八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第67話 2人の最強

「謎の女生徒のせいで遅れました。」

「遅刻の言い訳はそれだけか?」

「え!?いや、あの、だから謎の女生徒が―――」

「デュノア、前に来い。他の連中にラピッドスイッチの実演をしてやれ。的は……解るな?」

 

 遅刻してくるなりイッチーがそう言うって事は、どうやらたっちゃんが接触してきたみたいだ。うん、まぁ……遅刻の言い訳にはならんかな、最悪無視すりゃ良い話だろうし。かといって、生身を相手に射撃実演は絶対にやり過ぎだと思うけど……。

 

 いつもだったら助けているところだけど、今は気分が乗らない。それ故、ノリノリで前に出て来たマイエンジェルは、リヴァイヴCⅡの武装を次々交換しながらバンバンと撃ちまくる。おぅ……マズルフラッシュと薬莢の炸裂する音が脳に悪いぜ……。しかし、やり過ぎどうこうは別にしてやっぱり見事な交換速度だよな。

 

 で、そんなやかましい開幕をした今日という日の6限目終了まで話は飛ぶ。すげぇ数を収容できるロッカールーム内の喧騒を突き抜け、セシリーが電話に向かってキャンキャン吠えていた。内容を聞いてみると、実弾兵器寄越せとの事。……って事は、あ~……雪羅の盾な。俺はセシリーの通話が終了したタイミングを見計らい、肩に優しく手を乗せた。

 

「あ、あら……黒乃さん。これはお恥ずかしいところをお見せしてしまいましたわ。」

「黒乃にセシリア、どうかしたの?」

「シャルロット、ヒントあげるわ。ブルー・ティアーズ、エネルギー兵器、白式・雪羅。」

「あ、あ~……なるほど。そっか、セシリアには辛い進化のし方をされちゃったよね。」

 

 ヒステリックな様子からエレガントな様子にセシリーがフォームチェンジしたところで、マイエンジェルも話に加わる。セシリアが怒鳴るのは聞こえていたのか、叫ぶ理由はいかほどかと聞きたいらしい。そんなマイエンジェルに、今度はニヤニヤした笑みを浮かべた鈴ちゃんがヒントを与える。

 

 3つのヒントで何かを察したマイエンジェルは、非常に気まずそうに首を傾ける。まぁつまるところ、白式がエネルギー無効化シールドを手に入れちゃったわけで。するとどうだ、エネルギー兵器がメイン兵装なブルー・ティアーズは封殺されちゃうって事。イッチーに完敗した時の事を思い出したのか、セシリアはガクリと肩を落とす。

 

「完全に嫌がらせですわ……。わたくしが何をしたというのです……?」

「天罰じゃな~い?だってアンタ、初め高飛車な態度で一夏怒らせたんでしょ?」

「で、ですから……昔の事を後からそうやって―――」

「ま、まぁまぁ……今それとこれとは関係ないじゃない。そ、そう言えば、黒乃の刹那……赫焉?も無効化されちゃう兵装があるよね。」

(そうそう、まだ実際試した事があるわけじゃないんだけど。)

 

 刹那がセカンドシフトして刹那・赫焉になった際、掌にエネルギー砲が着いたと言っても良い。掌から出す雷の槍は完全に無効化されるかな。けれど、神翼招雷で増幅させたエネルギー波はどうだろう。威力によってはイッチーを滅殺しそうで怖いから試してないだけなんだけど。

 

「く、黒乃さんは悔しくありませんの!?あんな絶大威力のレーザーブレードを無効化されるのですよ!」

「そもそも黒乃は格闘メインだから、使わなきゃいい話なんだけどね~。」

「ぐ、ぐぬぬ……!鈴さん、さっきから何ですか!あまり自分は関係ないからと―――」

「お、良いじゃん。やろうっての?」

「ちょ、2人共止めなよ……。」

 

