八咫烏は勘違う (新装版)   作:マスクドライダー

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第65話 夏色アクアリウム(表)

(……わっかんねぇよなぁ。)

「…………。」

 

 あの夏祭りから数日が経過した。シャルを始めとする専用気持ちが全員集合したりと、騒がしくも変わらぬ日常を俺達は過ごしている。そう……問題なのは変わらぬ日常という点について。結局のところ、俺の想いは通じたのか?黒乃のあの言葉……ずっと一緒だという言葉が俺を混乱させる。

 

 再度問いかけるべきだとは思う。しかし、やはり特別な時間と空間でなければそれは難しい。単純に俺がヘタレているだけとも言えるが。……もうすぐ夏休みも終わる。学園に戻ってしまうと、告白するチャンスは格段に減ってしまうだろう。こうなったら一か八か、想いが通じているという体で接してみる!

 

「なぁ、黒乃。」

「…………!?」

 

 先ほどまでリビングから庭に洗濯物を干している黒乃を眺めていた俺だったが、縁側から降り黒乃に後ろから抱き着いた。うわ……腰細……。じゃなくて、今肝心なのはどれだけ照れを露呈しないかだ。思い込め、今の俺と黒乃は恋人同士なんだと。

 

「それ終わったら、今日もどっか出かけるか?俺は黒乃と遊びに行きたいな。」

「…………。」

 

 優し気な声色を作りつつ、抱き着いた状態で黒乃にそう語りかけた。黒乃は前を向いたまま振り返らず、ただただ黙りこくっている。しかし、いくつか変化はあった。黒乃の作業をする手が止まった事と、徐々に耳が赤く染まりつつあるという点だ。これは珍しい反応な気がする……よしっ、このまま続けてみる事にしよう。

 

「どうかな、黒乃が嫌ってんなら我慢するけど。」

「…………。」

 

 この確認を取るのは大事だろう。黒乃が嫌がるならそれはそれだ。家でもやれる事は全然あるだろうし、別に無理矢理な必要性はない。……何を考えているのか、黒乃はやはり回答の意志表示は無しか……。いや、答えられないのか?自分でやっておいてなんなんだが、そろそろ俺も黒乃に抱き着いた状態でいるのは限界に近いぞ。

 

「…………。」

「お、そうか。じゃあこれはさっさと終わらせないとだな。俺も手伝うぞ。」

「…………。」

 

 黒乃はコクリと確かに首を縦に振った。俺はまるで不安から解放されたかのように、パッと気分が明るくなる。デート、黒乃とまたデートだ!ホントに家事なんてしていられない。本当は放っておきたい気分に駆られるが、そこは我慢してやる事は終わらせてという事に。

 

 そして一通り家事を終わらせてしばらく、急な外出という事もあってか俺達は準備に追われた。まぁ俺なんかは軽く着替えるのみだけど。勿論、おしゃれには気を遣いつつ……な。俺の準備が終わってから数分後といったところか、純白のワンピースを身に纏った黒乃が姿を現す。

 

「……それ、もしかして気に入ってくれてるか?」

「…………。」

「そうか、プレゼントした身としては嬉しいよ。あ、でも……今日は帽子はいらないと思うぞ。基本的に屋内だからな。」

「…………?」

 

 最近の黒乃は、出かける際に白ワンピの着用率が高い気がした。自惚れだと思いながらも、ついついそんな質問をしてしまう。我ながら何を聞いているんだろうと思った時には、既に黒乃は肯定を示してくれていた。……いつかまた黒乃に服をプレゼントしてみよう。いろんな姿の黒乃を見てみたいしな。

 

 それはそれとして、黒乃がかぶっている唾広帽子は外しておく。実を言うと、今日は前々から黒乃を連れて行こうと思っていた場所に案内するつもりなのだ。屋内なのは割れているというか、屋内なのが一般的というか……。黒乃もなんとなくキョトンとしている気がするが、連れて行ってしまった方が話が早い。

 

 そういう事で、黒乃と共に電車やバスに揺られてしばらく、件の前々から来たかった場所へとやって来た。目の前にそびえ立つ大きな建造物は、ズバリ水族館だ。なんだかデートスポットの定番だと聞いて、ぜひ一度黒乃と一緒にと思ってたんだよな。

