゃ、私の周りに居てくれる皆は大切だよ?けれど、それはやっぱりイッチーとニュアンスが違うくて……。それだけ、愛しい。キミの事が、愛しくてたまらない。ただ―――

 

(これ以上はホント無理!冗談抜きでキュン死にしそう……)

「……落ち着いたか?なら良かった。さ、もう行こう。遅刻でもしたら本当にドヤされるぞ」

(うん、ごめんね。……ありがとう、イッチー。大好きだよ……)

 

 抱きしめられている状態でイッチーの背中を叩くと、その腕にこもっていた力は弱まっていく。そして数歩離れたイッチーは、にこやかな笑みで当初の目的である私の連行を実行へと移した。優しく私の手を取ると、先導するかのように引っ張っていく。

 

 キミに触れてると、想いが溢れてどうしようもなくなっちゃうね。うん……ついつい大好きとか言っちゃったけど、これが良い……私はどうせ口には出せないから。だからせめて、心の中だけでも伝えよう。イッチーの事が、好きで好きで堪らないんだ……って。

 

 

 

 

 

 

『さぁ~いよいよやって参りました!本日のメーンと言っても過言ではないでしょう。1年専用機持ち組の出走だぁ!と言うわけで、実況はわたくしIS学園2年新聞部の黛 薫子。そして解説にはこの方に来ていただきました』

『どうも、IS学園1年1組副担任の近江 鷹丸です。僕と黛さんが運営委員会からご指名をいただきまして、このたび選任というかたちとなりました。今日はよろしくお願いします』

(流石……ノリノリだなあの2人。原作じゃこんなの無かったと思うけど、悪くない……ってかむしろ良いよね)

 

 やはり専用機7機によるレースは注目度が高いのか、薫子と鷹丸による実況・解説ときた。その様子は出撃用カタパルトにも映し出され、黒乃はそれを朗らかな様子で見つめる。自分の土俵である競技なだけあって、流石に今回ばかりは余裕があるらしい。

 

 ちなみに、他の面子とは先ほど別れたばかりだ。1人ずつ出撃し、少しだけ紹介を挟むらしい。演出的な部分を考え、カタパルトは別々となっている。7人を3人、3人、1人の3つに分けたとの事。つまり、現状は黒乃が1人の区分だ。理由は様々だが、それは出撃すれば解るだろう。

 

『それでは、選手入場と参りましょう!トップバッターは彼女……いや、彼!世界唯一の男性IS操縦者、織斑 一夏~!』

 

 一夏の名前がコールされるのと同時に、白式がカタパルトから飛び出るのが見えた。途端に会場が歓声に包まれるのを、かなり離れていても感じる事が出来る。黒乃は体にビリビリと響く観客の声を受け、今か今かと待ち受けた。その間にも友人達の名が呼ばれ、次々とその勇ましくも美しい姿を披露していく。

 

『さぁラスト、皆さんお待ちかね!今大会優勝候補筆頭……どころか!彼女に追いつける者は現れるのか!?大空を翔る赤黒き閃光、それはまさしく疾風迅雷、刹那の如く!藤堂 黒乃~!』

(私の前口上だけ張り切り過ぎじゃないですかね!?ま、まぁ良いや……レッツゴー私!)

 

 即興でやっているのだろうが、見事なまでの前口上だ。その仕上がりが良すぎるせいで、黒乃は思わず尻込みしてしまいそうになってしまう。だがそこはなんとか堪え、トップスピードでカタパルトから飛び出した。すると黒乃を待ち構えていたのは、割れんばかりと表現するにふさわしい歓声だ。

 

(どえぇ!?何、何事!?もう敵襲か!?)

『おおっと、これは……こうなる事は予想していましたが、流石にここまでは予想外です。どう見ますか、近江先生』

『そうですねぇ、やはり学園祭での彼女の雄姿に起因するのではないでしょうか。必死に一般人を守る姿に心撃たれたという方が沢山いらっしゃるという事かと思われます』

「……っ!黒乃ぉ……アンタ、良かった……良かったわねぇ……!」

「おいおい、どうしてお前が泣きそうなんだ?」

「うっさいわね、箒!そういうアンタも目元が潤んでるわよ!」

 

 ここに来ての黒乃人気に思うところは有れど、幼馴染組の2人は特に感銘を受けているらしい。鈴はもはや泣く一歩手前ほどだ。箒もクールに振る舞っているものの、鈴の指摘通りに感極まっていた。慌てて目元を拭う様子を見せると、後はもういつも通りの武人然とした様子へと戻る。

 

「まぁなんだ、だからと言って手加減はせんからな」

「その台詞、そっくりそのまま返させてもらおうか」

「上等、全員ぶっちぎってあげるわ!」

「う~ん……僕は虎視眈々とやらせてもらおうかな」

「わたくしは、いつも通りやるだけです」

「とにかく皆、全力で戦おうぜ!」

(そんじゃ、全員の健闘を祈って!)