 ぶっちゃけ、全力どころか神翼招雷を使う気はあまりない。それこそ威力がアホみたいだから……。鈴ちゃんが言う通り、俺はイッチーと戦うなら今までと同じで問題ない。鈴ちゃんがそう指摘すると、なんだかセシリーは悔しそう。そんでまた喧嘩みたくなってマイエンジェルが仲裁……と。ハハ、なんかこの感じも久しぶりだな。

 

「そ、そうだ!この後皆で学食カフェに行こうよ。ほら、一夏も誘って。」

「一夏さんが居るなら辞退しますわ……。」

「同じく。」

「「は!?」」

「え……?え……!?く、黒乃……?一夏が来るなら行かないってアンタ……。」

「えっと、大丈夫……?熱とか―――」

 

 なんですか、なんですかそのイッチーあるところに俺ありみたいなのは。いや、確かに今まではそれを否定できんかも知れんけど、今のオイラとイッチーは気まずいんでぃ。死ぬほど意外そうなリアクションをする2人を少し引き離し、セシリーは何やらコソコソと話しかけた。全部じゃないだろうけど、事情は知っているらしい。

 

(お2人ですが、少しばかり喧嘩中らしく……。)

(こ、この世の終わりよ……!悔しいけどどう見てもバカップルな一夏と黒乃が喧嘩とか!)

(そんな大げさ……でもない気がするのはなんでだろ。でも、2人とも様子は普通だったよ?)

(ええ、どちらも決して怒っているという訳ではないようなのです。ただ、普通の喧嘩よりかえってややこしいと言いますか……。)

 

 コソコソ言ってて良く聞こえはしないが、鈴ちゃんの顔色が悪いのはなんでだろ?それほど心配させてるって事かなぁ。う~ん……なるべく早く関係修復しないとだ。きっかけ、かな。きっかけさえあれば、どうにかこうにか上手い方にもって行けそうなんだけど。

 

「あ゛~ゴホン!そういやここってIS学園なんだし、たまには女の子だけなのも悪くないわよね!」

「僕も鈴に賛成!だからさ黒乃、僕達だけで楽しもう?」

「箒さんとラウラさんも早急に誘わねばなりませんわね!」

 

 ……滅茶苦茶気を遣っていらっしゃる。やっぱこれは申し訳ない。きっかけ云々を言ってる場合でもそうだ。俺のせいで皆がアタックをかける機会が減るかもしれないと思うと申し訳ない。ただ今は、皆の気遣いに甘えることにしようかな……。あ、ジャンボパフェ食べよう。

 

(……で、仲直りできず終いか。)

 

 あれから数日が経過したけど、状況は特に良くならない。かと言って、悪化しているという事もない。このまま平行線なのが1番マズイって気もするけど、やっぱり手が付けられない状態でもあるんだよなぁ。何故かって、たっちゃんが本格始動しているから。

 

「後から出て来て一夏の専属コーチなどと、そう言われて納得がいくはずありません!」

「そうよ、生徒会長だかなんだか知りませんけど?」

「2人共……他の3人にも説明した事を何度も言わせないでくれよ……。」

 

 幼馴染組完全網羅(オールドプレイメイト・ザ・コンプリート)が揃って訓練って話だったんだが、アリーナに向かうなりたっちゃんが居るもんで。まぁこの面子が揃ってるって事は、モッピーと鈴ちゃんが仲とりもとうと気ぃ遣ってくれてのセッティングだったんでしょうね、さっきまでは。専属コーチって話になったら、俺とイッチーの仲直りとか後回しにもなるか。

 

 つまり、ヨーロッパ組は既にいろいろとちょっかいをかけられているんだろう。あ~……そういや妙に疲れた顔した日があったような。わざわざ口に出すのも億劫だったのかもね。まぁ……本気でこの人の相手をしてたら疲れるわな。俺は多分だけど問題なし。この鉄仮面のおかげだネ!

