八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第81話 任務概要 一夏を追え!

「つまり、この場合において有効な立ち回りとなるのが―――」

「すぅ……すぅ……」

(ち、ちー姉の授業で居眠りって正気かこやつ!?お、おーい……イッチーってばー)

 

 ちー姉が教鞭を握るIS戦術理論の授業にて、私の前の席であるイッチーは露骨に居眠りをしていた。コクリと自然に首や頭が動くその様は、まさに舟を漕ぐという表現が似つかわしい。朝からなんだか眠そうだなとは思っていたけど、まさかちー姉の授業でも寝ちゃうほどだとは……。

 

 ちー姉は教科書に目を落としていて気づいてない……のかな?あえて泳がせている可能性も捨てきれないが、とにかくなにもする気がないなら今がチャンスだ。チャンス……なんだけどなぁ。さっきからシャープペンシルのノック部分でイッチーの背中を突いているのだけれど、これがまた何の反応も示さない。

 

 ううっ、このままじゃ私も巻き込み事故みたく制裁対象にされちゃうよ。かといって見捨てるのもアレだし、イッチーが怒られるのは私もヤだし……。ああ、でもイッチーを甘やかし過ぎるなってちー姉に釘を刺されたりもしたっけ。そう考えると、イッチーの為に選ぶべき最良の選択肢って―――

 

「タイムオーバーだ馬鹿2人。特に織斑、貴様は何分寝れば気が済む!」

「あだぁっ!」

(ありがとうございます!)

 

 ついに訪れた審判の時。ちー姉の出席簿が私とイッチーの頭へ振り下ろされた。くっ、脊髄反射じみたレベルで感謝を述べてしまう自分が悔しいよ。それよりもちー姉の口ぶり、やっぱり初めから気づいてたみたい。猶予を与えてくれただけまだ有情なのかも。まぁ、結果叩かれちゃったら意味ないですけど。

 

 というより、叩かれた時の音からして力加減が違うみたいだ。私の場合は、イッチーを起こそうとしていただけ。とはいえ、授業を聞き流しているから許容はできない。対してイッチーは、私が起こそうとしてるのに居眠り継続……と。どうやらこの辺りが明暗を分けたらしい。

 

「で、私の授業はつまらんか織斑」

「へっ……?い、いやいや滅相もない!その、少し根を詰め過ぎてる事が―――」

「なるほどな、その用事は私の授業より重要らしい」

「それは……」

 

 やっぱりこうなるか。意識を覚醒させたイッチーは、目まぐるしいほどに自分が置かれている状況を認識せざるを得なかったろう。実際のとこ超速理解してとりあえず弁明をはかってるしね……。あぁ……なんかもう見てらんないよ。こう、理詰めで攻められるとイッチーは―――

 

「……はい、先生の授業より大事な用なんです」

「…………。はぁ……だとしても堂々というなバカタレ、社交辞令という言葉を知らんのか」

「ぐっ!す、すみません……。……顔、洗ってきます」

「1分以内に戻って来い」

 

 ……た、啖呵を切った……?怒られてる状況で、イッチーがわざわざ……?自分の授業よりも大事といい張るイッチーの姿には、なんだか譲れない何かが宿っている気がした。ちー姉もそれを察したのだろう。自分の問いに肯定を示されたものの、更に怒る事はない。ただし、肯定した事そのものに対してはワンモア出席簿だったけど……。

 

 イッチーがそそくさと教室を出ると同時に、教室内が少々ざわつく。1人1人は席が近い友人と声を潜めてやりとりを交わしているつもりでも、それが教室内の生徒ほとんどが喋れば相乗効果で声は大きくなるものだ。多分だけど、イッチーが肯定を示した件についてだろう。

 

「静かにしろお前達!織斑は不在だが授業を続けるぞ」

 

 解り切っていた事ではあるが、教室全体を揺らすかのようなちー姉の怒号が響いた。瞬時に静まり元の状態に戻る辺り、我々は完全に訓練されてるみたい。ここって軍人学校か何かでしたっけ?……冗談めかしていったつもりだが、あながち間違ってない気がするのはなんででしょう。

 

 と、とにかく……集中せんとね。ぶっちゃけちー姉の出席簿なら何発喰らっても私は一向に構わんが、怒りを買うのはノーサンキュー。それからしばらくしてイッチーが戻ってくると、本当に何事もなかったように授業が進んでいく。でも……イッチーの様子が気になるな。

 

(ヘーイ、我が愛しのイッチー。なんだか様子が変だが大丈夫?)

