八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第73話 亡国の女郎蜘蛛

「いってぇ……。黒乃、大丈夫か?」

(いつも通りイッチーが守ってくれたもん。平気だよ)

 

 アリーナの地表から2人が引きずり込まれた場所は、割と高低差が激しい。一夏は思い切り尻から着地したが、持てる筋力の全てを黒乃を抱えている腕に集中させた結果である。黒乃が感じたのは多少の揺れ程度のもので、完全なるノーダメージ。怪我がないという確認が取れると、一夏は優しく黒乃を降ろした。

 

(はぁ、また邪魔が入ったか……)

(イッチーってばお疲れだね……って、これ……!?)

「ん?あ、ホントだ……擦り剥いちゃってる。けっこう転んだりしたからな、ハハッ」

 

 運命の悪戯か、黒乃に想いを告げようとすると必ず邪魔が入る。実際のところ神が介入している可能性も捨てきれないが、そんな事を知る由もない一夏はやるせない気分と共に身体を脱力させた。そうやって気を抜いたところで、黒乃はある事に気が付く。一夏の右手側面付近が擦り切れ、血が滲み出ているではないか。

 

(ハハじゃないよ、黴菌でも入ったら大変なんだからね!)

「そんなに心配しなくっても大丈夫だって、このくらい唾でも付けとけばなんとかなるさ」

(そう……唾を付けとけば、ね。じゃあ―――私がやっても問題ないでしょ?)

「っ!?くろ……の……?」

 

 周囲からすれば黒乃の無表情のせいで怪我を凝視している程度にしか感じないはず。しかし、やはり一夏には自身を案じてくれているのだと理解ができる。それが解るから、一夏は心配するなという姿勢を見せる。事実怪我もそう大した事はないのだが、黒乃は何処か一夏の言葉が気に食わない。

 

 自分でも何をやっているのかと、そう思いつつではあるが……一夏の怪我を舐め始めた。丁寧に、まるで怪我を愛でるかのように。舌を這わせ、唇で吸い付き、時にはそれを同時に行う。静かな通路に黒乃の発する小さな喘ぎ声と水音が響き、一夏の理性を破滅へと誘う。

 

「んっ……」

(マズい……マズい!マズい!マズい!これはマズい!)

 

 五感が総動員して、黒乃の行動を快楽へ変えていく。舌が人肌に温かく心地よい。僅かにもれる黒乃の声が脳を蕩けさす。黒髪が揺れるたびに香る匂いに気が遠のく。黒乃の献身的な様子が目に毒だ。……むしろよく耐えている方だろう。だからこそ一夏は、耐えられる内にストップを促す。

 

「待て黒乃、何やって……!」

(何やってって……そんなの、私が1番解らないよ……。なんか、こうしないといけない気がするから……)

「いや、ほら……そう!汚いかも知れないし、黒乃に何かあったらそっちの方が俺は―――」

(……汚くないよ。イッチーのは全部、汚くなんかない……)

(……なん……でだ……!どうして止めてくれないんだよ!)

 

 流石の一夏も、こういった場合は黒乃が何を考えているのか解らない。止めても聞かない場合の対処法はあるにはある。しかし、それは単に力づくで止めさせる程度の事だ。それは黒乃の気持ちを蔑ろにするような気がして、一夏はその選択肢を選べない。そうして結局は考えも纏まらず、タイムリミットが訪れてしまう。

 

(あぁ……なんかもう、どうでも良い)

 

 一夏は何も考えられなくなってしまった。いや、正確に言えば考えてはいる。だがそれはとてつもなく歪な、それでいてとても私欲的な考え。今自分の傷を舐めているその舌に、己の舌を絡ませ、蹂躙させ、支配し、屈服させてしまえば、いったいどれほどの快楽が得られるだろう……と。

 

「黒乃」

(だーめ、何言ったって止めてあげない)

 

 急に真剣なトーンで名前を呼ばれ、黒乃は慌てず騒がず諭しに来たのだと解釈した。それが一夏にとっての最終確認だという事に気が付けない。目を閉じて一夏の怪我を舐めている為、視覚から情報が入らないのも大きいのだろう。そして一夏は、やはり止まる気のない様子の黒乃にほんの少しだけ頬を緩ませ―――

 

「だーっ、もう我慢ならねぇ!本当はもう少し様子を見るつもりだったが、ほっといたらイチャコライチャコラとガキ共ぉ!お前らなんだマジで!普通は誰に引きずり込まれたとか話題に出すのが筋じゃねぇのか、えぇ!?」

「……巻紙さん?」

(…………あっ、この人の存在を完璧に忘れてた……)