 

 この7名で同時に競技へ挑むのが初めてなだけに、全員はなんだか楽しそうな表情を浮かべていた。ただ、目の奥に宿っているのは闘志そのもの。皆が良き友であり、良きライバルなのだ。それぞれ思い思いの事を述べると、締めに黒乃が掌を差し出す。すると、残った面子も黙って掌を重ねていく。

 

「よっしゃあ!行くぜ、1年専用機持ち!」

「「「「「おー!」」」」」

(おー!)

『熱い……始まる前から熱くてたまりません!』

『いやぁ、良いですねぇ。青春してますねぇ』

『近江先生とは無縁そうですものね!会場の皆さん、どうか拍手をお願いします!』

 

 掛け声と共に重ねた掌をグッと押し込んでから、反動をつけるようにして高く振り上げる。固い友情で結ばれているであろう7人の姿を前に、薫子は会場へ拍手を促す。その際に本気なのか冗談なのか解らない言葉を鷹丸へとぶつけ、同時に会場を笑いで満たすあたりは流石は薫子といったところか。

 

 そんな冗談もほどほどに、笑いが覚める頃には既に全員がスタートラインへと揃う。その姿を見ると、先ほどまでのどよめきが嘘のように会場は静寂へと包まれた。残ったのは、各専用機がまるでアイドリングのようにスラスターを吹かす音のみ。その様があまりに真剣味を帯びていたせいか、薫子さえ黙ってしまった。

 

『…………おっと、これは申し訳ございません。え~……進行を続けさせていただきます!さて近江先生、スタート前に今大会注目すべき点をお伺いしたいのですが』

『そうですねぇ。黛さんも言っていた通り、他の6名がどこまで藤堂選手へ食らいつけるかでしょうか』

『ほう、それはつまり藤堂選手の優勝は揺るがないと?』

『はい、当然のように彼女が優勝するでしょうね。だって僕らが造った刹那を使いこなしてるんですもの』

『依怙贔屓ーっ!会場の皆さん、お聞きしましたか?とんでもない依怙贔屓が飛び出たぞーっ!』

 

 しっかりと実況解説の役割を2人はこなし始めた。話題が1年専用機持ち組のレースで注目すべき点へと及ぶと、鷹丸は何の迷いもなく黒乃が優勝すると豪語する。鷹丸のソレは、暗に優勝は黒乃で決まってるから2位争いだけ楽しみにしておけという事だ。

 

 瞬間、ピクリと6人の片眉が動き、顔つきが少し険しいものに変化した。ああも断言されてしまえばそれはもう気に障るだろう。6人の機嫌が悪くなったのを肌で感じているのか、黒乃は内心でアワアワとふためき始めた。鷹丸に対して呪詛の言葉を並べているようにも見える。

 

『これで6名の選手はハートのエンジンもスロットルがフル回転を始めたようです!では、冷めない内に始めてしまいましょう。スタートフラッグはこの方、織斑 千冬さんにお任せしたいと思います!会場の皆さんは、ご一緒にカウントダウンをどうぞ!』

 

 空間投影で表示されているディスプレイに、大きく千冬がピックアップされる。その手には確とスタートフラッグが握られていた。千冬がバッと天高くフラッグを掲げると同時に、スタートラインへは10秒前からカウントダウンがスタート。薫子の音頭もあり、徐々に声は揃ってまたしても会場を揺らし始める。

 

『5・4・3・2・1!』

「スタート!!!!」

 

 スタートランプが青に変わり、千冬がフラッグを振り下ろす。すると、専用機持ち達は一気に飛び出た。……黒乃を除いて。いや、正確に言えば前には動き出している。しかし、それは速さを争う競技のスタートダッシュには見えない。会場が困惑していると―――翼から雷の翼が噴き出た。

 

(神翼招雷!)

「なっ!あ、あの娘……もしかして!?」

「皆逃げろおおおおっ!レースとかそんなの言ってる場合じゃねぇええええ!」

 

 神翼招雷。刹那のエネルギーを倍加させるワンオフアビリティーである。この場合は雷光から噴出したのみなので2倍増し。しかし、雷の翼の発現と共に刹那はグングンと加速してゆく。そして翼事態が十分な攻撃性能を誇る事を知っている一夏達は、思わず血相を変えた。

 

『いきなり出たーっ、天翔雷刃翼(てんしょうらいじんよく)!その羽搏(はばた)きは万物を切り裂くぞーっ!』

(は!?何そのネーミング!)

