八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第78話 朝の一幕

「おはよう、黒乃。もう朝だぞ」

(ふぇ……?うええええっ!?)

「そんな慌てる時間帯でもないけどな」

 

 爆睡も爆睡だった私の意識を覚醒させる爽やかな声が……。薄ぼんやりと目を開いてみると、すぐ近くにはイッチーの顔があるではないか。瞬間、脳の回路か何かがショートしかかのように……ボンッ!と音が鳴った気がした。飛びのくようにベッドの上で何回か回転すると、はずみで床上へと落下してしまう。

 

 な、慣れない……慣れねぇよ……。朝起きる度に、イッチーと同室になった事を思い知らされる。あぁぁぁぁ……ハードル高い。好きになっていきなり同室とかハードル高い。ク、クソッ……絶対に今まで何とも思ってなかった弊害ですぜ。今まで半同棲状態だったとか、私のメンタルってパネェ。

 

「……大丈夫か?もしかして、体調が悪いとかじゃ―――」

(ああ、いやいや!そんなことはないですよー。ほら、元気百倍!)

「ん、それなら良いけど。でも、無理はするなよ」

 

 床上で微動だにしなかったせいか、どうにも体調不良と思われてしまったようだ。私は跳ねるように起き上がると、重い瞼をこすりながらガッツポーズを見せる。なんとか平常運転である事は伝わったらしい。ふぅ……ポーカーフェイスでも、イッチーにはかなり伝わるから有り難いよ。

 

 イッチーと通じ合ってる証拠だよね。っておうコラ、話をすぐそっち方面に持っていくなつってんでしょうが私。我ながら単純すぎる脳みそと言いますか……。まぁ、いちいち自己嫌悪してたらきりがないってのもある。どうしようもないのは今に始まった事でもないしねぇ。

 

「洗面所は空いてるぞ、俺はもう済ます事は済ませたから」

(アイサー。とは言っても、ほとんどする事はないんですけど)

 

 イッチーは既に制服姿で、仄かにシャンプーの香りがする。朝シャンの習慣なんてあったっけ?なんて思ったりもしたが、答えは洗面所兼脱衣所にある。洗濯機の中には、脱いだばかりのジャージが入っているではないか。そこから導き出される答えは、イッチーが毎朝トレーニングをしている……と私は結論付けた。

 

 つまり、イッチーは私が寝てる間に静かに起き、運動して、今しがた汗を流したってところだろう。……知らなかったな、イッチーがそんな頑張ってるなんて。きっと、最近身に着いた習慣ではないはずだ。IS学園に来てからと言うもの、欠かさず行っているに違いない。

 

 なんて言うか、良いと思う。うん、凄く良い。頑張ってる人は尊敬するし、それが好きな人となるとなおの事だ。どちらかと言えば、格好良いとカテゴライズされるんだろう。……決めた、今度から軽食でも作ってみよう。腹に何も入れないで運動をするのは良くないって聞いた事ある気がするし。

 

(って、んな事してないではよ着替えんと)

 

 洗濯機の蓋開けてイッチーのジャージをただただ凝視とか、完全に不審だ。私はパジャマと下着を脱いで、洗ってあるブラと下着を装着。……残念な事に、長い事居候してるせいか下着程度じゃイッチー動じないのよ。なんだか複雑……。モッピー達の気持ちがようやく解った気がする。

 

 続けて制服へ袖を通す。スカートのスリットは……まだ片方で良いかな。私手製のロングスカートだが、右足と左足の両方へジッパー付きのスリットを入れているのだ。これにより両足を出したり片足を出したりできると言うわけ。夏場はダブルスリットだったが、最近は寒くなって来たので主に片方。真冬になれば両方閉じる事になるだろうね。

 

 余談はさておき、後は顔を洗って歯を磨けば終わりだ。洗顔は適当に、歯磨きは手早くしつつも丁寧に。所要時間は非常に短い。……皆は朝の準備にどのくらいの時間を割いてるのかなぁ?そう思いながら、鏡に映る自分を良く観察してみる。本当に何もしてないのに、相変わらず黒乃ちゃんのボディは完璧美少女そのものだ。

