八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第79話 指捌きの秘訣

「あっ……黒乃さん、少しよろしくて?」

(ん~?)

「はうっ!?そ、そこまで急回転しなくてもよろしいですわ……」

(わっ、ごめんセシリー。普段は纏めてないからさぁ……)

 

 廊下にてセシリーに呼び止められ振り返ったのは良いのだけれど、少々勢いが付きすぎてしまったようだ。今日は後ろ髪を大きな三つ編みにして束ねている為、遠心力によって髪がハンマーの如くセシリーへと襲い掛かる。とりあえずペコリと頭を下げると、お気になさらずと返されたので本題に入ろう。さて、私に何の用事かな。

 

「もうすぐキャノンボール・ファストが開催されるのはご存知ですわよね」

(……あっ。そ、そそそ……そりゃ勿論!)

「聞くまでもありませんでしたか?どう考えても黒乃さんと刹那が得意とする種目ですもの」

 

 普通に忘れるポンコツ脳みそが時々嫌になる。そう……学園祭が終わったという事は。次なるイベントはソレだったか。キャノンボール・ファストっていうのは、要するにISを使用したなんでもアリなレース競技と言ったところかな。セシリーの言う通り、ご存知高機動型のせっちゃんからすれば得意中の得意と言って良い。

 

(でも、それがどうかしたの?)

「ごめん遊ばせ、結局本題に入っていませんでした。何を申したいかと聞かれますと、少々練習に付き合って欲しいのです」

(構わないけど、レクチャーはしてあげられないと言うか……)

「不躾だとは思いますが、飛ぶところを見せていただけませんか?大会前ですし、手の内を見せたくないと仰るならば素直に諦めますわ」

 

 私が首を傾げると、セシリーは優雅な様子で話を続けた。聞けば、どうやら私の飛行技術を参考にしたいらしい。う~ん……どうかなぁ。手の内隠したいって事は全くないんだけど、別に私のは手本にするほど凄くはないと思う。しかし、だからって断るのも忍びないような……。

 

(うん、まぁ、そういう事なら良いよ。参考になれるよう頑張るね)

「ありがとうございます、黒乃さん!今度何かお礼をさせて下さいな」

 

 どうやら私が肯定を示すのが意外らしく、セシリーはパッと花の咲くような笑顔を浮かべた。そうして私の手を優しく包み、軽く上下へ振ってみせる。そ、そこまで喜ばれると照れちゃうな……。しかし、セシリーってば妙にやる気だね。セシリーは元来から頑張り屋さん気質だけど、不必要なまでにとも取れる。

 

「わたくし、実は前々からこの競技を心待ちにしておりました」

「…………?」

「何故、とでも言いたそうですわね。今回はどうしても負けたくない相手が居まして」

(……イッチーの事かな?)

 

 雪羅の盾によって、セシリーの対イッチー戦績は著しく下がってしまった。キャノンボール・ファストはレースだが攻撃等の妨害行為も許される。そうなると、操縦者の技量からしてセシリーがリードってところか。だけれど、白式はソラでブルー・ティアーズより速度が出てしまう。

 

 二次移行してウィングスラスターも増設されたとなると、なかなか油断も出来ない。最近は負け続けなのにもってきて、自分の土俵であろうレース競技でも負けるなんてセシリーのプライドが許さないんだろうね……きっと。私がセシリーだったら同じ事を考えたかも知れない。

 

「是が非でも」

「はい、是が非でも勝たせていただきますわ!」

 

 いくらイッチーを好きになったとは言え、そういう事情があるならセシリーを応援したくなる。かと言って、本番では中立になるだろうけど。私としては妨害行為自体をあまりする気がないしね……。ぶっちゃけ刹那で適当に飛んでりゃ勝てるんじゃね?とか思ってるし。……いや、それは流石に皆をナメ過ぎか。

 

 つーか、飛ばなきゃなんないのってコースじゃん。コースアウト負けの可能性大じゃん。……盲点だった。マジでもう、最近あたしゃポンコツ過ぎやしないかね?なんというか、セシリーに誘ってもらって御の字ってところだろう。せっかくだし、これを期にしっかり練習しとかないと。

 

「それでは、早速今日の放課後という事でよろしいでしょうか?」

(うん、刹那の調整もバッチリだよ)

「重ね重ねありがとうございます、黒乃さん。これは何かお礼を―――そうですわ!わたくし、この間良い雰囲気のカフェテリアを見つけましたの。ご馳走しますので、よろしかったらご一緒にどうでしょう」

(マジでか、セシリーってば太っ腹だ事。そんじゃ、お言葉に甘えようかな)