「ああ、黒乃……。さっきは悪い!せっかく起こそうとしてくれてたのに、全然気が付かないせいで黒乃まで……」

(ああ、いや、それは全然気にしてないよ。むしろあの衝撃が快感っていうかさ)

「なんか埋め合わせしないとな。そうだ、1食分飯を奢る―――ってのは少し大げさか?なら―――」

 

 授業が終わってイッチーに話しかけるなり、パチンと両手を合わせて謝罪された。素直に謝れるのは良い事だけど、私がしたいのはそれじゃなくって……。いや、よく考えたら質問とかってできないじゃん。ふ~む、だったら……今のイッチーの姿から何かヒントは得られないだろうか?

 

(あれ……イッチーってばこれ、隈?)

「黒乃……?これは、だな……まぁ、授業の時に言った用と関係はあるにはあるんだが……」

「無理はだめ」

「お、おう……ありがとな」

 

 よくイッチーを観察してみると、うっすらと目元に隈が出来てしまっていた。確かに私の方が先に寝てるからイッチーがいつまで起きてるか解んないけど、授業に影響があるくらいに徹夜してるって事?イッチー……キミは何するにしても極端過ぎやしないかね?急ぐ用なら計画的に事を進めんといかんよー。

 

「う、うん!少し良いだろうか」

「ラ、ラウラか。俺に用事か?それとも黒乃?」

「嫁だ。休日の予定を確認したい」

「休日……は、日曜日だよな。悪い、今月中は忙しいんだ」

 

 私達に話しかけるタイミングを見逃したのか、ラウラたんが咳払いして注目を集める。どうやらイッチーと外出の約束をしようと試みたみたいだが、既に先約があるとの理由で断られてしまう。今もしばらくっていったし、それこそ大事な用ってのと関係あるかも知れない。

 

「そうか、ならば他を当たってみる事にしよう。……姉様はどうだ?」

(…………う~ん、ごめんねラウラたん。たった今用事が出来ちゃった)

「むっ、そうか……。ならば次だ!では、またな」

「……ラウラの頼み、断ると罪悪感が凄いよな」

 

 おや、ラウラたんはイッチーでなければならないから誘ったわけじゃないんだな。私に対しても暇かどうかの確認をしてくるが、言葉通りに今用事が出来てしまった。とりあえず首だけ横に振ると、イッチーと続けざまに断られたせいか少しだけシュンとした表情を見せてから去って行く。

 

 イッチーの言葉には全肯定……。小柄な体躯から醸し出される小動物感があるせいか、ラウラたんにその気がなくてもすげぇ申し訳ない気持ちになってしまう。私なんて姉と慕ってくれてるから罪悪感マシマシだよ……。今度何か誘われたらどんな用事だろうと乗ってあげるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 さて、時は流れて日曜日となったわけで。数日前に会話した通り、イッチーは何処かへ出かけるみたいだ。というか、同室である私に悟られないようこっそりと外出しようとした節がある。何故それが解るかって、いってしまえばイッチーを尾行しているからだ。これが急にできた用な。

 

 だって気になるじゃん、イッチーがちー姉に啖呵切ってまで貫こうとする用事とか。……イッチーが私に隠し事とか珍しいしね。単に心配ってのもあるんだよ?なんだか厄介ごとに首突っ込んでんじゃないかって思ったり。まぁ、犯罪スレスレなのは解ってますが……。いや、完全にストーカー規制法に触れてるんだろうか?