 

「まぁまぁ、学園最強たるお姉さんに任せなさいな。悪いようにはしないし、貴女達を邪魔だって言いたいわけでもないのよ?」

「はぁ~ん、学園最強?それ、アンタ本気で言ってんのね。」

「ええ、まぁね。IS学園の生徒会長は常に最強であれ。ずっと遵守されてきた伝統だし、実際私も―――」

「じゃあ黒乃と戦っても勝つのよね?」

「…………。」

 

 いやいや鈴ちゃん、なんでそこで俺を引き合いに出すのさ。何度も言いますが、俺の無敗は完全なる実力じゃないんだよ?そりゃたっちゃんだって多少は運も持ち合わせてるだろう。けれど、国家代表なんだから大半……というかほとんど実力なはずだよ。

 

「鈴……それは少しみっともないぞ。」

「なによ、じゃあ一夏を好きにされても良いっての!」

「そうは言わんが……。」

「……だけど箒、単純にどっちが強いか気にならないか?」

「む、それも一理あるような……。」

 

 せっかくモッピーが鈴ちゃんを説得しようとしてくれたのに、イッチーの余計な一言で揺らぎ始めてしまったではないか。どっちが強いかって、学園最強って言ってんだから負けるに決まってるじゃん。ついに俺の無敗伝説が幕を下ろす時ですよ。やったね、余計なお荷物が減るじゃない。

 

 それを言ったら、皆が納得するのも含めてたっちゃんと模擬戦をしておいた方が良いのかも。しかし、鈴ちゃんが俺達が戦ったらどっちが強い~と言って以降、なんだか固まって動いていないような気がする。……あ、目が合った。……とりあえず、愛想笑いでもしとく?……できればだけどね。

 

(俺に出来る精一杯のスマイル!)

「……っ!?」

「なっ……!?お、落ち着け黒乃!心を乱すな、冷静になれ!」

「ご、ごめん……ごめんね!アタシが悪かったから!」

「楯無さん!今日のところは下がっててくれ!」

「……わ、解ったわ……。」

 

 え?え?なんすか?なんすか?頬が緩んだと思ったら、皆が血相を変えて俺を宥める。何だろうか、そんな空前絶後な笑みにでも見えたのかな。言っとくけど普通にショックだからね。つーか何?驚くくらい……と言うか引くくらいの笑みって、俺はいつもどんな表情なんだろう。

 

 たっちゃんが居なくなってからも、3人はギャーギャー騒いで落ち着いてだのなんだの言ってくる。はいはいはいはい……落ち着いてる、落ち着いてますから。と言うか頭が冴え過ぎて氷点下いきそうですよ?脳みそやら諸々がカッチンコッチンですとも。

 

「……どうやら問題ないようだな。そんな事よりも鈴……!」

「わ、解ってるってば!本当にアタシが悪かったわよ……。ごめんなさい。」

「ちゃんと楯無さんにも謝っとけよ。確実に出て来てたみたいだからな……どうなったか解ったもんじゃないぞ。」

 

 落ち着いているのを察してもらえたらしく、皆はようやく騒ぎを収束させた。するとモッピーは、鈴ちゃんが俺にたっちゃんをけしかけようとしたのを責める。こんなしょんぼりした鈴ちゃんは初めて見る。何もそこまで思いつめなくったって良いんじゃよ。

 

 でもその後に続いたイッチーの言葉はちょっと意味解んないですね。出て来たって何が?どうなったか解ったもんじゃないって何が?……まぁ良いかー気にしなくても。聞けないからスルー安定ってね……。それで、今日のところはこれでお開きって事に。たっちゃんがどっか行っちゃったせいでしょうか。

 

 そうして更にあくる日。朝目覚めて食堂へと向かおうと歩を進めていると、長い廊下の先でたっちゃんが姿を現した。なんというか、随分と堂々とした出で立ちだが……何かあったのかな。明らかに俺に用事みたいだから立ち止まってみると、たっちゃんは思いもよらない言葉を放った。

 

「黒乃ちゃん、戦いましょうか……私と。今日の放課後、第2アリーナで待ってるから。」

(……えぇ……?)