 

(……少し、気合を入れてみようかな)

 

 口に溜まった泡立つ歯磨き粉を吐き出し、水で口を濯ぐ。そうして私が手に取ったのは、学園の備品として備え付けられている櫛だ。黒乃ちゃんの綺麗な髪を傷つけぬよう細心の注意を払い、スーッと髪を梳かしていく。……ぬぅ、元が良すぎるせいかな……大した違いが判らない。

 

 なんとか私の主観からも変化が判ればと続けてみるが、いくらやっても成果は見られない。くぬぅ……!た、他人に委ねるしかないか……。だ、だったら……髪形を変えてみる事にしよう!それなら私の目から見ても違いが丸判りなはずだ。……と言いつつ、あまり他の皆と被らせても面白くないよなぁ。

 

(ふむ……じゃあサイドテールとか?)

 

 専用気持ちの皆さんの中に、サイドテールにしている子はいない。それならダブりもないしちょうど良いかな。でも、髪型を変える予定が無かったからリボンとか無いじゃん。ん~……リボンとかヘアゴムとか無くても出来ない事も無い……よね?と、とりあえず……自分流でやってみよう。

 

 そうして鏡の前で悪戦苦闘することしばらく、なんとかそれっぽい形にする事はできた。うん、悪くないんじゃないの?無表情のせいで角が立つ黒乃ちゃんの雰囲気が、サイドテール特融の幼さで緩和されている……ようないないような。それより、時間は大丈夫かな。どのみちイッチー待たせてるし、とりあえず今日はこれで行ってみよう!

 

「今日は随分と時間が掛かったな。やっぱり体調でも―――でも……?」

(ど、どうかな……髪型、似合ってる……?)

「……そっか、だから時間かかってたんだな。うん、似合ってるし可愛いと思う……けど、雑だぞ?」

(え、うっそぉん……。ぬ~……せっかく頑張ったのに……)

 

 やっぱり好きな人の反応は気になる物で、イッチーのリアクションを待つ間は内心でモジモジしてしまう。似合っているとも可愛いとも言ってもらえはしたが、どうにも整え方が悪かったらしい。やっぱり慣れない事はしない方が良かっただろうか。私は思わず、不貞腐れながら指でサイドテールをピンと弾く。

 

「ほら、こっち来いよ。俺が直してやるからさ」

(ほ、本当に!?じゃあ……お言葉に甘えちゃおっかな)

 

 イッチーは自分のベッドに深く腰掛けると、自身の足と足の間に私の座れるスペースを作った。そしてそこを叩いて、私に座れと誘う。何はどうあれ、イッチーが手直ししてくれると言うのがとにかく嬉しかった。私はベッドのスプリングが大きく跳ねるような勢いで腰掛ける。

 

「…………」

(それにしても、イッチーってば大概器用だなー)

 

 イッチーの胴体に背中を預けて座っていると、素早い手つきで私の髪型を整えていく。無言なのはそれだけ真剣な証なんだろうけど、どうにも緊張しちゃう……。私、変だったりしない?髪……痛んでるとか思われたら嫌だな。きょっ、今日から……今日から気を付けようね、うん……。

 

「……良し、できたぞ。ほら、鏡」

(うぃ、サンキュー。おお、確かに私のが雑だったって良く解るよ!)