 

 まぁ良いや、バレなきゃ犯罪じゃないんだよ!……盗人猛々しいにも程があるが、とりあえず尾行は継続しよう。現在はまだ学園内。学園寮の廊下のかなり先にイッチーが見える。それでも一応は曲がり角とかからコソコソしてるんだけど、幸いな事に廊下に他の生徒は誰も―――

 

「あの~……黒乃?いったいこんな所で何して―――」

(のうぇええええい!?ちょっ、シャル……静かに!)

「わぷっ!?」

 

 誰も居ないとか言ってたらフラグでしたとさ!背後から私に話しかけて来たのはシャルだ。一瞬にしてグルリと振り向き、勢いよく口を手で覆い隠す。この距離で聞かれることはまずないだろうが、私は石橋を叩いて渡る性質だからね。万全に万全を重ね、シャルには少し黙ってもらう。静かにしてほしい事を解ってもらえたのか、シャルは私の手をタップ。

 

「あれ、一夏だよね?もしかして尾行かな」

(う゛っ!せ、正解でございます……)

「なるほど……。だからそんな恰好してるんだ」

 

 シャルも私を真似て曲がり角の陰に隠れつつ、痛い所を突いてくる。動揺しながら肯定すると、様子が気になるという部分に関しては同意を得られたようだ。ちなみに、私の恰好ってのはハンチング帽子と伊達メガネの事をいっているんだろう。まぁ、一応の変装と言うかね……。

 

「そっちは」

「僕?僕は別にこれといった用事があるわけでもないんだけど、予定がないにせよ少し散歩がてらに出かけようかなって。ラウラは箒と鈴と出かけちゃったみたいだし」

 

 何気にシャルが私服なのも気になってたんだよね。予定があるなら私に構ってる時間は勿体ないだろうに、どうにも急ぐ様子は見られない。聞けば、目的を探すのがまず目的だったみたい。そうすると、シャルは良い事を思いついたとでもいいたそうな表情を浮かべる。

 

「ねぇ、僕も着いて行っていい?やっぱり今の一夏は変だよ……。興味本位ではあるけれど、ぜひこの目で確かめたいんだ」

(ん、そりゃ全然構わんよ。むしろ大歓迎)

「そっか、ありがとう。じゃあ、僕もちょっとした変装をしなきゃね」

 

 シャルの申し出は正直かなり助かる。1人で何やってんだって思ってはいたし……。比較的に常識人であるシャルが一緒なら心強い。私が首を縦に振って即答すると、いつもリボンで束ねている長い金髪を下ろした。確かに、普段とは少し違う印象を受けるかも知れない。

 

 良し、それじゃあ準備もほどほどに追跡任務を始めるとしよう。ステルスゲーで学んだ隠密技術を披露する時が来たな。見つからずに駅まで向かうのがいきなりの難所だったりするが、外は茂みとかを利用すれば何とかなるだろう。さてさて、イッチーの行き先とはいったい……。

 

「レゾナンス……。ん~……確かにここへ来れば大抵の物や場所はあるだろうけど。なんていうか、拍子抜けかも」

(シャル……いったいキミは何を期待してたんだい?……いいたい事は解らんでもないけど)

 

 モノレールに揺られる事しばらく、イッチーが降りたのは駅前大型ショッピングモールであるレゾナンス。本当にここの規模は恐ろしい物で、シャルのいう通りに何でも揃ってしまう。もっと人知れぬ隠れ家的な場所でも目指しているような想定だったのか、ますます不思議そうに目を細めて遠くのイッチーを眺めた。

 

 でも確かに不自然だ。レゾナンスに来るんならコソコソとしなくても良いだろうし、ここに来て済む用事だとするならラウラたんの誘いを断らなくても良かった話だ。後から寄るとか先に寄るとかできるしね。だとすると、よほど見られたくない何かがあるという推測になってくるが……。

 

「えっと、このフロアって主にどういうお店が並ぶんだっけ?」

「看板」

「あ、本当だ、僕のすぐ隣……。……主にファッション関係かな、これのいずれかに用があると見て間違いなさそうだけど。なさそうだけど……やっぱり謎が深まるばかりだね」

 