『ところで近江先生、明らかに藤堂選手はスタートを遅らせたように見えたのですが』

『ええ、恐らくは回避させるため……だと思います』

 

 たった今、薫子のおかげで雷の翼に名がついた。天翔雷刃翼……的確に雷の翼を現したネーミングな気もするが、何処か中二病感がぬぐい切れない。刹那の所有者が困惑している中、薫子は黒乃の不可解なスタートに関しての解説を鷹丸へ求める。その予想は、ズバリ正解だ。

 

 OIB(オーバード・イグニッションブースト)で一気にトップへ躍り出るのは容易い事だ。しかし、その途中に妨害を想定すると些か得策とは言えない。そこで黒乃が考えたのが、あえてスタートを遅くする作戦。しかも神翼招雷を発動させ、どうしても回避を選択しなければならない状況を作り上げたのだ。

 

 思惑通りに、一夏達は大きく膨らむようにして通り過ぎていく黒乃をやり過ごす。回避優先なため、巧い反撃は狙えない。仮に無理にでも反撃しようとして、刹那と黒乃の背は既に補足範囲から外れているであろう。それ故、一夏達は黒乃を見過ごすしかなかったとも言える。

 

『なるほど、そのあたりの駆け引きも大事になってくるという事で―――ううん?……おっとこれは、オルコット選手が道を譲っていないぞ!?このままでは天翔雷刃翼に触れてしまいます!』

(セ、セシリー……どうして避けてくれんのだ!?)

「気遣いは無用ですわよ藤堂さん、かかっていらっしゃいな!」

 

 黒乃はそもそも天翔雷刃翼を当てる気は皆無である。むしろ威力が高すぎるので避けて欲しかったというのが本当のところだ。しかし、高機動飛行用パッケージであるストライク・ガンナーへと換装したブルー・ティアーズを駆るセシリアは、ただ1人黒乃の前を飛び続ける。避けるどころか、むしろ挑発して見せるではないか。

 

『近江先生!』

『いくら高機動換装中とはいえ、追いつかれるのは時間の問題でしょう』

 

 大多数の人間が避けた攻撃かつ高速移動を避けないとなると、薫子は解説を求めざるを得なかった。すると鷹丸は、端的で淡々と事実を述べる。その手っ取り早い回答を示すかのように、刹那とブルー・ティアーズの距離は秒読みで詰まっていく。このままでは、天翔雷刃翼の餌食だろう。

 

(う~……あ~……も~……し、知らないからね!?避けないセシリーが悪いんだもんね!)

(解っていた事だが、姉様も容赦をかけるつもりはなさそうだ……。となると―――)

(黒乃とセシリアの接触時がチャンス……かな)

 

 躊躇いながらも、黒乃はセシリアに天翔雷刃翼をぶつける覚悟を決めたようだ。初期配分したエネルギーを使用するため出力を上げる事はできないが、それでも十分な余裕を残して刻一刻とセシリアへと迫る。その間、後方の専用機持ち達は仕掛ける心積もりでいるらしい。

 

(ごめんねセシリー!)

「フフッ……残念ですこと!」

(な、なんだってーっ!?)

『これは……避けた……避けて見せましたオルコット選手!しかも超スタイリッシュなスレスレの回避ーっ!さながらアクション映画のワンシーンだーっ!』

『おや、これはこれは……』

 

 天翔雷刃翼がセシリアの背中へ当たるか否かの瞬間、まさかの事態が起きた。ストライク・ガンナーの使用上脚部へと装着されているBTを駆使し、最小限の回避に成功したのである。具体的に言うなれば、片脚のみのBTを吹かすことで体を捻らせ、背中が天翔雷刃翼の上をギリギリ通り過ぎていくようなアクロバティックな回避だ。

 

「そこですわ!」

(いいっ、いかんいかん!)

「っ!?黒乃が後方へ飛び出た……。さすれば今だ!」

(うひゃああああ!)