 

 何やら話の流れはセシリーが奢ってくれるという方向に。きっと、今回の授業料って意味合いなんだろう。こういう場合は素直に甘えておくのが1番……かな。私は何処か食い気味に肯定すると、その様子が可笑しかったのか意外だったのか、セシリーはエレガントな微笑みを浮かべる。

 

 とにかく、目標があれば一層頑張れるってもんでしょ。休日にセシリーと出かけるという事を念頭に置いて、私はしっかりコーチをしないとね。私にとって指導というのはかなりの難易度を要求されるんだ、今の内からいろいろ考えとかないとなんないな……。

 

 

 

 

 

 

「……どうしてあなた方が居るのです?」

「どうしてって、飛行技術に関して勉強させてもらおうかと思ったんだが」

「右に同じく。専用機所有者とは言え勝手が解らんものでな」

「わたくしが聞きたいのはそういう事ではなく、どうして黒乃さんと特訓すると知っているのかと言っているのです!」

(ま、まーまーセシリー……気持ちは解るけど落ち着こう?)

 

 いざ放課後になってみると、高機動飛行練習用アリーナに集まったのは黒乃とセシリアだけではなかった。そこには、それぞれ紅と白のISを纏った……そう、一夏と箒である。セシリアからすれば、一夏にだけは確実に勝つ為の訓練だけにたまったものではない。

 

 しかし、セシリア以上に訓練が必要な2人と言うのも間違いではない。箒の言った勝手が解らないと言うのはそういう事。つまり、単純に速さを競う競技という枠に組まれた場合の飛行に関して詳しく知りたいと言いたいのだろう。白式と紅椿が燃費最悪のひと言に尽きるせいか、連続的にフルスピードで飛ぶ手段を2人は知らない。

 

「どうして知ってるも何も、セシリアが大声で―――むぐっ」

「なに、単なる風の噂という奴だ」

「とてつもなく納得はいきませんが、帰れという程わたくしも鬼ではありませんし……。判断は黒乃さんにお任せしますわ」

(勿論構わんよ。私が役に立つんならいくらでも!)

 

 相も変わらず一夏が余計な事を言い出す前に、箒がそれを制して適当に誤魔化した。そう、何故知っているかは本人の不注意によるものだからだ。黒乃からの直接指導という事で気持ちが浮ついたのか、セシリアは終日今日の放課後が~……と言いっぱなし。本人に自覚がないのが救いなのかも知れない。

 

 とにかく、集まってしまったのなら仕方ないとでもセシリアは言いたげだ。そして、居て良いかどうかは黒乃へと判断を委ねた。朝会話した際と同じく、手の内を見せたくなければというやつらしい。だが、心配せずとも本人は手の内がどうだの難しい事は考えてなかったり。毒気のない様子で2人の申し出を快諾した。

 

(じゃ、とりあえず始めま~す)

「むっ、もう始めるのだな」

「では、わたくし達は邪魔にならない場所へ」

 

 2人が黒乃の返答に安堵している最中、黒乃は優しく宙へと浮いて行く。その動作を開始の合図だと理解した一同は、コースから外れた場所へと移動した。皆が離れた事を確認すると、続けて刹那の状態をチェック。高速移動のみを意識するのならば、やっておかなければならない作業は多々ある。

 

(操縦桿のレスポンス速度……OK。イメージインターフェースも同様……。雷光に異音なし。ウィングエネルギー供給安定……っと―――)

 

 刹那はかなり繊細な飛行技術を要求される機体だ。何処かに1つでも問題があればそれだけ墜落のリスクが高まる。そんなのではレースどころの話ではないため、黒乃は毎度この作業を欠かさない。今日は随分と念入りな方と言える。しかし、慣れた手つきでコンソールを操作する姿なんかは外野からすれば高速に見えるようで……。

 

「……早いですわね」

「確認作業の事か?なるほど、あれも勝負の内というわけだな……」

「マジか、ろくにやった事ないぞ」

 

 と、このように知らない所でやはり勝手に株が上がっていく。本人にとって当たり前の事は、他人からすれば優れた事という話なのだろうか。そんな会話もよそに、黒乃はコンソールの操作を終えた。ようやく飛ぶ準備も万端といったところか。

 

(うし、オールグリーン。そんなわけでいっちょ―――行きますか!)