 

 ―――たところで、豪快かつ豪胆な声が響いた。そちらを見やると、一夏には見覚えのある人物が1人。先ほど1組教室に顔を出していた巻紙 礼子である。しかし、何やら様子がおかしい。白式へ武装提供の話を持ち掛けられた時点で良い印象は受けなかったが、少なくとも落ち着きのある大人な女性と記憶していた。

 

 それがどうだ、今の彼女は落ち着きなどは影も形もない。名を呟く事で一応の状況整理を行った一夏は、手早く纏めにかかる。様子見、誰に引きずり込まれた―――この2点を自ら口にするという事は、つまりはそういう事なのか?そうであってほしくはないと思いながらも、一夏は礼子に質問を投げかけた。

 

「アンタ、いったい何者なんだ?」

「何モンだぁあ?ハッ、悪の秘密結社―――その構成員ってところだよ!」

「っ……!?白式!」

 

 率直に正体を鮮明にする為の質問は、端的な回答が得られた。……と同時に、礼子の着ているレディーススーツの背中を引き裂き、シャープな脚のような物体が飛び出てくる。それが何かと確認する間もなく、足先は一夏目がけて鋭く突き出された。生身のままでは回避不能。瞬時に判断した一夏は、バックステップと共に白式を展開。しっかりと黒乃を抱きかかえて後退した。

 

「かぁーっ、マジでイライラさせやがる!さっくり殺させろよなぁ……ったく。いや、何よりテメェらの庇い合いがドタマに来るぜ!」

「……ああ、そうかい。ならたっぷり見せつけてやらないとな、黒乃」

(いや、煽っちゃだめだよバカチン!かませだとか小者だとか巷で噂だけど、実際戦ったらこの人かなり強いはずで―――)

「ほぉ~そうかい。ならそのお姫様からぶっ殺してやらぁ!どのみちテメェは殺せって言われてっからなぁ、藤堂 黒乃ぉ!」

(どしぇええええ!?何もしてないのにタゲ取りしちゃってるよぉ!)

 

 外すのは想定内だったが、一夏がすぐさま黒乃を助けにかかったのが気に入らないらしい。礼子は血が出るのではないかという程に頭を掻き毟って見せた。大好きな人を守りたくて何が悪い。そんな感じでイラつきを覚えた一夏は、言葉通り見せつけるようにして黒乃を強く抱き寄せる。

 

 黒乃の気のせいでなければ、礼子の頭からブチリと何かが切れる音が聞こえた。すると不敵に笑ったかと思えば、末恐ろしい形相でターゲットはお前だと宣言されてしまう。おかげで殺害命令が出ているのは聞こえなかったらしい。黒乃は慌てて一夏の腕から降りると、すぐさま刹那を展開。

 

「ヘッ、守られるだけの私じゃねぇってか。良いぜ、そうじゃなきゃ面白くねぇ!」

「これは、本当にISなのか……!?」

(気ぃつけてイッチー……かなり理にかなった構造だから)

「さぁて、改めて自己紹介といこうか。私の名はオータム。秘密結社―――亡国機業のオータムだ!よろしくなぁ、クソガキ共ぉ!」

 

 それまで1本のみ生えていた脚が、1本、また1本と次々と露わになる。8本で打ち止めとはなったが、今度は蜘蛛の尾部にも似たパーツが生え、オータムの全身を装甲が包んだ。蜘蛛に似た、と言うよりはもはや蜘蛛そのもの。人と蜘蛛が一体化したような、異形のISがそこに居た。

 

 一夏が驚いている間に、オータムは行動開始。8本の脚をガシガシと動かし迫る奇妙な走行法を見せると、速度が乗ったまま脚の内1本を振り上げる。装甲脚とも呼ばれるソレは、足と武器を併用した仕組み。つまり、先端には確と刃が備わっているのだ。

 

「おらよっと!」

(ぐっ……!)

「黒乃!」

「真面目に受けてちゃ話になんねぇぜ。ソラソラソラソラぁ!」

(わっ、たっ、ちょっ、ちょっと、タンマ!)

 

 オータムの攻撃に合わせ、疾雷と迅雷を抜いた黒乃は1本の装甲脚による攻撃を見事に防いだ。しかし、安心したのもつかの間。矢継ぎ早に6本の装甲脚を用いた連続攻撃が繰り出される。タンマと言いつつクリーンヒットなしで防ぎ続けているのだが、黒乃は後退を余儀なくされていた。

 

「それ以上やらせるか!」

「ちったぁ頭使いなよ!私が何も考えずにこの場を選んだわきゃねぇだろうが!」

「なっ、しまっ……!?うぐっ!」

(わぁっ!?)