 私達が隠れている柱には、額に入ったフロアマップが引っ掛けてあった。イッチーの動向は私が見張り、シャルはマップに目を通す。周りの雰囲気からして理解はしていたのだろうけど、ここはやはり服屋やアクセサリーショップが点在しているらしい。本当、謎が深まるばっかり。

 

 服屋とかアクセサリーショップに見られたくない用事っていったい何さ?無理矢理こじつけようとしたら思いつかないでもないが、そうすると私の場合はろくな考えに行きつかないので即ボツ案っと。イッチーが何かの店に入ってくれれば、それで解決するだろうか?

 

「黒乃、一夏がお店に入ったよ!」

(おっ、ついに来たか!さぁ、イッチーはここに一体何の用事があったんでしょ)

「ここは……彫金工房?」

 

 ちょっ、彫金工房……?ダメじゃん、結局のとこ謎しか残らないーっ!いや、落ち着いてここまでの事を整理してみよう。まず発端としては、ちー姉の授業ですら居眠りする程何か徹夜をイッチーはしてたわけだ。しかも、それを授業よりも大事な用だといい切った。

 

 それが気になり私はイッチーの尾行を決意。シャルと一緒にここまで来てみれば、目的地は彫金工房……か。つまりイッチーは、アクセサリーか何かに意匠を刻みに通っているという結論?……徹夜してたのは、寝ずに細かいデザインなんかを考えていたのかも知れない。

 

 そこまでは推理が成り立つとして、解せない点がまだある。それは、どうしてイッチーがこの用事を外せないかという部分と、どうして人に悟られたくなかったかという点について。確かに時間は取るだろうから誰かと約束を交わすのは適当じゃないかも知れないけど、それならそうと初めからいえば良いだけの話だよね……。

 

(イッチー……いったい何を隠してるんだろ)

「一夏、確か夏休みに……。それにもうすぐ……ああ、だから勘ぐられたくなかったんだ」

(ぬっ、シャルが何か勘付いていらっしゃる!いや、シャルだけにとかそんなんじゃなくてだね)

 

 随分とキリリとした顔つきで、シャルは顎に手を当てながらそう呟く。その様はさながらドラマに出てくる探偵か何かのようだ。しかし、この様子からするにシャルは全てを見透かす事に成功したみたい。……なんか、悔しいな。イッチーの事、誰よりも解るのは私だって思ってたのに。

 

「黒乃、何処かで買い物でもして帰ろうか。それとも何処かで遊んでいく?」

「……!?真相」

「ハハ、大丈夫……時期が来たら解るから。別にやましい事じゃないのが解っただけでも収穫だよ」

 

 私は結論が出ずにモヤモヤしてんのに、シャルはそんな事をいい出した。アレですか、焦らしてるんですか?焦らしプレイとか興奮しちまうじゃねーですか。……違う、そうじゃない。この感じ……恐らく私だけに教えられないって感じだな。ま・す・ま・す・気になりますけど!?

 

 う~んしかし、つまりは私が知ったらイッチーの努力が水の泡って話なのかな?もしそうだとすれば、私は大人しく身を引かなくてはならなくなる。だって、今の私にとってはイッチーの喜びこそが生きがいなんだもん。だけど、それでも、気になるなぁ~……。

 

(んじゃ……このモヤモヤが消し飛ぶくらいに遊ぼうか)

「決まりだね!僕、服を見に行きたいんだけど、着きあってもらっていいかな?」

(奇遇だね、私も何着か欲しかったところなんだよ)

「そっか、良かった。じゃあ、せっかくだしお互いの服を選びあってみようよ」

 

 そんなこんなで私達の目的は切り替わり、とりあえずは服屋巡りという事に。むぅ……結局普通の休日になっちゃって、なんだかラウラたんには更に申し訳ないな。何かお土産でも買って渡すとしよう。もっとも、ラウラたんはそんなの気にしてないだろうから不思議がるだろうけどね……。

 

 

 

 

 

 