 

「黒乃、薄暗いだろうから足元には気をつけろよ。」

「…………。」

「うん、それじゃ行くか。」

 

 別に黒乃を子供扱いしているとかではなく、少しばかりの紳士的アピールだ。それもほどほどに、俺と黒乃は互いの手を取り歩き出す。……ん?おお、自分でも気づかない内に黒乃と恋人繋ぎで手を握り合っているじゃないか!よしよし、これは良い傾向だ……。もう一歩、きっともう一歩のところに来ているに違いない。

 

「すみません、高校生2人で。」

「ようこそおいで下さいました!あの、お2人はカップルでしょうか?」

「……えっと、どうしてそんな事を?」

「はい、ただいま夏休み期間中という事もありまして、カップルでお越しの方は特別に割引させていただいております!」

 

 そう言われてみて、立てかけてある案内板を黒乃と2人して眺めた。するとそこには、ドがつくほど眩しいピンクの看板が。詳しく見てみると、だいたい受付の人が話した事と同じ内容が書かれている。視線を戻すと、受付さんはニコニコと笑顔を浮かべて俺の返答を待っているようだった。

 

「はい、見ての通りカップルですよ。」

「…………!」

「それでは、カップル割対象という事でご案内させていただきます!」

 

 俺が自信満々な様子でカップルである事を肯定すると、繋がったままの黒乃の手に力が籠ったのが解った。……大丈夫、言葉や表情がなくったって俺は黒乃の考えてる事は解るんだ。今のは嫌だからじゃない、確実に照れ……。だから自信を持て、俺。

 

「けっこう混んでるな、まぁ夏休みだし当たり前か。黒乃、まずは何処から回る?」

「…………。」

「む、クラゲ……。あぁ、なんか今人気だってテレビでやってたな。良し、じゃあまずはそこから行こう。」

 

 無事に入場券を買い終わると、何事もなかったように黒乃へ話しかける。今までの俺だったら、そっちの方が安く済むだろ?……とか何とか言って誤魔化していた事だろう。だけど今日そういうのは無しだ。俺は……本気でお前とカップルのつもりなんだから。

 

 メインホールで立ち止まって黒乃に行きたい場所はないかと聞いてみる。すると、黒乃が指差した看板にはクラゲの写真が写されていた。クラゲ、か。漢字で書くと海月だったりするし、その幻想的な姿が綺麗だと特集が組まれていた気がする。そうと決まれば、俺と黒乃の足は真っ直ぐクラゲの展示スペースへと進んで行く。

 

「おぉ……これはなんというか、圧巻だな。」

「…………。」

 

 夜の海中をイメージした演出なのか、展示スペース内はブルーライトに照らされていた。そして、その中に佇むドーム型や水晶型の水槽には、ユラユラと漂う大小様々なクラゲが。これは確かに幻想的だ。まるでファンタジーの世界に紛れ込んだ気さえする。

 

「本当は毒持ちで忌み嫌われる奴らなのに、それは演出次第ってのを思い知らされるっていうか……。」

「…………。」

「黒乃……?」

「…………綺麗。」

「……ああ、そうだな。けど―――」

 

 一時期エチゼンクラゲだかなんだかが大量発生して大騒ぎになったりと、クラゲはあまり歓迎される生物ではなかった。しかし、今はこうして俺達を含めた多くの人を感動させてるんだな……。すると、スルリといった感じで黒乃の手が俺から離れた。円柱の形をした水槽に手を添えると、綺麗だと呟くように言う。だから俺は―――

 

「黒乃の方が綺麗だよ。」

「…………!?」

「ハハハ……そんなに驚かなくったって良いだろ?俺は思った事を言っただけだ。」

 

 黒乃の隣まで近づいて、いわゆるお約束的なクサい台詞を言ってみた。次の瞬間、黒乃はクラゲなんて目もくれずにバッと俺の方に向き直り、数歩下がって俺との距離を開ける。……けど、これも拒絶ではない。理解はできるが、内心ではすげぇビクビクしてるんだけどな……。

 

「まぁとにかく、もうしばらくゆっくり見て回ろう。……ほら。」

「…………。」

 