 

 指をくわえてみているだけの一夏ではない。雪片を展開し、後方から猛スピードでオータムへと迫る。そのまま背中を斬ってやろうという目論見は、儚くも不発に終わった。オータムは瞬時に黒乃への攻撃を止め、勢いよく装甲脚を床へと突き刺した。その脚を支点にするようにして飛び、今度は壁に張り付いたのだ。

 

 目の前で攻撃目標を失った一夏は、それまでオータムの正面にて交戦中だった黒乃に突っ込んでしまう。この場を選んだ利点とは、単純に狭さだ。IS1機でも狭いと言うのに、それで満足に実力が発揮できるはずもない。対して蜘蛛型ISは、逆にこの狭さを生かした戦闘が可能のようだ。これだけでも雲泥の差が生まれてしまう。

 

「おいおいみっともねぇ、二次移行したISが泣いちまうぜ。ま、このオータム様とアラクネを前にしちゃ仕方ねぇかもだけどな」

「くっ、悪い黒乃……」

「今は違う」

「ああ、そうだな。今は―――少しでも広い場所に出るのが先決だ!」

「追いかけっこがお望みかい?なら……せいぜい逃げまどえよっ!」

 

 とにかく長細い通路で戦い続ける限り勝機は薄い。2人はオータムに背を見せる事を躊躇わず逃げに徹した。壁からはがれて床に降り立ったオータムは、相変わらずワサワサと装甲脚を動かして追跡を開始する。無論、その間も攻撃の手は緩めない。アラクネの装甲脚固定砲が、荒々しく火を噴いた。

 

「近距離で受けない限りは、そう脅威にはならなそうだな」

(うん、このまま逃げるの続行!)

「チッ、ちょこまかと!やっぱ遠距離戦は性に合わねぇぜ……」

 

 狭い分回避はあってないような最小限のものしか行えないが、それでもエネルギーの減りは乏しい。一目散に距離を開けたのが功を奏したようだ。構わず逃げる2人に苛立ちを募らせるオータムは、射撃が苦手だとぼやく。しかし、全く効果がないわけでもない。射撃は継続させつつ追跡も怠らず。そんなチェイスを続けていると、やがて広い場所へと出た。

 

「ここは……更衣室?そうか、ここと繋がってたのか」

(ロッカーとか障害物も多いけど、廊下よか全然ましっす!)

「……っと。もう逃げなくて良いのかい?ここなら私に勝てますってか。もしそう考えてんだったら……甘めぇ、甘めぇ、甘めぇ!」

 

 追いつつ追われつつ辿り着いたのは、一夏が先ほど着替えを行った更衣室だ。2人が足を止めたという事は、それが自信の裏付けであるとオータムは捉えた。彼女からすればちゃんちゃらおかしい話である。バイザーの下でニタリと笑みを浮かべ、オータムは攻撃を開始。まず初手は―――装甲脚を生かした大ジャンプ。

 

(どぉわ!やっぱり私!?ぐっ、こうも間合いを詰められると―――)

「お得意の連続瞬時加速はどうしたよ。ハッ……したくても出来ねぇよなぁ!」

(うっ、やっぱりバレてる……。だからそんな自信満々だったのかな?)

「テメェとその機体は空中でこそ戦える。広いっつってもこんな閉鎖空間じゃあ……思った通りに動けねぇだろ!」

(あっ……!?ヤ、ヤバ……どうしよ、足、止めちゃったせいで……厳しっ……!)

 

 1回のジャンプで間合いに入られた黒乃は、疾雷と迅雷での反撃を仕掛けた。その行動を見たオータムは、やはりか!……と、嬉しそうに微笑む。疾雷と迅雷はあっけなく2本の装甲脚に防がれ、棒立ちのまま波状攻撃に成す術を見いだせずにいた。そう、普段の黒乃ならば100%QIB(クイック・イグニッションブースト)での緊急離脱を選ぶ。

 

 しかし、オータムの指摘通りしたくても出来ないのだ。気休め程は広くなった戦場だが、やはり刹那からすれば狭すぎる。出力を誤れば、そこらかしこに激突してしまう事だろう。そこから生まれる隙に配慮するならば、やはりQIB(クイック・イグニッションブースト)を使うという選択肢は排除されてしまう。

 

 そうやっていつもの逃げが出来ない黒乃は、頭上から降り注ぐ装甲脚に防戦一方。ついには膝をついてしまうところまできてしまった。するとオータムは、アラクネの両手にカタールを展開。攻撃がより苛烈さを増し、黒乃がいよいよ限界寸前まで来てしまう。

 

「黒乃から離れろ!」

「解り易くてありがてぇぜ。言ったろ、頭を使えってんな」

「何っ!?」

「私が何本同時に脚を動かしてっと思ってんだ?操作技量は並みじゃねぇんだよ!」

「カハッ……!」

(イッチー!)