 

 イッチーから手鏡を受け取って、自分の姿を確認してみる。仕事が丁寧なだけあって、より完成度は高い物だ。そのせいか、愛らしさもより高まっている気さえする。無表情を除けば、黒乃ちゃんはサイドテールがベストマッチだったのかも知れないな……。

 

「あ、あのさ……黒乃。もしかして、いろんな髪型に挑戦してみるつもりだったりするか?」

(へ?うん、そうだね。勉強不足だから、バリエーション少ないだろうけど)

「じゃあ、俺にやらせてくれよ。ちょっとした事情でそういうのには趣が深いと言いますか……」

(後半の意味は良く解らないけど、そういう事なら……せっかくだしお願いしようかな)

 

 イッチーがオズオズとした様子で何を言い出すかと思えば、私の髪型を変えるのを自分の役目にしてほしいとの事。別にそれは構わないどころか大歓迎なんだけど、趣が深いってどういう意味だろ。ヘアアレンジに詳しいって、もしかしてスタイリストに憧れてるとか?

 

「……夢?」

「っ!?……ああ、そうだな。ずっと、夢の1つだったんだ」

(っへ~……知らなんだ。でも、夢を持つのは良い事だよ。練習になるだろうし、いくらでも付き合うから)

「そ、そうか!じゃあ、精一杯やらせてもらうよ!」

 

 思わずイッチーにそう問いかけると、なんだか驚いた表情をされてしまう。何かこう……言い当てられた!?……みたいなね。すかさず本人が肯定したし、つまりはそうなんだろ。それにしても、スタイリストねぇ……。間違いなく、引く手数多になるだろう。話題のイケメンすぎるスタイリスト!……ってな感じで。

 

(むぅ……それはそれで面白くないかも)

「んじゃ、飯にするか。あまりのんびりしてると混雑しちまう」

(確かに、今日は少しゆっくりし過ぎちゃったね。行こうかイッチー)

 

 どうにもイッチーは、心なしか気分が良いように見える。きっと、良い練習相手が見つかって嬉しいんだろう。……もはやなんだって良いや。たとえ練習相手だって、イッチーが必要とさえしてくれるのならそれで。それだけで私は、心から満たされるのだから―――

 

「黒乃、どうかしたのか?」

(あっ、何でもないよ。今行くから!)

 

 私は小走りで愛しい人の背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「あ、おはよう千冬姉」

「ああ、おはよう。今日も感心だな」

「ほら、継続は力なりって言うだろ」

 

 この時期となると、早朝と言えどまだ完全に日が昇り切っていない。そんな時間帯にも関わらず、IS学園の広大なグラウンドにて織斑姉弟揃いぶみだ。俺は日々のトレーニングが日課になりつつある。千冬姉の方は、毎日とは言わないが走り込みをしているらしい。

 

 始め遭遇した時には、お互いそれなりに驚いたもんだ。俺は千冬姉が居ること自体に驚き、向こうは俺がやる気を出しているのが意外なようで。でも、誰か居るといろいろ捗るというものだ。2人して準備運動を適度にこなし、1周5キロあるグラウンドをいざスタート。

 

「そんなペースで良いのか?バテても知らんぞ」

「いつまでも千冬姉に並走できない俺じゃないさ」

 

 何やら千冬姉が挑発じみた事を言い出すもんだから、思った事をそのまま口にしておく。確かに当初は着いていくのが精一杯だったが、かなりスタミナも持久力も上がった自覚がある。千冬姉が本気じゃないのは解るが、かなり余裕をもって追いつけるペースだ。

 

「……それもそうか。何もかも、変わり続けていくものだ」

「…………」

「……箒とデュノアに告白されたらしいな」

「……ああ」

 

 私も随分と年を取った。千冬姉はなんだかそう言いたげだ。いつになく哀愁漂う様子を見せると、どこで聞いたのか千冬姉は重々しく問いかけてくる。そう、つい数日前に告白されたのだ。良く見知った女の子2人に、ずっと前から好きだった……と。それが、箒とシャルだった。

 

「その場で返事はしたのか?」

「……2人には悪いけど、俺には心に決めた子が居るんだ」

「だろうな。もし保留などと言っていれば殴り飛ばされていただろう」

 