 俺がそうやって手を差し出すと、黒乃はしばらく眺めた後にコクリと頷く。そうして再び手を繋ぎ合った俺達は、スローペースで展示していたクラゲ達に目を通して行った。それでは次に何処へ向かうかという事に。黒乃の向かいたい場所へ付き合うと言えば、次はセイウチとかいった海洋生物の方へ舵を取る。

 

「海の生き物ってさ、見た目愛嬌がある奴が多いよな。実際は凶暴だったりするらしいけど……。黒乃は、どんなのが好きなんだ?」

「ペンギン。」

「なるほど、ペンギンか。確かに短足でヨチヨチ歩く姿が可愛いよな。俺は……ラッコかな。貝叩き割ろうとしてる姿が必死でさ、なんか微笑ましいっていうか。」

 

 水族館内とはいえ、移動しようと思えばそれなりに距離もある。海洋生物の展示室に向かうまでは、世間話をする暇があった。黒乃も調子が良いみたいで、俺の質問に答えてくれる。ペンギンか、パンフレットによると……もうすぐ餌やり体験の時刻だったような……。

 

「はい、皆さーん。大変長らくお待たせいたしました!これより、ペンギンさんへの餌やり体験を始めようと思います。ぜひぜひ、挙って参加してみて下さい!」

「お、ベストタイミングだな。どうする黒乃、せっかくだから参加してみるか?」

「…………。」

「そうこなくっちゃな!すみませーん。」

 

 展示スペースとの距離が縮まると、飼育員さんがメガホン片手に観客へ向かってそうアナウンスしていた。パンフレットの通りだな。参加の是非を問いかけてみると、首を縦に振ったから肯定……と。そうと決まれば、俺は黒乃の手を引き駆け足で飼育員さんへ参加の意思を伝えた。

 

「それでは、皆さんに怪我がないよう。また、ペンギンさんへ怪我をさせないように注意しつつ、楽しく餌やりを体験してみましょー!」

 

 飼育員さんのそんな掛け声と共に、ペンギン達がヨチヨチとこちらへ接近を開始した。あぁ……餌が貰えるって覚えちゃったんだろうな。まぁそれは仕方のない事として、飼育員さんから受け取ったバケツに入った魚を、トングで掴んで差し出してみる。するとペンギンはパクリとそれを咥えて、器用に喉へと滑り込ませていく。

 

「この仕草も可愛いよな。こう……すげぇ微振動して魚の向きを調整するの。」

「…………。」

 

 ペンギンは魚を頭の方から飲み込むのが鉄則だ。そうでないと、ヒレとかが引っかかって大変な事になるらしい。今も横向きに咥えた魚を、器用な嘴捌きで向きを正してから飲み下したし。うむ、可愛い。黒乃に同意を求めてみると、頷きながら黒乃も餌を差し出した。

 

「おやぁ?ワンピースのお姉さんがモテモテですねー。」

「うん?」

 

 ふと、飼育員さんがそんな事を呟いた。見てみると、周りのペンギン達は何故か目の前の餌を無視してでも黒乃目がけて進軍を始めているではないか。あ~……う~ん……?そう言えば、黒乃は動物に好かれる性質だったような……。きっと動物たちも、黒乃の母性に惹かれるんだろうな……うん。

 

「えーこのペンギンさん達はですね、皇帝ペンギンと呼ばれる種別です。皇帝ペンギンは、前を歩く2足歩行生物に着いて行く習性があるんです。ですからこの場合は、1匹がお姉さんの方へ歩いて行っちゃいまして、それでこんな事態になっているわけですね。」

 

 うん、全然そんなんじゃなかったな。飼育員さんがすかさず解説を入れ、周囲の人達はほぉ~……とか、へ~……とか言っている。すると黒乃は、しゃがみ状態を解除して立ち上がった。無表情で解りづらくはあるが、黒乃は結構ノリが良いんだよな……。黒乃はそこらをペンギンを引き連れるように歩き始めた。

 

「おお、見て下さい!美女とペンギンの織り成すパレードです!」

「ハハハ……。」

「とは言え餌やり体験ですからね、申し訳ないですがほどほどにしていただければわたくしとても助かります!」

 

 絶妙な速度で歩いてペンギンを引き連れるその姿は、まるで群れのリーダーのようだ。会場はどよめきと笑いに包まれ、自然に拍手が巻き起こった。……むぅ、なんか面白くない。黒乃に文句があるわけじゃない。しかしペンギン達よ、いくら習性だからってそんなに黒乃の尻を追っかけなくても良いだろ。

