ややこしくて申し訳ありませんが、読む際は注意してください。
いつも通りにどちらから読んでも差支えはないかと。
(どうしてくれようかしら……)
更識 楯無は、荒れ果てた更衣室内でも健在なロッカーの陰に隠れつつ、盛大に困り果てていた。何故なら、登場するタイミングを完璧に誤ってしまったからだ。というのも、本来は一夏がオータムに負けるという想定だったというのに、あろう事か黒乃もセットなうえに大半は一夏の尽力による勝利だからまた驚きを隠せない。
(うぅ、誘い出すまでは完璧だったのに!)
そもそも生徒会が催したシンデレラも、亡国機業の構成員を誘き出す為にあった。自発的に騒ぎを起こし、一夏を浚わせる。そしてピンチになった一夏をズバッと自分が助けてしまうと、そんな予定だった。無事であったならそれは最も大切である。楯無も心からそう思ってはいるが、どうにも釈然としない。
(あくまでオマケだけど、これじゃ織斑くんに恩も売れな―――いぃぃぃぃ!?)
誰のせいという事ではないが、楯無は妙にイライラし始めてしまう。畳んだ扇子を軽く掌へ叩きつけていると、ソレは突然に襲ってきた。なんと、楯無の脇付近をロッカーを貫通して刃が飛び出てくるではないか。このいかにも殺意溢れる長さは―――間違いなく鳴神の刀身だ。
(あ、あ、あ、あ……あの子絶対気づいてる!でもこの仕打ちはどうして!?……って、考えなくても解るわよね。最初から居たのに助けなかったか―――らぁぁぁぁ!?)
文字通り一歩間違えたら刃傷沙汰になっていた。楯無は、あまりの容赦のなさに愕然としながらジリジリと横へずれた。そうして、何故黒乃がこんな暴挙に走ったかを考え、速攻で結論が出て来てしまう。手助けされなかったらそれは怒るわね。ウンウン頷きながら納得していると、今度は鳴神の刃が勢いよく上へと振り上げられた。
ロッカーは中ほどから斬り裂かれてしまったではないか。という事は、楯無が横に移動していなかったとすると、確実に腕をはね飛ばしていただろう。これは、黒乃を怒らせてしまっている。そう悟った楯無は、顔を青くしながらガタガタと震え始めた。そして2人が更衣室から去ったのを確認すると、すぐさまとある人物に電話を掛けた。
『もしもし、どうかしたの?』
「お、近江先生~!私はどうしたら良いのよ~!?」
『おやぁ、キミが泣きついてくるとなるとよっぽどだねぇ。ゆっくりで良いから話してごらん。』
「実は……―――」
基本的に相性の悪い相手だと思いながらも、今は頼れる人物が鷹丸しかいなかった。本気で聞く気があるかどうかは別として、とにかく楯無は誰かに相談するだけしたかったのだろう。シクシク、メソメソといった様子ながらも、楯無は鷹丸に事情を説明した。
「―――っていう事なんだけど……」
『うん、それは普通にキミの失策だよね。どうしてすぐ助けに入らなかったのさ。』
「う゛!?だ、だってそれは……。……ピンチの時に駆けつけた方が、シナリオ的に……」
『ああ、確かにそれは一理あるね。その方が心理的に優位に立てる』
自分の失策なんて事は楯無だって解っている。しかし、ストレートにそう指摘されてしまうとショックだ。理由を問われると、楯無は恥ずかしそうに呟いた。そんな不安とは裏腹に、鷹丸はかなり肯定的な反応を示す。恩を売るという行為を大事にする鷹丸にとっては、初歩的な事なのかも知れない。ただ―――
『ま、タイミング逃して印象悪くしちゃったら元も子もないんだけどね』
「そ、それは言わないお約束でしょ!」
『うん、知ってる』
(この人って本当……)