 何やら事情は解らないが、あの箒もシャルも俺に振られると結果が見えていながらの事らしい。それが自分に対するケジメだと、あの2人はそう言っていた。千冬姉の言う通り、もしそうだとするのなら……振る以外の選択肢は、彼女らにとって侮辱に価する行為だったはず。でも―――

 

「俺……さ、全然気持ちに気づいてやれなかった」

「…………」

「俺には黒乃しか見えないからとか、そんなのを盾にできない……。俺にも何か、他にしてやれる事があったんじゃないかって。……ここのところモヤモヤするんだ」

「馬鹿が、あるとすれば1つだろ」

 

 人の気持ちに疎い、それが女子からのだとなおの事。弾や数馬からは良くそう言われていた。箒やシャルに俺がしていたのは、弾と数馬の言った通りの事なんだろう。告白を受けて、頭をハンマーで殴られているかのような感覚だった。俺は、なんて酷な事をしていたのだろう……と。

 

 俺だって、黒乃にアプローチしてもスルーされたら辛い。俺も2人に同じ事をしていたんだ。箒に至っては、何年も前から……。だから考えてしまった。俺は、どうすれば良かったのだろうって。思わず千冬姉に問いかけると、その返しは初めから俺が答えを握っているというニュアンスで―――

 

(ああ、そうか……)

 

 そうか、確かにそうだ。確かに俺は初めから答えを握っていた。ずっと昔からそうして来て、それに箒とシャルの分が積み重なったってだけなんだ。あの2人の想いを真摯に受け止め、一生引きずっていく。それが俺が、箒とシャルにしてやれる唯一の事。だから俺は―――

 

「箒とシャルの分まで、黒乃を幸せにしてみせる」

「……それで良い。まぁ本当はあと3人分なのだが……」

「千冬姉、今なんて?」

「なんでもないさ。そら、喋ってばかりじゃないで走れ若造」

「あだっ!?別に蹴る必要は―――って速い!」

 

 解っているならそれで良いと千冬姉は言うが、後に続いた言葉は聞き取れなかった。なんと言ったかと聞き返せば、返ってきたのは尻への衝撃。千冬姉が俺の尻を蹴り上げたのだ。思わず飛び跳ねてから抗議をぶつけると、その背は既に遥か彼方に見えるじゃないか。

 

 その後必死に追いかけてみるものの、逆に1周抜かしをされるという屈辱を味わう事に。時々思うが、やはり千冬姉は人間として超えてはいけない壁を越えてしまっている。……今更の事か。なんて考えていたらまた尻を蹴られてしまう。時間も良い具合だし、今日はクールダウンをして部屋に戻ろう。

 

「ただいまー……」

 

 ソロソロと扉を開け、蚊の鳴くような音量でただいまを言う。室内には、黒乃の静かな寝息のみが響き渡っていた。……自らの戻る場所として定められている自室に黒乃が居る。それだけで緊張しまくっていたが、最近になってようやく慣れる事が出来た。

 

 さて、黒乃を起こさないように細心の注意を払わなくては。とりあえずは着替えを引っ張り出し、俺は真っ直ぐシャワー室へと向かった。ジャージは洗濯機に放り込んでおき、いざ水浴びへ。汗臭いまま授業になんか出られたものじゃない。女子高同然のここでノーシャワーなんぞ社会的死を招きかねん。

 

「ふーっ……」

 

 黒乃を起こさないように水の出をなるべく弱くする為、どうしても時間が掛かってしまう。勿論それを負担に思った事はない。黒乃が安眠できるなら安いもんだ。ただ……シャワーから出ても騒音との戦いが続くが。髪を乾かす道具であるドライヤーだ。

 

 これがなかなか……シャワー以上の騒音発生源かも知れない。とにかく熱風の風量を最低まで下げ、じっくり時間をかけつつ髪を乾かしていく。そうこうしていると、だいたいは時間がちょうど良くなるんだよな。リビングに戻ってみれば、黒乃は……まだ寝てるな。良し、今日も勝ったぞ……。

 