 

「お兄ちゃん、焼きもち?」

「なっ……!?」

「こら、止めなさい。お兄ちゃんに失礼でしょ!」

「だって、このお兄ちゃん顔怖いもん!」

 

 マ、マジでか……!?人はともかくペンギン相手に嫉妬とか、それは流石にないだろ俺。しかも子供に見抜かれるってなんだよ……。俺は慌てて眉間をこすり、グイッと頬を上げて柔らかい表情を演出した。すると、魔の悪い時に黒乃が帰って来てしまう。

 

「お、おかえり黒乃!」

「あのね、お姉ちゃん。今ねーこのお兄ちゃんがねー―――」

「こーら、いい加減にしなさい!お兄ちゃん達のデート邪魔して。ごめんなさいねー……少しマセた子なんですー……。」

 

 無駄に緊張した様子のお帰りを黒乃に送ると、少女は嫉妬?の件を密告しようとするではないか。それはなんとか母親が止めたが、貴女も微妙な発言をしています。デートの邪魔……。いや、実際にデートであることは間違いないんだろう。あの人も悪気がなかったろうし、他人からもカップルに見えるのは良い事だ。だからここは1つ―――

 

「俺ら、人様からもそう見えるんだな。俺は嬉しいけど、黒乃はどうだ?」

「…………。」

「ああ、無理して言う必要もないんだけどな。ただ……俺の中でそれは揺るがないって話で。」

「…………。」

 

 我ながら卑怯な事をしているのは解っている。黒乃が答えられない事なんて解っていながらそこんな質問をしているんだから。俺の言葉は、例えるならば楔。黒乃を俺の傍に縛り付けておくための楔。けど、それで黒乃の総てが手に入るってんなら俺は―――

 

(いくらでも、卑怯な男にでもなんでもなってやる……。)

 

 

 

 

 

 

「今日も良く遊んだなぁ。」

「…………。」

「けど、もうすぐ2学期って思うと少し憂鬱だぜ……。」

「…………。」

 

 あれからイルカショーを見たりと1日水族館で過ごし、時刻は夕暮れ時と言ったところか。俺が背伸びをしながら迫る2学期が憂鬱だと言うと、黒乃も同意なようで首を縦に振った。皆と会いにくいってのは寂しいけどな。またワイワイ騒ぐのが楽しみというのもある。

 

「中学ん時だったら、今頃大慌てで宿題ってところか。」

「……担任。」

「そうなんだよ……担任が千冬姉だし、ちゃんとやってないと確実に殺される。」

 

 それこそ、昔は千冬姉が家を空けている事が多かったから……。多少サボったところで何も問題はなかったんだが、ご存知の通り現在は実姉が担任の先生って言う。今考えると絶望しかないな。始まる前から詰んでるじゃないか。まぁ……マジで命が危険だろうから、既にやる事は済ませてるので問題はない。

 

 弾や数馬は今頃必死こいてるだろうな。箒達は……鈴が少し心配なだけで、後のメンバーは大丈夫だろう。というか、鈴以外が千冬姉の監督下にあるのがやはり大きいだろう。皆もきっと、夏休み中に千冬姉の顔が脳裏にチラついたはずだ。……学園に戻ったら確認を取ってみよう。

 

「それにしても、充実した夏休みだった気がするよ。……きっと黒乃のおかげだな。」

「…………?」

「なんていうか、俺の意識の問題なんだけど……。うん、今年の夏は楽しかった。」

「…………?」

 

 俺の言葉に黒乃は首を傾げるばかりだ。まぁそうだろうな、いきなりそんな事を言っても意味不明に決まってる。けれど、やっぱり意識の違いだと思い知らされた夏だった。大好きな女の子とほぼ同棲生活なんて、健全な男子高校生からすれば夢のような話だろう。

 

 毎日が特別に思えて、毎日が輝いていた。黒乃と過ごす毎日が、愛おしくて愛おしくて……。学園に戻っても、黒乃とトクベツでいたい。……もう1度しっかり伝えよう。俺はお前が好きなんだって。じゃないともう俺は、頭がどうにかなってしまいそうだ。