言われなくても解っていると、楯無は声を大にして反論した。すると帰って来たのは知っているという言葉。つまり、楯無が自分の失態を解っているという事を解って言ったということだ。凄まじく楽しそうな様子で言われたせいか、楯無は思わず通話を切ってしまうところだった。
『それより、要は彼女のご機嫌取りをしちゃえば良いんでしょ?だったら、織斑くんと同室にすれば丸く収まるんじゃないかな』
「は、は……?そんな事で満足する性質なの、あの子って」
『彼女にとっては織斑くんが全てだからね』
シンデレラの最中に女子が一夏や鷹丸の王冠を狙っていた裏には、それなりの理由と言うものがあった。それは、王冠を確保すれば同室になれるという特典だ。女子からすれば喉から手が出る程欲しい副賞だろう。だが楯無は、黒乃がそういった事に執着があるのがまず意外だった。
けれど、確かに納得できる要素は多々ある。じゃあとりあえずそれでいってみようかしらと、鷹丸の意見を採用してみる事に。そもそも黒乃は楯無に気づいてやしないのだから、このやりとりは完全に1人相撲なのだが。そうやって1つの問題に片が付くと、そう言えばと楯無は再度問う。
「そう言えば、貴方は何処に逃げてるの?」
『僕?なんだかんだで遠くまで来ちゃってね。ほら、学園の校舎から少し離れた場所に公園があるでしょ?今そこ』
「……本当に遠くへ逃げたわね」
『……いやね、なかなか迫力があったからさぁ。ついね、つい……』
あの時は飄々としたフリをしていたらしい。実際は、迫る女子の群れに鷹丸ですら圧倒されていたようだ。計画したのが自分なだけあって、楯無は少々申し訳ない気分に駆られてしまう。しかし、一夏とは違い概要は話した。乗ったのは鷹丸だと気持ちを切り替える。
「じゃあ、学園に戻って教師陣の手伝いを―――」
『……待った。ごめん更識さん、もう切るね。事情は後で説明するから』
「へ!?ちょっ、ちょっと!……もう、急に何なのよ…。」
鷹丸は急に真剣味を含ませた声色へと変わり、一方的に通話を切ってしまった。こういう時こそどんなつもりなのか知りたいものだが、楯無は一応だが鷹丸を信頼すると決めていたのだ。携帯を仕舞うと、自身もやるべき事をこなす為に行動を開始。
◇
「遠く離れた場所とは言え、敵地内で水分補給とは随分余裕ですねぇ。だからこうやって捕まっちゃうんですよ」
「クソが、出しやがれ!」
「人間の力じゃどうにもなりませんよ。とは言え、ISでもボロボロの状態じゃ歯が立たないでしょうけど」
鷹丸が急いで通話を切ったのは、ここに理由があった。本当に、たまたま、偶然、逃げて来たオータムが目の前に姿を現したのだ。鷹丸はしめたと言わんばかりに、自身の発明品でオータムを捕獲、拘束している。オータムを中心にするよう、周囲には幕のような物体が。
鷹丸が身を守る目的で演劇に持ち込んでいた、簡易式シールド発生装置である。内側からも出られない性質を利用し、檻として用いたのだ。オータムはシールドを殴ったり蹴ったりするが、動じている様子は一切ない。やがて息を切らしながら、オータムは手を休めてしまう。
「はぁ……はぁ……」
「無駄な抵抗は止めた方が良いですよ?これからもっと人員も増えますし。あー……織斑先生~」
再び携帯電話を取り出した鷹丸は、どうやら千冬にオータムを拘束したという報告をしているらしい。こんなところで捕まるわけにはいかないオータムは、息を吹き返したようにシールド内から出ようと試み始める。だが、そんなオータムを絶望させるかのような人物が派遣された。
「近江先生、貴方はやはりただ者ではないらしい」
「いやいや、これに関しては単なる偶然―――というより彼女がついてないだけさ。それより、お願いするよ」
「了解」
(ぐ……動けねぇ……!)