 

 黒乃は前傾姿勢を取り、スタート前の予備動作を行う。特にスタートの合図が鳴るわけでもないので、自分のタイミングでロケットスタート。まず初手はQIBで前方へと飛び出す。そこから勢いが死なない間に神翼招雷を発動させ、雷の翼を広げた。

 

 OIBとほぼ加速の原理は同等なため、刹那はグングンとスピードへと乗っていく。しかし、普通ならばまずこんな速度は出さないだろう。再三となるが、キャノンボール・ファストはレース競技である。空中だが通らねばならないコースは存在するし、コース外へ出てしまえば即失格だ。

 

 それでなくても高機動機体である刹那だと言うのに、さらに加速させてしまえばコーナーを曲がる事は不可能に近い。大多数の人間がそう考えるだろうし、何より刹那の所有者である黒乃もついさっきまではそう思っていた。だが、黒乃は日中にとんでもない事実へ気が付いてしまったのだ。

 

(だからこその神翼招雷なんだよね!ぬどりゃ!)

 

 黒乃はコーナーへと差し掛かる瞬間、雷の翼として放出しているエネルギーを僅かながらに刹那へ取り込んだ。そうして、曲がり始めると同時に掌から爆発させるように放出。これにより刹那は減速しつつ無理矢理にでも方向転換。神翼招雷は継続中につきスピードはほぼ損なわれていない。

 

(大成功!ぶっつけ本番でもなんとかなるもんだな……)

 

 言うは易く行うは難しと表現されるが、まさか黒乃もいきなり成功するとは思っていなかったようだ。新た飛行技術の開拓に胸躍ったのか、黒乃はご機嫌な様子で残ったコースを走破していく。1周終わるのにかかった時間は……凡庸なIS操縦者からすれば神の領域とだけ言っておこう。しかし―――

 

(なんと言いますか、これは……)

(思った以上に……)

(参考にならねぇ……)

 

 教えを乞うた3人は、揃いも揃ってどうして良いのか解らないと言うような表情を浮かべるしかない。それは黒乃の飛行技術が高すぎるという事ではなく、そもそもレギュレーション違反を起こしていると言っても過言ではないからだ。QIBとOIBは勿論の事、唯一仕様である神翼招雷まで持ち出されてはそれはもう。

 

 しかし、それを指摘できずに冷や汗をかくばかり……。何故なら、黒乃が妙に得意気だからだ。勿論、外張りはいつもと変わらぬ鉄仮面。それでも、なんとなくではあるが雰囲気で悟れる場合は少なくない。特に幼馴染である一夏と箒の2名……。こんなにも私って凄い?……みたいな黒乃を前にするのが初めてのせいか、困惑も大きいようだ。

 

(なぁ皆見てたー?ねぇねぇ、今のって凄くない?!……ってあれ、どったの……揃いも揃ってだんまり?)

『一夏さん、箒さん、お任せしますわ』

『む、無理だ……俺には無理だ!凄いな黒乃って褒めてやりたい……!』

『ええい、軟弱者め!……と言いたいが気持ちは解るぞ……。こんな褒めて欲しいのが丸判りな黒乃などと……破壊力が高すぎる……!』

 

 黒乃に悟られないよう、わざわざ秘匿通信まで使ってそんなやり取りを繰り広げていた。だが黒乃から見ればだんまりに見える。それを重々承知しているのか、会議は手早く終わりを告げる。結果、そもそも指導を頼んだセシリアが指摘するという方向に。

 

「オ、オホン!黒乃さん、流石の飛行技術ですわ。わたくし、思わず魅了されてしまいました」

(えへー……そうでしょうそうでしょう。飛行に関しては、私だってそれなりに誇りってもんが―――)

「ですが、その……QIBやOIBを使われてしまうと、何と言いますか……正直に申しますと参考になりませんわ……」

(…………はい?……あっ、あっ!そ、そっか……そりゃそうだよね。ア、アハハ……間違えちった!いやいや、こりゃうっかり!テヘペロ☆)

 

 そもそも他のISには基本的に備わっていない技術をフル活用してしまっていたのをようやく自覚したのか、黒乃は盛大にやってしまったという感覚を味わう。それまで得意気だった反動か、照れも数段に増しているらしい。内心でわざとおどけるような態度をとってみせるが、恥ずかしさがボディーブローのようにジワジワと襲い来るばかり。

 

(え~っと、それじゃ刹那の使える特殊仕様は抜きにしてもっかい飛ぶね……。ふむ……それ抜きなら全部マニュアル操作のがやり易いかなっと)

 

 とりあえずなかった事にする方向で固めたのか、ピッと人差し指を立ててもう1度と意思表示を伝える。再度コースのスタートライン付近へと浮いた黒乃は、コンソールを操作して運転方法をマニュアルへと切り替えた。普段の刹那ならば、まず間違いなくイメージインターフェースを用いたセミオートを強いられる。