 

「…………。」

「ん、どうした黒乃?……なるほど、夕日か。ああ、確かに綺麗だな……。」

 

 ふと、黒乃が俺の服を引っ張ってから明後日の方向を指差した。するとそこには茜色に染まった夕日が煌いている。先ほどまで水族館に居たという事もあって、俺達が歩いているのは海沿いだ。都内なために何処までも続く水平線を……とは言わないが、海面もオレンジ色に反射している。

 

 チャンス到来……黒乃の方から良い雰囲気を作ってくれた。夕日をバックに思いの丈を……。夏祭りと並んで告白するにはもってこいのシチュエーション。俺は夕日を背にしょい込むような位置へと立ち、黒乃の方へと振り返った。想いを伝える、これから黒乃に。心臓の鼓動を御せないながらも、俺は静かに口を開いた。

 

「なぁ黒乃……。俺さ、俺は……ずっと―――」

「…………。」

「っ!?」

 

 シンプルかつ端的に、俺はずっと前から黒乃の事が好きだったとそう……伝えるつもりだった。しかし、俺は思わずそれを止めてしまう。何故なら数秒だけ顔を頷かせた黒乃が、目を閉じて俺を見上げているから。夢でも見ているのだろうか?人気はないうえにこのシチュエーション……だってこれはどう考えたって―――

 

(キス、だよな……?)

 

 そうか……そうか!やっぱり俺の想いは黒乃に通じていたんだ!ずっと一緒だって、恋人として言ってくれていたんだ!それで俺がどう解釈していいか迷っているのを黒乃は察して、それで自分から求めてくれたんだな!それ以外にあるか?無いだろ、絶対!

 

「ありがとう黒乃。それと、今まで気づいてやれなくてごめんな。」

「…………。」

 

 脳内では興奮が最高潮に達しているが、それを絶対に表に出してはならない。初めてのキスなんだ……あくまで優しくが鉄則だろ。俺は黒乃の肩に優しく手を添え、目を閉じ、ゆっくりと顔を近づけていく。あぁ……解る、目を閉じたって黒乃の存在を感じる。そうしていつしか、俺と黒乃の唇が重なった。

 

(柔らかい……。)

 

 黒乃の唇は、柔らかくて……そして温かい。キス……しているんだ。ずっと焦がれ続けた……愛しくてたまらない黒乃と。あぁ……本当に温かい……心が温もって、満たされていくのが解る。いつまでもこうしていたい……ずっとこの唇を離さないでいたい。

 

「…………。」

(黒乃……。)

 

 黒乃も俺と同じ想いを抱いてくれているのか、黒乃の両掌が俺の胸に当てられた。……そうだな黒乃、もう少しだけこのままで……。……って、なんだか手に力が入り過ぎてないか……?これは手を添えると言うよりは、押されているような……。瞬間、グイッと黒乃に突き放され……俺達の唇は離れてしまう。

 

「ぷはっ……!く、黒乃……どうかし―――」

「…………!」

「痛っ……!?」

「…………!?」

 

 何かしくじったかと思い、慌てて黒乃に問いを投げかける。しかし、それは言い切る前に阻まれてしまった。俺を待っていたのは、黒乃の放つ強烈な平手打ち。……へ?な、なんでだ……?求められたからキスをしたわけで、特にやり過ぎたという事もない……はず。じゃあ、俺はなんで……。

 

「…………!」

「え、あ、おい!ちょっと待てよ黒乃!黒乃-っ!」

 

 黒乃は混乱したような表情を一瞬だけ見せると、後はその場を走り去ってしまう。それはもう凄まじいスピードで……。情けない事だが、黒乃に全力で走られてしまうと俺では追いつけない。例えサンダルを履いていようがなんだろうが……だ。黒乃の背はあっという間に見えなくなり―――

 

「前にも……こんな事あったっけな。ハ、ハハハ……。」

 

 本当のところは笑えない……が、笑うしかない。何故だ?どうしてだ?絶対にそういうシチュエーションだったよな?……そんな具合で俺の自問自答は留まる事を知らず、やがて夕日は沈んでしまった。それと同様に、何処までも輝き溢れていた俺の心中は……どうしようもない闇へと沈んでいく……。

 

 

 


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