八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第74話 想いを刃に

「テメェ……シカトぶっこいてくれてんじゃねぇ!」

「くっ!」

 

 叫びながら突進を仕掛けたオータムは、一夏の前方で止まると装甲脚を振り上げる。問題なくガードした一夏だったが、それが次の一手につながってしまうアラクネは非常に厄介だ。装甲脚での鍔競り合いを継続させつつ、残りの装甲脚が一夏を襲う。

 

「そぉら、隙だらけだぜ!」

「それはどうだろうな」

「なにっ!?」

 

 装甲脚の刃が白式に突き刺さろうとするその瞬間、一夏は両手で雪片を構えている状態を解いた。離した手は左腕で、出来るだけ前へ前へと突き出す。そして雪羅の形態をクローモードへ変形、と同時にエネルギークローを高出力で形成した。青白く輝く光の爪が、アラクネの胸部装甲を傷つける。

 

(こいつ、機体の燃費が解ってねぇほど馬鹿ではないはずだ!だとすれば―――)

「そのままで良いのかよ?じゃあ遠慮なく―――斬り裂かせてもらう!」

(とはいえ、このままってわけにもいかねぇか……!)

 

 オータムが考え事をしている間に、アラクネの装甲は火花を上げて傷がだんだんと深くなっていく。その隙を逃さんとでも言いたげに、一夏は更にエネルギークローの出力を上げた。より一層に火花が散り始め、これにはたまらずオータムは一夏の間合いから離れる。

 

「……テメェ、エネルギー度外視で攻めて、本当に私に勝てると思うかい?」

「思ってるからそうしてんだ。言ったろ、俺は怒ってないわけじゃないんだよ」

 

 普段よりかなりクレバーな攻め手ではあるが、白式のエネルギー効率を考えると些か飛ばし過ぎに見える。オータムは1発で一夏がエネルギーを度外視した戦法なのだと察した。その出力は、曰く自分の怒りを体現しているのだと一夏は語る。果たしてそれが吉と出るか凶と出るか。

 

「そうかい……。んじゃ、今度は手数で攻めさせてもらう!」

「ああ、来いよ!」

 

 堂々とした勝てる宣言に、オータムは片眉をピクリと動かして反応を示した。だが、所詮は小僧の戯言だと脳内で処理したらしい。ガキの相手は疲れるぜ―――とも言いたげな様子から、一夏は自らが軽んじられている事を察する。それで良い、せいぜいナメてろ―――ひと泡吹かせてやるよ。そう心に抱き、迫りくるオータムを待ち構えた。

 

「うぉらっ!でやぁああああっ!」

(……見える)

「なっ……!?このっ、クソガキが!」

(……防げる)

(…………!?ど、どうなってやがる……!)

 

 6本の装甲脚と、手元に呼び寄せた2本のカタールを器用に操り、オータムは手数に任せた連続攻撃を仕掛ける。いつもの一夏ならば、あるいは押し切られていたであろう怒涛の攻撃。しかしどうだろうか。白式の腕部や使える装甲は使いつつだが、そんな攻撃を捌き切っているのだ。

 

 一夏の静かな怒りの影響か、はたまた……。とにかく、今の一夏には見えていた。装甲脚の迫るタイミング、コース、その他諸々―――全てが手に取るように。まるで人が変わったような動きの変化に、オータムは動揺を隠せない。そこから生まれる僅かな隙を、一夏は見逃さなかった。

 

(反撃、できる!)

「何ぃっ!?」

「そこだああああっ!」

「ぐおあっ!」

 

 僅か。本当に僅かとしか言い難い程に、オータムの操る装甲脚の足並みが乱れた。その瞬間を狙い、一夏は雪片を太刀筋もクソもないフォームで振りかぶる。雪片と装甲脚はカチ合い、思い切りの良さから雪片に軍配が上がった。まるでパリィされたかのように弾かれたアラクネは、グラリと後方に大きくのけぞる。

 

 紛れもないチャンスだろうと、一夏に油断はない。至近距離だろうがスラスターを大きく吹かし、一気に前へと飛び出た。そしてオータムとすれ違う刹那、アラクネの腹部辺りを斬り裂く。今度の太刀筋は綺麗そのもの。空をなぞる雪片の軌跡がなんとも美しい。

 

「まだだ!」

「うおっ!?」

「アンタは強い、それはすげぇ解るよ。だから―――小細工も大細工もするしかないだろ?」

「っのガキ―――」

「ぶっとべ!」

「がああああっ!?」

 