降り立って来たのは、シュヴァルツェア・レーゲンを展開したラウラだ。適当な会話を交わすと、後は簡単なお仕事。ラウラはオータムへ右手をかざすと、あらゆる慣性を無に帰すAICを発動させる。停止結界内へと収まっているオータムは、凍り付いたかのように動かない。
「ん、あれは……」
「近江先生?」
「藤堂さんがこっちに来てるからさ」
これで完全にオータムは打つ手なし。鷹丸が本当についていたと心から安堵しつつ空を見上げると、自身の造ったISである刹那が見えた。となると、黒乃も合流してきたという事になる。どうやら向こうも鷹丸達を見つけたらしく、相も変わらずな猛スピードで降り立った。
「姉様……。あまり心配はしていなかったが、無事で何より」
「…………?」
「たまたま僕が逃げた先で彼女と居合わせてね。シールド発生装置で作った簡易的な檻に入ってもらいつつ、ボーデヴィッヒさんがAICをかけてるのは念のためかな」
ラウラの言葉にコクリと頷いて見せた黒乃は、不思議そうな様子でシールドを叩く。鷹丸がすかさず解説を入れると、そうかとでも言いたげに黒乃はまた頷いた。つまるところ、黒乃がこの場に居る必要はあまりない。それは誰が居ても同じことではあるが。
「そういうわけだ、姉様。こちらは私達に任せ、姉様は避難誘導を―――むっ、あ、いや……済まない姉様……。些か配慮の足りない発言だった」
「…………」
「まぁ、退屈だろうけど僕らはのんびりいこうよ。ね、オータムさん」
「このっ……!ざっけんなクソニヤケ面ぁ!」
話している最中に黒乃が喋る事が出来ないのを思い出したのか、提案を出したラウラは神妙な顔つきで黒乃に謝罪する。本人は首を横に振って気にするなと表現しているが、どうにもラウラの顔つきは暗い。そんな空気を払拭させる為か、はたまた本当にただの煽りか。とにかく鷹丸は凄まじい皮肉をオータムへ送る。
「「!?」」
「うん?2人共、どうかしたかい。」
「いえ、哨戒に当たっていたセシリアと鈴の反応が……。残った反応は―――サイレント・ゼフィルスだと!?」
「…………!」
「なっ、姉様!?」
すると、鷹丸は空気感で2人の様子がまた別の物に変わったのを察した。ラウラの呟きは全く報告にはなっていないが、なんとなくで推理を張り巡らせる。まぁ端的に述べるなら、亡国の増援かな……と結論を出した。と、同時に黒乃が飛び出ていってしまうではないか。残念ながら、引き留める暇さえない。
「ボーデヴィッヒさん、回線をオープンに」
「了解。織斑先生、何故やつらの増援に関しての報告をしなかったのです!」
『……オルコットと凰で対処したかったというのが正直なところだ。これだけの一般客を前に、八咫烏に出てきてもらっても困る』
今の鷹丸には、千冬との会話をする事がまず第一だった。手短にラウラへと指示を出すと、シュヴァルツェア・レーゲンから千冬の声が響く。なるほど、それもやむなしか。最大戦力であろう黒乃をぶつけるのは簡単な話だが、状況的にそうもいかないというのもある。
「ならば、私は今すぐ姉様の加勢を!」
「それはダメだボーデヴィッヒさん。こうなった以上は藤堂さんに任せて、キミは避難誘導を優先させるんだ」
『……そうだな、今はテロリストの拘束や撃退よりも、人命救助が第一とする』
「くっ……!」
『……時に近江、その簡易的拘束はどの程度もつ。』
「制限時間はほぼ無制限ですよ。故障の要因としては、そうですね……火力高めの兵器で攻撃されると厳しいでしょうか。一発昇天もあり得ます」
人1人を囲う程度のシールドだ、いくら鷹丸と言えど鉄壁と呼べる出来に仕上げる事は労力に見合わない。だが逆を取れば、それクラスの攻撃が当たらなければ平気とも言える。千冬はしばらく考え込むと、ならば良いと口にした。ひと拍置くと、指示を纏める。
『では、ボーデヴィッヒは至急避難誘導へ迎え。近江はそのまま拘束を続けろ。』
「了解!」
「任されました」
回線が途切れたのを確認すると、ラウラはAICを解除して飛び去って行く。遠く離れていくシュヴァルツェア・レーゲンを見た鷹丸は、ようやくかとでも言いたげな表情を浮かべた。何故なら、会話の流れをラウラがこの場を離れるよう意図的に誘導したからだ。鷹丸は、いつも通りの表情を浮かべてオータムにこう言う。
「ねぇオータムさん、僕と取引しませんか?」
◇
「ったくあのガキ!様式美よろしくはぐれやがって……!」
一方その頃、昴は険しい顔つきで学園中を走り回っていた。と言うのも、あれだけ忠告したのに朝日が迷子になっているせいだ。小烏党の件を鎮めて蘭の元へ戻ってみれば、忽然と姿が消えているのだから驚きである。蘭曰く、過ぎ去った気配すらなかったとの事。
(確かに逃げる事に関しちゃあの子が1番得意だが……って!それとこれとは話が別だってーの!)