(はぁ……やっぱ長時間集中すると疲れるな。って、もう夕方かよ……)

 

 グルグルと肩を回しながら彫金工房から出ると、俺を出迎えたのは沈みかけの夕日だった。それだけ集中してる証拠なんだろうけど、昼飯食うのも忘れるって我ながらどんなレベルだよ。黒乃に知られたら怒られるだろうな……。最近寝不足なのもこの間咎められたし。

 

 だが、俺にとっては一世一代なんだ。今度の俺達の誕生日……。黒乃と向かえる16度目の誕生日は、絶対に失敗できない。今まで邪魔が入ってばかりでなんとなくお流れにしてきたが、今回は形に残るのだから送らなければ意味がない。そうなれば、きっと―――

 

「……ん?携帯……」

 

 不意に携帯が着信を知らせた。ポケットの中で震えるソレを取り出すと、画面の表示を見て相手が誰だか確認。どうやら電話をかけてきているのはシャルのようだ。俺は携帯の画面をタップし、通話状態をオンへ。いざ会話を始めると、意外な内容だった。

 

『もしもし一夏?今大丈夫かな』

「ああ、俺は平気だぞ。それより、何かあったのか?」

『うん……何かあったって程じゃないんだけど、どうしても電話せずにはいられなかったんだよね。でも、とりあえずは初めに謝らせてよ』

 

 いきなり謝罪から入るというので何事かと思ったが、どうやらシャルは俺を尾行していたらしい。しかも……黒乃のおまけつきで。瞬間、血の気の一切が消え失せるかのような錯覚を感じた。い、1番知られちゃダメな相手なのに、なんていう事だろうか。

 

『い、一夏……気を確かにね?大丈夫、適当に誤魔化しておいたから』

「ご、誤魔化したって……んな無責任な!これで気づかれないわけ―――」

『キミはいったい何年黒乃と一緒に居るのさ。黒乃ってば、勘は良いけどそういう事に関しては急に察しが悪くなるじゃない』

「い、いわれてみれば……そう、だな。悪い、取り乱して怒鳴っちまった」

『ううん、僕の方こそ本当ごめん。まさか一夏がそんなロマンティックなサプライズをしようとしてるなんて思わなくって』

 

 俺が電話越しに何も喋らなくなったせいか、シャルは心配するような声色でそういった。しかし、焦っている俺からすればそれはどこか投げやりな台詞に聞こえてしまう。まるで八つ当たりのように声を荒げた俺を落ち着かせたのは、急に察しが悪くなるという言葉だった。

 

 ……確かに黒乃は察しが悪い。俺も人の事が言えないのが判明したが、とりあえずそれは置いてだ。もう少しだけ何かが違えば、俺達は今頃恋人同士だったりするのかも知れない。そう思わせるシチュエーションは多々あった。シャルの言う通り、いったい何年の時を黒乃と過ごしてきたのかって話だよな。

 

「まぁ、とにかく大丈夫そうだな……。喜ぶべきなのか悲しむべきなのか解んねぇけど」

『素直に喜んでおこうよ。だって、凄い事しようとしてるでしょ』

「……もしかして、全部お見通しか?」

『うん、全部。だって、夏休み中に相談してきたアレってそういう事だよね。それでもうすぐ黒乃の誕生日が近いってなったら導き出される答えは1つだよ』

 

 妙に話が通じるもんだからもしやと思ったら、どうやらシャルにはばれてしまったらしい。まぁ、相談したからなんだろうが。しかし、そうなるとなんだか気恥ずかしいな……。俺の誕生日に纏めて開く誕生会は、どうしてもシャルの視線が生暖かくなりそうだ。

 

『ところで、いつ頃に完成しそうなの?』

「そうだな、理想としてはキャノンボール・ファストが開催されるより前には完成させたい。一応それくらいが目途ってところか」

『まぁ、一夏にとって重要な事で大会を疎かにするわけにはいかないからね。頑張って、応援してる!』

「ああ、ありがとう」

 