 

 たっちゃんはそれだけ言うと、俺の方も見向きもせずに立ち去っていく。ただ開かれた扇子には、宣戦布告の文字が刻まれていた。えぇ……?本当にもう、えぇ……?なんであないな真剣な様子で言われんとアカンのやろ?……やるしか、ないか……。朝っぱらから胃が痛くなるのを感じた俺氏だった。

 

 

 

 

 

 

「事は順調に運んでいますか?」

「まぁね。不安定要素が2つほどあるけど、今のところは問題ないんじゃないかしら……。」

 

 放課後の生徒会室でくつろいでいると、私の専属メイドである虚ちゃんがそう話しかけて来た。一夏くんも安い挑発に乗ってくれたおかげで、勝ったら私が鍛えるという賭けも見事に成立っと……。部屋に押しかけたりしたのも織斑先生には事前に協力を仰いでるし、何より彼自身の為でもあるし。

 

 2つの不安定要素と言えば、黒乃ちゃんと近江先生ね。黒乃ちゃんはこの間の接触で放置OKと言うのが解ったけど、近江先生はそうはいかない。十蔵さんは、黒乃ちゃんが味方の内は心配ない……って言ってたけど、私にはそうは思えないのよねぇ。

 

 彼、腹の底にあるドス黒い何かを隠そうともしないから性質が悪いわ。おかげで何処までが本心か、より解り辛い。まぁ……あれで全部見せたってわけではないと思うけど。そもそも同族嫌悪って奴なのかしら?なんとなく彼とはお近づきになりたくないというか……。まぁ、私の立場上そうは言ってられないのだけれど。

 

「そうですか、では余裕があると捉えて結構ですね。こちらの仕事も順調にお進め下さい。」

「げっ!いや、あの……ね?それとこれとは話が別って言うか―――」

「何か?」

「何でもないです……。」

 

 そう言って虚ちゃんが会長用デスクに置いたのは、私が溜めた生徒会長として処理すべき書類の山。この表の顔と裏の顔の両立がねぇ……なかなか難しいのよ。それをなんとか虚ちゃんに解ってもらおうと尽力してみるけど、結果は惨敗……。時々だけど、主従が逆転する時があるのは気のせいかしら?

 

 う~ん……どうしましょう。冗談抜きで、この後は一夏くんの指導で忙しいのだけれど。でもこの様子を見るに、それを理由に退席させてはもらえなさそうね……。くっ、虚ちゃんの淹れた紅茶飲みたさに生徒会室へ寄ったのがそもそもの間違いだったなんて……!……冗談はこのくらいにして、どうこの状況を乗り切ろうかしら。

 

「やっほ~。」

「あら本音、珍しいわね……。」

「あ~お姉ちゃんひっど~い。私もたまには真っ直ぐ来るよ~。……お仕事するかどうかは別だけど~。」

「貴女ね……ここは遊び場じゃないの。もっと布仏の者として自覚を―――」

 

 私がどうした物かと思案していると、何ともゆるふわな雰囲気を纏った女の子が戸を開いた。その子は布仏 本音ちゃんと言って、虚ちゃんの妹にあたる。しっかり者な虚ちゃんとは対照的に、非常にマイペースな子。本音ちゃんが生徒会室に来るとなると、ほとんど休憩のためとしか機能しなくなるものねぇ。

 

 こうやって虚ちゃんに説教をされ、そうしてお仕事をしてくれる時はあるのだけれど……。うん、責めてるわけじゃないのよ?けれど、仕事が増えてしまう事の方が多い。記入ミスとかの後処理とかそこらがね……。まぁ1からやるよりは簡単だし、結局はプラスマイナスゼロってところかしら。

 

 しかし、良いタイミングで来てくれたわ……本音ちゃん。虚ちゃんは説教の事で頭がいっぱいなのか、本音ちゃんに気を取られているみたい。さすれば速やかに隠密、隠密~っと。霧のように立ち消える……フフッ、我ながらミステリアス・レディ(霧纏いの淑女)は伊達じゃないってね。