なんとか迷子癖を肯定的に受け取ろうとしたがあえなく失敗。昴は走りながらウガーッと頭を掻き毟った。テロが起きている最中だ、嫌なイメージを取り払う意味もあるのだろう。だが、それにしたってイライラし過ぎである。すれ違う人間が、たびたびギョッとした表情を浮かべるのが見て取れた。
(あ~……頼むから無事でいてくれよ、マジで!)
朝日はどうにも厄介ごとに巻き込まれていそうな予感がする。昴の焦りは、徐々に大きくなるばかりだ。そうして、そろそろ探していない場所が少なくなってきてしまう。だが、昴の努力は実を結んだらしい。正面ゲート付近にて、小さな女の子が視界に映ったのだ。
「あぁぁぁぁさぁぁぁぁひぃぃぃぃっ!」
「ほえ?わひゃああああっ!?せっ、せせせせ……先生!?ど、どうしたんですか、そんな鬼も裸足で逃げ出すような形相を浮かべて……」
「んな顔してんのに平気なオメェは随分大物だなぁおい!はぁぁぁぁ……ったく、心配させやがって!」
「う、うぐぅ……!お、お仕置きなのかそうでもないのか判断が付かないですぅ……!」
猛ダッシュで迫る昴に驚きはしたが、怒った顔にはキョトンとした表情を浮かべるばかり。そんな朝日に毒気を抜かれたのか、昴は思い切り朝日を抱きしめた。ただし、朝日からすれば天然ベアハッグになっているようだが。昴の方も満足したらしく、腕に込めた力を緩めた。
「……しかし、それなりに人が集まってんな」
「はい。本当はアリーナに誘導されるはずなんでしょうけど、どうにもカバーしきれないみたいで。それと、お連れの方とはぐれた人はここを目指しちゃったらしいです」
「そうか、アンタにしちゃ上出来じゃん。日頃の迷子も役に立つってもんだ」
「え?迷子は私じゃなくて先生の方で……痛たたたた!?」
「ダメだ、やっぱり許さん。だ・れ・が迷子だこの!」
周りを眺めた昴は、妙に人の集まりがある事に気が付いた。皆が不安そうな表情を浮かべている。朝日の話によると、どう行動すれば良いか解らずに、正面ゲート付近へ行きついた者が大半らしい。つまりは、自然に迷子センターのような物が出来上がってしまったようだ。
昴は迷子時の対処について、良い判断ができたと朝日を褒める。しかし、どうやら本人には迷子になった自覚すらなかったらしい。むしろ昴の方を迷子だと思っていたらしく、その反応が昴の逆鱗に触れた。容赦の見えないアイアンクローが朝日のこめかみを襲う。
「……ったく、まぁ良い……。朝日、ここの連中を纏めてアリーナまで行くぞ」
「は、はいぃ……了解ですぅ……」
「……!?おいおい、マジかよ……」
アリーナ内なら野ざらしとは違い多少は安全であろう。それが冷静に判断できる自分には、学園の者に変わって誘導をする義務がある。昴が移動の指示を周囲の人間に告げようとすると、その上空には―――ISが居た。しかもライフルやBTの銃口がこちらを向き、虎視眈々と狙いを定めているではないか。
ヤバい、撃つ気だ。そう悟った時には、実際はもう遅かったのだろう。しかし昴は、なんでも良いからとにかく伏せろと周囲に叫び散らす。そんな昴の背後では、まばゆい紫色の光が放たれた。ここまでか、ついてなかったな。昴が諦めたかのような表情を浮かべたその時、今度は昴の真後ろが赤黒く輝いた。
◇
「取引……だと?」
「ええ、取引です。乗る乗らないは貴女の自由ですが、その対価は……ご理解いただけますよね?」
時間は少し遡って、ラウラが飛び出した頃だろうか。なんと鷹丸は、オータムに取引をしないかと持ち掛けているではないか。その対価……という言葉。それを理解できない程にオータムの頭は悪くない。この男は、条件次第で私を逃がす気だ。そう理解したうえでオータムは―――