「おはよう、黒乃。もう朝だぞ」

「…………?…………!?」

「そんな慌てる時間帯でもないけどな」

 

 とは言え、いつまでも安眠されたって困る。起こすに適切な時間だと判断し、黒乃の顔を覗き込みながら声をかけた。すると黒乃はクワッと開眼し、何を焦ったのかベッドから落ちてしまう。こいつはラッキー……レアな黒乃が見れた。うん、可愛い。……なんて言ってられないか?なかなか黒乃が起き上がってこないんだが……。

 

「……大丈夫か?もしかして、体調が悪いとかじゃ―――」

「…………!」

「ん、それなら良いけど。でも、無理はするなよ」

 

 念のためだがそう聞いてみると、黒乃は勢いよく立ち上がって寝ぼけ眼のままガッツポーズ。こちらに体調は万全だと伝えて来た。うん、可愛い。本当……これも地味に大変なんだよな。気を抜いていると、どうにも顔がニヤけてしまいそうなんだ。それを抑える為になるべく口を閉ざさないように―――

 

「洗面所は空いてるぞ、俺はもう済ます事は済ませたから」

「…………」

 

 そう言うと黒乃は、コクリと頷いてから脱衣所へと向かっていった。戸の閉じる音を耳にして、俺はようやくひと息つける。黒乃を待っている間は少しだけ暇だ。とは言っても、黒乃はそう準備に時間を割かないが。やはり何もしていなかったりするのだろうか。なんだろうな、勿体ないよなぁ……。

 

 まぁ、するしないは本人の自由だ。それに、事実黒乃は何もしなくたって十分綺麗なのだから。綺麗……か、シンデレラの黒乃はとびきり綺麗だった。いつしか俺も、彼女にウエディングドレスを着させてやれる日が来ればいいのだけれど。……想像するだけで幸せが止まらん。

 

 ……それにしても、今日の黒乃はやけに時間が掛かるな。いつもはもう出てくる頃なんだが、いったいどうしたというのだろう。何かに手間取っているとして、それは何か。足りないであろう頭でそう考えていると、タイミングよく黒乃が出て来た。俺は黒乃に目を向けつつ話しかけるが―――

 

「今日は随分と時間が掛かったな。やっぱり体調でも―――でも……?」

「…………」

 

 思わず目を奪われた。どうやら黒乃は、珍しい事に髪の手入れをしていたらしい。解るさ、俺がこの焦がれた少女を何年見て来たと思っている。絹のような黒髪がより一層に艶やかで、煌いていて……。いかに黒乃が、普段勿体ない事をしているかと再確認させられてしまう。

 

 何より俺にとって大事件なのは、あの黒乃が髪型を変えているのだ。リボンやヘアゴム等は使わず、自分の髪を結って作るタイプのサイドテール。幼さを増長させる効果か、今の黒乃は可愛い美人といったところだろう。……落ち着けよ俺。とりあえずはいろいろ落ち着け、まずはしなければならない事がある。

 

「……そっか、だから時間かかってたんだな。うん、似合ってるし可愛いと思う……けど、雑だぞ?」

「…………」

 

 そう、率直に言って纏めが雑なのだ。似合ってるってのも可愛いってのも本音だが、どうしてもそっちの感想が勝ってしまう。きっと慣れない事をしたからだろうなぁ……。だが、雑のひと言で終わらせたりなんかするもんか。俺がこの手で黒乃をもっと輝かせてやる。

 

「ほら、こっち来いよ。俺が直してやるからさ」

「…………」

 

 俺がベッドに腰掛け、股の間に座れと促す。すると黒乃は、一目散にそこへと着く。やれるもんならやってみろとか言いたいのか?まぁ、男に言われちゃってのもあるよな。けれど、残念ながら……俺は黒乃よりよほど上手くやるだろう。何故かと聞かれれば、不純な理由ではあるんだけど。

 