 大きく前へ出たと言っても、PICですぐ止まれるよう計算された出力に一夏は抑えていた。ズシンと大きな音を立て、白式の足が設置するのと同時に勢いよく反転。グラつくアラクネを支えていた残った2本の装甲脚を、無慈悲にも救い上げるように切り払う。

 

 それに伴い、アラクネは見事にダウンしてしまう。そしてその間に白式を優しく宙へ浮かせ、無防備となった背中に左手を添える。雪羅の形態は、レールガンモード。オータムが大勢を立て直そうとした時にはもう遅い。一夏は雪羅の引き金を引き、高威力の荷電粒子砲をゼロ距離で放った。

 

 一夏の宣言通り、アラクネは大きく吹き飛んでいく。とは言っても、その特異なディティールのせいか浮く事はなく地面をスライドしつつだが。先ほど一夏が倒したロッカーを更に蹴散らしつつ遠くへ行ってしまうその様子は、何処かボーリングをほふつとさせた。

 

「―――ソが……。このっ……クソガキがああああっ!ちょっと遊んでやったら調子乗りやがって!殺す……殺す、殺す殺してやる!絶対にぶっ殺してやらああああっ!」

「……なるほど、普段の俺はこんなだったわけだ。ハッ……そりゃ上手くいかないに決まってるよな」

「うぉらああああっ!!!!」

「ただ俺も―――そろそろ少し、爆発させてみるか」

 

 ゆっくりとアラクネを立ち上がらせたオータムは、泣く子も黙るかのような殺気と共に叫び散らす。格下で、それも男に無様な姿にさせられたとなると、彼女はプッツンしてしまうだろう。一夏から言わせれば、それがダメなのだ。今まで自分がそうしてきたと思うと、どうにも自嘲じみた表情を浮かばせざるを得ない。

 

 しかし、やはり負の感情も時として力となる。何度も言うが、一夏も怒っていないわけではない。しかし、今の状態は怒っているからこそ、確実に倒さねばならないという感情の制御からくるものだ。だが、オータムがかつての自分のように怒りを露わにするというのなら、一夏も少し、ほんの少しだけ爆発させる決意を固めた。

 

 オータムが雄たけびと共に攻撃を再開させたと同時に、一夏も動き出す。今度の攻撃はある意味先ほどよりも厄介かも知れない。とにかくやたらめったらエネルギーネットと装甲脚固定砲を乱れ撃ちしているのだ。狙いなんてあったもんじゃない攻撃を、一夏は鍛えたマニュアル操作で掻い潜る。

 

(問題ない……避けられる!楯無さん、ありがとな!)

「クソが、ちょこまかちょこまかと鬱陶しいガキめ!」

(この動きって、確か……)

 

 一夏はオータムの周囲を旋回するように移動して、ジワジワと旋回の輪を狭めて距離を詰める。シチュエーションは異なるが、黒乃はこの動きにどうにも見覚えがあった。それは原作において、一夏が捕まる寸前の動作に酷似しているではないか。

 

 楯無が一夏に仕込んだのは、雪羅の、特に荷電粒子砲形態の有用な扱いに関してだ。単純に一夏が遠距離からソレを撃った場合、命中率は限りなく低い。ならばどうするか、接近して撃ってしまえば良い。最初から荷電粒子砲を遠距離武器と思わなければ良い。

 

 だからこそ楯無は、複雑なマニュアル操作を一夏に叩きこんだのだ。接近する技術を磨けば、それは零落白夜を当てる技術にも繋がる。この動きはその一端。相手の周囲にまとわりつくように旋回し、隙を突いて瞬時加速で接近―――攻撃という流れだ。しかし―――原作ではこれを狙って捕まってしまうのだ。

 

(ダメ……ダメだよイッチー!このっ、はがれろよ……私は、イッチーを手伝うって決めたのに!)

「今だっ!うおおおおっ!」

「ハッ……かかったなクソガキィ!」

 

 一夏を捕らえられてたまるか。黒乃は自分本位の考えは放棄し、本気で一夏を助けたいと暴れて見せる。だが、エネルギーネットは刹那込みでもびくともしない。そうこうしている間に、ついにその瞬間が訪れてしまった。一夏はタイミングを図り瞬時加速、猛スピードでオータムへ突っ込んでいく。

 

 しかし、それまで周囲を攻撃し続けたオータムは、その手をピタリと止めた。攻撃開始しばらくは本気で狙いを定めずに行動していたオータムだったが、途中からは演技が含まれていたのだ。オータムは一夏の方へ手をかざし、エネルギーネットを射出し一夏を捕縛―――

 

「かかったのは……アンタの方だ!」

「なっ、こっ……この動きはまさか!?」

QIB(クイック・イグニッションブースト)!?)