 

 刹那は飛行時にこなさなければならない事が多過ぎる故だ。雷光の出力調整やQIB・OIBの発動、最近に至っては神翼招雷のエネルギー配分まで増えた。むしろ黒乃が刹那を純粋にフルマニュアル操作をした回数は両手で数えられる程しかない。普通の人間ならば慣れない操作に手間どうだろう。だが―――

 

(んじゃ、レッツゴー!余計な事を考えなくて良いから楽ちん楽ちん♪)

 

 こなさなければならない操作が多い故にイメージインターフェースに頼らざるを得ない。裏を返せば、黒乃にとってそれは足枷と表現した方が適当だ。藤堂 黒乃のボディスペックを差し引いても憑依黒乃のIS操作技量は純粋に高い指数を示す。本人に自覚はないながら、スイスイとコースを進んで行く。

 

 仮に刹那の特殊仕様をフル活用した飛行法が稲妻のようだとすれば、今は自由に流れる疾風といったところか。それでも先ほどと比べればやはり遅い……が、遅いと感じてしまうのは残念ながら末期症状だろう。忘れてはならないのは、刹那が高速移動用パッケージを装着したISよりも素で速い点。

 

(ん、やっぱし加減速に気を着けとけば何とかなるね)

 

 それでも黒乃が気にしているのは加減速程度らしい。どうやら感覚が最も麻痺しているのは長く連れ添った乗り手のようだ。もし黒乃が他のISを操作したとするならば、本格的に速度が遅すぎて操作できないという事態に陥りそうでならない。……まず間違いなくそうなるのが現実だろうが。

 

(ほい、ゴール!どうよ、今度は文句ないっしょ!)

 

 手加減したはずのコース1周だと言うのに、やはりその記録はとんでもないものだ。妨害がないため参考記録ではあるが、ワールドレコードに近い。手加減して、ワールドレコードである。無論、その事実は意気込みの違うセシリアには見事に突き刺さる。

 

「黒乃さん、操作記録をお見せください!」

(でやぁ!?ちょっ、ちょっ……!セシッ……セシリー落ち着いて!)

「いきなりどうしたんだよセシリア!」

「そうだぞ、何をそうも慌てる必要が―――」

 

 黒乃が地上へと降りるなり、血相を変えたセシリアが肩を掴んで激しく前後へと揺さぶる。いきなりな慌てっぷりに、事態が呑み込めていない一夏と箒は落ち着けと促した。黒乃への揺さぶりは止まったが、それでもセシリアは完全に正気へとは戻らない。

 

「今の飛行は全てマニュアル操作だったはずです。そうですわね、黒乃さん?お2人も、それだけ言えばわたくしの慌てようも解るでしょう」

「なっ……今の全部がマニュアルか!?俺、かなり苦労してようやく形になったって感じなのに……」

「そういう話ならば、そうだな……私も興味が湧いて来たぞ」

(別に良いけど、そんな凄い事したつもりじゃないんだけどなぁ)

 

 第3世代以降のISとなればイメージインターフェース標準装備が常識的である。それに頼った操作が常なため、飛行するだけならむしろイメージ操作で構わない。しかし、やはりマニュアル操作の方がより繊細な動きを可能とする。つまり黒乃がじゃじゃ馬機体である刹那をマニュアル操作で飛ばしきったとするならば、それはとんでもない事態であるという証拠だ。

 

 やはり本人は特筆する程でもないと思っているようだが、リクエストには応える気らしい。刹那を待機形態へと戻すと、チョーカーから空間投影型のコンソールを出現させる。そこからマニュアル飛行やその他刹那の操作に関するデータをサルベージし、惜しまず全てを3人のISへと送信した。

 

(これは……なんという入力回数だ!)

(いつもヒョイヒョイ飛んでるように見えて、こんな複雑な操作をしてたのかよ……!?)

(こ、細かすぎて見えない部分がありますわ……。どうして指が追いつくんですの!)