「へっ、やなこった!誰がテメェみてぇなクソ野郎との取引に乗るかよ!」
「おや、このまま捕まっちゃっても良いんですか?」
「捕まらねーよ!現に私を迎えに味方が―――」
「僕、さっき言ったばっかりですよ?随分余裕だなって。黒乃ちゃんを前に、100%で増援さんが貴女を助ける事ができますかね」
それまで自信満々だったオータムは、黒乃の名前を出すとぐっと表情を濁らす。そう、鷹丸はだからこそオータムを逃がそうと考え始めたのだ。この人をここで捕まえるのは惜しい。逃がして利用する。思慮の浅いこの女は、様々な面において役に立つ。だから逃がしたい。逃がしたいから―――煽りを送る。
「大局を見ないとダメですよ。お仲間が助けに来てくれるのは、比較的助けやすい状況だからでしょうね」
「どういう事だ!?」
「もし仮に貴女が此処で捕まれば、より強固な守りに特化した施設に収容されるはずです。今より救出は困難を極めるのは必至ですよねぇ」
「…………」
「ねぇオータムさん、そうなった場合―――貴女をそこまでして助ける価値が自分にあると思います?」
「んなっ……!?テメェ、どういう意味だ!」
鷹丸だって亡国の思惑なんて知った事ではない。そもそも初めから興味なんて持ち合わせてはいない。だが、あくまで自分はすべてお見通しだとでも言わんばかりの態度をとる。オータムならば綻びを見せるのも時間の問題だと踏んだが、想像以上の動揺を察し……鷹丸は一気に切り崩しにかかる。
「だってそうでしょう。わざわざやって来て返り討ち、挙句の果てには公園で水を飲んでいたせいで貴女は捕まってるんですよ?そんな貴女を、苦労して真正面から取り返そうとしますかねぇ」
「…………」
「労力、時間、経費、人員―――その他諸々たっくさん無駄!無駄!無駄!無駄だらけ!……って思いません?」
「そんな事……そんな事あるか!絶対にアイツは私を見放さなない!テメェなんぞが知った口を聞くんじゃねぇ!」
「じゃあ試しに捕まってみます?」
本当に運がなかったというのも勿論ある。しかし、もっと潜んでいればさっさと回収してもらえたはずだ。負けただけならまだ良いが、水分補給に至っては擁護のしようがない。オータムは、自分に非があろうと助け出してくれるはずだと喚くが、鷹丸の返しにそれはそれは不安そうな表情を浮かべ―――
「……何が望みだ」
「交渉成立ですね。毎度ありがとうございま~す」
ここで鷹丸との取引に応じるのは、自身の上司へ疑念を抱く事と同然だ。だがオータムは、もしもの可能性から生まれる恐怖を振り払えなかった。もし本当に見放されたら。そう考えると、ここで確実に逃がしてもらえる道を選択したのだ。鷹丸は殴りたくなるような笑みと共に、なんともわざとらしいお辞儀をしてみせる。
「単刀直入に言いますと、増援さんに逃げ遅れちゃった人を攻撃して欲しいんです。勿論、黒乃ちゃんの目の前でね」
「……あ゛ぁ?……要求は本当にそれか?」
「いい加減に彼女に向いてるヘイトがうっとうしいんですよねぇ。黒乃ちゃんは間違いなく庇いにかかりますし、生徒はともかく一般客にその姿を見せたいんですよ」
あまりに唐突な、それでいて不可思議な要求だった。むしろテロ行為を増長させるようなそんな内容に、オータムは怪訝な表情を隠し切れない。曰く、黒乃に庇わせる必要があるとの事。一般客に見せたいという事は、SNSなどでの口コミを狙っていると見える。
「だが、避難誘導は学園側が―――」
「ああ、これが困った事に人間の心理っていうのがありまして。こういうパニック時には、自然と出入り口に人が集まりがちなんですよねぇ。で、学園側からするとそれが盲点だったのかなんなのか……」
「こいつは……」
「ね、取りこぼしがあるでしょう?ぜひぜひここを狙っちゃってください」