 

 黒乃の知っている光景とは違い、急に一夏は方向転換して見せた。エネルギーネットを触れるギリギリまで引きつけ、その手前で真横に瞬時加速。そう、この動きは―――紛れもないQIB(クイック・イグニッションブースト)だ。一夏はオータムが冷静であろうとなかろうと、初めからこれを狙っていた。

 

 QIB(クイック・イグニッションブースト)の原理としては、常にダダ漏れのエネルギーを放出し続ける雷光からエネルギーを取り込む。更に瞬時加速をした際に数割のエネルギーが循環、再利用される。これにより刹那は連続の瞬時加速を可能にするのだ。無論、白式にそんな機能はない。だから一夏は、少しだけ細工を施した。

 

 白式が二次移行したことにより、ウィングスラスターは2枚増えて計4枚に。一夏はまずこのうち2枚を使って瞬時加速、オータムに真っ直ぐ突っ込んだ。そして残った2枚で瞬時加速。つまり、4枚のスラスターを2枚ずつ交互に使ってQIB(クイック・イグニッションブースト)を再現したのだ。しかし―――

 

「馬鹿な!刹那と違って、白式に身を守る機能なんざ―――」

「ああ、ねぇ。そんなモンねぇよ、俺の白式にはさ。けど―――アンタを倒せるんなら、こんくらい安い!」

 

 そう……刹那には連続で瞬時加速をする為、操縦者を保護する機能もある。具体的に言えば、瞬時加速を行った際に一瞬だけバリアが張られるというもの。一夏は今のQIB(クイック・イグニッションブースト)で、肋骨を無事ではないレベルで負傷している。痛いと叫んでしまいそうなのをグッとこらえ、ついに一夏は―――秘めた怒りを爆発させる。

 

「少しだけ、やつあたりさせてもらうからな」

「くっ……!」

「まずは―――怖い思いをした黒乃の分!」

「なっ、なにぃいいいい!?」

 

 無防備となったアラクネの懐に潜り込んだ一夏は、ビシッと左手の指先をそろえる。そして雪羅をブレードモードへ変形。高出力のエネルギーブレードを形成し、苦し紛れの防御を見せたアラクネの装甲脚3本を切り落とした。これによりアラクネはバランスを崩すが、瞬時にPICを制御してなんとか態勢だけは保つ。そう、態勢だけは。

 

「次っ!連覇を台無しにされた千冬姉の分!」

「クソッ、クソが!どうなってやがる……気合でどうこうの問題じゃねぇはずだろ!?」

 

 次いで一夏はアラクネの反対方向に回り込み、またしても防御に使われた3本の装甲脚を切り落とす。完全に蜘蛛型というコンセプトを殺されたアラクネは、なんとも見るも無残。PICで浮きつつも完全に支えを失ったアラクネは、ガクリと前方によろけ、そして―――

 

「そしてこいつは―――俺の大切な2人に辛い思いをさせたお前らに対する……俺の怒りっ!俺の分だああああっ!」

「こ……の……畜生がああああああっ!」

「うおおおおおおおおおおっ!!!!」

「ぐおあああああっ!?」

 

 倒れ込んで来るアラクネの真正面に立った一夏は、ブレードモードを継続させつつ零落白夜を発動させた。雪片弐型は展開し、雪羅のブレードと同じ青白い光を放つ。そして一夏は、雪片と雪羅を交差するように振るい―――二刀流にてアラクネの胸部へと交差する2本の斬り傷を刻む。

 

「ハ、ハハハ……動く、まだ動くぜぇ!テメェだけは生かしちゃ帰さねぇぞ!」

「なにっ!?」

(イッチー!)

 

 これで決まったかと思いきや、ガクガクとした動作ながらアラクネはまだ動いていた。恐らくは、機体が全身装甲であるが故だろう。非常に無様な恰好だが、今のオータムはとにかく一夏を殺す事が出来るなら何でも良い。細長い腕を片方伸ばして白式を掴むと、片方の手にカタールを持ち刺突を見舞う。

 

 現在の白式は、ほとんどエネルギーなんて残っていない。恐らくは絶対防御に回せるエネルギーもないはずだ。となれば、カタールが刺されば一夏は死ぬ。瞬間、黒乃の中で何かが弾けた。一夏を喪いたくないという強い想いが、黒乃を突き動かした。

 

「うわああああっ!」

「む、無理矢理―――引きちぎりやがっただとぉ!?」

(貴女は―――貴女だけは許さない!神翼招雷!)