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん。」

「なに?まだ話は終わってないわ。だいたい―――」

「後ろ、後ろ。」

「後ろ……?……お嬢様。」

「ちょっ、それはないでしょ本音ちゃん!?」

「先に私を売ろうとしたのはたっちゃんでしょ~?」

 

 それはごもっともだけど……ごもっともだけれど!もうあれよ、不機嫌オーラが滲み出ていて虚ちゃんを直視していられない。ここで捕まったら、今度こそ一巻の終わりだと私は悟った。だからいくら後が恐ろしかろうと、隠密を解除して脱兎の如く逃走を図る。

 

「虚ちゃん、解ってくれとは言わないわ。ただね、私のサボりは17代目として必要な事なの!」

「ですから、楯無の名を堂々とサボりの口実に使うなと何度―――ああ、もう……お嬢様ー!」

 

 韋駄天と書かれた扇子を広げて見せると、私は全速力で生徒会室から飛び出た。すると遥か後方から、どうにも困った叫び声が届く。虚ちゃん、追いつけないって解ってるから無駄な努力はしないわよね……。どうせ明日も同じような問答をする事になるでしょうし。……はぁ、今から憂鬱だわ。

 

 だけれど、しょぼくれた様子を1年勢に見せるのはNGよね。私は常に余裕のある生徒会長っていうのを貫き通さないと。あのやりとりも周囲から見ると漫才なんでしょうねー……。さて、そろそろモード切替っと。走った呼吸を整える意味も込めて、ゆっくり歩きアリーナを目指す。

 

 そしていざ着いてみると、一夏くん以外に黒乃ちゃん、箒ちゃん、鈴ちゃんの姿が確認できた。う~ん……一夏くんってば、私の事は説明してくれておいたのかしら?……してくれてないわよね、一夏くんだし。黒乃ちゃんはとにかく、あの2人も大人しくは引き下がってくれないのは目に見えている。

 

 実際に私が姿を現した時点で、敵意にも似た視線を向けられてしまう。対して、私はあえてニコニコとした笑みを浮かべてみる。利はこちらにあると露骨に誇示するのは大事だもの。……近江先生も同じ事を考えてそうね。やっぱり似てるのかしら。

 

「後から出て来て一夏の専属コーチなどと、そう言われて納得がいくはずありません!」

「そうよ、生徒会長だかなんだか知りませんけど?」

「2人共……他の3人にも説明した事を何度も言わせないでくれよ……。」

 

 で、現状を説明するとこんな感じに。全面的に箒ちゃんが言ってるのは正しいのだけれどね。納得とかどうこうとか、そんなのを言ってる暇じゃないのよ。まぁその理由を説明してあげられないのは申し訳ないかしら。今はまだ時期じゃない……なんて、かっこいい言い方をしてみたり。

 

「まぁまぁ、学園最強たるお姉さんに任せなさいな。悪いようにはしないし、貴女達を邪魔だって言いたいわけでもないのよ?」

「はぁ~ん、学園最強?それ、アンタ本気で言ってんのね。」

「ええ、まぁね。IS学園の生徒会長は常に最強であれ。ずっと遵守されてきた伝統だし、実際私も―――」

「じゃあ黒乃と戦っても勝つのよね?」

「…………。」

 

 とはいえ、私だって彼女達と喧嘩がしたいわけじゃない。専属コーチとは言いつつ、私がするのはあくまでアドバイス。お手本を見せる為に貴女達の力が必要だ……みたいな事を言ってみたのだけれど、予想外な鈴ちゃんの返しに、私は思わず固まってしまう。

 

 ……確かに学園最強を名乗るのなら、次代のブリュンヒルデとなるであろう黒乃ちゃんよりも強くなくてはならない。けれど、即座に勝てると返す事が私には出来なかった。彼女は常勝無敗を強いられているわけではない。でも私と黒乃ちゃんが戦えば、確実にどちらかへ土がつく事になる。

 