 本当……デザイン自体は脳内でのイメージはすぐ固まったんだ。だが、それを絵にしたり形にしたりするのに随分とてこずった。器用な方だとは思うんだが、やはり並みの器用さでは足りないのかもな。店員さん……というか先生が根気よく教えてくれたからまぁなんとかなってる。

 

「そう言えばだが」

『僕に質問?』

「まぁな。シャル、黒乃の尾行に同行したのは何が気になったからなんだ?」

 

 単に俺の動きが気になったから……というのが最たる理由だろうが、どうにもそれだけでは弱い気がしていた。そもそも相手はシャルだぞ。黒乃が尾行なんかをしている時点で、それを止めたっておかしくはない。少なくとも、俺が思ってるシャルってのはそういうやつ。

 

『ああ、それ……。うん、一夏が余計な事をしてないか心配だったんだ。いや、ほぼ完全な白だとは思ってたよ?ただ、一応っていうかさ』

「余計な事?余計な事って……」

『その、黒乃の知らない子と密会とかそういうの』

「絶対ないな」

『だ、だよね!うん……少しでも疑っちゃった自分が恥ずかしいよ』

 

 余計なお世話とはいわないが、それだけは絶対にありえないから安心してくれて良いぞ。俺にとっては黒乃以外の女性は等しく恋愛対象外だ。それに、もしどうしても2人で会う必要がある用事なんて初っ端から作る気もない。まぁ、今の俺は黒乃が尾行するくらい怪しいみたいだからな……仕方ないのかもな。

 

『……僕がいう資格とか権利とか、無いとは思うんだ。けど、いわせて。黒乃だけは、泣かせないであげて』

「……ああ、勿論だ。どうにも心配かけてるみたいだからな……それも心苦しいんだけど」

『一夏……。けど、キミが仕掛けるのはそれを吹き飛ばすくらいのビッグサプライズでしょ?きっと黒乃も喜ぶだろうし、何もかも許してくれるよ』

「ハハ、そうだと良いな。本当、そうであってほしい……」

『…………うん。じゃあ、僕もう切るね。いろいろごめん』

「それはもう良いって、シャルが俺達の事を気にかけてくれてるってのが伝わったからさ。それじゃ、またな」

 

 シャルは随分と申し訳なさそうな様子で、うん……また―――とだけ言って通話を切った。……取り乱しはしたけど、本当に気にしてないんだけどな。学園に帰ったらフォローしておかなくては。そんな無暗に俺達の事で意気消沈なんてしてほしくないし。

 

 それにしても、黒乃も喜んでくれる……か。喜んでくれると良いな。俺がアレを黒乃に送って、黒乃が喜ぶ。……なんて最高な事だろう。けど、ただ喜んでくれるだけじゃダメだ。……意味を解ってもらわないと、ダメなんだ。……落ち着けよ、だから確実に意味が解るようにしたんじゃないか。

 

 アレを送れば、流石の黒乃も解る……よな?……期待と不安が入り混じると言うのはこの事か。どうか、俺の考えている通りになってくれ。そうすればもう俺は、なんだって良い。きっと泣くだろうし、情けない姿を晒すだろう。だけどそれで良い。意味さえ解って、それを受け入れてくれるのなら……。

 

(……とりあえず、完成させるところからか)

 

 そんな事を考えながら空を仰ぐと、シャルと話したたった数分間でその風景は変わっている。うっすらと暗い風景が広まり始め、周囲を見渡すとどこか急ぎ足で帰路に着いているであろう人達が目立つ。……俺も帰らないと、それこそ黒乃を心配させてしまう。

 

 そう思うと、黒乃に会いたいという想いが湧き出て来た。本当に、キミの隣を離れている1分1秒が惜しい。よし、ならば走って帰ろう。一刻も早く黒乃の元へ赴く、それが今の俺に課せられた使命だ。まるで脱兎のように飛び出し、俺は駅への道のりを走破していった。

 

 

 




黒乃→思い当たる節とかないけどなぁ……?
一夏→こればっかりは黒乃に悟られるわけにはいかないんだ!

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