これは鷹丸が前々から思いつつ、あえて指摘しなかった部分だ。IS学園は何かとセキュリティが甘い。セキュリティが甘ければ、アクシデント時の対応もなっていない。鷹丸は、そう説明しつつ空間投影ディスプレイを表示させた。そこに映されているのは、正面ゲート付近で―――それなりの人間が押し寄せている。
「……言っておくが、あのガキが私の言う事を聞く保証はねぇぞ」
「その時はその時ですね、どうか諦めて捕まって下さい。」
オータムと増援の少女の関係は、ハッキリ言って険悪だ。しかし、鷹丸の脅すような言葉が決定打になったのか、オータムは通信機に向けてギャーギャーと喚き始める。しばらく説得……とは到底言えない問答を繰り返し、やがて増援の少女はそれに乗ったらしい。
「はい、どうもご苦労様です」
「そうかよ……。おら、とっとと出しやがれ」
「あ、すみません。僕から逃がすと足がつきますから、彼女に攻撃して破壊してもらって良いですか?」
「あぁ!?んなの藤堂 黒乃と戦ってんのに隙があるかよ!」
「多分だけど大丈夫ですよ。神翼招雷を発動させてますし、黒乃ちゃんの次の一手は―――」
証拠を残すな。鷹丸が大事にしている信条だ。ぶっちゃけ言い訳のしようはいくらでもあるのだが、単に理想の形を目指しているらしい。そうやって2人が話していると、鷹丸の声を遮るかのように轟音が鳴り響く。そして一帯は赤黒い光に染め上げられ、空中目がけて超ド級のレーザーが発射されるのがここからでも見えた。
「ほらね、今のうち今のうち」
「お、おう……」
自分はもしかして、殺さない為に手加減されていたのか?……オータムはそう思った。普段ならば憤慨していたところだろうが、今回ばかりは大人しい。何故なら、アレを撃たれたら確実に死ぬ。とにかく、今は隙だらけなのは確かだ。オータムは、手短にもう1つの要件を伝える。
すると、すぐさま文字通り飛んできた。そして上空から、シールド目がけてレーザーライフルらしき銃をぶっ放す。光弾は真っ直ぐシールド発生装置を射抜き、オータムを囲っていた幕は消える。至近距離でレーザーが爆ぜた影響か、どうやら鷹丸は吹き飛ばされてしまったようだ。
「お~……びっくりした。ともあれ、これで取引は完了ですね。キミも、ご協力ありがとう」
「…………」
「クソ野郎が、次はこうはいかねぇからな!首洗ってまってやが―――」
(うわぁ、容赦ないなぁ。フフッ、この子もなかなかどうして……)
服に着いた土ぼこりを払いながら立ち上がった鷹丸は、営業スマイル全開でオータムと少女に告げる。少女の方には軽くスルーされてしまった。オータムの方はと言うと、いかにもな台詞を吐いている途中に―――少女に腹を殴られ気絶してしまった。そんなやり取りを、鷹丸はクスクスと音を漏らして笑う。
「縁があればまた会おうね」
「…………」
話しかけてもやっぱり無視され、少女はオータムを肩に抱えて飛び去ってしまった。そうして、入れ替わるように神翼招雷の効果時間が切れたらしい。赤黒く染められた景色は、元の色を取り戻す。そうして鷹丸は、黒く焦げ付いたシールド発生装置を拾い上げ、鼻歌交じりに学園を目指す。
(さてさて、これで黒乃ちゃんの評価がどう変わるか……要注目、だねぇ)
己の思惑通りに事が進めば、それはそれは気分が良い。近頃のSNSの効果は絶大だ。鷹丸は、自身の思惑は確実に上手くいくという確信めいたものすら感じている。そうして、数日後に発売された週刊誌には―――こんな見出しが書かれ、世間の注目を浴びた。
『お手柄!八咫烏の黒乃 数多の人命を救助!』
ようやく書きたい鷹丸を前面に出せてる気がします。
個人的にはゲスも書いてると楽しいんだよなぁ……。