(う~ん、まただんまりぃ?なーんか今日つまんないぞー。構ってくれなきゃ不貞腐れちゃうぞー)

 

 3人が黒乃の操作実態を目の当たりにし愕然とする中、本人は内心で頬を膨らませつつブーブー言い始めた。それでなくとも何を考えているか解らない見た目なのに、周囲に伝わるはずもなく……。それぞれの世界に入りつつあるのを引き留めるでもなく、ただ反応を待ち続けた。

 

「……なぁ黒乃、やっぱり練習あるのみか?こう、見る限り神業とかそういう類に見えるんだが」

「……?特に」

「と、特に……?特に練習らしい練習をしていないと仰いますの!?」

(まぁ、そう……かな。割とせっちゃんに乗り始めてから特に上手くなってるわけじゃないし……)

 

 一夏の問いかけに、黒乃は特にと答える。詳しい内容は伝わらずも、かなりの天才発言であるのは周囲に伝わった。特にセシリアなんかには。彼女はかなりの努力家である。類稀なると言う程でもない才能を、ただ努力のみでカバーしてきた。黒乃に悪気はないのは解っているが、やはり反応してしまう部分もあるようで。

 

(あぁ、でも強いて言うならやっぱりあれかな―――)

「そんなはずはありませんわ。必ずその指捌きのルーツとなる何かが―――」

「ゲーム」

「…………はい?」

(いや、だからゲームだよ。小さな頃から自然に下地が出来上がったって言うかさ)

 

 セシリアは素っ頓狂な声を上げるが、黒乃から言わせればこの返答しか思い当たる節はない。そう、ゲームである。前世からして度の過ぎるゲーマーだったわけだが、藤堂 黒乃に憑依してからもレベルに関しては大差ない。ゲームのジャンルによっては世界ランカー級の腕前の持ち主だったりするのだ。

 

 おかげで黒乃の潰したコントローラーの数は知れず。携帯機の場合にはボタンが故障したせいで本体ごと買い替えねばならない時すらあった。基本的に手先が器用なのに加え、ゲームにより勝手に鍛えられた。これが黒乃の導き出した結論だ。一夏や箒は、なんとなく納得できる部分もあるらしい。

 

「ゲーム?ゲームって黒乃……。……いや、一概に否定も出来ないような気もするし……」

「一夏さんまで何を世迷い事を仰るんです!……というか、そもそも黒乃さんがゲームをなさるんですの……?」

「言っておくが、黒乃はかなりのゲーマーだぞ。私としては封印したい思い出だが……!」

「思い出すな箒、あの容赦ない10割コンボは早急に忘れた方が良い……」

(ア、アハハ……ごめんねモッピー。初心者相手に少しやり過ぎちゃったかも)

 

 セシリアはそんなゲーム如きでと金切り声を上げる。しかし、やはり出生から苦楽を共にしてきた一夏と、幼少期を過ごした箒の意見の方が強い。2人は黒乃の指捌きを思い出すついでに、植え付けられたトラウマも思い出してしまったようだ。恐らくは、格闘ゲームでコテンパンにされたのだろう。

 

「な……」

(な?)

「納得いきませんわーっ!わたくしなんて来る日も来る日も練習を重ねて、ようやく高機動での飛行に慣れたと言いますのに……。それをたかだかゲーム仕込みなんかで乗り越えられてしまっては―――」

「ま、まぁまぁ落ち着けってセシリア。要するに黒乃が言いたいのは何事も下地が出来て無きゃって事であってだな」

「その通りだ、何も黒乃だって全てがゲームのおかげなんて言っているわけじゃないんだぞ」

(すみません、10割のつもりで言ったんですがそれは)

 

 それは納得いかなくて当然である。セシリア・オルコットは努力の人だ。モロに才能溢れる話を聞かされてしまえば叫んでしまいたくなるというもの。一夏と箒がフォローを入れるものの、当の本人は真逆の事を考えているようだ。だが、とりあえずはセシリアも落ち着きを取り戻し―――

 

「……そうですわね。そもそも黒乃さんに力を拝借したいと申したのはわたくしなのですから、簡単に挫けるわけにはいきません!」

「ああ、その意気だぞセシリア。乗りかかった船だ、私も最後まで付き合おう」

「よし、それじゃあ黒乃の操作記録や飛行データを参考にして練習してみようぜ」

(何やらスポ根系の波動を感じる……。ならば私は寡黙なコーチって事で)

 

 調子を取り戻した3人に置いてきぼりを喰らっている気がしなくもない黒乃だが、喋れない自分にできる事は少ないと身を引く。しかし、ただ黙って見られるというのは逆にプレッシャーを引き立てるようで……。結局のところ3人はとんでもない集中力を披露するに至り、伴って操縦技量も格段に上がったように見える。

 

 で、3人は黒乃のコーチングが良かったと言い出す始末。何もしたつもりはない黒乃からすれば謎過ぎる話である。しかし、これがキャノンボール・ファスト本番で思いもよらぬ結果に繋がるとは。黒乃だけでなく、一夏、箒、セシリアも知る由はない……。

 

 

 




黒乃→ゲームで鍛えられたと思うよ、割とマジで!
セシリア→解らなくもないですが、やはり半信半疑ですわ……。

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