 

 黒乃の真上ギリギリを通り越した事により、セシリアは至近距離で背面を取るアドバンテージを得た。そのままがら空きの背中へスターライトMk―Ⅲの高火力レーザーをお見舞いしたいところだったが、逃げるという行為に関して異常なまでの反応速度を見せる黒乃相手にはそう簡単にはいかない。

 

 天翔雷刃翼に回していたエネルギーを即座に掌へ数割だけ移行。雷光から本体へと供給される過程にて、神翼招雷の効果でそれは4倍へ膨れ上がる。そしてそのまま掌より爆破させるように拡散したレーザーを前方へ放出した。放出されたエネルギーはブレーキの役割を果たし、刹那は急ブレーキをかけるかのように減速。

 

 これにより黒乃は一気に順位を落とすことになるが、黒乃にとっては攻撃を喰らうか否かが重要なので大して慌ててはいない。だが、勝ちを狙いに行っている6人にとって黒乃がどんな順位にいようと安心できないのだ。それを示しているかのように、箒はすぐさま空裂の射出式斬撃にて追撃を見舞う。

 

(な、なんのこれきし!)

「くっ、振り向きもせずに弾かれるとは……」

(あ、危な……何事もやってみるもんだね)

 

 急いで黒乃が抜刀したのは、疾雷と迅雷。1対のレーザーブレードを交差させつつでんぐり返しのように回転すると、ちょうど空裂の斬撃が疾雷と迅雷へとぶつかる。これにより斬撃は相殺され、黒乃も元の状態へと戻り飛行を継続させた。しかし―――

 

『これはどうした事か!大多数の予測を覆すかのように、藤堂選手が苦戦を強いられているーっ!近江先生、何故このような状況になってしまったのでしょうか!?』

『フフッ、ひとまずはレース開始前の発言を撤回しなくちゃですねぇ。お詫びして訂正します。そうですね、僕とした事が彼女が圧倒的すぎるという点について計算に入れていませんでしたよ』

 

 鷹丸も先ほどまでは本気で黒乃がぶっちぎると予測していた。しかし、本人の談の通りに黒乃が圧倒的すぎるという点を勘定に入れていなかったのである。このレースは、事実上1対6の様相を呈しているのだ。黒乃を警戒する6人は、本人達にその気がなかろうとある種の連携を取っている。

 

 現状、全員が黒乃をいつでも狙える位置につけているあたり……もはやそうとしか言いようがない。結果、黒乃は想像以上に思った通りの飛行ができないでいるのだ。これぞキャノンボール・ファストである。それを思い知らされた黒乃は、盛大に焦りを感じ始めた。

 

(ま、ま、ま……不味いよ~!この競技で1位取れないのは流石にマズいっしょ!?マズいよな!?……ってか、そろそろ1周ってこたぁマドカちゃんがやって来る頃合いで―――)

『警告 不明ISにロックオンされています』

(ほら来たぁ!もぅ、結局良いとこなしで敵襲っ……すか!)

『と、藤堂選手……いきなり虚空へと向け震天雷掌波(しんてんらいしょうは)を放ちましたが、これはいったい……?』

『もしかして、だけど……。カメラさん、指定した位置をズームで映してください!』

 

 そう、実力を発揮する間もなくあっという間に1周がやって来てしまった。つまり、彼女が現れるトリガーだと黒乃は捉えている。そんなこんなで鳴り響くロックオン警報……。普段はどうして自分がロックオンされてるのかだの考えるところだが、相手が相手なだけあってそんなことをしている暇でもない。

 

 神翼招雷の翼を完全に刹那へ取り込むと、両掌へと充填。そのまま射角を上空へと合わせ、6倍レーザー……薫子曰く震天雷掌波を放つ。あまりに突然の黒乃の行為に周囲は困惑するばかりだったが、ただ1人鷹丸は異変を察した。そして鷹丸が指示した通りカメラがズームアップすると、そこに居たのは蝶を象ったIS―――

 

「サイレント・ゼフィルス!」

「あの女、また喧嘩ふっかけて来たってわけ!?」

『会場の皆様、どうか落ち着いて聞いてください。非常事態が発生しました、誘導に従って速やかに避難を―――』

 

 BT2号機、サイレント・ゼフィルス。学園祭襲撃の際に借りのあるセシリアと鈴音は、確と佇むその姿を忌々しそうに睨み付けた。セシリアに至っては、もっと大きな借りがあると言っても良いだろう。そもそもあのサイレント・ゼフィルスは自国の物だ。

 

 襲撃され、奪われたソレは、自分の物になる可能性だってあったのだから。しかし、そんな恨みがましい視線などマドカにとってはなんの興味も生まれない。何故ならマドカの瞳には、黒き翼を有したISとその所有者しか映っていないから。マドカのその目は、セシリアと鈴音と比べるまでもなく……憎しみに満ち溢れていた。

 

 

 




黒乃→イッチーだけにはそんな目で見られたくないよ……
一夏→……アイツ、もう臨戦態勢だったのか……?

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