 言ってしまえば、俺は髪フェチと呼ばれる部類だ。黒乃の長い黒髪を、前々から好きに弄ってみたいと言う思惑があったりする。だからそうやって妄想してる内に、本当に詳しくなってしまって……髪型の作り方も覚えてしまった。好きこそ物の上手なれとか言うけど、あながち嘘ではないらしい。

 

 というか、もう今の俺は大興奮どころの騒ぎではない。黒乃の髪の毛をこれだけ好きに触れる日がくるなんて思ってもみなかった。とにかく黒乃をサイドテールにするだけに集中しろ……。さもなくば、今にも黒乃の髪に顔を埋めて匂いを嗅ぎたいとか頭の片隅で考えてしまっているのだから。

 

「……良し、できたぞ。ほら、鏡」

「…………」

 

 何とか無事にサイドテールを完成させ、黒乃に手鏡を手渡した。すると、しきりにいろんな角度から自分を眺め始めた。どうやら気に入ってくれたらしい。しかし、いきなり黒乃はどうしたんだろうな?何か心境の変化でも―――いや、今はそんなのどうだって良い。これは俺にとってチャンスでしかないのだから。

 

「あ、あのさ……黒乃。もしかして、いろんな髪型に挑戦してみるつもりだったりするか?」

「…………」

「じゃあ、俺にやらせてくれよ。ちょっとした事情でそういうのには趣が深いと言いますか……」

「…………」

 

 俺がそう問いかけると、黒乃はどちらの質問にも首を縦に振ってくれた。まだまだ見てみたい黒乃の髪型が沢山ある。完全に己の欲求を満たす為のお願いだが、そんなエゴイズムも消え去るほどに嬉しい。なんというか、堪らないんだ。まるで、そう……黒乃を俺色に染め上げていくようで―――

 

「……夢?」

「っ!?……ああ、そうだな。ずっと、夢の1つだったんだ」

「…………」

「そ、そうか!じゃあ、精一杯やらせてもらうよ!」

 

 ……図星である。盛大に図星である。な、なんでだ!?顔に出ていたり―――いや、考えるだけ無駄か……。女性と言うのは時々エスパーになる。まぁ俺が解りやすいってのもあるんだろうけどさ……。しかし、それでも黒乃は再度首を縦に振ってくれた。

 

 黒乃に全部悟られているとすれば、俺は相当気持ち悪い奴だと言うのに。黒乃、お前って奴は本当……どこまで俺を虜にしてしまえば気が済む?そうやって全く俺を拒絶しないから、俺はだんだんとお前に溺れてしまうと言うのに。本当に、本当に……堪らない。俺の総てを包み込んでくれるお前に、溺れていく感覚が何にも変え難い。

 

「んじゃ、飯にするか。あまりのんびりしてると混雑しちまう。」

「…………」

 

 朝から夢みたいな事の連続で、今日一日を朝の一幕を思い出すだけで頑張れそうだ。思わず声量を上げ意気揚々とそう告げると、黒乃は静かに首を縦に振る。飛び出るように部屋から出て、数歩歩いた時に気が付いた。黒乃が歩を進めていない。そう言えば、なんだか少し黒乃の反応が鈍い時が増えた気がするな。

 

「黒乃、どうかしたのか?」

「…………!」

 

 そう呼びかけると、黒乃はハッとしたような反応を示した。空いた俺との数歩を小走りで詰めると、何事も無かったかのように歩き出す。……呼べば反応があるし、俺の思い違いだと良いのだけれど。とにかく俺も、黒乃の歩幅に合わせて歩き始めた。そう……愛しい人と同じ歩幅で。

 

 

 




黒乃→夢ねぇ……スタイリストとはまた意外だな。
一夏→白状すると、黒乃の髪を弄るのが夢だったと言うか……。

一夏の髪フェチは完全に捏造なのであまりお気になさらず。
個人的には黒乃の髪が綺麗=自然に髪フェチにといった感覚です。

それと黒乃のサイドテールですが、見かけはデレマスの島村 卯月が最も近いと思われます。

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