 

 黒乃は壁と密着した状態ながらも、全力のOIB(オーバード・イグニッションブースト)を発動する。ギチギチ、ミチミチと音を立てながら、やがてアラクネのエネルギーネットは断たれてしまった。そうして続けざまに神翼招雷を発動。かなりのエネルギーを回したのか、雷の翼で天井を斬り裂きながら前へと進む。

 

(とりあえず、イッチーから離れろこの年増!)

「うおおおおっ!?こ、このガキ!」

「くっ……助かったぜ、黒乃!」

(よっし、いくぜ!私のこの手が真っ赤に燃える!家族を救えと轟き叫ぶ!)

 

 オータムに接近し切る前に、黒乃は左腰の鳴神を抜刀して勢いよく投げつけた。まともな移動も行えないアラクネでは回避が困難なのか、オータムは一夏を放り投げてからフリーになった両手にて何とか体勢を変えた。鳴神は、大きな音を立てて地面へと刺さる。

 

 後はもはや黒乃の勝ちのようなものだ。倍加して放出したエネルギー翼は、神翼招雷の効力にて更に倍加しながら刹那の右手へと流れていく。エネルギーの密度の高さを表すかのように、その右手には赤黒い雷が迸る。そうして黒乃は、アラクネの頭部を思い切り掴んだ。

 

(爆・熱!ゴオオオオッドッフィンガアアアア!)

「このっ、離しやが―――」

(ヒィィィィトッエンドォッ!!!!)

「ぐああああっ!!!!」

 

 右手一点に4倍増しのエネルギーを集中させる事により、故意にオーバーフローさせ大爆発。それにより再現した爆熱ゴッドフィンガーは、アラクネのバイザーを砕け散らさせながらオータムを反対側の壁まで吹き飛ばす。露わになったオータムの素顔の一部は、怒りを露わにするかのよう歪んでいた。

 

「クソが……。流石に、ここまでか……!」

「ぐっ、くっ……!逃げた……のか……?」

 

 とはいえ、引き際と言うのは心得ているらしい。アラクネの人型部分と蜘蛛を模した尻部分が分離すると、尻部分が自爆してしまう。凄まじい煙を巻き上げ、密閉空間では少しばかり苦しい。しばらく待つと、2人の目に映ったのは壁に空いた大穴のみ。恐らくは、穴を空けて脱出を試みたのだろう。

 

「けど、なんとかなったな。黒乃、本当にサンキュー。最後はマジで危なかっ―――」

(何とかなったじゃないよ!こんな、こんなおっきい痣を作っちゃって……何とかなったじゃないってばぁ……)

「あ、いや、これはさ……その、ほら、とにかく必死だったから。大丈夫だって、大した怪我じゃない」

「……馬鹿。馬鹿っ……!」

「黒乃……」

 

 呑気な様子を見せる一夏だったが、そうはいかないと言わんばかりに黒乃がISスーツを捲る。すると、やはり肋骨周辺が青紫色に変色していた。これがQIB(クイック・イグニッションブースト)を無理矢理にでも再現した代償である。一夏は黒乃を心配させまいと必死に言い訳を重ねたが、それは逆効果だった。

 

 QIB(クイック・イグニッションブースト)の恐ろしさは、本家本元である黒乃が一番よく知っている。刹那ですら時たま怪我をしそうな時があるのに、それ以外の機体でやるなど言語道断。黒乃はギュッと一夏のISスーツを握りつつ、額を胸に押し付ける。そうして、泣きそうな声色で馬鹿だと一夏を称した。

 

「ああ、そうだな……やっぱ俺は馬鹿だ。けどさ、怪我しないのが賢いんだったら―――俺は一生馬鹿で良い」

「っ…………!」

「今までさ、ずっと言う資格がないと思ってた。けど、そんなの詭弁だったんだなって……。黒乃、俺は……お前の為にならいくらだって辛い目にあってやる」

「どう……して……?」

「俺がそうしたいから。俺が、黒乃を守りたいからだ。どんなに辛くって、痛くたって、黒乃がこうして無事でいてくれたらさ……俺はそれで良い」

「…………」

「だから俺がお前を守る。ずっと、一生、黒乃の傍で、黒乃を守ってみせるから……」

 

 いつしか交わした昴との会話を、一夏はなんとなく思い出していた。黒乃と歩む道は茨の道。きっと、こういう事も含めてなんだろう。けれど、一夏は答えた。その身を挺して黒乃を茨から守ると。きっと、有言実行した結果がこれなのだろう。きっと……こういった事はまだまだ続くんだろう。

 

 いくら傷つこうと、自分を守ると一夏は言った。黒乃ならば、自分の為にそんなに必死にならないでと思うのだろう。本人もそう思っているし、その考えを一夏に伝えたかった。しかし、一夏の言葉が嬉しくてたまらない。自分の為に無理されるのは申し訳ないと思うのに、どうして今は―――

 

(あぁ、もう……ずるい。いつだってイッチーはそうだ。なんでそんなに、私の為に私の為にって……。そんなの、そんなの……!)