 

 一夏が援護の為に斬りかかると、オータムはすぐさま黒乃に攻撃している6本んの装甲脚の内3本を防御に転化。残りの3本と両手のカタールは黒乃への攻撃を続行させているというのに、3本を器用に操って振り払う。それは見事に一夏の胴体へとクリーンヒットし、白式を大きく吹き飛ばした。

 

(このっ……よくも!)

(流石に抜けてくるかよ……!)

(続けて喰らえ!)

「ぐおっ!?チィ……しゃらくせぇ!」

 

 とはいえ、一夏の行動も無駄に終わらずに済んだ。シャキンという音を立て、刹那の膝から霹靂の刃が飛び出す。そのまま雷光を吹かすと、黒乃は膝を曲げた状態でオータムの頭上近くまで躍り出る。装甲脚やカタールは無理矢理蹴散らしてしまったのだ。すぐさま黒乃は掌をオータムへ向け、雷の槍を見舞った。

 

 顔面を狙っていた黒乃だったが、寸前のところで身を躱されてしまう。それでも、雷の槍は見事アラクネの肩装甲へと突き刺さる。更に言えば、オータムを大きくノックバックさせる事にも成功だ。このまま追撃といきたいところだが、今の刹那でそれは厳しい。だから―――

 

「任せた」

「任された!これでも喰らえ!」

「なにっ……!?ぐああああっ!クソが、味な真似をしてくれるじゃ―――」

(言ってる場合じゃないっしょ、オータムさん!)

「ぬぅっ!テ……メェらぁ……おちょくってんじゃねぇぞぉ!」

 

 ―――黒乃は一夏に任せる事にした。ロッカーを蹴散らしながら、一夏はアラクネの背に迫る。勢い良く左手を突き出すと、雪羅の荷電粒子砲を見舞う。その衝撃が雷の槍の衝撃を相殺し、アラクネはガクンと大きく揺れて後退を止めた。頭に来たのか喚き散らそうとするオータムだったが、そうはさせてくれない。

 

 今度はまた黒乃が目の前まで接近していたのだ。疾雷と迅雷は仕舞い、その手に握られているのは紅雨と翠雨。大きなダメージは期待できないが、小さく思い切り振れる2本をチョイスした黒乃は、すれ違いざまに両手の小太刀でアラクネに確実へとダメージを与える。たまらずオータムは、またしても大きなジャンプを見せ離脱した。

 

(マ・ジ・で……しゃらくせぇ!報告通りだ、畜生め……。このガキ共、打ち合わせも無しでサクサクコンビネーションを整えてきやがる!)

 

 普段は思い違いばかりだが、こういう時に限って2人のシンクロは素晴らしい。亡国機業も大いに警戒をしているようで、ギリリと歯噛みした。だがそれは一瞬の出来事だった。勇猛果敢に挑んで来る黒乃と一夏には、必ずしも有効打になるであろうワードを思い出し、悪魔のような微笑みを浮かべる。

 

「ヘッ、ちったぁやるようになったんじゃねぇかぁ?無力だったあの頃と比べてな」

「……どういう意味だよ」

「私は実行犯じゃねぇが、初めましてじゃないんだぜ。ウチの組織とテメェらはよぉ!」

「……っ!?まさか、お前ら……!」

(むぅっ、イッチーにこれ以上聞かせるのはマズいよね!)

 

 変則的ではあるが、黒乃は原作におけるワンシーンを思い出した。だからこそ一夏に聞かせてはならないと、オータムが喋りきる前に攻撃を仕掛ける。よほど聞かせてはならないという想いが強いのか、紅雨と翠雨、そして両肘と両膝の霹靂を駆使し、6本の装甲脚相手に互角の手数で火花を散らす。

 

「ハハハ!やっぱ思い出したくもねぇようだな、それなら都合が良いぜ」

(ク……ソ……!妨害、し切れない!)

「第2回モンド・グロッソで起きた誘拐事件、ありゃ私らの仕業だ!私ら亡国機業のやった事なんだよ!」

「やっぱりか……。お前らが……お前らがああああっ!」

「ダメッ!」

 

 必死の妨害も空しく、オータムは喋る余裕を存分に残していた。意気揚々と、何処か楽しそうに真実を告げる。オータムの発言は、一夏の怒りの導火線に火を着け一気に爆破させた……が、すぐさま鎮火されてしまう。黒乃の短いダメという言葉に反応を示した一夏は、とりあえず突っ込むのを思いとどまった。

 

「チッ、余計なまねを!」

(あうっ!?)