「鈴……それは少しみっともないぞ。」

「なによ、じゃあ一夏を好きにされても良いっての!」

「そうは言わんが……。」

「……だけど箒、単純にどっちが強いか気にならないか?」

「む、それも一理あるような……。」

 

 なんだか皆して他人事っぽくなってないかしら?……私にヘイト溜まってる証拠でしょうね。唯一の救いは黒乃ちゃんが我関せずの様子を貫き通していてくれた事なんだけれど、この流れでやる気になっちゃってたりしない?私は様子をうかがうつもりで、チラリと黒乃ちゃんに視線をぶつける。すると―――

 

「…………。」

「……っ!?」

「なっ……!?お、落ち着け黒乃!心を乱すな、冷静になれ!」

「ご、ごめん……ごめんね!アタシが悪かったから!」

「楯無さん!今日のところは下がっててくれ!」

「……わ、解ったわ……。」

 

 笑ったのだ。ニヤリと、口をまるで三日月のように歪めて。その瞬間、得体の知れないプレッシャーが私に襲い掛かった。立っているのがやっとのような、そんな重圧……。慌てているけれど皆が平気そうという事は、単体の対象にしかこのプレッシャーは感じられない……?

 

 噂には聞いた事がある。八咫烏の黒乃は笑顔1つで相手を圧倒するって。半信半疑だったけれど、実体験して解った。八咫烏の黒乃は、私が思っている何倍も強く恐ろしい存在……!一夏くんは、私に急いでこの場から立ち去るように命じた。……悔しいけど、今の私にはそれしかできないみたい。

 

「はぁ……。」

 

 4人の見えないところで、私は大きな溜息が漏れた。……と同時に、悔しさが込み上げてくる。今私は、安堵した。黒乃ちゃんの前から逃走できた事に対して、確実に安堵した。何を……そんな、そんなのがあって良いはずないわ!驕り高ぶっているつもりじゃない。けれど、それなりにプライドを持って17代目楯無とIS学園生徒会長をやらせてもらっているの!

 

 謙遜するのは簡単よ、まぐれや生まれでそうなったって……。けれど!それは私がここまで上り詰めたのに関わった全ての人達にとても失礼な事よ……。勿論、私に倒された人達も含めて……。だからこそ私は、責任を持ってその役目を全うする義務がある。けれど、私が取った行動は……?

 

 逃げた。何のためらいもなく、一夏くん達を置いて。もし仮に、もう1人の黒乃ちゃんが獲物を逃した事に逆上でもしたら?確実にその牙は3人へ向いたはず。私は、みすみすあの子達を危険に晒して……。……このままじゃ、いけないわよね。乗り越えなきゃ、今までだってそうしてきたんだから。

 

 翌朝、私はとある決意を固めて黒乃ちゃんを待ち伏せた。朝の時間帯だと食堂へ通じる道が最も確実と判断し、堂々と立ちふさがる。すると奥の方から綺麗な黒髪をなびかせ、待っていた人物が現れた。向こうも私が用があると察したのか、会話のできる範囲で足を止める。

 

「黒乃ちゃん、戦いましょうか……私と。今日の放課後、第2アリーナで待ってるから。」

「…………。」

 

 言いたいことは言ったわ……多分だけど、それで乗ってきてくれるはず。私は宣戦布告と書かれた扇子を見せ、黒乃ちゃんの前から立ち去る。ごめんなさいね、黒乃ちゃん。八咫烏じゃなくて、貴女があまり戦いを好まないのは知っているの。けれど、それでも私は勝たなくてはならない。貴女の中に潜む……もう1人の貴女に。

 

 ……さて、これでもう後戻りはできない。もしかすると、私のIS操縦者の人生も今日でお終いかもね。もしそうなったら……沢山の人に迷惑かける。だから、そうならないためにも……勝たないと。私の全身全霊をもって、あの子に勝たないと。そう、私は固く心に誓う。

 

 

 




黒乃→俺的全力スマイル!
楯無→これが……八咫烏の黒乃!?

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