「おっと。黒乃……?肯定―――って事で良いんだよな」

(好きになるに決まってるじゃん!)

 

 ついに、黒乃が自らの抱く一夏への恋慕を認めた。いや、事実たった今芽生えたのかも知れない。完全に女性として生きていく決意を固めたのは、ほんの少し前の事だ。どうにも一夏の言葉が、女性の自分として受け止められる。これまでは?マークが浮かんでいた言葉も、全てか弱い乙女として受け止められる。

 

 それを抜きにしても、やはり黒乃はずっと前から一夏の事を好いていたのだろう。そんな大きな感情を、ずっと心の奥底に追いやって追いやって、そのせいで追い詰められ。だがもう違う。認めてしまえば本当に楽なものだ。黒乃は、何か背負っていた重い物が消え失せるかのような心地だった。

 

 IS学園に来てから、己に心境の変化があったのは自覚がある。しかし、大半が一夏へ向いていた愛情だと思うと、もはや黒乃はどうして良いのか解らない。ただ今は、今だけは……一夏の温もりを肌で感じていたかった。負傷個所を刺激せぬよう配慮しつつ、黒乃は一夏に固く抱き着く。

 

「……温かい」

「ん、そうだな。黒乃とこうしてるとさ、心も身体も温かい」

 

 IS展開中だが、2人の身長差にさほど影響はない。互いの温もりを感じられる程度には、しっかりと密着する事が出来る。何より黒乃は、半端な物ではない充実感に満たされていた。一夏とこうしているだけで満たされる。充実感が、一夏に対する想いを加速させる。だから黒乃は、伝えなければならない言葉があった。

 

「守ってとは……言わ……ない……」

「黒乃……?」

「私……も……貴方と……一緒に……戦う……か……ら……。だか……ら……―――」

「……ハハッ、うん……ありがとう。そうだな、これからも一緒に戦おう。なんたって、俺と黒乃が同時にフィールドへ立った勝率、100%継続中だもんな」

 

 一夏は自分を守ると言う。だが、そんな一夏はいったい誰が守るのか。ならば自分が守れば良い。守って守られる。そんな関係でいられれば、黒乃は強くあろうとしていられるのだ。共に生き、共に戦う。そう、最期の瞬間が訪れるまで。今となっては愛する人となった共に生きる。

 

 息も絶え絶え、声を出すと言う行為すら辛そうで―――それでも伝えたかった黒乃の言葉を耳にして、一夏はそれで良いと思えた。何故なら、やはり自分にとって黒乃はなくてはならない存在だから。そんな存在が自分と一緒に戦ってくれると言うのなら、一夏はもはや誰にも負ける気が起きない。

 

「い……ち―――」

「うん?」

(あ……れ……?言えない……続きが!?好きって……言えない……!?)

 

 溢れる想いを抑えきれず、黒乃は雰囲気に乗じて己の気持ちを伝えようとした。しかし、好きというたった2字が口に出来ない。それまでなんとか喋れていたのに、口がパクパク開いたり閉じたりするのみ。そうなると原因は1つ、ファッキンゴッドの仕業である。

 

(こ、こ、こ……殺してやるーっ!畜生、マジでふざけんなよファッキンゴッド!ぜってぇ愉悦ってんな!苦しむ私を見て楽しんでんな!?誓った、絶対殺す!ホント殺すーっ!)

「黒乃、もう良い……無理はすんな。お前の気持ちは解ったから」

(いや、解ってないね!だってこれから伝えようとしてんだもん!……けど、まぁ、良いか……今はね。も少し、も少しだけ……イッチーにギュッとされとこ……)

 

 一夏の腕の中という事も忘れて、内心で絶対に聞かせられない物騒な罵詈雑言を並べる。ギリギリと歯噛みして悔しがっていたが、一夏の腕に込める力が強まると、逆に黒乃の緊張は解きほぐれていった。黒乃ははふぅと溜息を吐くと、猫のようにじゃれつく。とにかく今は、一夏の温もりを堪能する事に従事する事にした……。

 

 

 


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