「黒乃!」

 

 一夏を誘う作戦をたったひと言で台無しにされ、オータムは激高した。それまで防御に徹していたが、装甲脚を1本の束にして黒乃を殴りつける。地面に叩きつけられた黒乃だったが、吹き飛ばされスライドしつつも頭の上下を入れ替え、金切り音を鳴らしながらブレーキをかけた。

 

「……あぁ、そうそう思い出した。お前は確か強姦されかけたんだっけか。喜べよ、あの2人組はまだ現役だぜ?」

(だ……だから何さ!)

「気が変わった、テメェは生かして連れて帰る。せっかくだから2年越しに犯してもらうと良いさ!もっとも、今度はもっと大量の男を相手しなきゃなんねぇだろうけどな!ヒャハハハハ!」

(…………!あ、あれ……?手……震えて……)

 

 2年経とうが鮮明に思い出せてしまう。あの男2人の下卑た視線……。忘れた気になっていた。気にしないふりをしていた。しかし、堂々とそう宣言されてしまうと、黒乃の身体は自然に震え始めてしまう。乙女化の進行度合いが緩かったのならば、きっとまだ平気だったはず。

 

 だが今の黒乃は、ほぼほぼ純朴な乙女そのもの。いくら持ち前のマゾ気質があろうと、男達に無理矢理犯されるところなんて想像してしまえばそれはもう……。負けない限りそんな事態にはならないと、必死に幻影を取り払おうとする黒乃だったが、時すでに遅し。

 

「捕まえたぜ!」

(いぃ!?し、しまった……!)

「そりゃ怖いよなぁ、仕方ねぇ事だと思うぜ。ハジメテは大事な人に捧げる予定だもんなぁ?」

 

 アラクネの掌が黒乃へと向けられると、そこから何かが飛び出た。それは黒乃の手前で弾けるように広がり、刹那ごと巻き込んで壁まで止まらない。そして、広がったそれはそのまま壁へと粘着する。その全体図は、捻りがないと言って良いほどに蜘蛛の巣そのもの。オータムは、捕らえた黒乃にそう告げながら近づいていく。

 

(ヒッ!や、やだ……寄るな!こっち来るな!やだ、やだ、やだ……だって、私の初めては―――)

「おい」

「……あん?なんだよ、お前の相手は俺だってか」

「解ってるなら早く来いよ」

 

 オータム呼ぶ一夏の声は、どこか静かで鋭い。獣のような野性味は感じられず、声をかけられた方は違和感を覚えた。それでも気にするほどの事ではないと、煽るような口調は継続させる。振り向いたオータムが目にしたのは、雪片を構える一夏。黒乃が捕まっているのに、やはり冷静そのものだ。

 

「冷たいねぇ、大事なお姫様が捕まってるってのによ」

「……怒ってないわけじゃないんだよ。本当は殺してやりたいくらいにお前らが憎い」

(イッチー……)

「けど、常に怒り散らしてたんじゃお前達は倒せない。……黒乃がいつも俺を制御してくれてんのにな。結局、俺がキレた結果が今の黒乃だ」

 

 黒乃が捕まっても冷静な態度を崩さない一夏を、オータムは冷たいと評した。しかし、相変わらず静かにそう返答して見せる。要するに、一夏はスタンスを変えにかかったのだ。常に燃え上がるような怒りではなく、静かに揺らぎ……瞬間的に爆発させる。そうせねば、最高のパフォーマンスなど発揮できない。

 

「だから、もうそういう幼稚なのは止めだ。俺はアンタを倒す。アンタを倒して、黒乃を助ける」

「ハッ、んな気の持ちよう1つで負けてたまるかよ!かかって来いよクソガキぃ!」

「黒乃」

(はっ、はい)

「今助けるからな」

(ふぇっ!?あ、え、は……はい)

 

 心境の変化と言うのは大事なものだ。しかし、オータムはそれをくだらないと一蹴する。アラクネの向きを完全に方向転換させ、一夏を相手取る態勢を整えた。だが一夏は、そんな事は気にも留めずに……穏やかな口調で今助けると告げた。まるでもはや障害など取り除いたかのように。そんな一夏の態度は、オータムからすれば大変面白くない。

 

「テメェ……シカトぶっこいてくれてんじゃねぇ!」

 

 

 




オータムさん書いてて楽しいです。
あらゆる意味でパッションしてるからかも知れません。

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